雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第十四回 三太辰吉殴り込み

2015-05-11 | 長編小説
 嘗てのチビ三太、天秤棒を武具とする池田の亥之吉の一番弟子、三太が又八の実家に着いた。小さな田畑に囲まれたあばら家である。牛小屋は無く、鶏や兎を飼っていたようであるが、食ってしまったのか籠や小屋はもぬけのからである。
母屋の戸はピッタリと締められ、空き家のように静まり返っている。三太は戸を叩いてみたが返事は無い。
   「もし、お蔦さんはおいでですか?」
 人の気配はない。もしや殺された、それとも夜逃げでもしたのかと、三太は心配になってきた。
   「わいは怪しい者ではおまへん、又八さんの友達です」
 又八という名に反応して、「カサッ」と音がしたように思えた。
   「わいは、江戸の福島屋という店の番頭です、又八さんに頼まれてやって来ました」
 やはり反応はない。
   「失礼して、開けさせて貰いまっせ」
 戸は支え棒が効いていて開かない。なお力を込めて開けようとしたら、「カラン」と音がして支え棒が倒れた。戸を開けて中に入ると、男が飛び出してきて、いきなり平伏した。
   「堪忍してください、どうぞ娘を連れて行かないでください」
 男は、お蔦の父親のようであった。父親に続いて、お蔦が決心したように顔を見せた。
   「お父さん、もういいのです、私は親分さんの妾になります」
   「何を言うのだ、お前には伝六という末を誓った男がいるではないか」
   「捨てられました、弟が盗人だと知らされたとたんに、冷たくされるようになったのです」
   「又八は、貧乏に負けてやくざにこそ身を窶したが、他人の物を盗むような子ではない」父親が三太に訴えた。
   「きっと何かの間違いです、信じてやってくださいと何度も頼みましたが、もう口も利いてくれないどころか、逢ってもくれなくなりました」お蔦が溜息を一つついた。
   「そうか、お前はもう諦めるのか」
   「はい、親分さんの妾になって、弟を代官所に突き出さないように頼みます」
   「そうか、お前も不憫な娘だ、不甲斐ない父を許しておくれ」
 母親の忍び泣きが、嗚咽にかわった。
   「親分のお使いの方、どうぞ娘を連れて行ってください」
   「違う、違う、お蔦さんを連れにきた使いの者やなくて、助けに来たのです」
   「本当に又八の友達ですか」
   「まだ一回しか会っていないので、友達言うのは嘘ですけど、旅先で又八さんの命を護っている辰吉という男が、わいの師匠の息子ですわ」
   「又八は、命を狙われていますのか?」
   「そうですがな、狙っているのが彦根一家の親分でっせ」
   「それは何故です?」
 三太は、親分の企みを全て話して聞かせた。
   「そやけど安心しとくなはれ、辰吉がしっかり護っています、辰吉は師匠の息子だけあって、腕も度胸も備わった強い男です、」
 男は三太の言葉を聞いて安心したようであった。三太はお蔦の顔をみて、その中々の美形に惚れたのか、雄弁になってきた。
   「お蔦さんは、わいがしっかり護ります、任せておいてください、やくざの五人や六人が束になってかかってきても、この棒一本で叩きのめしてやります」
 天秤棒を見せた。家の中でなかったら、ブンブン振り回して見せたところだろう。
   「それに、代官なんか怖くはおまへん、わいには上田藩や亀山藩や神戸藩に知り合いがいます、亀山藩は藩主と知り合いですわ」
 しっかり虎の威を借りるところなどは、師匠の亥之吉譲りというところか。

 彦根一家に脅されて表に出られず、ろくに食べ物を口にしていないのではないかと、途中の旅籠で作ってもらった塩結びをお蔦と両親の前に差し出すと、「その通りです」と、涙ながらに頬張った。
 又八たちが戻って来るまでに、三太は食べ物を買い込みに出て行った。いつ彦根一家の子分たちが来るか知れないので遠くまでは行けず、近所の農家を回って米と味噌を買い込んできた。

 その日の夕刻、案の定四人の子分たちがやってきた。
   「お蔦、親分がもう待てないと言っていなさる、まだ嫌だというのなら、又八を代官所に訴え出て、お縄にしてもらうそうだ」
 そうなれば、又八は二百両を盗んだ罪で捕らえられ、磔獄門(はりつけごくもん)の刑に処せられると、脅しにかかっている。
   「言うことは、それだけか?」
 裏に居た三太が表に周り、子分達の後ろから声をかけた。
   「誰でぇ、てめぇは」
   「わいか、わいはお蔦ちゃんの許嫁や」
   「嘘をつけ、お前なんか見たことねぇぞ」
   「たった今、言い交わしたのや、なぁお蔦」
 お蔦が頷いた。
   「それ見ろ、嘘なものか」
   「お蔦は、うちの親分の女だ、どこの馬の骨かわからん奴に渡せるものか」
   「そうか、それならここ二・三日中に、親分に挨拶に行くわ、帰って親分に言っとけ」
   「バカぬかせ、これが黙って引き返せるものか、生意気な口が叩けぬようにしてやろうぜ」
 四人は、手に、手に匕首を握り、切っ先を三太に向けた。
   「わいを怒らせたら、痛い目に遭うで」
   「煩せぇ、黙らせてやる」
 一人の男が三太の懐に飛び込もうとした時、三太は二歩飛び下がって男の右上腕を打ち据えた。男は「ひーっ」と悲鳴を上げて、匕首をその場に落し、ふらふらっと蹌踉めきながら五・六歩下がってしゃがみ込んだ。
   「次、誰や?」
 三太は三人の男を見回したが、匕首を突き付けているものの、飛び込んでくる様子はなかった。
   「じゃまくさいから、三人一遍にかかってきやがれ」
 三太は六尺棒を頭上高くで回転させた。
   「憶えておけ」
 三人の男は、捨て台詞を残して走り去った。上腕を打たれてしゃがみこんでいた男も、落とした匕首を拾うと、三人の男たちに続いた。


 辰吉たちは三太に遅れて、二日後の昼前に戻ってきた。才太郎も痛みに耐えて、意外と元気な
顔をしている。辰吉の励ましと手当が、功を奏しているようである。
   「遅かったやないか、何を愚図々々しておったのや」
   「ここ何日か月夜だったから、兄ぃは夜駆けしたのだろ」
   「まぁな」
   「それでお蔦さんは無事だったのか?」
   「ああ、今、畑に野菜を採りに行っている」
   「独りでか?」
   「ああ、すぐ近くやさかい、大丈夫やろ」
 三太ともあろう者が何と迂闊なと、辰吉は腹がたった。慌てて飛び出そうとした辰吉を三太が止めた。
   「坊っちゃん、この縁側に来て寝転んでみなはれ」
   「何?」
   「お蔦ちゃんが菜を摘んでいるのがよく見えていまっせ」
 別に寝転ばなくでも、まる見えである。
   「本当だ、良かった」
   「今なぁ、又八さんのおっ母さんが、昼餉の支度をしてくれている、飯食ったら昼から殴りこみや、又八さん、覚悟しときや」
   「へぇ、有難うごぜぇます」

 昨日、三太の立ち回りを見た所為か、縁側から見えるお蔦の顔に安堵の笑みさえ窺える。
   「おーい、姉さん」
 又八が縁側から叫んだ。
   「又八、無事で良かった」
 三太から聞いていたので、もう心配はしていなかったようである。

   「又八さん、行くで」
 才太郎をお蔦と両親に預け、三太の掛け声に、三太、又八、辰吉の順に並んで家をでた。

 三人が彦根一家を目指していると、家の陰、木の陰、石灯籠の陰と、三人を見張っている者が二・三人見え隠れしている。
   「彦根一家の三下やな」
 三太が気付いて呟いた。
   「見るのやないで、知らんふりして歩け」
 その三下風の男の一人が、駈け出していった。一家に知らせに行ったようだ。

   「親分、来やしたぜ」
   「そうか、何人だ」
   「へぃ、又八を入れで三人です」
   「何だ、たった三人か、準備するまでも無いな、用心棒の先生に任せておこう」
 二人の浪人が親分に呼ばれて、何やら耳打ちされていた。
   「よし、分かり申した、任せておきなさい」
   「これは酒代です、三人共殺ってくだせぇ、後始末は子分どもにさせます」
  途中まで出て、又八たちを迎え討つらしい。二人の浪人は、小走りで出て行った。

   「止まれ!」
 三太達の前に、二人の浪人者が立ち塞がった。
   「何や? 何者ですかいな」
   「お前らに恨みを持つものではない、金で頼まれ申した、ここで死んで貰う」
   「嫌やと言ったら?」
   「嫌も糞もない」
 浪人二人が刀を抜いて構えた。
   「何や、たいした使い手でもなさそうやなぁ」
   「何をぬかすか、この若造が」
 一人の浪人が刀を両手で持って、三太をめがけて飛び込んで来たのをヒョイと交わして天秤棒で尻を思い切りビタンと叩かれると、浪人は及び腰で前に五・六歩進み、ベタンと前に倒れた。
   「わっ、カッコ悪い倒れ方や」
 嘲笑う三太に、もう一人の浪人が斬りかかったが、後ろから辰吉の棒で尻を突かれて、これもベタンと倒れた。
   「のびた蛙みたいや」
 嘲笑われて頭にきたのか、二人は立ち上がって落とした刀を拾うと、離れて立つ三太と辰吉に、それぞれ刃を向けた。三太は自分に向かってきた浪人の刃を横に交わすと、辰吉に刃を向けている浪人の後ろから頭をポコンと叩いた。辰吉は三太に叩かれて怯んでいる浪人を交わすと、三太に向い空振りをした浪人の後ろから頭をポコン。二人の浪人は、その場に座り込み、刀を置いて頭を擦っている。

   「おっさん達、まだかかってくるか?」
   「すばしこい猿め、手古摺らしやがって」
   「かかってくるのなら早く立て、今度は手心加えへん、利き腕の骨を砕いてやる」
   「若造だと思い油断しただけだ、お前らこそ念仏でも唱えておけ」
   「やめとき、腕の骨を折られたら、もう用心棒は出来へんで」
   「喧しい」
   「そんな弱い腕で用心棒なんかしていたら、直ぐに殺されて川に捨てられるわ」
   「そうだろうか」
  何とあっさり三太に乗せられている。
   「そらそうや、腕の骨を折られてから考えても、後のまつりや」
   「わしらに、どうしろと言うのだ」
   「あのな、わい京極一家に馴染みがありますねん、あそこへ行って池田の亥之吉の一の子分、三太さんに聞いて来たと言えば、あんじょうしてくれはります」
   「子分になるのか?」
   「清水一家の大政さんも、元お侍さんです」
   「そうか、行ってみるか」
 もう一人の浪人は、「なぁ」と同意を求められて「うん、うん」と、頷いている。


   「三太兄ぃ、口達者だなぁ、丸め込んでしまった」
 浪人達と別れて、彦根一家に向かいながら、辰吉が呟いた。
   「ほんまに腕の骨を折ってやろうと思ったのやが、その後あのおっさん達はどうやって生きて行くのかと考えたら、哀れに思えて来たんや」

 またも、彦根一家の三下が、見え隠れに様子を伺っていたが、全部走り去って行った。親分にご注進というところだろう。
   「次は、どんな手を打って来るやろ」
   「大勢を集めて、一斉に襲ってくるかも知れない」
 さすがの辰吉も、少々ビビっているように見える。
   「辰吉坊ちゃん、気が付かなかったか?」
   「何を?」
   「新さん居るか?」
 辰吉が新さんに呼びかけているようだが、応答がない様子である。
   「ほれ、新さん居ないやろ」
   「うん」
   「あの三下の誰かに憑いて行ったのや」

  第十四回 三太辰吉殴り込み  -続く-  (原稿用紙15枚)

  「第十五回 ちゃっかり三太」へ


最新の画像もっと見る