雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十三回 お玉の怪猫

2014-08-27 | 長編小説
 鞠子宿(まりこしゅく)に入った。コン太は三太の懐の中だが、決して眠らせてもらえないために不機嫌である。
   「鞠子宿は寂しい宿場やなあ」
   「うん、旅籠も少ないし、店も少ない」
 次の府中宿は大きな町で、駿府(すんぷ)城の城下町である。駿府城は徳川家康が隠居して居住した城で、江戸、大坂に次いで大きな町である。

   「新平、府中宿の方から、馬が走ってきよるで」
   「まさか、おいら達に用があるのと違うでしょうね」
   「うん、まだ府中へは行ってないものな」
 あんなのに蹴られたら死んでしまう。うろちょろしていて無礼討ちにでもされたらつまらない。コン太のように叢へ寝転んでやり過ごそうと話し合った。

   「三太どの、三太どのと新平どのであろう、そこに隠れたのは」
   「へ、別に隠れているわけやおまへんけど、何でわい等の名前を?」
   「他藩の者から聞いている、拙者は駿府の重役、大久保彦三郎が家臣、逸心太助と申す」
   「あの、魚屋の一心太助?」
   「魚屋ではない、これでも武士の端くれだ」
   「えらいすんまへん、あの一心太助さんの親分は、大久保彦左衛門様だした」
   「人違いか?」
   「へえ、さいだす」
   「そうか、そなた達を霊能者と見込んで頼みがあり迎えに参った」
   「頼みとは?」
   「屋敷に憑いた化け物を退治して貰いたい」
   「げっ、化け物、わい等は旅を急ぎますので、他の霊能者へ…」
   「それが、そうはいかないのだ、色々肩書を持つ者にお祓いなどして貰ったが、埒があかない」
   「化け物やて、唐傘だすか、提灯だすか?」
   「それが、化け猫で御座る」
   「それでは、わい等はこれにてさよなら…」
   「これっ、逃げないで聞いてくれ」

 話はこうである。彦三郎の一人息子彦四郎は、女癖が悪くて、町で気に入った娘を見つけると、無理矢理に屋敷に連れ込み、飽きると捨てる。一ヶ月前に、町でお玉という娘を見染めて、「私には許嫁がいます」という娘を、「腰元として雇い、行儀見習をさせる」と屋敷に連れ込んだ。お玉は一年という約束で屋敷勤めを承知した。お玉の両親も、お武家のお屋敷で行儀見習いができると喜んで娘を差し向けた。お玉は年老いた猫を飼っており、その黒猫と共に大久保の屋敷に上がった。
 
 それから一ヶ月間は彦四郎は手出しをしなかったが、一ヶ月後の夜、我慢が出来ずにお玉を自分の褥(しとね)に連れ込んだ。お玉は武士の娘ではなかったが、護身の為に懐に匕首を忍ばせていた。
   「私には末は夫婦と誓い合った殿方がいます、それ以上私に近付くと、喉を突いて死にます」
 武士の娘のように覚悟を見せた。彦四郎は構わずにお玉の上に覆い被さり、その弾みでお玉は喉を突き、血しぶきを上げて息絶えた。

 その時、お玉が可愛がっていた黒猫が、お玉が流した血の海に踏み入れ、お玉の血をペロペロと舐めた。

   「キャー怖い」
 三太が音を上げた。新平は腰を抜かしてその場にへたりこんだ。
   「あきまへん、やめてください、わいも腰が抜けます」
 
 逸心太助は、なおも話を続けた。黒猫はその場に倒れているお玉の体を跨ぐと、彦四郎を睨みつけて何処ともなく去り、消息はぱったり消えてしまった。

   「怖い、もう止めて」
 新平は泣き出している。

 ある日の真夜中、彦四郎が目を覚ますと、障子に女の影が写っている。
   「お玉か、迷って出たな」
 彦四郎が、刀掛台から左手で長刀を掴み刀の柄に右手をかけると、足で障子を開いた。障子に映る影は消え、女の姿はない。廊下に出てみたが、やはり姿はかき消えて雨戸はぴったり閉まっていた。
   「おのれお玉、姿を現せ、八つ裂きにしてやるわ」
 部屋に戻ると、消していた筈の行灯に火が入っている。その行灯に黒猫が頭を突っ込んで「ピタピタピタ」と油をなめている。
   「化け猫め、この彦四郎が退治してやる」
 黒猫めがけて刀を振り下ろすと、猫の姿も行灯のあかりも消えて、行灯が真っ二つに裂け、油が流れでた。こんなことが幾日か続き、彦四郎は夜も眠れないようになってしまった。昼間は死んだように眠り続けるが、夜になると刀を握ったまま、空(くう)を睨にらんで「ぶつぶつ」独り言を呟く。食事も碌に摂らないので、家来が食事を進めようと近づけば、「おのれお玉」と斬られそうになる。
 父、大久保彦三郎は、祈祷師などを呼び寄せたが、大金を取るだけ取って、いい加減な祈祷でお茶を濁すばかりであった。

   「三太どの、この通りだ、化け猫を退治してくだされ」
 太助は、幾度も頭をさげた。
   「嫌や、怖いもん」
   「怖い、怖い」
 太助は、腰の大小を抜き、地面に並べると、つま先を立て開脚し座り込んだ。
   「このままではおめおめと戻れぬ、三太どの介錯を頼む」
 と腹を曝け出し、大刀を手に取ると三太の手に渡そうとした。
   「あのなー、子供に介錯が出来る訳ないやろ」
   「それでは、切っ先を拙者の左胸に向け、その辺りから突進してくれ」
   「嫌や、そんなことしたら、わいは侍殺しでお縄になり、首を撥ねられますわ」
   「では、構わぬ、拙者が切腹して七転八倒しておっても、見捨てて去ってくだされ」
   「うん、わかった」
   「三太どの、足を止めて済まなかった、許してくれ、さらばに御座る」
 太助は、小刀を両手で持ち。切っ先をわが腹に向けて腕を伸ばした。その腕を、力を込めて曲げようとしたとき、動作がピタリと止まった。
   「三太、もう太助さんを虐めるのは止めなさい」
 新三郎が切腹を止めたようであった。
   「虐めていないもん、本当に怖いのや」
 太助は止まったときの姿勢のまま、横に「コテン」と倒れた。
   「化け猫の対処は、あっしがやりますから、三太達は大久保の屋敷で「安倍川餅」でも食べながら待っていてくだせえ」
 安倍川餅はこの辺りの名物である。

 太助の気が戻った。
   「ここは、冥土なのか? 冥土というところは、こんなにも明るいところなのか」 
   「ばーか、わいを試したくせに」
   「それは何故に?」
   「わいが刀を持った手を止める前に、自分で止めていたやろ」  
   「ばれましたか」
   
 主人の大久保彦四郎は憎めても、この男はどうしても憎めない。結局、新三郎に従うことになった。
   「新さん、この男のいうこと、どこまで本当やろか」
   「嘘は言っていませんぜ」
   「そやけど、あの可愛らしい猫が化けるやろか」
   「それもないでしょう」 
   「ほんなら、彦四郎が嘘をついているのですか?」
   「幻覚でしょう、幻覚を見る程も、お玉を死なせた自分を責めているのだと思います」
   「何から手をつけましょうか」
   「まず、黒猫を探しましょう、老衰しているようだが、まだ生きているかも知れません」
   「どうやって探すのや?」
   「コン太に任せましょう」

 大久保の屋敷に着いた。彦四郎に逢おうとしたが、刀を振り回して人を寄せ付けない。新三郎が指示する。
   「誰かが切られてはいけない、刀を取り上げましょう、装飾用の刀剣を持ってくるように言ってくだせえ、床の間に飾っている刀の中身は竹光でしょ」
 竹光の刀はあったたが、彦四郎が自分の刀を手放さない。厠までも持ち込んでいる。そこで仕方なく新三郎がチョンの間、失神させることにした。
   「刀が軽くなったのも気がつかないらしい」
 新三郎が笑っている。
   「さあ、次は黒猫を探そう、屍かも知れんぞ」
 三太がコン太を懐から出して歩かせた。
   「コン太、猫は知っているやろ、座敷に下りて探してくれ」
 コン太は、キョトンとして立っていたが、突然においを嗅ぎはじめた。
   「わかったのか?」
 コン太は、厨を指して走って行った。
   「干し魚の臭いでも嗅いだのとちがうか?」
 だが、すぐに姿を消した。外へも出ていない。一体何処へ消えたのかと不思議に思っていると、厨の床が開いている部分があり、床下に味噌樽、醤油樽、漬物樽などが並んでいる。その樽と樽の間に隙間が開いている部分がある。そこからコン太が飛び出してきた。
   「コン太、どうしたんや」
 三太が下におりて、隙間を覗いてみると、目が二つ、キラリと光っている。黒猫が死期を覚り、蹲っているのだ。気力はないが、目だけは爛々としている。
 錆びついた鍵を壊し、床下に入る鉄格子を開けてもらい、三太は黒猫に水を飲ませてみた。黒猫は美味そうにペチャペチャと三口、四口舐めると、眠るように死んでいった。
 黒猫の屍は、お玉が眠る墓を見下ろす山の斜面に埋葬した。

 彦四郎は、新三郎が憑き、お玉の霊を演じた。
   「私は自害しました、けれど、そうさせたのは彦四郎さまで御座います、ですが、お玉は彦四郎さまを恨みますまい、他の女をお玉の二の舞いにしない限りは…」
 
 お玉と言い交わした男の心を読むと、お玉の妹にお玉を見ていることがわかった。
   「お玉は、貴方様を今もお慕いしています、ですから私は妹と一心同体となり、貴方様と添い遂げたいと思います」

 夢か現か幻か、男はお玉の姿が見えたように思えた。声も聞こえたと思い込んだ。しかし、声ではない。新三郎の心が、男の心に直接伝達した思いだ。
   「お玉、お玉は戻って来てくれるのか? 妹の中に」
 男は、お玉の妹を愛しく思った。


 三太は、大久保彦三郎の前に出た。
   「彦四郎さまは、もう大丈夫だす、日に日に良くなられるでしょう」
   「忝ない、よくぞ化け猫を退治してくれた」
 退治したのではない。葬ったのだ。三太はそう言おうとしたが止めた。
   「謝礼は如何程であるか?」
   「わいは要りません、それはお玉さんの仏前にお供えになり。お玉さんのご両親に頭を下げてあげてください。彦四郎さまがお元気になられましたらご一緒に…」
   「必ず」

 こんなことで、二泊もしてしまった。しかも、大久保の屋敷で安倍川餅など出なかった。
   「府中宿まで行って、自分で買って食べなさい」
 新三郎はそっけない。せめて、黒猫を見つけたコン太にはご褒美をと、畦道の木から青い実を一つ採ってコン太に食べさせた。コン太は喜んで青い実に齧りついた。
   「どないしたのや、吐き出したりして」

 どうやら渋かったらしい。それ以後、木の実を与えるときは、三太が一口食べてからでないと食べなくなった。
   「わいに毒味させとるのや、こいつ」

  第三十三回 お玉の怪猫(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ「第一回 小僧と太刀持ち」へ




最新の画像もっと見る