雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第二十七回 敵もさるもの

2015-01-28 | 長編小説
 ある日の昼下がり、お江戸京橋銀座は福島屋の店先、女将のお絹が三太を呼んだ。
   「用があって月島のお得意様まで行きますのやが、三太、伴をしておくれ」
   「えーっ、またわいだすか、真吉の番と違いますか?」
   「えーって、何だす、旦那様のお伴は喜んでするのに、わたいの伴は嫌か?」
   「女将さん、知っいてる人と出会うと立ち話をしますけど、長いから嫌だす」
   「それも仕事だす、主人の言いつけを 嫌だす とは何事や」
   「そやかて…」
   「旦那さんが帰りはったら、言い付けまっせ、三太がわたいの言うことを聞かへんと」
   「お伴します、すればええのだすやろ」
   「何やいな、その態度」
 
 ごちゃごちゃ言いながら二人で店を出ると、一町も行かないところで近所の店の女将と出会った。
   「おや、福島屋の奥様、お出かけですか?」
   「へえ、ちょっと其処まで…」
 三太、不機嫌な顔をして呟いた。
   「余所行きを着ていそいそと歩いとるのや、出かけるのは当たり前やないか」
 
   「この前は、結構なものを頂戴しましてありがとうございます」
   「いえいえ、つまらないものだす…」
 三太、「そら始まるぞ」と、石を蹴りながら待っていたが、痺れをきらす前に別れてくれた。

   「なあ三太、旦那さんのお伴をしたら、何かええことがあるのだすか?」
 お絹が、何か三太から聞き出そうとしている。
   「いいえ、何にもおまへん」
   「若い女のとこへ行ったとき、小遣いくれるのと違いますか?」
   「くれまへんけど、面白いことがおます」
   「何や?」
   「この先の子授け神社へ旦那さんと立ち寄ったのだすが…」
   「へえー、旦那さんがまた殊勝なことを」
   「何を思うたのか、手水舎へ行くと、裾をからげてちんちんをお清めし始めたのだす」
   「まあ、なんて恥曝しな」
   「はたに居た若いお参り客がキャーキャー騒いでその場から逃げたのだすが…」
   「変態やがな」
   「神主さんが飛んできはって、旦那さんに注意をしはったのだすが」
   「怒られたやろな」
   「旦那さんが子授け神社でちんちん清めて何が悪いと逆ギレしはって、逆に神主さんに説教してはりました」
   「恥ずかし、まさか旦那さん、店の名前を出さなかったやろな」
   「出しました、わいは京橋銀座の福島屋亥之吉だすって」
   「ひゃー、わたい正面向いて外を歩かれへん」
   「それを見ていた参拝の男女に、『お前さんたちも子供が授かりたいなら、裾からげて清めなはれ』と、胸を張って指図をしてました」
   「もう言わんでもええ」
 お絹、気絶寸前で、その場に座り込んでしまった。
   「その間、旦那さんは黒くて大きなちんちん放り出したまま、喋る度にブランブラン…」
   「もうええちゅうに、あの変態野郎、信州から戻ってきたら、離縁してやる」

 更に一町ほど行くと、後ろから遊び人風体の男が追いかけてきた。店を出るときから、後を付けてきたらしい。
   「福島屋の女将さんですよね」
 お絹が座り込み何も言わないので、三太が代わりに答えた。
   「へえ、さいだす」
   「大変です、旦那さんの亥之吉さんが浪人者に斬られました、虫の息で女将さんに会いたがっていますぜ」
 お絹は、弱り目に祟り目、驚き過ぎて目眩がしたようであったが、漸く気を取り戻して男に尋ねた。
   「主人は、今何処に?」
   「日本橋の近くです」
   「医者は駆け付けたのだすか?」
   「へい、亥之吉旦那は気丈なおかたで、女房に会うまでは死なんと苦しい息の下で叫んでいました」
 お絹は、袖で涙を拭きながら男に付いて日本橋に向かった。

   「新さん、この男の言うことは、ほんまだすやろか」
 三太の守護霊、新三郎に問いかけた。
   『亥之吉さんが、浪人ごときに斬られたとは信じ難いですね』
   「何か魂胆があるようだすな」
   『探って来ます』

 
 その頃、亥之吉は遊び人佐久の三吾郎と二人、信州小諸藩士山村堅太郎の屋敷に居た。
   「弟の斗真(真吉)が、お世話になっています」
   「いやいや、お世話なんてとんでもない、真面目によく働いて貰っとります」
   「いつか、旦那様みたいな商人になって、小諸へ戻ると言ってくれました」
   「そうだすなぁ、わたいも小諸に雑貨商福島屋が生まれるのを楽しみにしとります」
 堅太郎は、三吾郎に目を遣った。
   「お連れの方は?」
   「佐久の三吾郎と言いましてな、博徒だすが善い男で、江戸までの道連れだす」
 堅太郎は、三吾郎にも丁寧に挨拶をした。
   「三太さんは、お元気ですか?」
   「へえ、頼もしくなって、今では福島屋の用心棒みたいな者だす」
   「何れ藩侯のお許しが出たら、会いに行きます」
   「そうしてやっておくなはれ、弟(真吉)さんや、新平も喜びますやろ」

 山村堅太郎の屋敷には、堅太郎が幼い頃に屋敷の使用人だった初老の夫婦が戻っていた。
   「堅太郎さん、奥さんはまだだすか?」
   「こんなところへ来てくれる人は居ないのですよ」
   「それは良かった」
   「何故です?」
   「緒方三太郎はんが、堅太郎はんのお嫁にと思っている人が居るようですよ」
   「それは有り難いことです」
   「町人の娘さんですので、一旦三太郎はんか、佐貫鷹之助はんの養子にするようだす」
   「若い父上ですね、鷹之助殿は、わたしよりも年下です」
 山村堅太郎は、嬉しそうであった。亥之吉と三吾郎は、山村の屋敷で一泊させて貰い、翌朝二人は江戸へ向けて旅立った。


 お絹を支えるようにして歩いていた三太が、お絹の耳元で囁いた。
   「女将さん、こいつは嘘をついています、旦那さんはまだ信濃の国だす」
 こっそりと伝えた。
   「女将さんは、ここで目眩がして倒れるふりをしてください」
 お絹は三太に言われた通り、目眩がしたふりをしてその場に座り込んだ。三太は慌てて知り合いのお店に駆け込んだ。
   「福島屋の者だすが、手前どもの女将が倒れました、休ませておくなはれ」
 お店のおとこしが出てきて、お絹の元へ飛んで行ってくれた。
   「女将さん、大丈夫ですか?」
 おとこしは、お絹を背負ってお店に運んでくれた。
   「女将さん、わいは日本橋へ向かい、あの男の魂胆を確かめます」
   「三太、気を付けなされや」
 この後、女将がお店のおとこしに事情を伝えた。三太は天秤棒を担いで飛び出して行った。
   「女将さんは、気を失っとります、わいが亥之吉旦那のもとへ行きますさかい、案内しておくなはれ」
 亥之吉が斬られたと伝えた男は、仕方がなさそうに三太を連れて日本橋に向かった。

   「日本橋だすが、旦那さんは何処に…」
   「もうちょっと先だ」
 男は不機嫌な顔で板橋の方向に進んだ。
   「そんな棒をいつまで持って歩いでるのだ、そこら辺に捨てな」
   「これは、わいの魂だす、捨てることなんか出来まへん」
   「何が魂だ、こっちへ寄越しな」
   「嫌や」
 人通りの少ない場所に来たので、三太を無理やり脇道に誘い込もうとした男だったが、三太に「キッ」と構えられて苦笑した。
   「お前は野良猫か」
   「野良猫は棒を振り回さへん」
 三太は、天秤棒の端を両手で持ち、横に構えた。
   「折角、親切に知らせてやったのに、それでわしを殴る気か」
   「おっさん、嘘をついているやろ、浪人に斬られたりするだんさんやないで」
   「亥之吉は、賭場荒らしだ、もうすぐ日本橋に着く、お前を人質にして遺恨を晴らしてやるのだ」
   「遺恨て何や、うちの旦那さんに仲間がやられたのか?」
   「そうだ」
   「それでわいを人質に取って、旦那さんの動きを封じるつもりか?」
   「その通り」
   「ははは、それはあかんで、旦那さんは小僧一人の命を取られても平気や」
   「どうしてだ」
   「そうやろ、小僧の代わりなんか、なんぼでも居るやないか」
   「そんな冷酷な旦那か?」
   「商人なら、それが普通やろ」
   「そうなのか?」
 この男、あまり賢くないなと、三太はからかい半分である。
   「それでおっさん、仲間は何人いるのや」
   「わし一人だ」
 この男は何を考えているのだ。独りで人質にドスを向けて、亥之吉とどう遣り合う積りだろう。三太は男に尋ねてみたくなった。

   「お前の首にドスを押し付けて、天秤棒を遠くに捨てろと叫ぶ」
   「それから?」
   「相手が丸腰になったら、わしでも勝てるだろ」 
   「ん?」
 敵もさるもの、引っ掻くもの。だが、守護霊新三郎の存在を知らないから仕方が無いが、熱り立つ男を哀れと思う三太であった。
 
  第二十七回 敵もさるもの(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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「第四回 与力殺人事件」へ
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「第十回 兄、定吉の仇討ち」へ
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