雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第十二回 辰吉に憑いた怨霊

2015-04-06 | 長編小説
 一足先に行った見知らぬ男と又八と才太郎を、辰吉とお駿が追い掛けたが、どこまで行っても待っている様子がなかった。見知らぬ男には、辰吉の守護霊新三郎が乗り移っているので心配はしていないが…。
   「あいつら、どこで待つつもりだろうか」
   「私らが気付かずに追い越してしまったのではありませんか?」
   「そうかも知れません」

 暫く様子を見ようと路端で休憩をしていると、二人を付けてきた訳でもなかろうが、縞の合羽に三度笠の男が声を掛けてきた。
   「旅人さんたち、どちらへ行かれるのです?」
   「加賀の国は小松まで、このお内儀を送って行きます」
   「先程から見ておりますと、お連れさんと逸(はぐ)れなすったようですね」
   「そうなのですよ、男ばかりの三人ですが、独りは背負われた子供です」
   「やはりそうか、その三人連れなら、四丁ばかり手前の'御宿すずめ'に子供と若い衆を預けて、男が一人血相変えて今来た道を引き返していきやした」

 そう言って暫くお俊をみていたが、はたと気が付いたように男が言った。
   「もしや姐さん、新太郎兄貴の女将さんじゃござんせんか?」
   「えっ、お前さん新太郎をご存知かぇ」
   「そうか、どこかで見たようだと思っていましたが、お俊さんでしたか」
   「それで、新太郎とはどこで…、新太郎は何処へ行くと言っていましたか?」
   「へい、兄貴には長浜で命を助けて貰いました、当てはないが江戸へでも行ってみようかと言っていました」
   「どこで新太郎と知り合ったのですか?」
   「姐さん、あっしですよ、兄貴の弟分です」
   「そう言えば、新太郎が可愛がっていた子供が居たねぇ」
   「それがあっしです、粟生の松吉です」
   「何年か前に家を飛び出して、上方へ行ったと新太郎から聞いております」
   「上方へ行くつもりが、持ち金を掏摸に盗られて野垂れ死に寸前に、長浜一家に拾われて子分にして貰いやした」

 子分と言っても下働き同然で扱き使われていたのだが、隣の一家の縄張りで堅気衆から銭を脅し盗ったと濡れ衣を着せられて私刑(リンチ)に遭った。長浜一家からは「恥曝し」と罵られ、見放された。
 松吉は、隣の一家の者たちに簀巻きにされて重石を付けられ、琵琶湖に沈められようとしているところに、葦原で野宿をしていた新太郎に助けられたのであった。
   「姐さん、こちらの兄さんは連れを探しに行かれるようですので、あっしが姐さんを小松まで送りましょう」
 お俊は、少し考えたが、思い切るように言った。
   「松吉さん、ちょっと待っておくれ、わたしは小松へ戻るのを一年延ばそうとおもいます」
   「どうされるのですか?」
   「江戸へ行きます、江戸へ言って亭主の新太郎を探します」

 会ってどうなるものではない。体を奪われ、体を売り、汚れてしまった自分は新太郎の女房に納まろうとは思わない。一目会って自分を捨てた恨みを一言いって、思い切り新太郎の頬をぶっ飛ばしたい。そして泣いて涙が涸れたなら、新太郎から三行半(離縁状)を受け取り、小松へ戻ってささやかな小料理屋でもやって独り生きていくと、お俊は語った。
   「松吉さんはどうするつもりですか?」
   「やくざはこりごりなので、小松へ帰ろうと思っていたのですが、姐さんさえよかったら、江戸まで付いて行って、兄貴捜しのお手伝いがしとうござんす」
   「松吉さん、ありがとう」

 ふたりの話を黙って聞いていた辰吉は、松吉の情を好ましく思った。ひょっとしたらこの二人、落ち着くところへ落ち着くのかも知れないと思ったのだ。
   「これでお俊さんのことは安心だ、俺は連れのところへ戻ろう」
   「辰吉さん、ありがとうございました、ひとまず小松へ戻って今後のことを考えます」
 お俊が頭を下げた。
   「お俊さんのことは、あっしが護ります」
 又八の言葉に、辰吉はにっこり笑って頷き、今来た道を'御宿すずめ'目指して戻っていった。


   「辰吉兄ぃ、心配しやした」
 又八が気を揉んでいたらしい。
   「才太郎を背負ってくれた男はどうした?」
   「辰吉兄ぃを心配して、姐さんを助けたところへ戻りました」

 新三郎はどうしたのだろう。ここで待っていれば戻ってくるのだろうか。辰吉は居ても立ってもおれず、宿を飛び出して行こうとしたが、新三郎が止めた。
   「なんだ、新さんここに居たのかい」
   『才太郎の中にね』
   「あの男はどうしてお俊さんを助けたところへ戻って行ったの?」
   『いや、あの男は京へ向かっていたらしい、わしは何故こっちへ歩いてきたのだと首を捻っていたよ』
   「あのね…」
 せめて、加賀、越中、越後方面へ行く人に憑いてほしいと、才太郎を背負わせた男に申し訳ないと思う辰吉だった。

 
 ここは大坂。お絹の父親である福島屋の隠居善兵衛がニコニコしていた。
   「そうか、いよいよお絹と亥之吉が孫たちを連れて大坂へ帰ってくるのか」
 福島屋圭太郎の妻お幸が、善兵衛の肩を揉みながら言った。
   「大旦那さま、大坂にもう一軒福島屋が誕生しますねぇ」
 大旦那は満足そうではあるが、不安材料もあるらしい。
   「亥之吉はしっかり者やが、女にだらしないところがあるから心配や」
   「誰がそんな告げ口をしたのです?」
   「お絹や、お絹が手紙に書いておった」
   「豪傑色を好むと言いますから、仕方がないことなのでしょうね」
   「あいつ、豪傑か?」
   「天秤棒を持たせたら、強いのでしょ」
   「まあな、そやけど、弱点もあるのやで」
   「何です?」
   「あのな、あいつが偉そうにしていたら、これを思い出し」
   「亥之吉さんは偉そうになんかしませんけれど」
   「あいつ、お化けが恐いのや」
   「へっ、お化けとは、一つ目小僧とか、ろくろ首ですか?」
   「そうや、そやから一人で旅に出ても、すぐに連れをつくりよる」
   「あはは、いい歳をして…」
   「なっ、おもろいヤツやろ」
   「へい」

 今朝も旅籠を出て、辰吉が才太郎を背負っているが、ものの一里も歩くと音を上げるのである。新三郎が気を利かせたのか、茶店の床几にどっかと腰を下ろした初老の男が辰吉を呼び止めた。
   「新さん、もっと若いのを捕まえてよ、お爺さんじゃないか」
 辰吉は、つい口に出してしまった。初老の男が「むっ」としている。
   「誰がお爺さんじゃ、子供を背負っているお前、ここへ来て座りなさい」
 男は易者らしく、筮竹を手に持っている。
   「お前には、怨霊が憑依しておる」
   「ええっ、怨霊ですか」
 辰吉は大袈裟に驚いてみせた。
   「間もなく、怨霊にとり殺されるであろう」
   「嫌だ、まだ為すべきことがある、死ぬわけにはいかにいのだ」
   「さもあろう、まだ若いからのう」
   「二十歳にもなっていないのだ、女も知らないし」
   「それは不憫じゃ、拙者が一両で除霊してやろう」
   「お侍さんは八卦見だけではなくて、霊媒師でもあるのですか?」
   「さよう、儂には霊が見えるのじゃ」
   「その怨霊は、男ですか、女ですか?」
   「女じゃ、おぬしは女を斬り捨てての兇状旅であろう」
   「ななな、なんと…」
   「図星であろう」
   「一両で俺の命が助かるのですか?」
   「そうじゃ、たったの一両で助かるのだ、安かろう」
 辰吉は懐の財布から一両を取り出して易者に渡すと、易者はなにやら怪しげな祈祷をした。
   「どうだ、背中の荷を下ろしたようであろう」
   「いいえ、まだ荷を背負っているようです」

 新三郎が不服そうである。
   『何でこんなヤツに一両も渡した』
   「路銀を使い果たして困っていたのでしょう」
   『あっしのことを、怨霊と言いよった』
   「あれは口から出任せで、新さんのことをいったのではないのでしょう」
   『辰吉、お金の無駄遣いをしてはいけない、騙されたふりをして一両ドブに捨てたのも同然だろう』
   「人助け、人助け」
   『辰吉はそれで気分が良いかも知れないが、これに味をしめて、また善良な旅人を騙すじゃないか』
   「そうかなぁ」
 
 易者が辰吉の背負っている才太郎を自分が背負って行ってやろうと言ってきた。
   「新さん、新さん、あれっ居ない、やはり易者に憑いたな」

   第十二回 辰吉に憑いた怨霊 -続く-  (原稿用紙11枚)

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