雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十二回 自害を決意した鳶

2014-06-22 | 長編小説
 横道に逸れて、三太と新平にすればかなりの道を歩いた。次の石薬師の宿まで二里の道程を遊びながら、ふざけながら、旅鴉ならぬ二羽の旅雀がのんびりと歩いていると、三太の草鞋(わらじ)の緒が切れた。草鞋の側面に付いたチチと呼ばれる緒を通す輪も切れ掛かっている。近くに草鞋屋はないか探すまでもなく、目の前の茶店にそれがあった。
   「おっちゃん、子供用の草鞋二足おくれ」
   「へい、一足十六文ですから、二足で三十二文です」
   「大人用はなんぼや?」
   「へい、同じ十六文です」
 三太は、些か不服である。
   「子供用はこんなに小さいのに、大人用と同じ値段かいな」
   「へい、さいです、大きくても小さくても作る手間はおなじです」
   「藁は少なくて済むやないか」
   「藁みたいな物はただ同然で、値段は手間賃が殆どです」
 草鞋は、お百姓衆が冬場にセッセと藁を打ち、縄を綯い、一足一足編んだものである。草履(ぞうり)と違い、長持ちするように丈夫に作られている。

 店の主人に説明されて、そんなものかと、三太は納得した。
   「おっちゃんの店に通りかかると、緒が切れるなんて、何か仕掛けでもしているのか?」
   「馬鹿なことを言ってはいけません、そんな仕掛けが出来るなら、うちは茶店などしなくても金持ちになっております」
   「そらそうやな」
   「私は、毎朝欠かさずに近くの草壁稲荷にお参りをしております」
 そのご利益か、旅人が店の前で草鞋を履き潰して、草鞋がよく売れるのだと話した。
   「草壁稲荷神社は、霊験(れいげん)あらたかと専(もっぱら)らの評判です」
 三太と新平も、旅の無事を祈願して行くことにした。

   「あっ、危ない!」
 三太が思わず声をあげた。赤い鳥居に囲まれた二十段ほどの石段であったが、男が転がり落ちてきたのだ。咄嗟に三太が階段を見上げると、一瞬、子供が石段の下を覗いて逃げて行った。
 三太は男に駆け寄り、声をかけた。
   「大丈夫ですか? 医者を探してきましょうか?」
 男は後頭部から血を流していたが、気は確り(しっかり)していた。
   「大丈夫です、たいしたことはありません」
 と、言いつつも顔をしかめていた。
   「おっちゃん、子供に命を狙われておりますで」
   「ええ、分かっています」
 命を狙われているのに平然としている男に三太は興味を持った。
   「代官所には届けてあるのですか?」
   「いやいや、あの子は知り合いです、代官所に届けるなんて、とんでもない」

 三太には、ますますこの男が謎めいて見えた。
   「わいはなあ、子供やけれど霊能占いができるのや」
   「ほう、それは凄い」
   「おっちゃんに、死相が現れとる」
   「当たり前です、命を狙われているのですから」
   「まあ、そうだすけど」
   「それで、わしはどうすればよろしいかな?」
   「ちょっと待っていてや、どうしたらええか占ってあげる」
 男を信用させる為に、三太は新三郎からの情報をひけらかした。
   「あの逃げた子は、おっちゃんのことをお父さんの仇やと思っている」
   「そうです、いくら違うと言っても聞いてはくれません」
   「おっちゃんの職業は、鳶職と占いに出ましたけど」
 この男の名は作太郎という。男の記憶を辿ると、命を狙われる訳が見えてきた。作太郎と幼馴染の鳶職仲間、完次という男が居た。その息子が作太郎の命を狙っている完太である。

 完次は、根は真面目な男であったが、悪い鳶仲間に誘われて賭場に出入りするようになってからは、人が変わってしまった。妻子のある身でありながら、銭が入ると妻には渡さずに、すっからかんになるまで使い果たしてしまう。家計は妻の手仕事で何とか食い繋いではいるものの、妻は借金もせずに遣り繰りしている。
 ある日、作太郎が完次の妻子を見るに見かねて意見をした。完次にはそれが我慢ならずに、地上で掴み合いの大喧嘩をしてしまった。
 鳶職というもの、例え地上で大喧嘩をしようとも、一旦高所の仕事場に就くと、喧嘩のことはケロリと忘れて仕事に神経を集中するものである。
 その日の完次は違っていた。作太郎の意見がよほど応えたのか、しょんぼりとしていたのだ。
   「おい、完どうした、元気が無いぞ」
   「作、さっきは済まん、お前の言う通りだった」
   「ばか、地上の喧嘩を仕事場に持ち込むな、地上に降りたら喧嘩の続きをしようぜ」
 だがその後、完次はふらふらっと立ち上がった時、鳶でありながら足を滑らせて、地上に真っ逆さまに落ち、首の骨を折って即死した。
 
 完次が落ちるところは作太郎しか見ていなかったが、地上で喧嘩をしているところは沢山の仕事仲間が見ている。表だって言わないものの、陰では作太郎の良からぬ噂が飛び交った。
   「作太郎が突き落とした」
 代官所のお調べでは、事故として片がついたが、噂は直ぐには消えなかった。その噂を、完次の息子の完太が聞きつけたのであった。
   「俺が必ずお父っつあんの仇を討つ」
 完太は、密かに父の墓前で誓った。この度の作太郎殺し未遂は、三度目である。だが、作太郎は決して口外をしなかった。事件沙汰として取り上げられては、完太の将来に傷がつくからである。
 と言って、このまま無視をしていると、本当に殺されてしまうかも知れぬ。町人の仇討ちはご法度(はっと)である。完太は殺しの罪で、遠島とまではいかぬまでも刺青刑で、子供ではあるが寄せ場送りになるかも知れぬ。こうなれば完太の将来は、道を外れてしまうだろう。

 作太郎は、思案の結果「自害」を選んだ。こうすれば、自分は完次殺しの下手人にされてしまうが、完太の為にはなる。幸い作太郎は独り身で、親兄弟もない。完次が落ちた場所で、明日は自分が飛び降りようと決意して、幼馴染の草壁稲荷神社へ許しを乞う為にお参りに来た帰りであった。

   「そんな事まで、占いで分かるのか」
 作太郎は、このチビ助の凄さを思い知った。
   「あなたは眷属神(けんぞくしん)に違いない」
 三太は「眷属神って何?」と新三郎に尋ね、稲荷神の使いの狐だと教えられて笑った。
   「わい、狐と違う」

 とにかく、今日は完太の家に行って、三太が完太を説得することにした。説得と言っても、一筋縄では行かない。やはり、完次の幽霊を呼び寄せて、完太と相対させるのだと作太郎には説明した。

 
 完太の家に行ったが、完太は出かけて留守であった。
   「作太郎さん、また完太がとんでもないことを仕出かしたようで、今夕にもお詫びに行こうと思っていたところです」
 完次の妻が土間へ下りて土下座をした。
   「弁解の術もなく、ただ無駄に時を費やした俺が悪いのです」
 作太郎は、完次の妻を抱き起こした。息子の完太には仇扱いをされているが、この完次の妻が自分を信じていてくれるだけでも救われているのだと感謝の意を伝えた。

   「早く紹介してくれないとあかんがな」
 三太が焦れて、作太郎の肩を叩いた。
   「この子供は三太と言いまして、幽霊を呼び寄せることができます」
   「霊媒師さんですね」
   「へえ、そうとも言います」と、三太。
 ころころ肩書きが変わる三太、説明するのも面倒くさいので子供霊媒師で押すことにした。
   「完太さんの前で、完次さんの霊を呼び出して、完次さんの話を聞いて貰います」
   「霊媒師さんの口を通してですね」
 完次の妻が訊きなおした。
   「いいや、それやったら完太さんはインチキやと思いますやろ、わいらはこの場を離れて直接完次さんと話合って貰います」
 今までに知った霊媒師とは違う。妻は、自分にも夫に合わせて欲しいと念願した。例え幽霊であっても、亡き夫と逢いたいと思う妻の思いが、新三郎に伝わっていた。

   「おっ母、ただ今」
 三太が稲荷神社で見かけた少年であった。歳は十一・二であろうか、日焼けした精悍な顔立ちであった。だが、そこに作太郎が居ることに気付くと、黙って外へ飛び出そうとした。
   「完太お待ち、この霊媒師さんがお父さんに合わせてくれます」 
 お父さんと聞いて、一瞬立ち止まったが、思い直して飛び出してしまった。
   「へんっ、インチキ霊媒師の寝言なんか聞けるかい」
   「誰がインチキ霊媒師や、逃げるなら逃げてみろ、わいが連れ戻してやる」
 三太も負けずに意地を張る。三太の言葉を無視して外へ飛び出した完太であったが、戸口でへなへなと座り込んでしまった。
   「作太郎さん、完太さんをここへ連れて来とくなはれ」
 半ば気を失っている完太を、作太郎は抱きかかえて座敷に座らせた。
   
   「完太さん、お父っちゃんの完次さんがここへ帰って来ましたで」
 今、気を失いかけた完太が、しゃきっとなって家の中を見回した。

   「完太、完太、俺だ、親父の完次だ」
 完太の胸にがんがん伝わってくる。完太を見守っていた四人は、外へ出て待つことにした。
   「親父か? 本当に親父か?」
   「そうだ、去年の稲荷神社のお祭りで、二人で食べた狐餅、あれは旨かったなあ、おっかあにも買って帰ったじゃないか、思い出したか」
   「いや、ずっと覚えていた」
   「そうか、そうか、おっかあに御守りも買って帰ったなあ」
   「うん、おっかあ、喜んだ」
 完太が覚えている筈である。これは、完太の記憶から出たことであるから。
   「完太、聞いてくれ、俺が屋根から落ちたのは、作太郎に突き落されたのではないのだ」
 賭場に入り浸っていることを、地上で作太郎に意見されて、「かっ」となって喧嘩をしてしまったが、自分が悪いと反省して、屋根の上で作太郎に謝ろうとしたのが悪かった。足元に神経を集中しなければならないのに、疎かになってしまい、足を滑らせてしまったのだと話して聞かせた。
   「おっかあと、完太には苦労をかけて済まない事をした、許してくれ」
   「うん」
 完太は納得したようであった。代わって完次の女房が入ってきた。
   「お前さんかえ、逢いたいよう、顔を見せとくれ」
   「悲しいが、それはできない、お前にも苦労をかけて済まない」
   「そんなことはいいのだよ、それより、ずっと此処に居ておくれな」
   「それも出来ない、俺はあの世にしか居られないのだ」
   「寂しいね」
   「お前さえ良ければ、作と一緒になってもいいのだよ、作となら俺は嬉しい」
   「嫌ですよ、わたしゃ死ぬまでお前さんの女房ですからね」
   「そうか、だが気が変われば作の情けを受けなさい」
   「変わるものですか」
   「俺がお前達に出来ることは、あの世でお前達の無事と幸せを祈ってやることだけだ」
   「お前さん、それで十分だよ」
 新三郎は、女房に話しかけていて完次になったような気持ちになっていた。


   「完次さんとの話は済みましたか?」
   「はい、有難うございました」   
   「完太さんは、もう作太郎を仇と付け狙いませんか?」
   「うん」
   「よし、それなら仲良く暮らしてや」
   「はい」

   「ああ、もし」
 作太郎が三太を呼び止めた。
   「占い料はいかほどで…」  
   「そやなあ、今そこの茶店で草鞋二足買うたんや、ちょっと高いけど堪忍してや、三十二文貰っとくわ」

  第十二回 自害を決意した鳶(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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