雑文の旅

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猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」第四部 江戸の十三夜 (原稿用紙16枚)

2016-10-14 | 短編小説
 三国街道から中山道・高崎の宿に入った。勘太郎は、何やら不安に捉われている。朝倉辰之進の考えが甘い。江戸の叔父を訪ねたところで、果たして匿って貰えるのだろうか。叔父は南町奉行所の与力だと辰之進は言っていた。与力であれば、国元で罪を犯した甥を匿うであろうか。寧ろ捕えて国元へ送り返すかも知れない。妹のお鈴には咎はないとはいえ、咎人の妹である。匿えば咎人の辰之進が訪れたことを国元に知られることになる。叔父は恐らく二人を追い返したであろう。それが血を分けた肉親へのせめてもの温情というものである。

 しかし、二人の消息を知るために勘太郎は辰之進の叔父を訪ねねばならない。わが身の形(なり)と言えばしがない旅鴉さながらである。これでは、自分さえも玄関払いを食うだろう。勘太郎は、僧侶寛延に戻ろうと考えた。まんざら成り済ましとも言えないであろう。
 江戸へ入る手前の宿、板橋の古着屋で網代笠(あじろがさ)、墨染の直綴(じきとつ)などを買い求め、いが栗頭の坊主になった。

 江戸に着いた。南町奉行所の門前で合掌して経を読んでいると、門番が気付き声をかけてきた。
   「御坊、奉行所に何かご用がおありか?」
   「はい、与力の朝倉様にお会いしとう御座います」
   「御坊のお名前は?」
   「上野(こうずけ)の国は昌明寺の僧、寛延と申します」
   「その寛延どのが、朝倉さまへのご用向きとは?」
   「旅先でお会いしました甥御さまの行方をお尋ねしたくて参りました」
   「さようか、暫くお待ちを」
 わりと丁重な扱いに、勘太郎は坊主として訪れたことは成功だったとほくそ笑んだ。暫く待たされて、門番が肩衣と袴姿の初老の武士と共に姿を現した。
   「こちらの御坊が、朝倉辰之進様にお会いしたいとのことです」
   「上野の国、昌明寺の僧で寛延と申します」
 勘太郎は丁寧に頭を下げた。
   「拙者が朝倉ですが、甥の辰之進とは縁を切っており申す」
   「では、妹御のお鈴さんはどうされました?」
   「辰之進ともども追い返した」
 勘太郎は、惨い男だとこの与力の目を見たが、意外と優しそうであった。やはり、事情が事情だけに、追い返さざるを得なかったのであろう。
   「お二人は、どこへ行かれるかはお告げになりませんでしたか」
   「言わなかったが、行く当てはあるように思えた」
   「そうですか、拙僧にも心当たりが御座います。そちらに行ってみましょう」

 丁重に礼を述べて、南町奉行所の門から離れた。しばらく行って振り返ると、与力の朝倉は門前に立って勘太郎を見送っていた。冷たくあしらったが、やはり甥と姪のことが気掛かりなのであろう。兄妹に会って、事が一段落したらこっそりと伝えてやろうと思う勘太郎であった。

 北町奉行所には、親友だと言っていた若き与力北城一之進が居る。兄妹も恐らくそちらに行ったに違いない。だが、若造の頃に道場へ通った仲とは言え、兄妹が頼って行ったところで、迷惑に違いない。こちらも追い払われて、どこかで長屋暮らしでもしているのだろうと勘太郎は特に妹のお鈴を気遣った。

   「北城一之進様にお会いしたいのですが‥」
 門番は訝しげに勘太郎を舐めるように観察した。
   「与力の北城一之進様か?」
 他に与力でない北城一之進がいるのかと言葉を返したかったが、勘太郎は慎んだ。
   「はい、左様に御座います」
   「そなたは?」
   「上野の国は、昌明寺という寺の僧侶に御座います」
   「どのような用であるか」
   「ちと、お尋ねしたい向きが御座いまして…」
   「どのような?」
 この門番、役目とは言え執拗に下問を繰り返すので、勘太郎は少々焦れて来た。
   「それは、北城一之進様に会って、直にお尋ねします」
 門番も腹を立てたのか、ムスッとして奥に入った。勘太郎を追い返したかったが、そうすると上司である北城に叱られるかも知れないと思ったのであろう。

   「お待たせした、それがしが北城一之進でござる」
   「初めてお目にかかります、拙僧は上野の国にある昌明寺の僧侶、寛延で御座います」
   「で、拙者への用向きとは?」
   「朝倉辰之進様が、あなた様を訪ねて参りませんでしたか?」
   「朝倉辰之進だと? そんな男は知らぬ」
   「子供の頃、剣道の道場で共に修行したご朋友ではありませんでしたか?」
   「確かにその頃に朝倉辰之進と申す友が居たが、上司を斬って遁走するような男ではなかった。人違いであろう」
 この人も、辰之進の叔父と同じく、辰之進の所行を知っていて、立場上辰之進を受け入れることが出来ないのであろうと、勘太郎は一之進の心中を察した。
   「よく分かりました、ご公務中にお訪ねしまして、申し訳ありませんでした」
 勘太郎は丁重に頭を下げて、北町奉行所をあとにした。

 江戸は広い。勘太郎一人で師・朝倉辰之進と妹のお鈴を探すのは難しいだろう。今は諦めて、自分の生きるすべを模索しなくではならない。さりとて浮浪者同然の自分に、おいそれと仕事が見つかるとは思えない。勘太郎は「やはり坊主に戻ろう」と思った。

 江戸市中(市街地)の寺々を見つけてはあたってみたが、住職は勘太郎の頭から足先までジロジロと観察するばかりで、勘太郎の願いを聞く耳は持っていなかった。どうせ偽坊主で、「碌に経も読めないのだろう」と疑ってかかるだけである。

 勘太郎はがっかりであったが、心が折れることなく町外れの寺も当たってみた。黄昏が迫る頃、草木に隠れてしまいそうな小さな寺を見付けて、せめて一夜の寝泊まりなとも願ってみようと立ち寄ってみた。
 扁額(へんがく)に大徳寺と記された寺の門前に立って声をかけてみたが応答がない。そうかと言って、無人の寺でもなさそうでる。一応掃除がされていて、けっして荒れ放題というものではない。まだ日が暮れたわけではないので燈明は灯ってはいないが、わずかに生活の匂いがしている。勘太郎は本堂の裏へ回り、「御頼み申す」と、声高に言ってみた。

 本堂の裏戸を叩いていたら、後ろの藪から不意に声が聞こえた。
   「どなたじゃな?」
 意外なところから出て来たので、勘太郎は振り向いて飛び上がらんばかりに驚いた。その動揺が少々照れくさかったので、出て来た僧の顔も見ずにただお辞儀をして、動揺が治まるのを待った。
   「わしはこの寺の住職じゃが、どなたで、どちらからみえられた?」
   「はい、わたしは上野の国は赤城山の麓、昌明寺の僧、寛延と申します」
   「え? 何と申したのじゃ?」
   「上野の国、昌明寺の僧寛延と申します」
   「上野の‥?」
 勘太郎は、この年老いた僧は耳が遠いのだと察し、失礼のない程度に近くに寄り、大きな声を張り上げた。
   「はい、上野の国、昌明寺の僧、寛延で御座います」
   「おゝ、それは遠くから来られたのじゃな」
   「人を探しに江戸へ参りました」
   「それは、ご家族の人か?」
   「いえ、我が剣術の師に御座います」
   「僧侶の身で、剣術の修行をしておるのか」
   「はい、剣術を修行して、ゆくゆくは庶民の子供相手の文武私塾を開きたいと思っています」
   「庶民には、文はともかく武は不要であろう」
   「武は攻める武ではなく、身を護り躰を鍛える武であります」
 住職は、納得が行かないようであったが、それ以上の問いかけは止めた。
   「この寺へ来る人は、近村の婆さんが野菜や米を持ってきてくれるぐらいで、旅人は幾久しく来てはおらぬ」
   「此処へ参ったのは、その儀では御座いません。今夜一夜だけでも、宿を賜りたくて参りました」
   「年寄りの独り暮らしなので碌なお構いは出来ないが、どうぞご遠慮されずともよろしい」
   「有難う御座います」
   「食事は、大根の粥。それに寝具は死人を寝かせるための布団しかないが、それで良ければ歓迎申す」
   「もったいない、それで充分で御座います」

 お礼に、今夜の食事は勘太郎が引き受けた。割った薪がきれていたので、勘太郎は薪割りから始めて、葉の付いた大根と米を一握り使って、大根粥と大根葉の煮浸しを作った。湯を沸かせて、住職の躰と自分の躰を拭き、本堂にお燈明を灯した。
   「本堂にお燈明を灯したのは久しぶりである。仏さまもさぞお喜びであろう」
   「和尚は灯さなかったのですか?」
   「手元が心許なくて、蝋燭に火を点せなくてなぁ」
 今まで気付かなかったが、住職の手を見ると少し震えていた。歳の所為で、血の流れが悪くなっているのだろうと勘太郎は思った。
   「和尚様、もし宜しければ、明朝のお勤めから、食事のご用意、お掃除も私にやらせて頂けませんか?」
 和尚は、勘太郎のその言葉を喜んだ。心許ないどころか、大きな不安さえ抱えていたのだ。その日から、勘太郎は昌明寺や辰巳一家で働いてきた腕を活かして、バリバリと働いた。朝のお勤めを果たすと食事の用意、昼間は近隣の村に出向き、「今度、大徳寺に参りました寛延と申す僧です」と挨拶をして、修行僧のように経を読んで回った。

 法事があれば、勘太郎が独りで進んで出かけて行った。最初は、「寺を乗っ取りにきたのでは」と噂されて敬遠されたが、勘太郎の人柄の良さが伝わり、やがて近隣の村でも受け容れられるようになった。
 寺で葬儀が行われると勘太郎は僧になり、葬儀が終われば寺男に早変わり、夜は住職の按摩を終えると、提灯を下げて墓守に変わる。骨身を惜しまず、勘太郎は徳大寺のために働くのであった。

 この寺に来て、一年の歳月が過ぎた。しばらく床に就いていた住職が、勘太郎を枕元へ呼んだ。
   「寛延、わしはもう長くはない。どうかわしの願いを聞いておくれ」
 痩せた白い手で、勘太郎の手を探した。勘太郎が住職の手を握ると、このまま、この寺に居て、住職を継いでほしいと言う。
   「昨夜、阿弥陀様がわしの枕元にお立ちになられた」
 そして、「長い間ご苦労であった」と、お労いになられたと言うのだ。それは取りも直さず、近々お迎えがくると言うことであると、住職は語った。


   「兄上、着物の仕立て賃を頂戴しましたので、今日はお酒を買ってまいりました」
   「ほう、これは有難い。お鈴には苦労ばかり掛けて申し訳ない」
   「何を仰います。こればかりの事では苦労とは申しませんよ」
 朝倉辰之進は、長屋で「剣道指南」の看板を揚げたが、子供に剣道を習わせる親など長屋には居なかった。今は、お鈴の着物の仕立てでその日暮らしをしているが、辰之進はやくざの用心棒でもしようかと思っている。それを必死に留まらせているのはお鈴である。
   「お前も、やくざの世話になっていたではないか」
   「だから言っているではないですか。やくざが縄張り争いや博打に明け暮れて、人を殺すのをこの目で見て来たからです」
   「国定忠治親分は、お前を護ってくれた」
   「忠治親分だって、他の親分衆とどこに違いがありましょう。いつかお縄になって島送りか、三尺高い杉板の上に晒されるでしょう」
 お鈴は身形を正し、兄辰之進の前に正座をした。
   「兄上、今日こんな話を聞いて参りました」
 辰之進は、お鈴が何を言い出すのかと、不安げに耳を傾けた。
   「若い女は、岡場所に高く売れるのだそうです」
 辰之進の不安が当たった。
   「だから?」
   「わたくしを売ってはくださいませんか」
   「何を言い出すかと思えば、お鈴、お前はこの兄が妹を売ると思うのか」
   「思いません。だからお願いしているのです。このままだと、共倒れになってしまいます」
   「共倒れになるくらいなら、俺は用心棒になる。お鈴は高望みをせずに、手に職をもった町人の妻になれ」
   「お願いです。わたくしを売って、小さいなりとも町に道場を持ってくださいませ」
   「嫌だ、お前を犠牲にしてまで、道場を持ちたくはない」
 勘太郎は、今頃何処で何をしているのだろう。今夜は十三夜である。この月を勘太郎も見ているのかなぁと呟いて、辰之進は久しぶりの酒を「ぐい」と飲みほした。  -最終回に続く-

 猫爺の短編小説「赤城の勘太郎」
   第一部 板割の浅太郎
   第二部 小坊主の妙珍
   第三部 信州浪人との出会い
   第四部 新免流ハッタリ
   第五部 国定忠治(終)
 猫爺の短編小説「続・赤城の勘太郎」
   第一部 再会
   第二部 辰巳一家崩壊
   第三部 懐かしき師僧
   第四部 江戸の十三夜
   第五部 朝倉兄妹との再会(最終回)


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2 コメント

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江戸の十三夜 (takezii)
2016-10-23 16:59:38
拝読させていただきました。
原稿用紙16枚、構想を練り 筋書き組立、場面、台詞、まとめ上げる力量、毎度のこと感じ入っております。
場面場面 映像になっています。
次回を 楽しみにしてしております。 
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ありがとうございます (猫爺)
2016-10-24 13:58:21
気紛れの創作をお読みくださいまして、感謝しております。
takezii様のカナダ旅行記、楽しく、また羨ましく拝読させていただきました。
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