雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十四回 遠州灘の海盗

2014-07-26 | 長編小説
 新居宿から舞坂宿までの二里は、帆船(ほふね)で渡る「今切の渡し」である。船に乗り込んだ三太と新平は、景色を見ていると船酔いをするので、仰向(あおむ)に寝そべっても人に踏まれない船首に陣取った。陽が当たるので尻に敷く菰(こも)をそれぞれ頭から掛けた。
 気持ちよくなって、まどろんでいると「がつん」と、船が何かに突き当たった。船客の悲鳴が起り、女の泣き声が混じった。
 どうやら、船と船が衝突したらしい。相手の船から、男が二人三太たちの乗った船に飛び移り、一人がいき成り抜刀した。もう一人は、笊(ざる)を船客たちの前に置いた。
   「有り金をここへ入れろ、後で調べて隠していると分かれば斬る」
   「どうか、命は助けてください」
 船客は、財布、巾着などを笊に放り込む。
   「私は泳げません、どうか船を沈めないでください」
   「どうか、命ばかりは…」
 どうやらこの海盗、持ち金を吐き出させると、最後に船を横倒しにして悠々と遠州灘に引き上げていくらしい。それを人から聞いて知っている船客が幾人か居て、ヒソヒソ話している。
 
 三太が起き上がり、財布や巾着が入れられた笊に近寄ると、海盗の一人が怒鳴りつけた。
   「子供は退いていろ、邪魔だ」

 それでも三太が近付くと、男が三太の首根っこを掴んで、船首に追い遣ろうとした。
   「こら、悪党! わいを甘く見るな」
   「煩せえ、これは海賊ごっこをしているのではないぞ、おとなしくしていろ」
 三太は、頭を拳骨で「こつん」と、殴られた。
   「痛っ、やりやがったな」  
 言うが早いか、三太は男の股間を後ろ蹴りにしようとしたが、男の足が長くて届かなかった。仕方が無いので足の甲を踏みつけると、男は気を失ってしまった。明らかに新三郎の仕業である。
   「このガキ、仲間に何をしてくれた?」
 今度は前向きだったので、見事男の金的を蹴り上げた。
   「痛え!」
 この男も気を失って倒れた。いくら金的に命中したからと言って、三太ごときの力で気を失うわけが無い。やはり新三郎が倒したのである。
 それを見ていた三人目の男が乗り込んできた。
   「このガキ、大人二人を倒しやがって、お前は化け物か?」
 三太は、舌をべろべろと出して見せた・
   「バーカ」
 男は怒って、三太を掴まえ、湖に投げ込もうと迫ってきた。その時、男は平衡を崩し、よろけたところを三太が尻を蹴飛ばすと、倒れる体を船縁で支えようとしたが、手が滑って頭から湖水に落ちてしまった。
 三太は、笊に入れられた財布などを甲板にバラ撒くと、笊を海盗船に投げ入れた。
   「心配せんでもええ、自分の財布を早く仕舞って」
 船客達は、三太の働きを見ていたから、恐怖心は薄らいだようである。夫々の自分の持ち物を探して懐に収めた。
 
 三太は、やおら着物を脱ぎ、胴巻き、巾着ともに新平に託すと、海盗船が近寄るのを待って飛び移った。
   「わいが、退治してやる、かかって来い!」
   「何を小癪な」
 海盗は後二人である。強がっているが、明らかに動揺している。
   「どうしたんや、わいが恐ろしいか」
 怖気付いてはいるが、刀を持っていることが勇気の後押しをしたのか、三太に斬りかかってきた。だが、剣の先が三太に届く前に、気を失ってぶっ倒れた。残りの一人が、先程海に落ちた男を船上に引き上げようとしている。三太はその後ろに回って、背中を蹴って湖面に落とした。二人が水に浮いているうちに、三太は櫓(ろ)を流し、倒れている海盗の剣を奪い、船の帆綱を切り、落ちてきた穂を切り取って湖面に捨てた。

 三太は水に飛び込むと、抜き手を切ってと言いたいが、可愛く蛙泳ぎでスイスイと渡し船を追った。もし、上空から三太の泳ぎを見たら、ほんとうの蛙に見えたであろう。
 海盗の船は、暫く同じ場所で漂っていたが、やがてゆっくりと海を目指して動き始めた。その動きを不審に思った関所の役人が目を付けた。どうやら、手配中の海盗であったような…。


 三太は船に着いた。船客の二人の男が三太の腕を持って船に引き上げてくれた。一瞬の静寂があって、一人が三太に拍手を送ると、それに釣られて皆が手を叩いた。
   「小さいのに、強かった」
   「すごい子供だ」
   「わしは泳げないから、もうだめだと思った」
   「わたいもだす」
 船客たちが喜びの声を立てている傍で、面目なさげに座り込んでいる浪人がいる。誰もが当たらず障らずそれとなく蔑視している。三太が浪人の傍へ進み出た。
   「兄ちゃん、腹が減って元気がないのか?」
   「面目ない」
   「ほな、今朝旅籠で用意してもろた握り飯やる」
   「お前の昼飯が無くなるだろう」
   「わいは連れの分を半分こして食べる」
   「そうか、すまんのう」
 昨日の朝から、水しか口にしていないそうである。
   「この船賃払ったら、文無しじゃ」
   「これからどうする積りだす?」
   「そうだなあ、どこかの旅籠で、風呂焚きにでも使ってもらおうかと思っている」
   「お国はどこだす?」
   「信州じゃ」
 新三郎がピクリと反応した。
   「父は小諸藩の勘定方で、糞真面目だけが取り柄の男だったが、上司の悪事を一身に被って切腹して果てた」
 母は、夫の無実を信じてやることが出来ずに、「世間に顔向けが出来ない」と、八歳の自分を残して自害したのだという。その後は、父の友人の屋敷に使用人として住み込み、真面目に懸命に働いたが、十五歳の時に主人の金をくすねたと濡れ衣を着せられ、たった二朱を与えられて放り出された。
 今日、二十二歳になるまでは、山家の爺に拾われて薪売りをしていたが、その爺も昨年の暮れに死んだ。
   「自分一人くらいは、何をしても食っていけると思ったのだが…」   
 浪人は、急に黙ってしまった。
   「お兄ちゃん、わいは三太、この子は新平だす、江戸へ行って棒術を習い、強い男になります」
   「俺は素浪人山村堅太郎だ、希望のあるお前たちが羨ましいよ」
   「どこかの藩に仕官しないのですか?」
   「小諸藩を追放された身で、忠臣、二君に仕えずの風潮のなか、その望みは浜の真砂から一粒の砂金を見つけるに等しい」
   「では、父上の無実の罪を晴らして、小諸藩に返り咲けばええと思う」
   「そんなにあっさり言わないでくれよ、十四年も前のことだぜ、藩主も上司も代替わりしている」
   「きっと事実を知っている者が居ると思うが」
   「小諸のことは、夢のまた夢だ、目を閉じると優しかった父と母の面影が浮かぶ」

 話をしていると、船が対岸の舞阪宿に着いた。船客全員が集まって、三太に礼を言った。
   「わいは三太だす、またどこかで逢ったら、宜しくおたのみ申します」
   「親分、何を名前売っているの」
   「そやけど、何処で逢うかわからへん」
   「出会ったら只で泊めて貰って、娘と一緒の布団で寝かせて貰うのだろ」
   「新平、よく分かるようになったなあ」
   「すけぺ」

 山村堅太郎は、このまま別れる訳にはいかない。なにしろ無一文なのだから何とかしてやらねばならないと三太は思っている。

   「山村さん、博打はするのか?」
   「いや、一度もやったことはない」
   「ほな、一度だけやってみようや」
   「元手が無い」
   「わいの一両が元手や」
 どうやら、博打好きの新三郎の入れ知恵らしい。とにかく三人で腹ごしらえをして、四里の道を歩き浜松宿まで来た。三太と新平もしっかり歩いたので、浜松で旅籠をとったときは、まだ陽が射していた。
   「女将さん、この辺りに賭場はあるかい?」
 山村に尋ねさせた。
   「はい、少し離れていますが、ございます」
   「そうか、では泊めて貰おう」
   「へーい、三人さまお泊りー」
   「父子なので、部屋は一つで宜しい」
   「承知しました」

 草鞋を脱ぎ、脚盥で土を落としてもらうと、明るい部屋に通された。食事が来るまでに一風呂浴びて綿密に打ち合わせをした。
   「わいを膝に座らせて勝負が出来るとええのやが、引き離されたら山村さんの心に呼びかける」
 試しに、新三郎が山村に移り話しかけた。
   「どうや、分かるやろ」
 山村は驚いた。三太が山村から離れても意思が伝わって来る。やはりこの子は、只者ではないと恐怖さえ感じた。
   「勝って帰ろうとしたら、差しで勝負しようと言ってくる、これは必ずいかさまなので、わいが言う通りにしてや」
 山村は神妙な顔付きで頷いた。
   「飯食ったら出かける、新平は旅籠で待っていてや」
   「おいらも行く、親分と新さんがやられて帰らなかったら、おいらどうすればいいのか分からない」
   「新平、考えてみいや、わいは殺されるかも知れんが、新さんは殺されることはない」
   「あ、本当だ、おいらのところへ戻ってくれるのか?」
   「そうや」
   「それなら、行っていらしゃい」
   「現金なやつ」

 賭場は、荒れ寺の本堂であった。一畳程の盆布のど真ん中に壷振りが片膝ついて座り、その真向かいに中盆がどっかと胡坐をかいている。客はもう詰まっていて、盆布の周りを取り囲んでいた。
   「遊ばせて貰うぜ」
 子供を連れた浪人が入って来た。
   「へい、いらっしゃい」
 三下がコマ札の交換係を案内した。暫く待っていると、場所が開いたので山村がそこに座り、三太を膝に座らせた。
 
 賽コロが振られ、中盆の「はった、はった」の掛け声に、客が丁半に別れてコマをはる。三太は山村の指を二本掴んだので、「丁」にはった。
   「グッピンの丁」
 山村の前にコマが寄せられた。一両を全部賭けたので、二両になった。
   「かぶります」
 賽が振られて、三太が指を一本握ったので、「半」にはると、
   「しぞうの半」
 あっと言う間に、山村に十六が両転がり込んできた。
   「そろそろ、止めさせてもらおうか」
 金に換えようとすると、中堅が寄ってきた。
   「お侍さん、ついていますなあ、最後にわしとそれ全部賭けて差しでやりませんかい?」
   「そうか、よしやろう」
 差しで勝負は、賽一個を三回振って、丁か半かを先に二度当てると勝ちになる。ただ、ツボを開くときのツボ振りの手つきが怪しい、ツボを被せた時には、賽はツボ振りの手の中に納まっており、ツボの中は空っぽだ。賽はツボを開くときに押し込まれるので、出目はツボ振りの思うが侭になる。
   「気が散るので、子供さんは離れて貰えますか」
 案の定、ツボ振りは三太を離しにかかった。
   「三太、父ちゃん勝負するからそっちに座っておとなしく待っていなさい」
   「うん」
 三太は山村から離れた。
 一回目の賽が振られた。三太(実は新三郎)から「半」と意思が届いたので、「半」に張った。ツボを開くと六の目で、丁であった。ツボ振りはにんまり笑った。

  第二十四回 遠州灘の海盗(終) -次回に続く-  (原稿用紙15枚)

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