雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第二十一回 上方の再会

2015-06-04 | 長編小説
 草木も眠る丑(うし)の刻(午前一時)、大店高麗屋の戸が叩かれた。
   「起きろ、わしだ、片岡恭之助だ、ここを開けなさい」
 火付盗賊改方同心と名乗っている男だ。
   「早くここを開けなさい」
 はじめは優しく叩いていたが、段々焦れてきたのか乱暴になってきた。
   「早く開けないか、片岡だというのが聞こえないか」
 漸く、応答があった。
   「へえ、こんな真夜中に、何方の片岡様でございますか?」
   「昨日、夜盗の襲撃から護ってやると申したであろう」
   「それは誰に申されましたか?」
   「主(あるじ)だ、お前はあるじの宗右衛門ではないのか?」
   「へえ、わいは番頭の嘉兵衛でおます」
   「主から聞いていないのか?」
   「いいえ、何も」
   「お前では埒(らち)があかぬ、主を呼べ」
   「えらいすんまへん、主は熱を出して休んでいますので、明朝にしてもらえまへんやろか」
   「バカを言うな、わしらはこの店を護る為に、怪我までしているのだ、手当をする、晒と焼酎を用意致せ」
   「それはどうもご苦労さまでした、直ぐお開けしますのでちょっと待って下さい」
   「何故待たねばならぬ」
   「それは、夜盗が出ると聞きましたので、頑丈に戸締まりをしております」
   「そうか、待っているから早くしろよ」
   「へえ、ところで、火付盗賊改方同心の片岡さまとおっしゃいましたね」
   「そうだ」
   「言い難いことですが、火盗改は大坂には無い役職ではありませんでしたか?」
 暫くの沈黙があり、男は言った。
   「この度の夜盗騒ぎで、急遽配備されたのじゃ」
   「さいだすか、それは有り難いことで…」
   「まだ開かぬのか?」
   「あ、支え棒が外れました、今、お開けします」
 勢いよく、引違いの戸が開いた。いきなり刀の抜身が「すっ」と入れられて、戸の正面に立つ番頭に向かってきた。今まさにその切っ先が番頭の腹に突き立てられようとした時、戸の端に居た男が、天秤棒で「バシッ」と、刀を叩き落とした。
   「何をしやがる」
 黒覆面の男が一人戸を潜って入ってきたのを、反対側の戸の端に居た男に、六尺棒で腹を突かれた。戸の外に待機していた男たちが「おー」と、後退りしたのを切欠に、正面の番頭が外へ飛び出して天秤棒を真横に振った。その天秤棒は、ずらり並んだ黒覆面の男たちの喉を擦(こす)ったので、驚いて後退りをした隙に、戸の内から二人の棒を持った男が飛び出してきて、戸を閉めると、黒覆面たちの腹を「ドスドス」と、突きまくった。
 今度は、黒覆面の男たちの後ろにいた一人が、突然刀の峰で仲間の肩先を打って回った。そのとき、呼子笛が鳴った。高麗屋の戸の内からである。
 再び戸が開かれると、縛られて転がっている黒覆面の男が目に入った。一人の目明しが中に居たのだ。
 どこかのお店の内にでも隠れていたのか、御用提灯が闇にわくかのように増えて近付き、やがて黒覆面たちを取り囲んだ。
 黒覆面の男たちは、予め天秤棒や六尺棒で打撃を与えられていたので、難なくお縄になった。

 十人の盗賊共々お縄こそ頂戴しないが、亥之吉師弟も、東町奉行所に連れられて行った。黒覆面の男たちが、「我らは盗賊ではない」と、言い張ったからだ。だが、深夜に黒覆面を着けて大店に押し入ろうとしたのは紛れもない事実である。これで、江戸で盗んだ千両箱が出たら、疑いの余地はないのだが、捕らえられた十人が十人共、「知らぬ、存ぜぬ」と、白を切った。
   「石でも抱かせてみるか」
 奉行が横に居た与力を見て言った。亥之吉が「口幅ったいようですが」と、断りを入れて「千両箱の隠し場所は、わいらに探らせて貰えませんか」と、申し出た。
 奉行は、「探るよい思案でもあるのか」と訊き返した。
   「へえ、巧くいくかどうかわかりませんが、任せて頂ければ手口を見つけてご覧に入れましょう」
 何やら、自信がありそうに答えた。ここで奉行所のお調べに任せて、証拠なしで無罪を言い渡されては、必ずどこかの大店が犠牲になってしまうからである。
   「必ずお役に立てると思いますが、それには一つ条件がおます」
   「どんなことだ」
   「われわれ師弟の内、一人で宜しいので、盗賊が繋がれたお牢の前に四半刻ばかり居させて貰いたいのです」
   「それは叶わぬ、お牢の前に一般の者を入れることは罷り通らぬことである」
   「そうですか、では仕方が有りません、我々はここで引き揚げさせて頂きます」
 後のことは、奉行に任せて、亥之吉、三太、辰吉は戻っていった。

 それから三日後のことである。目明しが亥之吉を訪ねて福島屋へやって来た。捕らえた盗賊を拷問にかけたか、誰一人吐かなかったようだ。
   「亥之吉さん、お奉行がお牢の前に一人入れても良いと言っておられる、来てくださるか」
   「分かりました、では一番若い辰吉という、わいの倅を入れて貰いましょう」
 亥之吉は辰吉を呼び、何やら囁くと、辰吉は「うん、うん」と頷いて、目明しに付いて奉行所へ行った。

   「わしらは盗賊ではない、盗賊の魔の手から高麗屋を護ろうとしていた者達だ」
 牢の中に一纏めに入れられた男たちが騒いでいる。入ってきた辰吉をみて、一斉に睨みつけた。
   「お前は、三吉の用心棒やな」
   「そうだ」
   「何をしに来た」
   「お前らが高麗屋から一朱貰って、店を護ってやると言っていたのを証言してやろうかなと思ったりして…」
   「おう、頼む」
   「止めておこうかなと思ったりして…」
   「止めるな、証言してくれ、このままでは我らは何も悪事を働いていないのに、盗賊にされて島流しになるのだぞ」
   「島流し? 磔獄門の間違いではないのか?」
   「バカ言え、盗みも人殺しもしていないのだぞ」
   「そうかなぁ、ちょっと控の部屋で考えて来る」
 辰吉は牢の前から立ち去ったが、守護霊新三郎は盗賊の頭(かしら)に移っていた。牢番には「四半刻のちに、もう一度来ます」と言ってきた。

 お奉行は、辰吉を呼び寄せた。
   「実はなぁ、江戸でヤツ等が奪った千両箱は八つを下らないと読んでいるのだが、見付からないので、上方へ持ち去ったものとして、当所にもお鉢が回ってきたのだ」
 江戸の北町奉行は、辰吉に協力して貰えば何とか見つかるのではないかと、いやはや無責任にも上方へ押し付けてきたのだと言う。
   「辰吉は、霊占術ができるのであろう?」
   「へ? どなたがそんな嘘を言ったのですか?」
   「江戸の奉行じゃ、奉行は与力の長坂に聞いたと申したそうな」
   「え、長坂様、あの父亥之吉や、三太の兄貴と馴染みのあった長坂清三郎さまですか?」
   「いや違う、たしか清心とか申したが…」
   「そうですか、それはきっと清三郎さまのご子息でございましょう」
   「そなたは会ったことがないのか?」
   「ありません、霊占術も私ではなく、三太の兄貴でしょう」
   「お前の兄か?」
   「まあ、そんなところです」
   「お前は、霊占術が出来ないのか?」
   「出来ます、兄に習いました」
   「そうか、良かった、辰吉、千両箱の行方を占ってくれ、見つけたらお上から礼金を賜ることだろう」
   「わかりました、何とかお奉行のお役に立つように努力します」
   「うむ、頼んだぞ」

 再び辰吉はお牢の前に行き、きっかり四半刻(三十分)后に戻ってきた。
   「新さん、千両箱の在処は、分かったかい?」
   『上方には運んでは来ていないようだ、江戸の越中島にある相馬寺無縁墓地に埋めてある』
「江戸奉行の手抜かりだな」
   『どうやら、寺の住職も盗賊の仲間のようだ』
   「わかった、東町の奉行に言って、江戸へ連絡をとって貰いましょう」

 それから十日後、高麗屋宗右衛門が番頭と共に福島屋へ「亥之吉さんに会いたい」と、やって来た。
   「はい、番頭の亥之吉でおます、どうなさいました?」
   「お約束の物をお持ちしましたのや」
   「わい、何か約束しましたかいな?」
   「それ、盗賊の魔の手からわしらの命とお店を護ってくれた方に百両のお礼をしますと…」
   「へ? あれは盗賊の仲間に払うと言いはりましたのやろ」
   「それを言われると面目ない」
   「どうぞ、わいらに気を使わないでください」
   「お奉行さまから亥之吉さんの大活躍をお聞きしました、おまけに江戸で奪った千両箱の在処まで突き止めはったひそうやおまへんか」
   「それは、あのー、新…」
   「ご子息の手柄と言いたいのですやろ」
   「いえ、それはその…わいではなくて…」
   「あれだけの手柄を立てておいて、何と奥ゆかしい」
 麻で編んだ銭袋に入った銀百両を手渡された。上方で流通しているのは、金の小判ではなくて、丁銀と呼ばれる銀貨で、一両は六十匁(225g)であるとして、百両ともなれば、二十二キログラム以上の重さである。
   「うわぁ、こんなに頂戴してええのだすか?」
   「へえ、店の者、みんな亥之吉さんに感謝しとります」
   「ほんなら、遠慮のう頂戴しまして、有意義に使わして貰います」
 
 亥之吉は、受け取った銀六貫匁を三吉の鷹塾を建てるのに役立てようと言った。同じことなら、新築の建物にしてやりたいのだ。三太も辰吉も異論はなかった。

 それから更に十日後、江戸からお使者が十数人の護衛と共にやって来た。亥之吉、三太、辰吉の三人は、東町奉行所に呼び出された。
   「其方たちの働きで、盗賊が一網打尽に出来た、盗賊達が奪い盗って集めた八千両も無事発見することが出来て、幕閣のお歴々も、誰一人腹を切らずに済んだことを慶んでいると言うことだった。
   「そこで、江戸からお使者が報告に訪れて、其方たちに礼を言いたいそうである」
   「幕閣のお使者をご案内致しました」
 奉行が控える部屋の襖が静々と開かれて、二人の若いお使者が導かれて入って来た。三太がその使者を見上げて、「あっ」と、声を漏らした。
   「長坂清心さまと、清之助さまではありませんか」
 奉行が三太を咎めた。
   「今日のお二人は、お上のお使者ですぞ、三太、慎みなさい」
 だが、清心と清之助が三太の元へ走り寄った。
   「三太さん、お久しぶりです」
   「お父さまは、おかわりありませんか?」
   「はい、元気です、この度も一緒に上方まで行くと困らせたのですよ」
   「それは良かった、お父様には色々とお世話になったのですよ」
   「それは、父も三太さんに助けられたと申しておりました」
 いきなり三人で世間話を始めたものだから、奉行が困惑している。
   「これ、その話は後でゆっくりしなさい」
   「あ、これはお奉行様、失礼いたしました」
 清心、三太から離れて、お奉行に挨拶をした。
   「長坂どの、先に用を済ましなされ」
 長坂清心は、亥之吉たちの前に進み出て、「お上から申し下されました」と、書状を出して読み上げた。
   「この度の其方たちの働きを讃えて、褒美をくだされ申した」
 奉行所役職の侍が、三宝を持って入ってきた。亥之吉たちの前に三宝を置き、掛けた袱紗を取ると、更に一押しして亥之吉の膝元まで三宝を進めた。こちらは小判である。葵の御紋が入った帯で封印した、切り餅が八つ、二百両である。思わず亥之吉は奉行の顔色を窺った。奉行は「うん」と一つ頷いた。遠慮などしては無礼であるぞと識らしめた頷きである。
   「ははぁ、有難き仕合せにございます」
 
 その夜、奉行所を辞した清心、清之助の兄弟は、亥之吉の滞在する福島屋に泊まった。夜遅く三太もやって来て、江戸での子供の頃の出来事など楽しく話をして、翌朝早く帰って行った。お絹が作った弁当や旅の必需品を持たせ、辰吉が船着場まで送っていった。
   「お父上清三郎さまによろしくお伝えください」
   「辰吉さんも、お父さんや三太さんに、江戸へお越しになった時は、必ず我屋敷を訪ねてくださるようにお伝え下さい」
   「ありがとうございました、さようなら」
 清之助も、船上で手を振って別れを告げた。

 「第二十一回 上方の再会」  -続く-  (原稿用紙17枚)

  「第二十二回 幽霊の出る古店舗」へ


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