雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十九回 神社立てこもり事件

2014-08-14 | 長編小説
 夜が明け、三太たちが目を覚ますと三太と新平の間で丸くなってコン太が寝ていた。夜中中走り回ってふざけていたのが嘘のようである。
   「こらコン太、寝かせへんで」
 三太がコン太の瞼を抉(こじ)開けたが、眼球は微動せず、熟睡している。三太が拳でコン太の頭をコツンとすると、一瞬「わう」と、噛み付こうとしたが三太であることを確認すると、また眠ってしまった。
   「しゃあないヤツや」

 三太たちは旅籠で弁当を作ってもらったが、コン太の餌が思い当たらない。人の食べるものは、濃い塩味が付いている。コン太には食べさせられない。とりあえず鶏卵を二つ分けて貰った。

 この時代以前の人々は、「残酷だ」と、鶏卵を食べなかった。しかし、この時代になって、無精卵は元々生命が宿っていないということが知れ渡り、町の人々も食べるようになってきた。だが、養鶏は かしわ(鶏肉)の為のもので、鶏卵を得る為の養鶏でなかったことから、鶏卵は希少食材であり、高価であった。
   
   「ぼったくられたけれども、なんとか二個わけて貰った」
   「おいらたちの弁当より高いですね」
   「仕方ない、何をたべさせたらええのかわからへんから」
   「肉が手に入っても、食べやすくしてやらねばなりませんね」
   「コン吉に、詳しく訊いておけばよかった」
   「コン吉って?」
   「ほれ、わいを呼びに来た大人の狐がおったやろ」
   「親分は、動物と会話が出来るの?」
   「そうや」

 広い川原に着いた。大井川である。大井川は、通称「暴れ川」といって、雨が降り続くと氾濫して幾日も渡れなくなる。川の両岸の旅籠は「川止め」をくった旅人でごったがえす。いわば儲け時なのである。従って、旅籠賃や遊興費で文無しになる旅人も居るわけで、その人達の為に只で泊まれる仮屋が設けられていた。
   
   「おっちゃん、一人何ぼで渡してくれるのや」
 川越え人足の男に声をかけた。
   「今日は、ひとり五十文だ、あそこで木札へ買ってきてくれ」
   「日によって渡し賃がかわるのか?」
   「水嵩によって変わるのだ」
   「ふーん、子供でも五十文か?」
   「そらそうや、渡す手間は一緒だ」
   「ほんなら、両肩に一人ずつ乗せて渡ってくれるか、ほんなら二人で五十文やろ」
   「そうだなあ、よし、そうしてやろう」
   「おっちゃん、おおきに有難う」
   「二人で五十文だが、その犬も木札一枚貰うぜ」
   「わっ、こんなに小さいのをか?」
   「気に入らないのなら、その犬だけ泳いで渡らせば良い」
   「殺生や、まだ赤ちゃんなのに」
   「赤ちゃんでも犬は犬や、犬や猫は人並みと決められている」
   「そうか、これが犬やなかったらええのやろ」
   「そやな、兎とか鶏なら荷物並みに只や」
   「そうか、よかった、こいつは狐やねん、名前はコン太だす」

 川を渡っていると、となりで人足の背で渡っていた男が声をかけてきた。
   「三太さんと新平さんじゃないですか」
 どこかで見かけたような男であった。
   「どこかで逢いましたのやろか、わい等の名前を知っていなさるお方」
   「ほら、お忘れかい、今切りの渡しで助けて貰った船客です」
   「そうだすか、これは御見逸れしました」
   「確か、お江戸までの旅でしたな」
   「へえ、さいだす」
   「路銀が足りなくなったのではありませんか?」
   「あ、渡し賃値切っているところを見られてしまったようだすな」
   「はい、偶さか」
   「値切るのは、上方人の血筋だす、習性みたいなものかな?」
 
 大井川を渡れば、島田宿である。
   「おっちゃんは、何処まで行くのや?」
   「この島田へ来たのです、此処に弥都波能売(みずはのめ)神社という水の神様を祀る神社があり、わしの末娘が巫女をやっています、大井川の恵みを感謝して、こうしてお参りさせて貰っています」
   「ほんまは、娘さんの顔を見にくるのですやろ」
   「まあそういうことですわ」
   「では、わい等もお参りして行きます」
   「それは宜しいことです、是非ご一緒致しましょう」

 神社に着くと、本殿の外で人集が出来ている。三太と新平と男が本殿へ入ろうとすると、神主に止められた。
   「今、三人の巫女を人質にとって、本殿に立て籠もっている二人の賊がいます」
 賊は、巫女を縛り上げ、匕首を一人の巫女に突きつけて、五百両もの大金を要求しているのだという。役人に知らせたら、即二人の人質を殺害し、一人の巫女を人質にとって逃げおおせ、その人質も殺すと共に、社に火をつけに来ると脅しているのだ。
   「その巫女の中に、わしの娘も居ますのじゃ」
   「お父さんでしたか、申し訳ありません」神主が頭を下げた。
   「そんなことより、何としても巫女さんたちを助けねばなりません」
   「こんな神社のこと、直ぐに五百両もの大金を用意することが出来ません」
 氏子(信者)に集まってもらい、借財をお願いしているところだという。

   「その必要はおません、わいがその賊を退治してやりましょ」
 三太がしゃしゃり出た。
   「何を言うのですか、相手は屈強な男二人で、巫女が三人人も人質にとられているのですよ」
 大井川の渡しで一緒になった男が口を挟んだ。
   「このお子達は、普通の子供ではありません、今切りの渡しで、五人の海盗を撃退したのです」
   「それは凄い、どうか巫女たちの命を助けてやってください」
   「わかりました、神社に立て籠もるやなんて、罰当たりなヤツ等を遣っ付けてやります」

 三太は、一人で本殿に入っていった。賊たちは身構えたが、子供とみると怒鳴りつけた。
   「子供はこんなところへ入ってくるな、お前も殺すぞ」
   「そんなこと言わないで、わいも寄せてくれや」
   「馬鹿かお前は、これが遊びにみえるのか」
   「強盗ごっこですやろ?」
   「そう思うのなら、此処へ来てみろ、この匕首で耳朶を切り落としてやる」
   「そうか、ほんなら近くへ行くで」   
   「耳朶切り落とされてもいいのか?」
   「二個あるから、一個ぐらい無くなってもええわ」
   「何だ、このガキ、わしらを弄っているのか?」
 そう叫びながら、男はばったりと倒れた。少し間合いがあって、倒れた男が起き上がると、もう一人の男に匕首を向けた。
   「兄貴、どうした、俺だよ、仲間だよ」
   「煩い、わしはお狐様だ、お前の仲間ではない」
   「兄貴、正気に戻ってくれ、俺だ、俺だよ」
 ようやく、この男は巫女から離れた。兄貴と呼ばれた男は、尻込みする男の匕首を払い落とし、拳を鳩尾に一発ぶち込んだ。
   「う… 兄貴…」
 三太が巫女たちの紐を解いたので、その紐で伸びている男を縛り、兄貴はもう一度気を失った。その兄貴を縛ったのは三太であった。

   「この男達は、番屋に突き出してください」
 人質にとられていた巫女たちは、安堵のあまりぐったりして、男の娘は父親に縋って泣いた。
   「な、凄いでしょう、わしもこのお子等に命を助けられたのですぜ」
 娘を抱いて落ち着かせながら、男は皆に自分の手柄のように吹聴した。
 
 まだ興奮醒めやらない氏子たちを後にして、三太と新平はこっそり抜け出て、神社を後にした。

   「あれっ、あのお子たちは何処へ行かれた?」
 てんでに氏子たちが騒いでいる
   「消えてしまいましたな」
   「見ましたか、あの子の懐に狐が居ましたぜ」
   「お稲荷さんだったのかも知れません」
   「同じ神様のよしみで、退治しに来てくれたのでしょうか」
   「誰も、一言のお礼も言っていませんね」
   「ほんとうだ」

 三太達と一緒に来た男が提案した。
   「わしが後を追いかけて、礼を言いましょう」
   「でしたら、ここに二両あります、これを差し上げてください」
 神主が二両差し出した。
   「ご心配無く、それはわしがお出ししましょう」
   「有難うございます、それもこれも、お父さんのお陰と、水神さまのご加護でございます」
 
 
 コン太が「クゥン」と鳴いた。懐から出して下ろしてやると、柔らかい土を探して穴を掘りはじめた。うんちが終わると、三太の元へ戻らずに、草叢の中へ入っていった。草叢からぴょんと頭を覗かせたと思うと、姿を消す。しばらく待ってやることにした。コン太はぴょんぴょんやっていたが、漸くバッタを銜えて草叢からでて来た。誇らしげに三太にバッタを見せると、やおらバシバシっと食べ始めた。
   「コン太、凄いぞ、自分で餌が捕れるのや」
   「ほんとだ、偉い、偉い」
 何度かバッタを捕らえてきては、三太に見せてバシバシ食っていたが、満腹したのか飽きたのかバッタを食わないで玩具にしだした。態と逃がしては、跳びついて捕まえる。

 巫女の父親だと言っていた男が、三太達に声を掛けてきた。かなり早足で追ってきたとみえて息急き切っている。
   「何かまだ用がありましたのか?」
   「弥都波能売(みずはのめ)神社の神主さんに頼まれまして、これをお届けに来ました」
 男は、懐紙に包んだ小判を差し出した。
   「巫女を人質にとられ緊張が解れたとたんに心放心して忘れてしまい、礼も言わずにお帰ししたことを悔やんでおられました」
   「礼なんか、要らないのに…」
   「お礼の気持ちには到底届きませんが、どうぞ納めてあげてください」
   「ん? これは神主さんからの頂き物とちがいますね」
   「わかりますか?」
   「へえ、おっちゃんの財布から出したものです」
   「三太さんに嘘はつけませんね、やはりお稲荷さまでしたか」
   「何で?」
   「それ、懐にお稲荷さまの使いのお狐さんが…」
   「おっちゃん、間違っています、お稲荷さんの使いは白狐だす、この子は狐色の狐だす」
   「あっ、本当だ」

 路銀も、ちょっと使い過ぎたので、差し出された二両は有難く頂戴した。

 コン太は、ふところに入れずに歩かせてみた。峠の登りでは放っていかれても歩こうとしなかったコン太だが、平地と分かると、ヨロヨロと腰がぶれながらも元気よく付いて歩いた。困ったことに、草の背丈がコン太に丁度良い草叢を見つけると、腹も空いていないのにバッタ捕りに行ってしまう。三太と逸(はぐ)れたとわかると、いつまでもその場に座り込んで迎えをまっている。まだ、自分が野犬や狼の餌になることがわかっていないようだ。

   「コン太、来い」
 三太に呼ばれると、一目散に駆け出してくるコン太ではあった。

  第二十九回 神社立てこもり事件(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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