雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第四回 与力殺人事件

2014-10-23 | 長編小説
 江戸は神田の明神前、今日も大旦那が臥せているので、三太と新平が店番をしている。客は主に娘さんたちで、櫛、簪、帯留め、根付、手提げ袋、財布など、小物を扱っている。

   「若旦那はお留守なの?」
 また、若旦那の政吉目的の客らしい。
   「若旦那は旅に出ています」
   「あらそう、新平ちゃんが一人でお店番ですか?」
   「店の隅で居眠りしている三太さんと二人どす」
   「ほんとうだ、黒いのが暗い隅にいるので気付かなかったわ」
 三太が目を覚ました。
   「黒いのって、わいのこと黒猫みたいにいうな」
   「まあ、起こしてしまったわ、ごめんね」
 三太は、不機嫌になった。
   「大切にしていた根付を無くしてしまったの、母の形見だったのに残念でしかたない」
 新平が、「それなら」と、三太を紹介した。
   「三太さんは霊能占いができはるのどす、失せ物が見つかるかも知れません」
   「本当ですか、是非お願いします」
 三太はふて腐っている。
   『新平の顔を立てて、占ってあげましょうよ』
 新三郎に言われて、しぶしぶその気になった。
   「ところで新平、根付って何?」
   「帯飾りで、小物入れなどを帯にぶら下げるための留め具でもあるのです」
   「ふーん」
 三太、気のない返事。新三郎が女に憑き、記憶を手繰った。その間、三太は黙って目を瞑っていたが、やがて新三郎が戻り三太に伝えた。三太は目を開き女の目を見ていった。
   「お姉さん、最近お見合いをしましたやろ」
   「はい、お断りしましたけど」
   「その折に、桜小紋の着物を着ましたね」
 三太にズバリ当てられて、たかが子供の占いと、侮っていた女は驚いた。
   「はい」
   「お屋敷に戻り、その着物の畳紙(たとうがみ)を調べてみなさい、根付はその中に紛れ込んでいます」
   「えっ、本当ですか」
 女は喜んで帰って行った。
   「根付ひとつ売り損ねたけれど、お母さんの形見が見つかってよかった」
 新平は、自分の提案が誇らしげであった。
   

 京橋銀座の福島屋亥之吉のお店を、北町奉行所の長坂清三郎という中年の与力が訪ねていた。長坂は、佐貫三太郎とは知り合いで、その三太郎と同じ霊術を使う三太という小僧が福島屋に居ると耳にして、もしや三太郎の兄弟ではないかと思い立ち寄ってみたのだ。
 店の番頭らしい男が気の毒そうに言った。
   「申し訳ありません、三太はただいま神田明神さんの門前、菊菱屋の手伝いに行っております」
   「左様で御座るか、三太は東海道中で色々と手柄を立てた少年と聞き及び、是非会っておきたいと思い、やって来た」
   「しばらくはこちらへ戻りませんので、宜しかったら神田の方へお足をお運び頂けませんでしょうか」
   「わかった、そうしよう、邪魔をしたな」
   「いえいえ、滅相も御座いません」

 長坂清三郎は、神田の菊菱屋に足を運んだ。
   「お武家様、いらっしゃいませ」
 新平が丁重にお辞儀をした。
   「いや、お店の客ではない、その方に会いに来たのだ」
   「えっ、おいらですか?」
   「そちは三太であろう」
   「あっ、違います、あちらに居るのが三太です」
   「わいが三太だす」
 座っていた三太が顔を上げて、長坂を見上げた。
   「店の手伝いに来た割には、暇そうにしておるのう」
   「わいは、用心棒だす」
   「なるほど、強そうでござるな」
   「もしやそなたは信州上田藩の佐貫三太郎という御仁を知って御座るかな?」
   「へえ、三太郎さんは、わいの先生佐貫鷹之助さんの兄上だす」
   「やはり何らかの繋がりがあったのか」
   「そやけど、三太郎さんは佐貫ではなく、今は緒方三太郎という蘭方医だす」
   「そうか、三太の奴め、また名前が変わったのか」
 江戸は長屋の三太から、二代目能見数馬に変わり、二代目佐貫三太郎を経て緒方三太郎と、諸事情があって改名してきたのだ。
   「ところで、お侍さんはどなたさまですか?」
   「申し遅れた、拙者は北町奉行所与力、長坂清三郎と申し、三太郎殿には色々助けられたのだ」
   「今日はどのようなご用でいらっしゃいました?」
   「ことの起こりは、一ヶ月程まえに拙者の後輩与力が、町中(まちなか)で斬り殺されたのだ」
   「どのような訳だす?」
   「それが謎なのだ、彼奴(きゃつ)は腕が立つ若者で、辻斬りに斬られるような男ではなかった」
 男は新免一之進という若侍で、父親譲りの桐生一刀流の使い手であった。父親が病死したあと、家督を継いで与力になり日も浅い。その男の後ろから袈裟懸で一刀のもとに斬られていた。長坂は、一之進が油断する程の親しい人物に違いないと語っていた。一之進は、他人に恨まれるような男ではない。部下の同心に対しても、決して偉ぶることもなく、敬語を以って接していた。
   「一之進さんが死んで得をする人は居ますか?」
   「腹違いの弟はまだ子供だが、兄のことを気遣う優しい男だ」
   「その他には?」
   「叔父が居るが、叔父もまた与力で、一之進を気遣って色々と教えておった」
   「損得でなく、恨みでも物盗りの仕業でもないとなると、誰かと間違えられて斬られたのかも知れまへん?」
   「それも考え難い」
   「それでは、一之進さんが何らかの不正か事件を目撃したのだすやろ」
   「そう言えば、一之進は殺される前に、何事か悩んでいたような気がする」
   「長坂さん、それですよ、何かを目撃したが、親しい間柄であった為に訴えることが出来ずに悩んでいたのでしょう」
 よし、犯人を炙りだしてやろうと三太は思ったが、自分は菊菱屋の用心棒である。この店を離れることは出来ない。そこで長坂清三郎に、三太は何事か耳打ちすると、長坂は頷いて帰っていった。


 長坂は北町奉行所に戻ると、与力や同心を集めて三太という少年の話をした。三太は霊を呼び寄せて話が出来る霊能力を持っている。自分は初代の霊能力者とは知り合いで、その人の助けを借りて数々の事件を解決してきた。その二代目が三太である。三太も然りで、不思議な力を持っている。自分はこの三太の霊能力を借りて新免一之進を斬った下手人を突き止めようと思う。
 新免は何らかの秘密を知った為に斬られたに相違ない。その秘密を新免の霊から聞き出して、下手人とその秘密を明らかにする。
 三太という少年は、神田明神門前の菊菱屋に居るが、店の主が留守の間、用心棒の為に店から離れることが出来ない。あと数日もすれば主(あるじ)が戻るので、犯人探しをさせる。

 長坂清三郎は、部下や同僚から絶大な信用を得ている人物で、奉行も一目置いている。その長坂が言うことなので、絵空事ではあるまいと、噂が広がった。


 その夜、長坂は一旦屋敷に戻ると、岡っ引きの仙一を連れて、こっそりと菊菱屋へやって来た。仙一もまた、三太という名を聞いて、初代の三太を懐かしんでいるようだ。

 夜更けて、菊菱屋の戸が叩かれた。
   「三太は居るか? 拙者で御座る、長坂清三郎だ」
   「へえ、三太です、今頃何のご用で?」
   「三太に刺客が差し向けられたようなので、護衛に参った」
   「本当に長坂清三郎様ですか?」
   「そうだ、お前と問答している暇はない、すぐ開けなさい」
   「へえ、只今開けます」
 三太が閂を外すと、賊の手で戸がガラッと開けられた。賊は刀の抜身を上段に構えて三太に斬りかかった。三太は身軽に飛び退くと、後ろに長坂清三郎が立っていた。
   「そうか、そなたが下手人であったか」
 長坂の名を語った賊は、年番方の下で働く同心、進藤勘助であった。
   「新免一之進を斬ったのは、お主であろう」
 進藤は剣を振り翳し、長坂に斬りつけた。長坂は剣で受け止めたが、若い同心の力に押され気味であった。
   「わいが三太や」
 三太が叫ぶと、進藤がチラッと三太を見た。その隙をついて、長坂が渾身の力を込めて進藤を押すと、進藤の剣は長坂の剣を離れた。そこに三太の天秤棒が、ピシリと進藤の腕を打ちのめした。
 進藤は、「あっ」と声を上げて怯んだ隙を、長坂が剣の峰で進藤の肩を打ち据えた。そこへ目明し仙一が飛び込み、縄をかけた。

 同心の進藤は、恐らく上司の命で新免一之進を斬ったのであろう。進藤は奉行所で裁かれたが、上司である年番方は、評定所で調べられることになった。いずれは不正が明らかになり、処分がくだされるだろう。

 その前に、進藤は斬首刑になった。

  第四回 与力殺人事件(終) -次回に続く- (原稿用紙12枚)

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「第四回 与力殺人事件」へ
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「第九回 卯之吉の災難」へ
「第十回 兄、定吉の仇討ち」へ
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