雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のミリフィクション「ゴンドラの唄」

2016-07-15 | ミリ・フィクション
 大正ロマンの世界である。

 『ゴンドラの唄』 作詞:吉井勇 作曲:中山晋平  大正四年発表

  ◇いのち短し 恋せよ乙女
   あかき唇 あせぬ間に
   熱き血潮の 冷えぬ間に
   明日の月日は ないものを

 老婆が、若き孫娘に語っているような詩である。

   「人生は短いものなのよ、その艶々とした真紅の唇もやがては褪せて、熱き血潮も冷める老いがくるの」
 老婆は目を閉じ、自身が乙女であった時代を思い浮かべているようだった。
   「いつ明日という日が無くなるかも知れないのだから、今の自分を大切に生きなさい」
 そして、恋の甘さ、素晴らしさを孫に語って聞かせるのであった。


  ◇いのち短し 恋せよ乙女
   いざ手をとりて かの舟に
   いざ燃ゆる頬を 君が頬に
   ここには誰れも 来ぬものを

 おっと、猫爺の解釈は、間違っていたようだ。若い男が、乙女を舟に乗せようとしている。大正ナンパだ。

   「ささ、手を出しなさい、手を取って舟に乗せてあげよう」
   「恐いわ」
   「僕が付いているから、大丈夫だよ」
   「舟じゃなくて、あなたが…」

 どうやらこの舟、ベネチアのゴンドラとは違う、二人乗りのボートらしい。ベネチアのゴンドラであれば、ゴンドリエーレと呼ばれる船頭さんが乗って、オールで舟を操っているはず。「ここには誰れも 来ぬものを」と歌っているではないか。

 二人乗りのボートであれば、「いざ燃ゆる頬を 君が頬に」をするのが難しい。ボートを漕ぐものと、その向かいに乙女が乗るのであるから。

   「須磨子さん、ボクの方ににじり寄って来なさい」
   「嫌よそんなこと、だってボートが揺れて恐いもの」
   「では、ボクが行くから、じっとしていなさい」
   「揺らさないでね」
 男は細心の注意をしながら、乙女に近付く。
   「いざ燃ゆる頬を 君が頬に」
   「届かないわ」
   「顔を前に突き出すのです」
   「何だか、キリンの喧嘩みたいですわね」
 それでも、何とか頬と頬を寄せることが出来た。

  ◇いのち短し 恋せよ乙女
   波にただよう 舟のよに
   君が柔わ手を 我が肩に
   ここには人目も 無いものを

   「今度は、君が柔わ手を 我が肩に置いてください」
   「届かないわ」
   「では、ボクが前屈みになりましょう」
   「こんな変な恰好をして、恥ずかしいですわ」
   「大丈夫、ここには人目も 無いものを…」

  ◇いのち短し 恋せよ乙女
   黒髪の色 褪せぬ間に
   心のほのお 消えぬ間に
   今日はふたたび 来ぬものを
 
   「わたくし、疲れて心のほのおが消えそうです」

 そのとき、陸からメガホンで呼びかけて来る。

   「3号のボート、時間ですからお戻りください」
   「早っ、3号といえばこのボートじゃないか、もう三十分たったのか」
   「ふーっ、よかった、この後、何をさせられるのかと不安だったのよ」
   「須磨子さん、また明日も乗りましょうね」

 今日みたく日は、ふたたび来ぬようにと願う須磨子であった。

     このロマンチックな『ゴンドラの唄』をYouYubeで聴く

猫爺のミリ・フィクション「父は長柄の人柱」

2015-04-14 | ミリ・フィクション
   ▽もの磐氏 父は長柄(ながら)の 人柱▽

 余計なことを喋るなと戒めるときに引き合いに出す狂歌の上の句である。

 これは大阪の淀川に橋を渡す工事にまつわる物語であるが、工事が思うように捗(はかど)らない。橋杭を打ち込んでも、すぐに流されてしまうのだ。近隣の村の長が集まって対策を相談した。

 ああだ、こうだと話し合った結果、漸く結論に辿り着いた。
  「竜神様の怒りではないか」
 神の怒りを鎮めるには、人身を捧げるのが良い。人柱を立てようとではないかと話が落ち着いたが、これは人を生きたまま橋杭の脇に沈めることである。人命にかかわることであるから、そんなに簡単に決まる訳がない。

 そこへ工事が捗らないことに腹を立てた近隣の磐氏(いわじ)」というケチな長者が怒鳴り込んで来た。
   「いつになったら淀川に橋が架かるのや、さっさと工事を進めんかい!」
 そこで、村の長たちは「人柱」の候補が決まらなくて悩んでいること話した。
   「そんなことなら、簡単じゃないか、おまはん達の誰か一人が名乗り出れば良い」
 磐氏はそう言ってのけたが、名乗り出る者は居なかった。
   「それでは仕方がないから、くじ引きで決めてはどうや?」
 人ひとりの命にかかわること、一同は黙りこんでしまった。
   「へん、意気地なしばかり揃いよって」
 磐氏は考え込んだが、妙案が浮かんだ。

   「この中から、継ぎの当たった袴(はかま)をはいているケチなヤツを選んで人柱にすればええ」
 磐氏はそう提案した。一同は互いを見回したが、継の当たった袴を履いている男は居なかった。

 その時、磐氏の後ろに居た男が声を上げた。
   「一人居たぞ」
 男は磐氏を指した。
   「継ぎのあたった袴をはいているケチなヤツは、磐氏だ」
 磐氏は即座に捕えられた。
   「待て、儂は工事が鈍いことに文句をつけに立ち寄っただけや」
 金を出し合って橋を架けようと決めても、大金持ちながら一文も出そうとせずに、工事が捗らないことに文句をつける磐氏を面白く思っていない面々は、磐氏の提案を一も二もなく受け入れた。

 磐氏は、生きたまま橋杭と共に沈められたのであった。

 磐氏の妻はこれを嘆いて、
   「余計なことは、決して喋ってはいけない」
 そう娘を躾たのであった。

 娘は口数が少ない女に育った。やがて娘は嫁ぐが、度が過ぎるほどの無口であった為、離縁されて実家に戻される。婿に送られて実家に戻る途中に、人の足音に驚いた雉が一声「ケーン」と鳴いてしまう。婿は護身用の弓矢を構え、雉を仕留める。妻(磐氏の娘)は、雉が憐れで、思わず泣いてしまう。 
   「なぜ泣く」
 婿が問うと、妻は父の話を語って聞かせた。
   「そうだったのか」
 男は妻が不憫になり、取って返して両親に妻が無口な訳を話した。許されて夫婦は末永く仲よく暮らす。


   ▽もの言わじ 父は長柄の 人柱 雉も鳴かずば 射たれざらまし▽

 
 (以前にエッセイとして投稿したものを書き直す)   (原稿用紙4枚)


猫爺のネタ帳「パロディ版」

2015-04-02 | ミリ・フィクション

1、泥酔男たち

 一人の男が空を見上げて言った。
   男1「今夜の月は、ぐるぐる回っておるのう」
 その男の様子を見ていたもう一人の男が、
   男2「いやいや、回っているのはそなたの方で御座る」  

2、せっかち

 浦島太郎が竜宮城をおいとますると決めた日
   乙姫「お土産にこの玉手箱を差し上げます。 けっして開けな・・・」
 太郎は、乙姫様が言い終わらないうちに待ち切れず蓋を開けてしまった。そこには、お爺さんとお婆さんと、腰の曲がった鯛とヒラメが立って居た。

3、骨董屋

   お客「そこの古そうな骸骨を見せてくれ」
   主人「はいはい、この織田信長の骸骨で御座いますか?」
   お客「それにしては、いやに小さいのう」
   主人「信長5才の折りの骸骨でして…」

4、羽衣

   漁師「おや、こんなところに天女の羽衣が…」
   男 「これ! 拙者の褌(ふんどし)をどうするつもりじゃ」

5、宝袋

   爺 「舌を切られた雀どんが気がかりで見舞いに来たのじゃが…」
   雀 「お見舞い有難う御座います。 もうすっかり治りました」
   爺 「そうか、よかった、よかった」
   雀 「お見舞いのお礼に、この大きな袋か、小さな袋のどちらかをお持ち帰りください」
   爺 「そうか、それはすまない。 ところで一つ頼みがあるのじゃが…」
   雀 「お爺さん、何なりとどうぞ」
   爺 「袋の口を少し開けて、覗かせてくれんかのう」
   雀 「狡っ!」

6、田舎の学校で…

   先生「山道で熊に遭ったらどうしますか?」
   生徒「はい! 白い貝殻のイヤリングを落として、トコトコ逃げます」
   先生「殺されるわ!」

7、意味不明

 再び、浦島太郎  
   太郎「これ子供達! そんなに亀を虐めると、チンチンが腫れるぞ!」
  子供達「なんで???」

8、うさぎとカメ

   亀「それならお前と駈け比べだ!」
   兎「よし、わかった。 あの山の麓までだな」
 兎と亀は駆け出した。
   亀「あっ! 狡い、ゴールで寝ている」

9、どっちもどっち

   姫「お爺様、お婆様、今日まで育てて頂き有難う御座いました」
 かぐや姫は、とうとう月の世界へ帰って行った。
   爺「大人になったら出ていくなんて、まるでカッコウの托卵じゃなぁ」
   婆「いえいえお爺さん、それは違います。 盲導犬の子犬里親ですよ。 私達」

10、因幡の白兎

 大黒様が来かかると、皮を剥がれた白兎が泣いていた。
  大黒「これこれ白兎、これはどうしたことだ」
  白兎「鮫を騙した罪で、赤裸にされてしまいました」
  大黒「それは可哀想に、きれいな水で身を洗い、蝦蟇の穂綿に包まりなさい」
  白兎「はぁ? それはスーパー◯リオンヘアーのホワイト版ですか?」

4、あっちに未練

 好きな男に裏切られて自殺した、ある名女優の幽霊を、マスコミ陣が取り囲んで…
  マスコミA「裏切った男の前だけでなく、誰の前にでも出るのは何故ですか?」
  マスコミB「恨みを晴らす気はあるのですか?」
  女優の幽霊「就職活動です」

5、現在版「金太郎」

  インタビュアー「獣の背中に乗ったり、相撲を取ったりして、金太郎君は将来何になるつもりですか?」
      金太郎「そりゃあもう、二代目むつごろうさんだよ」

6、懐くな!

 笠を作って町に売り歩いたが、全く売れないまま帰宅の途についたお爺さんが、雪が降り積もった6体の石のお地蔵様に出会う。
   爺さん「お地蔵様がた、お寒うございましょう。 売れなかったこの笠を着けて差し上げましょう」
 笠は5つしか無かったので、爺さんは自分が着けていた頬被りを1体のお地蔵様に被せて帰って行った。
   婆さん「お爺さん、それは良いことをしなさった」
 空腹のまま、お爺さんとお婆さんが寝てしまい、翌朝目が覚めると、6体のお地蔵様が二人の蒲団に足を突っ込んで寝ていた。

7、口止め

   先生「小学校の帰り道、100円玉を拾い、佑都君はうまい棒を10本買いました」
     「浩平君は、交番に届けました」 
     「穂希さんは、自分の貯金箱にいれました」
     「竜馬君は、災害地の支援金にしました」
     「さて、良いことをしたのは、誰でしょう」
   生徒「はいっ! 佑都君です」
   先生「それは何故?」
   生徒「僕に1本くれました」


  (改稿)    (原稿用紙8枚)

猫爺のミリ・フィクション「歌を忘れたカナリア」

2015-04-02 | ミリ・フィクション
 昨日までは美しい声でさえずっていた籠の中のカナリアが、今朝は全く鳴かずにぎくしゃくしている。

 ここは山の手の豪邸街、このお屋敷のお嬢様が心配そうに見守っている。見かねた家政婦の三田が声をかけた。

   「お嬢様、そのように鳴かなくなったカナリアは、ただの雀でございますね。うしろの山に捨ててきましょうか」
   「あら、だめよ、捨てるなんて」
 お嬢様は家政婦をたしなめた。
   「それでは、わたくしがもっと若く美しく、奇麗な声のカナリアを街で見つけて買ってまいりますわ」
   「まあ、何をいうの、サファイア(カナリアの名前)は、わたくしの妹よ」
   「お嬢様、サファイアはきっと病気ですわ、他の小鳥に伝染しないように背戸の小藪に埋めてまいりましょう」
   「サファイアは鳴かなくなったけれど、こんなに元気なのよ、それを生き埋めにするなんて…」 
   「では、この柳の鞭でぶってみましょうか?」
   「鞭でぶったり、ローソク垂らしたり、そんな可哀想なことをしてはいけません」
   「あのー、ローソクなんて言っておりませんけど」
お嬢様は、静かに目を閉じて言った。
   「歌を忘れたカナリアは、像牙の舟に銀の櫂(かい)、月夜の海に浮かべれば、忘れた歌を思い出すわ、きっと」
   「それが一番残酷だと思いますわ、歌を思い出す前に海に引きずり込まれて鮫の餌になりましょう」

 「童謡カナリア」  詩:西条八十 

    歌を忘れたカナリアは後ろの山に棄てましょか 
    いえいえ それはなりませぬ

    歌を忘れたカナリアは背戸の小薮に埋けましょ 
    いえいえ それもなりませぬ

    歌を忘れたカナリアは柳の鞭でぶちましょか  
    いえいえ それはかわいそう

    歌を忘れたカナリアは象牙の舟に銀のかい
    月夜の海に浮かべれば 忘れた歌を思い出す

          ◇       ◇      ◇
 この歌を、可愛くてロマンチックで、まるでシャンソンみたいと、ネットで語られていた。それでは、これがカナリアでなく、「ロマンチック」とおっしゃるあなたに置き換えてみましょう。


 豪邸の地下室で、この屋敷のお嬢様と家政婦がヒソヒソ話をしている。

   「拉致して散々働かせたが、もう使いものにならなくなったこの奴隷をどう処分しましょうか?」
   「うしろの山に捨てましょう」
   「だめよ、そのまま警察に駆け込まれたらどうするの」

   「それでは、背戸の小薮に埋めてしまいましょうか?」
   「まだ生きているのよ、そんな残酷なことをしてはなりません」

   「では、スタミナドリンクをたくさん飲ませて柳の鞭(ムチ)でぶってみたら、また働くようになるかもしれませんわ」
   「いえいえ それはかわいそうです」

 お嬢様が良い案を思いついた。
   「お父様の象牙型のヨットがハーバーにあるわね、あれに縛り付けて月夜の海に浮かべれば、きっとまた働くようになるわよ」
   「お嬢様、働くようになる前に、ジョーズに転覆させられて食べられてしまいます」
   「でも、自分で手を下すよりいいじゃありませんか」
   「そうですわね」

 二人の相談はまとまった。


   (改稿)   (原稿用紙6枚)

猫爺のミリ・フィクション「太郎と蓑吉」

2015-04-02 | ミリ・フィクション
 漆間太郎(うるしまたろう)は、女房に命令されて里山で茸採りをしていると、何やら五人の子供たちが寄って騒いでいた。
   「君たち、何をしているのだね」
   「ミノムシを捉まえたので、蓑を開いて裸にしているのだ」
   「そんな可哀想なことをするものじゃない」
 見ると、裸にされたミノムシが震えている。
   「おじさんが100円で買ってあげるからもう止めなさい」
   「うん、じゃあこれ10匹で千円」
   「え! 10匹も裸にしたの? もー、仕方がないな、買ってやるなんて言わなけりゃよかった」
   「わーい! 儲かっちゃった。おじさん、また買ってね」
   「もういいよ」

 太郎は、10匹のミノムシを持ち帰り、1匹1匹蓑を縫い合わせてミノムシを入れ、継ぎ目から雨水が入らないようにコーキング材を塗ってやった。 これに糸を付けて、里山の木々の子供の手が届かないところに結びつけた。 
   「さあ、来年の春までゆっくりお休み」

 それから数日後、太郎がまたも茸採りをしていると、どこからともなく呼ぶ声が聞こえた。
   「太郎さん、太郎さん、僕は貴方に助けられたミノムシです」
   「ん? ミノムシが人間の言葉を喋れるのか?」
   「はい、喋れます、助けて貰ったことを蛾ヶ丸城の蛇姫様に話したら、是非お礼がしたいから城にお連れしなさいと言われましたので、お迎えにあがりました」
   「いえいえ、私は当たり前のことをしただけなので、お礼には及びません」
   「うっそー、ミノムシの蓑を縫い合わせてコーキングし、木にぶら下げてくれるのが当たり前のことですか?」
   「そうだよ。それに、蛾ヶ丸城って、なんか恐いし」
   「そんなことを言わずに、僕の背中に乗って下さい、美味しい樹脂酒があるし、蜥蜴(とかげ)と百足(むかで)の舞い踊りもご覧に入れます」
   「わっ、見たくない! 蜥蜴と百足の舞踊り、それに小さな君の背中に乗れないよ」
   「それでは、僕を太郎さんの背中に乗せて下さい、そうしたら同じことでしょ」
   「違うわ?」

 蓑吉の案内で、しぶしぶ蛾ヶ丸城に着くと、古事記に出てくる「八岐大蛇」みたいなお姫様が太郎を迎えた。
   「太郎さん、ようこそいらっしゃいました、その節は蓑吉たちを助けて頂き、ありがとうございました」
   「いえ、とんでもない」
   「里芋の煮ころがしや、山蕗の佃煮など、どうぞご遠慮なく召し上がって下さい、それに舞い踊りなど…」
   「大変お世話になりました、そろそろ、おいとまを…」
   「来られて、まだ1分も経っていないじゃありませんか」
   「あのー、蜥蜴や百足の舞い踊りはどうも…、鯛やヒラメの踊り食いならいいのですが…」
   「そのようなものは、ここにはありません、イナゴや蛙の踊り食いではどうでしょうか?」
   「では、そろそろ、おいとまを…」
   「あのねー、まだ2分ですよ」
   「そうですか、もう3年も経ったような気がしますが」
 太郎が帰りたがるので、蛇姫は仕方なく太郎を返してやることにした。
   「では、お土産を差し上げましょう、この大きなつづらと、小さなつづらのどちらか一つ…」
   「あのー、蛇姫様、何か物語が違うような…」
   「ああ、そうでした。太郎さんにはこの玉手箱を差し上げましょう」
 2分居ただけなのに、お爺さんになるのは「あほらしい」と思い、太郎は玉手箱を帰り道の池に捨てることにした。「ぽん」と投げ捨てると、池の水面がいきなり波立って、池の神が「ずずずず」とせり上がって来た。
   「そなたが落とした玉手箱は、この金の…」
 漆間太郎は、池の神がまだ喋っているのを無視して、さっさと帰っていった。
   「それとも銀の… あれっ! いない」

 その日、池の中から煙と共に鶴が浮かびあがり、蛾ヶ丸城に向って飛んで行ったとか…。


  (パロディ)  (原稿用紙6枚)


猫爺のミリ・フィクション「ランナウェイ」

2015-04-01 | ミリ・フィクション
 ダイアナは、生後2ヶ月、胸の毛がふさふさとした雄猫である。知り合いの家から仔猫を貰って来た飼い主は、何を血迷ったのか女の子の名前を付けてしまった。
 少し毛が長いが、れっきとしたミックス。性格はおとなしく、少々のことで動じることはない。飼い主に媚びることもなく、いつも毅然とした仕草が凛々しい。飼い主は、そこが堪らなく可愛いらしく思っているらしい。

 最近、ダイアナに友達が出来たらしく、二匹はベランダのガラス戸越しに寄り添っていることがあるが、1時間も経つと友達はさっさと引き揚げてしまう。今朝も友達がやってきて、ガラス越しに舐めあっていた。友達ではなく、恋人かも知れない。
 その恋人は、ダイアナよりもだいぶん大柄で、大人の猫であることは確かである。二匹を隔てているガラスが、どうにも邪魔に思えるらしく、爪を立ててガラスをキリキリ掻いたりもしている。

   「ダイアナ、ごはんよ!」
 一階から飼い主が呼ぶと、いつもなら兎のようにピョンピョンと階段を駆け降りてくるダイアナであったが、今日は反応がなかった。
 どうしたのかな? と、飼い主が二階へ様子を見に上がってみたら、ダイアナの姿は消えていた。誰が閉め忘れたのか、ガラス戸が少し開いていて、どうやら恋人に付いて行ったようである。飼い主は近所中を訊いてまわったが見かけた者は居ず、それ以来ダイアナが帰ってくることはなかった。

   ダイアナは、雌の野良猫(仮にギボと呼ぼう)の後ろをチョコチョコ付いて歩いていた。面倒見の良いギボは、ダイアナを自分が産んだ子供のように慈しんでいた。ダイアナも、親だと認識している様子だ。餌をくれる当番の人を見極めることから始まり、人間の子供に追いかけられた時の逃げ方、逃げ場所もダイアナは教わった。
 他の猫に虐じめられたり、追っ払われたときは、必ずギボが体を張って助けに入った。本当の親子であっても、これほど仲の良い親子はいない。しかも、これが1年続いたのである。

 ここは、河川敷の仮設公園であるが、ここに棲む猫たちは周辺の人々によって管理された所謂地域猫である。餌だけ与えて後始末もせずに去っていく「ふとどき者」は地域の人々や保険所から厳重に注意され、殆ど立ち入ることはない。猫たちも心得ているのか、置き去りの餌は食べない。まして、竹輪だのいりこといった餌当番の人が与えないものには、興味すら示さないようだ。

 ダイアナは、雄々しく逞しい大人になっていた。ギボとは、すっかり立場が入れ替わり、ダイアナがギボを大切にしていた。危害を加えそうな人間や雄猫とは果敢に戦うわりには、元は飼い猫である所為か、避妊手術が為されている所為か、さっぱりとした性格で、喧嘩を売られても徹底的に抗戦することはなかった。

 そんなダイアナは少し頼りないところがあって、ギボが居ないところではわりと大人しい。喧嘩を売られたら戦う前にギボが居ることを確かめ、ギボの姿があれば俄然意気込む。
   「てめえはガキかっ!」
 喧嘩相手に誹られそうなダイアナでもある。

   「お母さん、ほらあの猫ダイアナっぽいよ」
   「そおぉ?何だか目が鋭くて怖そうよ」
   「でも、あの胸のところの毛がふさふさして、ダイアナそっくりよ」

 指をさされて、ダイアナは立ち止まった。

   「ダイアナ、おいで、ママよ」
   「覚えているとも」

 ダイアナは思った。優しくしてくれた元の飼い主の母娘だ。仔猫のときのように、ちょっと無理をして兎跳びで二人に近づき、見上げて「にゃー」と可愛く鳴いてみせた。

   「ほら、やっぱりダイアナでしょ」
   「本当だ、大きくなったわねぇ」
   「ダイアナ、お家へ帰ろう」


 ダイアナは、二人から1メートルほどの距離をとり、姿勢よくチョコンと座っていたが、そこからは決っして近付かなかた。もう、帰れないからだ。ギボを護らなければならない。
   「ボクは、この地域のボスになるのだ」
ギボが遠巻きにダイアナを見ている。ダイアナは胸を張って、大きな声で「わぅー」と一声鳴き、ギボのもとへゆっくりと歩いていった。

   「あの時の恋人ね」
 母親が思い出した。
   「恋人を置いて帰れないわね」
 娘もまた気がついた。
  「また、私たちが時々逢いにきましょう」

 母娘は、「猫に餌を与えないで下さい。 給餌等の管理は、地域団体で行っています」と書かれた看板の前で立ち止まり、やがて帰って行った。
  (改稿)   (原稿用紙7枚)

猫爺のミリ・フィクション「金の斧」

2015-03-31 | ミリ・フィクション
 (その一)汚い小僧

 ある男が息子をおんぶして、川に架かる丸木橋に差し掛かった。背中の子供が恐がって暴れたために子供を川の中に落としてしまった。男は為(な)す術もなく、ただ嘆き悲しんでいると、川の水面に龍神様が現れて男に尋ねた。

   「何を悲しんでおる、どうしたのか話してみよ」
 男は子供を川に落としたことを話した。
   「しばらく待っておれ」 
 言い残すと、龍神様は川の中へ潜っていった。
   「川に落ちた子供は、この金の子供か?」
   「いえいえ、そうではありません」
 再び龍神は川の中へ。
   「川に落ちたそなたの子供は、この銀の子供か?」
   「いえいえ、めっそうも御座いません、私の子供は、ただの汚い小僧でございます」 
   「そうか、もう一度探してくる、待っておれ」
 ブクブクブクと川の中へ。 
   「では、この汚い小僧か?」
 龍神の手には男の息子が抱かれていた。
   「あ、はい、その子でございます」
 泣きじゃくる息子を受け取り、男は涙を流してお礼を言った。
   「そうか、お前は正直者であるな、褒美に、この川落ちた総ての者をお前にやろう、ただし、既に幽霊になっておるがのう」

 龍神様は、男の背中にEXILE の Choo Choo TRAINが踊れるくらいの背後霊を背負わせてくれた。 


 (その二)黄金の玉

 社内ゴルフ大会で、最終コースまでトップできた男が、グリーンの手前で池ポチャをやらかしてしまった。池の端で、ガックリ肩を落としていると、池の水面にスックと女神様がお立ちになられた。

   「どうしたのじゃ、何を嘆いておる」
 韓流時代ドラマの和訳セリフのように女神様が仰せられた。
   「はい、ゴルフボールを池に落としてしまいました」
   「なんじゃ、そんなことか、待っておれ」
 女神は池の中に沈んでいかれた、暫くして再び水面にお立ちになると、
   「そなたの落としたボールとは、この金の玉か、それとも、こちらの銀の玉か?」
   「はい、はい、その金の玉でございます」
   「そうか、すぐに返してやりたいが、疑うようだが、他にも落とし主が現れるやも知れぬ」
 女神は、明日まで待って他に落とし主が現れなかったら、そなたの部屋へ届けようと言った。
   「それまで、待てるか?」
   「はい、お待ちいたします」

 翌朝、男は目を覚ますとすぐに枕元を探したが何も無い。落とし主が現れたかな? それとも嘘がばれたかなと、不安になった。とにかく、もう一度池の傍に行ってみよう。何か分かるかも知れないと思った。起きて洗面所に向かったそのとき、股間に違和感を覚えて立ち止まり、手を遣って驚いた。袋の中身が、なんと3個になっていたのだ。 

  (イソップ童話のパロディ) (原稿用紙4枚)

猫爺のミリ・フィクション「死神と権爺」

2015-03-31 | ミリ・フィクション
 昔々、信濃の国の山奥に桑畑村という小さな集落があった。その名のごとく、桑畑が一面に広がり養蚕で栄えた富裕な村であった。 
 その村の外れに、死神を祀(まつ)った小さな祠(ほこら)があり、近くを通る村人たちは必ず祠に立ち寄り、お供えをしてお詣りをするのだった。縁起の悪い死神にお詣りするとは、何と恐れを知らぬ人々かと思うかもしれないが、寧ろ死神を縁起が悪いだの、恐ろしい存在だのと思う方が、死神に対して無礼千万なのある。

 死神は、まだ寿命のある者を無理矢理に冥途へ引き込んだり、誘い込んだりすることはない。それは逆なのである。手厚い医療を尽くせばまだ生きられる寿命の有る人々を護っているのだ。桑畑村の人々はそのことがよく解っている。だからこそ、死神に敬意を払っているのだ。 
 
 林の中で灌木に埋まっている祠が見付けられたのは十年ほど前の夏だった。これは大変なことだと村の人々が寄って、木々を切り、路を付け、祠を掃除して、作業が進んだある日、祠の奥壁に書かれた「死神」という文字を発見した。

 人々は触ってはならないものに触ってしまったことを後悔して去り、翌日からは近付かなくなってしまった。ただ、権爺だけは別だった。濁り酒の徳利を下げてやってきては、死神にお供えをして、自分もまたちびりちびりと飲みながら村であったことを話すのであった。それは、たわいのない出来事や噂の類ではあるが、話の種が尽きると「よっこらしょ」と腰を上げて、
   「神様、また来ますのでな、今日はこれで…」
 そう言って、そそくさと帰っていくのであった。
 
 死神は、権爺が来るのを待ちかねるようになっていたある日、元気のない足取りでやってきた権爺を見て、寿命が尽きようとしていることを知った。 
   「権爺、お前に話したいことがある」
 不意に死神から話しかけられ、権爺は腰を抜かすほど驚いた。
   「実は、お前の寿命が尽きようとしている」
   「教えて頂き有難うございます。天命ですから、どうぞ連れて行って下さい」
   「そうではなくて、儂は折角親しくなった権爺を死なせたくはない」
   「と、申しますと?」
   「ここに儂の止めるのも聞かずに心中した若い二人の寿命がある、これを一つお前に与えようと思う、どうだろう、長生きしてみるか」
   「ありがとうございます。願ってもないことです」

 医者に匙を投げられた権爺が、死神にお詣りを続けたお陰で、元気を取り戻したばかりか、若返ったことで村人たちに評判が広がり、祠にお詣りする人が増えていった。
   「死神様は、人々の寿命を護る神様だ」
   「寿命が有る者を、不慮の死から護ってくれる」


 それからは、権爺も徳利を下げてひょうひょうとやって来ていたが、ある日から急に来なくなってしまった。どうしたのかと心配になった死神は、権爺の家に様子を見に行くと、権爺は居なかった。どうやら、身も心も若くなった権爺は養蚕の仕事を息子に譲り、若い嫁を娶り町に出て、嫁の稼ぎで楽しく暮らしているらしい。
 死神は、権爺が伸びた寿命を精一杯楽しんでいるのだな、と微笑ましく思った。しかし、様子は違っていた。 
 最初は仲睦まじく暮らしていたのだが、女房が稼いだ金を持ち出しては女遊びをする、博打は打つ、やくざと喧嘩をしては家に踏み込まれ、金で片を付けることになる。女房は心労で寝込んでしまった。
 権爺は、女房を医者にみせたところ、心の臓が弱り余命幾ばくもないことを知らされた。権爺は恩ある女房を捨てて息子のところへ帰る訳にもいかず、思い立って大橋から身投げをしようと決心したのであった。 
   「死神様、申し訳ねえ、折角頂いたこの寿命ですが、お返し申しますだ」
 呟くなり、権爺はドボンと大川に飛び込んだ。

   「権爺、お前も不器用な男だ、普通に桑畑で暮らしておれば良いものを、どうして女に走ったのだ」
   「早くに先の女房を亡くし、寂しかったのでございます」
   「そうか、では新しい女房の元で、どうして荒れてしまったのだ」
   「はい、女房にすまないと思いながら、老いて尚元気な我が身を持てあましてしまったのでございます」
   「では最後に訊く、何故に病に伏せる女房を捨てて大河に身を投げた」
   「はい、死神様に逢いたかったからでございます」
   「儂に逢ってなんとする?」
   「私が残したこの愛しい寿命を、女房に与えてほしいのです」


 病に伏せていた女房は、医師の診たてに反して見る見る回復していった。女房は、行方知れずになった権爺が忘れられず、町の生活を捨てて権爺の里に行った。権爺の息子に訳を話して近くに空き家を借り、息子の仕事を手伝いながら権爺の帰りを待つことにした。 

 女房は、権爺がしばしばお詣りをしていた死神の祠の話を聞き、権爺に代わってお詣りをすることにした。

   「死神様、権爺はどこへ行ったのでしょうか? 逢いとうございます」 
 女房は、ひととき権爺の思い出話をし、そして、嘆いて、
   「神様、また来ます、今日はこれで…」
 そう呟いて帰って行くのだった。

 ある日、死神は権爺の女房の夢枕に立った。
   「これ女房どの、お前は権爺の帰りを待ち焦がれているが、権爺は既にこの世の者ではないのだよ」
 女房は驚いた。
   「今、お前が元気で居るのは、権爺の寿命をお前が貰ったからなのだ」
   「どうして、そのようことになったのですか?」
   「お前の寿命が無くなりかけたときに、権爺がお前に苦労をかけた償いだと、儂が権爺にやった寿命を返すから女房にやってくれと、大川に身を投げたのだ」
   「なんてことを…」

 その三日後、
   「この寿命を、権爺に返してください」
 そう言って、女房も大川へ身を投げた。

   「死神に近付くと、権爺の女房のように命を落す」
 村人たちの噂が元に戻り、再び祠に誰も近付かなくなった。
 

  (添削改稿)  (原稿用紙8枚)

猫爺のミリ・フィクション「龍神川」

2015-03-30 | ミリ・フィクション
 与助の倅小吉は、五才である。嫁の滋乃は、小吉を産んで所帯窶れするどころか、相変わらず美しかった。
 ある日、滋乃は昨年亡くなった父親の一周忌で、小吉を連れて実家に帰って行った。送って行くと言う与吉の言葉を遮って、
   「今日、明るいうちに実家に着いて、明日の夕刻までには戻ってきます」
 そう言い残し、小吉の手を引いて出ていった。与助が妻滋乃の姿を見たのは、それが最後だった。 

 翌日、夕刻になっても滋乃と小吉は戻らなかった。日が傾きかかったころ、与助は胸騒ぎを覚えた。
   「小吉が怪我をしているのではないか」
 それとも
  「小吉が熱を出して、難儀をしているかも知れない」
 与助の胸に、次々と不吉な思いがよぎる。居ても立っても居られず、与助は提灯を用意すると迎えに行くことにした。
   「どうぞ、無事でいてくれ」
 祈りながら、足早に滋乃の実家に向かった。途中、陽が暮れ初めた頃に、与助は荒神川に差し掛かった。知らず知らずに大声で二人の名を交互に呼び続けていた。 

 夜もとっぷり更けた頃、とうとう滋乃の実家に着いてしまった。滋乃たちは、昼過ぎには戻って行ったという。
 実家の義母が、村の若い者たちに声をかけて、滋乃たちの辿った道の脇など、手分けして探してくれたが手がかりはなかった。
   「もう、家に着いているのではないか」
 そう思いながらも、心配のために与助の胸は張り裂けそうであった。 

 龍神川の川原に差し掛かったとき、
   「子供の泣き声が聞こえたようだ」
 と言い出した若者がいた。声を殺して聞き耳をたてると、ざわざわと川の流れる音の間に、確かに子供の泣き声が聞こえた。
   「小吉、小吉何処にいる」
 喜びの声とも、泣き声とも知れぬ与助の掠れた声が、闇に響き渡った。川原に座り込み泣きじゃくっている小吉を見つけたときは、我を忘れて駆け寄り、小吉を抱きしめていた。
   「おっかあはどこだ。何処にいる」
 小吉は川面を指さした。
   「川に流されたのか」
 小吉は首を横に振った。
   「龍神さまに連れていかれた」
 泣きじゃくりながらも、しっかりと答えた。人身御供(ひとみごくう)を求める龍神さまの話は、母親から聞いて小吉は知っていたのだ。
 与助はつぶやいた。
   「滋乃は神隠しに遭ったのか」
 暗闇で、顔色など見えないが、与助の顔は青ざめていたに違いない。 

 そんなことがあってから、毎年のように氾濫していた龍神川が、全く大人しい川になった。

 小吉は八才になっていた。ある朝、母屋の戸を叩く音で目を覚ました与助が戸を開けてみると、小吉よりも二~三才年下の見知らぬ可愛い娘が立っていた。
   「どこの娘さんかね」
 娘は答えなかった。大きな魚を差し出して
   「お母さんが与助さんの家に持っていってあげなさいと…」
 娘はよく肥えた鯉を丁重に差し出した。よくこんなに重いものを下げてきたと与助は感心した。
   「お兄さんは、お元気ですか?」
   「お兄さん?」
 与助は訊き返した。
   「小吉のことかい?」
   「そうです、お兄さんです」
 与助は小吉を呼んで合わせてやった。
   「お兄さんは私のことは知らないでしょうが、私はお母さんからよく聞かされていましたので知っています」
 与助は慌てて娘に尋ねた。
   「おっかさんの名前は? 滋乃ではないか?」
   「そうです、滋乃といいます」
 もっと話を聞かせて欲しいという与助と小吉をしり目に、娘は可愛く頭を「ぺこっ」と下げると、「また時々来ます」と言い残してクルッと踵を返して、さっさと帰っていった。

 呆然自失から「はっ」と気付き、与助父子が慌てて娘の後を追った時には、既に娘の姿はなかった。

 娘は、時々川魚を持っては与助のところへ訪れるようになった。折りにふれて、与助は娘を足止めして頼み込んだ。
   「滋乃に逢いたい、合わせてくれないか」
 娘は言った。
   「お母さんは、人ではありません。逢えないのです」
 与助は幾度も懇願した。
   「蛇でも龍でもかまわない、蛙でも例えザリガニになっていても構わない、一目滋乃の元気な姿を見たい」
 涙声になりながら頼んだ。娘は笑った。
   「旦那様は何を訳のわからないことを仰っているのですか、ザリガニだなんて…」

 与吉は気付いた。夢では断じてない。確かに聞いたことのある滋乃の「旦那様」と言う口ぶりだった。
   「そうか、滋乃が神隠しに遭ったとき、既に子を孕んでいたに違いない」
 与助はそう思った。

 ある夜、与助は小吉と夕餉をとりながら、しんみりと言った。
   「お前が大人になって嫁をとったら、父さんは龍神川に身を投げようと思う」
 小吉は驚いたが、父親の決意を感じ取り、黙って聞くことにした。
   「龍神川には、確かに滋乃が生きている」
 与吉の眼は、宙を見つめていた。
   「死ぬ前に滋乃がどのような暮らしをしているのか一目見たら、龍神様に殺されても本望だ」  

 その後、小吉は父を死なせないために、決して嫁を娶ろうとはしなかった。やがて、与助は望みを果たせず病に倒れた。野辺の送りを済ませたその何年か後に、小吉は嫁を貰った。小吉はとうに二十才を過ぎていた。嫁に来たのは、あの妹かも知れない娘だった。
 
   (改稿)  (原稿用紙7枚)

猫爺のミリ・フィクション「道祖神」

2015-03-29 | ミリ・フィクション
 明治もまだ浅い時代に生まれた浅吉は、既に17才になっていた。彼は熱心に道祖神(どうそしん)を信仰しており、村の外れにある道祖神の塔に、ことある毎にお参りをしていた。

 特に約二ヶ月に一度くる庚申(こうしん)の日の夜には、浅吉手作りの小さな木彫りの三猿に神酒を奉げ、夜が明けるまで眠らずに酒を飲み続けるのであった。これには訳がある。

 人間の体には、生まれたときから頭に上尸(じょうし)の虫、胸に中尸の虫、下半身に下尸の虫という三尸の虫(約6センチ)が三匹住んでいると言われる。その虫は、庚申の夜に人間の体からこっそり抜け出し、天上の神様である帝釈天(たいしゃくてん)のところへ行き、自分が住んでいる人間の素行を漏らす、いわゆるチクリもしくはスパイなのである。
 ここで、素行が悪いと判定されると、その人間の素行の悪さに値するだけの寿命が削られてしまうのだ。 

 道祖神は、夫婦和合の神様であると共に、村に侵入する魔物を追い払い、村からこっそり抜け出す三尸の虫に対して「見ざる、言わざる、聞かざる」と、戒めるのだ。

 道祖神とは、猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)と天宇受売神(あめのうずめのかみ)の夫婦神様で、三猿は夫婦の神様にお仕えする猿である。 

 浅吉には、帝釈天に知られてはならない性癖があった。当時の社会通念では「悪癖」とされた自慰行為が止められないのだ。世間体では真面目な働き者で通っていた彼であるが、夜床に入ると独り者の寂しさが伴って、ついつい右手が動いてしまう。彼は罪悪感に苛まれていたと同時に、三尸の虫によりこのことが帝釈天に伝わり、寿命が刻々と縮まっていく恐怖に慄いていた。

 ある夜、彼の夢枕に美しい女の神、天宇受売神がお立ちになった。
  「神様、どうぞお許しください」
  「浅吉、なにも恐れることはありませんよ」
  「でも、私は罪を犯しています」
  「いいえ、そなたは何も罪など犯してはいません」
 天宇受売神は優しく微笑んで続ける。
  「それは、自然のことなのですよ、安心なさい」
 天宇受売神は、故意か偶然か衣の裾をはらりと捲って、「うふん」とウインクすると、スーッと消えてしまわれた。

 翌朝、浅吉の褌はぐっしょりと濡れて気色が悪かったが、心はすっきりと晴れ渡っていた。
  「そうだ、今年は猿田彦神社にお参りしよう」
 思い立った浅吉は、生来の器用さで木彫りの男根型道祖神を彫り、奉納しようと考えた。

 そんな浅吉の元へ、天宇受売神よりも、もっと美しい嫁が嫁いできたのは、数年後のことであった。

 (改稿)  (原稿用紙4枚)

猫爺のミリ・フィクション「幽霊峠」

2015-03-29 | ミリ・フィクション
 まだ明け遣らぬタクシー会社の待機室で、真っ青な顔の三人の男がヒソヒソ話し合っていた。 

 男Aの話・・・
 隣の県まで客をのせて行った帰りに、髪の毛が長い女が手を上げた。
「今日はついている」
喜んで客を乗せた。乗せた時はまだ宵の口だったが、あの女の幽霊が出ると噂されている県境の笹ヶ森峠に差し掛かったときは、とっぷりと夜が更けていた。客が蚊の泣くような声で
「運転手さん、ちょっと止めて下さい」という。
「変だな、こんな寂しいところで」
そう思いながらも、客の頼みなので仕方なく車を止めてやった。
「ここで待っていてください」
言い残すと、女は車を降りて獣道のような藪の道にスーッと消えて行った。しばらく待っていたが、幽霊の話を思い出して背筋が「ゾクゾクッ」としてきたので、代金も貰わずに恐くなって命からがら逃げ帰ってきた。

 男Bの話・・・
 俺も隣の県からの帰りに、夜の十時ごろ空車で笹ヶ森峠を通った。青白い顔をした女が暗闇のなかで手を上げていたので、気味が悪いと思いながら車を止めた。なんだか呪い殺されるような恐怖に襲われたが、度胸を決めて震えながらドアを開けてやった。早々にドアを閉めて走り出し、
「お客さん、どちらまで」
何度か声をかけたが、返事はなかった。恐る恐るルームミラーで後部座席を覗くと、乗せた筈の客が消えていた。

 男Cの話・・・
 隣の県からの帰りだったが、俺もあの幽霊が出ると聞いていた笹が森峠で手を上げている女を見た。髪の毛はさんばらで頭から血を流し、恨めしそうに睨みつけていたが、見ないふりをして通り過ぎた。 だが、車の後部座席に乗っているような気配がして、今にも青白い手で首筋をつかまれるのではないかと、蛇に睨まれた蛙のように体が竦んで、ルームミラーを見ることも、振り返ることも出来ず生きた心地がしなかった。 

 明ければ、三人ともに非番である。三人そろって笹ヶ森峠に行き、花を供えて手を合わせてこようと相談がまとまり、その後三人は押し黙ったまま夜を明かした。

 夜がすっかり明けた頃、事務所から何やら叫ぶ女の泣き声が聞こえてきた。

 女の話・・・
 隣の県からタクシーでこの町に向かっていたが、おしっこがしたくなり我慢が出来なくなって、タクシーを止めてもらい笹薮で用足しをしている間に、女の私を暗闇の峠に残したままタクシーが走り去った。
 恐怖に震えながら数時間待っていると、またタクシーが通りかかったので手を挙げて止めた。タクシーにまだ乗っていないのにドアを閉められて、そのはずみで笹薮に転がり木の根っこに頭を打ち付けて気を失った。その間にタクシーは走り去った。
 また数時間待って、タクシーが通りかかったので手を挙げると、無視して走り去った。 

 「みんな、おたくのタクシーですよ。 運転手にどんな教育をしているのですか」
泣き叫ぶよう苦情を言っている。
 「これって、業務放棄と、業務上過失傷害と、乗車拒否と違います?」
女は散々文句をぶち撒けると、
 「今から、警察に訴えてきます、憶えていらっしゃい」
 憤慨しながら出ていった。


  (改稿)  (原稿用紙5枚)

猫爺のミリ・フィクション「竹取の翁」

2015-03-28 | ミリ・フィクション
 月の世界から迎えが来て、かぐや姫は帰っていった。竹取の翁(おきな)は、大きなため息をつきながら言った。
  「姫はとうとう帰ってしまいましたなァ」
媼(おうな)は、涙ぐんでいた。
 「もう、戻っては来ないのでしょうかねえ」
 二人に暫くの沈黙があったが、思い切ったように媼が口を開いた。
  「お爺さん、どうしたものでしょうか」
 翁は「はっ」と気付いて煌々と輝く月を見上げた。
 「儂たちは、かぐや姫に騙されていたのだろうか?」
 かぐや姫は、月の世界から今にも使いが来て、金銀財宝を届けてくれると口癖のように言っていたが、最後までそれは叶うことはなかった。そればかりか、多くの男たちから高価な贈り物を受け取り、結果的には結婚詐欺のようなかたちになってしまった。
 夜が明ければ姫に貢いだ男たちの怒りが、年老いた夫婦にぶつけられよう。そうかと言って、夜逃げをする体力も無い。借金も呆れるくらい山積みで、多くの借金取りが押し寄せよう。とても老夫婦には返せる見込みはない。
  「姫、何故わしらをこのような地獄に陥れなさった」
 これから起こることは、老夫婦にとって地獄に違いない。  
  「どうして、儂らも月の世界へ連れて行ってくれなかったのじゃ」  
  「せめて、二人の命を奪って下さらなかった」  
  「姫を恨みますぞ!」
 翁と媼は、てんでに恨み辛みを呟いていたが、翁は床の間の抽斗から短刀を取り出すと、媼が正座している前に置いた。
  「覚悟はできておるか?」  
  「はい、お爺さん、ご一緒にあの世に参りましょう」
 両掌を合せて「南無阿弥陀仏」とお題目を唱えた。   
  「すまなかったのう、儂が竹藪で姫を見付けたばかりに、お前までこのような目に遭わせてしまった」
 翁は頭を下げた。  
  「いえ、そのようなことはおっしゃいますな」
 とは言いながら、子供に恵まれなかった夫婦が、子育てという幸せな体験が出来たのも、姫のお陰だったのだとその時に気付いた。
  「姫、恨むなどと言って済まなかったのう」   
  「では」
 と、翁が短刀を握ったとき、まっ黒な雲が月を覆い、夫婦は暗闇に包まれた。しばらくして再び月が顔を出したとき、庭の木の下にかぐや姫が佇っていた。   
  「お爺様、お婆様、ただ今戻りました」
  「えっ、姫は月の世界に帰って行ったのではなかったのか?」  
  「はい、帰ってきました、金銀財宝がなかなか届かないので、催促してきました」
  「そのために月へ帰ったのかい?」
  「はい、左様でございます、じれったいので私が持って参りました」
 月の世界の侍従たちが大きな葛籠を担いで下りてきた。 一つ、また一つと…。


  (改稿して再投稿)  (原稿用紙4枚) 

猫爺のミリ・フィクション「たま」

2015-03-28 | ミリ・フィクション
 幽霊とお化けは別のものである。 幽霊とは人間の霊魂であり、人の目には見えない。「私は見た!」と主張する人が居るかも知れないが、それは実態を見たのではなく、幻覚、錯覚の類で心に感じたものである。
 では、お化けまたは妖怪とは何か。動物や植物、または無機的なものがその姿を変えたものだとされている。日本昔話には、狐、狸、蛇、猫、鶴、ムササビ、モモンガなどが化けて人を驚かす話があるほか、古木や雪なども妖怪として登場する。化けなくとも、そのままの姿の河童、天狗なども幽霊ではなく妖怪である。 

 妖艶なお化け、滑稽なお化けが多いなか、不気味なおばけは猫だろう。あの可愛らしい猫も、猫爺くらいの年寄りになると、妖怪化するに違いない。


 大川へ魚釣にでかけていた耕太が帰ってきた。
   「おいタマ、お前の好きな川魚を釣ってきたぞ」
  タマは、雄の老猫である。だらしなく四肢を投げ出して寝そべっていたが、耕太の声を聞くと薄っすら目を開け、耕太の下げている魚篭(ビク)を見て尻尾の先を一度だけピクンと動かし、再び眠ってしまった。
   「生で食うとこの前みたいに腹を壊すといけないだぜ、今焼いてやるから待っていろ」
 耕太は、せっせと囲炉裏(いろり)の灰を掻き、柴に火を点け粗朶(そだ)を燃やし、タマと自分分を焼き、夕餉の仕度をはじめた。

 タマがこの家に来たのは、耕太がまだ子供の頃で、今は既に亡き父親が野良猫の仔を拾ってきたのだ。目が開いて間もない仔猫だったが、気性は野良猫そのもので、なかなか耕太に懐こうとはしなかった。手から餌を与えようとすると、針のように尖った歯で容赦なく噛みつき、機嫌が悪いときに抱き上げでもしようものなら、鋭い爪で引っ掻く。なんとも可愛げのない仔猫であった。

 耕太は、知恵の発達が同年の子供と比較して少し遅れていた。そのため他人との交流がうまくいかず、相手にされることは殆どなかった。大人になってからも、村八分気味で、両親を亡くしてからはますます孤立していった。 暮らしは自給自足で、野菜や川魚や蜆が多めに取れたときは、町へ売りに行くこともあった。
   「タマ、起きろや、魚が焼けただよ」
 タマは目を覚ますと、のそっと囲炉裏端に来て、然(さ)したる興味も、食欲もないのか、物憂げに少し食べて「ぷい」と表に出て行ってしまった。 
  「タマは歳を取ったのう、だけど、長生きしてくれろよ、おらの友はお前だけだ」

 ある日、村で泥棒騒ぎが起った。庄屋の銭箱がこじ開けられ、金子(きんす)が盗まれた。第一に疑われたのは耕太であった。庄屋に連れられて、四人の村人たちが耕太の家に押し掛けて、家中を探したが金子は出て来なかった。
   「耕太、盗んだ金をどこへ隠した」
   「盗んでねえ」
   「嘘をつけ、お前以外に誰が盗むのじゃ」
   「おら、知らねえ」

 その日は証拠の品が見つからなかったことで、庄屋と四人の村人は引き上げて行ったが、それからというもの、耕太は村人に常に見張られているような気がしていた。追いかけるように、村のあちこちで盗人に銭を盗まれたとの訴えが増えていった。

 数日後のこと、真夜中に猫のタマが裏の畑で糞をしていると、何者かが耕太の畑に物を投げ捨てた。たまは、「シャーッ」と牙をむいて身構えたが、男はさっさと逃げてしまった。

 翌朝、どこでどう知ったのか庄屋を除く四人の村人がやってきて、耕太の畑に捨ててある幾つかの空の銭箱や銭袋を見付け、耕太を家から引きずり出した。
   
   「やはり盗人はお前だったのか」
 殴る蹴るの暴力を振るわれ、「うっ」と呻いて倒れる耕太を起こしては、また暴力を振るった。
   「おらは盗ってねぇ、おらじゃねぇ」
 泣き叫ぶ耕太に、
   「これが何よりの証拠」と、空の銭袋を叩きつける。
 その時、歳をとって弱っていた猫のタマが飛び出して、耕太を護るべく男たちに飛びかかって引っ掻いた。
 タマの奮戦虚しく、とうとう耕太は口から血を吐いて崩れるように倒れ込んでしまった。

 タマは一人の男に狙いを定め、その男の後ろにまわり、いきなり男の足に噛みついた。男は怒声をあげて、たまを振り放したが、男の足にくっきりと歯型が残り、血が垂れ落ちた。 
   「糞っ!」
 男はタマを追いかけようとしたが、姿は既に無かった。 

 村の男達が引き返したあと、タマがゆっくりと姿を見せ、横たわる耕太の目を覚まさせようと摺り寄り顔を舐めた。だが耕太は、いつまで経っても動くことはなかった。
 タマは耕太の息が絶えていることがわからず、諦めずに耕太の血を舐め続るのであった。

 そんなことがあった日から幾日が過ぎたであろうか、耕太を死に至らしめた四人の中の一人が高熱を発して倒れた。タマに足首を噛まれた男だった。医者に診せたが原因不明で、熱を下げるために対症薬として葛根湯を置いて医者は帰って行った。男は、高熱のためか、「猫、猫」と譫言(うわごと)のように言っていたが、食べ物が喉を通らず、水さえも恐がって飲まないことから、脱水症状に陥り息を引き取った。

 村の者たちが、死んだ独身男の家を片付けていると、行李の底から大金が出てきた。村の者たちは顔色を変えてお互いを見つめ合った。金を盗んでいたのは耕太ではなく、この男であったと気付いたのだ。 
 男たちは金を分配し、自分たちの過ちを秘密にしようと誓いあった。
   「このことは誰にも言わないように」
 特に庄屋には絶対に知られてはならないと、きつく約束を交わした。 
 
 その後も、立て続けに一人、また一人と死に、庄屋を残して四人の男が原因不明の死を遂げた。
 さすがの庄屋も気がついた。
   「これは耕太の祟りに違いない」
 更に、耕太が飼っていた老猫に辿り着くまでには、然程の刻は要しなかった。
   「耕太は恐らく無実だったのだ、その耕太を殺した村人への猫の復讐に違いない」

 庄屋は、耕太殺しには加わっていないが、疑ったのは確かである。
   「最後は儂か」
 覚悟をきめ、せめて最後に耕太を弔ってやろうと伴を連れて耕太の家にやってきた。

 耕太の亡骸は、門口で腐敗し、半ば白骨化した部分もあった。
   「耕太、すまなかった、許してくれ」
 庄屋は涙を流して詫びた。村人に命じて墓穴を掘らせ、亡骸を埋めようとしたとき、耕太の亡骸を護っていたのであろうタマが、ふらふらと歩いてきて、墓穴に飛び込み息絶えた。

 庄屋はこの地に祠を建て耕太と共にタマを手厚く祀った。祠は建て替えるたびに立派になり、主人の仇討をした猫として遠方からわざわざお参りにくる人もあり、村の護り神「タマ明神」と呼ばれるようになった。 


(改稿)  (原稿用紙9枚)

猫爺のミリ・フィクション「Youは何しに天国へ」

2015-03-26 | ミリ・フィクション
 若い天使たちが集まって、テレビ番組の企画を練った。
   「パクリのようだが、Youは何しに天国へ というのはどうだろう」
 あまり思慮深い天使が居ないらしく、一人の意見を簡単に受け入れてしまった。新しく天国へ来た人にインタビューして、その人の行動に密着取材させて貰おうというものだ。

 生番組が始まった。第一に捉ったのは、大阪のおっさんであった。
   「Youは何しに天国へ」
 天国へ来て、いきなりマイクを突き出されたおっさんは、驚いた。
   「Youは何しにって、知りません」
   「何の目的も無しに来たのですか?」
   「当たり前ですがな、誰でもそうですやろ、来たくて来たのやおまへん」
   「それが、どうして来てしまったのですか?」
   「へえ、以前から胃の調子が悪るおましてな、医者に診て貰ったら、スキルス性の胃がんで、末期やといきなり告知されましたのや」
   「それで、間もなく天国へ来たのですね」
   「へえ、わしは何も来たくて来たのやおまへんのやで、52歳いうたら、下界では青年だす、まだまだもっとしたいことがおました」
   「どのようなことがしたかったのですか?」
   「あのなあ、スナック青菜のママが美人で独身やから口説いて嫁にしようと思うとりましたんや」
   「あなたは独身だったのですね」
   「へえ、バツ3の独り者だした」
   「これから、何処を回られます」
 大阪のおっさん、「むっ」とした。
   「あんさん、あほと違いまっか、初めて来てそんな宛てなどおますかいな」
   「いきあたりばったりですね」
   「そらそうでっしゃろ、観光のパンフレット貰った訳でもなく、グーグルマップにも天国の地図は出てきやしまへん」
   「そうでしたか、ではこれから どうされます?」
   「どうされます言うたかて、何にも分からしまへん、何なら、あんさんがええとこへ案内しておくなはれ」
   「ニセコみたいにサラサラ雪はないし、景勝地といってもお花畑くらいで、あとは雲ばかりだし、ビーチもカジノもありません」
   「天使の皆さんは、どんな処で遊んでなさるのや?」
   「神様の髪のなかでかくれんぼしたり、花畑で蜜を吸ったり」
   「なんや、蚤や蜜蜂みたいなものですなァ」
   「綺麗な女性ならたくさん居ますよ」
   「ほんまかいな、それをもっと早く言っとくなはれ、花みたいなもの、興味ありまへんがな」

 案内されて来たのは、見渡しても一面は雲海である。
   「綺麗な姉ちゃん、一人も居ません」
   「上を見てごらんなさい」
 一人、ふんわりと降りてきた。
   「わあ、ほんまや、綺麗やわ」
   「そうでしょ、こんな綺麗な女性が、わんさか居ますよ」
   「わんさか? 天国へ来て良かった、綺麗な姉ちゃん、もっと降りてきて顔見せてえな」
 また一人、二人と綺麗な姉ちゃんが降りて来て大阪のおっさんを囲む。おっさん有頂天になって喜んでいるが、ふと気付くと皆同じ顔で同じ容姿である。
   「みんな同じオッパイで、あそこも同じですか?」
   「オッパイもあそこも必要ないので退化しております」
   「無いのかいな、それで何で女性と男性が居るのですか?」
   「それは、下界の名残ですわ、尻尾の名残が尾蛞骨のように」
   「あほらし、わし、名残に囲まれていのかいな」

 天国へやって来た大阪のおっさん、しょうもないインタビューを受けて、しょうもないところへ案内されて、憤慨している。
   「こんなところの何が天国や、雲と花と3Dコピーの美人しかないやないか」
 おっさん、ここを本物の天国にしてやろうと奮起する。
   「こんな邪魔な雲なんか必要ない、全部吹き飛ばしてしまえ。女は花が好きやから、花園には手を着けんとこ」
   「この広い天国を、とびっきりのリゾート地にするのや」
 早速、着手することにした。
   「神さん、大きな図体して、そんなところに胡坐かいて居られたら邪魔ですねん」
 神様にはどこか隅っこに居てもらって、おっさんが注文する建材を出して貰ったり、天使たちの退化したものを復活させてもらったりして貰った。
   「糞ほどたくさん居る天使には、手を貸して貰います」

 トッテンカン、トッテンカンと工事が始まる。天使の一人がおっさんのところへ来た。
   「あなた、こんな勝手な事したら、天国で一番偉い天地創造の神様に怒られますよ」
   「叱るなら、叱ってもらいましょ、地獄へ落とされるなら、喜んで落ちましょ」
   「良いのですか、あの恐ろしい地獄ですよ」
   「構いまへん、構いまへん、わし、地獄の方が性に合うかも知れへん」

 流石は天国である。人介作業で、瞬く間に大規模なリゾート地に変わってしまった。
   「競輪、競馬、競艇、パチンコはおろか、カジノから張った張ったのチンチロリン堵場まである。プール、温泉、競技場、シアター、スキー場に、遊園地、と大阪のおっさんが閃いた、ありとあらゆる施設が出来上がり、「これぞ天国」と、おっさん悦にいっている。

 工事の最中に、忠告に来た天使がまたやって来た。
   「やはり、天地創造の神様がお怒りになっていますよ」
   「ほんなら、わし地獄落ち決定だすか?」
   「はい、直ちに地獄よりお迎えがきます」
   「へー、またもやお迎えだすか」

 やがて、でかい鬼がやってきて、おっさんの両腕を抱えた。おっさんの足、宙ぶらりん。
 
 おっさん、地獄を一まわりして、閻魔大王の前に引き出された。
   「お前か、天国で不埒なことを仕出かしたのは」
   「いいえ、天国があまりにも殺風景やったので、天国らしく変えてやりました」
   「天地創造の神は、余計なことをしやがってと、怒っていたぞ」
   「それは、神さんとも思われまへん、自分の怠慢を棚に上げて、怒るとは何事だす」
   「そうか、天国が殺風景なのは神の怠慢か」
   「そうです、閻魔はん、あんたもそうだっせ、地獄は汚らしいですわ」
   「汚らしいか、それではどうすれば良いのじゃ」
   「へえ、わしに任せておくれますか?」
   「任せてみよう」
   「流石、閻魔はんや、天地創造の神さんより話がわかる」

 ここでも工事が始まる。針の山を削り、血の池地獄を埋め立て、綺麗な更地にすると、そこに次々と建物が建築されていく。
   「ここは、雄大な風俗地帯にします」
 ソープランドに、高級ホストクラブ、ゲイバー、地獄めぐりの観光地、おっさんの好みで遊郭まで再現しよった。
   「さあ、地獄の皆さん、用意は万端だすか? ほんなら、鬼さんに頼んで、天国で観光パンフを撒いてもらいます」
   「そうや、ネットでも宣伝してもらう」

 天国から、おっさんにお達しが来た。神様が更に怒って、おっさんを天国にも地獄にも置いておけないと、生き返らせることにした。

   「神様、それだけは勘弁だす、どうぞ地獄に置いておくなはれ」


 (改稿)  (原稿用紙10枚)

猫爺のミリ・フィクション「葬儀屋の宣伝企画」 

2015-03-15 | ミリ・フィクション
 会社帰りの若いサラリーマン二人が、立ち飲み屋のおでんをつつきながら、仕事の愚痴を溢し合って居た。そろそろ酔がまわってきたのか、取り留めの無い話になってきた。
  「柳瀬君、君は幽霊と親しいのだってね?」
 酔いながらも、柳瀬は驚いた。
  「先輩、変なことを言わないでくださいよ、いきなりなんですか」
  「よく、幽霊を見たと言いふらしているじゃないか」
  「言いふらしてなんかいませんよ」
  「いいふらしているよ、ついこの間も奥六甲山のトンネルの中で見たと言ってたそうじゃないか」
  「ああ、見ましたよ、見たから見たと同輩の木村に言っただけだですよ」
  「木村に話たら、いいふらしたも同じことだよ、あいつの口が軽いのはお前も知っているだろ」
  「それは、ボクの所為じゃないですよ、それで幽霊と親しかったらどうなんですか、別に親しくはないけど…」
  「紹介してもらおうと思ってさ」
  「紹介したら何をするつもりですか」
  「幽霊に、実家の商売の宣伝をしてもらおうと思っているんだ」
  「先輩の実家は、何をやっているのですか?」
  「親父が牧師で、長兄が葬儀屋、次兄が医者だよ」
  「それで、お姉さんが老人ホームの介護師さんなのか?」
  「大当たり!それに、次女が石材店に嫁いでいて、俺はバイトで宣伝企画担当」
  「ふーん、随分都合よく連携しているね」
  「まあね」
  「それで幽霊に宣伝させるって、どんなふうに」
  「幽霊に、もう長くない病人の夢枕に立ち、囁いて貰う」
  「なんて?」
  「葬儀は一番、電話は371059(みなてんごく)、××葬儀店のパーフェクト葬儀」
  「催眠効果による刷り込みかい?」
  「病人は遺書に書くよ、自分の葬儀は、××葬儀店で頼むって」
  「書くかな?」
  「書くさ、その後は噂が噂を読んで、大評判」
  「ところで、そのパーフェクト葬儀って何?」
  「死亡確認から死亡診断書、死体の清拭(せいしき)、葬儀の手配から牧師、墓地、墓石の斡旋まで一貫して引き受ける」
  「ふーん、なるほど、それで幽霊にギャラは支払うの?」
  「もちろんだよ、あの世の沙汰も銭次第って言うだろ」
  「何かゴロが違うみたいだけど、それで、病人の幽霊が天国へ行っちゃったらそれっきりだよ、天国へ行った証拠にはならない」
 そこで先輩、待ってましたとばかりに説明した。
  「送信機の付いた小型カメラを背中に付けてもらい、それの画像をテレビで流す」
  「まるで動物の生態調査ですね」
  「視聴者は天国の実態が見られると興味深々、人類月面到着の実況よりも視聴率が上がるぜ」
  「それで、誰が幽霊の背中にカメラを付けるの?」
  「柳瀬君だよ」 
  「失敗して神様に怒られ、僕も天に召されるかも知れない」
  「その時はセカンドチャレンジだ、幽霊になった柳瀬君の背中にカメラを付けて貰う」
  「断ります」


  (過去に投稿した漫才を、ミリ・フィクションに書き直す)