雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第三十八回 貸し三太、四十文

2014-09-23 | 長編小説
   「もしもし、お子達のお父様でいらっしゃいますか?」

 原の宿場を通り過ぎて沼津の宿に近づいたあたりであろうか、年の頃なら二十五・六、色の白い、ややぽっちゃりとした武家の奥方と思しき女が、襟足の解れ毛に何とも言えない色香を漂わせて亥之吉に近付いてきた。
   「へえ、まあそういったところでおます」
   「お父様に折り入ってお願いがございます」
   「どうぞ、何なりと…」
 亥之吉は鼻の下を伸ばしている。
   「お子を一人、わたくしに貸して頂けませんでしょうか?」
   「へ、貸すのですか? 鼠でも捕らせるのでおますか?」
   「わいらは猫か!」
 三太がつっこんできた。
   「いえ、そうではありません」
   「わいは江戸京橋銀座で商いをしています福島屋亥之吉でおますが、あんさんは何方でおます?」
   「申し遅れました、わたくしは沼津藩士、矢崎虎之介の妻、朱鷺(とき)と申します」
   「その御新造さんが町人の子供に何のご用だす」
   「ほんのちょっとで宜しいので、わたくしの実の母にお顔を見せて頂きたいのです」
 話を訊いてみると、お朱鷺は男の子を産んで小虎と名付けたが、三歳の時に流行病にかかって死んだ。最近実家の母が、分別が付かなくなり、ただ孫「小虎の顔が見たい」と駄々を捏ねるようになってしまった。今で言う「痴呆症」であろうか。

   「わかりました、お貸ししましょう」
   「なんでやねん、簡単にお貸ししましょうやなんて、いつ返してもらえるかわからんのに」
 三太は乗気ではないらしい。
   「いえいえ、母に会ってもらったら、直ぐにでもお返ししましょう」
   「そうだすか、ではこの三太をお貸ししましょう」
   「お代金は如何程?」
   「半刻程度でしたら五十文、その後は半刻ごとに百文頂きます」
   「わいの値段なんか、その程度だすか?」
 三太は不服そうである。
   「高いですか? では半刻四十文と半刻すぎる毎に八十文におまけしましょう」
   「誰も、値切ったりしてないやないか」

 沼津の城下町から少し離れたところにあるお朱鷺の実家は、立派な武家屋敷で、父が亡くなり、お朱鷺の兄が跡目を継いで、この人も沼津藩士である。この家の主は、嫁を娶ったのが少し遅くて、まだ内孫が居ない。その所為もあってお朱鷺の母親は外孫ではあるが初孫の小虎に逢いたがるのだろう。
   
   「母上、小虎を連れて参りましたよ」
   「おお、そうかそうか、どれどんなにか大きくなったことでしょう」
   「お祖母様、小虎でおます… じゃなかった… 小虎です」
   「おや、立派に挨拶が出来ました、賢そうな子になりましたねえ」
   「いい子だ、いい子だ」と、祖母は三太の頭を撫でた。
   「今夜は、この婆と一緒に寝ましょうね」
 三太とお朱鷺は「ギクッ」とした。
   「母上、三太は今夜お友達のお屋敷にお呼ばれしています、久しぶりの再会ですので行かせてやってくださいな」
   「そうか、それでは仕方がないのう」
 祖母は残念そうに言ったが、はっと気付いたように、
   「この婆も一緒に行って、ご挨拶をしましょう」
 またまた、「ギクッ」である。
   「男の子同士、つのる話も有りましょう、一人で行かせてやってくださいな」
   「そうかい、婆は邪魔かい」
 祖母は納得したようであったが、そうではなかった。

 三太は、お朱鷺からこっそり四十文を渡された。
   「嘘ですよ、あれは親父の冗談だす、銭なんか要りません」
 三太は外で待たせてあったコン太を懐に入れると、さっさと屋敷を出た。

   「おっ、三太、早かったなあ」
 亥之吉と新平が待っているところまで来ると。後ろからお朱鷺が追いかけてきた。
   「母が三太さんを追って屋敷を出たのですが、お見かけしませんでしたか?」
   「いえ、見ておりまへん、それはえらいことだす」
 こちらへ来ていないということは、反対側の道を行ったということになる。反対側の道の向こうには、池がある。池の傍を歩いて、眩暈でもすれば池に落ちてしまう。
   「反対側の道には、義姉(あね)が走りました、今頃母を見つけて連れ戻ったことでしょう」
 と、言いつつも、お朱鷺は焦っていた。自分が母を騙した為に、母を死なせでもしたら兄に申し訳がたたないのだ。
   「では、御免ください、急いで戻ってみます」
 別れを告げて、お朱鷺は走って戻っていったが、亥之吉たちも心配であった。
   「見届けようか」
 亥之吉がぽつんと言った。
   「へえ、心配だす」
   「おいらも心配です」
 三人は駈け出し、お朱鷺の後を追った。

 屋敷の前まで来ると、お朱鷺が屋敷から飛び出してきた。
   「まだ母も義姉も帰っていません、使用人も母を探して屋敷をでたようです」
 屋敷の中には、女中が二人残っているようであった。
   「物騒だから、三太と新平はお屋敷をお護りしなさい、わいはお朱鷺さんとお母さんを探してくる」  
 
 三太と新平は、亥之吉を見送ると、二人でこそこそ話している。
   「旦那様は、美人とみるとデレデレしとる、他人の奥様なのに」
   「根がスケベなのですね」
   「しゃあない、わいらは鼠でも捕ろうか」
   「もういいよ、親分の貸出は終わったのだから」
   「そうだすか、ではコン太にご飯でも食べさせてやるか」
 お屋敷の門の前で、コン太に餌を与えていたら、亥之吉達が行った方向から駕籠が走ってきた。三太は新平が連れ去られた時のことを思い出したが、まさかお婆さんを拐かすなんてことはないだろうと見過ごした。

 しばらくして、亥之吉が汗をかいて戻ってきた。
   「あかん、おれへん、池に落ちたのかも知れん」
   「今、向こうから駕籠が来たけど、旦那様、会いませんでしたか?」
   「いや、気が付きまへんでした」
 三太は新三郎に話しかけた。
   「新さん、どう思います、あの駕籠が怪しいとおもいまへんか?」
 新三郎の返事がない。
   「新さん、どうしたんや?」
 居ない。今まで新三郎が三太に何も言わずに居なくなることは一度も無かった。
   「もしもしー、新さん居ないのですか?」
 やはり、居なくなったようだ。
   「わいとこも、えらいこっちゃ」
   「どうしたのや?」と、亥之吉。
   「守護霊の新さんが消えた」
 三太は泣きべそをかいた。
   「わい、まだ新さんが必要や、戻ってきてくれー」
 亥之吉が来たから、自分はもう三太にとって必要でないと思ったのか、新三郎は消えた。

   
   「もしや…」
 亥之吉は、自分の左掌を右手の拳で叩いた。
   「あの駕籠が怪しいと思うて、駕籠かきに憑いていったのかもしれへん」
 

 駕籠舁きは、ひと気のないところで駕籠を止め、簾を上げた。老婆が手足を縛られ、猿轡をされている。
   「婆さん、悪かったなあ、もう暫く我慢をしてくれよ」
 言いつつも、猿轡だけを外した。
   「わしをどうする気だ」
 気丈に、駕籠舁を睨みつけた。
   「婆さんは、あの大きなお屋敷の人だろ、身代金を百両盗ってやるのよ」
   「わしの命は、たった百両か?」
   「それなら、あのお屋敷の主は、いくらだせる?」
   「大事な母親だ、息子は五百両でも出す筈だ」
   「そうか、それなら五百両出せと言ってやる」
 老婆は高笑いをして言った。
   「ところで、お前たち、字は書けるのか?」
   「そうか、書けないから代書屋で書いて貰う」
   「馬鹿たれ、そんなことをしたら、直ぐに手が回って、お前らは打首だ」
   「ひゃあ、そうか、どうしょう」
   「わしの縄を解け、わしが書いてやる」
   「えっ、本当か? それは助かる」
 駕籠舁は、老婆の手足を縛っていた縄を解いた。老婆は若いころ俳句を嗜んでいた所為で、いつも腰に矢立を下げていた。その矢立を取ると、懐紙にすらすらと文字を書いた。
   「それ、書いてやったぞ、これをどうやって屋敷に届ける」
   「それは簡単でやす、俺が一っ走り行ってきまさあね」
 駕籠舁の一人が、老婆から文を受け取ろうとしたところ。老婆はその手を取って肩に担ぎ、男を宙に浮かせると、そのまま「どっ」と、地上に投げ飛ばした。
   「うひゃー。この婆、なんて強い…」
 もう一人の駕籠舁が驚いて尻もちをついた。老婆はその男を後ろに倒すと、裾をまくって馬乗りになった。
   「婆だと侮りやがって、これでも武士の妻、身を守る技はまだまだ健在だぞ」
 男の顔を平手打ちで三発くらわした。
   「わしの息子は沼津藩の吟味方与力でのう、お前達は捕えられて打首になる運命なのじゃ」
 駕籠舁の男たちは驚いた。
   「ひえーっ、どうぞご勘弁を…」
   「お屋敷までお送りします、どうか許してくだせえ」

 駕籠は矢崎虎之介の屋敷に着いた。門前ではお朱鷺や使用人、亥之吉と三太、新平が思案の最中であった。
   「ご老人が町で彷徨(うろつ)いていましたのでお連れしました」
   「あらま、ご親切な駕籠屋さん、有難う御座います、心配していましたのよ」
 調子の良い駕籠屋、いけしゃあしゃあと、
   「何の、何の、わしらは商売ですから、お乗りいただいて喜んでおります」
   「お駕籠賃は如何程で…」
   「へい、百五十文です」
   「そう、有難う、これはご親切のお礼も入れて一朱、酒代にでもしてくださいな」
   「いやあ、これは、これは有難う御座います」
 駕籠屋は、お金を受け取ると、頭を下げてそそくさと帰っていった。

   「新さんはどこへ行ったのや?」
 三太が落ち込んでいる。
   「どこへも行きはしないですぜ、新三郎はここに…」

 三太は、「わっ」と、喜んだ。
   「わいを捨てて、極楽浄土へ戻ってしまったのかと思った」

 駕籠から下ろされて佇んでいた老婆は、訳がわからないらしく「キョトン」としている。
   「母上、どこへ行こうとしていたのです」
   「小虎を迎えに行ったのだが、途中で気を失ったらしく… それよりも、何故か肩と腰が痛くて…」

 新三郎が働かせ過ぎたらしいと、三太は思った。

  第三十八回 貸し三太、四十文(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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