雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第九回 卯之吉の災難 

2014-10-30 | 長編小説
 ここは福島屋の店先、奥で女将のお絹が三太を呼んでいる。
   「これ真吉、三太はどこへ行きました?」
   「さっき大江戸一家の若い衆が呼びに来て、旦那様は三太と共に血相を変えて出ていきました」
   「何で堅気の商人が、侠客に呼び出されて駆け付けんといかんのや?」
   「さあ、何故でしょう」
   「何か言い残したことはおませんのか?」
   「いえ、何にも」

 大江戸一家の入り口の前で、若い衆が三人で立ち話をしていたので亥之吉が問うた。
   「どうしたのや、卯之吉に何かあったんか?」
   「へい、昨夜この近くの空き地に、卯之の兄ぃが女を連れ込んで不埒なことをした疑いで番所に連れて行かれました」
   「そんなアホなこと、卯之吉に限ってそんなことをする男やない」
 亥之吉は憤慨した。
   「あっし達も役人にそう言ったのですが、当の女が卯之兄ぃをみて、この人だったと証言したのです」
   「そうか、とにかく卯之吉に会ってくるわ、三太、行こう」
   「へえ」

 卯之吉は北町奉行所のお牢に入れられているらしい。亥之吉と三太が駆けつけると、与力の長坂清三郎が対応してくれた。
   「卯之吉は、絶対にそんなことをする男やない」
   「拙者もそう思うが、被害にあった女が証言しておるのでのう」
   「卯之吉に会わせてくれへんか?」
   「それは出来ぬ、まだ取り調べが終わっておらんのでな」
   「そこを何とか、刑が決まってからでは遅いやないですか」
   「刑といっても、精々寄せ場送り程度じゃ」
   「寄せ場送りだけと仰いますが、刺青刑が付くやないですか」
   「卯之吉は侠客だ、体中刺青だらけで御座ろう」
   「それとこれは違います、それに卯之吉は刺青なんかしていまへん」
   「ところで、そなた卯之吉の何なんだ?」
   「親友でおます、弟とも思っております」
   「兄弟盃を交わしたのか?」
   「わいはれっきとした堅気の商人(あきんど)です」
   「そうだった、これは済まぬ」
 長坂と亥之吉がそんな話をしている間に、幽霊新三郎はお牢の卯之吉のところへ行った。
   『三太、卯之吉は白ですぜ、道端に倒れていた女を抱き起こして事情を訊いてやっただけです』
 そこへ通行人らしき男が通り掛かり、大声で人を呼んだ。集まった人達の一人が番所に駆け込み、卯之吉はご用になった。三太はそれを長坂と亥之吉に告げた。
   「三太が言うのだから真だろう、わかった、女が嘘をついているようなので、この後の女の出方を見よう」
 長坂は、被害者を装った女を手練(てだれ)の騙りだろうと思った。美人局の変形だ。長坂はお牢の卯之吉に囁いた。
   「卯之吉、おまえは騙(かた)りに遭ったようだ、拙者と亥之吉で女の出方を見ているから、もう少しお牢で辛抱してくれ」
   「亥之の兄貴が乗り出してくれたのか?」
   「そうだ、三太も来ている」
   「有り難ぇ、大江戸一家の貸元に恥をかかせないで済む」

 長坂と亥之吉、三太は大江戸一家に来た。貸元(親分)と話をしているとき、折しも当の女がやって来た。
   「親分さん、あんたの子分に辱(はずかし)めを受けたが、この決着(おとしまえ)はどう付けてくれるのですかい?」
   「まだお裁きがでた訳ではない、うちの若い衆が犯人だと決まっておらん」
   「決まってからでは、遅すぎませんか、聞けば大江戸一家は真の侠客一家だというではありませんか、その真の侠客が地に落ちますよ」
   「それで、わしにどうしろと言うのだ」
   「二十両、いや三十両は出して貰いましょう、そうすれば、訴えは取り下げますがね」
   「お前さん、大江戸一家を強請(ゆす)りに来たのか?」
   「馬鹿を言っちゃいけません、女一人で大江戸一家に立ち向かいはできませんよ」
   「他に仲間が居るのかい?」
   「居ませんよ、兄は同心ですがね」
   「へー、同心の何方です?」
   「北町の柴田主水ノ介ですよ」
 長坂たちは裏から外へでて、表にまわり、話を聞いていたが、そんな男は知らない。
   「そうか、ちょうど良かった、今、北町の与力さまがみえました」
 女は「えっ」と振り返った。入り口に羽織袴(はおりはかま)の長坂が腰に十手を差して立っていた。女は逃げようとしたが、長坂に掴まってしまった。
 亥之吉が一人の男を掴まえて入ってきた。
   「この男は、女の亭主らしいが、全部吐きました」
 女は、その男を見て蔑(さげす)むようにいった。
   「ちっ、口の軽いやつ」


 卯之吉は、お解き放ちで自由の身になった。
   「亥之の兄ぃ、手数をかけて済まねぇ」
   「卯之吉、胸を張れ、お前はなにも悪いことをしていない」
   「へい」
   「ところで卯之、この三太の守護霊が、お前の心の内を探りに行ったが、自覚はなかったか?」
   「全然」
   「お前には、わいが付いていることを忘れとったやろ」
   「いや、亥之の兄ぃだけには迷惑をかけたらいかんと肝に命じとりました」
   「それがいかんと言うとるのや」
   「亥之の兄ぃは、堅気の衆です」
   「かまへん、店に来てくれてもええのや、わしかて大江戸一家に出入りしとるやないか」
 

 卯之吉と長坂に別れを告げて店に帰る筈の亥之吉の足が、新橋の方を向いている。
   「旦那さん、道が違うやおまへんか」
   「そうか?」
   「ははん、また新橋か」
   「三太が変なこと言うから、お絹はわいが何処かへ出かけよると、また新橋の道場かと言うようになったやないか」
   「違うのですか?」
   「違うわ」
   「あ、またどこかに道場開きはったな」
   「煩いやっちゃ、お前一人で店に帰れ」
   「へえ、帰ります、帰って女将さんと仲良く語り合います」
   「お前なぁ、小僧のくせして主(あるじ)を脅すのか」
   「別に脅しておりまへん」
   「ほんなら、お絹と何を語りあうのや」
   「そら、わいの将来のこととか、嫁さんを貰った晩に何をすればよいのかとか」
   「お前、子供やろ、そんなことまだ早い」
   「そやかて、不安ですがな」
   「今はそんなこと考えんと、わいの生き方を見て学ばんかい」
   「えーっ、じっと見ていてええのだすか?」
   「何を?」
   「新橋の道場で、五寸の棒術を…」
   「あほ、お前子供のくせにやらし過ぎ、なんちゅうスケベや」
   「旦那さんに似てくるのだす」

 結局、その日はご令嬢の祝言を控えているお得意さんを尋ねて、嫁入り道具の注文を受けてまっすぐ店に帰った。

   「旦那さん、お早いお帰りで」
 お絹が笑顔で迎えた。
   「なんや、嫌味みたいに聞こえるなぁ」
   「それは、旦那さんが後ろ暗いことをしてなはるからやろ」
   「なんやそれ、お前わしの何を知っているのや」
   「いいえ、何にも」
   「三太が喋ったのか?」
   「三太は口の重い子だす、そうやって旦那さん自身が少しずつ白状してはるのでっせ」
   「白状? わしは罪人か」
   「そら男の甲斐性だす、女の一人や二人を囲うのも宜しい、けど、わたいに内緒でコソコソする浮気は許しませんで」
   「言えばよいのか?」
   「そう、ここへ女を連れてきて、お店の衆全部に紹介しなはれ」
   「辛いやないか、辰吉にもか?」
   「当たり前ですがな」
   「あれっ、ほんまや、わし全部白状しているがな」
 
 お絹は新橋の妾宅に三太の案内で出かけることにした。
   「御免なさいよ」
   「はい、何方様でいらっしゃいますか?」
   「わたいは、福島屋亥之吉の妻、絹と申します」
 女は慌てることもなく平然としている。
   「旦那様には、お世話になっております」
   「そうみたいだすな、それでお手当の方は滞ったりはしていまへんか?」
   「はい、毎月きちっと」
   「それで安心しました、あんさんお名前は?」
   「蔦と申します」
   「お蔦さんだすか、今までお仕事はされておいででしたか?」
   「はい、新橋で芸者をしておりました」
   「ああ、そうだすか、垢抜けをしたお方だと、一目見て感じました」
   「奥様がここへお見えのことを旦那様はご存知ですか?」
   「へえ、うちの人は馬鹿が付くほど正直な男だすから、ちょいと突いたら全部白状しました」
   「済みません、奥様にご迷惑をお掛けしました」
   「いえ、ええのです、これからは秘密にしないで、どうどうと逢ってやってください」
   「いいのですか?」
   「勿論です、どうぞ店にもいらしてください、お店の衆にも紹介します」
  
 こうも明け透けになると変なもので、亥之吉の新橋へ向かう足が鈍った。やがてお絹が中に入り、お蔦には十分な金を渡して亥之吉と別れることになった。その後、お蔦は新橋で小料理屋を開いて、時々亥之吉も絹と共に立ち寄るようになった。
   「いらっしゃいませ、これは旦那様と奥様、ようこそおいでくださいました」
   「おや、若い板さんが入りましたね」
   「亭主です」
 亥之吉、ちょっと嫉妬しているようである。

  第九回 卯之吉の災難(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)
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「第七回 植木屋嘉蔵」へ
「第八回 棒術の受け達人」へ
「第九回 卯之吉の災難」へ
「第十回 兄、定吉の仇討ち」へ
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