雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十回 若様誘拐事件

2014-06-14 | 長編小説
 亀山城を出たとき、白髪の老人に話しかけられたことを、三太は城に引き返し山中鉄之進に伝えておいた。
   「わいが冗談で余と言ったので、何処かの若様が町人に化けて町に出るものと思ったようです」
   「そうか、何やら企んでいると見えるのう」
 鉄之進は、遠くから同心と二人で後を付けて様子を見ると言ってくれた。
 
 亀山城を発って間もなく、三太と新平の前に町駕籠が止まった。駕籠舁二人と、三人の男が三太たちを取り囲んだ。
   「若様、お迎えに上がりました」
 五人の中に、亀山城の城門近くで逢った白髪の老人が居て、指図をしている。三太と新平は逃げようとしたが、男達に捕まり手足を縛られ猿轡(さるぐつわ)をされて、駕籠に無理やりに押し込まれた。
   「新さん、どうして助けてくれないの?」
   「暫く、奴等の出方を見ましょう」
   「新さんが奴等の誰かから探り出してくれたらいいのに」
   「奴等は仲間に見張られています、ここで奴等が変な動きをすると、仲間に口封じされ兼ねません、あっしは人を死に追い遣ることは出来ません」
   「わかった、我慢する」
 新平も、心得たもので、三太の胸に凭れるように頭を付け、新三郎の指示を聞いていた。

 新三郎は三太から抜けて、三人の見張り仲間の一人に憑いた。腰の剣を抜くと、まず男達が番(つが)えた弓弦(ゆみづる)を三本ともに切った。
   「貴様、何をするのだ、気でも違えたか」
 新三郎は剣の峰を返すと、黙って二人の男の鳩尾(みぞおち)に打ち付けた。「うっ」と呻いて次々に倒れ込んだ。二人の手足をその場にあった蔓(つる)で縛り上げ、新三郎は男に憑いたままで三太たちの元へ走った。
   「このガキたちは、どこの藩の若様だ」と、喋ったのは新三郎である。
   「それが、わからないのだ」
   「分からないのに、拐わかして来たのか?」
   「爺さんが、確かに大名の若様だと言うもので」
   「爺さん、間違いないのか?」
   「へい、自分のことを余と言っておった」
   「そうか、わしらが吐かせてみよう」
 賊の一人が駕籠から下ろした三太を担いで、潅木を掻き分け山の中へ入っていった。新三郎は、その男に続いて、新平を担いで従った。着いたところにもう一人、身形(みなり)の良い大名家の若君らしき七・八歳の少年が縛られていた。
   「無礼者め、余を何と心得ておる」
 少年は、気丈にも拐かしの無頼の者たちを叱咤する。
   「へい、あなた様は伊賀神戸藩(かんべはん)の若様でいらっしゃいます」
   「そうと知った上での無礼、決して許しはしないぞ」
   「若様は、生きて城に帰れましょうかな」
 受け答えをしている拐かしの仲間は、「ふふん」と、鼻で笑った。三太たちも若様を縛った同じ木に縛り付けられた。
   「お前は、町人であるな、やはり拐かされたのか?」
 神戸藩の若君が三太たちに話しかけた。
   「いえ、若様をお助けする為に、態(わざ)と捕まりました」
 お調子者の三太は、咄嗟にそう答えた。
   「そうか、忝(かたじけな)い」
   「今しばらくのご辛抱です」
   「わかった、おとなしくしていよう」

 神戸藩では、若様のお供をして城外へ出た家来の一人が、瀕死の重症で城に戻り、若殿が拐かされたと伝えた。
 折しも、城門に矢文が射込まれた。若君の命と引き換えに、三千両を亀山領地内の稲荷神社へ持参せよと記してあった。
 大勢の家来達が護衛につき、小判は駕籠で運ばれた。だが、稲荷神社には誰も居ず、小判は駕籠のまま置いて立ち去れ、若君は後日送り届けると書かれた文が、地面に突き立てられた矢に結ばれていた。
 家来達は、姿を見せない賊の手に、若君の命が握られているため、手も足も出せない状態で、仕方なく賊の指示に従った。

 三太たちを見張っていた賊が、手薄になった。どうやら、小判を運んできた神戸藩士達の様子を見届けるために幾人かがつけて行ったらしい。
 三太達を見張る仲間の中に新三郎が居たらしく、男達が次々に気を失って倒れた。その後、倒れた男の手足を蔓(つる)で縛ると、三太達三人の縄を解いた。
   「お前は…」
 若様が身構えた。
   「若様、大丈夫です、この男は賊に化けたわいの仲間です」
   「そうか、安心致した」
 今解いた縄で、新三郎は自分を縛れと三太に指示した。言われた通りに縛り上げると、縛られた賊は気を失しなって倒れた。
   「さあ三太、亀山城へ逃げ込もう」
 すぐ近くまで、山中鉄之進等が来ていた。駕籠の三千両は、賊の目から隠してくれるように山中に依頼して、三太と新平と神戸藩の若君は亀山城へ走った。

 神戸藩の若君が亀山城に着くと、すぐさま一騎の早馬が神戸城へ向けて走った。若君が無事に亀山城に匿われていることを知らされた神戸藩主は、直ちに小判を置いてきた稲荷神社に家来達を向わせた。

 一方、時は少々遡るが、神戸藩の家来達が神戸城に戻ったのを確かめた賊共は、再び稲荷神社に戻り、境内にぽつんと置かれた駕籠を見て安心した。だが、三千両を乗せた駕籠の見張り番が居ないことを訝かしく思った。駕籠の簾を剣の切っ先で跳ね上げると、駕籠は空であった。
   「神戸藩士にしてやられたか」
 初めから積んでいなかったと思ったらしい。
   「くそ忌々しい、戒めだ、若君を殺して木に吊るしておけ」
 賊たちは、山の中に入り、三太達を縛り付けた木に辿り着いて驚いた。人質は消え、見張りは悉く手足を縛られ、笹薮に転がっていたのだ。

   「お前達、誰にやられた」
   「仲間の宍倉が裏切った」
   「嘘をつけ、ヤツも縛られて転がっておるぞ」
   「そんな訳はない、確かに…」
 宍倉は漸くして気がついたが、何も覚えていないと言う。
   「お前達は、そのような嘘を並べおって、三千両はお前達が隠したのであろう」
   「知らぬ」
   「白状しなければ、この場で私刑する」
   「断じてそのようなことはしていない、拙者が皆を縛ったとして、では拙者を縛ったのはだれだ?」
   「そうか、では人質がやったのか?」
   「ほんの子供ですぜ、大の大人が子供に抵抗もせずに縛られたとは思い難い」
 別の男が言った。
   「まだ三千両は、この神社の何処かに隠しているかも知れぬ、探しに行こう」
 縛られた男達は、疑いが晴れるまで転がしたままにしておき、賊たちは稲荷神社の境内に戻ることにした。境内の近くまで来ると、馬の嘶(いなな)きが聞こえた。
   「馬に跨(またが)った与力が二騎と、他に武士とその配下らしいのが一人づつ、四人居るぞ」
   「我等を捕縛に来たのであろう」
   「奴等は四人、我等は五人だ」
   「よし、突破しよう」
 賊五人が藪から飛び出した途端、隠れていた神戸藩の捕り方役人が「わーっ」と飛び出して来た。

   「山中氏(うじ)、忝(かたじけ)のう御座った。お陰で若様は無事に戻られたうえ、三千両も取り返せ申した」
   「いやいや、我等二人ではどうしようも無かったところだ」
 三千両は、駕籠に戻っていた。山中達が戻したのだ。
   「では、我等はこれにて」
 山中鉄之進と与力は、亀山城に帰っていった。

   「もう、三太と新平は、城を出たのか?」
 山中鉄之進が部下に尋ねた。
   「はい、神戸藩の若君も迎えが来て戻られたので、三太殿達も旅に出ると城を出られました」
   「誰も止めなかったのか?」
   「いえ、せめて山中様が戻られるまでは待って欲しいと頼んだのですが、日が暮れるとお化けが怖いと申されて」
   「さようか、拙者の屋敷にでも泊まらせたかったのだが」


 翌日、神戸藩から使者が来て、藩主が山中鉄之進に逢いたいとのことであった。亀山藩主は山中鉄之進の働きを称え、神戸藩へ出向くことを許可した。
   「余は、よき家来を持ち鼻が高いぞ」
 山中鉄之進は、この手柄は、三太と新平なのだと言いそびれてしまった。
   「三太、新平、済まぬ」

 翌日、山中鉄之進は神戸藩に出向き、藩主より百両を賜った。若君も横に居て、山中に声をかけた。
   「助けてくれて、有り難く思っているぞ」
 賊に扮し、縛られた自分の縄を解き、逃げ道に導いてくれたのは、この山中鉄之進だったのだと、若君は信じて疑わなかった。


 三太と新平は、庄野の宿で泊まり、翌朝、石薬師の宿場(しゅくば)に向っていた。後ろから馬の蹄の音が響き、三太と新平は、横道の畦に腰を下ろして、馬が走り去るのを待った。
   「何やろか、あんなに慌てて」
   「また、拐かしかもしれませんね」
   「今度は、何処の藩やろ」
 二人が興味なさげに話していると、馬は三太達を見つけて止まった。亀山藩の山中鉄之進だった。
   「あっ、山中様、今度は亀山の若様が拐かされたのですか?」
   「違う、三太たちを追って来たのだ」
   「また、どうして?」
   「神戸の殿様より、褒美が下されたので届けに参った」
   「お菓子ですか?」
   「いや、百両だ」
 山中は、懐から袱紗(ふくさ)に包んだ小判を出した。
   「わいら子供に百両ですか?」
   「そうだ、貰っておきなさい」
 三太は拒んだ。
   「重いから要りません」
   「腹に巻いてやるから持っていきなさい」
   「ほんなら、二人に一両ずつください」
 山中は、池田の亥之吉を思い出した。亥之吉もまた欲がなく、殿からの賜り物を「要らない」と山中にくれたのだった。
   「そうか、わかった」
 山中は、小判の封を切り、三太と新平に一両ずつ渡した。
   「残りは、山中さまの働きと、新平の通行手形を発行して戴いたお礼です」

 またいつか、どこかで逢いましょうと、三太と新平は、山中鉄之進と別れた。
   「鈴鹿峠の馬は、楽ちんやったなあ」
   「雨が降っていなかったら、もっと楽しかったのにね」

 庄野の宿から石薬師の宿までは二里、石薬師から四日市の宿までは三里の道のりである。やはり庄野あたりで一泊かなと、新三郎は踏んでいた。

  第十回 若様誘拐事件(終) -続く- (原稿用紙14枚)


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