雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十五回 青い顔をした男

2014-09-11 | 長編小説
 こちらは江戸の京橋銀座、雑貨商福島屋亥之吉の店先である。表を綺麗に掃除して水を撒き、いつ客がきても買い物をして貰える状態にして亥之吉旦那以下、使用人たちも持ち場に着いた。

 帳場に正座して亥之吉がぽつりと呟いた。
   「遅い」
 番頭が不安そうに訊いた。
   「旦那様、何が遅いのでございますか?」
   「上方からこっちへ向かっている小僧さんや」
   「旦那様が心待ちにしていらっしゃる三太さんと新平さんですね」
   「別に心待ちにはしとりませんが、命の恩人の弟さんから預かる大切な子供ですよって」
   「旦那様の命の恩人ですか?」
   「そうじゃ、緒方梅庵と能見数馬という蘭方医の兄弟が居りまして、その能見数馬は後の信州上田藩の与力と藩医を兼ねた、わしの大親友佐貫三太郎さんだすのや」
   「へー、与力と藩医を兼ねるなんて、どこの藩にも居ないでしょうね」
   「本人は医者として元藩主のご隠居の主治医を任されておりましたが、父上の佐貫慶次郎さんが急死されて急遽こんなことになりはったのです」
   
 この佐貫三太郎は江戸の長屋育ちの町人である。母親は酔って暴力をふるう夫から三太を連れて逃れようとしたが、父親の知ることになり、三太だけ連れ戻された。だが、新しい女が出来ると三太が邪魔になり、猫の仔を捨てるように寺の境内に置き去りにした。それを緒方梅庵(当時は佐貫三太郎)に拾われ、その後、佐貫慶次郎の養子になった。
 佐貫慶次郎に実子佐貫鷹之助が生まれ、その子が自分の養子になった年齢になると、もとの三太に戻り江戸へ出て実の母親を探した。三太は自分が捨てられていた寺で母親と再会するが、父親もまた母親を探しに寺へ来て、ここでも母親に暴力を振るう。それを止めようとして、護身用に持っていた懐剣で父親を刺してしまう。
 親殺しの罪は、例え十にも満たない子供であっても重罪であるが、時の北町奉行の温情で、奉行の知人である水戸藩士能見篤之進に身柄を預ける。篤之進は三太を自分の亡き息子能見数馬の名を付けて養子にする。
 だが、三太が処刑を免れて生きていることを知った佐貫慶次郎は、能見篤之進に頭を下げて三太を返してもらった。捨て子の三太は、佐貫三太郎が武士を捨て、緒方梅庵と名を改めて医者になったので義兄の名を貰い、水戸では能見数馬、そして再び佐貫三太郎になった。
 現在、新平と旅をしているチビ三太は、佐貫三太郎の義弟佐貫鷹之助の教え子である。


 
 漸く、駿河の城下町を出て江尻宿に向かったところで女に声をかけられた。年の頃なら二十七・八、料理茶屋の中居と言ったところであろうか。
   「ちょいと、そこの可愛いお二人さん」
   「何や、何か用か?」
   「あたしの子供になってくれないか」
   「それはあかん、わいにはおっ母ちゃんがおりま」
   「嘘の親子でよろしいです」
   「何の為に?」
 この女、どうも怪しい。三太は心の中で眉に唾を塗る。
   「商家で女中に雇って貰いたいのですが、女ひとりだと怪しまれますの」
   「子連れやと、余計雇ってくれませんやろ」
   「そこは演技の為所(しどころ)で、夫を亡くし、子供の為に懸命に働く母親で同情を買うのです」
   「その後わいらは、どうなるのや?」
   「知人に預けるということで、雇い主に承知してもらったらお二人さんは放免です」
   「放免て、わいらを罪人扱いやないか」
   「お駄賃、一人二十文でどうです?」
   「わい等、先を急ぎますので、御免被りますわ」
 三太と新平が行こうとすると、女はいきなり短ドスを三太の頸にピタリと押し付けた。
   「冷たい、何するのや」
   「グズグズぬかすと、これが喉に刺さるぞ」
 女は、強い態度に出てきた。
   「ああ恐い、おばちゃん、何を企んでいるのや?」
   「煩い、黙って付いて来い、余計なことをぬかすと命が無いよ」

 三太は新三郎に話しかけた。
   「この女、盗人の手引女かも知れませんぜ」
   「言う事を聞いて、企みを探りましょうか」と、三太。
   「では、女の言う事を聞いて、付いて行ってみましょう」
 新平にも、そっと伝えた。

 女の言う通り、女はあっさりと商家で雇って貰うことが出来た。
   「それでは、明日から働かせて頂きます、一生懸命働きますので、宜しくお願い申し上げます」
 女はしおらしく挨拶をすると、三太と新平を連れて戻っていった。
   「女は子供の為なら、あんなに一生懸命になれるのですね」
 商家の番頭が、旦那さまに話しかけた。女がなかなかの美人で色っぽく、番頭はいたく気に入った様子であった。

 女は、三太と新平に四十文渡すと、早くこの地から立ち去れと命令し、その足で仲間と繋ぎを取りにいった。新三郎が女に憑いていったことは言うまでもない。その後を三太と新平も付けた。

 女は盗賊の手先であった。明日の夜、女を雇い入れた商家を、この女の手引で襲うらしい。新三郎が戻ると、二人は番屋に走った。役人が子供の訴えを信じるかどうか心配であったが、ここでも三太のことを噂で聞いて知っている者が居た。

 女は初日であるにも関わらず、よく働いた。使用人にも小僧から大番頭まで優しく尽くして、早くも好感を持たれた。
   「よい人が来てくれましたな」
   「本当に助かります」
   「料理も上手くて、これからの賄い料理が楽しみだ」

 その夜、女は夜中に起きだし厠へ行くようであった。寝ている人に気兼ねしてか、廊下を音も立てずに歩いていった。土間へ下り、表戸のところへ行き、内から潜戸をそっと叩いた。すると、外からもトントンと叩く音が聞こえた。
   「頭、今開けます」
 女は、囁くように言うと、閂を外して潜戸を開けたが、だれも入って来なかった。女は「おや?」と思い外へ顔をだすと、いきなり「御用だ!」と、取り押さえられた。役人たちのそでに、三太と新平が居た。
   「しまった、こいつらを殺しておけばよかった」
 女は、無念そうに吐き捨てた。離れた場所に、女の頭目以下仲間たちが、後ろ手に縛られて引かれて行くのが見えた。

 お店の中で、女が盗賊の仲間だと知らされていたのは店主だけであった。使用人達は驚いた。もしかしたら、今頃自分たちは寝首を掻かれて息絶えていたところだったと想像して、震え上がった。

 盗賊は、非情働きで知れた名うての悪党である。商人の家に押し込むと、女、子供も構わずに殺害し、小判ばかりか、小銭まで奪って去る、人呼んで津波党の十二人であった。やることは荒っぽいが、周到でなかなか尻尾を出さず、役人たちは困り果てていたところだった。
   「三太さん、大手柄でした」
   「いえ、手柄をたてたのはお役人さんたちで、わいはこっそり訴えただけのチッくりガキだす」

 三太と新平は、江尻宿を向けて旅立った。

   「親分、また江尻の番屋に二晩も泊まってしまいましたね」
   「うん、でも何人かの命が助かったのや、亥之吉の旦那さまも、喜んで許してくれはりますわ」
   「そうかなあ?」

 幾らも行かないところで、男が声をかけてきた。
   「その懐に入っているのは狐だろ?」
   「そうだす」
   「五十文で買ってやろうか」
   「どうするのです?」
   「儂は毛皮屋だ、冬まで飼っておき、綺麗に冬毛が生え揃ったら、毛皮を剥がします」
   「それで、この狐のコン太は、どうなりますのや?」
   「狐の肉など食えないので、穴を掘って埋めます」
   「死ぬのか?」
   「それはそうです」
   「あかん、コン太はわいの友達や、殺す訳にはいきません」
   「値を吊上げる積もりか? それなら六十文ではどうです?」
   「値やない、友達や言っているやないか」
 コン太が懐で歯を剥いている。話していることが分かるのだろうか。
   「コン太、売たりはしまへん、安心しろ」
 男は三太に「あっちへ行け」と怒鳴られて、諦めて去り際に、
   「お前馬鹿か、拾ってきたものを六十文で買ってやろうと言っているのに」
 捨て台詞を残して去った。

 
 暫く行ったところで、新平が「鶏の鳴き声が聞こえる」と、呟いた。
   「ほんまや、あのお百姓さんの家、軍鶏を飼っているわ」
 コン太が暴れだした。
   「わかった、わかった、卵分けて貰いに行こう」
 二個分けて貰って、幾ら払えばいいと尋ねると、二個十文で良いという。町では一個百文もするところがあると話して一朱払おうとしたが、受け取らなかった。
   「おっちゃん、ありがとう」
 十文払ってお礼を言って卵を貰ってきたが、コン太が食べたくて我慢が出来ずに懐から飛び出そうとする。一つお椀に割入れてやると、新平がコン太の椀に指を突っ込んだ。
   「卵って、そんなに美味しいものか?」
 ぺろりと舐めて、一言「味無い」と呟いた。
   「人間は、焼いたり蒸したりして、塩を付けてたべるのや、そやけど、これはコン太のもんや、新平にはやらん」
 新平は「要らん」と、嘯いた。

 
 寄り道ばかりしていたので、頑張って興津(おきつ)宿まで行った。宿を取り、夕餉にでた鮎の塩焼きが旨かった。ひとっ風呂浴びて、二人は畳に寝転がって盗賊の話をしていると、隣部屋の男が声をかけてきた。
   「ちょっとお話をしても宜しいか?」
   「へえ、どうぞ何なりと」
   「昨夜のことですが、明日旅にでるということで、早い目に床に就きましたが…」
   「へえ、それで…」
   「旅のことを考えると楽しくて、夜が更けても目が冴えていたところへ…」
   「へえ、へえ」
   「表戸をどんどんどんと叩く者がいます」
   「夜更けに?」
   「戸を開けてやりますと、幼馴染の金助が青い顔をしてズボッと佇っていたのです」
   「なんか、恐い」
   「話を聞いてやりますと、その男が寝ていたら、表戸をこんこんこんと叩く者がいます…」
   「へえ、もしやお化け?」
   「いいや、金助の友達の銀次でした」
   「ああ、びっくりした」
   「銀次の申しますには、寝ておりますと表戸をどんどんどんと叩く者が居ます」
   「まただすか」
   「表戸を開けてやりますと、青い顔をした男がズボッと佇っていました」
   「ふーん」
   「その男の言うことには」
   「青い顔をした男が佇ってましたのやろ」
   「ところが違うのです」
   「ええっ、違うのか?」
   「今度は、真っ赤な顔をした男が佇っていました」
   「もしや、赤鬼?」
   「その男の言うことには…」
   「何や、何を言うたのや」
   「俺、酒に酔うてます」
   「---」

 隣部屋の男は笑いながら部屋へ戻って行った。
   「あほか、あのおっさん、わい等を子供やと思いやがって、あんなしょうもない話をしにきやがるねん」
   「おしっこ、ちびりそうやった」新平は、内心ホッとした。

   「さあ、はよう寝よ、コン太も欠伸しているわ」
 三太は寝ようとしたが、何だか目が冴えて眠れなかった。新平はもうぐっすり眠っている。その時、三太たちの部屋の障子をこんこんこんと叩く者がいる。
   「誰やいな」と、三太が起きて行き、障子を開けてやると、青い顔をした女がズボッと佇っている。
   「あら、兄さん、御免なさい、厠(かわや=便所)と間違いました」
   「どこに障子戸の厠があるのや」
 三太は腹を立てた。翌朝、宿の者に女のことを話し、誰だったかを確かめて、一言文句を言ってやろうとしたが、女の泊まり客は、腰が曲がった婆さん一人だった。女中さんの中にも昨夜の女は居なかった。

 宿を出て、新平に話をした。
   「その女、化け物やったかも知れん」
   「何の?」
   「顔が大きかったから、団扇のお化けかも…」

 二人、「わーっ」と駈け出して行った。(落語小噺より)

  第三十五回 青い顔をした男(終) -次回に続く- (原稿用紙17枚)

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