雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連載小説「佐貫三太郎」 第三回 三太郎、長坂に試される

2013-07-30 | 長編小説
 三太は自分の夢に能見数馬の思い出が応援してくれているような気分になって、これからは良いことが起きたら、数馬に感謝しようと思いながら日が傾いた帰路を急ぎ足で戻ってきた。

   「ただいま三太郎帰りました」
 いつもなら、お樹(しげ)が「おかえり」と声を掛けてくれるのだが、今日はなかった。 その上なにやら診察室がざわついていた。
   「帰ってきたね、よかった、早く手を洗って先生の手助けをしておくれ」
 先生の妻、結衣だった。 湯冷ましを、診察室へ運び込むところだった。
   「先生、三太郎戻りました」
 先生は少し安堵したようだった。 暴れる患者を抑えておく男手がなくて困っていたのだ。
   「横っ腹を匕首で刺されたようで、腸の腑を傷つけておる」と、松庵先生は三太に説明した。
   「腸の腑の傷を縫うのですね」 三太は確認した。
 普通、東洋医学(漢方)ではここまではしない。 ただ、傷口を少し広げると、腸の傷が見え、針と糸で縫えると先生が判断したからである。 これは、西洋医学の知識が多少でもない限り思い付かないことである。 ただし、花岡青洲の麻酔薬は、患者に合った調合が難しいうえに高価で、松庵診療所にはなかった。
 患者はまだ年端もいかない少年だった。 必死に痛みを堪えていたが、とうとう痛みに耐え兼ねて気絶してしまったようだ。
   「急がねば死んでしまう」
 先生も必死であった。 腸を三針縫って、純度の高い焼酎で消毒すると、少年がうめき声を上げた。 腹の皮を粗く塗って消毒をすると、お樹が用意した膏薬を当て、腹にぐるぐると晒しを巻いた。 痛みを和らげる漢方薬を煎じて飲まし、治療は一段落したが、痛みに耐える少年の額は、脂汗の玉が噴出していた。
   「助かりましょうか」三太は先生に尋ねた。
   「わからん、施術はまだ残っておる」
 この治療から、毎日膏薬の張り替えを続け七日程経つと、今度はもう一度腹の傷を開き、腸を縫った糸を取り出さなければならない。 その後、腹の皮をしっかり縫って、数日後にこの糸を抜き取れば完了であるが、その度に少年は死ぬほどの痛みに耐えなければならない。 その後、少年の母親とお樹と三太が手厚い看病した甲斐があって、少年は完全に回復した。

 少年の名は「隆平」と言った。 その隆平のもとへ突然岡っ引きがやって来た。 隆平を刺した少年が罪に問われて牢に繋がれているというのだ。 岡っ引きは、隆平が刺されたときの状況を詳しく教えて欲しいと言った。
   「あれは、俺が悪いのです」
 隆平はハキハキとした口調で、落ち着いて話した。 匕首を持っていた少年は、兵助という名の八百屋の息子で、気の優しい大人しい少年である。 その彼をいつも苛めているのは寛九郎という浪人の息子である。 その日も、喧嘩が強い寛九郎に投げ飛ばされて、何時もなら悔し泣きをしながら帰ってゆく兵助であったが、寛九郎を脅す積りで家から持ち出した匕首を懐から出して鞘から抜いた。 キラリと光る鋩を傍で見て、隆平は気が動転してしまったのだ。
 「やめろ!」と叫び、手に匕首を持った兵助の右肩を引いて自分の方に向かせようとしたとき、隆平から匕首に突っ込んで横っ腹に刺さってしまったのだ。
   「匕首なんか持ち出した兵助も悪いが、苛めていた寛九郎も悪い、それに気が動転して止めに入った俺が一番悪いのだ」
 そう言って、隆平は項垂れた。
   「わかった、隆平は悪くない、平助が重いお裁きを受けないように俺の親分(同心)に言っておくよ」
 岡っ引きがそう優しく言うのを聞いて、三太は「ほっ」とした。  その時、突然に岡っ引きの名前が三太の脳裏に浮かんだ。
   「仙一さん、お久しぶりです」
 仙一は「えっ」と声を上げ、不審そうに三太の顔を見た。
   「誰だったかな どこかで会ったような気がしていたのだが、思い出せない」
   「ほら、私ですよ、能見数馬です」
 仙一はあまりにも驚いたので、その場に尻餅をついてしまった。
   「嘘です、嘘です、私は佐貫三太郎です、驚かせてすみません」
 仙一は数馬の検死に立ち会っている。 そのうえ、同心長坂清三郎と共に葬儀にも行った。 その数馬だと三太に言われて、一瞬頭の中が真っ白になった仙一であった。
   「こらっ、驚かすな、数馬さんが生き返ったのかと思ったじゃないか」
 仙一は腑に落ちなかった。
   「こいつ、何故おれの名を知っているのだ」と思ったのだ。
   「知っていますよ、亡くなったお父さんの名前は達吉さんでしょう」
   「誰に聞いたのだ、松庵先生か」
   「たとえそうでも、お父さんの名前まで教えてくれないでしょう」
   「もっともだ、では誰から…」
   「数馬さんからですよ」
   「嘘つけ! 数馬さんは十五年も前に亡くなっているのだ」
   「私が生まれる前です」
   「そうだろう、数馬さんの幽霊にでも逢ったのか」
   「私の記憶の中に、数馬さんの記憶が混在しているのです」
   「ほう、これは興味津々だ、その話はそのうち親分と聞きにくるとしよう」
 仙一は、隆平や兵助のことを早く親分に知らせたいので引き上げて行った。

 その翌日、隆平と母親を、父親が迎えに来た。
   「隆平どのは、大人でも我慢が出来ない痛みを、よく我慢しました、強かったですよ」
 松庵先生は、迎えにきた父親に隆平を褒めた。
   「どうぞ、ご子息を褒めてやって下さい、自慢の出来る立派なご子息ですよ」
 父親は感謝して、二人を連れて帰っていった。

 十日ほど後、仙一は本当に親分長坂清三郎と二人で松庵診療所にやってきた。
聞けば兵助はお叱りおきだけでお解き放ちになったようである。 そして、寛九郎もまたお叱りを受けたらしい。
   「ところで、今日は能見数馬さんの記憶のことを聞きにきた」 長岡は話を切り替えて言った。
   「三太郎どの、北町奉行所のお奉行様の名を存じておるか」
   「はい、遠山左衛門尉影元さまです」 三太は即答した。
   「やはりそう覚えておったか」
   「間違いましたか」
   「遠山様は疾うの昔に北町奉行を辞されました」
   「記憶違いのようです」
   「いやいや、そうではなく、数馬さんの記憶が正されずに残ったのでしょう」
   「十五年前の記憶なのですね」 三太は納得した。
   「では、試すようで申し訳ないが、数馬さんが若様の身代わりになった事件の記憶があるか」
   「武蔵の国関本藩の若様関本健太郎様で、後のお大名関本義範様です」
   「左様、そなたは正(まさ)しく数馬さんだ、ところで能見数馬さん」
   「はい」
   「ははは、やはり数馬さんでしたね」
   「違います、違います、呼ばれたので、つい返事をしてしまっただけですよ」
   「まあ、良いじゃないですか、私は勝手にそう思い込みたいのですから、ねっ、能見数馬さん」
   「はいっ、て 私もついその気になってしまうじゃないですか」
   「能見さん、その節はお世話になりました」
   「は、いいえ、私は佐貫三太郎ですって」

 どうやら、三太郎は長坂清三郎にからかわれているらしいと気付いたが、何故こうも引っ掛かってしまうのだろうと、不思議でもあった。
   「これから、ちょくちょくお知恵拝借に参りますから、数馬さんよろしくお願いします」
   「はいって、また引っ掛かってしまった」

 三太郎は、長坂に奉行の名を問われて十五年前の遠山景元の名を言ってしまった。 それでは、何故この診療所を「松庵診療所」と知ったのだろうか。 もし十五年前であれば、「伊東良庵養生所」と覚えていても良いではないか。 なぜか謎めいているように思えるが、遠山景元は存命で、伊東良庵先生は亡くなっている。 その辺が謎を解く鍵であるように思えて仕方がない佐貫三太郎であった。

   第三回 三太郎、長坂清三郎に試される -続く-   (原稿用紙10枚)

「佐貫三太郎シリーズ」リンク
「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ
「第二回 亮啓和尚との初対面」へ
「第三回 三太郎、長坂に試される」へ
「第四回 未来が見える病気」へ
「第五回 父の面影」へ
「第六回 水戸へ」へ
「第七回 筆おろし」へ
「第八回 亡き数馬との出会い」へ
「第九回 三太と三太郎」へ
「第十回 ご赦免船」へ
「第十一回 佐貫三人旅」へ
「第十二回 陰謀」へ
「第十三回 慶次郎の告白」へ
「第十四回 三太郎西へ」へ
「第十五回 三太の間引き菜」へ
「第十六回 雨の長崎」へ
「第十七回 三太の家来」へ
「第十八回 三四郎の里帰り」へ
「第十九回 三太の家出」へ
「第二十回 文助の嫁」へ
「第二十一回 二人の使用人」へ
「第二十二回 佐貫屋敷炎上」へ
「第二十三回 古屋敷の怪」へ
「第二十四回 哀愁の江戸」へ
「第二十五回 江戸、水戸、長崎」へ
「第二十六回 偽元禄小判」へ
「第二十七回 慶次郎危うし」へ
「第二十八回 三太改名か?」へ
「第二十九回 佐貫洪庵先生」へ
「第三十回 中秋の名月」へ
「第三十一回 三太、親殺し」へ
「第三十二回 三太郎、時既に遅し(終)」へ
「次シリーズ 池田の亥之吉 第一回 あらすじ」へ

猫爺の連載小説「佐貫三太郎」 第二回 亮啓和尚との初対面

2013-07-28 | 長編小説
 診療時間が終わった夕暮れ時など、三太は松庵先生が薬研(やげん)で薬草を砕いているのを見ているのが好きだ。 やらせては貰えないが、先生が薬草の名前を呟きながら薬研に投げ入れるので、名前が覚えられる。

 読み書きは、先生の奥さん結衣さんが教えてくれた。 漢字は、結衣さんに薄墨で手本を書いてもらい、その上を何度も何度もなぞり、紙が真っ黒になると、その紙を川へ持っていき、川の流れで濯ぎ、板に張り付けて乾かす。 こうして、紙が破れるまで使うのである。

 お樹(しげ)さんには、料理を教わった。 伊東松庵診療所は、患者の収容は精々四人までであったが、それでも四人も入所させると、厨房は猫の手も借りたいほどの忙しさである。 そんな折、三太は猫の手どころか、ひとりの調理人としての役を果たすようになった。 食材の買い出しはほぼ三太に任されていたし、三太の思うものを買ってくるため、献立まで任されたようなものであった。

   「今日は魚河岸で新鮮な鯖が安かったので、味噌煮にしましょう」 と、さっさと捌いて、生のゴミは裏山に穴を掘って藁や木の葉と共に埋めておくと、一年も経つと肥沃な土へと変わる。 昔、物心がついて間もないころに、母から教わったことである。 母はその土を畑の土に混ぜ、大根や葱などを栽培していた。 三太もそれを真似て、診療所の裏庭で、薬草を栽培したいと思ったのだ。

 そんな日々を経て、三太は能見数馬が亡くなった歳と同じ十四歳になっていた。 その頃には患者の手当もある程度は許され、患者たちの人気者になった。
   「三太、傷口の膏薬を取り換えてあげなさい」
 松庵先生が用事を言いつけると、それはもうテキパキと用を足すうえ、知識もまるで晒が水を吸うがごとく吸収するので、松庵先生は三太を医者にしても良いとさえ思うくらいだった。 ただ、年齢が若過ぎて、せめてもう四・五年は早かろうと判断していた。

 三太は三太で、漢方医学は飽く迄も腰掛けとして、蘭方医学すなわち西洋医学を学ぶことが最終目的であった。
   「俺は漢方医学と、西洋医学の良いところを取って、漢洋医学というのを確立したい」
 漢洋医学には能見数馬が目指した心療医学も取り入れる。 三太の胸は、夢ではち切れんばかりに膨らんでいた。 ただ、能見数馬のことを根掘り葉掘りお樹に訊くので、お樹は辛い思い出が蘇ってきて、逃げ出したくなることもある。
 そんな折も折り、三太は妙な夢を見た。
   「お樹さん、経念寺というお寺をご存じですか」
   「知っていますとも、数馬さんが殺されたすぐ近くですので、月命日には花を供えに行っておりました」
   「私もそこへ行きとうございます」
   「花を供えに行くのですか」
   「はい、それもありますが、経念寺に亮啓とおっしゃるお坊さんがおられるか確かめたいのです」
   「いらっしゃいますよ、私も幾度かお逢いしました」
   「そうですか、あれはただの夢ではなかったようだ」 と、三太はひとり言のように言った。
   「寝ている時に見る夢ですか」
   「はい、 夢の中で繰り返し亮啓という和尚の名前が出てきました」
   「何方(どなた)かに聞いたのではないのですか」
   「昨夜までは聞いたことのないお名前でした」
 お樹は、そんなことが有ろう筈がない、松庵先生か結衣さんが話しているのを聞いて、頭に残っていたのだろうと思った。
   「今度、先生のお許しを得て、行ってみたいと思います」
   「そうですね、いってらっしゃい」

 お樹がそのことを松庵先生に話すと、亮啓和尚のことは知っているが、三太に話したことはないと言った。 結衣もまた、名前を聞いたぐらいで、会ったことも話したこともないと言った。
   「不思議ですね」 お樹は首を傾げた。
 松庵先生は、「診察が終わったら行ってきなさい」と、三太の願いを許可した。

 翌日、三太はお樹から預かった花束を持って出かけて行った。 数馬が殺された場所はすぐに分かった。 枯れた花束が取り除かれずに風にそよいでいたからだ。 枯れた花束を捨てて、新しい花束を供え、黙って掌を合わせると、能見数馬が腹から流れ出る血を止めようと必死にもがいている姿が見えたような気がした。

   「ごめん下さい、亮啓和尚にお逢いしたくて参りました」 三太は声高に言った。
 寺の植木に水をかけていたお坊さんが、三太を見て驚いたようだった。
   「私は、信濃の国 元、上田藩士 佐貫慶次郎の一子(いっし)佐貫三太郎と申します」
   「そうでしたか、私はまた昔逢った人の御子息かと思いました」
   「それは、能見数馬さんでしょうか」
 お坊さんは、またしても驚きの顔。
   「その通りです、よく似ていらしたもので」
   「ときたま、そう言われることがあります」
   「能見数馬さんを知っている人は、そう言うでしょうね」
 そう言って、お坊さんは「亮啓和尚を呼んで参ります」と、縁側から本堂へ入って行った。

 暫くして、三十半ばの和尚と共に出て来た。
   「亮啓は私ですが、三太郎さんとはどこかでお逢いしましたか」 
 やはり、何か心に引っ掛かる様子で言った。
   「いえ、初めてお会い致します」
   「そうですね、それでどの様なご用件ですか」
   「私は、能見数馬さんの生まれ変わりではないかと思っています」
 またしても、三太は嘘をついた。 この嘘は、能見数馬を知る者に、強い印象を与えるようなので、初対面の人に用いると、その効果が期待できるため、故意に用いているのだ。
   「これは興味深いお話ですね」
 実際に、その根拠を訊いてみたい亮啓であった。
   「私は、顔も知らない能見さんの夢をよく見ます」
 この度の経念寺も、亮啓さんの名前も夢で知ったと打ち明けた。 そして、まだ誰にも話したことは無いが、新さんという大人の男性の影が時々見えることも話した。

 亮啓はもう一人のお坊さんと共に、三太を墓場に案内した。 新三郎の墓の前にくると、お坊さんを指差して、
   「この僧の名は、思い浮かびますか」と、三太に訊いた。
 三太は、暫くじっと僧を見つめていたが、「久五郎さんです」と、言い当てた。    「どこの生まれかも分かりますか」
   「はい、わかります、信州は佐久の沓掛です」
 三太は質問されると、まるで元から知っていたかのよう振りをして、空々しい嘘を答えているに過ぎなかった。
   「和尚さま、私の答えは当たっているのでしょうか」
 亮啓は頷いた。
   「では、このお墓を開けて、お骨を見て頂きましょう」
   「お骨ですか ちょっと恐いです」
   「恐くはありません、数馬さんのよく御存じの仏様です」
 久五郎は、悠寛という僧名が付いて、言葉使いもすっかり変わっていた。  それにも拘わらず三太は久五郎の昔の名前を言い当てた。
 亮啓は悠寛に命じ、墓の納骨室を開けて骨壺を出させた。 三太が骨壺の中を覗くと、悲しくも無いのにハラハラと涙が滴り落ちた。
   「三太郎さん、この方の生前の姿が見えますか」
   「いいえ、見えません」
   「そうでしょうね、実は数馬さんもそれを知らないのです」
   「でも、朧気ですが、道中合羽と三度笠がみえるのです」
   「そうですか、三太郎さん、私はあなたが能見数馬さんの生まれ変わりだとは思いません」
 と、前置きをして、
   「けれども、あなたの魂は、能見数馬さんの魂から何らかの影響を受けています」
   「影響と申しますと」
   「数馬さんの強い意志が、あなたの魂に働きかけているのです」
   「私は今まで、和尚様のご質問に、適当に嘘で答えていました」
   「いいえ、それは違います、それが数馬さんの働きかけなのです」
 三太は、いまいち釈然としなかったが、亮啓和尚を信じようと思った。 亮啓とても同じこと、三太を納得させた積りであったが、自分自身は釈然とはしていないのだ。 もしかすると、本当に輪廻かも知れないと…
 三太は亮啓和尚に、能見数馬の墓に参らせてほしいと頼んだ。
   「数馬さんの墓は、このお寺にはないのです」
   「どちらですか」
 父上の能見篤之進が隠居した際、江戸の役宅を出て水戸へ戻ったのだった。 水戸にある能見家の屋敷は長男の篤馬に譲り、草深い町はずれに庵(いおり)を結んだ。 庵のすぐ近くに数馬の墓を建て、毎日のようにお参りをしているという。
   「数馬は私を護ってくれたのに、私は数馬を護ってやれなかった」
 これが能見篤之進の口癖になっているそうである。

   「水戸ですか、ちょっと遠くて直ぐには行けないですが、一度は行ってみたいです」
 篤之進に逢って、数馬に代わって親孝行のようなことをしてやりたいと思う三太であった。

  第二回 亮啓和尚との初対面(終)   -続く-   (原稿用紙12枚)

「佐貫三太郎シリーズ」リンク
「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ
「第二回 亮啓和尚との初対面」へ
「第三回 三太郎、長坂に試される」へ
「第四回 未来が見える病気」へ
「第五回 父の面影」へ
「第六回 水戸へ」へ
「第七回 筆おろし」へ
「第八回 亡き数馬との出会い」へ
「第九回 三太と三太郎」へ
「第十回 ご赦免船」へ
「第十一回 佐貫三人旅」へ
「第十二回 陰謀」へ
「第十三回 慶次郎の告白」へ
「第十四回 三太郎西へ」へ
「第十五回 三太の間引き菜」へ
「第十六回 雨の長崎」へ
「第十七回 三太の家来」へ
「第十八回 三四郎の里帰り」へ
「第十九回 三太の家出」へ
「第二十回 文助の嫁」へ
「第二十一回 二人の使用人」へ
「第二十二回 佐貫屋敷炎上」へ
「第二十三回 古屋敷の怪」へ
「第二十四回 哀愁の江戸」へ
「第二十五回 江戸、水戸、長崎」へ
「第二十六回 偽元禄小判」へ
「第二十七回 慶次郎危うし」へ
「第二十八回 三太改名か?」へ
「第二十九回 佐貫洪庵先生」へ
「第三十回 中秋の名月」へ
「第三十一回 三太、親殺し」へ
「第三十二回 三太郎、時既に遅し(終)」へ
「次シリーズ 池田の亥之吉 第一回 あらすじ」へ

猫爺の連載小説「佐貫三太郎」  第一回 能見数馬の生まれ変わり?

2013-07-26 | 長編小説
彼の名は「三太」である。 本当の名は「佐貫(さぬき)三太郎」、信濃の国、上田藩士 佐貫慶次郎の一人息子である。 母は三太が四歳のときに、同藩士中岡慎衛門と姦通したと噂されて、父佐貫慶次郎が手討ちにした。 中岡慎衛門は、父とは親友であり、「姦通などしていない」と、きっぱりと否定したが、母が手討ちになったために証人もなく、脱藩して行き方知れずになった。 父はただ噂のみを信じて妻を斬り、無実かも知れない友の将来を断った迂闊さを悔いて、父もまた藩主に女仇を討つためと脱藩を申し出て、三太を連れて江戸に出てきた。

 母は庶民の出で、姉が江戸の町に住んでおり、父は彼女を頼って江戸へ来たのであった。毎月の仕送りを約束すると、母の姉である三太の叔母は快く三太を引受けてくれた。 当時、叔母夫婦の職業は分からなかったが、成長してくると、何となく三太にも分かってきた。 他人の懐を狙うスリの仲間らしい。

 八歳になった頃から、三太はそれがはっきりと分かってきたが、父親譲りの正義感は影を潜め、三太もまたスリを手伝うようになっていた。
 三太の仕事は、そこいらを走り回って遊んでいる子供の振りをして、叔母やスリ仲間がスリ取った財布を受け取り「さっ」と、路地の所定の場所に隠すことである。 続いて箒(ほうき)を持った仲間の女が、掃除をしながら財布の中身だけを抜き取り、財布は溝の中に捨てる。 掏(す)られた人が気付いても、とっくに財布は消えている。 「スリだ!」と、騒がれて捕まえられても、肝心の財布が消えてしまっているので、掏った本人は惚(とぼ)けるか、開き直って啖呵(たんか)を切ればいいのである。

   「叔母さん、俺の親父は銭を送って来なくなったのだろ」
   「そうだよ、どうしちゃったのかねぇ」
   「俺、叔母さんの厄介になっていちゃ悪いから、ここを出て行こうと思うんだ」
   「何を言うんだよ、銭なんか送ってこなくても、三太はよく働いてくれるじゃないか」
 叔母の本心だった。 ようやく手がかからなくなった上に手先が器用で、今に立派なスリになるだろうと思っていた矢先である。
   「俺、もっともっと働いて、叔父さんと叔母さんに恩返しがしたいのだ」
   「働くって、何をするのだい」

 三太がまだ生まれていない頃だったが、武士の次男で「能見数馬」という少年が居た。 少年は西洋医学の医者を夢見ていたが、果たせず盗賊に殺されてしまった。 三太がその話を聞いたとき、三太もまたおぼろげではあるが医者になりたいと思ったのだ。 根拠も何もないが「俺は能見数馬の生まれ変わりかも知れない」と思った。
   「どこかの医者に弟子入りして、将来は医者になりたい」
   「バカをお言いでないよ、こんな寝小便もしかねないガキを、誰が弟子にとってくれるもんかね」
   「江戸に伊東松庵(しょうあん)という先生が居るのだ」
   「その先生なら弟子にしてくれるのかい」
   「わからない、でも一所懸命に頼んでみるつもりだ」
   「お前がそう言うのなら、やってみるがいいさ」
 叔母は残念で仕方がなかったが、堅気になろうと言うのを止めるのも寝覚めが悪い気がしたのだ。
   「叔母さん、ありがとう」
   「その代り、ダメだとわかったら戻ってくるのだよ」
   「はい」

 だが、三太はここへ戻る気はなかった。 例え浮浪児になろうとも、人の物を盗む仕事はしたくない。 父親譲りの正義感が、ぼちぼち芽生えてきたのであろう。

 伊東松庵先生の診療所は、すぐに見つかった。 先生は有名であるが、診療所はみすぼらしいものであった。 破れ門を入って声を掛けると、女の人がでて来た。
   「坊や、どうしました?」 と、額に手を当ててきた。
   「ちがうのです、俺を松庵先生の弟子にしてほしいのです」
   「あら、患者さんではなかったの? ごめんね」
 女の人は優しかった。
     「先生は弟子をとっていないけど、一応伺ってみますね」
 女の人は、そう言って奥へ入っていったが、暫くして、
   「話を聞いてくれるそうだから、診察が済むまで奥で待っていて下さい」
 と、  奥の空き部屋へ三太を案内した。 
   「お腹が空いていたら、どうぞ召し上がれ」
 おむすびをすすめてくれた。
 三太は、朝から何も食べていなかったので、遠慮会釈もなく喜んで頬張った。
   「はい、お茶を・・・ あらま、もう全部たべちゃったの」
 女は、おほほほ と、大仰に笑った。
   「正座をしていなくてもいいのよ、もっと楽にしていらっしゃいな」
 松庵先生の診察が終わって、三太は診察室に呼ばれた。
   「弟子になりたいって? 名前は?」
   「はい、信濃の国の 元、上田藩士佐貫(さぬき)慶次郎が一子(いっし)佐貫三太郎です」
   「そうか武士の子か、でもまだ遊び盛りの子供じゃないか」
   「洗濯でも、食器洗いでも、厠(かわや)の掃除でも、何でも出来ます」
 三太は、うっかりスリも出来ますと言おうとして、ヒヤリとした。
   「それは頼もしい、ところで、どうしてこの養生所を選んだのかね」
   「はい、松庵先生は、昔、能見数馬さんとお知り合いだったとお聞きしました」
   「ほう、能見数馬さんを知っているのかね」
   「俺が生まれる前に亡くなっているので、名前だけです」
   「そうだろう、能見数馬さんと知り合いだったらどうなのかな?」
   「俺は、能見数馬さんの生まれ変わりです」 三太は嘘をついた。
 松庵は、嘘だとはわかっているが、そう言われてみると聡明そうな顔立ちと言い、喋り方と言い、どことなく能見数馬似ているような気がして、懐かしさが込み上げてきた。
   「能見数馬さんは、俺 ではなく 私 と言っていたぞ」
   「はい、私もこれからは、俺 とは言いません」
 先生の傍で助手を務めていた女が、そっと涙を拭いていた。
   「こちらの方は、お樹(しげ)さんと言い、能見数馬さんの許嫁だった人だ」
   「よろしくお願いします」
 見ると、頬に刀傷があった。 そこへ、先ほど応対をしてくれた女が、
   「先生、お茶をお持ちしました」と、入ってきた。
   「こちらは私の妻で、結衣だ」 と、先生は紹介した。
 他に、男の患者を看護する男の看護人が居たが、最近止めてしまったらしい。
   「どうだろう、この子に手伝ってもらったら」 松庵先生が二人の女に言った。
   「しっかりした子で、私は賛成ですが、患者さんは頼りなく思うのではありませんか」
 お樹は、三太に居て欲しいようであった。
   「やらせてみましょうよ、この子なら教えてやれば何でもできそうです」 結衣も意義はなかった。
 空き部屋はあるが、いつ患者が入るかも知れない。 お樹の提案で、お樹と相部屋にさせることになった。
   「可愛い弟が出来たみたい」 お樹は浮かれていた。
   「息子でしょ」 と、結衣に言われて、「まあ、ひどい!」 と怒ってみせたが、「まっ、息子でもいいか」と、妥協した。 思えば、能見数馬の妻になっていれば、このくらいの息子が居ても不思議はない。
   「今日はゆっくり休んで、明日からは頑張って貰いましょう」
 松庵先生も満更ではない様子だった。

(第一回) 能見数馬の生まれ変わり? -続く-   (原稿用紙9枚)

「佐貫三太郎シリーズ」リンク
「第二回 亮啓和尚との初対面」へ
「第三回 三太郎、長坂に試される」へ
「第四回 未来が見える病気」へ
「第五回 父の面影」へ
「第六回 水戸へ」へ
「第七回 筆おろし」へ
「第八回 亡き数馬との出会い」へ
「第九回 三太と三太郎」へ
「第十回 ご赦免船」へ
「第十一回 佐貫三人旅」へ
「第十二回 陰謀」へ
「第十三回 慶次郎の告白」へ
「第十四回 三太郎西へ」へ
「第十五回 三太の間引き菜」へ
「第十六回 雨の長崎」へ
「第十七回 三太の家来」へ
「第十八回 三四郎の里帰り」へ
「第十九回 三太の家出」へ
「第二十回 文助の嫁」へ
「第二十一回 二人の使用人」へ
「第二十二回 佐貫屋敷炎上」へ
「第二十三回 古屋敷の怪」へ
「第二十四回 哀愁の江戸」へ
「第二十五回 江戸、水戸、長崎」へ
「第二十六回 偽元禄小判」へ
「第二十七回 慶次郎危うし」へ
「第二十八回 三太改名か?」へ
「第二十九回 佐貫洪庵先生」へ
「第三十回 中秋の名月」へ
「第三十一回 三太、親殺し」へ
「第三十二回 三太郎、時既に遅し(終)」へ
「次シリーズ 池田の亥之吉 第一回 あらすじ」へ

猫爺の連続小説「能見数馬」 最終回 数馬よ、やすらかに

2013-07-25 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 今年も盆が近づいた。 そして、新三郎に阿弥陀如来の使いが訪れた。 阿弥陀如来の怒りが解けて、新三郎は極楽浄土に導かれることになったのだ。 能見数馬とは今生の別れとなる。
 極楽浄土へ導かれ、成仏、即ち仏様になると、悩み、哀しみ、苦しみ、寂しさなどは無くなるが、楽しみ、喜び、感激、思い出なども全て消滅する。 新三郎もまた、能見数馬や亮啓、久五郎、兄達やお清など今生に係った人々の思い出も消滅する。 魂は如来の膝元に霞のように永遠に靡いているのだ。 年に一度、盆に今生に戻ることができるというのは、生きている人々の希望的空想であって、亡き者の供養は人々の心にこそ安らぎをもたらすものである。
   『数馬さん、お別れのときが来ました、今年の盆に、あっしは極楽浄土へ参ります』
 数馬は驚いた。 いずれは別れがくるのは承知でいたが、こんなに早く来るべきものがこようとは、思いも寄らなかったのだ。
   「新さん、数馬はこれが夢であってほしいです」
   『あっしも、数馬さんを担ぐ嘘ならどんなに良いか知れません』
 数馬は、何をおいてもと、経念寺に出向いて亮啓と久五郎に報告した。 亮啓は「良かった、良かった」と言ってくれたが、数馬も、新三郎も、久五郎さえも悲しそうであった。 亮啓は無遠慮に数馬の懐に手を入れた。
   「こうすれば、新三郎さんの意志が伝わるのだよ」と、久五郎に教えた。 久五郎も手を入れたが、数馬はいつものように「くすぐったい」とは言わず、神妙に受け入れた。
   「新三郎さん、ようやく成仏ができるのですね」
 亮啓が話しかけた。
   『はい、お蔭様で』
 新三郎は、そう答えたが、嬉しくも安堵もなかった。 ただ皆と別れるのが辛かった。
   「久五郎は、新三郎さんと一緒に極楽浄土へ行きたい」
   『それは死にたいってことだ、僧になる身がそんなことを言ってはいけない』
 名残惜しげな久五郎を宥(なだ)め、亮啓にお礼を言って、
   『お盆には、経念寺から浄土へ向います』と告げ経念寺を後にした。 
 このまま、木曾まで行って、兄達とお清に別れを告げたいが、もう時間がなかった。 盆はそこに迫っていたのだ。
   『新二郎兄さんと、お清の祝言も見たかったし、数馬さんとお樹さんの祝言も、それに数馬さんが立派な医者になった姿も見たかった』
 新三郎が流すのであろう、数馬の目から血も混じらんばかりの涙が溢れた。
 翌日は、用もないのに北町奉行所の遠山景元を訪ね、同心の田中将太郎と長坂清三郎、目明しの仙一にも会った。 
   「数馬さん、長崎へ発つのは来年でしょ、まだお別れには早くありませんか」
 長坂が訝(いぶか)った。 
   「いえ、お別れという訳じゃないのですが、ただ何となくお礼が言いたくて…」
   「変ですね、数馬さんらしくない、しっかりしてくださいよ」
 長坂に笑われた。  伊東良庵先生を訪ね、松吉と結衣にも逢ってきた。 本人たちは知らないものの、全て新三郎が関わった人たちだ。 他にも沢山の人と関わったが、遠方まで足が延ばせない。 この辺で諦めようと数馬は屋敷に戻った。

 盆が来た。 朝から酒を買って経念寺に行き、新三郎の墓を開ける許可をお願いした。 最後に新三郎の骨を、新三郎と共に脳裏に焼き付けて置きたいと数馬が願ったことである。

 寺の住職から許可を貰い、壺を開けて新三郎の頭骸骨を見つめていると、初めて会った時、道中合羽に三度笠姿の新三郎の幽霊がぼんやり見えたことを思い出した。
   「新さん、格好よかったですよ」
   『そうですかい、あっしは数馬さんと鵜沼まで骨を拾いに行ったことを思い出します』
   「そう、浮き浮きしていたら、新さんに栗拾いに来たのではないと注意されました」
   『そうは言いながら、あっしも楽しかった』
   「もう、二度とないのですね」
   『永遠にありません』

 夜になると、亮啓から知らされたのか、本堂で住職と亮啓の読経が始まった。 当然数馬は泣いていたが、数馬の胸に手を当て、久五郎もまた涙を浮かべていた。 数馬は飲めない酒を、新三郎のために「ぐびり、ぐびり」と飲んだ。
   『数馬さん、立派な医者になって人々の命を救ってください、久五郎、立派な僧侶になるのだぜ』
 数馬も、久五郎もうな垂れていた。
   『ありがとう、お別れです、皆さんによろしく伝えてくだせえ』 
新三郎の最後の言葉であった。
   「新さん、いや中乗り新三さん、ありがとう」
   「新三郎さんに貰った命、大切にします」 久五郎が叫んだ。
 新三郎の魂は、阿弥陀如来のもと、極楽浄土をさして飛び去った。 きっと、木曾の御嶽の上空を通り抜けたに違いないと数馬は思った。
 数馬は経念寺を辞したかに見せたが、実は新三郎の墓に持たれて、眠りもせずに夜を明かしたのだった。 酒に酔った所為か、新三郎に出会ったこと、一緒に過ごしたこと全てが夢であったように思えて仕方がなかった。

   「新さん、見ていて下さい、西洋医学を学び、心療を極め、きっと良い外科医と心医になってみせます」

 夜明けを前に、数馬はふらふらと経念寺を後にした。 まだ暗闇が残る物陰から、黒い塊が数馬を指して飛び出てきた。 数馬が「あっ」と思う間もなく、その塊は数馬に突き当たった。 横っ腹に激しい痛みが走り、数馬はその場に倒れた。 黒い塊は、黒装束の盗賊だった。 盗賊は数馬の腹から短刀を抜くと、数馬の懐に手を差し込み、屋敷を出るときに持ってきた二両ばかり入った巾着を取り出し、血の付いた短刀で紐を切った。 盗賊は巾着の中身を確かめ、「小僧のわりには持っていたな」と呟き、闇に消えていった。
 残された数馬は、何とか止血をしようと傷口を手で押さえたが、徐々に力が失せて血はドクドクと流れ出た。 
   「新さん、御免! 新さんにあれ程言われていたのに、私は医者になる夢を潰(つい)えました」
 意識が遠のいて行く。 数馬は呟き続けた。
   「私は、新さんに命を支えられていたのですね、それが、独りになるとこのザマです」
 自分はもうだめだと思った。 そう悟ると哀しみは消えてしまった。
   「新さん、数馬は新さんの居るところへ行きます」
 消えかかった意識の中で、数馬に新しい希望が見えた。
   「数馬が浄土へいったら、きっと新三郎さんの魂を見つけてみせます」 
 数馬の魂もまた、新三郎の後を追うがごとく、闇の中へ消え去った。

   「数馬さんが用もないのに来て、礼をいって帰られました」 長坂清三郎は、奉行の遠山に告げた。
   「拙者のところへも挨拶に来おった」 と奉行。
   「町の人々が噂をしている通り、数馬さんは霊能力か予知能力があったのでしょう」 と松吉。
   「自分が殺されることを予知していたのですね」 仙一が口を挟んだ。
   「それにしても、夢も叶えず早すぎるじゃないか」 奉行のその言葉に、
   「この仇は、きっと取ってやります」 長坂は、「ぐっ」と、拳を固めた。

     (能見数馬・(21)数馬よ、やすらかに) -完- (原稿用紙9枚・全292枚)

  「リンク」
   「第一回・心医」へ
   「第二回・江戸の探偵」へ
   「第三回 十四歳の占い師」へ
   「第四回 若き霊媒者」へ
   「第五回 父の仇!」へ
   「第六回 二つの魂を持つ男」へ
   「第七回 江戸の名医」へ
   「第八回 幽霊新三」へ
   「第九回 江戸の痴漢」へ
   「第十回 遠山裁き」へ
   「第十一回 数馬、若様になる」へ
   「第十二回 悪霊退散!」へ
   「第十三回 姉の縁談」へ
   「第十四回 墓参り」へ
   「第十五回 父と子」へ
   「第十六回 弟子入志願」へ
   「第十七回 墓荒らし」へ
   「第十八回 暫しの別れ」へ
   「第十九回 新三独り旅」へ
   「第二十回 数馬危うし」へ
   「最終回 数馬よ、やすらかに」へ
  「次のシリーズ 佐貫三太郎」
   「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ

チョロムケ

2013-07-23 | 日記

 街の中の木は、人間の都合で小鳥が食べに来て糞を落とすからと、実が成らない内に、花の咲く枝を切られたり、切り倒されたりご難続きである。 見出しの木は、昔「季節の花300」サイトの運営者の方にお教え頂いたものでモクセイ科の「ネズミモチ」という名が付いているのだそうである。 実は黒くネズミの糞のようで、葉はモチの木に似ているのでそんな不名誉な名がつけられたらしい。 

・・・・・・・・・子供のモチの実・・・・・・・・・

 私が子供の頃には、山に自生する灌木で、実を「クチャクチャ」噛んでいるとトリモチのように粘りがでてくるのを「モチの木」と言っていたが、ネットで調べても見つからない。 トリモチの木というのがあったが、これは樹脂を発酵させて作る本物のトリモチだそうで、駄菓子屋で売られていたあの臭いトリモチだろう。 これで子供たちは鳥やトンボ、セミなどを捕えていた。 今は野鳥を捕ることは禁じられているが、当時は子供だけではなく、小鳥屋さんもやっていたようだ。  私たちはいったい、何を「クチャクチャ」噛んでいたのだろうか。 何の味もしないあの緑色の木の実は何だったのだろう。 考えていると、一緒に遊んだ友垣の顔々が浮かぶ。

 ・・・・・・・・・チョロムケ・・・・・・・・・

 こちらは食べる灌木の実で「ヤマナスビ」というのを口の中をまっ黒にしてよく食べていた。 小さい実だが甘酸っぱくておいしい実である。 私たちは「ヤマナスビ」とは言わず、「チョロムケ」と言っていた。 これもネットで検索してみたが、 「チョロムケ」ではヒットしなかった。 方言というよりも、子供の創作言葉だったようだ。 もし、この「ヤマナスビ」の実の画像がネット上にあれば、この実を下(枝の反対側)からみていただくと、「チョロムケ」の意味が分かっていただけると思う。 特に男性には・・・

 ・・・・・・・・・イタドリ・・・・・・・・・

 スイスイ、スカンポ、エッタン これは宿根多年草で、山に入ると太い茎のものが見つかった。 それを「ポキン」と根本から折って、皮を剥きカブリ付く。 一瞬、その酸っぱさに顔をしかめるが、決して吐き出したりはしない。 立派なオヤツなのだから。 家に持ち帰ると、母がお漬物にしていた。 そのまま、塩をつけて食べるのも、また美味い。 私たちは子供の頃から「食べられる」ものと、「食べられない」ものの区別は本能的に分かっていたのだろうか。 山猿並みに・・・


月夜に釜を抜く

2013-07-23 | 日記

 ・・・・・・・・・犬も歩けば棒に当たる・・・・・・・・・

 最近は「江戸いろはかるた」は見かけなくなった。 とは、私の感想であって、案外100円ショップなどで売られているかも知れない。 「い ・ 犬も歩けば棒に当たる」 絵を見ると犬が棒に当たっている。 どういうシチュエーションなのか理解に苦しむのだが、最近では「犬も歩けば棒が当たる」ところを目撃したことがある。 悪ガキが犬に棒を投げつけているのだ。 どうやら犬に吠えられたか噛まれたかして、恨みを持っているらしい。

 ・・・・・・・・・月夜に釜を抜く・・・・・・・・・

 いくら江戸時代だからと言っても、屋外に釜戸がある訳ではないし、仮に屋外に釜戸があろうとも、夜は大切な釜は屋内に仕舞っておくはずだ。 月夜の明るい夜に、油断して釜を盗まれたとするシチュエーションは怪しい。 絵を見ると、月が出ていて釜戸があってお釜が抜かれている。 品のない私の解釈はこうである。

 月が煌々とてる真夜中、その月明かりを当てにして夜遊びが過ぎ、独り夜道を帰る商家の若旦那風の男に屈強な体つきの男が近寄る。
   「兄ちゃん、こんな遅くに独りで歩いていると襲われるぜ」
   「大丈夫です、銭は使い果たして、すっからかんですから」
   「盗まれるのは、銭だけとは限らない」
   「命ですか?」
   「いいや、違う」
   「身包みですか?」
   「いいや、違う」
   「もう、何も有りませんが」
   「これだよ」
 屈強な男はいきなり若旦那を押し倒し、釜を抜いた(掘ったともいう)。

 ・・・・・・・・・破(わ)れ鍋に、綴じ蓋・・・・・・・・・

 破れた鍋と、修理をした蓋が、似たものということで、似たものどうしが夫婦になるとうまく行く例え。 考えてみれば、割れた鍋にどんな蓋を合わせようとも、使い物にはならない。 品のない私の解釈はこうである。

 破れ鍋とは、恋に破れたお鍋さん、心は男なのに体は女、性同一性障害者である。 言い換えれば、性と心が一致しない障害だ。 このお鍋さん、思い悩んだ末、世間体を考えて女性姿に戻り、男性と夫婦になる。 不愉快な夜の作業は、天井の節目を数えて終わるのを待つ。 そのうち子供が出来たら、子育てに専念しようと思ったのだ。

 綴じ蓋とは、少なくとも見かけだけは破れ鍋の蓋になってくれる男のこと。 この夫もまた恋に破れて、時が心を修復したばかりであった。 

 違うかな?


薬九層倍

2013-07-22 | 日記

 前回は、「坊主まる儲け」を取り上げたが、今回は「薬九層倍」で、江戸時代の冗句(ゴロ合わせ)慣用句。 薬と言うものは、草や木の根や葉など、これまた元手がかからないものが多い。 元手「材料費や人件費」が100円位の物でも、その9倍の900円はするというもの。
 
 これを現在に置き換えれば、サプリ30層倍なんてのはどうだろう。 たかだか材料費(殆どデンプン)や容器、人件費、高額な広告費を入れても300円以下で作れるものを、もったい付けて9000円以上の値段で通信販売している。 所得税込み、送料込でも8000円の儲けがあるというもの。

 ・・・・・・・・・言葉のマジック・・・・・・・・・

 しじみ60個分のオルニチン ・ しじみから抽出したものでなく、別のものから作ったオルニチン
 
 50種類もの栄養素 ・ ドラム缶満杯のつなぎに、耳かき一杯づつの栄養素50種類かも 

 売上ナンバーワン ・ どこの何製品に比べてとは言っていない。 自社の製品の中でかも

 発毛専門 ・ 自社の製品は、発毛をうたった製品だけだということ。 発毛を保障するものではない

 発毛コンテスト ・ 発毛に自信があれば、コンテストなんか不要。 成果があるなら、それは製品の成果なのに

 ・・・・・・・・・ホームレス・・・・・・・・・

 今日、買い物帰りに100円ショップ「キャンドゥ」へ行ってきた。 結構大きくてがっしりしたランタンがあったので倉庫用に買ってきた。  単三電池4個で結構明るい。 何よりもスイッチが軽くて、しっかりしている。 こんなのを持ってキャンプがしたいが、精々街中の公園の隅にテントを張って、ホームレスと間違われて叩き出されるのがオチ・ (写真参照)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 


居直る、開きなおる

2013-07-20 | 日記

 ネットで調べてみても、いまいち違いが分からない。 私は、こう理解していたのだが・・・

   ◇ 舞台は50年程前の、新婚家庭の玄関先 ◇

 新妻がひとり、掃除、洗濯を終え、お茶を入れて一息ついていると。 「ピンホーン」玄関チャイムである。
   「はーい只今、どなた様ですか?」
   「警察の方(ほう)から来ました」
   「はいはい、ご苦労様です」 玄関ドアを開けると、横縞のシャツに作業ズボンの男。
   「奥さん、パンツのゴム紐買ってくれませんか?」
   「あらっ、警察の方(かた)ではありませんの?」
   「警察の前を通って来ました」
   「そうだったの? ゴム紐は間に合っています」
   「では、このタワシなど、どうですか?」
   「それも間に合っています」
   「コンドームなんかも持っていますが」
   「要りませんっ」
   「わたし昨日、刑務所から出てきまして、仕事が無いんですよ、何かひとつ買って貰いませんか?」
   「本当に要らないです」
   「助けると思って、何かひとつでいいから買ってくださいよ」
   「あんまりしつこいと、警察を呼びますよ」

 ・・・・・・・・・居直る・・・・・・・・・

   「おう、呼べるもんなら呼んでみろ、このドスが目に入らんか」
   「あーっ、強盗」
   「銭はどこに置いとるんや、銭を置いとる場所に案内せえや」
   「お願いです、止めて下さい」
   「あかん、銭や銭や、銭持って来ーい」

・・・・・・・・・開き直る・・・・・・・・・

   「おいこら、おとなしくしとったら勝手なことぬかしやがって、わしを誰や思てるのや、元は女番長、浪速の虎姫や、そんなチンケなドスを恐れるほどやわやあらへんで」
   「あ、はい、お見逸れしました、えらいすんまへん」
    

  違うかな? 


坊主ボロ儲け・・・・・・・・・

2013-07-19 | 日記

 

 ある番組で、ニュースキャスターが、タイの僧侶の贅沢生活を批判して、「これがホントの坊主ボロ儲け」と、言っていた。 あのことわざは、「坊主丸儲け」から変化して「ボロ儲け」になったものだと思う。 丸は、頭の丸坊主にかけているもので、江戸時代に作られた洒落言葉だと推理する。 それを「ボロ」に変えてしまってはただの慣用句であり、リアルな悪口になってしまう。

 タイに例を取れば、僧侶とてピンからキリまであり、ボロ儲けをしているのは一握りの高級僧侶だけで、多くの僧侶たちは、慎ましやかで、厳しい修業に明け暮れているのだろう。

 日本とて同じこと、ボロ儲けをして高級車や、自家用飛行機(セスナ)で極楽浄土に近いところを飛び回っている僧侶も居よう。 反面、修行僧や檀家の少ない寺を切り盛りしている僧もいるだろう。

 それを一概に「坊主ボロ儲け」と、言ってしまうのは乱暴というもの。 では、「丸儲け」ではどうだろう。 確かに、われわれに見える「材料原価」は無い。 それは法律家や会計士とても同じこと。 「弁護士丸儲け」とか、「税理士丸儲け」みたいな慣用句は無い。

 宗教団体の場合、法人収入にかけられる所得税はない。 ただし、その中から僧侶に支払われる所得に対しては所得税がかけられる。 

 私は、「サラリーマン丸儲け」という慣用句候補を作ろうと思う。 元手がかからず、月づき定収入が入ってくる。 所得税に関しては、僧侶も同じことだ。
 これを「サラリーマンぼろ儲け」としたら、私はサラリーマンの方々に袋叩きにされるだろう。  「どこがボロ儲けやねん」と、給料明細書を叩き付けられるかも知れない。

 「丸儲け」と、「ボロ儲け」の微妙な違いを書いてみたのだが、もし、癇に障った方が居られたら、謹んでお詫びを申しあげる。 m(_ _)m 
 


猫爺の連続小説「能見数馬」 第二十回 数馬危うし

2013-07-18 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 経念寺を辞そうと、数馬は新三郎を促すと、新三郎は『ちょっと待ってくだせえ』と、数馬の足を止めさせた。
   『あっしは、このままもう少し久五郎に取り憑いてやります』
   「久五郎さんが心配ですか」
   『はい、せめて久五郎が三日坊主でないことを確かめたいのです』と、新三郎が言った。
 数馬は笑った、ことわざ通りの「三日坊主」が、久五郎に当てはまりそうで、「或いは…」と、想像したのだ。 三日坊主とは、出家して厳しい僧の修業に入っても辛抱できず、たった三日で還俗(げんぞく=僧が俗人に戻ること)してしまうことで、新三郎も数馬も、それを疑ったのだ。
   「わかりました、そうしてやって下さい」
   『それから、数馬さんに頼みがあります』
   「何でしょう」
   『江戸の八丁堀にある材木商木曾屋孫兵衛さんを訪ねて、あっしの墓が経念寺にあることを伝えてほしいのです』
   「木曾屋孫兵衛さんと言えば、新さんが命を助けた方ですね」
   『はい、その方が、あっしの墓の在り処を知りたがっているそうで…』
   「分かりました、明日にでも行ってみましょう」
   『ありがとうごいます』
   「礼なんて、他人行儀な」

 経念寺を辞して帰り道、若い男たちが跡をつけてくるのに数馬は気付いた。 以前、藩学を出て間もないところで囲まれ、数馬を路地に連れ込んだ奴らだ。 数馬が気付いた場所が悪かった。 もう少し先まで駆けだしていれば人通りのある場所に出ることが出来たのだ。 数馬が一瞬振り返ったために、それをきっ掛けに男たちが走って来た。
   「あなた達でしたか、何かご用でも…」
   「今日の俺たちは、あの時の兄貴とは違うぜ」
   「あの兄貴はここに居ないようですが、どうされました」
   「能見数馬、お前の術で腑抜けになってしまったのよ」
   「私は、術などかけてはいません」
   「嘘をつけ! 数馬にちょっかい出していると、仕舞には殺られちゃうぜ、と兄貴は怖気付いてしまいやがった」
   「怖気付いたのではなく、賢くなったのでしょう」
   「やかましい!」
   「ところで、あの時のあなた方とは違うとは、何をしてきたのです」
   「教えてやろうか、俺たちはなぁ、一両もの金を払って魔術除けのお祓いをして貰ったのよ」
   「魔術ではないのに、魔術除けですか」
   「誤魔化すな! 兄貴を倒したあの術は、魔術に違えねえ」
   「あれは、医術なのですよ、病気を治すために心理術(催眠術)と言うのをかけるのです」
   「医術で人が倒せるのか、馬鹿も休み休み言え!」
   「倒したのではない、心に訴えたのだ」
   「頭の良いヤツは、いつもこうだ、馬鹿な俺たちを煙に巻こうとする」
   「そうじゃありません、分かって貰って友達になりたいだけです」
   「あははは、友達だって、笑わせやがらぁ」
 こいつらの兄貴分におさまっている男は、他の仲間に数馬を山の中へ連れて行くように指図した。
   「このウゼえ野郎を、崖から突き落としてやろうぜ」    「兄貴、こいつは俺たちに何もしていねえぜ、それを殺すのか」 一番背の低い男が言った。
   「俺の気に要らねえんだよ、俺に逆らうなら、てめえも殺ってやるぜ」
   「やめようよ、こんなこと」 背の低いこの男は、気が優しそうであった。
   「この煩せえやつも、数馬と一緒に崖から突き落としてやろうぜ」

 低い山だが、いま登ってきた斜面の、尾根を越えた反対側は、切り立った崖であった。 ここから落ちれば、間違いなく命は無い。 先ほど兄貴分の男に逆らった背の低い男は、「止めてくれよ」と泣き叫んだが、決して自分だけを助けてくれとは言わなかった。
   「人殺しなんか止めろよ!」 と、この男。
   「この人を突き落とすのはやめなさい、この人こそ、なんの罪もないではありませんか」
 数馬は落ち着いて言い放った。 新三郎も、久五郎も、数馬がこんな目に遭っているなど、夢にも思っていないだろう。 数馬は、自分が如何に新三郎を頼っていたか思い知らされた。

 数馬は、死を覚悟した。 父や母、兄や姉、そしてお樹(しげ)の顔が瞑った瞼に浮かぶ。
   「殺れ!」 と、兄貴分の男の号令が飛ぶ。 数馬を捕まえていた男たちは、力を入れて数馬を崖に押した。 崖縁までくると、ぱっと数馬から手を離し、号令をかけた兄貴に掴みかかった。
   「崖から落ちるのは、兄貴、あんただぜ」
   「なに、俺を裏切るのか」
   「いや、裏切っちゃいねえ、俺たちの兄貴分は、元からあの人だぜ」 
 男が指差す先に、この連中の元兄貴分が立っていた。 どうやら跡をつけて来たらしい。
   「こいつを突き落としてしまいましょうか」
   「待て、俺たちは人殺し集団じゃないぜ」 と、元兄貴分の男が言った。 続けて兄貴面をしていた男に向かって、
   「もう、みんなお前とは付き合わないと言っている、さっさと帰れ!」
 仲間から突き放された男は、 悔しそうに「覚えていやがれ!」と、捨てセリフを残して、山を下っていった。
   「能見数馬さん、申し訳ねえ」
   「いやいや、あなたのお蔭で、命拾いをしました」
   「数馬さん、あんたの予想は外れましたぜ」
   「なんのことですか」
   「数馬さんは俺に、あなたはもうあの仲間には入れないでしょう と言ったでしょ」    「あっ、そうでした、あれは私の間違いでした」
   「それから、あそこにいる背の低い男、まだ子供ですが、俺の実の弟です」
   「そうでしたか、とても素直で優しい弟さんでした」

 男たちと別れて帰り道、自分が死ぬかも知れないと思ったとき、肉親の顔と共にお樹(しげ)の顔も思い浮かべたことを思いでした。 自分はお樹に惚れているのかも知れないと思ったのだ。 恋の始まりは、こんな風にさりげなく始まるのだろう。 今ここに新三郎はいない。 冷やかされることはないので、おもいっきり正直な自分に戻ってみようと考えながら、数馬はゆっくりと帰途に就いた。

 翌日の講義は、数馬の全く興味のない「武士道精神」だった。 武士になる気のない数馬にとっては、全く縁のないことで、ましてや切腹の作法など、聞く気にもなれなかった。 切った腹を縫い合わせて命を助ける医学であれば聞きたいが…。

 藩学を休んで、思い立ち八丁堀の材木商、木曾屋孫兵衛を訪ねることにした。 新三郎との約束を果たすためだ。 八丁堀で木曾屋と訊けば、誰でも知っているようだった。 親切なおばさんが、数馬を店まで連れて行ってくれた。 おばさんに礼を言って別れると、数馬は木曾屋の店先で声をかけた。
   「御免下さい、木曾屋孫兵衛はおいでになりますか」
 番頭らしき人が出て来た。
   「孫兵衛は手前のあるじですが、あなた様は」
   「はい、水戸藩士能見篤之進が倅、数馬ともうします」
   「あるじに伝えます、どう言うご用件でしょうか」
   「木曾御嶽の、新三郎さんのことで伺いました」
   「少々、お待ちください」 と、番頭は店の奥に消えた。
 しばらくして、店のあるじが神妙な面持ちで出て来た。
   「店先で立ち話もなんですから、どうぞ奥へお入り下さい」
   「お邪魔致します」

 店のあるじは、まるでそれを待ち焦がれていたように、質問を浴びせてきた。    「新三郎さんのお墓の場所をご存じなのでしょう」 
   「はい」
   「木曾ですか それとも鵜沼ですか 木曾から鵜沼方面に向かって消息を絶ったと聞きおります」
   「それが、江戸なのです」
   「ええっ、」 と、驚いて、あるじの言葉が詰まった。
   「江戸の経念寺というお寺に、私が新三郎さんのお墓を建てました」
   「あなた様が・・・、水戸藩士の御子息とはどういうご縁で・・・」
 数馬は「お信じにならないかもしれませんが」と、前置きをして、
   「私が霊媒術を修業しておりましたときに、新三郎さんの霊と出会いまして、彼の願いを聞いてやったのがきっ掛けです」  数馬は、またも嘘をついてしまった。
   「新三郎さんの願いとは」
   「新三郎さんは、鵜沼で殺害されました、その新三郎さんのお骨が鵜沼の山中で、野ざらしになっているのを持ち帰って、経念寺でお弔いをしたのです」
   「そうですか、それは良いことをなさって下さいました」
   「恐れ入ります、もしお暇ができましたら、一度お参りをしてやって頂けませんか」
   「それはもう、一度と言わず、毎月でもお参りいたします」
   「ありがとう御座います、それでは私はこれで失礼致します」
   「こちらこそ、わざわざお越し頂きましてありがとう御座いました」
   「では」 

 それから十日ほど経ったある日、数馬は久五郎の様子が気になって経念寺に出かけてみた。 寺の門を潜ると、つるつる頭の寺男が庭の掃除をしていた。
   「久五郎さん、お早うございます」
   「ああ、数馬さん、おはよう」
 新三郎が数馬に憑いた。
   『数馬さん有難う、木曾屋さんを訪ねてくれたのですね、お参りにきてくれました』
   『ここへ来るときは、半信半疑だったようですが、お墓を見て泣いてくれました』
   「新三郎さんも一安心ですね」
   『はい、弟分の久五郎も、三日坊主でなかったし・・・』
   「まだまだ分かりませんよ、なにしろ根が旅鴉ですから」
   『でもねえ、ここに居ると気持ちが落ち着くらしいです』
   「精進料理にはどうですか」
   『干し大根を齧って飢えを凌いでいた男ですから、御の字だと言っていましたよ』
   「それは良かった、私も安心しました」
   『それから、木曾屋さんが永代料だと言って、大金を置いて行ったようです』    「そうですか、木曾屋さんは大金持ちですからね」    『お寺は、数馬さんにお返ししようと相談していましたが…』
   「それは新三郎さんの供養に使って頂きましょう」
 亮啓が出て来た。
   「数馬さん、いらっしゃい」
   「亮啓さん、久五郎さんがお世話になります」
   「いえいえ、よく働いてくれるので、住職も大喜びです」
   「修業の方はどうですか」
   「ここは浄土真宗のお寺ですので、禅寺のような厳しい修業はありません」
   「そうなのですか、でも規律はどの宗派よりも厳しいと聞きました」
   「私に勤まるのですから、器用な久五郎さんはすぐに慣れるでしょう」
   「安心しました」
   「ところで木曾屋…」
   「ああ、お布施を置いていったそうですね」
   「はい、永代料だとか言って・・・ 永代料は数馬さんに頂いていますし」
   「お布施ですよ、木曾屋さんは、功徳のつもりでしょう」
   「功徳とは、信者がお寺に寄進または、恵まれない人にお金をばらまくことではないのです」
   「私にはわかりませんが…」
   「仏様が私どもや信者の方々に分け与える愛なのです」
   「はい、分かりました」
   「あのお金は、能見数馬さんにお預けしましょう」
   「えっ、私に」
   「そうです、数馬さんのご勉学にお役立て、どうぞ立派なお医者になって人々をお救いください」

   (危うし能見数馬・終)   ―続く―   (原稿用紙16枚)

  「リンク」
   「第一回・心医」へ
   「第二回・江戸の探偵」へ
   「第三回 十四歳の占い師」へ
   「第四回 若き霊媒者」へ
   「第五回 父の仇!」へ
   「第六回 二つの魂を持つ男」へ
   「第七回 江戸の名医」へ
   「第八回 幽霊新三」へ
   「第九回 江戸の痴漢」へ
   「第十回 遠山裁き」へ
   「第十一回 数馬、若様になる」へ
   「第十二回 悪霊退散!」へ
   「第十三回 姉の縁談」へ
   「第十四回 墓参り」へ
   「第十五回 父と子」へ
   「第十六回 弟子入志願」へ
   「第十七回 墓荒らし」へ
   「第十八回 暫しの別れ」へ
   「第十九回 新三独り旅」へ
   「第二十回 数馬危うし」へ
   「最終回 数馬よ、やすらかに」へ
  「次のシリーズ 佐貫三太郎」
   「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ

猫爺の連続小説「能見数馬」 第十九回 新三独り旅

2013-07-16 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 新三郎の江戸への帰りは、信濃方面から来た旅鴉風の男を選んだ。 江戸方面に向かうのか、上方方面かは分からないが、それは草津まで行けば分かることである。 女に取り憑けば旅がもっと楽しいだろうと思われるが、幽霊に下心がある訳でなし、女に取り憑いて変に戸惑うよりも、慣れた男の方が無難、まして任侠の世界に身を置く男であれば言うことなしである。新三郎は、自分が死んだ歳よりも若いこの男が気に入ったようだ。
 達者な早足で日が落ちるまで歩いて、旅籠をとると一風呂浴びて飯を食い、バタンと横になりドスの抱き寝でぐっすり眠ってしまう。 新三郎は、この男と話がしたいと思うが、不意に話しかけて恐怖心を煽るといけないとそれを慎んだ。
 御嶽を出発して、難所である木曾の架け橋、太田の渡しも超えた。 鵜沼の宿は新三郎が殺されたところであるが特に恨みも感慨もなく、草津までは何事も無く過ぎた。 草津から新三郎にとっては都合がよいことに、男は東海道を下り、すなわち江戸方面に進路をとった。
 東海道、関の宿場町に入って暫くしたところで、旅の男は七人のやくざ風の男たちに、河川敷へ追い込まれた。 
   「お前は沓掛の久五郎だな」
   「そうさ、久五郎だ、てめえらは何者だ」
   「てめえに親分を殺された武藤組の身内よ」
   「そうか、仕返しって訳か、それにしては大勢で待ってやがったな」
 親分とはサシでやり合って勝ったが、今度は七人相手で分が悪い。 どうやら久五郎は年貢の納め時と観念したようだった。
   「一度にかかってくる積りらしいな、卑怯だぞ」
   「やかましい、やくざの果し合いに、卑怯も糞もあるかい!」
   「死出の土産に、何人連れて行ってやろうか」
   「そうは行くか、親分への供養だ、血祭にしてやるぜ」
 その時、久五郎は天の声が聞こえたような気がした。
   『まだドスは抜くな! 河の水際まで走るのだ!』
新三郎が念を送ってきたのだ。
   「誰でえ!」
   『きょろきょろするな、それっ、走るのだ!』
 久五郎は新三郎の掛け声と共に走った。
   『河縁まで来たら、奴らが全員追いつく前に水際に沿って走るんだ』
 久五郎は素直に天の声に従った。
   『もういいだろう、ここでドスを抜いて構えろ!河は味方だと思え』
 新三郎の作戦はこうである。 足の速いヤツから順に追いついてくるから、一人乃至二人とやり合う、久五郎は腕っぷしが強そうであるから、それ位ならやれるはずだ。
   「わかった」 久五郎は破れかぶれではあるが、新三郎の思った通り強かった。

 次々と七人全部をやっつけたのは、あっと言う間であった。 新三郎が久五郎に加担したのは、久五郎に取り憑いて運んでもらっている恩義のためだけではない。 自分の場合と似ていると思ったからだ。 親分を叩き殺したのも自分と同じく、よんどころない事情があったに違いない。 この男は、これからもお上の網をくぐっての旅鴉だろう。 新三郎は自分よりも三つ四つ若いこの男が不憫でならなかった。
   「俺は死を覚悟した時から、気が変になってしまったらしい」 
 久五郎はそう考えるほかはなかった。 しかし、それを神様だと信じようと思った。
   「神様、ありがとうごぜえました」
 神様が人殺しの手伝いをするのは不条理であるが、自分には自分の神様が付いているのだろう。 久五郎は無理矢理に自分を納得させたようだった。
 新三郎は新三郎で、こうなったら、せめて江戸まではこの久五郎を護ってやろうと、そして、このまま久五郎の神様でいてやろうと考えていた。

 鳴海の宿に入ったあたりで日が暮れた。 久五郎は街道を逸れ野宿をする積りらしい。 途中で農家の軒下から干し大根を一本取ると懐に突っ込み、その下に十文おいて立ち去った。 その干し大根を齧って飢えを凌ぎ、黎明と共に旅が続くのだ。 新三郎は、自分もまたそうであったことを思い浮かべ、なんとかしてやりたいと思うのだが、今は何ともし難いじれったさに泣いた。 久五郎は、別に悲しくもないのに、涙があふれ来る自分に、「俺も弱くなったものだ」と、自嘲するのであった。
   「ねえ、そこのお兄さん、今夜はここで野宿かえ」 
 寝場所を探している久五郎に女が話しかけてきた。 どうやら街道からつけて来た夜鷹らしい。
   「安くしとくから、遊んでくれないか」
   「姐さん、折角だが俺は銭をもっていねえぜ」
   「なんだい、しけた野郎だねぇ、つけてきて損をしたよ」
 女はチェッと舌打ちをして、クルッと踵を返すと今来た道を戻ろうとして、ビタッと止まった。 一瞬の後、また歩き出し、振り向きもせずに消えていった。
   「ちくしょう! 女を抱く甲斐性も、元気もねえぜ」 と、久五郎はその場にへたり込んだ。
 しばらくして、先ほどの夜鷹が戻ってきた。
   「久五郎さん、たくさん食べて元気を出しな」
   「えっ、俺の為に持ってきてくれたのか」
 見ると、竹の皮で包んだでっかいお結びを三個と、焼いた魚の干物が添えてあった。
   「文無し野郎に買ってくれとは言わないから、遠慮なく食べな」
   「有り難え、だが姐さん何者だ、何故に俺の名を知っていなさる」
   「あたしゃねえ、久五郎さんの神様さ」
   「嘘だろ、神様が夜鷹の姿で出てくるかよ」
   「来たのだから仕方ないだろ、河原でやくざに襲われた時、水際まで走れと言ったのは私さ」
   「知らない筈の俺の名前をしっていたし、そんなことまで知っているなんざ、本物だな」
   「そうさ、これからも、お前さんを護ってやるよ」
   「嬉しいぜ、よろしく頼まあ」

 次の夜からも、人の姿は変わるが、神様が飯を持ってきてくれた。 久五郎はもう何があっても驚かなかった。
   「俺の神様だから、何でもできるのだ」
 久五郎の神様は、役人の気配に敏感だった。 いち早く役人を察知すると、久五郎の逃走勘を刺激した。

 久五郎は江戸に入った。 最後に姿を現した神様が、久五郎に告げた。
   「江戸に着いたら、能見数馬という若者にお逢いなさい」
   「そんな人は知らないが、何をする人ですかい」
   「あなたの神である私の知り合いです」
   「変だなぁ、神様に知り合いがいるのですか」
   「逢えば総てがわかります」 と、屋敷の場所まで教えてくれた。
 能見家の屋敷は、人に尋ねずともすぐに分かった。 勘が働き、すいすいと足が運び、気が付くと目的の屋敷に着いていたのだ。
   「このお屋敷の能見数馬さんに会いにきました」 久五郎は門をドンドンと叩いた。
   「どなた様でいらっしゃいますか」
   「はい、沓掛の久五郎と申しやす」
   「只今主人をお呼びします、暫くお待ちを・・・」
 使用人の伝兵衛は、一旦屋敷に入って行ったようである。 暫くして潜戸が開いて、若い男が顔を出した。
   「久五郎さんを存じ上げませんが・・・」 能見数馬である。
   「へい、あっしは信州佐久の生まれ、沓掛の久五郎と申しやす」
   「私は水戸藩士能見篤之進の倅、能見数馬です」
   「旅の途中で神様がお出ましになって、命を助けて貰いました、その神様が能見数馬さんをお尋ねしなさいと・・・」
   「神様ですか 仏様ではなかったですか」
   「確かに神様と仰いました」
   「わかりました、どうぞお入りください」
   「こんな汚ねぇあっしが、お座敷に入っていいのですかい」
   「いいですよ、いま風呂の用意をさせますから、座敷でお待ちください」
 数馬は、「心配しなくてもいいですよ」 と、付け加えた。 股旅姿と言い、着物に付着した血痕と言い、只者でないことは最初から分かっていた数馬であった。
   「新さん、お帰り、あの人の神様って、新さんでしょ」
   『分かりましたか、その通りです』
   「あの人は、人を殺してきたようですね」
   『あっしとまったく同じで、つい同情して助けてしまいました』
   「そうですか、それで私にどうせよと・・・」
   『奴の行く末を数馬さんに相談しようと思いまして』

 数馬が久五郎のところへ戻ると、そこには久五郎の姿は無く、お樹が掃除をしていた。
   「久五郎さんはどうされました」
   「いま、お風呂に入ってもらっています」
   「暫く風呂に入っていないようですから、積る旅の垢を落としておいででしょう」
   「浴衣は数馬さんのものをお出ししておきました、下帯は奥様が先ほど縫っておいででした」
   「お樹さんに、お世話をお掛けします」
   「いえ、いいのですよ」
   「ところで、父上はもうお休みですか」
   「はい、もうぐっすり」
   「よかった、父上は任侠がお嫌いですから、黙っておきましょう」
 久五郎は髪も洗ったらしく、鈴ヶ森のさらし首のように長い濡れ髪で風呂から上がってきたのを、お樹が束ねてやった。 数馬の母千登勢は、久五郎をお勝手(台所)に入れ、
   「夜も遅いので、ここで我慢してくださいね」 と、詫びて、
   「碌なお持て成しもできませんが、たくさんお召し上がりください」 と、夕食をすすめた。
 久五郎をよく見ると、なかなかの男前である。 千登勢はこころなしか、いそいそとお給仕をしていた。
   「久五郎さん、今夜は私と同じ部屋でお休みください」
   「えっ」 と、身構える久五郎。
   「いえいえ、そんなのではなく、神様のお言い付けです、あなたの今後をご一緒に考えましょう」
 久五郎は、安心したのか「ニッ」と、苦笑した。
   「私が思いますに、二つの途があると思うのです」
 一つは、陸奥へでも逃れて、無宿者の悲哀に明け暮れるか、出家して僧になるかだが、自由奔放に生きてきた久五郎にはどちらも厳しいに違いない。 追われ者では、いつか役人の手に堕ちるだろう。 僧になれば命の保証は有るものの、窮屈な仏道修行に耐えられるだろうか。 数馬は、そう言ったことを真綿で包んで久五郎に刺激を与えないように尋ねてみた。
   「わかりません、命は惜しくありませんが、あっしが斬ったやつら魂を供養してやりたい気持ちもあります」
   「そうですか、簡単に決心はつかないでしょう」
 数馬は、「明日、あなたにお会わせしたい人がいます、昼まで私は留守にしますので、私が戻るまで、ゆっくりしていて下さい。 決して役人に知らせたりはしませんから、どうぞ安心を・・・」 
 久五郎にそう告げると、数馬はさっさと眠りに就いた。

 翌朝、数馬が目を覚まし、布団を畳んで部屋を出たのも気付かず、久五郎は数馬を信じて安心しきっているのか、旅の疲れからかぐっすり眠っていたが、長ドスはしっかり抱いていた。 午後になって数馬が帰ってくると久五郎は部屋に居ず、裏からトントンと玄翁(げんのう)の音がしていた。
   「久五郎さんはどうしました」
   「いま、裏で鶏小屋の修理をして呉れています」 お樹。
   「お客様に、ですか」
   「どうしても、何かさせて欲しいと仰るもので」
 数馬が裏へ回って見ると、ガタガタになっていた鶏小屋を器用な手付きで修理していた。
   「もう使えないかと思っていたのに、綺麗に修理して下さいましたね」
   「これでも、堅気の頃は大工の修業をしていたもので・・・」
   「惜しいですね、その腕」
   「あははは、棟梁には叱られっぱなしでした」

 食事が終わると、二人で町へ出た。 屋敷から持ってきた瓢箪徳利に酒を買って、経念寺に向かった。
   「お会わせしたいのは、この方です」 数馬は、新三郎の墓を指差した。
   「新三郎さん 知りませんが・・・」
   「すでに何度もお会いになった方ですよ」 と、持ってきた酒を供えた。
   「もしや、私の神様ですか」
   「おっ、勘がいいですね、その通り、通称中乗り新三さんです」
   「えっ、中乗り新三、あの木曾の御嶽の中乗り新三ですか」
   「ご存じなのですか」
   「知っていますとも、会ったことは有りませんが、噂は私の村でもしていました」
   「そうですか、では話が早い、その新三郎さんが、あなたの言う神様ですよ」
   「どうりで、喧嘩の術が上手かった」
   「その新三郎さんに、いまお会わせします」

 新三郎は、数馬から久五郎へ
   『久五郎さん、あっしの念が分かるかい』
   「わかります、わかります、新三さんですね、これは感激だ」
   『あっしと話をするのがそんなに感激ですかい』
   「それはもう、あっしは新三さんに憧れて任侠の世界に飛び込んだのですから」
   『手放しに、喜ばれねえ』
   「へえ、面目ねえ」
   『それで坊主に成る気はあるのかい』
   「逃げ回っても、いずれは捕まって三尺高い木の上で曝されるのでしょう」
   『そうだな』
   「あっしは坊主になります、坊主になって、新三さんの墓を供養します」
   『そうか、あっしもそれが良いと思いますぜ』
   「ては、今日からこの寺のお世話になりやす」
   『おっと、それはまだ早い、この寺で修業させて貰えるかどうかは分からねえ』

 経念寺の住職と亮啓さんに話すと、構わないということだった。 久五郎の気の変わらない内に、さっそく髪を剃って、本日から僧の修業に入ることになった。
   「ところで、数馬さん、神様があっしに出家を勧めて呉れたのは、何か変ではありませんか」
   「まあ、そう固いことを言わずとも、仏様を信心している神様もあるってことで・・・」
   「?」

    (新三独り旅・終)   ―続く―    (原稿用紙18枚)

  「リンク」
   「第一回・心医」へ
   「第二回・江戸の探偵」へ
   「第三回 十四歳の占い師」へ
   「第四回 若き霊媒者」へ
   「第五回 父の仇!」へ
   「第六回 二つの魂を持つ男」へ
   「第七回 江戸の名医」へ
   「第八回 幽霊新三」へ
   「第九回 江戸の痴漢」へ
   「第十回 遠山裁き」へ
   「第十一回 数馬、若様になる」へ
   「第十二回 悪霊退散!」へ
   「第十三回 姉の縁談」へ
   「第十四回 墓参り」へ
   「第十五回 父と子」へ
   「第十六回 弟子入志願」へ
   「第十七回 墓荒らし」へ
   「第十八回 暫しの別れ」へ
   「第十九回 新三独り旅」へ
   「第二十回 数馬危うし」へ
   「最終回 数馬よ、やすらかに」へ
  「次のシリーズ 佐貫三太郎」
   「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ

猫爺の連続小説「能見数馬」 第十八回 暫しの別れ

2013-07-13 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 中山道は、江戸よりも一足早い秋を感じさせた。 新三郎にとっては、旅慣れた街道であるが、その多くは故郷を追われ、お上の目を逃れる旅であった。 能見数馬と鵜沼の宿まで歩いたのは楽しい旅であったが、やはりガキの頃から仲が良かった新二郎との旅は一際心が休まった。
 新二郎は新二郎で、木曾から江戸へ向かう旅は、少ない路銀をどう節約して江戸から木曾へ帰りの路銀を残そうかと、旅慣れない不安があった。 帰路の旅は、数馬が「新三郎さんの稼ぎ分だから返さなくてもよろしいよ」と、さり気無く渡してくれた路銀があるので金の心配がなく、気持ちにも余裕が持てる旅であった。

   「新三郎は、子供の頃から喧嘩が強かった、苛められている俺をよく助けてくれたなぁ」
   『そんなことがあったなぁ、兄貴は弱虫だったから苦労させられた』
   「何も言い返せないよ」
   『新二郎兄貴は、優し過ぎるくらい優しかった、俺が親父や兄貴に怒られていたらよく庇ってくれた』
   「あんなことさえなければ、いまでも兄弟仲よく筏に乗っていたのに」
   『俺がお助けした江戸の材木商の木曾屋孫兵衛さん、お元気だろうか』
   「お元気で、村の事を気にかけて下さっている」
   『そうか、それは良かった』
   「良かったって、同じ江戸に居て、何も知らなかったのかい」
   『こちとらは幽霊だし、のこのこ逢いになんていけねぇよ』
   「数馬さんに頼めば簡単じゃないか」
   『そうだな』
   「孫兵衛さん、お前の墓に参りたがっていた」
   『そうかい、じゃあ今度教えに行くよ』
   「こんな近くにあったのに、何故教えて呉れなかったと怒るだろう」

 沓掛の宿で旅籠を取った。 旅の疲れか、宵に久しぶりに飲んだ酒の所為か、新二郎はぐっすり眠りこんでいた。 目を開けて、そーっと何者かが襖を開けるのに逸早く気付いたのは新三郎である。
 新二郎の枕元に置いた道中笠をそっと捲り、中にあった数馬が持たした十両が入った巾着を懐に入れた。 枕探しという盗人である。
   「おい、待て!」 これは、新二郎が言っているのだが、言わせているのは新三郎である。
 盗人は足を掴まれて、慌てふためき開き直って懐からドスを出して斬りかかろうとした。 新三郎はやくざ時代の習性で、長ドスを握ろうとしたが、そんなものは持っていない。 握った盗人の足を力任せに引き、倒れて怯んだ盗人に新三郎の霊が忍び込んだ。 盗人が気を失った隙に新三郎は盗人から新二郎にもどり、浴衣の紐で盗人を縛り上げた。
 旅籠の主人を呼び、「こいつ、枕探しですぜ」と、告げた。 盗人の懐には、新二郎の巾着の他、泊り客の巾着や財布も入っていた。 主人は使用人に命じて役人を呼びに遣り、盗品がすべて持ち主にもどった。

   「昨夜は、ありがとう御座いました」
 旅籠の主人が翌朝早々と礼を言いに来た。 新二郎は何のことかと、きょとんとしていたが、新三郎が語りかけてきた。
   『俺だよ、昨夜俺が盗人を捕まえたのだ、いえいえとか、お気遣いなくとか言っておきなよ』
   「いえいえ」
   「お蔭様で、旅籠の信用を無くさずに済みました」
   「お気遣いなく」
   『まんまかい』
   「旅籠の泊賃は頂かなくて結構ですから」
   「ほんとうでか、それは有難うございます」
   『なんだい、金のこととなると、とたんに言葉が出てくるんだなぁ、兄貴は』
   「それと、これはほんの些少で御座いますが、お収め下さいますように」
 小判が五枚、紙に包んであった。 新二郎が一年間働いても手に入るかどうかわからない額である。
   「こんなに頂戴してもいいんですか」
   「どうぞ、どうぞ、旅の路銀にお役立てください」

 沓掛の宿を発った。 木曾の御嶽宿はまだまだ先ではあるが、新二郎の心は軽かった。
   「新三郎と一緒だと、いくらでも金儲けが出来そうだなぁ」
   『たまたまじゃないか』
   「いや、もっと盗人を捕まえようぜ」
   『浮かれていて、金を掏られるなよ』
   「ほいきた」
 呑気な一人と一柱の旅だったが、藪原の宿に入った途端、新二郎の気が重くなってきた。
   『兄貴、どうした元気がスーッと消えたぜ』
   「お清ちゃんになんて話そうかと思うとなぁ」
   「何も気に病むことはないさ、ありのままを言えばいい」
   「新三郎は死んで、幽霊になって帰って来たと言うのか」
   『そうよ、後は俺とお清ちゃんにしか分からない秘密の話をするから納得してくれるさ』
   「その秘密の話って」
   『そんなこと、兄貴に言っちゃったら、秘密にならねぇ」
   「新三郎はスケベだったから、いろいろ秘密があるのだろうよ」
   『なんだ、俺に喧嘩を売ろうって言うのかい』
   「お前と喧嘩しても勝てねぇよ」
 新三郎が急に黙り込んだ。 別に喋っているわけではないが、何も伝わって来なくなったのだ。 一息おいて、新二郎がきいた。
   「どうした、新三郎」
   『声を出すな、あの前から来る背の高い男に注意しろ』
   「あっ、爺さんとぶつかった」
   『その後をよく見ろ、こちらからは見えないが財布を手にしたぞ』
   「あ、本当だ、財布を自分の懐に突っ込んで、こっちに向かって来る」
   『兄貴の巾着を狙うかも知れねぇぞ』
   「おっ、近づいてきた、どうしょう」
 新二郎が「ヤバい」と思った瞬間、男は体を交わして横に跳び、新二郎の後ろを歩いていた女に突き当たった。
   「姐さん、ごめんよ」
   「気を付けなよ、危ないじゃないか」
 新二郎は、先を行く爺さんを呼び止めて、財布を掏られたことを教えてやろうと声を掛けたが、先を急いでいるのか爺さんは振り向きもせず、さっさと歩き去った。
   『あははは、兄貴は旅慣れしていねぇなぁ』
   「爺さんが可哀そうじゃないか、今頃気づいて慌てているかも知れないぞ」
   『いねえよ、あいつらはグルだ』
   「どういうことだ」
 つまり、先頭の爺さんが掏り役で、二番目の背の高い男が中つぎだ。 三人目の女が、財布の受け取り役だと新三郎は兄に説明した。
   『兄貴が江戸へ向かったとき、よく掏られずに江戸へ着いたな』
   「ははは、殆ど金は持っていなかったからだ」
   『野宿したのか』
   「何回かは野宿だ」
   『食い物は』
   「食い物は、川魚でも、イナゴでも食い放題だからな」
   『すると、帰りは金持ちになった訳だ』
   「そうとも、お前のお蔭で」

 新二郎は、木曾に帰り着いた。 まっすぐ家には帰らず権六の家へ行き、お清ちゃんにあった。
   「新二郎さん、新三郎さんに会えたかい」 お清は待ち焦がれていたようだ。
   「それが、弟はならず者に殺されていたのだ」
   「嘘だ、あの強い新三郎さんが、ならず者にやられるなんて、信じられないよ」
   「弟の生き死にで、嘘が言えると思うかい」
   「私を諦めさせようと嘘をついているのだろう」
   「いまに分かるよ」
 今、新三郎の霊がお清に移るから、二人にしかわからない話をしなさい。 それできっと新三郎の霊だと分かるに違いないと、 お清に言って聞かせた。
   『お清ちゃん、俺が分かるかい」
 お清はきょろきょろ辺りを見回した。 新二郎しか居ない。
   『新二郎兄さんが呼びかけているのではないよ、新三郎だよ』
   「これは手妻かい」
   『違うよ、ほら、お清ちゃんと二人で初めて村の祭りに行ったとき、手を繋いでお社の裏へいったら』
   『二人連れの先客がたくさん居て、そこへ割り込んで・・・」
   「買った蕎麦饅頭を二人で分けてたべたろう」
   「ほらっ、新三郎さんのアレ、太いから口に入れたら おえっ となって、私、涙を出したりして」
   『そうだ、ヒノキの切れ端で箸を作ってやったら、太すぎて嫌だとお清ちゃん言ったあれだね』
   「そうそう、あれはちょっと太すぎたよ、それに新三郎さんたら、あんなところを舐めたりして」
   『あれは、おふくろに教わったのだ、目にゴミが入ったら舐めて貰うと取れるってね』
   「あと、湯冷ましで洗ってくれたね」

 新二郎には新三郎の言っていることが分からない。 お清ちゃんがいちいち声を出すもので、新二郎ムラムラッ。
   「お前たち何の話をしているのだよ」
   「二人だけの秘密の話だもんね」 と、お清。
   「もう分っただろう、新三郎は幽霊になったのだ」
   「うん、わかった、私も死んで新三郎さんの処へ行く」
 お清は、包丁を持ち出すやら、荒縄を梁に引っ掛けるやら、池をさして走って行くやら、新二郎右往左往、疲れ果ててその場に座り込んでしまった。
   「新三郎頼むよ、余計お清ちゃんに火を点けてしまったみたい」
 新三郎はお清に落ち着くように促すと、静かにお清に話しかけた。
   『お清ちゃん、死んでも俺のところへ来るとは限らないぜ」
   「そうなの」
   『うん、それより俺の分まで生きて呉れよ』
   「俺の分までって、私が二十代であと三十年はあるし、新三郎さんも二十代だから死んでいなかったら三十年は生きられる筈、と言うことは、二十に六十を足して、私、八十歳まで生きるの」
   『こら、誰が足し算をしろと言った』
   「だって、俺の分も生きろと…」
   『信濃の国は、長生きの国だからな、八十も九十も長生きしてくれよ」
   「うん、わかった」
   『それで、新二郎兄貴のことを俺だと思って、世話をしてやってくれないだろうか』
   「あの、アホの兄さんを新三郎さんだと思うの」
   「いま、アホの兄さんと言った、誰のこと」 新二郎が口を挟んだ。
   「アトの兄さんと言ったのよ、新三郎さんと別れた後の・・・」
   「そうか、そうか」
   「騙しやすっ!」
   「だましたのか」
   「魂安らかにと言ったのよ」
   「そうか、そうか」

 お清から抜け出た新三郎は、この二人はお似合いの夫婦になると思った。

   (暫しの別れ・終)    ―続く―   (原稿用紙13枚)

  「リンク」
   「第一回・心医」へ
   「第二回・江戸の探偵」へ
   「第三回 十四歳の占い師」へ
   「第四回 若き霊媒者」へ
   「第五回 父の仇!」へ
   「第六回 二つの魂を持つ男」へ
   「第七回 江戸の名医」へ
   「第八回 幽霊新三」へ
   「第九回 江戸の痴漢」へ
   「第十回 遠山裁き」へ
   「第十一回 数馬、若様になる」へ
   「第十二回 悪霊退散!」へ
   「第十三回 姉の縁談」へ
   「第十四回 墓参り」へ
   「第十五回 父と子」へ
   「第十六回 弟子入志願」へ
   「第十七回 墓荒らし」へ
   「第十八回 暫しの別れ」へ
   「第十九回 新三独り旅」へ
   「第二十回 数馬危うし」へ
   「最終回 数馬よ、やすらかに」へ
  「次のシリーズ 佐貫三太郎」
   「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ

無印良品

2013-07-11 | 日記

 家から30分ほど車で走ったところに「イオン・モール」がある。 昨日行ってきて「無印良品」の店でレトルト食品の買い物をしてきた。 テレビ番組で、無印良品のランク付をやっていたからだ。 東京や大阪なじの都会の人々は、テレビで見たくらいではわざわざ買に行かないのだろうが、私が住むところでは私を含めて田舎者が多いのだろう。 ランク上位の品は、全部売り切れていた。 
 無印良品というのを、私は誤解をしていたようだ。 無印というからノーブランド品で、全ての商品が格安なのかなと思っていたが、どうやら無印良品というのがブランド名らしい。 総ての商品の値段が、私が買い物に行くダイエーや、コーナン、コープ・神戸、ロイヤル・ホームセンター、いとう呉服などより高かった。 

         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 プログに小説を載せられている方の作品をいろいろ読ませて貰っているが、「この方はプロの作家だろうな」と思う完成度の高い作品にお目にかかることが多い。 そんな時は、「只で読めちゃって儲かったな」みたいな幸福感を覚える。 「あゝ、こんな風に表現すると新しくて格好いいな」とか、「風格がでるな」とか、大変勉強になったり、パクらせてもらったり。 

         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 私の「能見数馬シリーズ」は、1編を8000字を目安に書いている。 ブログの編集画面の字数は、HTMLも含んだ数字になっているようで、8000字といえば約400字詰め原稿用紙にして16枚くらいかな? こんなだらだら長いものを、読んでくださる人がいらっしゃるのだろうかと思いながらキーボードを叩いている。 
 次回は、早くも
⑱になる。 新三郎の魂は、能見数馬の中にあるが、⑱では能見数馬から抜け出して、兄の新二郎に移り故郷の御嶽山の麓、木曾谷に戻る。 シリーズ初の主人公が登場しない話になりそう。 嫁にも行かず、新三郎の帰りを指折り数えて待っているお清という娘に、新三郎が亡くなったことをどう伝えようか。 実はこの時点ではまだ考えていない。 

          ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 空想する楽しさから、書く楽しさに変わる一瞬ではある。

 


猫爺の連続小説「能見数馬」 第十七回 墓荒らし

2013-07-11 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 武蔵の国から江戸に入り、ようやく我が家に近づき、ほっと気が緩んだ数馬だったが、朝靄の残る農道を追って来る僧を見た。 師が走るのは師走だが、僧が走るのは盆が近いからかなぁと、考えながら歩いていると、靄の中から現れたのは経念寺の亮啓だった。
   「亮啓さん、どうかしたのですか」
 亮啓の顔色に、数馬は徒事(ただごと)ではない気配を感じた。
   「数馬さんが今日お帰りだとお聞きしましたので、御屋敷に向かっていたところです」
 息を荒げている亮啓に、数馬は腰に下げた竹筒を差し出した。武蔵の国の榎田(えのきだ)大蔵の娘由樹枝が持たせてくれた竹筒に、数馬が宿場で水を入れたものだ。
   「亮啓さん、水をお飲み下さい」
 亮啓は竹筒を受け取ると、生温い水を一気に飲み干した。 亮啓は一息つくと、
   「数馬さん、大変なのです」
   「何事ですか」
   「新三郎さんのお墓から、お骨が盗まれました」
 朝のお勤めを終え、亮啓が墓の見回りをしていたら新三郎の墓の納骨棺の蓋が少しずれていた。不審に思い開けてみると、骨壺もろ共無くなっていたというのだ。
   「お寺はいつでも檀家の方々にお入り頂けるように、戸締りなどは致しませんので子供の悪戯でしょうか」
 数馬には、こんなことは初めてで、訳がわからなかった。
   「新さんには、自分のお骨の許へ戻る能力は無いのですか」
   『あっしゃあ、鳩や犬じゃありませんからねぇ』
   「子供の悪戯で、お骨にみんな寄ってこっておしっことかを掛けていなければいいが」
   『何 おしっこだと、そんなことをしやがったら、チンチンを腫れさせてやる』
   「新さんはミミズですか」
   「新さんと話しているのですか それならちょっと失礼して」 
亮啓は無遠慮に数馬の懐に手を差し込んだ。
   『亮啓さん、朝からご足労をかけやした』
   「いえいえ、私が迂闊でしたばかりに・・・」

 何の手掛かりもないので、どこをどう探せば良いかわからないが、数馬はとりあえず経念寺に赴き、経念寺の付近の民家で訊いてまわった。 昨夜、経念寺で大きな音がしなかったか、話声が聞こえなかったか、経念寺から出てくる人を見かけなかったか、そんなことを訊きながら虱潰しに当たってみた。 経念寺から出てくるところは見ていないが、昼間、若い男に経念寺の場所を訊かれたという老婆が見つかった。 

   「何でも、信濃の国から弟の墓参りに来たと言っていらした」
 これは、大きな手がかりである。 以前に新三郎の墓を経念寺に建てたとき、新三郎から故郷御嶽山の麓、樋里村のことを聞き、数馬は村の名主(なぬし)に手紙を送っていた。 あの手紙が次兄にも見せられたのであろう。 その次兄がどうして墓を荒らしたのだろうか。 「連れて帰り、故郷の墓に入れてやりたい」と、言ってもらえば、誰も反対しないのに。 数馬は、子犬のように首を傾げた。
   『一番上の兄貴は新一郎と言いまして木曾谷で材木の伐採をしており、力も正義感も強い男です』
   「そのお兄さんでしょうか」
   『違うでしょう、どんな訳があろうとも、人殺しのあっしを許しませんから』
   「そうですか」
   『二番目の兄貴は新二郎と言いまして、あっしと同じく筏流しをしている気の優しいへヘナチョコ野郎で、子供の頃は村の子供たちに苛められてはよく泣いて帰ってきました』
   「新さんが敵討ちをしていたのでしょう 江戸へ来たのはそのお兄さんのようですね」
   『そうだろうと思いやす』
   「新一郎さんに気を使って、今まで新さんのお墓に参れなかったのでしょう、そのお兄さんが、どうしてお骨を持ち去ったかですね」 
亮啓は「ホッ」としながらも、腑に落ちない様子だった。
   『兄貴なら、おしっこの心配も、漢方薬の心配もいりやせん』
   「そうですね、暫くは気が付かない振りをして、静観しましょうか」 と言いつつ、亮啓は手を数馬の胸に当てたまま。
   「あのー、亮啓さん、こんなところをご住職に見られたら拙(まず)くはありませんか」
   「はい、男の数馬さんですから、一向に・・・」
   『そんなこと気にするのは数馬さんだけでしょう』
   「だって、くすぐったくて堪りません」

 その日の夕方、経念寺に骨壺を持って訪れた男が居た。 木曾の新二郎であった。 弟の墓に手を合わせ、暫く弟新三郎に話しかけていたら、急に木曾へ持ちかえり、ある人に見せてやりたいという衝動にかられ、深く考えもせず板橋の宿まで行ったが、お骨を持ち帰っても兄が埋葬を許す訳もなく、途方に暮れて戻ってきてしまったという。 亮啓に「ここで謝ることはないから、能見数馬の屋敷を訪ね、謝って来なさい」と、諭された。 今夜は泊って行きなさいと必ず言ってくれると思うから、お言葉に甘えて泊めてもらい、数馬さんに今後のことを相談なさいと教えた。
   「弟さんにも逢えるかも知れませんよ」と、謎の言葉を添えて。

   「私は能見数馬と申します、あなたが新三郎さんのお兄さんですか」
   「はい、兄の新二郎と申します、弟のお骨を盗み出して、申し訳ありませんでした」
   「いえいえ、それよりよく来て下さいました、弟さんもさぞお逢いしたいでしょう」  と、またしても数馬から謎の言葉。
 もしかしたら、弟は生きているのではないかと一瞬妄想したが、お骨を思い出し妄想を振り払った。
   「経念寺の和尚さんにも弟に逢えるかも知れないと言われましたが、どう言うことでしょうか」
   「お食事を用意させますから、お風呂にお入りになって、今夜は当方でごゆっくりなさって下さい」
   「ありがとう御座います」
   「その後に、弟さんの新三郎さんにお逢わせしましょう」
   「新三郎は生きているのですか」
   「いいえ、残念ながら鵜沼で闇討ちに遭い、亡くなられています」
   「それでは、新三郎の霊にでも逢えるのでしょうか」
   「その通りです」
   「早く逢いたいです、弟は元気ですか」
   「霊ですから、元気かと聞かれてもお答えしようがありません」
   『こいつ、優しくていい奴ですが、アホでして』
   「お兄さんに向かって、そんなことを言うものではありません」
 数馬の気持ちとは関係なく、数馬は涙を流した。 これは、新三郎の涙である。
 一風呂浴びて、食事も済んだ新二郎は、離れに通された。
   「ここで、新三郎さんにおあわせします」
   「お願いします」と、新二郎は天井を見上げてきょろきょろした。 行燈の灯が、一瞬揺らめいたかのように思え、弟の幽霊を探したのだ。
   「私の懐に手を入れ、胸に掌を当てて下さい」
   「こうですか」
   「あっ、くすぐったいから手をごそごそ動かさないで、じっとしていて下さい」
   「はい、済みません」
   「もうすぐ、新三郎さんが話しかけますから、それに応えて下さい」
   「わかりました」 
   「では、新さん、新二郎さんにしか分からないことを話してあげて下さい」
   『アーアーアー、本日は・・・』
   「新さん、こんなときに冗談は要りません!」
   『新二郎兄さん、俺です、新三郎です』
   「新三郎か、本当に新三郎なのか」 新二郎は、事態をまだ信じきれない。
   『そうだよ、権六の娘、お清ちゃん、嫁にいったかい』
   「おお、まさしく新三郎だ、まだ嫁に行かずにお前の帰りを待っている」
   『俺が死んだことを、まだ知らせていないのか』
   「知らせたが、遺骨を見るまでは信用しないと言うのだ」
   『遺骨でどうして俺だと分かるのだ』
   「お前が喧嘩して欠いた前歯の形を覚えているのだそうだ」
   『行き遅れてしまうじゃないか』
   「そうなのだ、それでつい新三郎の遺骨を盗んで持ち帰ろうとしたんだ、ごめん、本当にごめん」
   『それはもういいよ、数馬さんも兄さんを責める気はないようだし』
   「こんなことってあるものだなぁ、死んだ弟とこうして語り合えるなんて」
   「新さん、まだ募る話があるだろうから、今夜は兄さんの中へ入って下さい」
   「わかりました、そうします」

 翌日は、新二郎には我が家でゆっくり旅の疲れをいやし、数馬が藩学から戻り次第、もう一度二人で経念寺へ行って、お墓を片付けこよう。 そして、もう一晩数馬の屋敷で泊って貰い、明後日の朝、帰途の旅にたたせてあげよう。 数馬はそう段取りをした。

   「新二郎さん、お骨はやはり経念寺に置いておかれますか」 二人で経念寺に向かいながら数馬がぽつりと言った。
   「はい、お詫びして、お願いしょうと思います」
   「そうですか、お清さんを説得できますか?」
   「いえ、聞き入れてはくれないでしょう」
   「では、新三郎さんに行って貰ったらどうでしょう」
   「新三郎、俺と一緒に木曾へいってくれるかい」
   『江戸への帰り道が独りだと恐い』
   「途中で幽霊が出るとでも」
   『へい』

 経念寺に着くと、墓に戻すか、木曾へ持ち帰るか分からないので骨壺は本堂の仏前に置いてあった。 結局、骨壺は墓に戻し、新三郎本人(本霊)が新二郎に付いて(憑いて)行くことにしたと亮啓に告げた。 新二郎は、亮啓に幾度も頭を下げていた。
   「新二郎さん、新三郎さんのお骨をお分けしましょうか」 これを分骨という。
   「はい、密かに墓へ入れてやります」
   「小骨を一本懐紙に包んであげましょう」
   『小骨って、あっしはイワシですかい』

   (墓荒らし・終)   ―続く―   (原稿用紙13枚)

  「リンク」
   「第一回・心医」へ
   「第二回・江戸の探偵」へ
   「第三回 十四歳の占い師」へ
   「第四回 若き霊媒者」へ
   「第五回 父の仇!」へ
   「第六回 二つの魂を持つ男」へ
   「第七回 江戸の名医」へ
   「第八回 幽霊新三」へ
   「第九回 江戸の痴漢」へ
   「第十回 遠山裁き」へ
   「第十一回 数馬、若様になる」へ
   「第十二回 悪霊退散!」へ
   「第十三回 姉の縁談」へ
   「第十四回 墓参り」へ
   「第十五回 父と子」へ
   「第十六回 弟子入志願」へ
   「第十七回 墓荒らし」へ
   「第十八回 暫しの別れ」へ
   「第十九回 新三独り旅」へ
   「第二十回 数馬危うし」へ
   「最終回 数馬よ、やすらかに」へ
  「次のシリーズ 佐貫三太郎」
   「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ

猫爺の連続小説「能見数馬」 第十六回 弟子入志願

2013-07-08 | 長編小説
【能見数馬 第一回 心医】から読む

 藩学が引けて帰り、門をくぐって間もないところで数馬は数馬と同年代の集団に取り囲まれた。
   「ちょっと来な!」と、人目に付かない路地に引っ張り込まれ、
   「 お前が能見数馬か」 集団の最年長らしい男に聞かれた。
   「はい、そうです」
   「お前、スゲェ術を使うのだってなぁ」
   「いいえ、使いません」
   「嘘をつけ!手を翳(かざ)しただけで敵を倒したと聞いたぞ」
   「ただの噂で、事実ではありません」
   「そうか、試してやる」と、いきなり顔を殴ってきた。数馬は、態(わざ)と殴られてやった。
   「なんでぇ、防御も出来ねえのか」
ちっ、と舌打ちをして、数馬を蹴り倒した。
   『数馬さん、やっちゃいましょうか』
   「いや、いいんだ、こんなガキやつ付けても仕方がないだろう」
   「何を黙ってやがる、立ち上がってかかって来いよ」
   「いえ、到底敵(かな)いません」
   「では、土下座をして許しを乞え!」
 何の許しか訳が分からないが、数馬は起き上がって正座し、おでこを土に擦りつけた。
   「どうか、許して下さい」
   「何だ、腑抜けじゃないか、誰でえ滅茶苦茶強いとぬかした奴は」と、他の者にきいた。
   「本当に、唯の噂だったのかな」 一人が呟くように言った。
   「行こうぜ!」
   「こいつ、口から血をだしてやがるが、どうします」
   「放っとけ、放っとけ」
 集団は数馬を路地に残して去って行った。
   『あいつら、放っといたら癖になりますぜ』
   「いいのだ、 これで得心(とくしん)しただろうから」

 ところが、そうではなかった。 翌日もまた奴らが数馬を取り囲んだ。 今度もまた路地に連れ込まれると、数馬の学友の藤波晋次郎が人質になっていた。
   「どうだ、こいつが痛い目に遭ってもいいのか」
 集団の最年長らしき男が言った。
   「私も、その子も、何もしていないじゃないか、何故こんなことをする」
 数馬はちょっと怒った顔をした。
   「俺たちと本気で勝負するか」
   「何のための勝負ですか」
   「お前の強さを見てやるのさ」
   「バカバカしい」
   「それじゃァ、こいつをボコボコにしてやる」
 男が拳を振り上げて、藤波晋次郎の顔に振り下ろそうとしたその時、不意に腕が止まった。 暫く静止していたかと思うと、男はその場にしゃがみ込み、上を向いて数馬に言った。
   「参った、無礼を許して下さい」
 成り行きを見守っていた仲間たちは唖然とした。
   「なんでぇ、兄貴も腑抜けじゃねえか」 口々に悪態を吐(つ)きながら「チッ」と舌打ちをして散っていった。 ここもまた、新三郎の機転に救われたことを数馬は知っていた。
   「ごめんな、恐かったろう」
   「いえ、能見さんが居たから、ちっとも恐くありませんでした」
   「そうかい、誰にも言わないで下さいね」
   「はい」
 藤波は、数馬に向かってぴょこんと頭を下げて、何事もなかったように帰って行った。
   「新さん、もういいですよ」
   『ホイ来た』 新三郎が男から抜けると、男は土下座をしたまま横向けに「くたん」と倒れ、やがて気が付いた。 土下座をしていたのは男の魂を追い出した新三郎だったのだ。
   「新さん、ありがとう、また助けられましたね」
   『いいってことよ』 新三郎はちょっと得意げであった。

 気が付いた男は、きょろきょろと周りを見渡したが、仲間が誰も居なくなっているのに気付くと、何があったのか懸命に思い出そうとしている様子であった。
   「勝負は終わりましたよ」 
   「何も覚えていない」 男は気味が悪そうであった。
   「あなたの負けぶりが、あまりにも不甲斐なかったので、仲間は呆れて帰っていきました」
   「俺に何をしたのだ」
   「あなたが言う術ですよ、あなたはもう、あの仲間には入れないでしょう」
三日目は、もう誰も待ち受けてはいないだろうと門をくぐって外に出ると、藤波晋次郎が立って居た。
   「また、人質ですか」
   「違います、私を能見数馬さんの家来にして下さい」 晋次郎ペコンし頭を下げた。
   「何を言っているのですか、あなたと私は学友でしょうが」
   「それでは、弟子にして下さい」 
   「弟子になって何を学ぼうと思っているのですか」
   「妖術です」
   「私は、そんな術は使えません」
   「私は能見さんが妖術で男を負かすのを確かに見ました」
   「それは、違います、あれは妖術ではなく、心理術(催眠術)と言って医術なのですよ」
 数馬は誤魔化した。 「あれは幽霊の新三郎がやったことです」とは言えなかったからだ。 しかし、まんざら嘘でもない。 いずれはその心理術を、数馬は会得するつもりだ。
   「心の病の原因を確かめるためにかけるのです」
   「医術で人が倒せるのですか」
   「あの男は悪ぶっていましたが、本当は優しくて気が小さい人です」
 自分を拉致して殴ろうとした男が優しいなんて晋次郎は思えなかった。
   「数馬さんに喧嘩を仕掛けたあの男が?」
   「弱い者を苛めたり、喧嘩を売ったりするのも、取り巻き連中に自分の強さを見せる為です」
   「私もその医術を身に就(つ)けたいです」
   「それなら、医者になることですが、あなたは確か藤波家の跡取りでしたね」
   「そうです」
   「それでは、お父上が医者になることをお許しにはならないでしょう」
   「そうでしょうね」
 晋次郎は寂しげであったが、諦めて帰っていった。 数馬はその背に向かって、
   「私たちは友達です、これからも仲よく勉学に勤しみましょう」
 藤波は振り返り、にっこり笑ってみせた。


   「母上、数馬帰りました。 腹が減りました、すぐに・・・」
 お樹(しげ)が出迎えて、人差し指を唇に当てて「しーっ」と、数馬の次の言葉を遮った。続いて母の千登勢が出てきて、
   「まあ、何ですか、お行儀の悪い」
   「どうしたのですか いつもは何も言わないのに」
   「お客さまですよ、綺麗なお武家の御嬢さんです」
   「何方(どなた)でしょう、母上の知らない方ですか」 
   「はい」
 彼女は、武蔵の国から来たそうである。 武蔵の国と言えば、数馬は一度関本藩主に呼ばれて行ったことがあるが、そのような女性に心当たりはない。
   「お会いしてみましょう」 
 数馬が客座敷に入ると、二十一、二の武家娘が座っていて、数馬に両手をついて、丁寧にお辞儀をした。
   「お初に御目通りいたします、私は武蔵の国関本藩士、榎田(えのきだ)大蔵の娘、由樹枝と申します」
   「能見数馬です、関本藩のお殿様、関本義範様のお使いでしょうか」
   「いいえ、そのお殿様に数馬様のことをお聞きしまして、お教えを乞いに参りました」
   「こんな若造がお教えすることなどありましょうか」
   「お殿様は、数馬様がきっとお力添え下さるでしょうと仰いました」
   「そうですか、とにかくお話をうかがいましょう」
   「父上が何かに怯え、夜も眠れません、その上胸が早鐘をつくが如く高鳴り、苛(いら)ついて暴れるかと思えば、落ち込んで黙り込んでしまうのです」
   「お父上は、何も理由がないのに切腹なさろうとしたことはありませんでしたか」
   「二度ありました、家族が気付き止めしました」
   「それで、お医者様は何と仰いましたか」
   「どこも悪くない、気の所為であろうと」
   「他には」
   「仮病かも知れないと、お医者様に耳打ちされました」
   「あなたは仮病だとお思いですか」
   「いいえ、あれだけ苦しんでいるのに、仮病だなんて酷過ぎます」
   「ご家族の方々に、何か注意することを伝えませんでしたか」
   「いえ何も、祈祷師に相談したらどうかと仰いましたが」
   「医者が祈祷師に相談しろと」
   「はい、それで祈祷師に祈祷して頂きましたところ、誰かに呪いをかけられていると」
   「祈祷の効果は?」
   「高額の祈祷料を払ったのですが、なんの効き目もありませんでした」
   「心当たりがあるのですか 誰かに恨まれているとか」
   「いいえ、平常心の時の父に尋ねましたが、全く心当たりがないそうでした」
   「分かりました、お父上はきっと心と体の病です」
   「と、仰いますと」
   「お父上は、きっと性格が、細やか過ぎるようですね」
   「はい、お仕事が思うようにいかないと、それはもう気に病んで憔悴(しょうすい)しておりました」
   「その所為で心労が重なり、心悸(しんき)を起こしておられるようですよ」
   「治りますか」
   「はい、励ましたり、焦らせたりしないで、普段通りに見守ってあげて下さい、出来れば隠居されたら良いのですが」
   「兄が居りますので、お殿様にもご相談したいと思います」
   「漢方医なら、心悸を治す薬がありますので、江戸の知り合いがそう言っていたと仰ってみてください」
   「はい、わかりました」
 お樹(しげ)がお茶とお菓子を盆に乗せて入ってきた。
   「由樹枝さま、今夜はここへお泊りくださいまし」
 由樹江は、お樹の頬の傷に気付き驚いたようであったが、気遣ってそれを言葉にしなかった。
   「お世話をおかけします」
   「数馬さん、武蔵へはこの間行かれたのでしたね」
   「はい」
   「お嬢様をお国元までお送りなさいましな」
   「そうですね、お殿様へのお礼も有りますので、ご一緒しましょうか」
   「本当でございますか、嬉しゅうございます」
 お樹が客座敷から下がりかけに、正座している数馬の足を、「ぎゅっ」と踏んで出て行った。 自分が言い出したくせに焼き餅を焼いたりして、お樹はほんとうに可愛い女子(おなご)だと密かに思い、「はっ」と気が付き拙(まず)いと思ったが遅かった。 新三郎に筒抜けなのだ。
   『明日の晩は、武蔵の国で筆おろしですか』
   「バカバカ! そんなわけないでしょう! このスケベ幽霊が!」
   『何事も経験のためです』

   (弟子入り志願・終)   ―続く―   (原稿用紙15枚)

  「リンク」
   「第一回・心医」へ
   「第二回・江戸の探偵」へ
   「第三回 十四歳の占い師」へ
   「第四回 若き霊媒者」へ
   「第五回 父の仇!」へ
   「第六回 二つの魂を持つ男」へ
   「第七回 江戸の名医」へ
   「第八回 幽霊新三」へ
   「第九回 江戸の痴漢」へ
   「第十回 遠山裁き」へ
   「第十一回 数馬、若様になる」へ
   「第十二回 悪霊退散!」へ
   「第十三回 姉の縁談」へ
   「第十四回 墓参り」へ
   「第十五回 父と子」へ
   「第十六回 弟子入志願」へ
   「第十七回 墓荒らし」へ
   「第十八回 暫しの別れ」へ
   「第十九回 新三独り旅」へ
   「第二十回 数馬危うし」へ
   「最終回 数馬よ、やすらかに」へ
  「次のシリーズ 佐貫三太郎」
   「第一回 能見数馬の生まれ変わり?」へ