雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十一回 弱い者苛め

2014-07-14 | 長編小説
 間もなく藤川の宿場町に入らんとしたとき、子供の人だかりがあり、怒号が聞こえる。少し街道をそれた民家の外れだったが、野次馬根性に負けて三太と新平は覗きにいった。十歳前後の大勢の子供に囲まれて、三太たちと変わらない年齢の子供がしゃがみ込んで泣いている。
   「何だ、ただの苛めか」
   「親分、ただの苛めは無いでしょう、あの子、泣いて謝っているのに小突きまわされています」
   「うん、助けてやらんといかんな」
 三太が子供の人垣を分けて入った。
   「訳は知らんが、大勢で一人を泣かすなんて、感心できん」
 ガキ大将みたいなのが、三太の襟を掴まえた。
   「なんだ、このチビ、生意気な格好しやがって、訳も知らずに出しゃばってくるな」
   「正当な訳があるのなら、言ってみなはれ、納得したら、黙って立ち去る」
   「チビの癖に、偉そうな口をたたきやがって、お前から先にとっちめてやる」
 ガキ大将が、三太に平手打ちをした。
   「やりやがったな、訳は言わんでも、わいをどついたことでお前らが悪いのが分かった」
   「やれ!}
 ガキ大将が他のものに指図した。ガキどもは腰に差した竹や棒切れを抜き、一斉に三太に向けた。
   「わいをただのチビやと甘く見るなよ、わいには神通力があるのや」
 ガキどもの中から、嗤いが起こった。
   「神通力だと、ばかばかしい」
 三太は、あれを見ろと指さした。そこには、今まで威張っていたガキ大将が、ベソをかいている。
   「どうしたのだ」
   「手と足が動かない」と、ガキ大将。ガキ共も怯んだ。
   「本当だ、このチビ神通力を使うようだ」
 手足が動かない演技をしているのは新三郎だということは、三太には分かっていた。
   「さあ、次は誰を懲らしめてやろうか」
   「待ってください」
 三太に待ったをかけたのは、苛められていた子だった。
   「おいらが悪いのです」
   「ほう、どんな悪さをしたのや?」
   「はい、寺子屋の前で立ち聞きをしました」
   「勉強しているところをか?」
   「そうです、先生達の話を聞いて、勉強していました」
   「勉強がしたかったのやな」
   「はい、でもおいらの家は貧しいので、束脩(入学金)や謝儀(月謝)などとても払えません」
   「そうだったのか、それでお前達、先生が苛めて来いと指図したのか?」
 一人の生徒が答えた。
   「苛めて来いとは言いませんが、ふてえガキだと罵りました」
   「ケツの穴の小さい先生や、わいが通っていた塾藩の先生はなぁ、金が払えない家の子供にも、やさしく声をかけて、金を取らずに勉強を教えていたぞ」
 鷹之助先生は、お金が払えない子の親が、大根一本でも持ってきてくれたら、大喜びして礼をいっていた。それに引き換え、立ち聞きしたからと生徒達に虐めを教唆するなど、とんでもない先生だ。三太は、佐貫鷹之助先生の人柄が恋しくなった。
 
   「よし、先生に会ってやる、案内してくれ」
   「やめてください、またおいらが泣かされるだけです、もう立ち聞きしませんから、勘弁してください」
   「わいは三太です、お前は?」
   「弥助です」
   「弥助おいで、先生がどんなヤツか見るだけや、行こう」
   「話を荒立てないでくださいよ、おいらもおっ母さんに叱られます」
   「よっしゃ、わかった」

 弥助に案内させて、寺子屋にやって来た。
   「あそこに座っているのが先生です」
   「浪人のようだすな」
   「そうです」
 話している間に、新三郎が浪人にのり移った。ほんの暫くして戻って来た新三郎は怒っていた。
   「あいつ、とんでもない男ですぜ」
 聞けば、盗賊の仲間だそうである。二ヶ月前にこの藩領にやって来て、寺子屋を開いた。教え方が上手いと評判になり、主に商家の子供を優先に入れて、親達にも好評判の指導者であった。
 読み書き算盤だけに収まらず、社会勉強と称して、建築や商売の仕組みなども学ばせて、家の間取り図などを生徒に描かせ、上手く描いた生徒には、成績の上位を与えた。
 
   「その間取り図を見て、大きなお店だけを残して。他は捨てたのですぜ」
   「そんな物、どうするのです?」 
   「主人や使用人の寝所まで描かせて、これを仲間の盗賊に渡すのです」
   「悪いやつやなあ、もうどこか襲われたのですか?」
   「この藩領では、まだのようですが、今夜にもお勤めをするらしいです」
   「的は?」
   「あのガキ大将の店で、造り酒屋の加賀屋です」
   「よっしゃ、代官所に訴えて、岡崎城の与力にも伝えて貰う」
 
 ことは秘密裏に進められた。代官所に訴えると、「三太」の活躍をよく知っている人がいて、疑うことなく手筈を進めてくれた。
   「近隣の藩の商家で、盗賊に襲われて一家皆殺しに遭っている、この集団であろう」
 このことは岡崎城にも知らされ、奉行職を代行する与力も加わって、夕暮れを待ち加賀屋に結集した。お店の主人や、使用人たちは物置蔵に非難させ、役人たちがそれぞれの寝所で待機した。

 深夜過ぎ、盗賊はお店(たな)の前に集まると、難なく潜り戸の付いた戸板ごと外し、盗賊が雪崩れ込んだ。
 盗賊どもは抜刀し、迷うことなく主人の寝所に踏み込んだ。
   「待っていたぞ、盗賊ども、神妙にお縄を頂戴しろ」
   「誰か漏らしやがったな」
 盗賊の頭が叫んだ。
   「馬鹿め、うぬらが間抜けなのだ」
   「糞っ」
 盗賊どもは、一人残らず捕縛された。その中には、寺子屋の先生も混じっていた。

 
   「三太、よく知らせてくれた、礼を言うぞ、それにしてもよく分かったものだ」
 与力が三太に礼をいった。加賀屋の店主も出てきて頭を下げた。
   「命拾いをしました、ありがとう御座いました、お礼を用意しました、どうぞお受け取りを」
   「お礼なんて要りません、それよりお侍さんと旦那さん、この弥助は頭が良い子のようだす、この子に勉強させてやってくれませんか、きっと大人になったら、藩の役に立つ識者になると思います」
 三太はそれだけ言うと、新平を促して、とっとと戻っていった。弥助は、いつまでも三太達を見送り、頭を深く下げていた。
 
 その後の弥助のことは、某武家の養子になり、藩学の師範として活躍したが、三太たちにはそれを知る由もなかった。

  
 藤川の宿に入ったが、まだ日は高い。三太と新平は次の赤坂の宿まで行くことにした。もちろん、赤坂が娼婦の町であるから、心が逸ったと言う訳ではない。多分。
 
 都都逸(どどいつ)の文句がある。「御油や赤坂、吉田が無けりゃ、なんのよしみで江戸通い」然(さ)したる楽しみもない道中で、飯盛り女との一夜が、男達の楽しみであったのだ。

 何故か足取りも軽く歩いている三太を呼び止めた人がいた、ボロ布を纏い、木根の杖を持った痩せ細った老人である。
   「三太、こっちへ来なさい」
   「えっ、何でわいの名前を知っとるのや」
   「わしは死に神じゃ、三太は寿命が尽きかかっておる」
   「あほらし、こんなに元気で、ピチピチしとるのに、何で寿命が尽きかかっとるのや」
   「知らない、わしは天上の偉い神様に命じられてきたのじゃ」
   「おかしいなあ、あっ、もしかしたら命じたのは武佐能海尊のおっさん違うか?」
   「それは言えない」
   「武佐やん、わいにボロカスに言われたから、その腹いせやろ」
   「神が、腹いせなどしない」
   「ほんまかいな、あの武佐やんならやりかねない」

 天上界から、武佐能海尊が降りてきた。
   「何だ、武佐、武佐とわしの名前を出しやがって」
   「わあ、口の悪い神様やなあ」
   「何だ、死に神、どうしたと言うのだ」
   「はい、この三太の寿命が尽きかかりましたので、迎えに来ましたところ、文句たらたら」
   「三太、寿命が尽きたものは仕方が無い、大人しく死に神に従いなされ」
   「何かの間違いですやろ、わいは大きな夢を持って江戸へ向っているのや、それにだいたいおかしいやろ、死に神が昼間にでてくるやなんて」
   「わしも忙しくて、夜だけでは仕事を熟(こな)せんのじゃよ」
   「けったいな死に神やなあ」

 武佐能海尊は、三太が納得するように、天上界で人の命を管理している寿命蝋燭を見せてやろうという。
   「わしに付いて来い、死に神、お前もじゃ」
   「武佐やん、ちょっと待って、新平一人置いて行かれません、一緒に連れて行く」
   
 死に神が我慢できずに三太に言った。
   「この武佐能海尊様はなあ、天上界に身を置く神様ながら、地上に降りて長い間苦行をされた偉い神様じゃぞ」
   「嘘や、天女の水浴びを覗き見しとって、海に落ちて戻り道がわからんようになっただけや」
   「こら三太、ばらすな」

 夥(おびただ)しい数の寿命蝋燭が燃えている管理場に来た。死に神に案内させて三太の蝋燭を見ると、太いながら途中で齧られて折れそうになっている。
   「なんじゃい、わいの蝋燭だけ齧られているやないか、ここに鼠がおるのか?」
   「そうらしい」
   「こら死に神、お前の管理が悪いからやろ、新品の太い蝋燭を持って来い」
   「へい、ただいま…、こんなヤツに命令されるとは…」
 三太が新しい蝋燭に火を移そうとしたら、「ジュジュジュ」と、消えかかる。
   「何や、この蝋燭、濡れとるやないか」
   「鼠が小便をかけたようじゃのう」
   「わいの命、何やと思っているのや」
   「へい、済みません、ではこちらの濡れていない蝋燭を」
   「おいこら死に神、知っていて態(わざ)とやったのやろ」
   「どうして、こんなチビにぽんぽん言われなきゃならんのだ、わしは神様じゃぞ」
   「お前がしっかり管理してないからやないか」
 武佐やんも死に神に注意をした。   
   「鼠は駆除しておけよ」
   「わかりました、どうもすみません」
 三太は自分の太い新品の蝋燭が燃えるのを見て満足した。
   「ついでに、新平の蝋燭も新品に替えてくれ」
   「へいへい、特別にそうさせてもらいます」
   「それから、わいのお父っつあんとおっ母はんと、二番目と三番目のお兄ちゃんの蝋燭と…」
   「こら三太、調子に乗るな!」
 武佐やんが止めた。

  第二十一回 弱い者苛め(終) ―次回に続く―  (原稿用紙14枚)

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