雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十七回 ここ掘れコンコン

2014-08-04 | 長編小説
 掛川の城下町を横目に見て、日坂宿に入った。立派な事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)がある。どうやら、お祭りの準備が始まっているらしい。気の早い鼈甲飴の出店が、子供を集めている。
 少し本殿から離れたところで、二つの人垣ができている。炙り出し売りと蝦蟇の油売りである。見るからに胡散臭い、喋り上手のおやじが、客を集めている。

   「さあ、霊験あらたかなるこの一枚の真っ白な紙に、神様に教わりたいことを書いて火で炙ると、あら不思議、神様のお答えが文字で顕れるよ」
 香具師(やし)は三枚の紙を出して、「さあ、試してみたい者は居ないか」と、客を見渡す。待っていましたとばかり三人の男が手を上げた。遅れて三太も「はい」と、手を上げたが、子供は駄目だと撥ねられた。
 懐のコン太が、何事かと目を覚まして頭を出した。体を反らして三太の顔を見上げたが、三太が怒っている様子も、怖れている様子もなかったので、安心して頭を引っ込めた。

   「この紙の右端に、神様に伺いたいことを書いてわしに返してくれ」
 三人の内一人が、「おいらは字が書けねえ」と返そうとすると、香具師は、
   「わしが書いてやるから、言いなさい」
 男は何やらコソコソ言っていたが、香具師が達筆でサラサラっと書いた。他の二人が書き終るのを待って、香具師は三枚の紙を客に見せた。

   「では、神様に伺ってみよう」
 と、一枚目の紙に書かれた文字を読み上げた。
   「俺の嫁さんになる女は、どこの誰か?」
 香具師は、厳かに紙を蝋燭の火で炙った。
   「まだ、当分現れず」と、黒々と表われた文字を読み上げて周りの客に見せると笑いが起きた。
   「まだ、神様さえ分からないそうだ、がっかりせずに自分で見つけなさい」男はなさけなそうな顔をして首を竦めた。

 次の紙を手に取った。
   「嚊のへそくりは、何処に隠してあるか?」
 香具師は、これを書いた男を咎めるように言った。
   「お前さん、了見が悪いや、嚊のへそくりで女郎買いに行こうという魂胆だろうが」
   「違う、違う、ちょっと博打で稼いで、倍返ししてやろうと思いまして」
   「さようか、了見が良いのか悪いのかよく分からんが、神様に伺ってみよう」
 紙を炙ると、文字が表れた。
   「釜戸の横の、水瓶の下に隠しておるそうだ、くれぐれも女房を泣かしなさんなよ、さもないと神罰が下るぞ」」
 書いた男は、これ見よがしに文字が表われた紙をヒラヒラさせながら、喜んで帰って行った。

   三枚目は、「これは深刻だ、女房が居なくなったそうだ」
 紙を炙ってみると、表れた文字は、
   「お前の女房は、駆け込み寺へ逃げた、手遅れなり」
 男は、泣きそうな顔をして、帰っていった。

   「一枚、百文じゃが、今日は八幡様のお祭りにより、たった三十文でお分けする」
 客は、わしも、おれも、と、買い求めて帰って行った。三太も買おうと巾着袋から三十文を出そうとしたが、新三郎が止めた。
   「あれは、インチキですぜ、炙ると出る文字は、予め酢で書いてあったもので、試した三人の男は さくら と言って香具師の仲間です」
   「なんや、それでお伺いとお答えがぴったりと合うのか」
 三太と新平は、ひとつ勉強をしたようである。

 そのすぐ横手では、武士の仇討ちのように襷と鉢巻をした男が刀をキラつかせて客を集め、口上を聞かせている。
   「さあ、お立会い、取り出したるこの長刀、見ての通りよく切れる代物…」
 懐より和紙を一枚取り出した。
   「一枚が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、十六枚が三十二枚…」
 最後は紙吹雪となって、上に撒き散らした。
   「大根もこの通り、すっぱり切れるよお立会い」
 当たり前だが、その切り口の綺麗なこと。
   「抜けば玉散る氷の刃、この抜き身を素手で握ってみせよう、だが、慌てなさるな」
 香具師は懐から蛤を取り出した。
   「このまま刃を素手で掴めば、掌に刃が食い込んで血が滴るのは当たり前」
 香具師はぴったり閉じた蛤を抉じ開けると、練り油のようなものを見せた。
   「これが、筑波山は中禅寺の光誉上人が作り上げた陣中薬、蝦蟇の油だよ」
 蝦蟇は蝦蟇でも前足の指が四本、後ろ足が六本と言う四六の蝦蟇、筑波山中に棲息する四六の蝦蟇に鏡を見せると、己が姿に驚いて、タラリタラリと脂汗を流す。それを集めた蟾酥(せんそ)らしいとされるが、蟾酥は現代でも医薬品として扱われている漢方薬である。
   「さあ、お立会い、この蝦蟇の油を掌にチョンと付けて延ばしておく」
 その手で刃を握り締め、おまけにその拳を客に力任せに縛らせた。
   「これで刀を抜き取って見せる」
 香具師は、大仰に気合とも唸りともつかぬ大声を張り上げて刀をスーッと抜き去った。    
   「さあ、お立会い、切れてなかったら蝦蟇の油の威力だ」
 拳を結んでいた紐を解くと、まとめて懐に押し込んだ。
   「さて、手を開いてみよう」
 香具師は、ゆっくりゆっくり掌を開いていった。
   「これ、この通り、切り傷どころか擦れた痕もないよ、お立会い」
 客は、「わあーっ」と感嘆の声を上げる。

   「それだけではない、お立会い、今からこの刀で拙者の前腕に傷を付けてみよう」
 言うが早いか、前腕の内側に刀の刃を当てた。そのまま刀をスーッと滑らせると血が噴出した。香具師はすぐさま腕を曲げて出血を止めるように傷口を隠し、刀を置いて蝦蟇の油を人差し指にたっぷりと付けた。
   「傷口に蝦蟇の油を塗って十を数える間だけ待ってくれ」
 香具師は十を数えると手拭いを取り出し傷口を拭くと、
   「これこの通り、たちどころに傷は治って元通り」
 客は「やんや」の喝采。
   「一つ二百文だ、ちょっと高いがゆるしてくれ、大阪夏冬の陣で使われた有名な救急薬だ」
 値段が高いということも、蝦蟇の油がよく効くように思わせる一因でもある。
   「一つおくれ」
   「わしも…」
 客が客を釣り、蝦蟇の油もよく売れていた。

 
   「新さん、さっき切った傷が消えている」
   「これは、どちらも手妻(てづま=手品)です」
   「手妻なの?」
   「最初のは、鉛で作ったコの字形の物を手に隠し持って、握るときに刃に被せてから握ったのです」
   「そうか、刃は鉛を滑っていたのか」
   「次の手妻の種は、一寸(いっすん=3㎝)程に切った魚の腸の一方を糸で括り、紅を水で溶いたのを入れてもう一方も糸で括った物を用意しておき、腕を切ると見せかけてこれを潰していたのです」
   「へー、すごい手妻の腕だすなあ」
   「そうですねぇ」
   「蝦蟇の油は偽物だすか?」
   「本物の蟾酥は、高価な漢方薬ですから、二百文やそこらで買えません、牛脂か何かで作った偽物でしょう」
   「なーんや」

 結局、鼈甲飴を一つずつ買い、八幡さまにお参りして神社を後にした。
   
 
 暫く歩くと、コン太が「くぅん」と鳴いた。
   「コン太どうした? お腹が空いたのか」
 三太の懐から出たがっているようだ。下ろしてやると、街道脇の空き地に転がるように飛んで行った
。「くんくん」と、嗅ぎながら空き地の端にいくと、やおら後ろ足で土を掘りはじめた。
   「何か、ここ掘れワンワンをしている」
   「親分、もしかしたら、宝物を見つけたのかもしれません」
   「そうか、大判小判がザクザク出てきたら、わいら大金持ちや」
   「それはいけないよ、お上に届けなければ」
   「一両くらいやったら、コン太のご飯代に貰ってもええやろ」
 コン太は突然穴掘りをやめると、クルッと後ろを向いて「何を見ているのだ」という顔をして三太達を見た。
   「何? 一緒に掘れというのか?」
 コン太は、三太の目を見ながら、「ぷりぷりっ」と、ウンチを垂れ、後ろ足で穴を埋めた。
   「ちっ、あほらし」
   「だけど、行儀が良いじゃないですか」
   「そやなあ、おっ母ちゃんの躾がよかったのやろ」

 コン太は、脇に流れる浅い小川に飛び込んだ、水の中で転がっている。どうやら体を洗っているらしい。三太は農道に落ちていた荒縄で束子を作り、コン太の体を擦ってやると、気持ちよさそうにおとなしくじっとしていた。
   「おまけに、コン太はわい等よりも綺麗好きみたいや」
 三太は濡れたコン太の体を拭いてやろうとしたが、コン太は体をブルブル震わせて、水滴を飛ばしている。勢いがよすぎて後ろ足が宙に浮き、その反動で腰が砕けても、懸命に水滴を飛ばし続ける。ようやく得心すると、行儀よく座って三太を見上げ、抱き上げてくれるのを待っている。
   「まだ濡れているからあかん」
 ちっとは歩かせてやろうと、三太が行きかけてもコン太は座って待ち続けた。
   「コン太、早くおいで」
 コン太は動かない。三太が見えなくなってもコン太はきちんと座ったままである。
   「あいつ、強情張りやなぁ」
 三太は根負けして戻ってみると、コン太は山の方に体を向けて、やはり座っている。近付いてみると、何やら悲しげに忍び音を漏らしている。
   「コン太、どうした、おっ母ちゃんや兄弟が恋しいのか?」
 その三太の声に、振り向いて嬉しそうに飛んできた。
   「わいがコン太を躾けようと思うているのに、わいがコン太に躾けられているみたいや」
 コン太は満足そうに、三太の懐に収まった。


 ここからは、東海道の三大難所の一つとされる「小夜の中山」という峠にさしかかる。
   「コン太、お前知っていたのか? それで歩こうとしなかったのやろ」
 コン太は懐から体を出し、背伸びをして三太の顎を舐めた。
   「人間の世界には笑って誤魔化すって言うのがあるけど、コン太は舐めて誤魔化すのやなあ」

 鈴鹿峠は馬の背で越えたが、この峠は自分の足で越えようと、三太と新平は話し合った。

  第二十七回 ここ掘れコンコン(終)-次回に続く- (原稿用紙14枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ


最新の画像もっと見る