雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十六回 袋井のコン太

2014-07-31 | 長編小説
 袋井で待ち伏せしていたらしい狐のコン吉に別れを告げようとすると、コン吉が呼び止めた。
   「三太さん、待ってください、お願いがあります」
   「何や、お願いて」
   「仔狐を助けてやって欲しいのです」
   「どないしたんや」
 訳を尋ねると、まだヨチヨチ歩きの仔狐が穴に落ちたらしい。母親狐が一生懸命に助けようとしたが叶わず、諦めて何処かへ行ってしまったと言うのだ。
   「えらい諦めが早いおっ母さんやなあ」
   「狐は一度にたくさんの仔を生みますので、一匹にかかりきりになると、ほかの仔たちが飢え死にします」
   「そうか、わかった、その穴はここから遠いのか?」
   「いえ、近いです」
   「ほんなら行ってやろうか」

 新平は恐くなってきた。三太の周りを野犬がうろつき、吼えているのか、食べ物を強請っているのか、ギャウギャウと啼いている。三太もまた、なにやらグニュグニュと独り言を呟いている。
   「親分、しっかりしてくださいよ」
 そうかと思うと、今度は山犬について山道に入っていった。
   「もー、何ですか、山犬の餌にされてしまいますよ」
 新平は山犬だと思い込んでいるが、実は狐である。新平は残されるのが嫌なので、仕方なく三太の後に続いた。
   「まだかいな」
   「もう少しです」
   「さっきは、すぐ近くだと言ったやないか、もう一里近くは歩くで」
   「あと、ちょっとです」
   「わいを騙したんとちがうか?」
   「そんな、騙したりしませんよ」
   「なにしろ、狐やさかいに、化かしたのか?」
   「もうそろそろです」
   「お前は四本足やからもうすぐでも、わい等は二本足やで」
 もうそろそろだと言ってからでも、三丁(330m)ほど歩いた。

   「ほら。キャンキャン鳴いているのが聞こえるでしょ」
   「うん、聞こえた」
   「親を呼んでいるのですよ」
 こんな山の中に、何の為にこんな深い穴を掘ったのだろうと思うくらいの穴だが、穴の口径は小さく動物を捕獲する落とし穴とも思えない。
   「多分、山犬が兎を捉えた穴でしょう」
   「わあ、可哀想に、小さい狐の仔が落ちとる」
   「親が尻尾を垂らしたのですが、銜える力が無くて」
 三太の腕では届かず、穴の入り口を広げて三太の上半身が入るほどにして、ようやく仔狐に手が届いたが、仔狐は怯えて三太の指に噛み付いた。
   「痛てっ、あかん、掴ましよらん」
   「済みません、俺が言って聞かせます」
 コン吉が何やらゴニョゴニョと呼びかけると、牙を剥いていた子狐がおとなしくなった。
   「もう、噛みません、お願いします」
 三太はそっと手を入れたが、こんどは大人しく弛んだ首の皮を掴ませた。
   「何と言って大人しくさせたのや?」
   「はい、この人は、お前のお父っあんだよと…」
 今度は、懐きすぎて、抱き上げると三太の口を舐めようとする。餌をねだっているのだ。
   「何を食べさせたらええのやろか?」
   「はい、この時の用意に、カラスの卵を盗っておきました」
 コン吉は近くの木の根元を掘って、カラスの卵を三つ取り出してきた。一個割って掌に載せると、腹が空いていたのであろう、息つく暇もなく舐めてしまった。
   「ほら、もう一個や」
 これも、あっと言う間に舐め尽くした。
   「これが最後やで」
 舐めてしまうと、もっと食べたい様子で行儀よく座り、三太を見上げている。
   「早く、おっ母ちゃんのところへ行き」
 仔狐は、ただただ三太に付き纏うばかりである。
   「コン吉、お前がこの仔のおっ母ちゃんの処へ連れて行ってやり」
   「それが、他の仔たちを連れて、何処かへ行ってしまったのですよ」
   「ほんなら、お前が育ててやり」
   「俺の群れに、こんな他所のチビ助連れていったら、仲間にかみ殺されてしまいます」
   「もう、難儀やなあ、どうしたらええのや」
   「三太さん、育ててやってください」
   「あほ、わいは旅の途中やで、こんなん連れて旅が出来るかいな」
   「そこを何とか」
 言いつつ、コン吉は草叢に姿を消してしまった。仕方なく仔狐を置き去りにしようとすると、仔狐は一生懸命に「はぁはぁ」と荒い息をしながら追っかけてくる。三太が見えなくなったら、「クゥン、クゥン」と呼びながらそれでも追いかけてくる。後戻りをして抱いてやると、全身で喜びを表現して、三太の腕を舐め回す。
   「親分、そんな山犬の仔を捕まえて、どうするのです?」
   「親に見捨てられたのや、新平、お前と同じやで」
 三太にそう言われて、新平の仔狐を見る目が変わった。頭を撫でてやろうとしたが、仔狐は「ウー」と牙を剥いて噛み付こうとした。三太は仔狐に言って聞かせた。
   「この子は、お前の兄ちゃんやで、噛んだらあかん」
 言った三太自信が驚いた。話が通じたのである。仔狐はおとなしくなって、次に新平が手を出すと、ペロペロと舐めた。

 仔狐を連れてどこまで行けるかわからないが、無下にするわけにはいかない。かくして、仔狐を懐に入れての旅が始まったのである。
   「餌はカラスの卵ですか?」
   「あれは偶々そこに有ったから食べさせたのや、鶏肉や鶏卵が旅籠に頼めば買えるやろ」
 だが、鶏卵は高級食材である。一個十文位は取られるだろう。
   「その分、わい等の買い食いを節約せんとあかん」
   「辛いですね」
 そんな話をしながら歩いていると、子狐は安心したのか懐で丸くなって寝てしまった。


 掛川宿に入った辺りだ、見知らぬ男に声をかけられた。
   「子供さん、それ狐と違うのか?」
   「へえ、そうだす」
   「そんなのを持っていたら、お稲荷さんに祟られますぜ」
   「親に見捨てられた仔狐だす、助けてやったのに祟られるなら、お稲荷さんに文句の一つも言ってやります」

 また少し進むと、別の女が声をかけてきた。
   「そんな狐の仔は、三文の値打ちもない、山に捨てて山犬の餌にでもしなさい」
 これには、新平が怒った。
   「山犬の餌なんて、この仔の身になってみな、あんたが山犬の餌になれ」
   「おお恐い」

 暫く歩くと、鶏を飼っている農家があった。丁度老婆が鶏に餌を与えているところだった。
   「おばさん、鶏の卵を分けて貰えませんやろうか」
   「へえ、ありますよ、何個要るのですか?」
   「二個も有ればええのですが」
   「おや? 懐から狐が頭をだしていますね」
   「そうだす、この仔のご飯だす」
   「そしたら、良い物があります、今夜食べようと潰した鶏の皮を猫の為に残してあります、あれを差し上げます」
   「まだ小さい子供ですので、食べられるやろか」
   「今、お湯が煮えたぎっていますから、茹でてあげます」
   「おばちゃん、優しいね、動物好きか?」
   「へえ、家には猫と兎が居ます」
   「それと、鶏もですやろ」
   「あれは、食用ですから」

 言っている間に、茹で上がった。それを細かく刻んで竹の皮で包んでくれた。
   「それから、鶏の卵が二個でしたな、これもあげます」
 くれぐれも、卵を孵化させようと暖めたらいけないと教えてくれた。雄鶏と交尾をしてできた卵ではないので、暖めると腐るだけだそうである。
 
 ちなみに、鶏の皮をコン太に与えると、「ハグハグハグ」と唸りながら、あっと言う間に食べてしまい、反り返って三太の顔を見ながら舌なめずりをしている。帰りに水路の近くの地面に下ろしてやると、自分で水を飲んだ。
   「残りは明日のご飯や」
 コン太は三太の懐に戻ると、諦めてまた寝てしまった。
 
 日坂宿に向けて歩いていると、茶店があった。
   「新平,コン太のご飯は貰ったので、わい等何か食べよか」
   「牡丹餅が食べたい」
   「よっしゃ」
 床机に腰掛けて、二人前注文していると、女がチロチロ三太の膨れた懐を見ている。女は、三太達のすぐ後ろに腰を下ろした。
 お茶と牡丹餅が出くると、コン太が目を覚まして皿の中を覗き込んだ。匂いを嗅がせると、クンクンと嗅いでいたが、興味なさそうに首を引っ込めてしまった。
   「お兄さん達、どちらまで」  
 後ろの女が声をかけてきた。
   「へえ、ちょっと江戸まで」
   「あらそう、そんなに遠くまで…」と、言いながら馴れ馴れしく肩に手をかけてきた。三太は無視して牡丹餅に舌鼓を打っていると、女がいきなり叫んだ。
   「痛い」
 懐を見ると、コン太が牙を剥いて「ウー」と、唸っている。どうやら、女は三太の懐の膨らみを巾着だと思ったらしい。振り返って女をと見ると、もうそこには居なかった。
   「あははは」
   「親分、思い出し笑いなんかして、どうしたのです?」
   「さっき後ろに居た女、掏摸やった、わいの懐へ手を入れて、コン太に噛まれよった」」
   「コン太の初仕事ですね」
   「そうや、コン後とも、お頼もうします」
   「駄洒落かいな」 

  第二十六回 袋井のコン太(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
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「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
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