雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

 猫爺のエッセイ「せめてラジオ聴かせたい」

2014-09-30 | エッセイ
   ◇かあさんが 麻糸紡ぐ 一日紡ぐ
   ◇おとうは土間で わら打ち仕事 お前もがんばれよ
   ◇ふるさとの冬はさみしい せめてラジオ聞かせたい

 これは、前回投稿のエッセイ「あかぎれに生味噌擦り込む」の続きである。今回は「せめててラジオ聞かせたい」の部分を、クイズ番組の回答者が聞いて、「ラジオも無いなんて」と、クスクス笑っていた。

 この歌が発表されたのは1956年、終戦(1950年)間もなくのことである。当然我が家にもラジオなど無かった。子供ながら余所の家から流れてくるラジオドラマに耳を傾けたものだ。
 
 たしかタイトルは「ショーチと約束」、中村メイ子さんが、朝鮮人の少年ショーチと、学校の先生の声を使い分けて、ショーチのお婆さん役は北林谷栄さん。舞台は海の茅ヶ崎。

 ショーチが食べ物を盗むのを知った学校の先生が、「人の物を盗むことはいけないことだ」と、ショーチを諭し、これからは盗みはしないと約束させる。間もなくショーチが学校に来なくなった。先生は忙しさに紛れて、ショーチとの約束をすっかり忘れていたが、思い出してショーチの家を訪問する。

 そこには、痩せ衰えたショーチと、お婆さんが、布団に包まっていた。おばあさんは声も出せない程弱り、ショーチは力ない声で、
   「先生、ボク先生との約束を守ったよ」

 先生は、諭しただけで、何のフォローもしなかった自分を反省する。

 このドラマのバックに流れていたのが、フェラーリ作曲のオペラ「マドンナの宝石」の間奏曲。盗み繋がりというところか。


 現在であれば、ラジオなど数百円で買えるが、私などは、ラジオがある家は、大金持ちのように思えたものだ。それも、たいていの家は、再生式(並三)ラジオというチューニングをとるときに「ピーピーガーガー」と、煩い受信機。スーパーヘテロダイン式(五球スーパー)受信機は高級品であった。

 我が家に初めてラジオが入ったのは、私の手づくり鉱石ラジオだった。

猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第四十回 箱根馬子唄

2014-09-29 | 長編小説

   ◇箱根八里は馬でも越すが
   ◇越すに越されぬ 大井川

   ◇雲か山かと 眺めた峰も
   ◇今じゃわしらの 眠り床

 三島の宿から四里と八丁のところ、標高七丁(750m)弱の高所に、幕府の都合で急遽造られた箱根の宿がある。その箱根の宿から小田原の宿までが四里、合計八里と八丁を「箱根八里」と言ったのだ。

 鈴鹿峠は、雨の中を馬で越えたが、箱根は日本晴である。とは言え、木立の間や山間を越える箱根街道は、「昼なお暗き」と歌われたように、薄暗く険しい、そして長い道のりであった。亥之吉は歩き、三太と新平は馬の背である。

   「なんか、昼間からお化けが出そうや」
 三太は、木々の間から、「ぶらん」と、お化けが下がってきそうな気配を感じて亥之吉を見ると、亥之吉もまた、{キョト、キョト」と上を見て不安げである。
   『あっ、旦那様もお化けが恐いのやな』
 三太は心の中で思った。亥之吉は悪人には強いが、お化けには弱いのだ。以前、女房のお絹に言われたことを亥之吉は思い出していた。
   『一人旅で江戸に向かっても、箱根で怖くなって引き返してくるのやろ』
 あの時は、鵜沼の卯之吉という男と、政吉という少年の連れができた。

   「旦那様、ここでお化けがでたらどうします?」
 三太は亥之吉に尋ねた。
   「そんなわかりきったことを訊くな」
   「わかりきったことだすか?」
   「そうや」
   「わいらを連れて逃げてくれるのですか?」
   「いいや、お前らがお化けに喰われている間に、わい一人で逃げる」
   「この卑怯もん」

 亥之吉が馬方に尋ねた。
   「なあ、馬子さん、この辺でお化けがでたという話はないやろうな」
   「それが、ちょくちょくあるのです」
   「へー、どんな具合に出るのです?」
   「十人連れの旅人さんが、この辺りに差し掛かると、どう数えても九人しかいないのです」
   「えーっ、お化けに連れ去られたのですか?」
   「それが、居なくなった一人の名を、どうしても思い出せないのです」
   「うわぁ、それはまた恐い話ですなあ」
   「どう数えても、一人足りない、どう思い出そうとしても、全部揃っているように思える」
   「へえへえ、一人喰われたのですな」
   「そこで、はっと気がついたのです」
   「何を…」
   「人数を数えている自分を数えるのを忘れていた」
   「そんなもん、どこがお化けの話や、恐がって損をした」

 馬子にからかわれながら、険しい坂を登ったり下ったりの連続で箱根の宿に着いた。事件が起きたのは翌朝のことであった。
   「無い、おいらの財布が消えた」
 三太たちの隣部屋で、若い男が騒いでいる。
   「邯鄲師(かんたんし)だ、この旅籠に邯鄲師がいる、掴まえてくれ!」
 男は今にも泣きそうな顔で、狂ったように叫んでいる。宿の番頭が手代に言いつけて、こっそり役人を呼びに行かせた。
   「今、役人を呼びに行きました、申し訳ありませんが、役人が来る迄、どうぞお立ちになりませんように」
 番頭は泊まり客の足止めをした。泊客とても、疑われたままで出立するわけにはいかない。ぶつぶつ文句を言いながら、それでも役人が来るのを待った。

   「かんたんして、何だす?」
 三太が亥之吉に訊いた。
   「枕探しや、泊客が寝ている部屋に夜中に忍び込んで、布団の下に隠している財布を盗むのや」
   「ああ、あれか、あの人、貴重品は帳場に預けておけばええのに…」
   「それも不安やったのやろ」
 財布を盗られた男の声を聞いていると、財布の中に五両と二分入っていたのだという。男はお店の手代で、実家の母が病に倒れ、せめて薬代を持って帰ってやろうと、自分が貯めていた二両二分と、お店の旦那様に借りた三両を持って帰る途中だそうである。
   「気の毒やなあ、見つかったらええのやけれど、見つからなかったらわいの持っている一両をあげて路銀にしてもらお」
   「三太は、優しいなあ」
   「へえ」

 やがて二人の役人が来て、泊客の衣服改が始まった。一人一人呼びつけて、裸にして調べていた。
   「えっ、女の私も裸になるのですか?」
   「これはお役目である、我慢せい」
   「腰巻まで抑えるのですか?」
   「いや、抑えるだけでは分からぬ、中へ手を入れる」
   「嘘っ、冗談ですよね」
   「お役目である、決して喜んでやるわけではない」
   「お役人さん、涎が垂れているではありませんか」
   「これは涎ではない、涙である」
   「腰巻きの中に手を入れて、何故泣くことがあるのです」
   「辛いお役目であるからのう」
 
 亥之吉も調べられた。
   「そこのお前、いやに褌が膨らんでおる、怪しいやつ」
   「あほなこと言いなさんな、こんな形の財布がありますかいな」
   「それにしても膨らみ過ぎである」
   「そやかて、朝早から叩き起こされて、まだ小便もしていまへんがな」
   「だから何だというのだ」
   「朝勃ちですがな、子供の前でへんなこと言わしなさんな」
   「左様か、ではちょっと触ってみる」
   「あんさん、さっきは女のお腰に手を突っ込んで、今度は男の褌を触るのですか」
   「辛いお役目であるからのう」
   「いいや、両刀使いでっしゃろ」
   「無礼なことをぬかすと、容赦はしないぞ」

 結局、誰からも、どの部屋からも、男の財布は見つからなかった。役人も、何かの間違いであろうと、さっさと引き上げて行った。泊客たちはそれぞれ怒って立っていった。残された男は、項垂(うなだ)れている。
   「おいら、宿賃も払えない、どうすればいいのだ」
 番頭が男の背に手を乗せて、慰めるように言った。
   「余程、手練(てだれ)の枕探しだったようですね、主(あるじ)とも相談しましたが、うちの宿で起きたこと、その五両二分は私どもの方で弁償しましょう」
   「ありがとうございます、助かります」
 男は番頭に何度も頭を下げて、宿を出て行った。三太達も男の後を追うように出立した。

   「おーい、お兄さん」
 男が振り返った。
   「おいらのことでしょうか?」
   「お前さん、上手くやりましたなあ」
   「何が?」
   「あはは、あんさんの芝居だすがな」
 男は恐い形相で、亥之吉に殴りかかってきた。
   「おっと、野暮はよしましょう、他人は騙せても、この亥之吉はだませはしままへんで」
   「くそっ」
 商人のような身形の男が、懐から匕首を出した。
   「やはりそうか、騙(かた)りやったのですな」
 男が斬りつけてきた。亥之吉は「ぱっ」と体を交わすと、天秤棒で匕首を叩き落とした。
   「これ、待ちなはれ、何も掴まえて番屋に突き出すとはいうてまへんやろ」
 男はその場に胡座(あぐら)をかいて、開き直った。
   「さあ、斬るなり突くなり、好きなようにしてくんな」
   「あほ、誰がそんなことしますかいな、あんさんも、大袈裟過ぎます」
   「見逃してくれるというのか?」
   「見逃すも何も、あんなに簡単に騙せるのなら、わいもやってみようかと思いますのや」
 三太が亥之吉の袖を、「クイクイッ」と引いた。
   「止めなせえ、その身形(みなり)、その恰幅(かっぷく)では誰も同情くれませんぜ」
   「さよか、あきまへんかな」
   「わいは三州無宿の勝五郎と申します」
   「おや、三河のお人でしたか」
   「へい、喧嘩はからっきしですので、半かぶちにもなれずに、こんなことをやっとります」
   「わたいは、江戸京橋銀座で雑貨商を営んでいます福島屋亥之吉だす、どうぞお見知り置きを」
   「これは、堅気の衆でしたか、失礼をしました」
   「いやいや、わたいも元は旅鴉でおましてな、方々の貸元さんの世話になっていましたのや」
   「へー、それが今はお店の旦那ですか」
   「勝五郎さんもその気になれば堅気になれます、江戸へ来たら寄っておくなはれ、身の立つようにしてあげましょ」
   「へい、ありがとう存じやす」

 
 勝五郎と別れて、暫く行くと、頼んではいなかったが昨日の馬子が煙草を燻(くゆ)らせながら待っていた。それではと、三太と新平だけ馬に乗り、小田原の宿まで行くことにした。
   「ねえ、旦那様、なんであんな盗賊を逃してやったのです?」
   「捕まれば、刺青もんになり、五年は娑婆に戻れまへんのや、手口を見破られたら、ちと反省するのとちがうか」
   「旦那様、甘い、あんなやつ反省なんかしますかいな」
   「そうやろか、わいはきっとわいを尋ねて江戸へ来ると思いまっせ」
   「旅籠でせしめた五両二分を持って、今頃、盆茣蓙(ぼんござ)を囲んでいると思います」
   「あの男、あんがい真面目と違うやろか」
 亥之吉は、勝五郎の肩を持つ。
   「真面目な男が、あんな騙りをしますかいな」と、三太。


   ◇箱根御番所に 矢倉沢なけりゃ
   ◇連れて逃げましょ お江戸まで

   ◇箱根番所と 新井がなけりゃ
   ◇連れて行きましょ 上方へ
 
 遊女に惚れた男の唄だろう。馬子の歌う『箱根馬子唄』が、箱根山に木霊する。

   「新平、寝たらあかん、馬から転げ墜ちるで」
 
  第四十回 箱根馬子唄(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚) 

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猫爺のエッセイ「あかぎれに生味噌」

2014-09-28 | エッセイ
 「かあさんの歌」の歌詞に、こんなのがある。

   ◇かあさんは あかぎれ痛い 生味噌すり込む◇

 昨夜、クイズ番組を見ていたら、それが出題されていた。尤も、このクイズ番組「正解をしたらダメ」という、クイズ番組ファンにとっては全く面白味のない番組だった。

 「アカギレに生味噌なんて自虐的だ」とは、答えを聞いた回答者(?)たちの感想であった。


 これは、消毒薬が手に入らない時代の話で、化膿を防ぐために行った民間療法なのだ。生味噌の塩分が雑菌の繁殖を抑え、治りを早くするるために自分でハンドクリームのように「擦り込む」のであり、あかぎれの手で生味噌を扱ったために染みこんだものではない。考えてみれば分かると思うが、生味噌は普通糠みそのように素手で掴まないで、しゃもじで掬うものだ。
 
 私も子供の頃は水仕事をしてアカギレになったものだ。やはり生味噌をすり込まれ、悲鳴を上げた記憶がある。だが、生味噌を擦り込むのは、ヨードチンキ(よう素とエタノールの溶液)を塗るよりも痛くはなかった。

 現在の感覚で、昔の治療法を見てはいけない。薬のなかった時代の、人々の知恵なのだ。

 今なら、もしアカギレになったら何をぬる?

  全然痛くない薬用クリーム(オロナイン軟膏)
  よう素とグリセリンの溶液、ヨードグリセリン
  マスキン水(マキロン)

 アカギレ専用の薬もあるかも知れないが、私もよくアカギレになった頃があった。その頃に塗っていたのは、「ムヒ」だった。水虫に目薬をさすようなものだと思われるかも知れないが、痛みが和らぎ、化膿も抑えられたように思う。

猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第三十九回 荒れ寺の幽霊

2014-09-26 | 長編小説
 沼津の宿を出て三里と二十八丁、三島の宿に着いた。ここから高所にある箱根の宿まで四里と八丁、いくら元気といえども、子供である。続けて八里は無理というもの。少し早いが三島の宿で旅籠をとった。
   「三太と新平は、この旅籠に泊まりなはれ」
 どうやら亥之吉は別の旅籠に泊まるらしい。
   「別れて旅籠をとるのですか?」
   「そうや、わいはあちらの旅籠に泊まる」
   「何ですねん、旅籠賃がもったいないのに」

 亥之吉が三太達に指定した旅籠は、平旅籠である。自分が泊まるといった旅籠は、飯盛旅籠、どこがどう違うのだろうと、三太は思った。
   「親分、旦那様は、わいらが邪魔なのです」
 新平がぽつりと言った。
   「沼津の宿では、同じ部屋やったのに…」
   「大人の都合があるのです、素直にこの宿に泊まりましょう」
   「大人の都合で、飯盛女と遊ぶことか?」
   「知っているじゃないですか」
   「わいらが見ておっても、やればええねん」
   「子供がジーッと見ているところで、あんなことやらしいことは出来ないでしょう」
   「寝た振りをしとくのに…」
   「それも、やらしい」

 旅籠はとったが、日暮れまでに時間があるので、三太達は旅籠に荷物を預け町に出て、コン太のご飯になるものを探すことにした。

 めずらしく、猪(しし)の肉が分けてもらえるところを道行く人に教わった。漁師のおやじさんが山で仕留めた猪を直接もってくる店らしい。
   「何だ、その仔狐の餌にするのなら、皮をただでやるから削って持って行きなさい」
 肉包丁を貸してくれた。肩のあたりは固いので、腹の柔らかいところを削り取れと主(あるじ)は指をさして教えてくれた。生臭い臭いに反応してか、コン太の目が輝いている。
   「お、細かく切ってやらなくても食べられるのやな」
 コン太がむしゃぶりついている。殆どが脂で、こんなのをしょっちゅう食べさせていると、ぷっくりお腹の狸みたいな狐になりそう。
   「うーっ」
 コン太に触ると、餌を横取りされると思ったのか怒る。
   「盗らへんわ、生肉なんか」

 三太達は、しばらく町をぶらつき、三嶋大社に参拝をして宿に戻った。三太達の顔を見るなり、旅籠の番頭が声を掛けてきた。
   「子供さん達、暗くなったら外へでたらいけませんよ」
   「どうしたんや、何かあったのですか?」
   「ここから山の手に二十丁ほど歩いた山裾に、住職の居ない荒れ寺があるのですが、昨夜そこを通ってきた屈強な若者が、幽霊にとり憑かれたようなのです」
   「へー、わいと一緒や」
   「子供さんも、とり憑かれているのですか?」
   「へえ、わいの中におっちゃんの幽霊が居ますのや」
   「夜中に、魘(うな)されたりしないのですか?」
   「全然」
   「良い幽霊ですかねえ」
   「お父っちゃんみたいな優しい幽霊です」
   「それは宜しいですね、でも古寺の女の幽霊はとり憑いたひとを殺すそうです」
   「嘘だす、幽霊は人を恨んだり殺したりはしまへん」
   「そうなら良いのですが…」

 番頭は、子供に言っても仕方ないと思ったのか、それっきり何も言わなくなった。三太たちが部屋に戻ると、帳場で話している言葉が聞こえてきた。幽霊に取り憑かれた男は、気を失ってしまったのだそうである。

   「新さん、何かおかしいすすね」
   「幽霊が人を取り殺す訳がないのだが…」
   「お化けだすやろか」
   「女の幽霊と言っていましたぜ」
   「お化けが女に化けたとか」
   「三太、その男の家が何処か、尋ねてくだせえ」
   「行くのですか?」
   「幽霊に殺されたと噂が立っては阿弥陀様に申し訳ねえ」
   「へー、そんなもんだすか?」

 男の家は、旅籠から三丁ばかり離れたところの畳屋であった。
   「こんにちは」
   「へい、畳のご注文でしたら、主(あるじ)は寝込んでいすので、日を改めてお越しくださいな」
   「いえ、畳の注文やおません、ご病気のご主人に用があってきました」
   「主は、ちゃんと受け答えができる状態じゃありません」
   「知っています、幽霊に取り憑かれたのでおますやろ」
   「それを知って、子供さんが何用でしょうか?」
   「わいは、霊と話しが出来る霊媒師でおます、ご主人に合せてくれませんやろか」
   「そんなことを言って、後で法外なお金をとるのでしょう」
   「わいは子供だす、それに商売で来たのではおませんので、金は一文も貰いまへん、安心しとくなはれ」
   「そうですか、医者に匙を投げられたのです、どうぞ見てやってください」

 男は真っ赤な顔をして、熱のために意識が朦朧としていた。
   「これは…」
 新三郎が見るなり唸った。
   「これはダニに刺されていますぜ」
 本人は気付かないらしいが、赤疣ダニという大型のダニが体に喰いついておこる病気である。新三郎も旅鴉の時期があった。野宿をする旅鴉にはダニは大敵である。
   「奥さんに、虫が喰いついていないか探してもらうのです」
 新三郎に言われた通り、奥さんに話し、調べて貰った。
   「あらっ、こんなに大きな血疣ができています」
 それは、血疣と見紛う大きな膨らみで、痛みも痒みもなく、本人も気がつかないことがある。
   「それはダニだす、引っ張って離してはいけまへん」
 ダニの口が皮膚の奥に残って、病気を重篤なものにしてしまうのだ。新三郎の指図どおりに、酢を入れた杯(さかづき)を被せて暫く抑えていた。やがてダニは苦しくなって、肌に喰い込ませた口を外して死ぬのだ。

   「熱はダニの所為だす、あとは綺麗に焼酎で拭いてあげてください、ここ二・三日、頭を冷やすと、きっと治りますよ」
   「幽霊じゃなかったのですか?」
   「幽霊は、人を呪ったり、殺したりはしまへん」
 礼金を断り、畳屋を出ると、日はとっぷりと暮れて、三太はダニのお化けが出そうな気がした。
   「恐わ、早く旅籠に戻ろう」
   「うん」
   「新さん、あれでええか?」
   「へい、四・五日もすれば、すっかり良くなるでしょう」
   「よかった、これから荒れ寺へ行こうと言われるのやないかと、ビクビクしていた」
   「行こうかい?」
   「いやや、ダニのお化けが出そうで恐い」
   「おいらも恐い」

 帰り道、亥之吉が泊まっている飯盛旅籠の前に来た。
   「旦那様、今頃何をしているのかな?」
   「そんなことに興味を持ったらいけない」
   「新平はよく知っているやろうが、わいは知らん」
 言って三太は「はっ」とした。言ってはいけないことを言ってしまったのだ。新平の母は飯盛女だったが、旅籠を馘首(くび)になると、客を家に連れ込み商売をしていた。客が家に来た折、新平は気を利かせて家の外へ出るのだが、酔った客は新平がまだ家の中に居るのに、母親に絡みつくのだった。
 もう終わっただろうと家に戻ると、あからさまな行為の最中を目撃してしまうこともあった。そんな時は、後で母親に「商売の邪魔をした」と、こっ酷く叱られ、罵られる新平だった。
   「お前なんか、山犬にでも喰われて死んでしまえ」
 母ひとり、子ひとりの生活の中で、絶えず母の口から出た嘲弄(ちょうろう)で、新平の胸深く今も食い込んでいる。
   「ごめんな、嫌なことを言ってしもうた」
   「いいよ、おいら大きくなったら、みんな忘れたふりをして、おっ母に会いに行く」
   「そうか、新平は強いなあ」
   「強くないと思う、すぐ泣くから…」

 三太は、亥之吉が泊まっている飯盛旅籠を覗いてみた。
   「子供さん、どうしたのです、旅籠の中を覗いたりして」
 旅籠の番頭らしい人が声をかけてきた。
   「へえ、ここに、わいのお父っちゃんが泊まっている筈ですが、本当に泊まっているか確かめたくて」
   「お父っちゃんの名前は?」
   「福島屋亥之吉といいます」
   「ああ、その御方なら、確かにお泊りですよ」
   「それを聞いて安心しました、もしや、わいは捨てられたのやないかと思いまして」
   「それは何故?」
   「昨夜までは同じ旅籠、同じ部屋に泊まっていたのに、今日に限って別々やなんて可笑しいと思いました」
   「大丈夫ですよ、大人には大人の都合というものがありまして、今夜はお一人でお仕事をなさっています」
   「一人で仕事だすか、子供が居ては身が入らない仕事があるのですね」
   「そうそう、そうですよ、お父っちゃんを分かってあげてくださいね」
   「へえ、よくわかりました、旅籠に戻って、おとなしく寝ます…くすん」
   「おや、聞き分けの良いお子ですね」
   「ありがとうさんでございました」
   「はい、暗いですから、お気をつけてお戻りなさい」

 陰で聞いていた新平が「くすっ」と笑った。
   「親分、後で叱られますよ」
 三太も「くすっ」と笑った。

 宿に戻ると、客や旅籠の使用人たちが、幽霊の話をしている。
   「子供さん、暗くなったら外へ出たらいけないと言いましたのに、幽霊に取り憑かれますよ」
   「その幽霊の正体を見てきました」
   「えっ、あの荒れ寺へ行ったのですか?」
   「いいや、幽霊に取り憑かれた人に会ってきました」
   「それで、幽霊の正体は?」
   「赤疣ダニの所為でした、あれに食いつかれると、熱が出て譫言を言い、幻を見るのです」
   「それで、その人はどうなりました?」
   「ダニは殺しましたので、四・五日もすれば元気になりますやろ」
   「医者にも見放されたのに、子供さんがよく見つけたのですね」
   「わいは、霊と話しが出来る子供霊媒師だす、霊は人を呪ったり、とり憑いて人を殺したりはしまへん」

 新三郎の受け売りであるが、三太自身もそう思っている。人に嵌(は)められて、無実の罪で処刑された兄定吉は、一度も人を呪ったり、恨んだりして、この世の者に仇なすことは無かったではないか。

  第三十九回 荒れ寺の幽霊(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚)
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猫爺のエッセイ「墓参り」 

2014-09-25 | エッセイ
 一時流行った「千の風になって」という歌に

   私のお墓の前で 泣かないでください
   そこに私はいません 
 
 そんな風な歌詞があった。これは、仏教的にも適っているように思える。私の作品に度々登場する「魂魄」とは、魂と亡骸ということであるが、魂は極楽とかへ行くらしいが、魄は朽ち果ててしまうだけで、何処へも行かない。

 墓とは、その亡骸あるいはお骨を保存しておく保管庫のようなもの。最近では、墓を持たない家族が増えているのだそうである。我が家も墓はない。若い頃、父親が亡くなったおりに母の為に兄弟で金を出し合って墓を購入し、墓石の後ろに私の名前を刻み、赤い塗料で塗られていたのは覚えているが、私はそなんところに「お骨」を収めて欲しくはないので、墓参りなど縁がなくなって久しい。

 最近では、骨壷のまま、家庭の仏壇に置いている家庭も増えたとか。それを「気持ちが悪い」という人も居るらしいが、家族の「お骨」のどこが気持ちが悪いのだろう。「お骨」自体は夜中に歩いていたなんてことはない。

 実は、私も妻の「お骨」を小さな仏壇に置いたままである。それは、私が死んだ後、妻の「お骨」と共に散骨して貰いたいからである。海でも、山の場合は、個人の山をそれ用に有料で開放しているところがあるらしい。極、最近では、宇宙葬というのもあるそうだ。その場合は、宇宙に残したままがよい。文字通り星になる訳だ。さらに、未来は月に「お骨」を持って行く供養が出来るそうだが、墓参りの代わりに月に掌を合わせれば良いので、家族は楽だ。ただし、私はそんな贅沢な供養はいらない。

 パソコン供養納骨堂なるものがあるそうだが、永代供養料が90万円、パソコン供養の制作費が63000円とか、それに毎年の管理費が5000円だそうで、これも私には贅沢すぎる。

 結局は薬局、海へ散骨が一番良い。海を見たときが墓参りのとき。お供えも線香も不要と経済的だと思うのだが…。

猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第三十八回 貸し三太、四十文

2014-09-23 | 長編小説
   「もしもし、お子達のお父様でいらっしゃいますか?」

 原の宿場を通り過ぎて沼津の宿に近づいたあたりであろうか、年の頃なら二十五・六、色の白い、ややぽっちゃりとした武家の奥方と思しき女が、襟足の解れ毛に何とも言えない色香を漂わせて亥之吉に近付いてきた。
   「へえ、まあそういったところでおます」
   「お父様に折り入ってお願いがございます」
   「どうぞ、何なりと…」
 亥之吉は鼻の下を伸ばしている。
   「お子を一人、わたくしに貸して頂けませんでしょうか?」
   「へ、貸すのですか? 鼠でも捕らせるのでおますか?」
   「わいらは猫か!」
 三太がつっこんできた。
   「いえ、そうではありません」
   「わいは江戸京橋銀座で商いをしています福島屋亥之吉でおますが、あんさんは何方でおます?」
   「申し遅れました、わたくしは沼津藩士、矢崎虎之介の妻、朱鷺(とき)と申します」
   「その御新造さんが町人の子供に何のご用だす」
   「ほんのちょっとで宜しいので、わたくしの実の母にお顔を見せて頂きたいのです」
 話を訊いてみると、お朱鷺は男の子を産んで小虎と名付けたが、三歳の時に流行病にかかって死んだ。最近実家の母が、分別が付かなくなり、ただ孫「小虎の顔が見たい」と駄々を捏ねるようになってしまった。今で言う「痴呆症」であろうか。

   「わかりました、お貸ししましょう」
   「なんでやねん、簡単にお貸ししましょうやなんて、いつ返してもらえるかわからんのに」
 三太は乗気ではないらしい。
   「いえいえ、母に会ってもらったら、直ぐにでもお返ししましょう」
   「そうだすか、ではこの三太をお貸ししましょう」
   「お代金は如何程?」
   「半刻程度でしたら五十文、その後は半刻ごとに百文頂きます」
   「わいの値段なんか、その程度だすか?」
 三太は不服そうである。
   「高いですか? では半刻四十文と半刻すぎる毎に八十文におまけしましょう」
   「誰も、値切ったりしてないやないか」

 沼津の城下町から少し離れたところにあるお朱鷺の実家は、立派な武家屋敷で、父が亡くなり、お朱鷺の兄が跡目を継いで、この人も沼津藩士である。この家の主は、嫁を娶ったのが少し遅くて、まだ内孫が居ない。その所為もあってお朱鷺の母親は外孫ではあるが初孫の小虎に逢いたがるのだろう。
   
   「母上、小虎を連れて参りましたよ」
   「おお、そうかそうか、どれどんなにか大きくなったことでしょう」
   「お祖母様、小虎でおます… じゃなかった… 小虎です」
   「おや、立派に挨拶が出来ました、賢そうな子になりましたねえ」
   「いい子だ、いい子だ」と、祖母は三太の頭を撫でた。
   「今夜は、この婆と一緒に寝ましょうね」
 三太とお朱鷺は「ギクッ」とした。
   「母上、三太は今夜お友達のお屋敷にお呼ばれしています、久しぶりの再会ですので行かせてやってくださいな」
   「そうか、それでは仕方がないのう」
 祖母は残念そうに言ったが、はっと気付いたように、
   「この婆も一緒に行って、ご挨拶をしましょう」
 またまた、「ギクッ」である。
   「男の子同士、つのる話も有りましょう、一人で行かせてやってくださいな」
   「そうかい、婆は邪魔かい」
 祖母は納得したようであったが、そうではなかった。

 三太は、お朱鷺からこっそり四十文を渡された。
   「嘘ですよ、あれは親父の冗談だす、銭なんか要りません」
 三太は外で待たせてあったコン太を懐に入れると、さっさと屋敷を出た。

   「おっ、三太、早かったなあ」
 亥之吉と新平が待っているところまで来ると。後ろからお朱鷺が追いかけてきた。
   「母が三太さんを追って屋敷を出たのですが、お見かけしませんでしたか?」
   「いえ、見ておりまへん、それはえらいことだす」
 こちらへ来ていないということは、反対側の道を行ったということになる。反対側の道の向こうには、池がある。池の傍を歩いて、眩暈でもすれば池に落ちてしまう。
   「反対側の道には、義姉(あね)が走りました、今頃母を見つけて連れ戻ったことでしょう」
 と、言いつつも、お朱鷺は焦っていた。自分が母を騙した為に、母を死なせでもしたら兄に申し訳がたたないのだ。
   「では、御免ください、急いで戻ってみます」
 別れを告げて、お朱鷺は走って戻っていったが、亥之吉たちも心配であった。
   「見届けようか」
 亥之吉がぽつんと言った。
   「へえ、心配だす」
   「おいらも心配です」
 三人は駈け出し、お朱鷺の後を追った。

 屋敷の前まで来ると、お朱鷺が屋敷から飛び出してきた。
   「まだ母も義姉も帰っていません、使用人も母を探して屋敷をでたようです」
 屋敷の中には、女中が二人残っているようであった。
   「物騒だから、三太と新平はお屋敷をお護りしなさい、わいはお朱鷺さんとお母さんを探してくる」  
 
 三太と新平は、亥之吉を見送ると、二人でこそこそ話している。
   「旦那様は、美人とみるとデレデレしとる、他人の奥様なのに」
   「根がスケベなのですね」
   「しゃあない、わいらは鼠でも捕ろうか」
   「もういいよ、親分の貸出は終わったのだから」
   「そうだすか、ではコン太にご飯でも食べさせてやるか」
 お屋敷の門の前で、コン太に餌を与えていたら、亥之吉達が行った方向から駕籠が走ってきた。三太は新平が連れ去られた時のことを思い出したが、まさかお婆さんを拐かすなんてことはないだろうと見過ごした。

 しばらくして、亥之吉が汗をかいて戻ってきた。
   「あかん、おれへん、池に落ちたのかも知れん」
   「今、向こうから駕籠が来たけど、旦那様、会いませんでしたか?」
   「いや、気が付きまへんでした」
 三太は新三郎に話しかけた。
   「新さん、どう思います、あの駕籠が怪しいとおもいまへんか?」
 新三郎の返事がない。
   「新さん、どうしたんや?」
 居ない。今まで新三郎が三太に何も言わずに居なくなることは一度も無かった。
   「もしもしー、新さん居ないのですか?」
 やはり、居なくなったようだ。
   「わいとこも、えらいこっちゃ」
   「どうしたのや?」と、亥之吉。
   「守護霊の新さんが消えた」
 三太は泣きべそをかいた。
   「わい、まだ新さんが必要や、戻ってきてくれー」
 亥之吉が来たから、自分はもう三太にとって必要でないと思ったのか、新三郎は消えた。

   
   「もしや…」
 亥之吉は、自分の左掌を右手の拳で叩いた。
   「あの駕籠が怪しいと思うて、駕籠かきに憑いていったのかもしれへん」
 

 駕籠舁きは、ひと気のないところで駕籠を止め、簾を上げた。老婆が手足を縛られ、猿轡をされている。
   「婆さん、悪かったなあ、もう暫く我慢をしてくれよ」
 言いつつも、猿轡だけを外した。
   「わしをどうする気だ」
 気丈に、駕籠舁を睨みつけた。
   「婆さんは、あの大きなお屋敷の人だろ、身代金を百両盗ってやるのよ」
   「わしの命は、たった百両か?」
   「それなら、あのお屋敷の主は、いくらだせる?」
   「大事な母親だ、息子は五百両でも出す筈だ」
   「そうか、それなら五百両出せと言ってやる」
 老婆は高笑いをして言った。
   「ところで、お前たち、字は書けるのか?」
   「そうか、書けないから代書屋で書いて貰う」
   「馬鹿たれ、そんなことをしたら、直ぐに手が回って、お前らは打首だ」
   「ひゃあ、そうか、どうしょう」
   「わしの縄を解け、わしが書いてやる」
   「えっ、本当か? それは助かる」
 駕籠舁は、老婆の手足を縛っていた縄を解いた。老婆は若いころ俳句を嗜んでいた所為で、いつも腰に矢立を下げていた。その矢立を取ると、懐紙にすらすらと文字を書いた。
   「それ、書いてやったぞ、これをどうやって屋敷に届ける」
   「それは簡単でやす、俺が一っ走り行ってきまさあね」
 駕籠舁の一人が、老婆から文を受け取ろうとしたところ。老婆はその手を取って肩に担ぎ、男を宙に浮かせると、そのまま「どっ」と、地上に投げ飛ばした。
   「うひゃー。この婆、なんて強い…」
 もう一人の駕籠舁が驚いて尻もちをついた。老婆はその男を後ろに倒すと、裾をまくって馬乗りになった。
   「婆だと侮りやがって、これでも武士の妻、身を守る技はまだまだ健在だぞ」
 男の顔を平手打ちで三発くらわした。
   「わしの息子は沼津藩の吟味方与力でのう、お前達は捕えられて打首になる運命なのじゃ」
 駕籠舁の男たちは驚いた。
   「ひえーっ、どうぞご勘弁を…」
   「お屋敷までお送りします、どうか許してくだせえ」

 駕籠は矢崎虎之介の屋敷に着いた。門前ではお朱鷺や使用人、亥之吉と三太、新平が思案の最中であった。
   「ご老人が町で彷徨(うろつ)いていましたのでお連れしました」
   「あらま、ご親切な駕籠屋さん、有難う御座います、心配していましたのよ」
 調子の良い駕籠屋、いけしゃあしゃあと、
   「何の、何の、わしらは商売ですから、お乗りいただいて喜んでおります」
   「お駕籠賃は如何程で…」
   「へい、百五十文です」
   「そう、有難う、これはご親切のお礼も入れて一朱、酒代にでもしてくださいな」
   「いやあ、これは、これは有難う御座います」
 駕籠屋は、お金を受け取ると、頭を下げてそそくさと帰っていった。

   「新さんはどこへ行ったのや?」
 三太が落ち込んでいる。
   「どこへも行きはしないですぜ、新三郎はここに…」

 三太は、「わっ」と、喜んだ。
   「わいを捨てて、極楽浄土へ戻ってしまったのかと思った」

 駕籠から下ろされて佇んでいた老婆は、訳がわからないらしく「キョトン」としている。
   「母上、どこへ行こうとしていたのです」
   「小虎を迎えに行ったのだが、途中で気を失ったらしく… それよりも、何故か肩と腰が痛くて…」

 新三郎が働かせ過ぎたらしいと、三太は思った。

  第三十八回 貸し三太、四十文(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
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「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ「第一回 小僧と太刀持ち」へ



猫爺のエッセイ「なんで大政、国を売る」

2014-09-21 | エッセイ
 この歌は、猫爺がついつい口遊んでしまう「旅姿三人男」という1939年に世に出た股旅演歌である。この歌の三人とは、清水一家の小政、大政、森の石松(モデルとなったのは、清水一家で豚松と呼ばれていた男で、架空の人物かも)。

 小政の名は、政五郎(モデルとなったのは 本名・吉川冬吉)  大政の名も政五郎(モデルとなったのは 本名・原田熊蔵)である。

 清水の次郎長の名は、「山本長五郎」、大政と小政は、この清水の次郎長の養子になった為に、大政も小政も山本政五郎になる。次郎長一家には「山本政五郎」が二人いた訳だ。

   「おい、政五郎」
 次郎長親分が呼ぶと、二人の山本政五郎が「へい」と返事を返す。そこで親分が考えて、体格の大きな(身長約181㎝)政五郎を「大政」、小柄の政五郎(身長約145㎝)を「小政」と呼ぶことにした。

 Web Q&Aに「大政は何故国を売ったのですか?」という質問があった。そもそも、国を売るとはどういうことだろう。
 仲間を裏切る意味で「仲間を売る」という言葉を使うことがある。「国を売る」の国とは、大政の場合は「尾張の国」のことであり、尾張藩を指す。大政は元、尾張藩の足軽から藩士に出世をした武士である。(これは、あくまでも物語上である)

 さて、その大政が何故国を売ったのか。尾張藩の勝手な都合で、「清水の次郎長を抹殺せよ」と藩から大政に命が下る。
 「男心に男が惚れて」は、国定忠治の歌であるが、恐らくその心境にあったであろう大政は、藩の命令に従い次郎長を殺るか、清水の次郎長をとるかに迫られて、大政は藩命に逆らい清水の次郎長をとって次郎長と共に旅に出たのである。

 「国を売る」とは、ただ単に故郷を離れることや、脱藩することではない。もしそうであれば、清水一家に限らず、おおかたの子分衆が「国を売った」ことになる。例えば、小政の故郷は遠江国の浜松、森の石松の故郷も同じく遠州の森町、吉良の仁吉は三河の国は吉良町というふうに、武家であれ、商家、農家であれ次男、三男、五男といった家督を継げない者の一部が「やくざ」になったのだから。

 「国を売る」とは、権威・権力などにさからい、国を裏切ることなのだ。

 と、尤もらしく書いてきたが、これらは物語である。実在もしくは架空の人物名を使った半ばフィクションだと猫爺は思っている。小説家が、講釈師が、浪曲家が、あるいは脚本家が、庶民の受け狙いで史実を元に脚色したものであるから、「説」ではなくて、「Dramatization」なのだ。
 たとえば、水戸黄門の諸国漫遊がある。水戸光圀は隠居庵「西山荘」の極近場(ちかば)を、護衛の家来達と共に散歩した程度のものが、脚色されて諸国漫遊」になったような。

 (見出しの画像は、大政ではなく小政の墓で、「山本政五郎」と刻んである)

   -2015.4.28訂正- (原稿用紙3枚)

  YouTube で「旅姿三人男」を聴く

猫爺のエッセイ「長さの単位、町と丁」

2014-09-21 | エッセイ
 猫爺が書く小説にもよく出てくるのだが、長さの単位で「町または丁」がある。これは町が正解で丁は間違いというものではない。長さの単位の場合は、町でも丁でも良いのだ。


 大雑把ではあるが、

 一町(一丁)は60間(けん) であり、360尺(しゃく)であり、 0.3里(り)弱である。

 一町(一丁)は、109メートル  1間は、182センチメートル  一尺は約30センチ

 1里は、4キロメートル弱  

 一里塚は、4キロメートル毎に街道に立てられた塚なのだ。

 
 Web質問で、一町は何メートルですか? と質問されて、「決まりはありません」と回答しているのを見かけたが、長さ、面積の決まりが無いのは「町の区画」のことで、同じ字を使うが別物である。

 この「町」は、面積の単位でもある。こちらは長さと区別する為に「町歩」と書くことがある。この場合「丁」は使わないのが決まりだ。


 藤沢の宿から戸塚の宿まで、2里9丁とWikipediaで紹介されているのは、8キロメートルと980メートル、 およそ9キロメートルと言うことになる。

 江戸時代の大半の人は、この膨大な距離を、老も若きも膝栗毛すなわち自分の足であるいていたのだから凄いと思う。年寄りの感想だが。

猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第三十七回 亥之吉の棒術

2014-09-20 | 長編小説
 敵の注目を亥之吉に向けさせておいて、新平を雨宿り小屋へ走らせた筈だったが、刺客を倒して新平を呼び寄せようとすると、そこに新平の姿はなかった。どうやら、小屋の中にも刺客の仲間が居て、新平を連れ去ったようであった。
   「何の目的で連れ去ったのですやろ」
 亥之吉は自分の迂闊を後悔していた。
   「旦那様、それは捕まった仲間の命と交換する為やと思います」
 三太は、新平の安否が心配で、半ベソをかいている。

   「新さんの勘で、なんとか居場所を突き止めてください」
 三太の頼みの綱は、新さんの推理であった。
   「何も手懸りを残していないので、ただ四方八方を探すだけです」
 遠くまでは行っていないとは思うが、大名の若様の一行は一言の礼もなく江戸を向けて既に発ってしまったので、亥之吉と三太と幽霊の新三郎だけで探さねばならない。
   「手を拱いていても仕方がおまへん、敵は若様の後を追ったか、捕まった仲間たちのあとを追ったか、どちらかやと思うが、わいは若様を追う、三太は城へ戻る捕り方の後を追とくなはれ」
   「わかりました」

 その時、三太の懐でコン太が暴れだした。
   「わっ、こんな時に腹を空かしたのかいな」
 仕方なくコン太を下ろして、軍鶏の卵を食べさせようとしたが、それには見向きもせずにコン太は走りだした。
   「コン太、何処へ行くのや?」
 コン太は、仔狐の癖に素早い。
   「こらっ、戻って来い! 今は忙しいのや、コン太と遊んでいる暇は無い」
 それでも、コン太は走っては止まり、振り返って三太の姿を確認してはまた走る。こんなに走れるのに、三太の懐に入りたがる。「この横着もんが」三太はコン太の後を追うのをやめた。
   「コン太、放っといて船に乗るで」
 コン太には、何かが憑いたかのように走り続ける。
   「もう、しゃあないなあ、何がしたいのや」
 三太の脳裏に、ふと、あることが浮かんだ。コン太は、新平の臭いはよく覚えている。それを犬のように辿っているのではないだろうか。
   「旦那様、ちょっと待っとくなはれ、コン太の様子が唯事では無いようだす、新平の臭いを追っかけているようなのです」
 亥之吉の頭の中では、「仔狐に犬の真似ができるかいな」と、否定的である。
   「大好きな卵には目もくれずに走りだしましたんや、これは何かおます」
   「さよか、ただのウンチをる場所探しかも知れまへんで」
   「お願いします、コン太に付き合ってください」
   「わかった、後を追いましょ」

 コン太は、「ハァハァ」と、息を荒げながら、それでも十町(約1Km)を走り通した。ようやくコン太が止まった畑の中に、農家の農具などを入れておく掘建小屋があった。三太が新平の名を呼ぼうとしたとき、慌てて亥之吉が遮った。
   「し-っ、まだ刺客がいるようだす、ここはわいに任せておきなはれ」
 亥之吉が小屋にそっと忍び寄ると、小屋の中に人の気配がする。
   「小屋から柄杓だして、畑に肥を撒くさかいに、お芳、先に菜畑へ行っといてや」
 と、芝居をしておいて、亥之吉が天秤棒を手に持って小屋の戸をあけると、案の定、男が一人、剣を鞘から抜いて、仁王立ちになっていた。
   「うわぁ、吃驚した、おまはんは何方でおます」
 問答無用、見られたからには殺すしかないと思ったのか、男はいきなり亥之吉に向かってきた。
   「何をしはりますねん、わたいが何をしたといいますのや」
   「気の毒だか、命は貰い受ける」
 男は小屋から飛び出すと、亥之吉目掛けて刀を左から右に振った。亥之吉は後ろに飛び退くと、天秤棒を振り上げ男の肩先に振り下ろした。男は「うっ」と漏らしたうめき声と共に片膝がガクンと崩れながら、傍に縛られて転がっていた新平に躙り寄り、切っ先を新平の喉に突きつけた。
   「近寄るな! 拙者に近寄ると、このガキの喉を突く」
   「わかった、あんさん止めなはれ、子供が恐がっていますやないか」
   「煩い、近寄るなと言うに」
 その時、コン太が小屋に跳び込んできた。驚いて怯んだ男の刀の下に天秤棒を差し込んで、そのまま上に跳ね上げた。それでも觀念せずに男は新平を掴もうとしたが、亥之吉の天秤棒が男の脳天を直撃した。男は頭を抱えて気を失った。

   「新平、恐かったやろ、いま縄を解いてやるからな」
 新平の縄を解く亥之吉の傍で、コン太が疲れ果てたのか、コテンと横に倒れた。
   「コン太、大丈夫か」
 縄を解いて貰った新平が、自分のことは忘れてコン太を気にかけている。
   「新平、無事か、よかったなあ」
 三太が小屋の中を覗きこんだ。
   「あっ、親分、コン太が…」
 三太が小屋に入り、コン太を抱き上げた。
   「大丈夫や、ようけ走ったから、疲れているだけや」
 三太は、手ぬぐいでコン太の汚れを拭ってやると、自分の懐へ押し込んだ。
   「コン太、お手柄やったなあ、寝てもええで」

 男は、子供を拐かしたとして、番所に突き出した。どこの藩かもわからないので、若様暗殺計画の刺客だとも言えず、あとは代官所で自白させてもらわねば仕方がない。多分、男は自白しないであろう。

   「わい等の知らない侍の世界の話や」
 
 三太と新平は、目の上のたんこぶ、亥之吉を伴って江戸への旅を続けた。

 三太は、新平と亥之吉に聞こえないようにコソコソ話している。
   「なあ新平、わい等旅を楽しんでいたのに、若様なんか助けたばっかりに、とんだ災難やったなあ」
   「恐い目に遭った、あのまま断って二人で旅を続けとったら、もっと楽しい旅でしたのにね」
   「もう、お店に奉公しとるのと同じや、何も自由にはできしまへん」

 先を歩いていた亥之吉が振り返った。
   「じゆうが、どうしたんや?」
   「いえ、後三年しないとじゆう歳にならへんと…」
   「奉公が、どないしたんや?」
   「歩いている方向はこれでええのやろかと…」
   「東海道を東へ歩いているのや、アホでも方向を間違えたりするかいな」
   「それで安心しました」
   「嘘をつきなはれ、わいと一緒に旅をしたら奉公しているのと同じで自由がないと言ったのですやろ」
   「何や、聞こえていたのやないか」
   「わいは老耄(おいぼれ)やあらしまへん、耳はちゃんと聞こえとります」
 三太は亥之吉に提案した。
   「吉原宿で、一泊しましょうな」
   「あきまへん、お天道さまはまだあんなに高いのや、あと四里や五里は歩けます」
   「わっ、地獄や、今から五里も歩くのやて」
   「そうだす、宿は三島宿で取ります」
   「あっ、三島やて、旦那様さま、何か企んでいまへんか?」
   「企むて、何を?」
   「大人の男が考えることだす」
   「三島の宿で、女郎買いでもする積りやと言いますのか?」
   「子どもたちに向かって、えらいハッキリ言いますのやな」
   「女郎の居る宿場で、大人の男が考えること言うたら、それぐらいですやろ」
   「わい、子供やから、ようわかりません」
   「そうか、わからへんやろな、じょろ言うたら、植木に水をやるもんや、それを買うことがじょろ買いだす」
   「そんなもん買うて楽しいのですか?」
   「そら、男の第一の楽しみだす」
   「嘘ですやろ、女を買うて抱くことですやろ」
   「それみろ、分かっていて言うとるのやないか」
 上方の人間が二人寄れば、掛け合い漫才になると言われている。それにしても師匠と弟子の会話にすれば、あまりにもあけすけで無遠慮である。
   「ほんなら、三島で泊まっても、何処へも行かへんのですか?」
   「そら、行くけど… わいの女房に言い付けたらあきまへんで」
   「言い付けたりしまへん、女郎買いで、息抜きをしたやなんて…」
   「嫌な小僧やなあ、先が思いやられるわい」

 喋りながら歩いていると、後ろから忍者走りで三人の男がつけてきた。亥之吉がキッと構えたが、男たちは亥之吉たちを追い越してしまった。
   「あんさん達、ちょっと待ちなはれ、若様の命を狙う刺客でっしゃろ」
 男たちは「ギクッ」として立ち止まった。
   「誰だ、お前たちは?」
   「へえ、富士川で刺客を捕らえる手伝いをした者でおます」
   「お前たちか、仲間七人を縄目にしたやつは」
   「いいえ、八人だす」
   「仲間の仇だ、序にお前達の命は貰って行く」
   「鎌をかけてやったら、あっさりと白状しましたな」
   「洒落臭せえ、殺ってしまえ!」

 一斉に剣を抜いて亥之吉に向けた。新三郎が加勢しようとしたが、亥之吉の気迫に押されてしまった。
   「三太、真剣勝負だす、よく見ておきなはれ、天秤棒はこうして使うのです」
 亥之吉は天秤棒を両手で持って、右上から左下に斜めに構えだ。
   「コヤツ、出来るぞ、気をつけてかかれ!」一人の男が叫んだ。

 亥之吉は咄嗟に読んだ。三人同時に斬りかかって来れば、味方を傷付ける恐れがある。まず一人が突っ込んでくる。亥之吉が一人に感けていると隙が出来てしまう。そこを後の二人が斬り込んでくるだろうと。   

 亥之吉は虚を突いて、切り込んできた男を飛び退いて避けると、後に控えていた男の一人の肩を責めた。肩を打たれた男は「どっ」と倒れた、もう一人の控えていた男は驚いて隙をみせた。
 一人目の男を倒した天秤棒が、その反動で上段に跳ね上がったかと思うと、二人目の男の脳天に振り下ろした。
   「三太、天秤棒は武器ではなくて武具です、一対一では決して自分から攻めることはおまへんのやが、相手が三人なら先手も仕方がないことです」
 二人を自分から攻めた弁解とも見られたが、これも我が身を防御する手段なのだろうと三太は感じた。
 
 亥之吉は残る一人と向き合った。天秤棒を斜に構えて亥之吉はピタリと動きを止めた。対する相手は腕に自信があると見えて、怯む気配はない。先程は逃げられたので、逃すまいとにじり寄ってくる。亥之吉の天秤棒が相手に届くところ近寄ってきたが、それでも亥之吉は動かない。
 さらに、相手の剣の切っ先が亥之吉に届くところまで来ると、上段に構えた相手の男の手首がピクリと動いた。
   「来るのやな」
 亥之吉の天秤棒の上先が、少し後ろへ引いた。それを合図のように相手が踏み込んできて、剣を振り下ろした。その瞬間、亥之吉の天秤棒が風を切った。
 「ブーン」と風を切る音が聞こえて亥之吉が後ろへ飛んだ。三太には何が起きたのかわからなかっが、相手の男が「どすん」と倒れた。

   「三太、よろしいか、相手を焦れさせるのも戦術だす」

 三太は、旦那様の強さを自分の目で確かめて、何があってもこの人について行こうと決心した。

 倒した三人は怪我をしていて、若君の後を追えないだろうと、このまま捨て置くことにした。 

  第三十七回 亥之吉の棒術(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第三十六回 新平、行方不明

2014-09-19 | 長編小説
 蒲原宿で一泊して、吉原宿に向かっていたら、身形(みなり)の良い武士が三太と新平に近づいてきた。三太たちが通りかかるのを待ち伏せしていたようである。
   「これ町人の子供、お前達は三太と新平であるな」
 見知らぬ人が三太たちの名を知っているのは慣れているから、二人は驚きもしなかった。
   「へえ、そうだす」
   「お前達に折り入って頼みがある」
 ものを頼むのに、この横柄な態度はなんだと、三太は些か腹を立てた。
   「わいらは、先を急ぎますので、他の人にあたってください」
   「それが、そうは参らぬのだ」
   「と、申しますと?」
 子供で、強くて泳ぎの達者な者でないとならないのだという。
   「何だす、それは?」
   「実は、ある止事(やんごと)なき若君が、狙撃されようとしているのだ」
   「わいが身代わりになって撃たれろと言いはるのですか」
   「いや、絶対に撃たせない、拙者たちが命を賭けて護る」
   「それが護りきれないかも知れないから、わいを身代わりにするのやろ」
   「済まぬ、若君は江戸上屋敷のお殿様を見舞い、上様にお目通りをせねばならぬ身だ」
   「お大名の若君の命を護る為には、虫けら同然の町人の命など捧げよと言うのですか」
 某お大名が、江戸城に詰めておられるが、もともと体が丈夫ではなかったので、御城勤めの無理がたたって心の臓が弱り、明日をも知れぬ病の床に就いている。父君の息のある間にお目にかかり、若君の元気な姿を見て貰ったうえに、上様にお目通りをして「世継ぎこれにあり」と、意思表示をするのが目的である。
 ところが、城代家老の一派がこれを好機と考え、若君を亡き者にして家老の次男を大名の養子に据え、自らが実権を握る陰謀を巡らしているのだ。

   「お断りします、どこの何方か知りませんが、名も知らない人の身代わりは御免だす」
 三太は、まったく応じる気持ちはない。
   「時は迫っておる、もし聞けないと申すなら、刀にかけても連れて参る」
   「そうは問屋が許しません」
 三太は武士の前からするりと抜けて、叢に飛び込んだ。武士は、にんまり笑って新平を抱え込んだ。
   「三太がきかぬなら、新平を連れて行く」
 三太は、叢から飛び出した。
   「この卑怯者、そんなことさせるものか」
 三太は腰の木刀をとって、武士に向けた。この時、三太の後ろで声がした。
   「三太、このお侍さんのことを聞いてあげなはれ」
   「わいの命が無くなるかも知れんのに、だれや、そんな無責任なことを言うのは」
   「わいだす、福島屋亥之吉だす」
 そこに、天秤棒を立てて持った商人風の若い男が立っていた。
   「あっ、旦那様や」
 亥之吉は、武士に言った。
   「あんさんも、何だんねん、辺りに人が居るのも確かめんと、そんな大事なことを喋りはって」
   「迂闊であった、そなたは何者でござる」
   「何者やと、人のことを曲者みたいに言いなさんな、わいは江戸京橋銀座の商人、福島屋亥之吉で、三太の父親みたいな者だす」
   「お父つあん、逢いたかった」
   「こら、お調子者、どれだけのろのろと歩いとったのや、遊びながら旅をしていて、逢いたかったが聞いてあきれるわ」
   「すんまへん」
   「それに、懐でもこもこしているのは何や」
   「狐の仔だす」
   「あほ、狐の仔なんか捕えて、お稲荷さんの罰があたりまっせ」
   「これは、お稲荷さんに頼まれて育てていますのや」
   「嘘つきなはれ」
   「ほんまだす、大人になったら、きっと山からお迎えがきますのや」
   「誰が迎えにくるのや?」
   「コン吉という狐だす」

 傍で聞いていた武士が焦れだした。
   「狐の話はさておいて、若君の身代わりをするのか、しないのか、はっきりしてくれ」
   「他人に命がけの仕事をさせるのに、その横柄な態度はどういうものだすか」
 亥之吉も腹を立てた。
   「すまん、気が急いているもので失敬した」
   「話は聞かせてもらいました、力になりましょ」
   「忝ない、三太を貸してくれるか」
   「三太だけやない、わいも新平も参りまっせ」

 武士は樫原伊織と名乗った。樫原について蒲原の本陣まで歩いた。本陣では、若君が足止めを食っていた。「富士川の渡しで家老派の刺客たちに襲われる」と、家老派にもぐらせた間者からの繋ぎがあったのだ。
   「では、三太に若君の着物を着せて、若君は三太の着物を着て頂く」
 若君は、三太の着物を着て、「犬臭い」と、文句を言った。
   「若君の命が狙われており申す、何とか我慢をなさりませ」
 三太も不服である。
   「臭くて悪かったなぁ、気に入らんなら腰元の着物でも着いや」
 三太は感情を露わにした。

 家老派の刺客は、恐らく船が対岸に着く直前の最も無防備なときを狙ってくるだろうと亥之吉は考えた。対岸には葦原があり身を隠せるところもある。亥之吉は新平と共に、一足先に出立して対岸で待つことにした。それから四半刻(30分)の間をおいて、三太が乗った駕籠が発った。若君と数人の家来は、本陣にて待機している。
   「新平、わいが亥之吉だす、三太と一緒にわたいのお店で働いて貰いまっせ、よろしいか?」
   「はい、よろしくお願いいたします」
   「おや、しっかり挨拶が出来ますのやなあ」
   「新平は、三太のことを何と呼んでいますのや」
   「はい、親分です」
   「うちは、気質のお店(たな)だす、親分はあきまへんで」
   「歳は同じだし、何と呼べば良いのですか?」
   「三太で宜しい」
   「親分は、おいらの命の恩人だす、それを呼び捨てなど出来ません」
   「ええのだす、店に入れば小僧同士やろ」

 亥之吉は、三太が言っていた通り、天秤棒を持っている。渡し船を降りると、亥之吉は周りを見渡している。狙撃者が隠れそうな場所を特定しているのだ。
   「新平は、わいが護るから心配せんでもええで」
   「はい、旦那さま」

 亥之吉は、葦原を気にしている。
   「あ、居るな、あの中や」
 葦原を指さした。
   「新平、わいはあの葦原に入って行くので、お前さん向こうの小屋で待っておりなはれ」
   「はい、わかりました」
   「まだやで、わいがうんこするというて、葦原にはいりかけたら、新平は走るのや」
 一呼吸於いて、亥之吉が声高に言った。
   「わい、この中でうんこしてくるさかい、向こうで待っていてや、覗きに来るのやないで」
   「へい」
 新平は走った。亥之吉は葦原に踏み込んだ。少し奥に人の気配を感じる。そこへ向けて入っていくと、武士風の二人の男が立ちはだかった。
   「こらっ町人、あっちへ行け」
   「何でだす、わいは、うんこがしたいのです」
   「煩い、とっとと立ち去れ、行かぬと斬るぞ」
 ひとりの武士が長刀をぎらりと抜いた。鉄砲の準備は、まだしていないようである。
   「そんな殺生な、うんこぐらいさせておくなはれ」
   「黙れ」
 長刀を上段に構えて、亥之吉に迫ってきた。亥之吉は杖にしていた天秤棒で男の小手を打った。男は長刀をその場に落とし、腕を抑えて蹲(うずくま)った。代わって、もうひとりの男が長刀を抜こうとしたが、亥之吉が男の左に跳んで、男の左上腕をビシッと打ち付けた。

 敵が怯んだ隙に、亥之吉は足元にあった二丁の猟銃を拾いあげると、川面に向かって投げ捨てた。
   「こやつ、なにをしやがる」
   「あんな物騒なもので撃たれたら敵(かな)いまへん」
 今度は、芦原から出て、二人がかりで亥之吉に迫った。その時、三太の乗った船が岸に近づいてきた。それと共に五人の刺客仲間達が駆けつけてきて、亥之吉を取り囲んだ。
   「ほう、町人一人を、侍が七人がかりで殺そうと言うのですか」
 亥之吉は怯(ひる)みもせずに、天秤棒を頭上に両手で構えたとき、船が着いて一人の武士が走ってきた。
   「待ちやがれ、この卑怯者供!」
 味方の武士が、亥之吉を取り囲んだ刺客たちの後ろから、武士らしからぬ言葉をかけてきた。
   「おぬしは…」
 刺客がそう言い掛けたとき、味方の武士は長刀を抜き、峰を返すと、あっと言う間に三人の刺客を倒した。
   「亥之吉さん、お怪我は?」
   「わいは大丈夫だす」
 そう言っている間に、亥之吉の天秤棒がブーンと風を切り、二人の刺客が倒れた。
   「三太と、新平がお世話になります」
   「ん? あんたさんは?」
   「へい、あっしは新三郎と言いやす、三太の守護霊です」
   「へえへえ、佐貫さんの兄弟から聞いております」
 逃げようとする二人の刺客を、亥之吉が追いかけて、天秤棒で足を打った。倒れている刺客七人は、船から降りてきた若君の護衛たちに縛り上げられた。

   「わいは、半信半疑だしたが、本当に強い守護霊さんが三太を護ってくれはったのだすなぁ」
   「いやあ、お恥ずかしい」
 この一人と一柱、たった今七人の刺客を倒したことなど、もうすっかり忘れているようであった。
 新三郎が憑いていた武士は、力が抜けてへたり込んでいる。
   「おい佐々木、おぬし強かったなあ、見直したぞ」
 若君の護衛の武士が感心している。佐々木はただキョトンとしているだけだった。

   「新平、もう出てきてもええで」
 亥之吉が大声で叫んだが、新平は聞こえないらしい。亥之吉が小屋を覗きに行った。
   「新平、何処に隠れとるのや」
 やはり、小屋の中には誰も居ない。
   「勝手に何処へ行ってしもうたのか」
 小屋の周りを探して見たが、やはり見つからない。
   「しもた、連れ去られたかも知れへん、小屋の中にも刺客の仲間が居たのか」
 亥之吉は、三太たちの居るところへ戻った。 
   「三太、大変や、新平がおらん」
   「えっ、連れ去られたのですか?」
   「そうかも知れへん、ああ、えらいことした、わいが迂闊やった」
 亥之吉は意気阻喪(いきそそう)であった。


 若君派の武士達が応援に来て、七人の刺客を連れていった。若君は、とって返した駕籠に乗って無事富士川を超え、三太と着物を取り替え、江戸へ向けて立った。その際、三太と亥之吉に「是非、同行して若君を護って欲しい」と頼まれたが、新平が行方知れずになっていることを話して断った。
 まだ遠くには行っていないだろうと周辺一帯を探したが、何の手懸りも掴めない。
   「新平、生きているのか、何処に居るのや」
 三太は泣きそうであった。

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猫爺のエッセイ「幽体離脱」

2014-09-17 | エッセイ
 Webで勉強させて貰ったのだが、人は死ぬと幽体(魂・霊)が屍から抜けて仏壇の上60センチのところに北を枕に49日(だったかな?)間、人間の形で横たわっているのだそうである。仏壇を買って貰えない幽体は、どこに横たわるのだろうか?

 「北を枕に」というが、北極点で死んだら頭を下に、足を天に向けて逆さに立っているのだろうか?
 もし、南極点で死んだら、周囲360度が北であるから、横たわり、足先を支点にぐるぐる回り続けて49日間を過ごすのだろうか?

 心霊主義者のブログを読んでいると、エクトプラズム(半物質)という言葉をよく目にする。これはアンチマター(反物質)とは別物である。

 エクトプラズム(半物質)は、1893年に学者シャルル・ロベール・リシェが立てた根拠の無い仮説である。これを心霊主義者が、霊能者に霊が見えるのは、霊が物質化して視覚化する半物質に変わるからであると霊視の説明に流用したものである。

 アンチマター(反物質)は、自然学者が立てた「説」であり、地球上には存在しない物質である。

 一見、難しそうな横文字を並べて、われわれ、ど凡人をけむにまく自称心霊主義者や宗教家のHPの論文(?)、を、反面教師として勉強させて貰っている今日此頃である。

猫爺のエッセイ「生きる目的」

2014-09-16 | エッセイ
 人間、生きる目的を持っていないと、大変なことになるのだそうである。実は、猫爺は目的を持って生きているのではない。若い頃は、子供を産んで育てるのが目的だったような気がする。今は何だろう? 

 真実を追求するのが生きる目的であるとWEBで読んだような気がする。だが、猫爺は船越英一郎さんでもないし、渡瀬恒彦さんでもない。何の真実を追求すれば良いのだろう。

 別に、死ぬのが目的で生きている訳ではない。強いていえば、年金を受け取るために生きているのだろうか? もう年寄りである。子孫繁栄の体力は無い。

 目的を持たなかったために、大変なことになったという意識は今までになかった。これから、大変なことになるのだろうか? 死ぬことが大変なことだろうか? いや、それは猫爺にとってはごく自然なことであり、決して大変なことだとは思わない。

 真実を追求などとご大層なことを考えなくても、神や仏や幽霊などは人間の想像の産物であることは知っている。人間が絶滅すれば、それらもまた消えてなくなるものだ。

 では何故幽霊は人間の目に見えるのだろう。写真に写るのだろう。可視光線を反射しなければ幽霊を見ることが出来ない。可視光線を反射するには、物体がそこになければならない。科学者は何故その物体を分析して、我々に分かるように説明してくれないのだろう。言えることはただ一つ。そこに物体が無いからである。それは人の心に存在するのである。だからこそ、(正常心の)他人には見えないのであろう。

 「生きる目的」とは関係が無いのだが、臨死体験を経験した者は、花畑の中を歩いたとか、雲の上に立ったとか語るものだが、あれは脳が死んでいないときに見た夢であり、その記憶が残っていたのだ。(あるいは嘘かも)

 以前に、「辞世の時・夏目漱石」を投稿したことがあるが、漱石は、30分も心肺停止して瞳孔が開いていたが、30分後に蘇生して、「その30分間の記憶がとんでしまった」とある。花畑も雲もなく、ただの「無」であった訳だ。これこそ、臨死体験である。

 今の猫爺にとって生きる目的は、哲学的、宗教的追求ではなく、せっせ、せっせと死に支度をすることである。
 
 

猫爺のエッセイ「ご先祖さまに感謝を」

2014-09-15 | エッセイ
 世の善男善女は、朝な夕な、ご先祖さまに感謝の意を表してお祈り捧げるのだそうである。立派な家柄に生まれ、素晴らしいご先祖ばかりのお人はそれで宜しかろう。だが、私の先祖のように、どこの馬の骨か犬の無骨かわからない先祖を持つ者にとって、どうも感謝する気が起きない。

   「お代官様、どうぞそればかりはお許しを」
   「そう申すな、そなたは仰向けに寝転んで、天井の節目を数えておれば直ぐに済む」
   「わたくしには、将来を言い交わしたお人がいます」
   「黙って嫁になれば分からぬわ」
   「そんなことは出来ません、あれーっ、ご無体な」

 そんな風にして生まれたご先祖さまも居ます。

   「きゃーっ、痴漢」
   「静かにしておれば、命までは取らん」
 麦畑に連れ込まれて、
   「あーっ、やめてください、私はまだ子供です」
   「その方が萌えるわ」
   「助けてーっ、あっ痛い」

 そんな風にして生まれたご先祖さまも居ます。

   「ごめんね、貧しくて育てられないのだよ」
 そして、お地蔵さんの前に捨てられているのを、狼が見つけて引きずって巣へ持ち帰り、狼として育てられたご先祖さまも居ます。

   「嬶、今けえったぜ」
   「お前さん、お帰り、今、食事の用意します」
   「今夜はいらねえ、直ぐに布団を敷け」
   「嫌ですよ、お前さん酒臭い」
   「それは、酒を飲んできたのだから、あたりめえよ」
   「じゃあ、今夜はなにもせずに、大人しく寝てくださいな」
   「喧しい、亭主が女房に何をしょうと勝っ手じゃねえか」
   「だって、酔っ払っているときは、必ず避妊に失敗するのだから、うちはもう五人も子供が居るのですよ」
   「だまれ、さっさと布団を敷いて横になれ」
   「もう、言い出したら聞かないのだから…」

 六人目の子供に生まれて、泣く泣く育てられたご先祖さまも居ます。

 
   「ご先祖さま、ありがとうございました」
 こんなご先祖さまに手を合わせて拝むのは、何だかご先祖さまに対して、嫌味ではないでしょうか。
   

猫爺のミリ・フィクション「不時着」

2014-09-12 | ミリ・フィクション
 田野慶進(けいしん)は米農家である。早朝、この家へ近所の土肥暁良(あきら)が息を切らして飛び込んできた。
   「大変だ、田野の田圃が大変な事になっている」
 慶進は、訳も分からぬまま驚いた。
   「俺の田圃がどうなっているのだ」
   「その前に、水を一杯くれんか」
 慶進は、女房に声をかけて、コップに水を入れて持ってこさせた。
   「これを飲んで、早く話してくれ」
 暁良はコップの水を飲み干すと、
   「お前の田圃に、ジェット旅客機が不時着しとる」
 慶進は、取る物も取り敢えず、田圃目指して走っていった。そこには紛れも無いホーイング747が着陸していた。だが、滑走した跡が無い。人っ子一人居ない。機内の乗客も全て死に絶えたのか静まり返っている。 
   「これはどうした事だ」
 暁良も後から追いついて、この様を落ち着いて見て、唖然としている。
   「これは上空でホバーリングして、そのまま垂直着陸したようだ」
 当然ながらホーイング747に垂直離着陸の機能は無い。直ちに警察を呼び、専門家に調査して貰う必要がある。幸い二人共携帯電話機を持っていたので、直ちに110番に連絡する者、機体や周辺の状況を写真に撮っておく者に分かれて役割を果たした。

   「暁良、機体の周りに馬糞が多いと思わないか?」
   「そうだなあ、この辺りで馬を飼っている農家は無いのに、何処から来たのだろう」
   「まさか、旅客機を馬がひいてきたのではあるまい」
   「汚いから、踏むなよ」
 警察が来る前に、家に戻っておこうと話し合って、二人は現場から去った。警察が来たら、農道に車は入れないから案内をする為だ。


 取り敢えずと、駐在所の警官がとんできてくれた。こちらは慶進が案内することになった。
   「成る程、ボーイング社の747ですなあ」
   「そうでしょう、ところが滑走の跡が無いのですよ」
   「ありませんなあ」
   「ところが、この馬糞… あれっ」
   「馬糞がどうかしましたか?」
   「初めてここへ来た時より、数が減っているのですよ」
   「馬糞の数なんて、どうでも良いのではありませんか」
   「そうですかね」
 話していたが、パトロールカーの来る様子がない。
   「一度私の家に戻って、県警のパトを待ちましょう」

 ここで引き上げたのが悪かったのか、県警の警官が来て、再びこの地へ来てみると747の機体は消えていた。
   「おや? 旅客機が着陸した形跡がないし、馬糞も消え去っている」
   「馬糞は747の乗務員が処分したのでしょうか」

 県警の警察官は、「夢でも見たのでしょう」と、一笑して帰って行ったが、慶進と、暁良と、駐在所の警察官が目撃している。
   「馬鹿なことを、三人が同時に同じ夢を見る筈がない」
 慶進は憤慨した。

 その夜、慶進は旅客機が着陸していた田圃に行ってみることにした。
   「やはりそうだ、あれはジェット旅客機ではなくて、UFOだったに違いない」
 昼間は微動せず、夜に旅客機の中でせわしく何かが動きまわっていた。
   「宇宙人の姿が見えない」
 何かが動いているのだが、何が動いているのか分からなかった。一人で近づいては危険かも知れないので、ここは一旦引き上げて週刊誌に電話をかけ、宇宙生物の研究家に見て貰おうと慶進は考えた。

 疑似科学者の矢尾純太郎、超常現象研究家の棚下吾郎などの識者と、週刊誌の記者、カメラマン、記録担当の3名が取材に来た。田野家で深夜になるまで待ち、慶進と暁良と共に七人で現場に出かけた。
   「成る程、地球上の旅客機に似せて造られた宇宙船ですなあ」と、矢尾がいうと、
   「あれはUFOではなくて、墜落事故を起こした旅客機の乗客の霊でしょう、中で霊が事故直後の機内でのように助けを求めているのです」と、棚下。
   「何としても、宇宙人の姿をカメラにおさめて頂きたい」と、矢尾。
   「いえ、霊媒師を呼んで除霊をさせましょう」

 だが、宇宙人の姿は見えないうえ、カメラにも写っていなかった。
   「この宇宙人は、人間の可視光線も紫外線も赤外線も吸収してしまうのでしょう」
   「違いますよ、霊ですから凡人の目に見えないし、写真も撮れません、霊媒師が居なければ話にならんでしょう」
 両識者が口論になりそうなので、カメラマンは勝手にフラッシュを焚いて写真を取り出した。それに気付いてか、旅客機内部の動きが止まってしまった。写真に映ったのは、旅客機と馬糞ばかりであった。

 週刊野次馬誌には、「宇宙人、田園に不時着」「宇宙人、食料調達の為の地球調査か?」「宇宙人は、肉食か草食か?」「地球人は、奴らの食料になってしまうのか?」と、田圃に旅客機が不時着している写真を乗せ、大衆の不安を煽り立てていた。


 そんなことがあって、暫くは姿を見せなかった不思議な旅客機が、再び現れたのは一ヶ月程が過ぎた日であった。野良仕事をしていた慶進の背で声がした。振り向くと、馬糞が一つ畦に落ちていた。
   「タノ ケイシンサン アナタガタハ ワタシタチヲ オソレルコトハ アリマセン」
   「誰ですか、姿を現してください」
 いきなり、馬糞から青いアンテナのような物がニョキニョキっと出てきた。
   「ワレワレハ サイショカラ スガタヲミセテイマス」
   「その馬糞がそうなのですか?」
   「バフントハ ナンデショウカ ワレワレノデータニアリマセン」
   「あ、いえ」
 宇宙人は、銀河系内にあるもう一つの太陽系ダッシュの惑星から地球探査の為に数万年以前に放たれた宇宙船の乗務スタッフであった。
 宇宙生物ではあるが、食事は摂らず、呼吸もしない。まるでロボットのような生物で、素粒子をENERGYに変えて生きている。
 アンテナには、味覚を除く四覚と超感覚的知覚が備わっていて、地球人の脳とは桁外れの記憶力と生命力を持っている。
   「チキュウノサンプルヲシュウシュウシタノデ マタ スウマンネンカケテワレワレノホシにカエリマス」
   「地球を滅ぼすために来たのではないのか?」
   「モチロンデス ナカマガ マッテイマス オサワガセシマシタ デハ サヨウナラ」
 見上げると、ホーンング747がホバーリングしている。馬糞は瞬時に消え、旅客機もワープした。
 

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十五回 青い顔をした男

2014-09-11 | 長編小説
 こちらは江戸の京橋銀座、雑貨商福島屋亥之吉の店先である。表を綺麗に掃除して水を撒き、いつ客がきても買い物をして貰える状態にして亥之吉旦那以下、使用人たちも持ち場に着いた。

 帳場に正座して亥之吉がぽつりと呟いた。
   「遅い」
 番頭が不安そうに訊いた。
   「旦那様、何が遅いのでございますか?」
   「上方からこっちへ向かっている小僧さんや」
   「旦那様が心待ちにしていらっしゃる三太さんと新平さんですね」
   「別に心待ちにはしとりませんが、命の恩人の弟さんから預かる大切な子供ですよって」
   「旦那様の命の恩人ですか?」
   「そうじゃ、緒方梅庵と能見数馬という蘭方医の兄弟が居りまして、その能見数馬は後の信州上田藩の与力と藩医を兼ねた、わしの大親友佐貫三太郎さんだすのや」
   「へー、与力と藩医を兼ねるなんて、どこの藩にも居ないでしょうね」
   「本人は医者として元藩主のご隠居の主治医を任されておりましたが、父上の佐貫慶次郎さんが急死されて急遽こんなことになりはったのです」
   
 この佐貫三太郎は江戸の長屋育ちの町人である。母親は酔って暴力をふるう夫から三太を連れて逃れようとしたが、父親の知ることになり、三太だけ連れ戻された。だが、新しい女が出来ると三太が邪魔になり、猫の仔を捨てるように寺の境内に置き去りにした。それを緒方梅庵(当時は佐貫三太郎)に拾われ、その後、佐貫慶次郎の養子になった。
 佐貫慶次郎に実子佐貫鷹之助が生まれ、その子が自分の養子になった年齢になると、もとの三太に戻り江戸へ出て実の母親を探した。三太は自分が捨てられていた寺で母親と再会するが、父親もまた母親を探しに寺へ来て、ここでも母親に暴力を振るう。それを止めようとして、護身用に持っていた懐剣で父親を刺してしまう。
 親殺しの罪は、例え十にも満たない子供であっても重罪であるが、時の北町奉行の温情で、奉行の知人である水戸藩士能見篤之進に身柄を預ける。篤之進は三太を自分の亡き息子能見数馬の名を付けて養子にする。
 だが、三太が処刑を免れて生きていることを知った佐貫慶次郎は、能見篤之進に頭を下げて三太を返してもらった。捨て子の三太は、佐貫三太郎が武士を捨て、緒方梅庵と名を改めて医者になったので義兄の名を貰い、水戸では能見数馬、そして再び佐貫三太郎になった。
 現在、新平と旅をしているチビ三太は、佐貫三太郎の義弟佐貫鷹之助の教え子である。


 
 漸く、駿河の城下町を出て江尻宿に向かったところで女に声をかけられた。年の頃なら二十七・八、料理茶屋の中居と言ったところであろうか。
   「ちょいと、そこの可愛いお二人さん」
   「何や、何か用か?」
   「あたしの子供になってくれないか」
   「それはあかん、わいにはおっ母ちゃんがおりま」
   「嘘の親子でよろしいです」
   「何の為に?」
 この女、どうも怪しい。三太は心の中で眉に唾を塗る。
   「商家で女中に雇って貰いたいのですが、女ひとりだと怪しまれますの」
   「子連れやと、余計雇ってくれませんやろ」
   「そこは演技の為所(しどころ)で、夫を亡くし、子供の為に懸命に働く母親で同情を買うのです」
   「その後わいらは、どうなるのや?」
   「知人に預けるということで、雇い主に承知してもらったらお二人さんは放免です」
   「放免て、わいらを罪人扱いやないか」
   「お駄賃、一人二十文でどうです?」
   「わい等、先を急ぎますので、御免被りますわ」
 三太と新平が行こうとすると、女はいきなり短ドスを三太の頸にピタリと押し付けた。
   「冷たい、何するのや」
   「グズグズぬかすと、これが喉に刺さるぞ」
 女は、強い態度に出てきた。
   「ああ恐い、おばちゃん、何を企んでいるのや?」
   「煩い、黙って付いて来い、余計なことをぬかすと命が無いよ」

 三太は新三郎に話しかけた。
   「この女、盗人の手引女かも知れませんぜ」
   「言う事を聞いて、企みを探りましょうか」と、三太。
   「では、女の言う事を聞いて、付いて行ってみましょう」
 新平にも、そっと伝えた。

 女の言う通り、女はあっさりと商家で雇って貰うことが出来た。
   「それでは、明日から働かせて頂きます、一生懸命働きますので、宜しくお願い申し上げます」
 女はしおらしく挨拶をすると、三太と新平を連れて戻っていった。
   「女は子供の為なら、あんなに一生懸命になれるのですね」
 商家の番頭が、旦那さまに話しかけた。女がなかなかの美人で色っぽく、番頭はいたく気に入った様子であった。

 女は、三太と新平に四十文渡すと、早くこの地から立ち去れと命令し、その足で仲間と繋ぎを取りにいった。新三郎が女に憑いていったことは言うまでもない。その後を三太と新平も付けた。

 女は盗賊の手先であった。明日の夜、女を雇い入れた商家を、この女の手引で襲うらしい。新三郎が戻ると、二人は番屋に走った。役人が子供の訴えを信じるかどうか心配であったが、ここでも三太のことを噂で聞いて知っている者が居た。

 女は初日であるにも関わらず、よく働いた。使用人にも小僧から大番頭まで優しく尽くして、早くも好感を持たれた。
   「よい人が来てくれましたな」
   「本当に助かります」
   「料理も上手くて、これからの賄い料理が楽しみだ」

 その夜、女は夜中に起きだし厠へ行くようであった。寝ている人に気兼ねしてか、廊下を音も立てずに歩いていった。土間へ下り、表戸のところへ行き、内から潜戸をそっと叩いた。すると、外からもトントンと叩く音が聞こえた。
   「頭、今開けます」
 女は、囁くように言うと、閂を外して潜戸を開けたが、だれも入って来なかった。女は「おや?」と思い外へ顔をだすと、いきなり「御用だ!」と、取り押さえられた。役人たちのそでに、三太と新平が居た。
   「しまった、こいつらを殺しておけばよかった」
 女は、無念そうに吐き捨てた。離れた場所に、女の頭目以下仲間たちが、後ろ手に縛られて引かれて行くのが見えた。

 お店の中で、女が盗賊の仲間だと知らされていたのは店主だけであった。使用人達は驚いた。もしかしたら、今頃自分たちは寝首を掻かれて息絶えていたところだったと想像して、震え上がった。

 盗賊は、非情働きで知れた名うての悪党である。商人の家に押し込むと、女、子供も構わずに殺害し、小判ばかりか、小銭まで奪って去る、人呼んで津波党の十二人であった。やることは荒っぽいが、周到でなかなか尻尾を出さず、役人たちは困り果てていたところだった。
   「三太さん、大手柄でした」
   「いえ、手柄をたてたのはお役人さんたちで、わいはこっそり訴えただけのチッくりガキだす」

 三太と新平は、江尻宿を向けて旅立った。

   「親分、また江尻の番屋に二晩も泊まってしまいましたね」
   「うん、でも何人かの命が助かったのや、亥之吉の旦那さまも、喜んで許してくれはりますわ」
   「そうかなあ?」

 幾らも行かないところで、男が声をかけてきた。
   「その懐に入っているのは狐だろ?」
   「そうだす」
   「五十文で買ってやろうか」
   「どうするのです?」
   「儂は毛皮屋だ、冬まで飼っておき、綺麗に冬毛が生え揃ったら、毛皮を剥がします」
   「それで、この狐のコン太は、どうなりますのや?」
   「狐の肉など食えないので、穴を掘って埋めます」
   「死ぬのか?」
   「それはそうです」
   「あかん、コン太はわいの友達や、殺す訳にはいきません」
   「値を吊上げる積もりか? それなら六十文ではどうです?」
   「値やない、友達や言っているやないか」
 コン太が懐で歯を剥いている。話していることが分かるのだろうか。
   「コン太、売たりはしまへん、安心しろ」
 男は三太に「あっちへ行け」と怒鳴られて、諦めて去り際に、
   「お前馬鹿か、拾ってきたものを六十文で買ってやろうと言っているのに」
 捨て台詞を残して去った。

 
 暫く行ったところで、新平が「鶏の鳴き声が聞こえる」と、呟いた。
   「ほんまや、あのお百姓さんの家、軍鶏を飼っているわ」
 コン太が暴れだした。
   「わかった、わかった、卵分けて貰いに行こう」
 二個分けて貰って、幾ら払えばいいと尋ねると、二個十文で良いという。町では一個百文もするところがあると話して一朱払おうとしたが、受け取らなかった。
   「おっちゃん、ありがとう」
 十文払ってお礼を言って卵を貰ってきたが、コン太が食べたくて我慢が出来ずに懐から飛び出そうとする。一つお椀に割入れてやると、新平がコン太の椀に指を突っ込んだ。
   「卵って、そんなに美味しいものか?」
 ぺろりと舐めて、一言「味無い」と呟いた。
   「人間は、焼いたり蒸したりして、塩を付けてたべるのや、そやけど、これはコン太のもんや、新平にはやらん」
 新平は「要らん」と、嘯いた。

 
 寄り道ばかりしていたので、頑張って興津(おきつ)宿まで行った。宿を取り、夕餉にでた鮎の塩焼きが旨かった。ひとっ風呂浴びて、二人は畳に寝転がって盗賊の話をしていると、隣部屋の男が声をかけてきた。
   「ちょっとお話をしても宜しいか?」
   「へえ、どうぞ何なりと」
   「昨夜のことですが、明日旅にでるということで、早い目に床に就きましたが…」
   「へえ、それで…」
   「旅のことを考えると楽しくて、夜が更けても目が冴えていたところへ…」
   「へえ、へえ」
   「表戸をどんどんどんと叩く者がいます」
   「夜更けに?」
   「戸を開けてやりますと、幼馴染の金助が青い顔をしてズボッと佇っていたのです」
   「なんか、恐い」
   「話を聞いてやりますと、その男が寝ていたら、表戸をこんこんこんと叩く者がいます…」
   「へえ、もしやお化け?」
   「いいや、金助の友達の銀次でした」
   「ああ、びっくりした」
   「銀次の申しますには、寝ておりますと表戸をどんどんどんと叩く者が居ます」
   「まただすか」
   「表戸を開けてやりますと、青い顔をした男がズボッと佇っていました」
   「ふーん」
   「その男の言うことには」
   「青い顔をした男が佇ってましたのやろ」
   「ところが違うのです」
   「ええっ、違うのか?」
   「今度は、真っ赤な顔をした男が佇っていました」
   「もしや、赤鬼?」
   「その男の言うことには…」
   「何や、何を言うたのや」
   「俺、酒に酔うてます」
   「---」

 隣部屋の男は笑いながら部屋へ戻って行った。
   「あほか、あのおっさん、わい等を子供やと思いやがって、あんなしょうもない話をしにきやがるねん」
   「おしっこ、ちびりそうやった」新平は、内心ホッとした。

   「さあ、はよう寝よ、コン太も欠伸しているわ」
 三太は寝ようとしたが、何だか目が冴えて眠れなかった。新平はもうぐっすり眠っている。その時、三太たちの部屋の障子をこんこんこんと叩く者がいる。
   「誰やいな」と、三太が起きて行き、障子を開けてやると、青い顔をした女がズボッと佇っている。
   「あら、兄さん、御免なさい、厠(かわや=便所)と間違いました」
   「どこに障子戸の厠があるのや」
 三太は腹を立てた。翌朝、宿の者に女のことを話し、誰だったかを確かめて、一言文句を言ってやろうとしたが、女の泊まり客は、腰が曲がった婆さん一人だった。女中さんの中にも昨夜の女は居なかった。

 宿を出て、新平に話をした。
   「その女、化け物やったかも知れん」
   「何の?」
   「顔が大きかったから、団扇のお化けかも…」

 二人、「わーっ」と駈け出して行った。(落語小噺より)

  第三十五回 青い顔をした男(終) -次回に続く- (原稿用紙17枚)

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