雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十回 お嬢さんは狐憑き

2014-08-19 | 長編小説
 コン太は、三太の前に座り、三太の顔を見て「くぅん」と甘えて鳴いた。
   「あかん、懐に入れたら寝てしまうやろ」
 昼間は寝かせないようにしなければ夜が煩い。コン太を置いて発とうとすると、コン太がピクンと何かを感じたようであった。首を上に伸ばして、耳を動かしている。
   「コン太、どうした?」
 再び三太の顔を見ると、農道を山裾に向けて走り出した。時々止まっては振り返り三太を見て、付いてきているのを確認すると、また駆け出した。
   「コン太、早く走れるのやなあ、ちょっと休憩や」
 コン太が戻ってきて、三太の着物の裾を噛んで引っ張る。
   「休憩もさせへんのか、これでうんこするだけやったら怒るで」
 だが、三太の耳にも「ケィーン」と、狐の仲間を呼ぶ鳴き声が聞こえた。

 若い狐が罠にかかっていた。金具に足を挟まれて、逃げようと暴れていたが、暴れる程に金具は足の傷を広げていた。
 罠にかかった狐にコン太が近付くと、狐は白く尖った歯を剥いて寄せ付けなかった。三太が近付くと暴れまわり、手の打ちようがない。
 コン太は、若い狐の前にきちんと座り、暫くの間「クウンクウン」と、甘えるように鳴いていると、若い狐は急に大人しくなった。コン太が近付き、傷口を舐めても、歯を剥かず、暴れもしなくなった。
   「コン太、何を言うたのや?」
 コン太は、三太に何も伝えないが、若い狐を助けてやってくれと言っているようであった。三太は若い狐にそっと近付くと、狐は足を屈めて地上に這いつくばった。
   「そっか、それがお前の服従の姿勢か」
 三太が罠を外してやろうとしたところ、山の方角から男が走り寄ってきた。若い狐は再び暴れだした。
   「こら、わしの罠に掛った狐を盗む気か」
   「いいや、わいは稲荷神や、この子を助けに来た」
   「何が稲荷神だ、コソ泥の癖に」
   「ほんなら、この子を買います、何ぼで売ってくれる?」
   「狐は、二百文で売れるのだ、子供がそんな大金を持っていないだろう」
   「よし、一朱で買って、この子は逃がしてやる、文句はなかろう」
 三太は懐の巾着から一朱銀を一枚取り出して、男に渡した。
   「わかった、売ってやろう、だが手傷を負った狐をお前の手で罠を外してやれるかな」
   「外せるとも、わいは稲荷神やと言うたやろ」
 三太が罠に繋った狐に手を差し出すと、狐は大人しく、為すがままになっている。狐の足を締め付けていた罠を外してやると、小川に連れて行き、傷口を綺麗に洗ってやった。更に、三太の背中の荷物から傷に効く軟膏を取り出して塗ってやった。
   「もう、里へ出て来るなよ、怖い罠が仕掛けられているからな」
 若い狐は、傷ついた方の足を引き摺りながら、山を目掛けて逃げていった。途中一度止まって、後ろを振り返ったが、再び走り始めると、二度と振り向かなかった。
 
 罠を仕掛けた男は、その一部始終を見て首を傾げている。「このガキは、只者ではないな」と、感じたからだ。
   「おっちゃん、無闇に狐を
殺して、祟られんようにしいや」
   「どうすれば、祟られない?」
   「商売やから仕方がないけど、偶には稲荷神社に参ってや」
 男は少し考えていたが、思い切って三太に打ち明けた。
   「わしの田畑は場所が悪くて秋になっても痩せて稔らないところが多いのじゃ」
 一生懸命に働いているのに、年貢を納めれば、家族が食う分にも足りなく、借金が増える。偶に掛かる猪や狐で得た収入で、その借金を返しているのだと言う。

 三太は、どう答えてやろうかと守護霊の新三郎に尋ねてみた。
   「あっしが代わって答えやしょう」
 
 新三郎が、男に語りかけた。
   「おっちゃん、そう言いながらも、猪や狐が捕れて何とかやっていけるから、安心しているのやろ」
 田圃の水が干上がっているところがある。罠に感(かま)けて、草茫々の畑もある。田畑を正念場と考えて、もっと大切にしなさい。稲荷神即ち、御食津神(みけつしん)は、農業の神であり、五穀豊穣のご利益があるとされる神だ。
   「もっと田畑と稲荷神を大切にしなさい」
 それだけ言うと、新平が待っているところへ戻っていった。

   「もう、遅いなあ、何をしていたのです?」
   「罠に繋った狐を助けてきたのや」
   「ふーん」
 コン太が「クゥン」と、甘え鳴きをした。
   「腹が減ったのやな、よし卵を食べさせてやろう」
 旅籠で、少し漆の剥げた椀をコン太の為に貰ってきた。懐に入れて持ち歩くと邪魔になるので、指物大工の工房で穴を開けて貰い、腰に下げている。
 コン太は、喜んで「ペチャペチャ」と、あっと言う間に食べてしまった。
   「よし行こう」
 
 島田宿から藤枝宿までは二里(約8km)である。途中、コン太が疲れて座り込んでしまった。
   「懐へ入れてやるが、寝たらあかんで」
 コン太を懐へ入れてやったが、首を引っ込めると寝てしまうので、頭だけ外に出して、左手で襟を押さえて頭を引っ込ませないようにして歩いた。それでも寝そうになったら、右手でコン太の瞼を開けて、眼に息を吹っ掛けた。
   「がぅ」コン太は、少し怒っている。
 
 歩いていると、男が叫びながら三太たちを追ってきた。
   「お稲荷さん、待ってください」

   「わい等のこと、お稲荷さんやって、稲荷寿司みたいに言いよる」
   「狐連れとるからでしょう」
 男が追いついてきた。
   「どうしたのです?」
   「わしは、島田新田村の村長(むらおさ)の使用人ですが、田吾作にお稲荷さんと逢ったと聞いてとんできました」
   「田吾作さんとは、罠を仕掛けて狐を掴まえようとしていたおっさんですか?」
   「そうそう、あの罰当たりです」
   「何か言っていましたか?」
   「いえ、聞いて欲しいのは、わしの主人のお嬢さんのこってす」
 路肩に座り込んで話を聞くことにした。その間、コン太は草叢へ遊びに行った。

 新田村の村長の娘が元気を無くして、時には錯乱状態になり、ろくに食べる物も食べられず、医者は匙を投げた。霊能力を持つ占い師を呼んで占ってもらったところ、娘には狐の霊が憑いていると言われた。そこで祈祷師を呼び、祈祷をして貰ったが、さっぱり回復は見られず、日に日に衰えていく娘を見て、両親は悩み苦しんでいるという。
   「お稲荷さんの神通力で、狐の霊をお嬢さんから追い出してくだせえ」
 男は、話しながら涙ぐむ程の主人思いである。
   「わかった、会ってみましょう」
 とは言ったものの、また後戻りかと、三太はがっくりだった。それを察知してか、男は言った。
   「お戻りのおりは、駕籠で藤枝あたりまで送らせます」

   「では、お嬢さんに逢いに行きましょ」
   「ご足労ですが、どうか宜しくお願いします」

 村長の屋敷内は、憂いが漂っていた。使いの男が村長に三太を紹介すると、子供と見て一瞬怒った表情をしたが、藁にも縋る思いからであろうか、娘の両親と三人の使用人が立会い、娘に逢わせてくれた。
 娘は、すっかり衰弱していた。痩せ衰え、目だけで三太を迎えた。
   「お嬢さん、わいは三太と言います、こっちは、わいの供で新平だす」
 娘は、頷く元気も無いようであった。
   「お嬢さんに狐の霊が憑いていると言われて除霊に来ました、狐のことなら安心してわい等に任せなはれ」
 娘は、ゆっくりと瞬きをした。これが頷く代わりらしい。
   「今から、お嬢さんの心を読みますが、宜しいですか?」
 またしても、ゆっくりと瞬きをした。

 新三郎が、娘の心を覗きにいった。記憶を辿っていくと、清次郎という名が出てきた。以前、ここの使用人であったが、村長は娘が清次郎に惚れていると分かると、さっさとクビにして、実家に帰らせてしまった。身分が違うという理由だ。
 村長は苗字、帯刀が許されているとは言え、身分は武士ではなく町人である。「何が身分だ」三太は憤りを覚えた。

 三太は両親に尋ねた。
   「最近、狐の襟巻きを手に入れましたやろ」
 お嬢さんが、それをさかんに気にしていたのだ。
   「はい、わしの父が来年還暦なので、贈り物にと買い求めました」
   「元凶はそこにおます、狐の霊は、その襟巻きに憑いてきたのです」
 新三郎からの情報をもとに、三太が即興で作った嘘である。
   「狐の霊は、取り敢えず襟巻きに戻しましょう」
 襟巻きを持ってこさせ、娘の胸元にそっと置いた。
   「狐よ、襟巻きへ帰れ!」
 三太が呪文のように呟いたところ、部屋の隅に座っていた使用人の男がばったり倒れた。新三郎と三太は、「つう」と言えば「かあ」である。三太と新三郎連携の臭い芝居が始まる。
   「あ、狐のヤツ逃げよったな」
 三太は倒れた男のところへ襟巻きを持って行った。
   「こらっ狐、ジタバタするな、わいは御食津神である」
 三太が怒鳴ると、倒れていた使用人が正気に戻り、きょとんとしている。
   「お、戻ったな」
 三太は襟巻きを自分の懐へ仕舞った。懐のコン太が驚いて、懐から逃げ出そうとしたが三太が襟を押さえていたので叶わぬと分かると、縄張りに他の狐が侵入してきたと思ったのか、怒って歯を剥きだした。
   「これ、コン太、怖れなくてもええ、仲間や」
 コン太が大人しくなって、襟巻きのにおいを嗅いでいる。
   「襟巻きは、後ほど霊を追い払ってお返しします」
 今は霊が娘から離れ、落ち着いているが、このままでは又も他の狐の霊に取り憑かれる恐れがあるが、この世の中で娘を霊から護れる男が一人だけいる。三太はそう告げた。
   「それは、誰です?」
   「わいは見たことも逢ったこともない男やが、名前は清次郎と言う」
   「清次郎? あいつが?」
   「そうです、清次郎さんの他には、お嬢さんを護れる人は居りままへん」
 逢ったこともない男の名を出した三太を、どうやら村長は信用する気になったようだ。
   「そうか、清次郎か」
 村長は溜息をついた。
   「お嬢さんの命を助けるには、その男と添わすしか手がおまへん」
 早く清次郎を呼び寄せないと、近々清次郎に縁談が持ち上がる。そうなれば、お嬢さんは狐の霊に取殺されるだろうと急(せ)かした。
   「清次郎さんには、狐の霊除けの神通力を授けたい」

 使用人に清次郎を呼びに遣ったが、行って戻ると夜になってしまう。今夜は村長の屋敷に泊めて貰うことになった。

 使用人が清次郎の家に着いたところ、清次郎は出かけて留守だった。
   「清次郎は、然(さ)る村役人に見初められて、その娘と先様のお屋敷でお見合いをしております」
 清次郎の兄が応対した。

  第三十回 お嬢さんは狐憑き(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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