雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第三十九回 荒れ寺の幽霊

2014-09-26 | 長編小説
 沼津の宿を出て三里と二十八丁、三島の宿に着いた。ここから高所にある箱根の宿まで四里と八丁、いくら元気といえども、子供である。続けて八里は無理というもの。少し早いが三島の宿で旅籠をとった。
   「三太と新平は、この旅籠に泊まりなはれ」
 どうやら亥之吉は別の旅籠に泊まるらしい。
   「別れて旅籠をとるのですか?」
   「そうや、わいはあちらの旅籠に泊まる」
   「何ですねん、旅籠賃がもったいないのに」

 亥之吉が三太達に指定した旅籠は、平旅籠である。自分が泊まるといった旅籠は、飯盛旅籠、どこがどう違うのだろうと、三太は思った。
   「親分、旦那様は、わいらが邪魔なのです」
 新平がぽつりと言った。
   「沼津の宿では、同じ部屋やったのに…」
   「大人の都合があるのです、素直にこの宿に泊まりましょう」
   「大人の都合で、飯盛女と遊ぶことか?」
   「知っているじゃないですか」
   「わいらが見ておっても、やればええねん」
   「子供がジーッと見ているところで、あんなことやらしいことは出来ないでしょう」
   「寝た振りをしとくのに…」
   「それも、やらしい」

 旅籠はとったが、日暮れまでに時間があるので、三太達は旅籠に荷物を預け町に出て、コン太のご飯になるものを探すことにした。

 めずらしく、猪(しし)の肉が分けてもらえるところを道行く人に教わった。漁師のおやじさんが山で仕留めた猪を直接もってくる店らしい。
   「何だ、その仔狐の餌にするのなら、皮をただでやるから削って持って行きなさい」
 肉包丁を貸してくれた。肩のあたりは固いので、腹の柔らかいところを削り取れと主(あるじ)は指をさして教えてくれた。生臭い臭いに反応してか、コン太の目が輝いている。
   「お、細かく切ってやらなくても食べられるのやな」
 コン太がむしゃぶりついている。殆どが脂で、こんなのをしょっちゅう食べさせていると、ぷっくりお腹の狸みたいな狐になりそう。
   「うーっ」
 コン太に触ると、餌を横取りされると思ったのか怒る。
   「盗らへんわ、生肉なんか」

 三太達は、しばらく町をぶらつき、三嶋大社に参拝をして宿に戻った。三太達の顔を見るなり、旅籠の番頭が声を掛けてきた。
   「子供さん達、暗くなったら外へでたらいけませんよ」
   「どうしたんや、何かあったのですか?」
   「ここから山の手に二十丁ほど歩いた山裾に、住職の居ない荒れ寺があるのですが、昨夜そこを通ってきた屈強な若者が、幽霊にとり憑かれたようなのです」
   「へー、わいと一緒や」
   「子供さんも、とり憑かれているのですか?」
   「へえ、わいの中におっちゃんの幽霊が居ますのや」
   「夜中に、魘(うな)されたりしないのですか?」
   「全然」
   「良い幽霊ですかねえ」
   「お父っちゃんみたいな優しい幽霊です」
   「それは宜しいですね、でも古寺の女の幽霊はとり憑いたひとを殺すそうです」
   「嘘だす、幽霊は人を恨んだり殺したりはしまへん」
   「そうなら良いのですが…」

 番頭は、子供に言っても仕方ないと思ったのか、それっきり何も言わなくなった。三太たちが部屋に戻ると、帳場で話している言葉が聞こえてきた。幽霊に取り憑かれた男は、気を失ってしまったのだそうである。

   「新さん、何かおかしいすすね」
   「幽霊が人を取り殺す訳がないのだが…」
   「お化けだすやろか」
   「女の幽霊と言っていましたぜ」
   「お化けが女に化けたとか」
   「三太、その男の家が何処か、尋ねてくだせえ」
   「行くのですか?」
   「幽霊に殺されたと噂が立っては阿弥陀様に申し訳ねえ」
   「へー、そんなもんだすか?」

 男の家は、旅籠から三丁ばかり離れたところの畳屋であった。
   「こんにちは」
   「へい、畳のご注文でしたら、主(あるじ)は寝込んでいすので、日を改めてお越しくださいな」
   「いえ、畳の注文やおません、ご病気のご主人に用があってきました」
   「主は、ちゃんと受け答えができる状態じゃありません」
   「知っています、幽霊に取り憑かれたのでおますやろ」
   「それを知って、子供さんが何用でしょうか?」
   「わいは、霊と話しが出来る霊媒師でおます、ご主人に合せてくれませんやろか」
   「そんなことを言って、後で法外なお金をとるのでしょう」
   「わいは子供だす、それに商売で来たのではおませんので、金は一文も貰いまへん、安心しとくなはれ」
   「そうですか、医者に匙を投げられたのです、どうぞ見てやってください」

 男は真っ赤な顔をして、熱のために意識が朦朧としていた。
   「これは…」
 新三郎が見るなり唸った。
   「これはダニに刺されていますぜ」
 本人は気付かないらしいが、赤疣ダニという大型のダニが体に喰いついておこる病気である。新三郎も旅鴉の時期があった。野宿をする旅鴉にはダニは大敵である。
   「奥さんに、虫が喰いついていないか探してもらうのです」
 新三郎に言われた通り、奥さんに話し、調べて貰った。
   「あらっ、こんなに大きな血疣ができています」
 それは、血疣と見紛う大きな膨らみで、痛みも痒みもなく、本人も気がつかないことがある。
   「それはダニだす、引っ張って離してはいけまへん」
 ダニの口が皮膚の奥に残って、病気を重篤なものにしてしまうのだ。新三郎の指図どおりに、酢を入れた杯(さかづき)を被せて暫く抑えていた。やがてダニは苦しくなって、肌に喰い込ませた口を外して死ぬのだ。

   「熱はダニの所為だす、あとは綺麗に焼酎で拭いてあげてください、ここ二・三日、頭を冷やすと、きっと治りますよ」
   「幽霊じゃなかったのですか?」
   「幽霊は、人を呪ったり、殺したりはしまへん」
 礼金を断り、畳屋を出ると、日はとっぷりと暮れて、三太はダニのお化けが出そうな気がした。
   「恐わ、早く旅籠に戻ろう」
   「うん」
   「新さん、あれでええか?」
   「へい、四・五日もすれば、すっかり良くなるでしょう」
   「よかった、これから荒れ寺へ行こうと言われるのやないかと、ビクビクしていた」
   「行こうかい?」
   「いやや、ダニのお化けが出そうで恐い」
   「おいらも恐い」

 帰り道、亥之吉が泊まっている飯盛旅籠の前に来た。
   「旦那様、今頃何をしているのかな?」
   「そんなことに興味を持ったらいけない」
   「新平はよく知っているやろうが、わいは知らん」
 言って三太は「はっ」とした。言ってはいけないことを言ってしまったのだ。新平の母は飯盛女だったが、旅籠を馘首(くび)になると、客を家に連れ込み商売をしていた。客が家に来た折、新平は気を利かせて家の外へ出るのだが、酔った客は新平がまだ家の中に居るのに、母親に絡みつくのだった。
 もう終わっただろうと家に戻ると、あからさまな行為の最中を目撃してしまうこともあった。そんな時は、後で母親に「商売の邪魔をした」と、こっ酷く叱られ、罵られる新平だった。
   「お前なんか、山犬にでも喰われて死んでしまえ」
 母ひとり、子ひとりの生活の中で、絶えず母の口から出た嘲弄(ちょうろう)で、新平の胸深く今も食い込んでいる。
   「ごめんな、嫌なことを言ってしもうた」
   「いいよ、おいら大きくなったら、みんな忘れたふりをして、おっ母に会いに行く」
   「そうか、新平は強いなあ」
   「強くないと思う、すぐ泣くから…」

 三太は、亥之吉が泊まっている飯盛旅籠を覗いてみた。
   「子供さん、どうしたのです、旅籠の中を覗いたりして」
 旅籠の番頭らしい人が声をかけてきた。
   「へえ、ここに、わいのお父っちゃんが泊まっている筈ですが、本当に泊まっているか確かめたくて」
   「お父っちゃんの名前は?」
   「福島屋亥之吉といいます」
   「ああ、その御方なら、確かにお泊りですよ」
   「それを聞いて安心しました、もしや、わいは捨てられたのやないかと思いまして」
   「それは何故?」
   「昨夜までは同じ旅籠、同じ部屋に泊まっていたのに、今日に限って別々やなんて可笑しいと思いました」
   「大丈夫ですよ、大人には大人の都合というものがありまして、今夜はお一人でお仕事をなさっています」
   「一人で仕事だすか、子供が居ては身が入らない仕事があるのですね」
   「そうそう、そうですよ、お父っちゃんを分かってあげてくださいね」
   「へえ、よくわかりました、旅籠に戻って、おとなしく寝ます…くすん」
   「おや、聞き分けの良いお子ですね」
   「ありがとうさんでございました」
   「はい、暗いですから、お気をつけてお戻りなさい」

 陰で聞いていた新平が「くすっ」と笑った。
   「親分、後で叱られますよ」
 三太も「くすっ」と笑った。

 宿に戻ると、客や旅籠の使用人たちが、幽霊の話をしている。
   「子供さん、暗くなったら外へ出たらいけないと言いましたのに、幽霊に取り憑かれますよ」
   「その幽霊の正体を見てきました」
   「えっ、あの荒れ寺へ行ったのですか?」
   「いいや、幽霊に取り憑かれた人に会ってきました」
   「それで、幽霊の正体は?」
   「赤疣ダニの所為でした、あれに食いつかれると、熱が出て譫言を言い、幻を見るのです」
   「それで、その人はどうなりました?」
   「ダニは殺しましたので、四・五日もすれば元気になりますやろ」
   「医者にも見放されたのに、子供さんがよく見つけたのですね」
   「わいは、霊と話しが出来る子供霊媒師だす、霊は人を呪ったり、とり憑いて人を殺したりはしまへん」

 新三郎の受け売りであるが、三太自身もそう思っている。人に嵌(は)められて、無実の罪で処刑された兄定吉は、一度も人を呪ったり、恨んだりして、この世の者に仇なすことは無かったではないか。

  第三十九回 荒れ寺の幽霊(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)
「チビ三太、ふざけ旅」リンク
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「第八回 切腹」へ
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「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
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