雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第二回 政吉の育ての親 

2014-10-14 | 長編小説
 福島屋亥之吉は、三太が奉公するお店の主(あるじ)である。それと共に、天秤棒術と亥之吉が勝手に名付けた護身用武術の弟子でもある。この天秤棒術は、日本で自分だけの技だと豪語する亥之吉であるが、それは当たり前のこと、武具自体は肥担桶(こえたご)を担ぐ天秤棒で、亥之吉がならず者に襲われた時、偶然近くの農家で借りた老農夫の汗と肥やしが染み付いたものであった。

 実はこの天秤棒、肥担桶紐が滑り落ちないように小さな木の杭が前後四つ打ってある。その杭が取れて穴が広がり修理出来ない状態になり、薪にするために陽に干していたものを貰ったのだ。

 三太用の天秤棒は亥之吉の注文通りに誂えたもので、肥担桶など一度も担いだことのない物だ。暇があれば、三太は此の天秤棒を振り回している。荀子(じゅんし)の『青は藍より出て藍より青し』という比喩があるが、三太は藍より青くなるのが目標である。
   「すぐに師匠を超えてやる」
 その目標を立てて、二年が過ぎた。

 
   「三太、お客さまのご指名がありましたよ」
 亥之吉の声が、店内で掃除をしていた三太に届いた。
   「へえ」と、三太は返事をして、直ぐに店先へ出てきた。
   「奈良屋の女将さんが、三太にお相手して欲しいそうだす」
   「へえ、おこしやす、毎度おおきに」
 奈良屋の女主人は後家である。旦那に先立たれ、気丈にも女手ひとつで呉服商を担っている。子供に恵まれず、しっかり者の三太を養子にと狙っているのだ。

   「奥様、いつもお綺麗だすなァ、まるで小町娘のようだす」
 歯の浮くような三太の世辞であるが、三十路を跨(また)いだこの後家にとって、心底嬉しいようである。
   「まあ、三太ちゃんたら、こんなお婆ちゃんを煽てても何も出ませんよ」
 そんな会話をしながら、店の奥に消えていった。

   「うかうかしていると、三太をあの後家さんに盗られるかも知れん」

 小僧の成り手は多い。だが、三太はただの小僧で収まるタマではない。
   「強くなって、兄の仇をとる」
 兄の仇は、既に処刑されている。だが、三太にとってみれば、そんなことで兄の悔しさは癒えていないと思っている。世の中の悪は、全て兄の仇なのだ。その信念があるからこそ、師匠の技に食い下がる気迫を持っている。
 
 店の奥で、奈良屋の後家と何やら話し合いながら二人は店先に出てきた。
   「三太ちゃん、考えておいてね」
   「あきまへん、わいは亥之吉旦那さんから棒術の指南を受ける為に浪花からやって来たのです、ただ商人に成るのなら、浪花にある相模屋の丁稚で頑張っておりました」
 相模屋長兵衛を説得して、お店を止め江戸へ出てきたのは、「兄の仇打ち」を優先しているからなのだ。
   「そうですか、残念ですね」
 奈良屋の後家は、それでも諦めがつかない様子で帰っていった。

   「奈良屋の養子になれと言われたのか?」
   「さいだす、だが、わいはその気はありまへん」
   「三太は福島屋の養子になるのやさかいに、掛け持ち養子は出来まへんわなァ」
   「それも嫌だす」
   「はっきり言いよるな」
   「それよか辰吉坊っちゃんの天秤棒を誂えとくなはれ、わいが旦那様から教わったことを伝授します」
   「辰吉は、わいの孫弟子かいな」
   「お爺ちゃん師匠、宜しくお願いします」
   「二十歳を少し過ぎたら、もうお爺ちゃんか」
   「師匠と弟子の話だす」

 会話の直後、亥之吉が思い出したように三太に言った。
   「そうそう、菊菱屋の政吉に頼まれていたのを忘れとった」
   「何だす?」
   「政吉が、二十匁蝋燭(にじゅうもんめろうそく)を買いにきたのやが、生憎(あいにく)切らしていたので、入荷したら届けていると帰したのや」
   「へえ、分かりました、二十匁を五十本だすな、今から届けてきます」
 三太は五十本の蝋燭を油紙で丁寧に包み、更に風呂敷で包んで、神田明神下の菊菱屋を向けて飛び出した。
   「おっと、忘れ物や」店の奥から三太の天秤棒を持ち出し、急いで駆けていった。

   「まいど有難う御座います、ご注文の二十匁蝋燭が入荷しましたのでお届けに上がりました」
 普段の会話では、ベタベタの大坂弁であるが、商売の客に対しては出来る限り江戸の言葉を使うように心掛けている。
   「それは、ご苦労さんでした、代金はおいくらですか?」
 店番をしていた政吉の母親が、帳簿座卓の抽斗を開けて三太の返答をまっている。
   「へえ、一本四十文ですから四朱頂戴します」
   「はい、これ四朱」
   「有難う御座いました」
   「ご足労様でした」
   「あのー奥様、新平は居ないのですか?」
   「新平は、政吉のお伴でお得意様回りをしています、おっつけ戻ると思いますので、待ってやってくださいな、今、お茶とお菓子をお持ちしますので…」
   「へえ、待たせて貰います」
 
 三太でも分かる高級なお茶をよばれ、金鍔(きんつば)を頬張っているところに、新平が一人で戻ってきた。
   「あ、親分いらっしゃい」
   「新平、元気が無いやないか、どうしたんや」
   「若旦那さまのことが気がかりで…」
   「政吉さんがどうかしたのか?」
   「いいや、寄るところがあるから、先に帰ってくれと、どこかへ行ってしまいました」
   「そんなもん、政吉さんは大人やさかい、何処かへ寄ることもあるのやろ」
   「いつもなら、ちゃんと行き先を言って、旦那様や奥様に伝えるようにおおせつかるのですが…」
   「ははぁん、それは女のとこへ行かはったのやろ」
   「親分じゃあるまいし」
   「こら新平、わいが何時女のところへ行った、仮に行ったとして、子供のわいに何ができる」
   「おっ母ちゃんに甘えるみたいなふりして、お乳をモミモミ」
   「どついたろか、わいを変態みたいに言いやがって」
   「一度もしませんでしたか?」
   「しました」

 
 その頃、政吉は大江戸一家の卯之吉に会いに行っていた。
   「卯之さん、京極一家の貸元の噂が耳に入っていませんか?」
   「入っていないが、どうしやした」
   「身体が弱っているそうですので、もしや病に臥しているのでは無いかと思いまして」
   「そうか、京極一家の貸元は、政吉の育ての親だからな」
   「へえ、そうどす、昨夜の夢見が悪かったので、胸騒ぎがして…」
   「よし、わかった、わしからご機嫌伺いの手紙を出してみよう」
   「有難うございます」

 七日後、京極一家から大江戸一家に返事が来た。やはり京極一家の貸元は、床に伏して明日をも知れぬ病で、「豚松に会いたい」と譫言(うわごと)のように言っているのだそうである。
 
 豚松とは、政吉が京極一家に育てられている頃に呼ばれていた渾名(あだ)で、政吉は役者のような男ぶりだが、今でも少々太り気味である。

 知らせを聞いて、政吉は涙を零した。飛んで行って、せめて看病なとしてやりたいと思うのだが、一ヶ月近くも店を実の両親に任せるのも心許ない。政吉は亥之吉に相談することにした。
 
 
   「政吉、行きましょ、貸元はお前の育ての親や、わいも貸元にはお世話になっとります」
 政吉を探して旅を続けていた頃とは違い、最近の両親はめっきり弱くなった。そんな二人と小僧一人に店を任せて旅に出ることは出来ないと、政吉は迷っているのだ。
   「それなら三太を貸しましょ、政吉が留守の間、用心棒とお店の手伝いをさせるのだす」
   「三太はまだ子供どす、用心棒になりますか?」
   「なりますか? とは何だす、わいの指南で三太は強くなっています」
   「へえ、いろいろ手柄は聞いております」
   「そうでっしゃろ、わいが保証します」


 亥之吉と政吉は、「せめて貸元の息がある間に」と、旅支度をして急ぎ旅に出た。

   「わい、また貸三太や」
 ぶつぶつ言いながらも、三太はよく働いた。新平は客の応対を、三太は裏方の仕事を熟(こな)し、菊菱屋政衛門に「頼もしい」と、まで言わしめた。


 その深夜、菊菱屋の戸が叩かれた。新平が戸を開けようと寝床を出たのを、三太が止めた。
   「こんな夜更けに客がくるなんて可怪しい、わいに任せておけ」
 三太が戸口に立った。
   「へえ、何方ですやろ」
   「俺だ、政吉だ」
 若旦那の政吉は、自分のことを「俺」とは言わない。それに政吉は京言葉を使う。
   「忘れ物を取りに帰った、早くここを開けなさい」
 三太は試してやろうと思った。
   「若旦那さまでしたか、今、開けます」
   「早くしろ」
   「ところで若旦那、とり決めた合言葉を言っておくなはれ、狐」
 声の主は考えこんでいるらしい。
   「遊んでいる場合ではない、早く開けないか」
   「狐」
   「稲荷」
 合言葉など決めてはいなかったが、男はでたらめを答えた。その間に守護霊の新三郎が外へ出た。
   『どうやら、盗賊のようです』
 若旦那が旅に出て、夫婦と子供が二人しか居ないことを、賊はよく知っているようだ。三太は奥の部屋に戻ると、旦那夫婦と新平を蔵に隠れるように指示すると、天秤棒を持って、戸口に立った。
   「若旦那、今、開けます」
 三太が潜戸のつっぱり棒を外すと、がらっと戸が開けられ五人の賊が傾れ込んできた。真っ先に入ってきた賊は、いきなり三太を庇った。
   『三太、あっしは新三郎です』
 賊の一人に新三郎が憑いたのだ。三太と新三郎の奮闘で、四人の賊は縄で縛られてしまった。
   「わいが番屋へ行ってきます」
   「三太、その前にあっしを縛ってくだせえ、あっしが抜けるとこの男、凶暴になりやす」
 男を縛り上げると、三太に戻った新三郎と共に、闇の中を突っ走っていった。

 
  第二回 政吉の育ての親(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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