雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第八回 切腹

2014-06-09 | 長編小説
 三太と新平は、漸く石部の宿をはなれて、水口の宿場に向った。見ると街道際に朽ちかかった木の鳥居が立っていた。
   「新平、わい、ちょっとお参りして行くわ」
   「へい、それではおいらも…」
 新平は、三太に一文貰って、三太と共に鳥居を潜った。広い境内を進むと、神殿の前に男が一人座っている。袴を履いた侍のようである。侍の前には、大小の刀が横向けにきちんと並べてあった。
   「新平、わいらツいている、これは切腹や」
 町人が、切腹の場面に出くわせることはまず無い。新平は、ドキドキしている。瞑想している侍の正面にまわり、本殿の階段に腰を下ろして待った。
   「新平、もう直ぐはじまるぞ、縁日で買った鼈甲飴がまだ有るわ、これ舐めながら大人しく待っていようや」
 侍は目を開け、やおら差前の短刀を掴んだ。その時、漸く目の前に子供が二人、鼈甲飴を舐めながら見物しているのに気がついた。
   「こら子供、そんな処で何をしておる」
   「見物です」
   「拙者の切腹をか?」
   「うん」
 侍は、あっちへ行けと、叱りつけた。
   「そんな殺生な、せっかく切腹が見られるのに、なあ」と、新平の同意を求める。
   「気が散る、早く立ち去れ」
   「ええやん、見ていても」
 侍は、「殺すぞ」と、脅してきた。
   「切腹するのに、子供を道ずれにしたら嘲笑(わら)われるで」
   「頼むから、何処かへ行ってくれ」
   「ちっ、なんや切腹が見られると思ってドキドキしているのに」
   「折角、決心したのに、拙者の気が逸れてしまうではないか」
   「あんな、わい先生に教わったのやけれど、切腹しても介錯人がいないと、直ぐに死なんのやで、三日ぐらいのた打ち回って、それから死ぬのや」
 三太は、佐貫鷹之助から、切腹の作法を聞いたことがある。
   「血がドバーッと出て、腸(はらわた)がニョロッと出て来るのや」
 侍は、気が逸れたどころか、恐怖を感じて、項垂れてしまった。
   「切腹も出来ないではないか、人知れず首でも括らねばならない」
 三太は、どうやらこれを狙っていたようだ。
   「どうしたのや、わいが聞いてやろうやないか」
   「子供に話してどうなるものではない」
   「そんなことあるもんか」
 新平も、興味あるらしく、助勢した。   
   「親分は神憑りです」
   「神憑り? ああ、神様がついているのか」
 侍は、どうせ生きては主君の下へ戻れぬ身と、決心をしたようである。
   「山賊に金を奪われたのだ」
 自分を責めているのか、玉砂利に額を打ち付けた。主君の命で、主君の御母堂が仏門に入られ、比丘尼となられている尼寺に、主君より預かった百両を奉納すべくここまで来たが、山賊に囲まれて山へ連れ込まれた。
 闇に乗じて街道まで逃げてはきたが、体に巻きつけていた百両は奪われてしまった。命を奪われるのは免れたものの、尼寺にも行けず、恥を曝して主君の元へも戻れず、目に入った社の境内を借り受けて切腹しようと思っていたのだ。
   「おっちゃん、わい力になれるかも知れへんで」
   「おチビのお前が、山賊から金を取り返してくれるのか?」
   「そうや、山椒は小粒でピリリと辛いのや、山賊をやっつけてやろう」
 
 三太は、新三郎にお伺い立てた。
   「新さん、ええやろ、助けてやろうよ」
   「いいよ、山賊の住処を確かめましょう」

 幸い、侍は逃げてきた道を覚えていた。街道から山に向けて一里ほど歩いたところに、それはあった。仮の棲家らしく、小枝を土に差し込み、筵で囲い、枯れ草で屋根を葺いた掘立小屋が五つ六つ並んでいる。山賊たちは、一人の見張り番を立て、他は眠っているようである。
 透かさず新三郎は見張りの男に憑いた。新三郎は、男が腰に下げた蛮刀らしきものの鞘を抜き、小屋を壊して回った。
   「こらお前、気でも狂ったか、何をしやがる」
 新三郎は蛮刀を、そこにあった棍棒に持ち替えて、取り押さえに近付いた山賊たちを打ちのめし、形勢が悪くなると別の男にのり移った。
 三太も、木刀で山賊たちの足元をちょこまか走って、隙をみては向う脛を打ち、大の男に悲鳴を上げさせた。
 その間、切腹侍と新平は、奪われた百両を探した。
   「ありました、山賊の頭が、腹に巻いておりました」
 侍が指差した男をみると、だらしなく気を失っている。百両を取り返したあとらしく、前が肌蹴て麻の巾着袋が覗いている。
   「お侍のおっちゃんは、山賊に百両貸したんや、利子を貰っておこうか」
 三太は、巾着から二両抜いて、巾着を懐に戻した。
   「利子の二両のうち、一両はわいらの駄賃に貰っとくで、ええやろ」
   「拙者も一両貰えるので御座るか?」
   「そらそうやけど、これは山賊から盗んだのと違うで」

 三人揃って、もと来た道を戻りながら話をした。
   「わいら、おっちゃんに付いていってやりたいが、どこの尼寺や?」
   「京で御座る」
   「あかん、わいらは江戸へ向っているのや」
   「そうか、命を助けて貰い、かたじけない、どうか我が藩に来られたときは、是非お立ち寄りくだされ」
   「あっ、どこの藩か言わんでもええ、名前も聞かへん」
   「それでは、余りにも…」
   「わいらは子供や、ちょっと子供と遊んでやったと思えばええのや」
   「それでは」
   「おっちゃん、物騒やから暗くならんうちに宿をとりや」
   「有難う」 
 街道を上りの侍と、下りの三太と新平は、手を振って別れた。


 石部の宿から出て、間もなく水口の宿に達する辺りであろうか、峠を上り詰めたところに茶店があった。三太と新平は、すぐに相談がまとまって、休憩して行くことになった。
   「新平、甘酒飲もうか?」
   「おいら、団子がいい」
   「よっしゃ、両方頼もうや」

 頼んで、茶店の老婆が店の中に消えたと思うと、すぐに出てきた。
   「お待たせ、甘酒二杯とお団子二皿」
 三太は、甘酒を手にとってがっかりした。ぬるいうえに器の底が見えるほど薄い。団子も、丸々していないで、ぐっしょりとだれている。一口甘酒を飲んでみて、思わず「不味っ」と声をだした。
   「何や、この甘酒、いっこも甘うない、塩辛いだけや」
   「ああそうか、ちょっと麹の発酵が浅かったかな」
   「団子はベチャベチャべや」
   「それは、今日作ったからで、二・三日経ったら丁度好い加減の固さになるのじゃが」
   「お婆ちゃん、これで客来るのか?」
   「うちは旅のお方が相手じゃ、殆どが始めての客じゃからのう」
   「ええかげんな商売やっとるなあ」
   「これでも、美味しいと言うてくれる人も居るのじゃぞ」
   「誰や、その変態は」
   「向こう長屋の植木屋甚兵衛さんの娘、お玉ちゃんは、それは、それは綺麗な娘さんでな」
 同じ長屋に住む、甚兵衛の手伝いをしている若者と惚れ合っている。二人の逢引の場所がこの茶店であった。
   「そのお玉ちゃんに、庄屋の馬鹿息子が横恋慕しよって、親に頼んで許婚になったのじゃ」
   「お玉ちゃん、よかったやないか」
   「何がじゃ」
   「そやかて、お金持ちの嫁になれて仕合せや」
   「お前さんは子供だからそう思うのじゃろうが、女の仕合せは好きな男と一緒になることじゃ」
   「好きな男と一緒になって仕合せなのは、二・三年や、飽きてきたらお金のことで喧嘩ばっかりや」
 それより、馬鹿息子でも金持ちと一緒になったら、最初は辛いけどやがては庄屋の妻、子供たちも金持ちのお坊ちゃま、お嬢さまと、大事にされて、仕合せいっぱいの生活が送れる。当のお玉ちゃんも、好きな男との恋が生涯褪せることなく、きれいなままで心に仕舞っておける。
   「お前さん、本当に子供か?」
   「わいは、見た目は子供、中身はおっさんや」
   「よっ、大坂のちっこいおっさん!」
 新平も納得のおっさん三太である。
   「わい、あんな歯抜け禿とちがうわい」

 三太たちがふざけていると、お玉と若い男がやってきた。
   「おばぁさん、お団子二皿とお茶くださいな」
   「俺達の最後の逢引です」
 本日、結納と支度金が届き、いよいよ嫁入りの準備に入ると言う。
   「それであんた達は良いのかい?」
   「はい、二人で話し合って、別々の道を歩いて行くことにしました」
   「俺は、植木職人の腕を磨いて、江戸へ行きます」
   「いつまでも、二人の思い出を胸に畳んでおきます」
 老婆は、「駆け落ちでもすればいいのに」と思ったが、駆け落ちは天下のご法度。逃げても逃げ切れず心中ということになるかも知れない。
   「おばぁさん、今まで見守ってくれてありがとう」
 二人は元気に帰っていった。
   「わたしにはわかりませんが、これが当世の若者ですかねぇ」

 三太もお玉次第では、縁談を潰して二人を添わせてやろうとも思ったが、二人がこんなにもサッパリとしているのであれば、手出しはしない方がよいのだろうと、茶店を離れた。

 その夜、お玉と植木職人見習いの男は、お互いの手足を縛りあい大川に身を投げた。三太と新平はそのことは知らない。新三郎は知っていたが、決して二人には話さなかった。

   「いつか、あの植木屋の兄ちゃんと江戸で逢えるかも知れへんなあ」
   「お玉さんはいつか、お庄屋さんのお嫁さんですね」
 二人は辻のお地蔵さんに手をあわせた。
   「二人が仕合せになりますように…」
   「なりますように…」

 二人はじゃれあいながら、土山の宿に着き、宿をとった。

  第八回 切腹(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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