雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十八回 一件落着?

2014-07-08 | 長編小説

    山中鉄之進は亀山藩の武士である。役職は与力で、与力と言えば江戸と大坂に限られた役職のように思われがちであるが、与力職が置かれている諸藩も多々ある。山中は乗馬を得意とする与力であり、騎馬与力と呼ばれることもある。
 一方、三太達を牢に入れた役人は、江戸や大坂の同心(どうしん)に当たる下っ端役人である。同心は苗字帯刀が許された武士ではあるが、武士と町人の間のような扱いで、重罪を犯せば評定所の達しにより切腹が申し渡される与力に対して、同心は町人と同じく奉行所で裁かれて処刑される。与力と同心は、見た目でもすぐ分かる。与力は袴(はかま)を履いており、同心は着流し(袴なし)である。

 山中鉄之進は、三太達を牢に入れた役人に尋ねた。
   「燃えた旅籠の主人は、店の金は全て持ち出したのか?」
   「いえ、それが盗まれたのか燃えて無くなったのか、三百両程有った小判が全て消えているそうです」
   「この三太達に火付けの疑いを持ったのは何故で御座る」
   「所持していた金子が多いのと、あと、証人が名乗り出たので御座います」
   「子供達は小判を所持していたのか?」
   「一枚ずつですが…」
   「証言を聞かせて戴こうか」
 役人が、まだ三太達の疑いが晴れたとは思っていない根拠となるものであった。
   「この二人が筋向いの旅籠から出てきて火を付け、もとの旅籠に逃げ込んだと証言した男がおります」
   「顔は見ておるのか?」
   「はい、密かに面通しをしたところ、この二人に間違いないと…」
   「それは、どの時点で顔が見えたので御座るか」
   「付け火をして、炎が上がったときだそうです」
   「なるほど、筋は通っている、そのあと、その証人はなんとした」
   「燃えている旅籠のものに知らせようとしたら、中のものが気付き、みんなで大騒ぎして飛び出してきたとか」
   「そうか、ではその証人を此処へ呼んでは貰えぬか」
   「はい、畏まりました、この一件が決着するまでは、遠くに行かないように申し付けております」
 山中は、一人の若い役人が飛び出したあと、もう二人の役人に何やら耳打ちをし、二人も飛び出して行った。
 その間に、山中と三太と新平は、火事の現場を見て回ることにした。
   「山中様、火をつけた表口で、油の臭いがします」
   「犯人は、戸口に油をかけて火を放ったようだな」
 付け火は周到に準備をして行われたようである。こんなことを、宿の一元客、それも子供にできることであろうか。山中は、役人の思慮の無さに呆れた。
   「三太、裏へ回ろう」
 驚いたことに、裏口にも油を撒いて火を付けた形跡があった。
   「これは…、この旅籠の者と泊り客を皆殺しにする計画だったのかも知れない」
 ただ、宿の者の気付くのが早くて、宿の使用人が逸早く泊り客を起こして外へ導いたので、怪我人すら出さずに済んだ。少し遅れていたら全員とまではいかないまでも、多数の犠牲者を出していただろう。
   「恨みによる火付けだすか?」
   「まだ、断定は出来ないが」
 焼け跡を一周見て戻ると、証人の男が呼ばれて来ていた。
   「足労をかけて済まぬ、ちと検証をしてみようと思うのだが」
   「ご苦労様です、何なりとお申し付けください」
   「この二人が向かいの宿を抜け出て来たときであるが、手に何かを持っていなかったか?」
   「さあ、火打ち鉄は持っていたようです」
   「左様か、他に大きな物は持っていなかったのだな」
   「はい、なにも持ってはいませんでした」
   「火打ち鉄を持って、旅籠の表口に立った二人はどうした?」
   「チッチッチッと火打ちを始めました」
   「さようか、音もしっかり聞こえたのだな」
   「はい確かに、その後、戸板に火が点くと、二人は向かいの旅籠に逃げ込みました」
   「では、ここに拙者の火打ち鉄がある、これで其処の板に火をつけてみてはくれぬか」
 男は、はっと気がついたようである。
   「他に、藁の束を持っていたような気がします」
   「そうか、近くの農家で藁の束を二つ貰って来てはくれぬか」
 証人を呼びに行った若い役人が、再び駆け出して行った。

 刻を待たせず、若い役人は藁の束を持って戻って来た。
   「これで宜しゅうございますか?」
   「忝い、足労をかけた」」
 藁の束の一つを証人に渡し、立てかけた板に火を点けてみてくれと命令した。
   「それでは、始めて貰おうか」
 証人の男は、火打ち鉄を「チッチッチッ」と打ち、程なくモグサから煙が上がった。それに息をふっかけ、炎が上がると、藁に移した。
 大人は慣れたもので、藁に火が点くまで今の時間で約二分、藁の火が板に燃え移るまでは三分、計五分の時間で成し得た。
   「では、三太もやってみてくれ」
   「山中様、わいは火を点けたことがないのです」
   「でも、今見ていただろ、あの通りやってみよう」
 左手に火打石とモグサを持ち、右手に火打ち鉄を持って打ち付けたが、子供は大人ほども力がないので、なかなかモグサに火が点かない。
   「熱いっ!」
   「火の粉を掌で受けてどうする」
   「手が小さいから、大人みたいに上手くできない」
 それでもどうにかして、モグサに煙が上がったが、フーフー吹いても炎が上がらない。それでも難儀して藁に火を移せたが板は燃えず、藁だけが燃え尽きた。
   「アチチチ」
   「はやく、藁を手から離しなさい」
 三太は、指の先を少し火傷してしまった。
   「手際よく火を点けても、戸の板が燃え上るまで刻がかかる」
 子供がモタモタ火を点けていたのでは、その三倍も四倍もの刻がかかってしまう。山中は、証言者に向って言った。
   「この子達が付け火をしたとして、その間、その方は火が点くまで、黙って見ておったのか?」
   「何をしているのかなと思って見ていました」
   「おかしいではないか、先程は子供が火打ち鉄をチッチッチッと 打つ音まで聞いたと言ったであろう」
 子供が火を点けるところを目撃して、注意もしないで見ていたことになる。それも、火打ち鉄を打つ小さな音さえも聞こえたのならば、極近くで見ていたことになる。戸板が燃えるまでには、藁が燃え上がっている。その時点で全てを判断出来た筈なのに、咎めもしなかったのは何故なのか。山中鉄之進は、証言者に詰め寄った。
   「すみません、気が動転していたもので…」
   「その気が動転していた者が、付け火をした子供の顔をしっかり覚えていたり、旅籠に逃げ込むところを冷静に見ていたのは何故だ」
 山中の語調が少し荒らげてきた。
   「それに、お前の証言には致命的な嘘がある」
 付け火の真犯人は、火付ける場所に油を撒いている。証言では、筋向いの旅籠から藁を持って出てきた子供が、表口に放火をしたと証言している。
   「何の為に嘘をついた」
   「お役人様の推理に、つい合わせた証言をしてしまいました」
   「その嘘によって、罪の無い子供が処刑されたかも知れないのだぞ」
   「申し訳ありません」
   「まだ有るぞ、表口に火を点けた後、直ぐ向かいの旅籠に逃げ帰ったと証言しておるが、真犯人は裏口にも油を撒き、火をつけている」

   「この三太はなあ、霊能力を持った子供なのじゃ」
   「霊能力と申しますと」
   「人の生魂を感じ取り、その人の思いを知ることが出来る。その霊力で以って神戸藩の若君が拐かされ、大枚の身代金を盗られようとしたのを、若君の命を救い、身代金も取り返したのじゃ」
 役人達が驚いている。
   「菰野藩でも、乳母の萩島が救われたと聞いた、三太、萩島は我が妹なのだ、よく助けてやってくれた」
 これには、三太も驚いた。
   「萩島は、三太殿に礼もせずに別れたと、嘆いておったぞ」
   「いえ、焼き玉蜀黍(とうもろこし)を二本頂戴しました」
   「命を助けて、もろこし二本か、我が妹ながらやすい命だなあ」
   「いいえ、もろこし二本でも、お侍さんが馬で買ってきてくれたのが嬉しかったです」
   「妹に頼みごとが出来る者は、桂川一角であろう、拙者とは一緒に馬術を学んだ仲で、好敵手なのだ」
   「へー、世間は広いようで狭いものだすな」
   「大人の口振りを真似よって」

 証人を呼びに行った役人の後を追った二人が帰って来た。山中の無駄話は、どうやら時間稼ぎのようであった。
   「どうだった?」
   「天井裏に隠しておりました」
   「ざっと、小判で三百両はありそうだな」
   「はい、その通りです」
   「例のものは有ったか?」
   「はい、御座いました、手桶が二つ、何れにも油が染み込んでおりました」
 山中鉄之進と役人二人の会話を聞いていた証人の顔色が変わった。隙を見て逃げ出そうとしたが、二人の役人に両腕を掴まれてしまった。
   「ところで、そなたの名をまだ聞いてはいなかったが…」
 山中は、三太達を牢に入れた役人を見据えた。
   「はい、坂田伝蔵と申します」
   「そうか、坂田氏、金(きん)と言う物は燃えて無くなりはしないものだ」
   「左様でしたか」
   「この証人の家の天井裏から、三百両が見つかったぞ」
 証人の男が、慌てて弁解した。
   「それは、私が火事場から盗んだものではありません」
   「そうか、他の者が盗んだのだな」
   「だ、だと思います」
   「では、あの物はどうじゃ、お前の住処に有った、油桶じゃ」
   「あれは…」
 山中は、三太を呼んだ。
   「ここからは、三太に任せよう、この者の心を読んでみせなさい」
   「へえ、分かりました」
 
 実は、守護霊の新三郎は既に証人の記憶を読んでいて、三太に教えていたのだ。この男、余所者ではあるが、飾り職人と偽り空き家を借り、一ヶ月前からここで一人生活をしている。三人の仲間が泊り客として旅籠に泊まり込み、この証言男が未明に付け火をして騒ぎを起こした。騒ぎに乗じて旅籠内の仲間が盗みを働き、着物を抱えて外へのがれた振りをして証言男の住処に盗んだものを隠したのだ。
 人を焼き殺す意思はないので、最初に火事を発見して騒ぎ立てたのは、泊り客役の三人であった。段取りでは、表口と裏口の戸板を焼く程度の小火(ぼや)で済む筈のところ、消防団として借り出された青年たちがモタモタしたために、全焼してしまったのだった。
 三太は、新三郎の言葉のままに、心霊占いらしく、ほぼ正確に披露した。
   「仲間の名前と、待機先の旅籠がわかりました」
   「おお、流石は三太だ、言ってみなさい」
   「この人の名は嘉兵衛、仲間は、弥太、鬼助、平蔵の三人で、池鯉鮒の東外れの旅籠に逗留して、もう一度この池鯉鮒の宿場で盗みを働く計画を立てています」
   「坂田氏、聞かれたか? 拙者は余所者だ、後は其処許(そこもと)の腕に任せ申す」
   「承知しました」
   「どう決着したかは、後日岡崎のお奉行に伺い致そう」
   「はい、有難う御座いました」
   「手柄を立ててくだされ」
 
 放火は重罪である。江戸の町ではなくとも、死罪は免れない。場合によれば、火刑(かけい)すなわち、火焙りの刑にされるかも知れない。

   「三太、よくやった、せめて岡崎の宿まで、送って進ぜよう?」
   「急ぎの旅ではありまへん、のんびり膝栗毛で旅を続けます」
   「左様か、また何かあれば、拙者の名を出しなさい、知る人ぞ知る山中鉄之進でござる」
   「知らない人は、知らないです」
   「だが、少なくとも、師匠になる亥之吉は知っておるぞ」
   「そうでした」

  第十八回 一件落着?(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

  「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ


最新の画像もっと見る