雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十二回 三太の初恋

2014-07-17 | 長編小説
 赤坂の宿と御油の宿は目と鼻の先である。御油まで歩いた三太と新平は、草鞋屋を見付けたので子供用を二足買って、一足ずつ腰に下げた。土産菓子屋に入り、金平糖も見付けたので、新平と約束して通り買ってやったが、新平はポリポリっと、一度に全部食べてしまった。
   「一日一個ずつたべるのやないのか?」   
   「何処にでも売っているのなら、大事に食べなくてもいい」
  
 御油から、吉田の宿まで約二里の道程、何事もなければ夕暮れまでには着ける筈である。   
   「また何かおこりそうやな」
 三太は、そんな予感がした。

   「もしもし、旅人さん」
 若い女の声が三太達を呼び止めた。
   「そら来た、今度は何だす」
 女の顔を見て、三太は驚いた。
   「わっ、天女さまや、武佐やんの使いか?」
   「天女であろう筈がありません、ただの村娘です」
   「綺麗や、鄙にはまれな別嬪でござるな」
   「まあ、鄙にも美人が沢山居ますよ、だいたい、鄙には美人が居ないと思うのが間違いです」
   「ごめん」
   「あらま、素直な旅人さん」
   「わいらに、何か御用だすか?」
   「はい、ここから吉田にかけて、人里をはなれますので…」
   「田圃ばかりだすね」
   「こわいので、お兄さんがたに付いて歩いてもよろしいでしょうか?」
   「かまへんけど、わいらは子供やから頼りないで」
   「いいえ、見ていて何だか強そうで、なまじ大人よりも頼り甲斐がありますわ」
   「そうか、お姉さん、目が高いわ」
 新平が口出しする。
   「親分、言い過ぎです」

 女は、吉田藩ご領地の吉田村の娘で、御油まで使いに来た帰り道だそうである。この辺は物騒で、娘は信頼できそうな旅人を見つけては、付いて歩かせてもらうのだと語った。
   「お寿々と申します、旅人さんは、お二人だけ旅ですか?」
   「へえ、わいが三太、この子は新平、江戸に向っとります」
   「まあ、遠くまで偉いのですね」
 三太は、こんな物騒な道を、娘一人で使いに出す両親の気が知れないと思った。
   「両親は、早くに亡くなって、叔父に引き取られたのです」
   「そうやろなあ、本当の親やったら、心配で一人で使いになんか出さへん」
   「使いなら、まだ良いのですが、私はもう十二歳です、そろそろ旅籠に奉公に出され、飯盛り女にさせられます」
   「年期奉公だすか?」
   「いいえ、期限のない女郎勤めで、叔父夫婦は旅籠からお金を受け取り、わたしの借金として生涯付きまといます、私が自由になれるのは、死ぬときでしょう」
 それを聞いた三太は、口数が少なくなってしまった。

 御油の宿から、一里半も歩いただろうか、寿々が「もう直ぐ叔父の家の近くです」と、名残惜しそうに口を開いた。村へ入ると、金持ちらしい大きなお屋敷に出入りする人々が、なにかしら暗い表情をしていた。
   「何かあったのでしょうか?」
 新平が尋ねた。
   「長者さまの若様が、ご病気になられたのです、江戸の名医を呼んで診てもらったところ、朝鮮人参さえも効かず、後一ヶ月の命だと宣告されて、旦那様と奥様が泣いてお暮らしなのです」
   「それで、皆さんがお慰めに来ているのですね」
   「そうなの、若様がお気の毒で仕方がありません」
   「お寿々ちゃん、若様が好きだったのでしょ」
   「あら、恥ずかしい、身分違いですわ」

 三太は、相変わらず黙っている。
   「三太さん、新平さん、さっきから気掛かりでしたが、お二人とも縞の道中合羽が綻んでいます」
   「知っています」
   「私が縫って差し上げますから、家にお寄りくださいませんか?」
   「男を引っ張り込んだら、叔父さん夫婦に叱られるでしょう」
   「大丈夫です、叔父夫婦と子供二人は親戚にお呼ばれで、多分帰ってくるのは夕方です」  
 寿々の運針は手馴れたもので、二つの合羽をチクチクと見事に縫いあげてくれた。
   「いま、お茶を入れますからね」
 寿々は、女房のように甲斐甲斐しく釜戸に火を熾すと、湯を沸かして茶をいれてくれた。
   「ごめんなさいね、お茶菓子が何も無くて」
   「いいえ、どうぞお構いなく」
 二人黙って熱いお茶を飲んでいたら、叔父夫婦と子供二人が帰ってきた。叔母は三太達をみるなり、声を荒げた。
   「何だ、この子たちは? 拾ってきたのか?」
   「違いますよ、お世話になったので、お礼にお茶差し上げようと思って…」
   「ふん、お茶代五文ずつ、ちゃんと貰っときなさいよ」
   「そんな、お礼なのですから…」
   「お茶の葉は、ただではない」
 お寿々は、泣き出した。
   「そんな酷いことを言わなくても…」
 
 今まで無口だった三太が、突然怒ったように大声を出した。
   「十文くらい払いまっさ、あんた、お寿々ちゃんを、飯盛り女になんぼで売るのや」
   「売るやなんて、人聞きの悪いことを言うな」
   「ほんならお寿々ちゃんを、わいの嫁にほしいと言うたら、なんぼ取るのや」
   「子供が何を言いだかと思ったら嫁だと」
   「そうや、なんぼだしたらくれるのや」
   「そこらの並の子だったら相場の二十両だろうが、この子は特別器量よしだ、三十両だ」
   「人聞きが悪いと言いながら、やつぱり三十両で売るつもりやないか」
   「ほっときやがれ、ガキにとやかく言われる筋合いはない」
   「よし、三十両作ってきてやる、それまで売るなよ」
   「お前、何者じゃい、三十両の金が直ぐに出来るわけが無い」
 三太は、新平を促して、お寿々のもとから飛び出した。

 向ったのは、長者の屋敷であった。自分は子供であるが、霊能者である。霊力で若様の命を助けたら、三十両くれと掛け合った。最初は馬鹿にして、追い払らわれたが、新三郎が若様に憑き、「その子に逢いたい」と、言わせた。

 この屋敷の主人も、死にかけている息子の頼みを聞かないわけにはいかず、三太は若さまの寝所に案内された。今まで、寝返りさえ儘ならぬ病人が、ひょっこりと半身を起こしたものだから、主人は驚いた。
   「よく分かりました、どうか息子隆一郎の命を救ってやってください」
 主人は、頭を畳みに擦り付けて三太に頼み込んだ。

 三太は、一旦長者の屋敷を辞すと、人の居ない場所に行き、死に神を呼び寄せた。もし、死に神が無視するようであれば、武佐能海尊を呼ぶ積りであった。
   「なんじゃ、死に神、死に神と、気安く呼びやがって、またお前か」
   「へえ、三太でおます」
   「どうした」
   「お願いがあります」
   「何だ、殊勝にお願いだと?」
   「わいの蝋燭と、この村の死にかかっている男の蝋燭を交換して欲しいのです」
   「アホか、そんな物と交換したら、三太が死ぬことになるのだぞ」
   「へえ、わかっています」
   「その男の命が、自分の命より大切なのか?」
   「いいや、違います、この村のお寿々ちゃんを助けたいのです」
   「三太、お前の命と交換してもかい?」
   「へえ」
   「ははーん、三太そのお寿々に惚れたな」
   「へえ、出来たら将来、わいの嫁にしたいのです」
 取り敢えず死にかかった男の蝋燭を見に行くことにした。それが三太の寿命になる訳だ。
   「長者の倅と言ったな?」
   「へえ、たしか隆一郎と言いました」
   「隆一郎の蝋燭はこれじゃが、別に消えかかってはいないぞ」
 三太は驚いた。今にも死にそうで、寝返りさえも打てなかった男の蝋燭が、三太の蝋燭と同じように太くて赤々と炎を上げていたのだ。
   「何や、江戸の名医が聞いて呆れるわ、やぶ医者やないか」

 三太は、死に神に詫びを入れた。
   「三太め、ようやくわしを神様らしく扱いよった」
 死に神は、満足気であった。

 三太は新平を連れて長者の屋敷に戻ってきた。若様の寝所に入ると、厳かに口を開いた。
   「若様、死に神は退散しましたぞ、もう安心だす」
   「本当か、わたしは助かったのか?」
   「へえ、でも、一つ条件がおます」
   「それをしないと、助からないのかい?」
   「へえ、また元へ戻るでしょう」
   「それは?」
   「この村の、お寿々という娘を嫁に貰うことです」
   「ありがとう、お父っつあん、聞きましたか、お寿々ちゃんを嫁にとれば、私は死ななくても良いのです」
 主人夫婦は、「うんうん」と、頷きながら喜びの涙を流していた。
   「ただし、お寿々ちゃんを苛めて泣かせたりすると、若様の病気はぶり返します」

 三太と新平は、お寿々のところへ寄って、ことの次第を話した。
   「えっ、三太さんのお嫁じゃなくて、若様のお嫁になるのですか?」
   「へえ、わいはまだ子供です、大人まではまだまだ遠すぎます」
 その日のうちに、長者の屋敷からお寿々の叔父のもとへ使いがきた。三十両は、結納金として叔父に渡された。叔母の態度も一変して、「お寿々、お寿々」と、お寿々が長者の若奥様になったときに仕返しをされない為の予防線を張っていた。

 三太と新平はお寿々に別れを告げて旅にたとうとしたとき、お寿々が駆け寄ってきた。
   「三太さん、新平さん、ありがとう、あなたがたのことは一生忘れません」
 お寿々は、三太たちがお膳立てをしてくれたことはよく分かっていたのだ。
   「お嫁にいったら、どんな苦労が待っているかも知れませんが、そんなときはお二人を思い出して頑張ります」
 お寿々の目は、涙ぐんでいた。三太もまた涙ぐんだが、これは嬉し泣きではなかった。

 吉田の宿まで、あと一里足らずの道程を、三太は黙って歩き続けた。新平も子供ながらにも三太の気持ちがわかるようで、二人の間に気まずい沈黙が続いた。

 吉田の宿場町に入ったとき、三太が大きな声で言った。
   「もう、わーすれた」

  第二十二回 三太の初恋(終) -次回に続く-  (原稿用紙14枚)

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