雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 最終回 花のお江戸

2014-10-06 | 長編小説

    江戸の土を踏んだとき、三太が亥之吉にお願いをした。
   「わい、江戸へ来たら真っ先にやりたいことがおますねん」
   「そうか、千代田のお城見物か?」
   「そんなもん、見たくもありまへん」
   「これっ、そんなもんとは何だす、お役人に聞こえたらこれだっせ」
 亥之吉は、首を斬られる手振りをした。
   「お寺参りがしたいのです」
   「どこのお寺や?」
   「経念寺(きょうねんじ)です」
   「どこかで聞いたような気がするが、知り合いの墓でもあるのか?」
   「へえ、知り合いも何も、わいの守護霊新三郎さんのお墓だす」
   「ああそうか、それは良いことや、わたいも一緒にお参りしましょ」

 三太から寺の場所を訊くと、ここから二刻(ふたとき=4時間)もあれば往復できる場所である。ゆっくりお参りをしても夕刻までには亥之吉のお店に着ける。
   「三太、そんな場所を良く知っていなさるな」
   「当たりまえのコンコンチキでえ、本人の新さんがわいの中に居まさあね」
   「なんや、江戸へ来たとたんに江戸っ子になったのや」
   「あたぼうよ、神田の生まれだい」
   「嘘つきなきれ、おまはんは大坂(今の大阪)の生まれだす」

 昼前に経念寺に着いた。
   「たのもー」と、三太。
   「おやおや、まるで道場破りや」
亥之吉が呆れて三太を見た。
 
   「はい、拙僧は悠寛と申します、何方様でいらっしゃいますか?」
   「わたいは京橋銀座で雑貨商を営んでおります福島屋亥之吉でおます」
   「わいは、三太、この子は新平だす」
   「左様ですか、して、ご用の向きは?」
   「いやいや、ただのお墓参りで御座いますが、お墓を立ててくださった亮啓(りょうけい)和尚に一言お礼をと思いまして」三太が答えた。
   「何方のお墓でございますか?」
   「俗名、木曽の新三郎さんでございます」
   「そうでしたか、私は新三郎さんの霊のお告げで命を救われ、この寺へ来た者です」

 三太は、新三郎に尋ねた。
   「覚えている?」
   「覚えていますよ、この悠寛さんは元、久五郎という博打うちでさあ」

   「只今、住職を呼んで参ります、暫くお待ちを」
 この人が元侠客だとは思えぬ物静かな僧侶であった。

   「お待たせしました、拙僧が亮啓でございます」
   「わいは三太だす」
   「はて、拙僧が知り申す三太どのは、もう二十歳を超えている筈ですが」
   「その三太さんは、いまは佐貫三太郎さんというお侍だす」
   「そうでしたね」
   「わいは和尚とは初めてお目にかかりますが、わいのなかに新三郎さんが居ます」
   「それは懐かしい、ちょっと失礼して、胸に手を当てさせてくだされ」
   「ちょっと待ってください、懐に狐の仔が入っています」
 コン太を懐からだして、地上に置いてやると、コン太は大きな欠伸をしてキョロキョロ辺りを見回している。
   「どうぞ、懐に手を当ててください」
 三太は着物の襟を開いた。亮啓はそっと手を入れた。
   「こちょば」と、三太は肩を揺すぶる。
   「しーっ、黙って」
   『亮啓和尚、お久しぶりでございます』
   「おお、新さんかい、お達者でしたか… 霊にお達者でもないか」
   『まだ、今生で彷徨っておりやす』
   「今度は、阿弥陀様も許されていらっしゃいますので、心置きなく今生に留まれますな」
   『へい、今はこの三太の守護霊でございます』

 見ていた悠寛が、自分もと三太の懐に手を突っ込んだ。
   「ひゃー、こちょばい」
   「我慢、我慢」と悠寛。
   
   「新さん、お久しぶりです、久五郎(悠寛)です。
   『立派な和尚になられましたな』
   「いや、まだまだ沙弥(しゃみ)の粋を出ておりません」
   『亮啓和尚、あっしはこうしていると能見数馬さんを思い出します』
   「そうでしたねぇ、拙僧が初めて新三郎どのと話をしたのは、数馬さんを介してでした」
   『数馬さんも擽(くすぐ)ったくて、歯を喰いしばっていました』

 亮啓が、三太の懐から手を抜いて、両手を合せて頭を下げた。
   「では、新三郎さんのお墓にご案内しましょう」
 亮啓が先頭に立ち、三人を案内して、悠寛が後ろに付いて歩いた。墓石には、「俗名新三郎の墓」と、刻んであった。
   『ここへ来たら何時も思うのですが、自分の墓を自分でお参りするのは、妙なものです』
 三太が、思わぬことを言い出した。「新さんのお骨が見たい」というのだ。
   「はいはい、見てあげてください、悠寛、石棺お開けしなさい」
   『髑髏だけですぜ、そんなものが見たいのですか?』
   「へえ、生きていた頃の新さんを想像するのです」
   『格好良く想像してくだせえよ、市川團十郎みたいな』
   「そんなことを言わないでください、頭から役者絵の顔が離れへんやないですか」
   『♪やくざ渡世の白無垢鉄火、ほんにしがねえ渡り鳥、木曽の生れよ、中乗新三』
   「へんな唄歌わんといて、縞の合羽と三度笠しか浮かばない」
 悠寛が石棺を開け、骨箱を丁重に出してくれた。蓋をあけると、黒褐色の髑髏が見えた。
   『どうだ、男前か? 恐くないか?』
   「もう、煩いなぁ、想像できへん」
   「では、このくらいで石棺に収めましょう」と、悠寛が骨箱の蓋を閉めた。
   「何のこっちゃ」 

 三太は着物をはだけ、腹に巻いていた鷹之助先生が用意してくれた路銀と、首から下げた巾着を外すと、悠寛に渡した。
   「路銀の残りですけど、もう要らなくなったので、新さんの供養に使ってください」
 新平も、巾着を取り出すと、悠寛に渡した。
   「お預かりいたします」
 亮啓が、合掌して頭を下げた。

   「江戸に居るあいだ、また何度もお参りにきます」
 三太と新平は、ペコンと頭を下げた。遅れて亥之吉が合掌した。
   「お手数をとらせました、これにて失礼いたします」
 亥之吉が言うと、亮啓、悠寛両和尚が合掌して見送ってくれた。

 
 コン太は、寺からずっと歩いて付いてきていたが、途中で座り込んでしまった。疲れたのだ。三太は抱き上げて懐へ入れると、まるまって寝ようとした。三太はコン太の頭を外に出し、指でコン太の瞼を開け、「ふーっ」と吹いた。
   「コン太、今日からワン太に名前が変わるのや、ええか」
 コン太は怒って、着物の襟を噛んだ。

 途中、昼食をとって、福島屋の店先についたら、もう夕刻であった。
   「お絹、今戻ったで」
 使用人が集まって来た。
   「旦那様、お帰りなさい」
 亥之吉の女房お絹が、前垂れで手を吹きながら、暖簾を頭で分けて出てきた」
   「旦那さん、お帰り、ご苦労さまだした」
   「ああ、お絹、留守頼んで済まなんだ、変わりはないか?」
   「へえ、番頭さんたちがよくやってくれましたので、労ってやってください」
   「番頭さん、みんな、済まんことだした、今月はお手当はずまんといけまへんなァ」
   「へい、有難うございます」
   「何や、遠慮せえへんのかいな」
   「しませーん」

   「みんなに紹介します、この子がしっかり者の三太だす」
   「しっかり者の三太だす、どうぞよろしくお願いします」
   「自分でしっかり者と言う人がありますかいな」
 亥之吉、苦笑する。
   「こっちの子は苦労していますから、温和しくてよく気がつく新平だす」
   「温和しくてよく気がつく新平です、よろしくお願いします」
   「真似しなさんな」

 そこへ、菊菱屋政衛門の長男、政吉がやって来た。
   「兄ぃ、お久しぶりどす、兄ぃが小僧さんを二人連れてきたと聞いてやってきました」
   「誰に聞いたのや」
   「へい、たった今、卯之吉さんとそこで会いまして…」
   「ああ、さよか、何や? 一人狙っとるのか?」
   「そんな、イタチが鶏狙っているように言いなさんな」
   「ほんなら、猫が鼠をか?」
   「だれが鼠やねん」と、三太がふくれている。
   「ほれ、子供たちが怒っているやおまへんか」
   「堪忍や」
   「素直な旦那はんやなぁ、福島屋さんがよかったら、一人うちへ回してもらおうと思いまして」
   「三太は、わしの棒術の弟子になるのやさかいにあかんで」
   「三太て、その真っ黒けの顔をした方か?」
   「人のこと、黒鼠みたいに言うな」
三太がむかついている。
   「うちは、女の人相手の店やから、そっちの可愛らしい顔をした子が宜しおます」
   「わいは可愛らしくないのか」
   「こっちの子、三太というのか? あんたは男らしくて、強そうで、格好よろしおます」
 三太、にっこりと笑って、
   「それならよろしおます」

 結局、新平が菊菱屋の小僧になることになった。政吉は、ちょっと太めであるが、顔立ちは役者のようで、女にもてるらしい。菊菱屋は、櫛や簪など女の小間物を商う店で、使用人は居ない。両親と息子三人でやっている店だ。

 政吉は、赤ん坊の時に人さらいに連れ去られ、京へ売られたが、買った夫婦に諦めていた実子が生まれたことから、侠客一家の親分に「この子を処分してくれ」と、頼んだ。この親分とは、亥之吉と親しい京極一家の貸し元で、それを聞いて「処分とは何だ」と、激怒した。この政吉は、十四歳まで京極一家で育てられ、後は二代目になる筈だったが、政吉の頼みで亥之吉に連れられて親探しの旅にでた。

   「新平は、おっ母さんに捨てられたのか?」
   「いいえ、おいらが居ると、おっ母の邪魔になるようなので、三太の親分に付いて江戸へきました」

 落ち着く先が決まって、三太と新平はほっとしたが、江戸の町は将軍様のお膝元なので不安もある。上方では言いたい放題だったことも、江戸では言えないのである。

 だが、「頑張っていこうな」と、三太と新平は兄弟のように手を取り励まし合った。

  第四十三回 花のお江戸(最終回) (原稿用紙14枚)

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