雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第一回 縞の合羽に三度笠 

2014-05-28 | 長編小説
 この物語は、猫爺の連続小説「佐貫鷹之助」から続いている。


 チビ三太、六歳。無実であった兄定吉は、同じ奉公仲間の相模屋番頭に嵌(は)められて人殺しの罪で処刑になった。嵌めた番頭も、殺しの真犯人も、鷹之助に炙(あぶ)られて番頭は遠島、殺しの下手人は斬首刑になったが、兄定吉は戻っては来ない。
 憤懣遣る方ないチビ三太は、強い男になって世の中の悪と闘いたい。そんな大きな思いを秘めて江戸の強い男、京橋銀座の福島屋亥之吉の弟子になるべく、道中合羽に三度笠、手甲と脚絆を身に纏い上方を発った。
 亥之吉の武具は、お百姓が肥桶を担ぐための天秤棒。敵を攻めてやっつける武器ではなく、敵の攻撃から身を護る武具である。
 胴巻きの中には一朱銀三十枚、首から提げた巾着袋には二朱と五十文が入っている。合計二両と五十文だが、三太にとっては可也重かった。背中に、斜交に括りつけた蔓網の箱の中には、鷹之助が入れてくれた道中小物と薬が入っている。
 初めてのお使いならぬ、初めての下り東海道中膝栗毛である。六歳のチビ三太が、独りで江戸まで旅が出来るのは、鷹之助曰く「最強の守護霊」新三郎がついているからである。

   「ねえ新さん、わい、千日の刑場に寄って行きたい」
   「定吉さんが亡くなった場所ですね」
   「うん、兄ちゃんがどんなに悔しい思いをしたか、首を刎ねられるとき、どんなに怖わかったか、刑場に立って想像しておきたいねん」
   「そうか、今日は千日の刑場まで行って引き返して三十国船の船着場の近くで宿をとりましょう」
   「新さん、おおきにありがとう」
   「三太の旅だから、三太の思うように行きましょう、遠慮することはないのだよ」
   「うん、わかった」
   「それから、三太はまだ六歳なのだから、疲れたら疲れたと言えばよいのだよ、新さんがいろいろ工夫するから」
   「どんな工夫?」
   「三太を背負ってくれる人を探すのだよ」
   「分かった、新さんがその人と入れ替わるのやな」
   「そうだ」
   
 急ぎ旅ではない、三太は大坂千日の刑場に立ち、声を張り上げ思いっきり泣いた。一刻(二時間)も、同じ場所に佇んで、大地に涙を吸い込ませた。
   「兄ちゃん、見ていてくれ、悪い奴は皆なお兄ちゃんの仇やと、わいは思う」
 定吉が恋しくて愛おしくて、三太はその場に崩れて土を撫でた。やがて気が済んだのか、三太は泣き腫らした目を拭い、力強く駆け出し、もと来た道を戻って行った。


 千日をはなれて、町に向う途中で、三太は十歳前後の如何にも悪そうなガキの集団に取り囲まれた。
   「おいチビ、銭を寄越せや」
   「お前ら、たかりか?」
   「そうや、銭何ぼ持っているのや、巾着だしてみい」
   「わいを舐めとったら、痛い目に遭うで」
   「何を生意気な」
 最年長らしい男が、三太を羽交い絞めにしようとしたが、三太はスルっとすり抜けた。
   「ええのか? わいを甘く見たら、泣くことになるで」
 
 尚も、三太を掴まえようとして、男は石に蹴つまずき前向きに倒れた。大怪我をした訳でもないのに、男は倒れて動かなかった。
   「そやから、わいを舐めたらあかんと言うたのに」
 また独り、三太に殴りかかった男が居た。三太は腰を屈めて拳を交わすと、立ち上がりしなに男の向こう脛を蹴った。三太の小さい足で蹴ったところで、大して痛くも無い筈なのに、この男も崩れて動かなくなった。
   「面倒臭いなあ、今度は皆で一度にかかって来いや」
 三太は少々図に乗っている。残りの男達は、このチビに異様なものを感じたらしい。
   「あいつ、化けもんやで、確か墓の中から出てきたわ」
 三太は、笑いながら言った。
   「こらボケ、わいを一つ目小僧みたいに言いやがって」
 男達は、こそこそ相談していたが、いきなり逃げ出した。
   「こら待て、この二人を放っておくのか、仲間やろ」
   「その二人はもう要らん、お前にやるから喰え」
   「あほか、わいは山姥と違うぞ」
 つるんでいた癖に、薄情な奴等だと、三太はのびている二人に同情した。やがて二人は正気に戻り、仲間が居ないのに気付いた。
   「俺等、気を失っていたのか?」
   「そうや、お前等つるんでいても柔い仲間やなあ、二人を放っといて逃げて行ったで」
   「くそっ、あいつ等め」
   「ただ逃げただけちゃうで、わいを化け物やと思い、お前達を喰ってもええとぬかしよったわ」
 二人、悔し泣きをしながら帰って行った。

   「新さん、おんぶ」
   「早っ」

 次は、二十四・五の厚化粧女が声を掛けてきた。
   「ぼん、どこの劇団の子です?」
   「わい、芝居の子役と違いますねん」
   「おや、そうですか、そんな旅鴉ごっこが流行っていますのか?」
   「いや、ごっこ違いますねん、本物の旅鴉で、浪花の弥太郎と言いますねん」
   「ひやー、そうですか、それでこれからどちらへ?」
   「へえ、風の向くまま、気の向くまま、あても果てしも無い旅鴉にござんす」
   「あはは、やっぱり芝居一座の子役ですやん」
   「へい、そうです、わい、嘘ついとりました」
 
 厚化粧女と別れて間もなく、今度は三十過ぎと思われる男が近付いてきた。
   「ぼんぼん、何処から来ましたんや」
   「へえ、あっちから」   
   「さよか、独りでどちらへ行きまんのや?」 
 三太は「そら、来たぞ」と、少々うんざり気味である。
   「こっちへ行きます」
   「お腹空いたやろ、おっちゃんが大福餅奢ってあげる、こっちへおいで」
   「わい、大福嫌いやねん」
   「ほー、それは珍しい、ほな、為になる話聞かしたげましょ」
 三太は、胴巻きと懐の巾着に意識を集める。
   「ぼん、赤ちゃんは何処から生まれるか知っとるか?」
   「大きな桃の中からやろ」
 しっかりしているようでもまだ子供だと、男は思った。
   「ほんなら、お父っちゃんとおっ母ちゃんは夜中に何しているか知っとるか?」
   「夫婦喧嘩や、こんな遅くまで、何処で飲んでましたんや、また紅、白粉を付けた女を口説いてましたんやろと、おっ母ちゃん言うと…」
   「へえ、言うと?」
   「仕事仲間との付き合いやないかい、わいかて、飲みとうて飲んでいるのやないと、お父っちゃんが言い返す」
   「子供の前でか?」
   「へえ、そやから、わい言うてやりますねん」
   「仲裁か?」
   「へえ、お父っちゃんも、おっ母ちゃんも喧嘩止めて、わい暫く外へ行っているさかい、仲直りに一遍寝なはれ」
   「わあ、ませた子やなあ」
   「ある晩、お父っちゃんが飲んで帰ってきて、また喧嘩が始まるのかなと、わい寝た振りしとったらな」
   「ふんふん」
   「その日に限って、お父っちゃん大人しくコソコソっと寝間に入って来たんや」
   「それから?」
   「お父っちゃんが、何かごそごそしているなと思っていたら、おっ母ちゃんが…」
   「おっ母ちゃんが?」
   「止めなはれ、まだ三ちゃんが起きていますやないか、後にしなはれ、もー、腰巻き引っ張ったら寒いやないか」
   「ほーほー」
   「冷たい手をそんな処に入れられたら、風邪ひきますがな、後にしなはれ」
   「それから、どうなったのや?」
   「あっ、おっちゃん、わいもう帰るわ、遅うなったらおっ母ちゃんに叱られるよって」
   「そんなところで止められたら、どんならん(どうしょうもない)やないか」
   「ほんなら、さいなら」
   「これ、待ちなはれ、十文やるから、その先話して行き」
 三太は、振り向きもせず、さっさと行ってしまう。
   「殺生や、ヘビの生殺しやないか」

 三太は、新三郎の指図どおりに歩いて、旅籠に向う。
   「新さん、あのおっさん、おもろかったなあ」
   「三太は、口達者な悪戯小僧ですね、それで、あの話の先は、どうなりました?」
   「嘘ですねん、あれは落語ネタです」

 少し早いが明日の早朝に船が出るので、寝過ごさないように早い目に寝ておく積りで宿をとった。
   「子供の独り旅ですねん、一泊二食付で何ぼです」
   「子供やから宿賃安くなることはあらしません、大人と同じで二百文頂戴します」
   「そうか、そらそうやなあ、ほな、わいの胴巻きと巾着、お帳場に預けてときます」
   「はいはい、確かにお預かりしました」
 三太の後ろから、若い女が声をかけた。
   「私とその子と、相部屋と言うことにして貰えませんか?」
   「えー、お姉ちゃんと一緒に寝るのか?」
   「相部屋なら、少しは安くなるでしょ」
 帳場の男も、その方が都合良いらしい。
   「お床も、一人分で宜しかったら、一人百八十文で宜しおます」
   「旅鴉のお兄さん、そうして貰えます?」
   「わい、見た目は子供やけど、中身は十七歳の大人ですがよろしいか?」
   「そうですの? 構いませんよ、こんな男前のお兄さんに何をされても」
 話は決まった。年の頃なら二十歳前後、三味線を抱えた鳥追い女である。食事を済ませて一風呂浴びに行った女の後を、三太はのこのこ付いていった。
   「お姉さん、どないしたんや、わいのちんちん見て涙零したりして」
   「私にも、こんな可愛い弟が居たのですよ」
   「どうかしたのですか?」
   「道で遊んでいて、いきなり無頼の男に邪魔だ、退けと突き飛ばされて、石塚の角で頭を打って死んだのです」
   「酷いことを…」
   「私はその男を見つけて、弟の仇を取ろうと短刀で傷を負わせました」
 町人の仇討ちはご法度である。女は捉えられて遠島も覚悟したが、男の悪事の数々が暴かれ、奉行の同情も買って、罪一等を減じ、江戸十里四方処払いとなった。行く当てもなく、とりあえず上方へ来たのだと言う。
   「わいは、その江戸へ行くところです」
   「そうですか、では何時かまた逢えることもありましょうね」
   「はい、江戸は京橋銀座の雑貨商、福島屋さんに奉公します、罪を償ったら、逢いに来ておくれやす」
   「はい、きっと…」
 女は、床に就くと、疲れていたのか直ぐに寝息を立てた。三太も眠り、母の夢を見た。

  第一回 縞の合羽に三度笠(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)

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