雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第九回 数馬は殺人鬼なり

2013-11-30 | 長編小説
 木曽福島の宿に入った辺りで、佐助が今歩いてきた街道を振り返った。
   「先生、信濃の国と言っても、広過ぎますね」 と、心配顔を見せた。
   「馬籠の宿から信濃の国だが、佐助、お妙さんのお父っつぁんのことを気にかけているのかね」
   「はい、そうです」
   「それは心配無用だよ、お妙さんが言ってたろう、橋の普請(ふしん=建設)をしているところだと」
   「言っておりました」
   「そこ、かしこで橋の普請はしていないだろう」
 街道の行く手に沿って流れる川に、若い女が着物を着たまま飛び込むのが見えた。 三太が駆け付けるのには距離が遠過ぎる。 若い男が叫んでいる。 男は恐らく泳げないらしく、旅人に助けを求めている。 距離が離れてはいても放ってはおけず、三太は無我夢中で走った。
 その時、旅人の侍が刀を捨て、着物を脱いで川に飛び込んだ。 三太は走りながら、その様を見て安堵した。 「どうぞ、助かってくれ」と、祈りながら、それでも走り続けた。 流れて行く女の方はと見ると、懸命に川面から頭を出そうともがいているが、川面に突き出た大きな岩の辺りまで流れたあと、女の姿は見えなくなった。
 助けに行った侍が岩の辺りに辿り着き、潜って女を探しているようであったが、諦めて戻ってきた。
   「あぁ、だめだったか」と、三太は呟いた。 新三郎に話しかけたが返事がない。
   「新さんが、なんとかしてくれるのかな」
 溺れそうな人を、はたして新三郎に助けられるのであろうか。 期待して新三郎が戻ってくるのを待つばかりである。
   「あほらしい、助けに行って損をした」
 新三郎である。 川に飛び込んだ女と、助けを求めた男は仲間で、どうやら人を騙して置き引きをする常習犯のようだという。
  助けに行った侍が、裸で三太の元へ走ってきた。
   「お前であろう、拙者の刀と身ぐるみを盗んだのは」
   「何を言われる、無礼ですぞ、貴殿の脱いだものは、先程若い男が持ち去りました」
   「それを見ていて、何故咎めなかった」
   「私がここで見ていて、どうして盗人と判断出来よう、貴殿の元へ持って行ったと判断してもおかしくはないでしょう」
 あまりの無礼に三太は激怒した。
   「貴殿が、間抜けだからです」
   「聞き捨てならぬ、人命を救おうとした拙者のどこが間抜けでござるか」
   「街道は盗人の蔓延るところ、助けを求めた男は、自分で飛び込もうとしなかったではないか、たとえ泳げなくとも、なんとか助けようと川に入るはずだ」
   「人命が危ういと思った時に、そのように冷静でいれるものか」
 三太は自分の言ったことに後悔した。 侍の言う通りだ。
   「貴殿の気持ち、よく分かり申した、言い過ぎたことを詫びます」
   「分かって貰えばよろしい、先程の拙者の無礼をお詫び申す」
 そんなことより、侍が裸で街道を歩けない。 ほとほと弱り果てて、侍は岩に腰を下ろし、頭を抱えた。
   「私は、水戸藩士能見篤之進の養子、医者の能見数馬です」
   「これは、失礼した、拙者は上田藩士、佐竹浩介と申す」
   「上田藩でござるか、私の育ての親が上田藩士で御座って、そちらへ向かっております」
   「上田藩士の父上は、どなたでござる」
   「佐貫慶次郎です」
   「おお、これは奇遇、拙者は佐貫慶次郎さまの部下でござる」
   「不躾(ぶしつけ)ですが、何ゆえの旅でしょう」
   「佐貫さまのご子息、鷹之助さまを上方まで送り申した帰りでござる」
   「鷹之助は、私の義弟ですが、何故に上方へ行ったのでしょう」
   「鷹之助さまは武術よりも学問がお好きのようで、父上を説き伏せて上方の儒学塾に入られたのでござる」
   「左様ですか、鷹之助の実の兄、佐貫三太郎と同じです、兄上も、武術がお嫌いで医者になりました」
   「数馬どのも武術がお嫌いて医者になられたのですか」
   「私は両立です、医術は義兄から、武術と馬術は佐貫の父上から習得しました」
   「それはご立派」
 なんだか、自慢をしたようで、三太は少々はにかんだ。
   「それよりも、佐竹殿の持ち物を取り返さうではありませんか」
   「奴らは、もう遠くに逃げ去ってしまったので、無理ではござるまいか」
   「大丈夫です、やつらは佐竹殿の着物も持ち去りました、着物に着いた佐竹殿の臭いを追って行きましょう」
   「えっ、数馬殿の正体は犬ですか」
   「誰にもしゃべらないでくださいよ、実はそうなのです」
 三太は自分の道中羽織を佐竹に貸し、離れて付いてくるように指図した。
   「やはり、私の臭いが邪魔になりますか」
   「そうです」

   「新さん、頼みます」
   「ほいきた、助さん」
   「誰が助さんですか、私は三太です」
   「まあ、そう硬いことは言わずに…」
 新三郎は、やつらが逃げて行った方向にふわりっと飛んでいった。 ただし、見えないので多分である。 暫くして、やつらが逃げ込んだ場所を突き止めて戻ってきた。
   「この先の洞穴を、やつらの塒(ねぐら)にしています」
   「佐竹さん、急ぎましょう」
 街道からは見逃しそうな洞穴に辿り着いた。
   「この中です」
   「入ってみよう、佐助は外で待っているように…」
 三太は率先して洞穴の奥に向かった。 少し奥まったところに、広い空間がある。 その真ん中で火を焚いて着物を乾かし、四人の男と、一人の女が盗んで来た獲物を数えている。 分配でもするつもりであろう。 三太が忍び込んで、岩陰から不意に飛び出し、大声を上げた。
   「こらっ盗人共、年貢の納め時だと観念しやがれ」 三太は言って、ちょっと芝居がかったかなと、隠れて照れ笑いした。

   「お前ら、付けられたのか」 一番年長らしい男が四人を叱るように言った。
   「そんな筈はないのだが…」
   「現に、こうして付けてきたではないか」
   「兄貴、申し訳ありません」 

   「てめえら、この人の持ち物を返して貰おうじゃねぇか」
三太は芝居の科白癖が付いたようだ。
   「やってしまえ!」
五人一斉に匕首の鞘を飛ばし、三太に斬り付けてきた。 三太は一歩下がり長刀を抜いて構えた。 真っ先に飛び込んできた男の匕首を刀の峰で叩き落とし、続いて三人の男が同時に三太に匕首を向けて、じりじりっと迫ってきた。 三太は後へ下がったが、後ずさりして逃げたのではない。 三太の刀が男たちに届くのを避けたのである。
男たちは、自分たちが優位に立ったと見て、三人一斉に三太を向けて迫って来た。 三太の刀が右の男の左わき腹に届いたその直前で刀の峰を返してバシッと打っていた。  続いて目にも留まらぬ速さで体を反転させ、左の男の右わき腹を、刀の峰で打ち据えた。 そこで、三太は一歩下がったが、残りの男もまた、一歩下がった。 男の表情からも読み取れるが、男は怯んだのである。 三太はピタリと止まって待ったが、男は突っ込んでくる様子はなく、慌てて洞穴の外へ逃げて行った。
 女はどうしたと見回すと、岩肌に張り付いた丸腰の佐竹に、匕首を逆手に持って迫っていた。 三太の足もとに、佐竹の刀があったので、それを拾い佐竹に投げて渡した。 佐竹は刀を受け取り、鞘を外して女に斬りつけようとしたが、三太の「斬るな」と怒鳴る声を聞いて、刀を構えたまま三太の指示を待った。
   「これ女、誰一人命は取らぬ、盗みが出来ぬように両腕を切り落とすが、すぐさま医者に駆け込めば命は助かる、まずお前の腕から斬りおとそう、そこへ直って両腕を前に付き出せ」
 女は腕を前に出せないで震えている。
   「腕を出さねば、首を刎ねるがよいのか」
   「私はこの男たちに無理矢理手伝わされただけです、どうぞお助けください」
   「そうか、では男の両腕から斬り落そう」 と、脇腹を抑えて呻いている男に近付いた。
   「俺も兄貴にやらされていただけです」
   「みんな兄貴の命令に従っただけです、どうぞお助けを…」
   「では、兄貴の両腕を切り落とそう」
 兄貴と呼ばれている男は、三人を睨み付けて、観念したのか首を突き出した。
   「両腕を斬られては、生きて行かれません、どうぞ首を刎ねてください、幽霊となってこいつらに復讐してやります」
   「よし、良い覚悟だ、佐竹殿、貴殿の仇を討って差し上げましょう、よく見ていてください」
 三太は、キラリと光る刃を兄貴に見せて、上段に刀を構えた。
   「数馬殿、待ってください、こいつらは人を欺いて盗みをしただけでござる、どうぞ助けてやってくだされ」
   「良いのですか、こいつらを許して…」
   「はい、この通りでござる、拙者に免じてどうかお頼み申す」
   「佐竹殿がそうまで言われるなら、許さぬでもないが、こいつらはまた旅人を騙すであろう」
   「その時は、拙者がこやつらを退治に参ろう、今日のところは見逃してやってほしい」
 お前たちも、許しを乞わないかと、佐竹は四人を促した。 四人と佐竹は、三太に平伏した。
   「よし、わかった、お前たち、今後このようなことはするではないぞ、と言ってもまたやるのであろう」
   「決していたしません」
   「わかるものか、もし旅人からお前たちの仕業らしい被害をきいたら、俺がこの刀で切り捨ててやる、その時を楽しみにしておるぞ」
 三太は、佐竹が自分の持ちものだけを取り返したのを見届けると、佐竹と共に洞穴を出た。 恐怖のために放心状態になった四人は、その場に崩れ落ちた。
   「数馬さん、ありがとうござった、それにしても強かった」
   「あれが芝居だと、佐竹さんどこで気付きけれました」
   「えっ、芝居だったのでござるか」
   「気付かずに、本当にやつらの命乞いをしてやったのですか」
   「はい」
   「佐竹さん、あなたは優しい御仁だ、感服しました」
   「お恥ずかしい次第です」

  第九回 数馬は殺人鬼なり(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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「第三十回 三太郎の木曽馬」へ
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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第八回 三太、悪霊と闘う

2013-11-29 | 長編小説
 中乗り新三(しんざ)こと新三郎と、三太こと亡き能見数馬の義弟(同名)と、美江寺(みえじ)の河童こと、佐助の一行は、中津川に差し掛かった。 ただし、新三郎のことは、佐助には伝えていないので、佐助の見た目では二人連れである。
 しばらく行くと、七・八歳の娘が、道行く人に声を掛けている。 新三郎が偵察に行った。
   「医者を探しているようです」
 娘は、旅人に「おっ母さんを助けてください」と、必死に訴えている。
   「私は医者だが、どうしたの」
   「おっ母さんが産気づいているのですが、赤ん坊がどうしても出てきません」
   「わかった、行ってみよう」
 三太は、娘に続いて畑中のあばら家まで走って行くと、母親が苦しんでいた。    「いつから 産婆は呼んであるのか」
   「大分前からです、産婆さんは、お金が無いので呼んでいません」
   「そうか、診察してみよう」
 三太が母親の寝間着の前を肌蹴て腹を押してみると、どうやら逆子らしい。 普通、胎児は子宮の羊水で満たされた袋の中で頭を下に向けているのだが、反転して足が下になっているようである。
 三太は、梅庵診療院で梅庵先生が逆子を正常(頭位)に戻しているのを見たことがある。 そのとき、梅庵は「男の医者であっても、何時如何なる事態に出くわすかも知れない、逆子を戻すことも、お産の様子も、よく見て置くように」 と、言って見学させてくれた。
   「娘さん、名は何といわれる」
   「はい、お妙です」
   「お妙さん、家に焼酎はあるかい」
   「いいえ、ありません」
   「それでは隣家へ行って分けてもらいなさい」
 三太は懐の巾着から一朱をだしてお妙に手渡した。
   「佐助、お前はそこの釜戸に火を熾(おこ)し、湯を沸かしなさい」
 お妙は徳利を持って外へ飛び出し、佐助は釜戸の柴に火を点けた。 三太は梅庵先生の手付きを思い出しながら、力を込めて懸命に妊婦の腹を押したり摩ったりした。 妊婦の膣に指を入れて胎児の状態を確かめた。

 運が良かったのか、破水もなく胎児の状態は正常にもどった。 持っていた竹筒の聴診器を妊婦の腹に当ててみると、微かに胎児の心音が聞こえる。 どうやら、臍帯が胎児の首に巻きついていなかったようである。 苦しんでいた産婦も、痛みが緩らんだようで、一時ながら静かになった。
   「先生、焼酎を貰ってきました」 お妙が戻って来た。
   「ご苦労、こちらへ持ってきなさい」
 お妙の後から、隣家の老婆と、四十絡みの女が入ってきた。
   「私は医者の能見数馬、あちらに居ますのは、弟子の佐助です」
   「先生さま、一体何があったのですか」
   「独りで産もうとしたらしいのだが、逆子で出て来なかったようです」 三太が二人に説明した。
   「逆子は、先生さまが戻してくださったのか」
   「左様、今ようやく落ち着いたところです、間もなく次の陣痛がくるでしょう、今度はきっと生まれますよ」
   「お妙、何でこんなになるまで知らせなかった」
   「おっ母さんが、迷惑をかけたらいかんと言いなさって」
   「お若い男のお医者様なのに、よくしてくださいました、先生が居てくださらなかったらどうなっていたことやら」
   「村には産婆さんが居ないそうで、この後のことは見様見真似でやるしかないと覚悟していましたが、お婆さんがきてくれましたので、一安心です」
   「わしは、女を長いことやっとりますので、産婆の真似事位はできます」
   「先生、湯が沸きました」
 佐助が土間の釜戸の火を引きながら声を掛けた。 お妙も安堵したようで、ほっと胸を撫でおろし土間にしゃがみこんだ。
   「お妙、家に晒しはあるか」 老婆がお妙に訊いた。
   「はい」 と返事して立ち上がると、押し入れから晒し木綿を一反(6m)取り出した。
   「鋏と、金盥(かなだらい)も用意しときなされ」
 妊婦のお菊が、呻きはじめた。 陣痛である。
   「先生、この後は、わしと嫁に任せて、外で待っていてくだされ、お妙は、おっ母の手を握ってやっとくれ」

   「おぎゃあ」 と、大きな声が外に居た三太と佐助に聞こえた。
   「元気な男のお子です」 嫁が外へ伝えにきてくれた。
   「先生さま、ありがとうございました」 お妙も追って出て来た。
   「焼酎は沁みるけれど、お菊さんの体はよく消毒してくださいね」
 三太が部屋を覗くと、母親に抱かれた赤ん坊は、すやすや眠っていた。 お菊が頭を動かして、三太に礼を言おうと焦っていたが、三太が「そのまま、そのまま」と、手で合図をした。
   「お菊さん、よく頑張ったね、男の私が診察したけれど、医者だからね、恥ずかしがることはないのだよ」 当時の通常出産は、産婆すなわち女の仕事と決まっていた。  三太は、民家を後にした。 お妙が追っかけてきて、三太が渡した一朱を返そうと差し出した。
   「お婆さんが、お金は取らないって」
   「そう、良かったね、じゃあもう一両足してお妙さんにあげるから、お母さんに美味しいものでも食べさせてあげなさい」
   「ありがとうございます」
 頭を下げるお妙に、三太は父親の事を訊いてみた。
   「お父っつぁんはどうしたの 居ないの」
   「生まれて来る子供の為にと、半年経ったら戻ると言って出稼ぎに行きましたが、いまだに帰りません」
   「どちらの方へ行ったか、聞いていないのかい」
   「信濃の国の方で、橋を架ける普請(ふしん)をやっているからと、人伝に聞いたと言っていました」

   「そう、私もこれから信濃の国へ行くのだ、お父っつぁんに出会ったらお妙さんがまっていると伝えてあげよう、お名前は」
   「はい、稲造(いねぞう)と言います、歳は二十九で、右の耳の下に大きな黒子があります」
   「わかった、探してみましょう」
 三太は手を振って、お妙に別れを告げた。 お妙が別れに言った「ご恩は一生忘れません」 が、三太の足どりを軽くさせた。

  馬籠(まごめ)宿で日が暮れた。 新三郎がまたもや不服そうである。
   「新さん、どうしたの」
   「どうもこうも、ありやしません」
   「治療代のことか」
   「それどころか、一両一朱もやってしまって、旅籠代は払えるのですかい」
   「今夜の分くらいは、まだ残っているよ」
   「三太さんの実家までは、まだ道程がありやすぜ、野宿でもして病気になったらどうしやす」
   「俺が死んだら、佐助が居るじゃないか」
   「そんな暢気なことを言って」
   「じゃあ、どうすれば良い」
   「一稼ぎしやしょうぜ」
   「俺は博打など出来ないよ」
 その夜は、兎にも角にも旅籠に泊り、路銀のことはゆっくり考えることにした。 最後かも知れない暖かい布団にくるまって、三太は新三郎と銭稼ぎの作戦を練った。

   「そんな阿漕(あこぎ)なことをするのかい」 三太は新三郎が立てた企てに驚いた。
   「大金持ちを狙えば、五両や十両の金くらい、相手は痛くも痒くもねえ」    「厳密に言えば、詐欺じゃありませんか」
   「詐欺はあっしに任せておいて、三太さんは助ける方に回る、そうすれば感謝こそされ、恨まれることはありやせん」
   「おぬしも悪党、いや悪霊よのう」
   「文無しが、何を言っているのですか」

 行く先に、大きなお屋敷が見える。 お代官か、村の名主(なぬし)の屋敷であろう。 三太に屋敷の前で待てと言い残して、新三郎が出かけて行った。 四半刻(30分)ほどして、屋敷から若い男が喚きながら飛び出してきた。 新三郎と打ち合わせの通りである。
   「旅のお人、息子を捕まえてくだされ」
 どうやら、屋敷の主人らしい。 白髪で、白い髭をたくわえた、如何にもお大尽という恰幅のよい風体の男が、白足袋のまま飛び出してきた。 三太は息子に掌を向けて「えい」と、気合をかけた。 息子は三太の前でへなへなっと力が抜けて、三太に寄りかかった。 新三郎の仕業である。
   「あるじ殿、これは大変でござる、ご子息は悪霊に取り憑かれていますぞ」
   「悪霊とな、何故にそのようなことが…」
   「それがしは、医者であり、霊媒師でもあります能見数馬と申す者、ご子息は、一刻も経たぬうちに悪霊に殺されてしまいます」
   「先生、私はどうすれば息子を助けることが出来ましょう」 あるじは、おどおどしている。
   「ご安心くだされ、私がここを通りかかったのは、ご子息の運が強かったからでしょう」
   「お願いです、どうぞ息子を助けてやってくだされ」
   「分かり申した、悪霊が暴れ出さぬ間に、ご子息を屋敷にお連れ申そう」
 三太と佐助は、ぐったりした息子を屋敷に運び入れた。
   「これから、悪霊と戦い申す、あるじ殿も、傍に付き添ってくだされ」
 突然、息子が暴れはじめた。 三太は両の手の人差し指を立てて他の指を組み、なにやら悪霊を諭しているようである。 それでも暴れる息子の胸を両の掌で押し上げ、悪霊を追い出そうして悪戦苦闘しているように見せた。 最後に気合を込めて、息子の胸を突き飛ばしすと、息子は大人しく座り込んだ。 その後、三太は声を潜めて呪文を唱えていたが、やがて外に飛び出し、空を見上げた。
   「あるじ殿、悪霊は追い払い申した、今、悪霊は安らかにあの世に向かって去りました、やがて成仏することでしょう」
   「息子は大丈夫ですか」
   「もう大丈夫です、どうぞ、ご子息に語りかけてあげてください」
 屋敷のあるじは、全ての成り行きを目撃して、その恐怖から抜け出た安堵感に浸っていた。 あるじが、十両もの大金を差し出したのを断ろうとした三太は、新三郎に「かたじけのうござる」と、言わされてしまった。
   「おぬしも悪よのう、あるじ殿、これは大変でござる、とか言っちゃって」 と、新三郎。
   「言わせたのは、どこの誰ですか」
 佐助が、三太を憧れの目で見ていた。
   「先生、医者で霊媒師なんて、格好良すぎる、俺も医者で霊媒師になる」
   「新さん、どうする」
   「------」

  第八回 三太、悪霊と闘う(終) -次回に続く- (原稿用紙枚)

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第七回 美江寺の河童

2013-11-27 | 長編小説
 早朝に亀山城を発ち、草津の宿で夜になった。 宿をとり、外湯である噂に聞いた草津温泉の湯屋へ行った。 温泉に浸かって三太が感じたことだが、その湧き出る温泉を舐めてみても分かるのだが、まるで酢橘の汁を入れたようである。 この湯はきっと皮膚の病に効くに違いないと、帰りに湯の花を少し貰って帰ろうと思った。 のんびりと温泉に浸かって疲れを癒すと良いものを、三太も医者の端くれ、ついそのようなことを考えてしまう。
 宿を出て、草津追分で木曽路(中山道)に行路をとった。 途中二泊して番場(ばんば)の宿を発ち、人家も疎(まば)らな美江寺(みえじ)の宿場で日暮れとなったところで、何やら四・五人で立ち話をしている人々に出会った。 三太も野次馬根性を出して立ち止まって聞くと、この先の明神の沼で河童が出るので、「旅のお方はご用心しなさい」と、老農夫が旅人を諭しているところだった。
 日暮れて沼の傍を歩くと、後ろからピタピタと跡をつけてくる足音が聞こえるので、振り返ると河童のような黒い影がサッと木の陰へ隠れる。 また旅人が先に進もうとすると、沼の中からボコッと異様な音がすると共に、どこからともなく子供の様な鳴き声が聞こえて来るのだそうである。 旅人は恐くなって、荷物を放り出して逃げ出し、翌朝、旅人が恐る恐る荷物を探しに戻ると、荷物は消えていたという。
 数日前に、近くの村の若い衆たちが寄って、河童退治の計画を立てた。 それを言い出した男は、その夜、熱を出して寝込んでしまったので、計画は断ち切れになってしまった。 河童を退治するなど、大それたことを考えるから、明神様の罰があたったのだと、村の老人たちが噂をしていると言う。
 三太は、考えるところがあり、強いて明神の沼へ出掛けることにした。
   「大丈夫ですかい、あっしは河童には取り憑くことは出来ませんぜ」
   「多分、大丈夫だと思う」
   「多分なんて、河童に殺さされて幽霊にならないでくだせえよ、幽霊が幽霊に取り憑くなんざ、様になんねえ」
 丁度、明神の沼で日が暮れた。 三太は沼の周りを歩いてみたが、足音も聞こえず、沼からの異様な音も聞こえなかった。
   「おかしいですね、河童は顕れませんぜ」と、新三郎。
   「新さん、ここらで倒れている人を探してくれませんか」
   「へい、旅人が遣られているかも知れないのですね」
 新三郎は三太から抜けて、探しに行ったが、直ぐに慌てて戻って来た。
   「い、居やした、小さい男が倒れていやす、死んでいるようですぜ」
   「幽霊が死体を見て、恐がらないでくださいよ」
 三太は、新三郎が示す方向に急いで行ってみた。
   「やはり思った通りだ」
 三太は倒れている男に触れてみて、「まだ息がある」と、呟いた。 体温が下がり、意識も朦朧としているが、心の臓はしっかり動いて、呼吸もしている。
   「まだ助かります」
 三太は、濡れた男の着物を脱がせ、体を拭き自分の道中羽織で包んだ。 辺りから柴と枯枝を集めて来て火を起こし、暖をとらせた。 三太が持っていた竹筒の水を温め、いつも気付け薬代わりに持って歩いている甘蔗(かんしょ)の粉を微温湯に溶かせて口に入れてやった。 河童ではなく、五・六歳の人間の男の子である。
   「この子が河童ですかい」
   「そうらしい、人の噂なんか尾鰭が付いて、怪談に仕立て上げられるものさ」
   「三太さんは、最初から河童ではないと分かっていなすったのかい」
   「恐らく、訳あって家出をしたか、捨てられたのだろう、俺も経験しているから分かるのだ」
 三太は、子供の体を擦りながら、「がんばれよ」と、励まし続け、夜があけた。 頬に少し赤みがさしてきた子供を背中に括り付け、次の河渡の宿場に向かった。 旅籠の主人に訳を話して、粥など作って貰い、少しずつ子供の口に運んだ。 子供の回復は早いもので、夕刻には普通の食事をがつがつ食べるようになっていた。
   「俺は、医者で能見数馬と言うのだ」
   「俺は、佐助、七歳」
 佐助という名を聞いて、三太はニンマリした。 ひよこのサスケを思い出したのだ。
   「そうか、両親は何処に居る」
   「おっ母はずっと前に、おっ父は二年前に死んだ」
   「今まで二年間、だれが育ててくれた」
   「おっ父の弟のおじさんだ」
   「佐助が帰らないから、おじさんは心配してないか」
   「してない、二ヶ月前に放り出された」
   「どうして 佐助が何か悪さをしたのか」
   「おっ父が残して死んだ金が無くなったから出て行けって」
   「酷いおじさんだなぁ、それで明神の沼の近くで野宿をしていたのか」
   「うん」
   「何を食べていた」
   「草とか、笹の根とか、蛙をとって食っいていた」
 ぶっきらぼうだが、この佐助、素直で良い少年である。 濡れた体を拭いてやったが、その時見た佐助の体は傷だらけであった。 盗みでもして、村人に叩かれた所為かと三太は思っていたが、そうではないらしい。 おじさんにかなり苛められていたようだ。
   「どうだ、このおじさんと一緒に旅をするか」
   「うん、する」
 その宿場で一泊して、翌朝、子供を背負って鵜沼の宿に向かった。 鵜沼は、新三郎が騙し討ちに遭って殺された地である。 新三郎の思い出としては最悪の地ではあるが、三太の義兄能見数馬が、骨を拾ってくれた快い思い出もある。 三太は、新三郎の髑髏が埋まっていた辺りに案内させて、野花を供えて両手を合わせた。
   「何かなぁ、ありがてぇのか何だか、変な気持ですぜ」
   「義兄(あに)と来た時を思い出すだろ」
   「へい、数馬さんは、もっと若かったでやすが…」
   「薹が立っていて、悪うござんした」
   「いえいえで、ござんす」
 脇の木株に腰を掛け、三太がにやにやしているのを見ていた佐助が、首を傾げた。
   「おじさん、ここで誰と話したの」
   「俺の親父みたいな人だよ」
   「ふーん、ここで死んだの」
   「そうだよ」

 旅は次の目的地、御嶽の宿に辿り着いた。 ここは新三郎の故郷である。 三太が訪れたのは新三郎のすぐ上の兄、新二郎の家である。 新二郎も中乗りの新二と呼ばれる山で働く筏乗りであった。
   「どなた様でしょうか」と、初老の男が門口に顔を出した。
   「私は医者で、能見数馬と申します」
   「そのお医者様が、どのようなご用件で参られましたか」
   「弟さんの新三郎さんをお連れいたしました」
 新二郎は「はて」と、首を傾げて、三太の目を見詰めて言った。
   「新三郎は、三十年以上もまえに亡くなっておりますが、お人違いではありませんか」
   「いえ、人違いではありません、当時は中乗り新三と呼ばれた、あなたの弟さんです」
   「私は新三郎の墓にも参り、新三郎は成仏したと聞いておのます、それが何故に」
   「おにいさんは、根っからのはぐれ鴉です、阿弥陀如来に極楽浄土を追われて、今生へ戻って来たのです」
   「この罰当たりが、何と言うことを…」
   「まあ、懐かしくて戻ってきたのです、話を聞いてやってもらえませんか」
   「わかりました、私はどうすれば宜しいのでしょう」
   「目を瞑って、両手を合わせて待ってください」
   「はい」
 新三郎が三太の体を抜けて、新二郎へ移った。 しばらの沈黙があって、新二郎の目から涙が零れ落ちた。

 三太は、佐助を連れて外へ出た。 御嶽山がまるで二人を包むように聳え立ち、その勇壮な姿に身も心も吸い込まれていくように思えた。
   「この後、おじさんの第二の故郷へ行くのだ」
   「第二?」
   「そう、俺も転々としていて、第一の故郷は、江戸の長屋だ、第三の故郷は水戸という国で、そこで医者をやっている」
   「第二の故郷には、誰が居るの」
   「父上と、母上、それに鷹之助という弟が居る」
   「ふーん、もう大きいの」
   「十三歳だから、佐助より兄ちゃんだな」
   「ところでおじさん、俺の名前を訊いたとき、すこし笑ったけど、何か訳があるの」
   「おれが四歳のとき、貰った鶏のつがいが孵(かえ)したひよこの名前がサスケだったのだ。
 ずっと懐に入れて馬で旅をしたことや、故郷で母上には読み書きを教わり、父上から剣術と馬術を習得したことなど佐助に話してやった。 佐助は目を輝かせて聞いていたが、三太に向き直って「俺も、おじさんのように、馬にも乗れて、剣術も使える医者になりたい」と、呟いた。
   「商売人には成りたいと思わないか」
 三太がそう問いかけると、佐助は「わからない」と、答えて考え込んだ。
 そうこうするうちに、新三郎が戻ってきた。
   「どうだった、仲よく話ができましたか」
   「へい、まるで生きていたときのようで、幽霊でなかったら、酒を酌み交わしたいところでした」
   「それは残念でしたね、俺が代わりに飲んであげればよかったかな」
   「あっ、その手があったか」
   「それで、ちゃんと別れを告げてきたのですか」
   「へい、あっしがあの世で待っているから、早々に引き揚げて来なよと言ってやり、ました」
   「また余計なことを…、そんなことは言うべきではないでしょう」
   「ははは、兄貴、子供がたくさん居るから、そうはいかんと笑っていやがった」
 三太も新二郎の家に戻ると、「有り難うございました」と、頭を下げている新二郎に別れを告げて木曽路に立ち戻り旅を続けた。

  第七回 美江寺の河童(終) -次回に続く- (原稿用紙12枚)

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第六回 独りっきりの手術

2013-11-24 | 長編小説
 三太は、伊東松庵診療所の門前に立っていた。 お寺の本堂の縁の下から、佐貫三太郎に抱かれてこの門を潜ってから、早くも十五年が経っているのだ。 中から中岡慎衛門の妻お樹の声が聞こえる。 患者の一人が家に帰りたいと愚図っているのを宥めているのだ。 三太は昔のように声を掛けてみた。
   「能見数馬、ただいま戻りました」
 若い男が応対に出た。 以前に寄ったときに、中岡慎衛門の子息で十三歳と紹介されていた。
   「確か、三太さまと仰いましたね」
 三太が答える間もなく、お樹(しげ)が飛び出して来て、三太に「お帰り」と、昔のように出迎えてくれた。
   「おぉ三太さん よく独りで来ましたね」
 中岡慎衛門である。
   「独りでとは異なことを、私はもう子供ではありませんよ」
   「そうだった、そうだった、いいから早くお入りなさい」
 慎衛門は、三太という名を聞けば、懐にひよこのサスケを抱いた幼い三太が思いだされるのだ。
   「先ほど、若い男の方が応対にでられましたが、ご子息の慎一郎さんでしたね」
   「そうです、あれで本人は一人前の大人だと思っているのですよ」
   「いや、実にご立派なご子息です、言葉使いも躾がよく行き届いていらっしゃる」
   「いやいや、まだほんの子供ですが、私の助手をやらせています」
   「それは頼もしいですね」
 お樹が口を出した。
   「私に似て、なかなかの男振りでしょ」
   「何を言うか、慎一郎はわたしに似ているのだ」
 慎一郎は奥で聞いていたらしくて、三太の前に顔を出した。
   「両親は、常々私は三太さんに似ていると言っているのですよ」
 お樹が慌てて弁解した。
   「違いますよ、この子の幼い頃の面影が、どうしても三太さんと重なってしまい、そんな風に言っていたのですよ、ねえ、あなた」
   「子供なんか、どこか似ているものです、仕草とか、喋り方とか」
 三太はそう言ったが、苦汁を嘗めて育った自分と、優しい両親にのびのびと育まれた慎一郎が、似ている訳がないと思った。

 その時、表で馬の蹄の音がして、男が何やら大声で喚いている。 中岡慎衛門がすぐさま応対に出て行ったので、三太も付いていった。
   「それがしは亀岡藩士、山中鉄之進と申すもの、伊東松庵先生にお会いしたくて参った、先生はお出でになりますか」
   「はい、おります、只今これへ…」
 慎衛門自ら先生を呼びに行った。
   「はい、伊東松庵ですが、どのような御用で参られましたか」
   「はい、北町奉行所の与力長坂清三郎どのに聞いて参じました」
 聞けば、亀岡藩のお殿様が、俄かの腹痛で悶え苦しみ、藩医に脈を取らせたところ、腸の腑に垂れ下がる虫垂という部分が化膿して、今にも破れそうで、手の打ちようがないということだった。
 江戸には名医が居ると聞きつけ、山中鉄之進が早馬で駆けて、知り合いの福島屋亥之吉と親友の長坂清三郎に尋ねて回ったところ、伊東松庵先生が以前腹部を刺された少年を手術で治したと教えてくれたので、その足でこちらへきたと語った。
   「折角だが、私は馬にも乗れないし、体も弱ってきている、どうにもその役目は果たせそうにありません」
   「それがしが、馬でお連れ申すので、そこをなんとか無理を承知でお願い申す」
   「と、申されても、…」
 そうこうしていると、福島屋亥之吉が駆け付けてきた。
   「よかった、数馬さんがまだ居てくれて…、数馬(三太)さん、私の時のように是非お願いします」
 確かに亥之吉の手術に三太も参加したが、主にメスを握ったのは緒方梅庵先生である。 だが、虫垂の摘出はもっと簡単で、三太も何度かやっているから自信はある。
   「手術は私にも出来ますが、麻酔薬が手に入りません、お殿様が手術の激痛にお耐えになれましょうか 伺えば、かなり弱っていらっしゃるようで…」
 いや待てよと、三太は考えた。 今の自分は亥之吉の手術の時とは違うぞ、新三郎が居るではないか。 心の中で新三郎に伺を立てると「お安いご用よ」と、引き受けてくれた。
   「麻酔薬はありませんが、私によい思案が浮かびました、その手術お引き受けしましょう」
   「其方は」
   「はい、阿蘭陀医学の権威、緒方梅庵先生の一番弟子、能見数馬と申します」
   「松庵先生、この者にお願いしても宜しいか」
   「はい、梅庵は私の弟子で、長崎で蘭方医学を修めております、その一番弟子ですから、私も推薦いたします」
   「さようか、能見数馬殿は、馬に乗れますか」
   「はい、大丈夫です、幼いころから馬術の修練はしております」
   「わかり申した、馬はこちらでもう一頭用意致す、今から直ぐ亀山城へ行って戴きましょう、ご用意される間、それがしはここで待たせて頂く」
   「松庵先生、薬品と手術の道具をお借りできますか」
   「それは、私が用意しますが、麻酔薬が無くても大丈夫か」
   「はい、私にお任せください」
 三太は自信満々である。

 北町奉行所まで山中鉄之進の馬に相乗りで行って、馬を一頭借り受け、山中と三太は夜っぴて駆け、亀山城へ着いた。 山中も三太も寝不足のために、頭の中は朦朧としている。 このまま手術にとりかかる訳にはいかない。 三太が束の間の睡眠を貪る間に、山中は家老たちと藩医の説得に当たった。 殿もなんとか持ち堪えていたが、既に限界に達していた。
   「事は急を要します、方々が手術を渋っておられるうちにも、殿の命が尽きようとしています」
   「とは申せ、殿に切腹を勧めるようで、どうにも許可できない」
   「左様、お上にどう報告すればよいのか分からぬではないか」
   「殿のお腹を掻っ捌いて、もしものことがあれば、我々が切腹した位では収まらぬ」
 家老たちは、口々に逃げ口上である。
   「それで、殿が今夜にもご他界めされても良いと申されるか」
 山中の語調が強まる。
   「それは、ご寿命でござろう、我々が手出しをしてお命を縮めるよりもよかろう」
   「医師が自信を持って助けると申しておるものを、何故お命を縮めると断定されるのでござるか」
 ようやく山中の熱意が石頭たちを捻じ伏せて、手術とやらをやらせてみようということに成ったが、その手術の激痛を、殿に耐えるだけの気力が残っているかと心配しだした。 これは山中とても同じである。
   「能見先生、殿は手術の激痛に耐えられましょうか」
 山中が恐る恐る三太に尋ねた。
   「はい、大丈夫です、お殿様が知らない間に手術を済ませます」
   「そんなことが可能なのですか」
   「まあ、任せて置いてください」
 三太は平然としていた。

 三太の睡魔も消え、手術の用意も万端整った。 松庵先生が考案した焼酎を蒸留させて作った殺菌成分の高い液で殿の腹部と三太の手を消毒して、新三郎に合図を送った。
   「新さん、頼むぜ」
   「ホイ来た弥次さん」
   「誰が弥次さんですか」
 新三郎が三太の体から抜けると、やがて殿がぐったりした。 新三郎の霊が、殿の生霊を連れて体から離れたのだ。 手術が終わるまで、新三郎が殿の生霊のお守をしてくれている。 お蔭で、三太は慌てずに、丁寧且つ的確にメスを執った。
 手術自体は、簡単なものであった。 ただ虫垂を切り取った後を絹糸で縫うので、この糸を取り去る為に、もう一度開腹をする必要がある。 絹糸は細い蚕の糸を寄り合わせて糸にしたものなので、どうしても化膿を引き起こす。 出来るだけ早く抜き去る必要があるのだ。 手術が終わるのは、完全に抜糸が済んでからである。
 一度目の手術が終わって消毒をし、三太が手術の場を外したのは、始まって半時(1時間後であった。
 それを察知した新三郎が戻って来ると同時に、殿の目が覚めた。 手術の直後なので痛みはあるが、手術以前の痛みと違うのが分かるらしく、殿は悶えることなく、そのまま「すやすや」と眠りに就いた。
   「五日後に、もう一度仕上げの手術を行います」
 三太は、十日間は亀山城に留まるつもりである。 五日後にもう一度皮膚を切り開き、腸の腑の抜糸を行い皮膚を縫い合わせる。 その後五日後に、皮膚の抜糸を行い全ての過程を終える。 もし、藩医が抜糸くらいしてくれたら、三太は五日間早く解放されるのだが、藩医はそれすら出来ないという。
 その十日間は、お殿様の容体を見ながら話し相手になり、藩医の妬みの視線を躱(かわ)しながら、退屈極まりない日々を送った。 とんだ道草を食ったものだが、殿や山中への恩返しに、是非お助けして欲しいとの亥之吉の願いのために我慢をした。

 新さんの墓がある経念寺へのお参りを飛ばしてしまったが、折角亀山の宿まで来たことだし、帰りは草津まで上り、長久保の宿辺りの小県(ちいさがた)の上田藩に向かおう。 ここに三太の第二の故郷ともいうべき義父佐貫慶次郎の屋敷ある。 三太の第二の実家である。
 前回、義兄の佐貫三太郎(緒方梅庵)と一緒に里帰りした時は、ほんの顔を見せた程度で慌しく旅発った。 今度は、十三歳になった義弟の鷹之助ともゆっくり話がしたい。
 亀山藩主の体調はすこぶる宜しく、腸の腑の縫い目の化膿もなく、三太は軟禁状態から解放された。 山中鉄之進に、江戸まで馬で送ろうと言われたが、三太は里帰りの為に草津から中山道に入り信濃の国へ向うと丁重に礼を言って断らせてもらった。
 山中鉄之進は当てが外れたようである。 北町奉行所まで三太に馬で行かせて長坂清三郎に会って馬を返し、あとは自分の馬で福島屋亥之吉の店と伊東松庵診療所に礼に回る算段だったらしい。
 亀山藩主から頂戴した礼金の三分の一を山中に差し上げ、三分の一を松庵に礼金として借りた手術の道具と共に届けて貰い、残りの三分の一を亥之吉の開店祝いとして届けてもらうことにした。
   「それでは数馬さんには何も残らないじゃないか」と、山中が言ったが、三太は、「私は大丈夫です」と、懐を叩いた。
   「何が大丈夫なものですか、贅沢な昼飯も食えないくせに」
 新三郎は、三太の無欲に呆れていた。

  第六回 独りっきりの手術(終) -次回に続く- (原稿用紙11枚)

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無臭無煙の線香と仏花

2013-11-23 | 日記

 線香を買いにいって、「無臭無煙」と謳った線香を見付けた。 あの線香臭いのは、どうしても年寄りを連想してしまう。 煙は別にじゃまなものだとは思わないが、煙草の煙を連想するのだろうか、やはり吸いこんだら癌なるとでもいうのだろうか。 
 しかし、ちょっと待ってみよう。 線香は仏さんに香りをお供えするものではなかっただろうか。 線香から香りと煙を取ってしまえば、お灸を据えるときの火種である。 

 花屋さんで「仏花」として売られている花とシキミを縛りつけて、前からだけ見栄え良くしたものは、どこの家の仏壇を見ても、後ろ向きに花瓶に挿していることはない。 例えば、浄土宗や浄土真宗であれば、仏壇の奥に阿弥陀如来の像が描かれた掛け軸が下がり、亡き人のお位牌も奥に置かれる。 それなのに、どうして仏花は、仏様の方を向けないのだろうか。 

 饅頭を供えてみたところで、真夜中にテレビの中から仏様がお出ましになって、ムシャムシャお召上がりになり、それを目撃した人の方に向き直って「み~た~な~」と、仰る訳ではない。 

 それは、お祀りする今生の人物(ご家族など)の自己満足に他ならない。 だからこそ、今生の人の都合で成されているのであろう。 

---予告---

 猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第五回を終え、次の第六回では、三太(能見数馬の義弟の能見数馬)が、虫垂炎(盲腸炎)に罹った亀岡藩の藩主の手術を、池田の亥之吉の達っての依頼で行う羽目になる。 花岡青洲の麻酔薬とて直ぐには手に入らないし、それを調合する術を三太は知らない。 まして、少しと言えども、お大名の腹を切るなど、滅相も無いことだ。 だが、虫垂が破裂すればお殿様の命は無い。 三太は、この難関をどう切り抜けるか。 


猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第五回 新さんは悪霊?

2013-11-22 | 長編小説
 庄六は、乾物商相模屋の店先に立った。 昨日、店を叩き出されての今日である。 またしても叩き出されるのかと思うと、己が惨めで泣きそうになる。 能見数馬(三太)は、「大丈夫だ」と言うが、こんな短期間に状況が変わったとは到底思えない。 それでも店の暖簾を潜ってみた。
   「あゝ、庄六、帰って来てくれたのだね、よかった、よかった」
 庄六はキョトンとした。
   「お前が戻って来ないと、人を雇って江戸中を探そうかと思っていたところだ」
 何がどうなったのか、昨日とは一変してこの歓迎ぶりだ。 自分は夢を見ているに違いない。 庄六は自分の手の甲をつねってみた。 確かに痛い。 店を飛び出して、付いてきてくれた数馬を探して尋ねようとしたが、数馬の姿は無かった。
   「庄六、お前が戻るように、お美菜が神棚を礼拝していたぞ、早く行ってやってくれ」
   「旦那様、有難うございます、でもどうして…」
   「どうもこうもありません、早速、お美菜と祝言を挙げておくれ」
 お美菜は、顔をみるなり、大泣きをして庄六の胸に倒れ込んだ。
   「お父っつぁんが認めてくれたのよ、嬉しい」
 何が何だかわからないが、庄六も天にも昇る心地であった。 あの数馬さんは、神様だったに違いない。 自分は、その神様に導かれて水戸街道をさまよい、出会うべくして神様に出会ったのだ。 自分はこの店の後継者ではないが、お店の為に一生懸命に働いて盛り立てていこう。 庄六は神にそう誓いを立てた。
   「三太さん、あっし達は庄六のために寄り道までしてやって、無報酬ですかい」
   「新さんは、あんた守銭奴か」
   「あっしには、金を持っても使えませんぜ、三太さんに美味い飯を食って、花街で遊んで貰おうと思いやして…」
   「俺が花街で遊んでいるとき、新さんはどうするの」
   「三太さんが喘ぎだしたら三太さんの魂を追い出して、あっしが代わりに…」
   「新さん、あんたやっぱり悪霊だろ」
 笑ったり、ちょっぴりもめたりしながら、第一の訪問先、雑貨商の福島屋に着いた。 なんと、店の主人である亥之吉が、表の掃除をしていた。 使用人も雇えないほど商売が行き詰っているとは思えないほど客が入っている。
   「あーっ、三太はんや、来てくれたんだすね、わいが水戸まで会いに行こうと思っておりましたのや」
   「立派なお店ですね、遅れ馳せながら、開店お祝を申しあげます」
   「ちょっと大きすぎて持て余し気味ですが」
   「お店、繁盛しているようですね」
   「へえ、お蔭さまで…」
 店の中に入ると、使用人も結構の数で、活気に満ちていた。
   「これでも、最初はお客さんが来てくれはらずに、どうなるかと思いましたんや」
   「それがどうして」
   「上方のお客は、ええもんが安い言うたら飛びついてくのやが、江戸は違います、安かったら欠陥品か何か裏があるのではないかと疑いまして、手を出さしまへんのや」
   「何か良い策が浮かんだのですか」
   「へえ、お客さん一人一人に、わいが上方流の薄利多売の商い法を説明しましたら、一人、また一人と納得してくれはるお客が増えていきました」
   「そうか、それは亥之吉さんの熱意と誠意が伝わったのですね」
   「へえ、おおきに、それもこれも緒方先生と三太さんが、わいの命を助けてくれはったお蔭でございます」
   「亥之吉さんの運が強かったのですよ」
   「さあ、奥へ入っておくなはれ、女房のお絹と、倅の辰吉を紹介します」
 亥之吉は奥に向かって大声を張り上げた。
   「おい、お絹、珍しいお客様やで」
 お絹は辰吉の手を引いて顔をだした。
   「あれまあ、能見数馬先生やおまへんか、ようこそ来てくれはりました」
 お絹の、人懐っこい笑顔が迎えてくれた。 お絹とは、亥之吉が入院した上方の病院でお馴染みになっていた。
   「お子さんですか」
   「はい、辰吉と申します」 と、お絹。
   「辰吉ちゃん、おいくつ」
 辰吉は母の顔を見て質問の意味を確かめ、三太に向かって小さな指を三本出して見せた。 親たちに似てか、人見知りのない懐っこい笑顔を振りまいた。
   「今夜は、泊っていっておくれやす」
 三太が「その積りで来ました」と言うと、お絹は嬉しそうにいそいそと立ち振る舞った。
   「うちが、腕によりをかけて美味しいものを造ります、先生はお酒大丈夫だすか」
   「はい、好きでおます」 亥之吉を真似て上方ことばを使ってみたら、亥之吉夫婦は大喜びをした。 暖かい、本当に幸せそうな家庭だと、三太は羨ましく思った。
 三太には、こんな暖かい家庭はなかった。 冷え切った長屋の部屋で、父の暴力に震え、親の顔色ばかりを見る捻くれた性格の自分であった。 辰吉と、おもいっきり遊んでいると、幼い頃に封じ込めていた子供心が、噴出してくるように感じた。 住んでいた場所は思い出せないが、それはこの江戸の何処かであったのだ。

 その夜、亥之吉は三太に頼みごとをした。 お手合わせをして欲しいというのだ。 亥之吉は相も変わらぬ汚い天秤棒を持ちだしてきた。 三太には木刀を用意した。
   「三太さんは隙がないので、それをどう打ち崩すかずっと考えとりました」
   「それを編み出せたのですか」
   「はい、きっと…」
   「では、手合わせしましょう」
 三太の木刀の先が、亥之吉を捕らえて、微動さえしなくなった。 亥之吉はなんとか隙を造らせようと天秤棒で挑発してみた。 三太の全身は石のお地蔵さんのように隙だらけに見えるが、どうしても突破口が見つからない。
 亥之吉は、右へ跳んだ。 なんと、三太はそれでも微動もせずに、切っ先は的外れの方向に向けられたままである。 隙ありと、亥之吉は三太の左の胴を狙った。 三太の木刀は、既に亥之吉の動きを察知し、くるりと体をかわし、いち早く亥之吉の天秤棒を叩き落とした。 亥之吉が「あっ」と怯んだとき、三太の木刀は亥之吉の肩にピタリと吸いついていた。
   「亥之吉さん、あなたの手立ては相手に見透かされています、何の為に右へ跳んだか読まれてしまうのです」
   「数馬さんには、どうしても勝てません」
   「その、諦めるのもあなたの欠点です、私は亥之吉さんが思っているほど強くはありません、まだまだ未熟者です」
   「でも、手立てが見付からないのです」
   「いいですか、同じ跳ぶのなら、私には意外な跳び方をすべきです」
   「たとえば」
   「横で無く、あなたの後ろへ飛んでみるのです、そう、両手で構えたその棒が私に届かなくなるところまでです」」
   「それが意外ですか」
   「わたしは、亥之吉さんが戦意を無くしたのかと思います」
   「さすれば」
   「わたしは、亥之吉さんを挑発するために一歩前にでます、多分亥之吉さんの動きにつられて、うっかり踏み出してしまうのです」
   「そこで、わいはどうするべきだったのですか」
   「私の踏み出そうとした足がピクリと動いた瞬間に、亥之吉さんは両手ではなく、片手で思い切り強く棒を横に振るのです、両手では届かなかったが、片手にすると届いてしまいます、わたしが擦り足で一歩踏み出したときは、既に亥之吉さんの棒はわたしの胴に食い込んでいます、これが相手の動きの先を読むことになるのです」
   「わかりました、ではもう一番お願いします」
   「あのねぇ、自分の手の内をばらした直後に、私が同じ手口に引っ掛かると思いますか」
   「チッ、あきまへんか」
   「あきまへん、これは例え話で、意外な行動をして敵を油断させ、敵が出てくる先を読む作戦なのです」
  亥之吉は、数馬(三太)のように強くなりたかった。 そのことを数馬に話すと、数馬は亥之吉を諭すように答えた。
   「亥之吉さん、あなたは商人です、商いの腕を磨くのが先決でしょう」
   「へえ、違いおまへん」
   「その天秤棒は武器ではありません、武具なのですよ」
   「そうでした、以前にもお聞きしたことがおます」
 翌朝、手厚く礼を述べて、数馬は店を出た。 やはり亥之吉は、数馬に付いて行きたい衝動に駆られていた。

 三太と新三郎は、三太が捨てられていた寺を目指して歩いた。 このお寺には、哀しい思い出しかないのに、三太は懐かしくて目を潤ませていた。 本堂の床下の空気穴をみて、よくこんなに小さい穴を潜れたものだと、三太が如何に小さかったかを彷彿とさせられた。 この境内で、母を助ける為に父と諍(あらが)って刺してしまった記憶が甦り、手が震えだした。
   「奥様、お元気でしたか 三太です、その節は大変ご迷惑をおかけしました」
   「三太さん、あの三太さんですか」
   「はい、三太です、もう十九歳にもなりました」
   「よく、ご無事で…」
 住職の奥さんは、当時を思い出して、つい涙を零した。 肉親の殺害は重い。 三太はまだほんの子供であったが、お仕置きは免れないだろうと思い、日夜供養の経を上げていたと言う。
   「お蔭様で母にも会えたし、今はあるお武家に預けられて、養子になりました」
 そう話すと奥さんは心から喜んでくれて、住職にも会ってやってくれと住職を呼びに行った。
   「ありがとう御座いました、お蔭さまで今は人並みに幸せな日々を送っています」
 住職も合掌して、三太を祝福してくれた。
   「父の菩提を弔っていただき有難う御座います、きっと近いうちにお墓を建てに参ります、それまで無縁墓地で眠らせてやってください」
   「わかっています、手厚く供養させてもらっていますよ」
 三太は無縁墓地で焼香をさせて貰い、手を合わせた。 本堂へ回ると、「僅かばかりですが」と、一両の賽銭を上げ、父が倒れた辺りで合掌して寺を引き上げた。

   第五回 新さんは悪霊(終) -次回に続く- (原稿用紙12枚)

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「第二回 火を恐れる娘」へ
「第三回 死にたがる男」へ
「第四回 名医の妙薬」へ
「第五回 新さんは悪霊?」へ
「第六回 独りっきりの手術」へ
「第七回 美江寺の河童」へ
「第八回 三太、悪霊と闘う」へ
「第九回 数馬は殺人鬼なり」へ
「第十回 贄川の人柱 ...」へ
「第十一回 母をたずねて」へ
「第十二回 無実の罪その1」へ
「第十三回 無実の罪その2」へ
「第十四回 三太の大根畑」へ
「第十五回 死神新三...」へ
「第十六回 大事な先っぽ」へ
「第十七回 弟子は蛇男」へ
「第十八回 今須の人助け」へ
「第十九回 鷹之助の夢」へ
「第二十回 新三郎のバカ」へ
「第二十一回 涙も供養」へ
「第二十二回 新三捕り物帖」へ
「第二十三回 馬を貰ったが…」へ
「第二十四回 隠密新三その1」へ
「第二十五回 隠密新三その2」へ
「第二十六回 労咳の良薬」へ
「第二十七回 十九歳の御老公」へ
「第二十八回 頑張れ鷹之助」へ
「第二十九回 暫しの別れ」へ
「第三十回 三太郎の木曽馬」へ
「第三十一回 さらば鷹塾...」へ
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100円グッズでスプラウト

2013-11-21 | 日記

 100円グッズで、スプラウトを作ってみた。 

容器はダイソーのきざみ葱を入れるポリ容器105円、これはスノコが有るので好都合。 蓋は不要。

肥料は原液250cc一本105円、 600ccのペットボトルに液肥30cc入れ5%液を作る。

種(たね)ベビーリーフ2袋105円、

なかなか入手できないのが土代わりのスポンジ。 猫爺は、スーパーで蟹を買ったら蟹の下に敷いてあった約3mm厚さのヘロヘロのスポンジを容器のスノコに合せて切ったものを使った。

 水はスノコから少し上くらいまで入れ、液肥5%液を1~2滴垂らす。 スポンジを敷き、種を一袋の1/3か半分くらいを、なるべく均等に蒔いてその上にトイレットペーパーを被せる。 これは、種が水で流れて一ヶ所に集まるのを防ぐため。

 2~3日で発芽するので、水の蒸発分を補ってやる。 こうして2週間ほどで容器の上まで成長したのが写真右。 サラダや焼魚、煮物のトッピングにすると綺麗。 容器は洗ってまた使えるし、液肥は当分買う必要が無い。 スポンジが手に入れば、買い足すのは種だけだ。

 さて、スポンジはどこに行けば売っているのだろうか。 通販で売っている分厚いスポンジは、こんなものがこんなに高価? と、思えるくらいだし、スポンジ代よりも荷造り送料の方がもっと高いので…。 もったいないお化けに尻を噛まれそう。 

 


 猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第四回 名医の妙薬

2013-11-20 | 長編小説
 死にたがる男、江戸の乾物商相模屋の小番頭、庄六をお店に送り届けるだけでは事が収まらない。 乾物商相模屋の店主を説得して、その娘と庄六を夫婦にしてやらねばならない。 二人、肩を並べて歩きながら、三太は庄六から必要な事柄を聞き出しておくことにした。 三太と新三郎にはその手立てを打つ算段が出来ていた。
   「乾物商相模屋のご店主の名は何といわれる」
   「はい、浩衛門です」
   「では、庄六さんが好きな娘の名は」
   「お美菜でございます」
   「主人の浩衛門さんは、信心深い方ですか」
   「神棚には、住吉神社のお札をお祀りし、朝夕に礼拝なされていました」
   「あの神君家康公の御分霊が祀られている神社でしたな」
   「さようで御座います」

 旅に出て一日目は、まだ水戸街道を幾らも進んでいないのに、もう日が暮れてしまった。 旅籠は相部屋(あいべや)でも良かったのだが、庄六が遠慮して別々の部屋をとった。 食事は三太の部屋で酒を酌みあった。
   「お美菜さんは、幾つになられた」
   「はい、十九でございます」
   「庄六殿は」
   「二十一で御座います」
   「私はお美菜さんと同じく十九ですが、目下嫁さがしに東奔西走しているところです」
   「では、この度の江戸への旅も、奥方をお探しに」
   「あははは、その通りです、面目ない」
 他愛のない世間話のようだが、三太は庄六や相模屋の様子などを探っているのだ。 その夜更け、二人は分かれてそれぞれの部屋で行燈の灯を消して床に就いた。 それから間もなくして、急に旅籠の中が騒がしくなった。
   「新さん、何だろう」
   「病人が、どうたらこうたら、言っていますぜ」
   「一階の客に、病人が出たようですね」
 三太は、庄六のことが気になり、「ちょっと見てこよう」と、部屋を出た。
   「病人は、庄六ではなさそうだ」
   「能見さんでなくて良かった」
 庄六も、同じ思いだったようだ。 二人がそれぞれの部屋へ戻ろうとしたとき、 旅籠の主人が二階へ駆けあがってきて声をかけた。
   「お泊りのお客様に、お医者はおいでになりませんか」
 三太が出ようとしたとき、別の部屋から待っていたかのように即答があった。
   「私は医者だが」
   「先生、お願いします、下のお客さんがお腹を押さえて苦しがっておいでになります」
   「そうか、それは気の毒じゃ、私が診察して進ぜよう」
 三太も気になり、番頭と医者の後に続いた。 医者は苦しむ病人の額に手を当て、熱を測ったり、脈を取ったり、病人の腹を出させて聴打診のようなことをしていたが、
   「うむ、これは食中(しょくあた)りじゃな、夕食の中に何か傷んでいるものは無かったか」
   「お客様のお口に入れるものは、吟味に吟味を重ねておりますので、そのようなことは…」
   「無かったと申されるか」
   「はい、決して…」
   「私は食べなかったが、豆腐はどうじゃな」
   「日の暮れ時に、豆腐屋さんが納めてくれたものです」
   「そうか、他の客は異状ないか」
   「はい、皆さんお召し上がりでしたが、腹痛を訴えた方はおいでになりません」
   「そうか、偶々この客が食べた豆腐が腐っていたとは考えられぬか」
   「豆腐屋を呼び付けて、問い質してみなければ何とも言えません」
 医者は、袂(たもと)から薬袋のような物を取り出した。
   「幸い、私は食中りに効く妙薬を持っている、これを病人に与えて見ようか」
   「是非にもお願い致します」
   「ちょっと高価だが構わぬか」
   「はい、それは如何ほどでございますか」
   「三日分で、十両と言いたいが、折も折だから、半額の五両にしておこう」
   「承知いたしました」
   「それと、私の診察料を一両いただきましょうか」
   「はい、只今ご用意いたします、どうぞご病人にお薬を飲ませてあげてくださいませ」
   「よし、わかった」
 医者は、薬包紙を解き、病人の口に注ぎ込み、水を飲ませた。 苦しんでいた病人は急に大人しくなり、そのまま寝入ってしまった。

   「先生のお蔭で、何事も無く収まりました、本当にありがとうございました」
   「何の、何の」
 医者も、二階の部屋に戻っていった。 野次馬を装って一部始終を見ていた三太は、首を傾げた。
   「新さん、あの医者怪しいですね」
   「あれは、医者じゃなく、語り詐欺ですぜ」
   「そうでしょうね、高価な薬かも知れないけれど、治りが早過ぎます」
   「あの薬は、乾飯(ほしいい)を粉に挽(ひ)いたもののようですぜ」
   「あの病人は、仲間でしょうね」
 三太と新三郎が深夜そんな話をしていると、庄六の部屋と逆隣の部屋の襖がソーッ開けられる気配がした。
   「あっ、医者が逃げ出す積りのようです」
   「あっしが留(とど)ませてやります」
 三太が止める間もなく、新三郎が三太から出て言った。 すぐに階段辺りで大きな音がし、医者が倒れた。 旅籠の主人や女中が飛び出してきて、また大騒ぎになった。
   「先生、大丈夫ですか、早く先ほどの薬をだして、お飲みください、薬料は当方がお支払いたします」
 三太が部屋から出て来た。
   「ご亭主、その者は医者ではありません、語り詐欺です」
   「医者じゃないって、あなた様は」
   「私は本物の医者で、水戸藩の能見数馬と申す者、ご亭主、先程の病人の部屋を覗いてくれませんか」
 主人は、三太に言われた通り、病人の部屋を覗いたが、もぬけの殻であった。
   「そうでしょう、やつも仲間で先に逃げ出したのですよ」
 三太は、倒れている医者の懐から先ほどの薬を取り出し、主人に舐めさせた。
   「これは、米の粉です」
 主人は舐めて見て、三太のいうことを信じた。
   「正確には、乾飯の粉です」
   「では、どうしてこの人は倒れているのでしょうか」
   「私が人を操る術をかけたのです」
   「あなたは忍者でもあるのですか」
   「忍者ではありません、人の心の病を治す心医です、縄をかけてから術を解きましょう」
 三太は偽医者の半身を越し、「えいっ」と、気合を入れると、偽医者は正気に戻った。 新三郎が三太の体に戻ってきたのだ。
   「この男、私を騙して六両もの大金をせしめたのですね」
 主人は偽医者から金を取り戻して、そのうち三両を三太に「これはお礼です」 と、差し出した。
   「私はたいしたことはしていま…」
 新三郎が、三太を黙らせた。
   「そうですか、お断りしても失礼ですから、有り難く頂戴いたしましょう」
   「この男は、夜が明けたら役人に引き渡します」
   「そうですね、重犯でしょうから旅籠が軒並、被害に遭っているでしょう」
 逃げた腹痛男が、今夜中に仲間を取り返しにくるかも知れぬと、貰った三両の手前三太が寝ずの番をすることになった。

 昨夜の一度目の騒ぎの後、目覚めることなく朝まで眠り続けたのは庄六である。 例え寝不足が続いていたとせよ、あの騒ぎである。 この男、根が図太いのであろうか、三太の野袴に縋りついて殺してくれと泣きついた男に思えない。 この男も恋に狂うと、見栄も外聞も無くなるらしい。
   「三太さん、庄六は放っておいても、自分で死ぬようなタマじゃありませんぜ」
   「俺たち、利用されているのかも知れないが、最後まで利用されてやりましょう」
   「三太さんも、義兄さんの数馬さんと同じで、お人よしですね」
 庄六は気が逸(あせ)るのか、三太を追い越して先に進み、振り返って三太が追いつくのをまっている。 まるで、鎖を解かれて飼い主よりも先に山を駆け上る猟犬のようである。

 江戸との中間の旅籠にもう一泊して、お江戸千住の宿場町を越えた。 庄六は三太を相模屋へと案内した。
   「庄六、この忙しい時に、行先も告げずにどこへ行っていました」
 三太が庄六に代わって、経緯を話したが、主人はますます怒り狂った。
   「そんな勝手な使用人は要らない、とっとと荷物をまとめて出て行け!」
 もう、何を言っても聞く耳は持たぬと、店の男に命じて庄六と三太を店の外に追い出した。 娘のお美菜が庄六を追いかけようとしたが止められて、その場に泣き崩れてしまった。
 おどおどとする庄六を見ても、三太は落ち着き払って言った。
   「私を信じなさい、明日の朝、また来ましょう」
   「そんな殺生な、明日来てもまた追い払われるだけです」
   「いいから、悪いようにはしないから、黙って私に従いなさい」
 江戸へ来たら、真っ先に福島屋亥之吉のところへ行くつもりが、三太の当てが狂ってしまった。
その夜は相模屋の近くに宿をとり、新三郎と三太は作戦を練った。
   「新さんは中筒之男命(なかつつのおのみこと)という神様になって寝ている主人に話しかけてもらいます」
   「なかつつのおのみこと ですかい、覚えづれぇ名だな」
   「しっかり覚えてください、それと、あっしとか、ござんすはダメですよ」
   「へい、わかりやした」
   「それもダメ!」
 夜の遅くまで打ち合わせをして、新三郎が「面白いれえ」と、やる気満々になるまで、一刻(2時間)は掛かってしまった。

次の日の深夜、新三郎は三太を抜けて相模屋に向かった。
   「浩衛門、浩衛門、目を覚ましなさい」
 声を掛けたのは新三郎である。 浩衛門は驚いて目を覚ますが、辺りを見回して誰も居ないのを確認すると「夢か」と、また眠ろうとするのを、追い打ちを掛けた。
   「浩衛門、よく聞きなさい、わしは中筒之男命である」
 これはうまく言えた。 浩衛門は飛び起きて、自らの両頬を平手で打った。
   「浩衛門、夢ではない、わしは神である」
 神は、浩衛門を諭すように話しだした。

   「わしは、お美菜と庄六が夫婦になるように運命を定めた、そなたは神が定めた運命を打ち破ろうとしておる」
   「お美菜を使用人如きにやる訳にはいきません、豪商の嫁と決めております」
   「使用人如きとは聞き捨てならぬ、庄六はわしも認める立派な男である、庄六はきっとお美菜を幸せにするであろう」
   「何故、神様が一庶民の縁談にお関わりになります」
   「わしが定めた運命に逆らわれては、神としてのメンツ…いや、自尊心が傷つく」
   「いくら神様とて、こればかりは…」
   「そうか、わかった、これからその方の身に災難が続くであろう、店は潰れ、家族は皆、病で死に絶え、其の方も野垂れ死にし、暗黒の黄泉の国へと旅発つであろう、努々(ゆめゆめ)疑うことなかれ」  まるで脅迫である。
 去ろうとする神さまを、浩衛門は慌てて引き留めて平伏した。
   「よくわかりました、わたしが間違っておりました、神様、どうぞお許しを…」
   「そうか、わかってくれたか、これからは、其方の店が繁盛するように見守っておるぞ」
   「ははあ、有難う存じます」
   「では、さらばじゃ」
 それっきり、神様の声を浩衛門は聞くことが無かった。

  第四回 名医の妙薬(終) -次回に続く- (原稿用紙枚)

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第三回 死にたがる男

2013-11-18 | 長編小説
 緒方梅庵先生のお伴で、浪花から戻って半年も過ぎたであろうか、年が明け、能見数馬こと三太は十九歳になっていた。 突然ぶらり旅に出たくなり、新三郎と同行二人(どうぎょうににん)の旅をすることになった。
   「新さん、俺、もとの三太に戻りたくなったのだ」
   「それでは、旅の間あっしは数馬さんのことを三太さんと呼びましょう」
   「ありがとう、新さん」
 出立した朝、三太のおっ母さんが見送りにきてくれた。
   「気を付けて、なるべく早くいい嫁を見つけて戻って来なさいね」
 三太が洪庵先生のお伴などで、度々旅にでるので、おっ母さんは気が休まることがないようである。
   「ん? 嫁さがしの旅ではありませんよ、おっ母さん」
 三太の出で立ちは、頭には菅笠、打裂羽織(ぶっさきはおり)に野袴(のばかま)、手甲脚絆(てっこうきゃはん)に草鞋履き、それに大小二本の脇差と、お定まりの武士の旅姿で肩に掛けた振り分けには、旅の必需品と、三太も医者の端くれ、多少の薬剤が入れている。
 早朝に旅立ち、水戸街道を江戸に向けて急ぎ旅でもないのに足早(あしばや)に歩いていると、街道から見通しのきく森の中で、女が首を吊ろうとしているのが見えた。
   「新さん、あれをどう思います」
   「へい、これ見よがしでござんすねぇ」
   「走って行って声を掛けるべきでしょうか」
   「あっしが見てまいりやす」
 女は巨木の横に張り出した太い根っこに上がり。その上の枝に紐を掛けて輪に結んでいた。 その輪に首を入れて二重に巻き付け、今まさに根っこから飛び降りようとしていたが、どうやら新三郎が女の体に入り留まらせたようだ。 首から紐を外して根っこから飛び降りてキョトンとしていた。 やがて三太が女の元へ駆け付け、女の肩を抱いて事情を訊いた。
   「お女中、何故に死のうとなされたのですか」
   「わかりません」
   「何か辛いことがあるのではありませんか」
   「ありません」
   「では、死ぬことに憧れがあったのですか」
   「憧れなどありません」
 取りつく島が無いとは、このことだろうと三太は思った。
   「ではどうしてここへ来たのですか」
   「それもわかりません、ただふらふらっと来ていました」
 どうやら、夢を見ていたのかも知れないと三太は思ったが、朝とは言え、既に日が昇っている。 女が嘘を言っていないとしたら、不思議な現象である。
   「新さん、これをどう見ます」
   「わかりません」
   「何か心底(しんてい)に、死のうとする原因があるのではないのですか」
   「ありません」
 死んだら、素晴らしいところへ行けるのだと思っているとか」
   「いません」
   「もー、新さんまで同じように…」
 三太は、これは心の病気だと診察した。 ここは、住まいまで送って行き、家族を問診する必要があると思った。 本人が気付いていない原因があるのに違いないからだ。
 女の両親が出て来た。
   「私は、水戸藩士能見篤之進の次男で数馬と申す医者です」 と、挨拶をし、三太が経緯を話すと、両親は驚いたようであった。
   「朝から何処へ行ったのかと心配しておりました」
 母親が娘を奥座敷に連れて行った。
   「それに関して、お父さんは何か心当たりはありませんか」
   「さあ、心当たりと申しましても…」 と、父親は暫く考え込んで…。
   「思えば、縁がなくて未だに嫁げないことでしょうか」
 娘は、二十五歳になるが、未婚だそうである。
   「それで、ご両親が焦ったりはしていませんか」
   「本人には、全くその気がないようですが、私と妻は気が気ではありません」
 どうも、それが原因のようである。 両親の焦りが、娘の心に歪を与えているようだ。
   「このまま放置すると、お嬢さんは本当に自殺してしまいますよ」
   「先生、私たちはどうすれば良いのでしょうか」
   「縁談を押し付けるとか、急かす様な言動は控えて、暫くはそっとしてあげてください」
   「その後は、どうすれば…」
   「ご両親のお眼鏡に叶った男性を、昔、ご両親が世話になった親友のご子息だと言って、時々家に遊びに来て貰うのです」
   「その男を、婿の候補だと言ってはいけないのですね」
   「そうです、あくまでもご両親のお客様として扱ってください、そのうちきっと、その男に心を開いて、仲よくなるでしょう」
   「それでは、その男性にも協力して貰う必要がありますね」
   「その通りです、そうなれば、心の病は完治です、どうぞうまくやってください」
   「わかりました、有難う御座いました、治療代の方は如何ほどでしょうか」
   「私は旅の途中で、医者としての仕事をした訳ではありません、旅の若造がお節介をやいただけのことです、どうぞお気を使われませんように…」
 三太は金を受け取らずに立ち去った。 新三郎は、不服のようである。
   「なんだ、なんだ、格好付けずに五両がとこをふっかけてやれば良かったのに…」
   「新さん、能見数馬さんにも、そう言ったのでしょう」
   「へい」

 まだ幾らも歩いていないのに、昼になったようである。 昼間の旅籠は、食事だけでもできる。 三太は旅籠に立ち寄って、一汁二菜の質素な昼食を摂った。
   「今度、病を治療したら、治療代を頂戴しなせえ、そうすれば豪華な飯に付けるのだから…」
 新三郎は、三太の粗末な昼食を見て、「それ見ろ」と、言わんばかりである。
   「へい」 と、素直な三太。
 満腹になると眠くなる。 旅人が真っ昼間に眠くなったのでは話にならない。 それを考えてのことか、旅籠の昼飯は量を少なくしているようだ。 空腹が満たされないまま、一里も歩いたところで、街道の脇道から三太の目の前に若い男が転がり出て来た。
   「お侍さん、お願いがあります」
 この男、顔に悲壮感が顕(あら)わ。
   「わかった、とにかく話を聞いて、その願を私に叶えることが出来るかどうか考えましょう」
   「街道での立ち話もなんですから、ちょっと脇道に入ってくれませんか」
   「承知した」
 男は、先に立って道の奥へどんどん入って行く。 三丁(約330m)程入った林の中で、急に立ち止まり振り返るとその場に平伏し、悲痛な叫びのような声で言った。
   「私の持ち金が三両あります、これを差し上げますので、私の首を刎ねてください」
 三太は驚いた。 人の首など斬った経験はないのだ。 それに意味も分からずに他人を殺すことは出来ない。
   「わかり申した、その前に訳を話しなさい」
 男は訳も言わすに、ただ首を刎ねてくれと頼むばかりであった。
   「そうか、訳は話せないか、ではこの頼み断り申す」
 三太が引き返そうとすると、男は泣いて三太の野袴に縋(すが)りついた。 男は訳を話せないのではなくて、話をしている間に怖気付いて死ぬのが恐くなるからだと打ち明けた。
   「分かり申した、話を聞いて私が納得したら、其方が気付かぬ隙に首を刎ねてやりましょう」
 男は、それならと話し始めた。

   「私は、あるお店に奉公している身で、お嬢さんと好いて好かれる仲になってしまいました」
 なるほど、女に好かれそうな男の容姿を見て、嘘ではないと三太は判断した。
   「そのことを、そのお嬢さんの両親に話したのか」
   「いいえ、そんなことを話せません」
 主人に打ち明けられないまま、お嬢さんを慕う気持ちが募り、狂おしい日々の中、お嬢さんに駆け落ちを持ちかけられた。 駆け落ちをしても逃げ切れるものではない。 追手に捕まればわが身は死罪、お嬢さんとても軽いだろうが何らかの罰が下るかも知れぬ。 どうせ死ぬのなら、一人でと思い、江戸から逃げて来たが、どうしても勇気がなくて死ねない。 そこでお侍さんに頼めば、恐くなって自分が逃げ出そうとしても、つかまえて殺して貰えると考えたのだ。
   「そうか、わかった、だが金で武士を自害の道具に使おうとしたのは感心できない」
 例え武士とても、罪のない者を殺害すれば罰を受けねばならない。 ここは自分が一肌脱いでやろうと、三太は決心した。

   「私は水戸藩士能見篤之進の次男、数馬と申す者、其方の名は何と申す」
   「はい、江戸の乾物商相模屋に奉公していました庄六と申します」
   「庄六さん、私は若輩者ながら剣の腕には自信がある、何時でも其方の命を一刀のもとに取ることが出来る、私に命を預けて江戸へ戻らぬか」
   「辛くて戻れそうにありません」
   「其方も男であろう、当たって砕けろというではないか、当たりもせずに砕けてどうする」
 三太よりも年上らしいこの男、三太に肩を叩かれて、どうにか江戸へ戻る決心がついたようである。 江戸へ戻れば、相模屋に行き、主人に会って何もかも庄六に打ち明けさせようと思う。 聞けばこのお嬢さん、長女であるが兄が二人居る。 既に許嫁がいるかも知れないが、それは商略的なものだろう。 娘の幸せを願うなら、好いた者どうしを添わせてやるのが親の愛情というもの。
 場合に寄れば、ちょっと卑怯な手を使っても、庄六の命を救ってやろうと、三太は考えていた。

  第三回 死にたがる男   -続く-   (原稿用紙12枚)

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第二回 火を恐れる娘

2013-11-16 | 長編小説
 火を恐がる娘の名はお咲、梅干し問屋常陸屋(ひたちや)の一人娘である。 娘の実の父親は、一年前に急死して、母親は半年前に再婚した。 今の娘の義父は、元常陸屋の番頭で作兵衛という。 商いにかけては凄腕で、先の旦那即ちお咲の実父よりも長けている。 傾きかかっていた常陸屋の店を立て直し、更に繁盛の兆しを見せている。

   「緒方診療院の心医で、能見数馬と申します」
 本当は緒方先生の助手であるが、ちょっと格好を付けて、心医と言った。
   「先生、娘のためにご足労をおかけしました」 娘の母親が応対した。
   「早速ですか、お咲さんに会わせていただきましょう」
   「それが、誰に声を掛けられても、何も言わないですし、近寄らせも致しません」
   「何も仰らなくても構いません、ご安心下さい、お脈も取りません」
   「それで病気がお判りになるのでしょうか」
   「分かりませんが、とにかくお会いしないことには…」
   「そうですか、それではこちらへ」
 母親は、「お咲、お医者さまですよ」と、呼びかけても返事はなかった。
   「入りますよ、よろしいですか」 やはり反応が無い。
 数馬は、部屋に入り娘の顔色を確かめたが、娘は俯(うつむ)き加減で身動きもしなかった。 暫(しばら)く数馬も黙って座っていたが、その間に、新三郎と打ち合わせをしていたのだ。 数馬は漸(ようや)く口を開いた。
   「お咲さん、今からあなたの心を診察いたします、お体に触れませんし、痛くも痒くもありませんから、目を閉じて楽にしていてください」
 お咲は、素直に目を閉じた。 それを待って、新三郎が「すーっ」と、お咲の体に入っていった。 お咲も数馬も黙ったままで四半刻(30分)程が過ぎ、新三郎が数馬の体に戻ってきた。
   「お咲さん、あなたの悩みがよく分かりました」
 お咲が、ピクッと反応した。
   「歯に衣を着せてお話していたのでは、埒(らち)が明きません、辛(つら)いでしょうがはっきり言わせて貰います」
 お咲は、何が何だかわからないまま、数馬の話に耳を傾けた。
   「お父さんの作兵衛さんに、離れの部屋に連れ込まれて体を求められたのは何時ごろでした」
 お咲は、催眠術にかかったようになり、蚊の鳴くような声で答えた。
   「半年前です」
   「お母さんが再婚されて、間もなくですね」
 お咲は、こっくりと頷いた。
   「その時、お咲さんは抵抗して、行燈をひっくり返したのですね」
 幸い、離れであったことと、いち早く手代が火事に気付いたことで、離れと母屋の一部を焼いただけで、お咲も無傷で助けられた。 その時の恐怖が心的外傷となって、心の端に残ったままになっているのだ。
 お咲が火を恐れるのは、火の恐怖ばかりではない、義父に迫られて喪心(そうしん)したのが原因でもある。
 普通の精神状態であれば、何故そのようなことが分かるのかと不思議に思う筈であるが、お咲は無表情で頷いた。
 その後も義父が体を求めてくるかと数馬が尋ねると、お咲はそこで初めて感情をあらわにした。 畳に臥して声を出して泣き崩れた。
 義父が店の為に身を粉にして働く姿を見ているので、どうしても母親に言えなかったのだ。 強姦ともいえる義父の行為は、度々義理の娘に及んでいるようである。 その度に死を考えるようになったと、お咲は数馬に打ち明けた。
 お咲がお上に訴えれば、強姦の罪に値する。 だが、母親はお店のことを考えて、「お家の恥」と、揉み消そうするであろう。 まずは、母親の判断を見極める必要がある。 数馬は、母親に娘から聞き出した全てを話した。
 母親は驚いた様子であった。 しかし、姦通とは捉(とら)えていないようである。 自分が至らない所為で、娘にその捌け口を求めていると思っているようだ。
   「お嬢さんのことは、どうお考えになりますか」
   「傷物にされたことは腹が立ちますが、お咲は他家へ嫁ぐことはありません、傷物を承知で来てくれる養子をみつけます」
   「あなた、それでもお咲さんの母親ですか お咲さんは死ぬほど苦しんでいるのですよ」
   「あの娘がそう言いましたか」
   「何度も死のうとしたようです、このままいくと本当に首を括るかも知れません」
   「そのように言われても、私はどうすれば良いのでしょうか」
   「娘さんを可哀そうに思うなら、何もここで私が指示しなくても、どうすべきかお判りでしょう」
 母親は、娘は可哀そうだし、と言って亭主と別れる積りはなさそうである。 店と、男と、娘の三つ巴に苛(さいな)まれて、どうすれば良いのか迷っているようであった。
   「とにかく、お咲さんは心の病気です、緒方梅庵診療院に入院させます、わたしも乗りかかった船です、お咲さんの命は護らねばなりません」
 よく、ご亭主と相談して善処しなさい、今のところ私には強姦の罪で義父さんを訴える気はありませんが、お咲さんの命を護るためには、恐れながらとお上に訴えることも考えねばならないだろうと、釘を一本刺して数馬はお咲さんを連れて帰っていった。
 お咲は、診療院に来て気が楽になったようで、食事を済ませると早々と床に就いた。
   「もう、店には帰りたくない」と、数馬にぽつりと漏らした一言が、今までの苦痛を物語っているようである。
   「新さん有難う、新さんがお咲さんの心の中を探ってくれたお蔭で、お咲さんを救ってあげられそうです」
   「お役に立ててうれしいです」 新三郎は、数馬の義兄能見数馬との思い出に浸っているようであった。

 それから、十日程経って、お咲の母親が診療院に訪れた。
   「亭主と別れました、お店が一軒買えるくらいのお金を取られましたが、そんな物は娘には代えられません」
 お咲は納得して、母親に連れられて帰っていった。 母親とても生来の商家育ちである。 商いに精を出して、娘の代(だい)に引き継ぐ決心をしたようだ。

   「新さん、私は梅庵先生の許しがおりたら、旅に出たいのです」
   「先生は、お忙しそうなのに、お許しになるでしょうか」
   「先生のお弟子さんがたくさんいらっしゃるので、それは大丈夫だと思います」
   「それにねえ」と、数馬が打ち明けた。
   「私はあまり先生の役に立っていないのですよ」
   「そんなことはないでしょう」
   「医者とは言え、先生の万年助手ですから…、強いて言えば用心棒です」
   「それで、どちらへ行かれるのですか、まさか風の吹くまま西東、じゃないでしょ」
   「まず江戸へ行きます」
 江戸には、浪花で逢った池田の亥之吉さんが店を開いたという手紙をもらっていたので、遅まきながら開店の祝いを言いたい。 それから、私が捨てられていた寺へ行き、お世話になった住職にお礼を言い、このお寺の無縁墓地に葬られる私の実の父の墓にお参りがしたいのです。
 その後、伊東松庵診療所に行って、元義父佐貫慶次郎の親友中岡慎衛門に会い、信州上田藩士の佐貫慶次郎に会いに行くので、中岡に伝言があれば慶次郎に伝えてやろうと思うのだ。 江戸では、能見数馬さんの所縁(ゆかり)の寺、経念寺にも寄って行こうと思う。 経念寺には、新さんの墓もあることだから。
   「そうでしょう、新さん」
   「へい、数馬さんが建ててくれやした」
   「それから、新さんの故郷にも寄りましょうか」
   「ありがてぇ、弟の元気な姿が、数馬さんの目を通して見ることができます」
   「佐貫の屋敷へ行って、使用人だった池傍の文助さんと、奥さんの楓さんにも会いたい」
   「へー、たくさん寄るところがござんすねぇ」
   「往きは中山道を、帰りは新さんが歿(ぼっ)した地、鵜沼へ寄って、線香を上げて来ましょう」
   「あっしは数馬さんの中に居るのに、鵜沼で線香をあげるなんて、どんな意味があるのです」
   「新さんの供養ですよ」
   「あっしが、あっしの供養しているようで、何だか変じゃござんせんか」
   「まあ、気は心というじゃないですか、私の気が済むようにさせてください」
   「へい、別に異議がある訳じゃないですが、意味が無いような気がしまして…」
 梅庵先生に話をすると、「ゆっくりと回ってきなさい」と、許可をくれた。 言った後、梅庵先生はあわてて「数馬が居ても居なくても良いという意味ではないですよ」と、よけいな事を付け足したばかりに、数馬の心は少し傷ついた。
   「数馬さん、実のお父さんが無縁墓地に葬られている経緯を話してください」
   「それは、もう既に新さんには分っているのではありませんか」
   「いえ、数馬さんはそのことに付いては思い出そうとしやせんので分かりません」
   「そうですね、触れたくないことには、無意識で避けているようですが、新さんには全てお話します」

 実の父は、飲んで帰ると妻子に暴力を奮い、三太(今の能見数馬)と彼の母親は生傷が絶えなかった。 堪りかねた母親が三太を連れて夫の元から逃げるが、見つけ出されて更に酷い暴力を奮われる。 おまけに三太を隠してしまうありさまであった。
 母親は三太を自分の手に返してくれと懇願するが、聞き入れず、仕方なく母親はひとりで逃げてしまった。 三太を妻の手から奪ったものの、父親に女が出来ると三太が邪魔になり寺の境内に置き去りにする。 三太、四歳のみぎりである。
 三太は寺の本堂の床下に入り込み寒さを凌ぎ、腹が減ると町に出て拾い食いをして命を繋いだ。 ある日、茶店でお団子を食べている佐貫三太郎(今の緒方梅庵)に出会い、三太は団子をひったくり、寺の床下に逃げ込んだ。 追ってきた三太郎に説得されるが、三太はこの男が信用出来ずに、三太は床下に籠ってしまった。
 三太郎は、おりにつけ寺へきて三太を刺激しないように優しく呼びかけるが、そのうち、数馬が熱を出して呻いているのを見つけた三太郎は、寺の住職の妻に頼んで床下出入り口を開けて貰い、三太を自らの師である伊東松庵の診療所へつれて行き、手厚く看病する。
 三太郎が、三太を自分の代わりに養子にしてくれと父に頼み、三太は佐貫家の後継者として養子に入るが、再婚した佐貫慶次郎に男子が誕生する。 その子が四歳になったとき、三太は養子縁組を解消して義弟に後継を譲り、江戸へ母親を探して旅発つ。 三太は十四歳になっていた。
 三太の面影を追って、母親は三太が置き去りにされた寺へ、しばしばお参りに来ると聞きつけた三太は、この寺で母親と再会する。 が、父親もまた母の後を付けて寺へきていた。
 妻を踏んだり蹴ったりする父を見て、母を助けたい一心で三太は父を殺害してしまう。 子供とは言え、実の親を殺した罪は重刑に値する。 こっそりと処刑されて屍は刑場の敷地に埋め捨てられるのが決まりであるが、時の奉行は三太を憐れと思い、処刑したと見せかけて息子を亡くした知り合いの能見篤之進に預ける。 篤之進は三太の名を能見数馬と改めて養子に取り、三太の実の母もまた能見家に迎えられている。 その能見篤之進の元へ、亡き能見数馬の(自称)生まれ変わりという数馬の記憶をそっくり受け継いだ佐貫三太郎が訪れ、義弟の三太に出会う。
   「へー、三太さん、いや数馬さんは、ここまで苦難の人生だったのですね」
   「そうでもないですよ、佐貫の義父との生活は楽しかった、剣道や馬術も教わりました」 
 未だに、佐貫慶次郎は、数馬のことを「三太」と呼び、我が子だと思っているらしい。

  第二回 火を恐れる娘(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第一回 浄土を追われて 

2013-11-13 | 長編小説
 お控えなすって、お控えなすって、早速のお控え有難うさんでござんす。 てめえ生国と発しますは信州です。 信州、信州と申しましても些(いささ)か広うござんす。
 信州は木曾の山中より伐採した材木を筏(いかだ)に組み、木曽川に流して製材所まで運ぶ、てめえ堅気の中乗りでござんした。 山を嫌って、故郷を捨てて、持った水竿(みざお)を長ドスに持ち替えましての長の旅、人呼んで中乗り新三(しんざ)と二つ名の半端な旅鴉にござんす。 以後面体(めんてい)お見知りおきのうえ、諸事万端(しょじばんたん)よろしくおたの申します。
 地獄には、なんとか地獄とかいうのが何種類かあるそうだが、新三が居た極楽浄土も地獄の一種である。 それに名をつけるなら、「退屈地獄、暇地獄」だろうか。 中乗り新三にとっては、叫喚地獄にも匹敵するような地獄である。 極楽浄土は、阿弥陀如来の浄土であり、成仏した者は阿弥陀如来の辺際(へんざい)のない膝元(ひざもと)に、阿弥陀仏の説法を聞きながら漂っている。 中乗り新三こと、新三郎は、説法を耳にしながら大きな欠伸(あくび)をした。
   「これ、新三郎、わしの説法がそのように退屈なものであるのか」
   「はい、生身の人間なら、耳にタコができておりましょう」
   「この苦しみのない浄土を、新三郎は不服と申すのか」
   「退屈で、退屈で、死にそうでございます、尤も既に死んでおりやすが…」
   「そうか、ではお前の望むところへ送ってやろう」

 気が付けば、新三郎は彼自身の墓がある経念寺という山寺の墓場に佇っていた。
   「どなたか、拙僧を呼ばれましたかな」
 新三郎が、遠い昔の思い出を蘇えらせているだけで、この寺の住職亮啓和尚には聞こえたようだ。 亮啓和尚を懐かしむ新三郎の気持ちが、和尚の心に伝わってしまったのだ。
   「和尚、あっしでござんす、新三郎でござんす」
   「おや、新三郎と申しましたかな」
   「はい、中乗り新三でござんす」
   「はて 新三郎殿は、一昔前に成仏して、極楽浄土に行かれましたが」
   「阿弥陀如来様の機嫌を損ねさせてしまい、この通り極楽浄土を追放されてしまいました」
   「何と罰当たりなことを、さあ本堂へ来なされ、拙僧が有り難い経を読みますので、新三郎殿は懸命に阿弥陀様の許しを乞いなされ」
   「いえ、それには及びません、あっしには逸(はぐ)れ者が似合っております」
   「馬鹿なことを言われるではない、幽霊となってこの世に戻っても、身の置き場がないであろうに」
   「いえ、あっしには能見数馬と言う友達が居やす」
   「其方(そなた)は知らぬのか、能見数馬さんは新三郎殿が成仏した日に、殺されなさった」
   「和尚、嘘をついたらいけやせんぜ、あっしは浄土で数馬さんに会っていやせん」
   「新三郎殿はご存じないのか 浄土は一つではない、数馬さんは阿弥陀様の極楽浄土とは違う浄土へ行かれたのに相違いない」
   「そんな殺生な、あっしは数馬さんを頼って態(わざ)と阿弥陀様を怒らせて追放されたのですぜ」
   「そんなも、こんなもありません、亡くなった者は阿弥陀様とて蘇えらせることは出来ぬ筈じゃ」

 新三郎は、哀しいが、思いっ切り泣こうにも涙は無い。 ただ能見数馬が建ててくれた自分の墓に縋(すが)って、途方に暮れるばかりであった。
   「だが、落胆することはないかも知れぬ」
 和尚が新三郎を慰めるように言った。
   「能見数馬さんの生まれ変わりが居る、緒方梅庵と言う医者だ、しかもその弟子に二代目の能見数馬が居る」
 最近はどうなのか分からないが、この医者と弟子の枕元に能見数馬が現れたと聞いたことがある。 その二人のところへ行けば、もしかしたら能見数馬に会えるかも知れないと、和尚は新三郎の幽霊に伝えた。 数馬の墓は水戸にある。 水戸藩士の能見篤馬殿が数馬さんの兄上で、父上は能見篤之進殿と言い、隠居しておいでになる。
   「お二人は存じておりやす、父上が藩金横領の濡れ衣を着せられた時に、数馬さんとあっしで冤罪を晴らしたこともござんした」
   「それなら、話が早い、幽霊の勘で梅庵と二代目数馬を探して、会ってみなさい」
 亮啓和尚は、「南無阿弥陀仏」と、念仏を唱えながら、本堂に戻っていった。
 新三郎は、自分の墓を見て、数馬との中山道の旅を思い出していた。 鵜沼の山中に埋もれた新三郎の骨を回収に行ったときの思い出だ。  長旅であったが楽しかった。 十四歳の能見数馬も、まるで栗拾いに出掛けるように浮き浮きしていた。
 新三郎は、緒方梅庵と二代目能見数馬に逢うために、水戸へ飛んだ。 文字通り、飛んだのである。 眠っている梅庵の夢枕に立ち、心に話しかけた。
   「あっしは、中乗り新三こと、新三郎でござんす」
 梅庵が答えてきた。
   「新さん、お久しぶりです、ずっと会いたいと思っていました」
   「あんさんは、能見数馬さんですかい」
   「その通り数馬です、今は緒方梅庵こと、佐貫三太郎の記憶の中におります」

 新三郎と数馬は、夜明け近くまで思い出に浸った。
   「あっしが成仏したばかりに、数馬さんは殺されなさったのですね」
   「いや、それは違う、私が油断したのです」
 では、またあいましょうと、新三郎は去っていった。 翌晩は、二代目能見数馬の夢枕に立った。
   「あっしは、初代の能見数馬さんの友達で、新三郎と言いやす」
   「私は、二代目でなく、能見数馬の義弟です」
   「そうですかい、その頃お兄さんは生きていて、あっしは幽霊でお兄さんに取り憑いていやした」
   「新三郎さんが義兄をとり殺したのですか」
   「違いやすよ、あっしはそんな悪霊じゃござんせん」
   「義兄は、幽霊と仲が良かったのですか」
   「さいです、一心同体じゃなくて、二心同体でした」
   「兄には、ふたつの魂が同居していたのですね」
   「へい、弟さんは理解が早い」
   「その義弟の私に、何かご用ですか」
   「あっしを、あなたに取り憑かせてくだせえぇ」
   「義兄がそうしていたのなら、私も構いませんが、私がすることは何もかも新三郎さんのお見通しになるのですか」
   「へえ、それはそうでござんす」
   「わっ、嫌だなぁ、あんなことや、こんなことも知られてしまうのか」
   「何か知られたらいけないことでもあるのですかい」
   「そりゃあ、ありますよ、義兄は平気でしたか」
   「あっしも、兄さんも、そんなことを気に留めたこともありやせん」
   「分かりました、私に憑いても構いません」
   「有難うさんでござんす」

 翌朝、目を覚ました数馬は昨夜のことは夢だったのか思った。 それにしても、何というおかしな夢だろうと、緒方先生に話してあげた。
   「数馬、それは夢ではありません」
   「えっ、夢ではないとは、どういうことでしょう」
   「新三郎さんの霊が、本当に話しかけたのです」
   「それが先生にどうして分かるのですか」
 梅庵先生は、突然数馬の懐に手を入れた。
   「あっ、先生やめてください、くすぐったいじゃありませんか」
   「我慢しなさい」
   「あっ、あっ、我慢出来ません」
 梅庵先生は、しばらく目を閉じていたかと思うと、徐(おもむろ=ゆっくり)に声を掛けた。
   「新さん、おはよう」
   「へい、おはようさんでござんす」
 先生からは声で、新三郎からは心の中で、数馬にも二人の挨拶が分かった。
   「新さん、数馬に憑いた感想は」 梅庵が訊いた。
   「へい、昔に戻ったような気がします」
   「初代の数馬さんのように思えるのですね」
   「へい、数馬さん、万端お引き回しのうえ、よろしくおねげぇ致しやす」
 自分の中に、他人の魂が入り込んでいると思うと、煩わしいかなと思った数馬であったが、間もなく慣れてしまい何時でも何でも相談ができるので気に入ってしまった。 ただ、自分の中に話し相手が居るので、娑婆(しゃば=この世)の人達との会話が疎遠になり、自分の内に籠りがちにならないかと数馬は心配した。
   「新さん、新さんは他の人の中へも入れるのですね」
   「へい、もちろんでござんす」
   「そうですか、それでは一つお願いがあるのですが…」
   「何なりと」
   「実は、十六歳の娘さんなのでずが…」
   「数馬さんの思い人(おもいびと=恋人)ですね、それで数馬さんのことをどう思っているか探って来いと…」
   「勝手に話を作らないでください」
   「違いましたか」
   「違いますよ、その娘さんは火を恐れて近付けないのです」
   「分かりました、その娘を火の中に放りこむのでござんしょう」
   「新さん、あなた本当は悪霊でしょうが」
   「ははは、冗談でござんす」
   「冗談にでも、そういうことは言ってはいけません」
   「面目ない」
   「何が原因で火を恐がるようになったかを知りたいのです」
 娘の親から、半年程前から娘が塞ぎ込んだままで、誰とも話をしたがらないようになった。 何らかの病気ではないか診てくれと頼まれたのだ。

   第一回 浄土を追われて(終)  -次回に続く-   (原稿用紙12枚)

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猫爺の連載小説「池田の亥之吉」 第二十七回 亥之吉、迎え旅(終)

2013-11-12 | 長編小説
 闕所(けっしょ)となった店舗は、血縁者などが下げ渡し請求をするが、それが無い場合は競売にかけられる。 もし買い手が無い場合は取り壊しとなるのだ。 どうやら、犯罪による闕所なので縁起が悪いと判断されたのか、入札権を申請するものはなかった。 池田の亥之吉(いのきち)は、取り壊しを決定するぎりぎりのところで入札権を獲得し、勘定奉行の御沙汰を待った。
 亥之吉の目論み通り、捨て値で店舗が手に入った。 上方の福島屋善兵衛宛てに手紙を認(したた)め早飛脚(はやびきゃく)便で送り、返事を待つこと六日間で届いた。
 返信の手紙に同封して、亥之吉が指定した新両替町(銀座)の両替商指定で、二百両の為替が届けられた。 勘定奉行が呈した価額はたった五十両であったので、百五十両を開店資金に廻した。 これで広い店舗が亥之吉の手に入ったのである。
   「江戸のお方は、縁起だの何だのと言わはるが、わいは浪花の商人や、縁起の悪いのなんか、わいが吹き飛ばしたる」

   手に入った店舗は、隅田川の程近い浅草の一等地にあった。 亥之吉は然(さ)したる信仰心も無いのに、開店前の店舗に対する庶民の心的表象(しんてきひょうしょう) 改善を狙って、神社の神主に出張って貰い、盛大にお祓(はら)いをして貰った。

 こちらは、浪花は道修町(どしょうまち)の雑貨商福島屋である。
   「これ、お絹、亥之吉が江戸で店を出す算段ができたそうや」
   「お父っつぁん、おおきに、亥之吉に二百両もの大金を送ってやってくれたそうで」
   「亥之吉は大切な婿や、この位で済むとは思うていませんが、無事福島屋の暖簾(のれん)が出せるまで援助してやる積りや」
   「亥之吉のことや、この恩は倍にして返しはるやろ」 お絹は、亥之吉の人柄を見ぬいていた。
   「そんなもん、あてにはしていません、それより、お前はどうする」
   「辰吉を連れて江戸の亥之吉の元へ行きます」
   「そうか、行くか」 善衛門は寂しげであった。
   「おとっつぁん、大丈夫です、おとっつぁんの元気な内に、浪花に三人で戻ります、いや、四人になっているかも知れへん」
   「四人でも十人でもかまへん、なるべく早く戻りぃや」
   「へえ、うちが戻らせてみせます」
   「そうか、頼むで、それまでに福島屋の暖簾を誂えとかなあかんなぁ」

 江戸の神田では、政吉が頑張っていた。 小さいながら、明神さんへお参りした帰りの若い娘が立ち寄ってくれるので、店は繁盛の兆しをみせていた。
   「わい、男前やから、若い女の子にもてますのや」
   「そやろなあ、あの豚松は、どこへ行ってしもたんやろ」 
亥之吉は政吉の男前は認めている。
   「豚松は死んで、政吉に生まれ変わりましたんや」
 そんな談笑をしている間も、若い女の子が政吉を呼ぶ。 政吉の京言葉にも人気があるらしい。
   「おいでやす、お嬢はん、また来てくれはりましたんか、お嬢さんには、めいっぱいおまけさせて頂きます、どうぞ見ておくれやす」
 あのヤクザな政吉が、大変な変わりようである。
   「菊菱屋も安泰やなぁ」
 亥之吉は思った。
 亥之吉の店は雑貨商であるが、広い店舗を利用して浪花の店より品数を増やし、場合によっては食品も置くつもりである。 その前に、することがある。 女房のお絹と、息子の辰吉を連れに行かねばならない。 どうにも、他人に任せる気にはならないからだ。 辰吉は亥之吉が背負うとして、旅慣れぬお絹は殆ど船と駕籠でなければならない。 急かず、寄り道をせず、のんびりと親子水入らずの旅を楽しもうと思う亥之吉であった。
 浪花へ旅立つ日、菊菱屋へ挨拶に寄った。 両親と政吉に挨拶して亥之吉が店を出ようとすると、政吉が呼び止めた。
   「兄…、じゃなかった、亥之吉さん、わいも連れて行っておくなはれ」 と、頭を下げて頼んだ。
   「アホ、この大事な時に店を放りだしたらあかん」
   「そやかて、京極一家の親分に会いたいのや、お世話になった礼も言いたいし…」
   「まだあかん、店を大きくして、これで安泰やと思うまで我慢し」
 父親の菊菱屋政衛門(きくびしやまさえもん)が、口を挟んだ。
   「本当は、わしも行って重々にお礼をしなければならないのです、せめて政吉だけでも行かせとうございます」
   「安心しなはれ、わいが事の次第を話し、政吉と、ご両親がお礼を言っていたと伝えときます」
 いまは、政吉が拐わかされた時の菊菱屋のお店にまでに立て直すことに専念しなさいと言うのが、亥之吉が政吉へ伝える言葉であった。
 政吉を説得すると、その足で田辺藩士、戸倉勘四郎の役宅へ赴(おもむ)き、その妻、萩に卯之吉に会えたことを報告して礼を言った。

 その後は。大江戸一家を訪ね、悪徳札差との対決に尽力してもらったことを感謝し、江戸の浅草にお店を開く挨拶をした。 卯之吉が、日本橋まで送ってくれた。

 川崎では、お幸(ゆき)の叔父に、お幸さんが浪花の福島屋の若奥さんに納まり、二人目の子供が出来ていることを報告した。
 東海道は、孤独な急ぎ旅。 女がしゃがみ込んでいようと、話しかけられようと、気にもせずに歩き続けた。
   「急な差し込みで難儀をいたしております」
   「急いどりますので、また今度にしておくなはれ」
   「この薄情もん、そこらでくたばりやがれ!」
 女が悔し紛れに石を投げてこようと、「そないな元気な病人がいますかいな」と、亥之吉は笑って立ち去る。

 日が落ちて、月明かりの街道を歩いていると、「もしもし」と声を掛ける頬被りをして茣蓙(ござ)を抱えた女が居た。
   「お兄さん、遊んで行かない」
   「また、あとで」
   「?」
 亀山城の山中鉄之進に会い、態々(わざわざ)江戸まで駆け付けてもらった礼を言い、藩主にもお会いさせて頂いた。
   「ことの次第は、北町奉行が知らせてくれた、よかったのう」
 藩主の石川様が、一庶民の自分のことを心にかけていてくれたことを知り、亥之吉は感激した。  最後に、京極一家に寄り、政吉が両親に会えて親孝行に励んでいることを伝えた。 政吉が是非親分に会って、お礼が言いたいと付いて来ようとしたのを、店を開業して大切なときだからと、自分が止めたことを打ち明け、亥之吉は親分に詫びた。
   「今度江戸へもどったら、わしの目が黒いうちに顔を見せてくれと言いっといてくれ」
   「分かりました」
 浪花は道修町の雑貨商福島屋に戻りついた。 義父である善兵衛に、不正金融のために罪を問われ、闕所になった買い手の付かない店舗を安く譲り受け、商いの品数を増やして出来る限り安く売る店にしたいが、福島屋の暖簾をあげて良いものか、伺(うかがい)をたてた。
 善兵衛は、快く承諾をした。
   「うちは、そんな格式の高いお店とちがいますさかい、亥之吉が好きなようにしたらええのや」
 数日滞在して、吉日を選び、お絹と辰吉を連れて江戸へ出立(しゅったつ)した。
 お絹は、「亥之吉が江戸でやりたいことをやって、得心したら浪花へ戻ってくるさかい、それまでお父っつぁん、元気でいてや」と、言い残して亥之吉と辰吉の後を追った。 善兵衛には、お絹はいそいそと、江戸の生活を楽しみにしているよう思えた。
   「ほんまに戻ってくるのかいな」

「池田の亥之吉」 最終回 亥之吉、迎え旅(終) (原稿用紙10枚)

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「第三回 七度狐」へ
「第四回 身投げ女」へ
「第五回 鈴鹿峠の掏摸爺」へ
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「第八回 手水廻し」へ
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「第十二回 首なし地蔵」へ
「第十三回 化け物退治」へ
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「第十六回 住吉さん、おおきに」へ
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「第二十一回 さらば、鵜沼の卯之吉」へ
「第二十二回 亥之吉の魂、真っ二つ」へ
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猫爺の連載小説「池田の亥之吉」 第二十六回 政吉、頑張りや

2013-11-08 | 長編小説
 両替商(=金融業)の店先で、用心棒と思(おぼ)しき男たちに亥之吉と政吉が殴られた。 その瞬間を北町奉行所与力、長坂清三郎が飛び込んできて目撃した。 長坂が外に控えていた仙一や大江戸一家の者達に合図を送ると、亥之吉たちを殴っていた用心棒を取り押さえた。
   「店主、何故にこの男たちを殴らせた」
   「借金の返済に来たから証文を見せてくれと言いますので見せましたら、証文にケチを付けて払おうとしないもので、ついカッとなって…」
   「左様か、無抵抗の二人が殴られるところを目撃しては、黙って見過ごす訳には参らぬでのう」
   「私はまた強請(ゆす)り集(たか)りの類(たぐい)の者かと思いまして、懲らしめてやらねばと出過ぎたことをさせてしまいました」
 長坂清三郎は、店主に向かって、「その証文を拙者にも見せてもらいたい」と言うと、店主は渋々差し出した。
   「債務者の菊菱屋政衛門の代理はその方か」と、長坂は政吉を見た。
   「はい、倅の政吉でございます」 と、政吉は流暢な江戸言葉で答えた。
 長坂は、亥之吉に向かって、「お前たちは、ここで脅しでもしたのか」と、問い正した。
   「いいえ、借金の返済に来たのですが、証文の債権者の名が、この両替商とは違いますので、債権者に直接返したいと申しただけです」
   「尤(もっと)もである、それで店主はその債権者の名を教えてくれたか」
   「いいえ、債権者に依頼されているとかで、教えてはくれはりません」
 長坂清三郎は、今度は店主に問うた。
   「何故教えてやらぬ、訳でもあるのか」
   「いえいえ、訳などありません、証文は私が預かっておりますので、債権者のところへ行っても意味がありません」
   「この宮城屋陸奥衛門と言うのは、江戸の者か」
   「いいえ、江戸ではございません」
   「遠いのか」
   「はい、陸奥の国です」
   「ほう、陸奥の国で陸奥衛門か、出来過ぎた名だな」
   「出来過ぎたと申されましても、それが其の者の名ですから」
   「だがのう、その様に遠方の者が、どうして江戸で金を貸したのであろう」
   「偶々(たまたま)私の店に来ていたときに、菊菱屋政衛門さんが金を借りにきましたが、私共には資金不足でお貸しすることが出来ないと断りましたところ、陸奥衛門さんが気の毒に思ってお貸しされたので御座います」
   「一年前に、陸奥衛門から借りた金はいくらだったのだ」
   「十両でございます」 店主は、それは証文に書いてあるだろうと言わぬばかりであった。
   「両替商に、たったの十両が無かったのか まあそれは良いとして、その十両の元金は返せなかったものの、菊菱屋政衛門は、何ヶ月かは利息を入れたのであろう」
   「はい、半年の間は利息を受けとっております」
   「では、利息はその後の半年分が納められていないのだな」
   「はい、その通りでございます」
   「では、元利合計で、いくら返済すればよいのだ」
   「はい、利息の延滞料を含めて、百両になり…」 と、言いかけて、店主は「しまった」と思ったのか、黙り込んでしまった」
   「では、確認するが、十両が半年で十倍の百両に脹れあがったのだな」
 店主は、しばらく考えていたが、
   「私共は、ただ宮城屋陸奥衛門さんに頼まれただけですので、詳しいことは分かりません」
   「左様か、よく出来た話だのう、ところで、この証文を北町奉行所で預からせて貰えぬか」
   「証文を何となさいますか」
   「陸奥の国の各藩に要請して、宮城屋陸奥衛門なる人物を突きとめさせようと思う」
   「何故でございます」
   「もし、これが存在しない人物の名であれば、其の方は無謀にも公定利子を無視し、巨額の利子を課そうとした罪で、札差の鑑札は没収されるであろう」
 いや、そればかりではない。 その過酷な暴利を取り立てるために脅し、熾烈(しれつ)な暴言、暴力にまで及び、時として債務者を自害にまで追い込んだ罪は、遠島、さらには死罪にも値すると、長坂は目には目をで、これまた脅迫紛(きょうはくまが)いの忠告をした。

 店主は突然、その場にひれ伏して許しを乞うた。
   「拙者は北町の、お奉行の命(めい)を受けてこれに在り、拙者の任務は有体(ありてい)にお奉行に子細を報告するだけである」
 長坂が帰ろうとすると、店主が呼び止めた。
   「お待ちください、残金は帳消しとしてその証文は菊菱屋さんにお返しいたします」
   「それは、どういうことだ、不正手段で暴利を貪ったことを認めるのか」
   「これから、陸奥の国の宮城屋陸奥衛門さんに報告して、返事を貰っていたら早飛脚(はやびきゃく)でも五、六日先になります」
   「だから」
   「はい、私の自腹でこの百両を陸奥衛門さんにお返しいたします」
   「ことを荒立てるなということか」
   「はい、わたくし共の信用にも関わることですし…」
   「場合によれば、死罪になるかも知れない大事を、与力の拙者ごときが裁けると思うか」
   「こうなっては、何もかも白状します、どうかお情けを…」
   「その白状とやらを申してみよ」
   「はい、宮城屋陸奥衛門は存在しない人物です、何も可も私の一存でやりました」
 長坂清次郎は、亥之吉と政吉、その他の者を見渡し、
   「店主の今の言葉聞いたであろう、みんなに証言してもらうことになると思う、しっかり覚えておくように」
   「どうぞ、お許しを」と、店主は床に平伏して長坂の情けを乞うた。
   「ご店主、少々願いがあるのだが…」
 店主は、不安げに顔を上げた。
   「菊菱屋が収めた六ヶ月分の利子から、元金と公定利子分を差っ引いた金を、この政吉とやらに返してやってはくれぬか」
   「はい、それはお返しいたします」
   「それからもうひとつ、菊菱屋からせしめた店の権利書も返してやってくれ」
   「はい、承知いたしました」
   「そうか、それは殊勝である、では直ぐに算盤を弾いてくれ」
   「菊菱屋さんから、利息分として約三十両を頂いておりますが、公定年利は一分五厘です、もうそれは無いことにして、元金を引いた二十両をお返しいたします」
   「それでは、公定利子分を拙者が強請(ゆすり)盗ったことになるではないか、では一両を利息として、十九両を返してやってくれ」
   「承知しました、只今、権利書とお金をお持ちいたします」
 店主は、十九両と権利書を政吉に返した。
   「それでは、証文を破り捨ててくださいませ」
 長坂は、憮然として言い返した。
   「それは出来ぬ、菊菱屋の件はこれで片が付いたが、不正金利劫奪(こうだつ)の方は片が付いてはおらぬ」
 北町奉行所与力長坂清三郎は、「ここは、これで引き上げよう」と、皆を引き連れて、店を後にした。
 長坂は、事の次第をお奉行に報告し、証拠の一つとして証文を手渡した。
   「札差の自白は、十名のものが聞いております」
   「そうか、この債権者の宮城屋陸奥衛門というのは、存在しない人物なのだな」
 奉行は、この札差の悪辣な手口に呆れるばかりであった。
   「よし、縄にしよう、これを江戸中の札差の見せしめにしなければならぬ」
 この札差と両替屋の店がどうなったのか、亥之吉たちは聞かされていないが、間もなく店は閉められ、用心棒たちも、店の使用人も、消えてしまった。 空き家となった店舗は、お上が没収して下げ渡しを公募したが、買い手が付かなかった。 亥之吉が長坂に会って聞いてみたら、買い手が付かない場合は取り壊しになるのだそうであった。
   「わいが買いましょう」
 亥之吉は、どうせ取り壊す店舗なら、お上(かみ)相手に買価の交渉をし、折り合いが付けばお下げ渡しを受けようと言うのだ。 お上とて、取り壊しの費用が節約でき、しかも売却料が入るのだ。 そう高額な値段は付けまいと亥之吉は践(ふ)み、この立派な店舗に福島屋の暖簾を掛けようと策したのである。 商売が波に乗れば、両替屋で働いていた使用人も受け入れる積りだ。
   「おっと、その前にすることがある」
 菊菱屋のお店(たな)の再興に手を貸すことだ。
   「政吉、がんばりや、わいもがんばるで」

第二十六回 政吉、頑張りや(終) -次回に続く- (原稿用紙11枚)

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猫爺の連載小説「池田の亥之吉」 第二十五回 政吉、涙の再会

2013-11-06 | 長編小説
 菊菱屋の主人夫婦は、どうやら、店を出す資金を悪徳の札差、今で言うヤミ金から借りたようであった。 江戸幕府は公定金利を定めていたが、悪徳の札差は悪知恵を働かせて、借金を申し込んできた客に、自分のところは資金不足なので今のところ貸すことは出来ないが、お気の毒なので「私の知り合いから幾分利息は高くなるが、借りてあげよう」と、お為ごかしを言い、札差が借金の保証人にさえも成ってくれる。
 金を借りる側は、「地獄に仏」と喜んで金を借りるが、この利息にはからくりがあるのだ。 親切な札差だからと油断して、証文に判を押してしまうと、時が経つと利息が複利で増え続け、気付いたときには後の祭りである。 悪徳の札差は、商いとして店が貸したものではないので、公定金利の枠をはるかに超えた利息であっても、御定書(おさだめがき=法律)に触れないだろうとするのが言い分である。
 菊菱屋の店主も、その手に引っ掛かったらしい。 地回りらしい男たちに脅され、只々返済を待ってくれと頼んでいるが、取り立ての男たちはドスを突き付けて、命も取りかねない形相である。 菊菱屋の店を売って返済しようにも、すでに店は他人に売って借金の利息に当てており、夫婦は着の身着のままで、近々この店を空け渡さねばならないのだ。 ほとほと困り果て、菊菱屋の店主は、「どうぞ、殺すなら殺しておくれ」と、言い出す始末である。
   「そうか、よし望みどおりにしてやる」
 これ以上取り立てても、どうにもならないと判断したのか、取り立ての男たちは、気晴らしに夫婦を半殺しにでもする積りらしい。
 政吉が店の中へ飛び込もうとするのを制止して、亥之吉が先に飛び込んだ。
   「こらっ、待ちやがれ!」
 亥之吉の剣幕に、取り立ての男たちは一斉に亥之吉を見た。
   「なんだ、お前は この店の者か」
   「わいは通り掛かりの他人じゃい」
   「関係ない野郎は、怪我をせんうちに大人しく引っ込んでおれ」
   「ところが、これが関係あるのや」
   「うるせえ、がたがた言っていると、お前から叩きのめしてやろうか」
   「お前らのドスで、わいを倒すのはとても無理や」
   「しゃらくせえ!」
 取り立ての男たちは四人である。 その内の一人がドスを逆手に持って亥之吉に向かってきた。 亥之吉が天秤棒でドスを跳ね上げると、天井に刺さった。
   「糞っ!」
 別の男は、順手にドスを構えて亥之吉に突進してきた。 天秤棒を垂直に立て、それを利用して棒高跳びのごとく飛び上がり、ドスを持つ手を蹴りあげた。 やはりドスは男の手から離れて、天井に突き刺さり、男は手が痺れたようである。
   「二丁上がり」 亥之吉は、おどけて見せた。
 亥之吉が三人目の男と向き合っているその後ろに回った四人目の男を、政吉が堪らなくなって、飛び込んできて、頭の上で天秤棒を振り回して追い払った。 亥之吉は三人目の男のドスを天秤棒で叩き落とし、振り返りざま、四人目の男のドスを跳ね上げた。 生憎(あいにく)、ドスは天井に刺さらず、下に居た男を掠めて土間に落ちた。
   「覚えていやがれ!」
 四人の男たちは、捨てゼリフとドスを残して引き上げて行った。
   「どこの何方(どなた)か存じませんが、ありがとうございました」
 夫婦は亥之吉と政吉に頭を下げたが、その不安げな表情は緩むことはなかった。 その心情を亥之吉は察し、
   「明日も、ヤツらはまた来ますやろな」
   「はい、私どもは今夜、ここから逃げ出そうと思います」
   「旦那はん、夜逃げやなんて弱気になったらあきまへんで」
   「もう、私共には何も残っていません、ここで頑張っても詮無きことです」
   「そうでしょうか」
   「実は、私共にも倅がいました、生きていればこちらのお兄さん位になっております」
   「息子さんは、どうかされたのですか」
   「はい、その倅がまだ物心もつかない頃に、拐(かど)わかされました」
 夫婦は、ほろりと涙を落とし、声を震わせながら亥之吉たちに打ち明けた。
   「役人は、『神隠しに合ったのだ』と、早々に探すのを打ち切りましたが、神隠しであろうはずがありません、倅は私共がちょっとの油断した隙に、拐わかされて売られたのに違いありません」
   「旦那さん、この男の顔をよく見ておくなはれ」 亥之吉は、政吉を指差した。
  菊菱屋政衛門は、政吉の顔を繁々と見ていたが、はっと気付いたようであった。
   「似ています、女房の若い頃に…」
 潤む目を晒しの手拭で拭い、政衛門はもう一度政吉を見た。
   「もしや…」
   「その、もしやでおます」 亥之吉は、この政衛門が政吉の実の父であると、既に確信していた。
   「政吉どす、京へ売られて行った政吉どす、この豊岩稲荷のお守りを見ておくれやす」
 政吉は、お守りから自分の名が書かれた紙切れを取り出して夫婦に見せた。 二人は同時に声を出して泣き、政吉に抱き付いた。
   「お父っつぁんと、おっ母さん、よく御無事で…」
 政吉も、涙を抑えられなかった。 十六年間の空白を、一度に埋め尽くそうとするかのように、親子三人は有りったけの涙を流した。
   「こちらの強いお兄さんは、何方(どなた)なのですか」
 母親が涙声で政吉に問うた。
   「わいが奉公していたお店の、若旦那さんどす」
 亥之吉は、政吉に代わって、政吉が歩んできた全てを両親に語って聞かせた。
   「全ては、私の不注意から始まったことです」 母親は悔やんでも悔やみきれない気持ちで今日まで生きて来たのである。
 亥之吉は感づいている。 先ほどまでの夫婦は、確かに死ぬつもりであった。 借りた金でお店を持ったものの、借金の利息を払っても、払っても借金は増え続け、赤字を埋める為にまた借金をしてしまう有様であった。 最初は十両の借金であったが、たった一年で百両近い額に脹れあがってしまった。
 亥之吉は、政吉の両親を当分の間の宿賃を先払いして、その旅籠に身を隠して貰い、政吉と策を練ることにした。 このまま証拠もなく札差の不正を、お上に申し出たところで取り上げてはくれないだろう。
 亥之吉は、事の子細を手紙に認(したた)め、早飛脚で亀山藩士山中鉄之進に助けを求めた。 もし、江戸の奉行所に知り合いがいたら、力になってくれるように頼んで欲しいとお願いしたのだ。
 山中鉄之進の返信はなかったが、自らが馬を飛ばして来てくれた。 亀山藩主が命じたものらしい。
   「これは、殿が北町奉行に当てた書状で、亥之吉の訴えを取り上げてやって欲しいという依頼状だ」
 山中鉄之進は、亀山藩主、石川様からの書状を亥之吉に手渡した。 お大名石川様と現北町奉行は遠い親戚関係にあるのだそうである。
   「それから、北町奉行所には拙者の親友で長坂清三郎と言う与力が居る」
 今から北町奉行所に出向いて長坂に会い、亥之吉と政吉を紹介しておこうと、山中鉄之進は二人を連れて奉行所に向かった。
 山中と長坂は、一体なにをするために北町奉行所へ来たのか、すっかり忘れているように、久しぶりの再会を喜びあい、談笑していた。
 漸く亥之吉と政吉が呼ばれ、事の次第を山中は長坂に話してくれた。 亥之吉が長坂に亀山藩主石川様の書状を手渡し、お奉行に読んでもらうように依頼した。
   「拙者も、常々札差の暴走ぶりには手を焼いていたところだ」
 借金の返済が出来ずに、首を括る商人たちも多いらしい。

 用が済むと、山中は長坂に「後のことは貴殿に任せる」と、馬に飛び乗って帰って行った。

 役者が揃った。 亥之吉、政吉、大江戸一家から、若頭と鵜沼の卯之吉他二名、後ろに与力の長坂と目明しの仙一とその手下の下っ引きが二人、亥之吉の後ろに九人もの味方が控えてくれた。
 札差のところには、亥之吉と政吉が入っていった。
   「菊菱屋政衛門長男政吉だが、親父の借金を返済しに来た」 政吉が叫んだ。
   「ご子息がいらっしゃったのですか、これは、これはご苦労様でございます」
   「証文を見せて頂きたい」
   「はいはい、承知しました、今お持ちいたします」 と、札差業の主人が店の間から奥に消えた。
 暫くして、主人が証文を持って出て来た。
   「証文通りに計算しますと、元利合計と延滞金を含めて、百両になります」
   「なるほど、わかりました、ところで、この債務者はご主人の名ではありませんが、何方ですやろ」
   「あ、それは私の知り合いで、宮城屋陸奥衛門でございます、利息の回収などの雑用を、陸奥衛門さんから手前共に任されておりますもので…」
   「そうどすか、私は貸して頂いたご本人にお返ししたいのですが、どちらにお住いの方どすか」
   「それは申せません、陸奥衛門さんが「内密に」とのことですから…」
   「では、本日ここへはお返し致しません、陸奥衛門さんの居場所を教えて頂くまでは」
 札差の店主は、気が短いらしい。 早くもキレて、言葉を荒げてきた。
   「お前、本当に菊菱屋の倅か 借金を返す気があるのか」
   「わい…、いや私は、宮城屋陸奥衛門さんにお返ししたいと言っているのでおます」
   「それが出来ないと言っているのだ、ガタガタぬかすと手足の骨を折って叩き出すぞ」
 札差の主人は、手を叩いて用心棒を呼んだ。 出て来た男たちの中に、菊菱屋で見かけた男も居た。
   「この胡散臭いやつらを、腕の骨を叩き折って、外へ放り出しておしまい」
   「へい」
 ヤクザと思しき男たち五人が亥之吉と政吉を囲んだ。 無抵抗の亥之吉と政吉の両腕を掴まれ、殴りかかってきた。 二、三発殴られた時に、与力の長坂を先頭に、外で控えていた仙一たちがどやどやっと入ってきた。
   「痛ってえ、もうちょっと早くきてくれたら、殴られずに済んだのに」 亥之吉は不満げであった。

  第二十五回 政吉、涙の再会(終)  -続く-  (原稿用紙13枚)

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2013-11-04 | 長編小説
 亥之吉とお絹の寝所の床の間に、漆黒塗の天秤棒が飾ってあるのを、手代政吉が見つけた。
   「あ、あれはわいが兄貴に貰ったヤツや」
 なるほど、綺麗な天秤棒である。 あれなら、政吉が持って歩いても、大名駕籠か何かを担ぐものだと思っても、肥桶用の天秤棒だと誰も思わないだろう。
   「番頭はん、あの天秤棒、わいにくれはるのやろ」
   「お絹に訊いとくわ」
   「あれ、番頭はんが買いなはったのやろ」
   「いや、お絹がわいの為に誂えたんや」
   「なんや、それやったら貰えるかどうかわからへん」
   「わいはあんなものは要らんから、お絹に政吉にやってくれと伝えておく」
   「へい、頼みます」
   「そやけど、武具にはなれへんで」
   「へい、持って歩くだけどす」
 京極一家から使いが来た。 伏見稲荷大社の近くに、確かに菊菱屋という小さな和装小物の店(たな)が有ったと言う。 小さな店の割には大きな看板が上げてあったそうである。 政吉がお守りを開けて、親分に話していたら、もしかしたら子分のひとりが気付いていたかも知れない。
 しかし、それも二年前までのこと。 政吉の両親は、やはりここでも諦めて、お店を閉めて゛こかへ行ってしまったようである。
   「わいの親は、どうしてこうも落ち着きがないやろ」
 江戸のお店もそうである。 もしあの場所で商(あきな)いを続けていてくれたら、もうとっくに親子の対面が出来ていたのだ。 とは言え、十余年もの歳月は、耐えて待ち難い年月なのだろう。
  その間十年近く、京の地で同じ空の下で同じ京の空気を吸っていたのだ。 政吉が両親をいとおしく思う以上に、両親は政吉をいとおしく思っているだろう。
 政吉は土間に膝をつき、土を叩いて悔しがった。 肩を落とした政吉の姿を見た亥之吉は、居た堪れなくて、そっとその場を外した。
   「政吉、お絹が天秤棒、政吉にくれるそうや」
 亥之吉が、お絹に頼んだらしい。
   「へい、おおきに、大事に使います」
   「大事に使うて、あれで喧嘩するつもりか」
   「いえ、わいのお守りにします」
   「持って歩くのか」
   「へい」
   「あれは、部屋に飾っとき、持ち歩き用は、わいが貰ってやる」
   「手垢と飛沫で真っ黒になったヤツですか」
   「そうや、守口のおっさんに訊いてみたる」
   「そやけど兄貴、ええ若いものが二人、肥桶用の天秤棒持って歩いていたら、みんな避けてとおらはるやろな」
   「そんなに強そうに見えるのか」
   「違います、汚いから避けているのどす」

 亥之吉は、政吉の為に守口の農家で天秤棒の古いのを貰おうと訊いてまわったが、使えなくなった天秤棒など保存している農家はなかった。 薪にしてしまうのだ。 亥之吉は農具の店に寄って新品を買い求めたが、四十文もしていた。 現在の値段にすると、おおよそ千円ということになるだろうか。 師匠のは二十文なのに、弟子のはその倍である。
   「なんか、あほらし」
 ぼやきながらも、亥之吉は買ってきた天秤棒を政吉に与え、「早よ、わいみたいに強くなりや」と、激励した。
   「へい、直ぐに藍より青くなります」
   「わっ、政吉難しいことわざを知っとるのやな」
   「へい、京極の親分の口癖どした」
 これは、正しくは『青は藍より出でて、藍より青し』である。 藍の濁った染料で染めた布が、染め上ると藍より鮮やかな青になるという、弟子が師匠を超える意味の、荀子(じゅんし)の言葉である。 その夜、お店を閉めた後、月の明かりの下で、師匠亥之吉が弟子政吉に天秤棒術の手解きをした。
 その日から政吉は、暇があれば読み書き算盤、さらに天秤棒術を亥之吉から伝授されたが、どうやら喧嘩のほうは「才能なし」であった。

 四年の月日が流れた。 亥之吉は二十二歳で、辰吉と言う二歳児の親に成っていた。 政吉は十八歳、文句も言わず、根も上げず、亥之吉を師と仰ぎ、コツコツと地道に才能を伸ばし続けた。 圭太郎もお幸と祝言を上げ、真面目に若旦那を務め、お幸も福島屋の若御寮(ごりょん)さんが板に付いた。 圭太郎とお幸の間には、これまた二歳になる女の子、「お志摩」が居た。
 福島屋善兵衛は、まだまだ隠居は出来ないと、お店の舵を取り続けているが、お由を含む三人の孫たちには、まだ老け込んでいないながらも好々爺ぶりを発揮していた。

   「亥之吉、そろそろ暖簾分けをしょうと思うが、やはり店を持つのは江戸やないといかんのか」
   「へえ、それがわいの夢だした」
   「お絹と辰吉は連れて行くのか」
   「もちろんです、お絹は納得しとります」
 善衛門は、孫の辰吉と離れて暮らすのが辛いらしい。
   「江戸で一生懸命商いに精を出して、政吉にもお店を出させてやりたいのです」
   「そうか分かった、困ったことが有ったら、遠慮なしに言うておいでや」
   「へえ、わいが必要になったら、手紙を出してくれはったら飛んで帰ってきます」
   「そうしておくれ、お前の天秤棒が必要になるかも知れんからな」
   「なんや、そっちですかいな」
   「そらそうや、商いの腕やったら、わしは亥之吉に負けませんで」
   「そうだした」
 それから一ヶ月ほど経った吉日に、亥之吉は政吉を連れて江戸に向かった。 京極一家で一泊させて貰い、伏見稲荷大社にお参りをした。 菊菱屋があったとされるところにも赴き、近くのお店を回り、何か情報をと探りをいれたところ、「菊菱屋のご夫婦は、たしか江戸へ戻る」と言っていたと記憶していた人が見つかった。 「今度は、絶対見つかるに違いないで」と、亥之吉は政吉を勇気付けた。

 天秤棒を持った二人の東街道の旅がはじまった。 他人にはこの二人、異様に映ったに違いない。
 亀山藩の山中鉄之進にも、挨拶に寄った。 亀山城の殿様にも会って行かないかと声を掛けられたが、天下のお大名に、ただの商人(あきんど)が会いに行くなど、畏(おそ)れ多いと辞退した。 亀山の宿場に有ったお化け屋敷にも挨拶に寄ったが、潰れていて建物だけが本物のお化け屋敷状態になっていた。 訊くと、あの爺さんは亡くなったそうである。

 折角の天秤棒も使うことなく、江戸は日本橋に着いた。 まず、大江戸一家に寄り、鵜沼の卯之吉に会った。 当然ながら、亥之吉と同い年の卯之吉も、二十二歳になっていた。
   「親分、会いたかったです」
   「わいもや、大きな出入りでもあって、斬られていないか心配していた」
   「わいは、逃げ足だけは誰にも負けませんから」
   「わいと、一緒や」
   「政吉さんのご両親は、まだ見つからないのですか」
   「それが、江戸へ戻ったと聞いたのや」
   「政吉さん、ええ男振りになりましたね」
   「へい、兄貴に鍛えられて、ずいぶん痩せました」
政吉は腹を叩いて見せた。
   「そや、京極一家では、豚松と言われていた政吉が、わいより細身になりよった」
 あと、紀州は田辺藩士の妻、お萩さんにも江戸へ来た挨拶をして、腰を据えて政吉の両親探しから始めるつもりである。
   「政吉、とことん探そうな」
   「へい、有難うございます」
   「なんや、改まって他人行儀やないか」
   「そやかて、兄貴に世話を掛けっ放しどすから」
   「ええねん、ええねん、わいらは天秤棒兄弟やろ」
 政吉の両親は、江戸のどこかで二年程前に菊菱屋というお店を出し、和装小物を商っているに相違ない。 二人は、豊岩稲荷神社周辺から、片っ端に訊いて回った。
 数日間、尋ねて回り、漸く町の中を行く二人ずれの娘が知っていた。
   「菊菱屋政吉商店と言うのでしょ、神田明神さんの近くの小さいお店です」
 亥之吉と政吉は、小躍りして喜んだ。 今度こそ間違いない。 政吉は、記憶にない両親の姿を想像しているようだった。
   「お父っつぁん、おっ母さん、政吉、今帰るからな」
 呟いた政吉の顔は、晴れ晴れとしていた。
 有った。 尋ねあぐんだ挙句、漸く見つけた。 確かに菊菱屋政吉商店の看板が上がっていた。 だが、遠巻きに人だかりがしている。 店の中から、怒声も聞こえる。 亥之吉が店の中を覗き込んでみると、政吉の両親とみられる男女が、頭を板間に擦りつけて許しを乞うている。 それを怒鳴りつけている男たちは、どうやら地回りのヤクザらしい。 政吉が店に飛び込もうとしたのを亥之吉は止めた。
   「男たちがご両親に手出しをしようとしたら、わいが止めに入る、政吉は商人(あきんど)や、手出ししたらあかん、親たちの前や」
 政吉は納得して、亥之吉の後ろから、そっと中の様子を伺った。

  第二十四回 亥之吉、政吉江戸へ(終) -次回に続く-  (原稿用紙11枚)

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