雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十四回 又五郎の死

2014-09-02 | 長編小説
 三太と新平が府中宿の辺りをきょろきょろしながら歩いていると、コン太の耳が何かを捉えてピクンと反応した。三太が耳を澄ましてみると、馬の蹄の音である。
   「わっ、またアイツや」
 案の定、大久保彦三郎の家来、逸心太助であった。

   「わい等にまだ用があるのか?」
   「いやいや、拙者はそなた達を駕籠で鞠子宿まで送るようにと大久保の殿にお願いしておいたのを、殿が忘れていたそうで、こうして謝りに参じた」
   「それだけのことで、馬を疾ばしてか?」
   「お詫びに、兎餅を持って参った」
   「うーん、わい等はすぐに食べ物にごまかされるからな」
   「そのような訳ではござらぬ」
   「ほんなら、約束を違えた詫びに、その場で切腹せい、わい等は餅食いながら見物する」
   「嫌や!」
   「何で?」
   「痛いもん、それに血ぃ出るし」
   「それでも武士か、わいの口振りの真似をしてからに」
   「わかった、それでは鞠子宿まで、この馬で送ろう、馬には乗ったことはあるか?」
   「へえ、鈴鹿峠で」
   「よし、二人は鞍に跨って、三太殿はしっかり前で手綱に掴まって、新平殿は三太殿の腰をしっかり持つように」
   「ちょっと待ってや、府中から鞠子まで送られたら後戻りになります」
   「上方に向かって旅をしているのではなかったか?」
   「違います、江戸に向かっているのです」
   「なんだ、そうであったか、では江尻宿までお送り致そう」
   「やっぱり、送って貰うのはやめます」
   「何でやねん?」
   「あんさん、何時から上方人なりはったのや?」
   「三太殿の影響でござる」
   「折角、駿府の城下町を通るのや、もっと見物して行きますわ」

 三太、新平は、ここで逸心太助と別れることにした。
   「駿府へ来たら、太助さんに逢いに行きます」
   「拙者も江戸へ行くことがあったら、二人の顔を見にいくで御座るねん」
   「上方言葉の真似はやめなはれ」 
 手を振って別れた。
   
 駿府の町を、あっちへふらふら、こっちへふらふら、飯を食ったり、甘酒を飲んだり、食い気にかまけていると、四・五人の若い女が三太達を見ている。
   「ねえ、あれ三太と新平違う?」
   「あら、そうだわ、あの旅雀よ」

   「聞こえたぞ、誰が旅雀や」
   「わあ、喋った」
   「喋らいでか」

   「怒った顔が可愛いい」
   「新平ちゃんも、こっち向いて」
   「お手手を握らせてー」

   「あんなこと言いよる、こいつら頭おかしいのと違うか」
 
   「懐の犬も可愛いい」
   「ほな、お前ら一列に並んで しゃがめ」
   「何をするのです?」
   「一人ずつ、お乳触ってやる」
   「これ三太、そんな下衆なことをしてはいけません」
 新三郎が咎めた。
   「そやかて、あの子等を見てみいな、一列に並んでしゃがんだで」

 構わずに行こうとしたが、思い留まって一言訊いてみた。
   「何でわい等の名前を知っとるのや?」
   「とても強いと、評判だからです」
 三太がニヤけた。
   「そうか、そんなに強いと噂なんか?」
   「はい、それはもう」
   「食いねえ、食いねえ、兎餅食いねえ、江戸っ子だってねぇ」
   「いいえ、駿河っ子です」
   「ああ、さよか」

 娘たちが、キャーキャーと、兎餅を食っている隙に逃げてきた。
   「あーあ、親分、兎餅全部やってしまった」
 新平が軽蔑顔で三太をみる。
   「ええがな、わいが買うから」
   「そんなことじゃない、折角、太助さんが馬を疾ばして届けてくれたのに…」
   「そやなァ、わいが悪かった」
   「以後、気を付けるように」


 コン太が朝から何も食っていない。三太達があれこれ食べるのを見ても大人しく待っていたが、とうとう「くぅん」と、餌を強請った。
   「コン太、焼き鳥を食おうか?」
 コン太が焼き鳥と聞いて、懐でもがいた。
   「今日は小さく剞まずに、焼いて塩を振らないで食べてみようか」
 コン太の分は、白焼きを買って、そのまま串を外して椀にいれてやった。ちょっと苦労をして齧っていたが、時間をかけて一本平らげ、足踏みをしながらお代わりを待っている。
   「おっちゃん、白焼きもう一本」
   「へーい、ただいま」
 もう一本平らげて、満足したのか、何処かへ跳んでいってしまった。

   
 男が、何やら喚きながら走ってきた。
   「死体ぇだ、死体ぇだ、安倍川に死体ぇがあがったぜ!」 
 死体など、そんなに珍しいものではない。人里はなれた叢に、旅人の行倒れがあっても、まるで犬か猫の死体のように放置されている。
   「死んだのは、旅人やなくて地元の人らしい」
   「親分、行ってみましようよ」
   「おーい、コン太行くぞ」
 コン太が、丸くなって走ってきた。

 死体は河川敷に寝かされて、筵を掛けられていた。まだ身元は分かっていないらしく、役人たちが盛んに筵を捲って死体を観察しては被せ、腕組みをしながら考えている。
   「仏さん酒臭えぜ」
   「酒に酔って川を歩いて渡り、深みに落ちたのではありませんか?」
   「夜中にか?」
   「何か急用があったのでしょう、追手から逃げるためとか」
   「それじゃあ、事故か」
   「刀傷もありませんからね」

 三太と新平は、少し離れたところから見ている。
   「事故死やて、普通夜中に一人で川を渡るか」
 新三郎も「事故死」だと思っていないらしい。
   「あの死体、水死ではなさそうですぜ」
   「それは何で?」
   「仏さん、水を飲んでいねえです」
   「わい、確かめてくる」
 三太は、ちょこちょこっと死体に近付くと、筵をめくり死体の腹を足でぎゅっと踏みつけた。
   「こらぁ、仏さんを足蹴にするやつがあるか、罰があたるぞ」
 三太は役人に追われて逃げてきた。
   「やっぱり水を飲んでなかった」
   「それに、三太も見たか? 首に荒縄の跡が付いていた」
   「絞殺だすか」
 その時、五・六人のヤクザ風の男と、姐御肌の女が慌てて駆けつけてきた。
   「うちの若い衆に間違いありません、又五郎です」
 言って、女はボロボロと涙をこぼした。又五郎は色白の男前で、お役者又五郎と呼ばれていた。節義と任侠を重んじ、女の誘いにうかうか応じる男ではないことは、親分も知っていた。

 新三郎は、女に目を付けた。この姐御は、一家の親分の女房に違いない。その女房が、一家の若い衆の死に、大粒の涙を零すのは女々し過ぎる。
  
 三太が子分風の男に近寄り、そっと訊いた。
   「あのお姐さん、気の毒だすなあ、あんなに泣いてはる」
   「あの人は、一家の親分の女将さんで、何時もは気丈夫で、泣いたりしねえ人だ」
   「余程、気にかけていた人やろなあ」
   「ところで、お前さんは何処の子供だい」
   「いや、ちょっと通りがかりの子供だす」
   「ややこしいところに首出すな、そっちに引っ込んでおれ」
   「へえ、すんません」

 三太は新三郎に話かけた。
   「あの女、怪しいですなあ」
   「へい、又五郎の死に、何らか関わっているのは確かだ」

 新三郎は、女を偵察に行った。
   「女は殺していないが、又五郎を死に追い遣ったのは、あの女ですぜ」
 あの女房は浮気者で、若くて男前と見れば誘惑をして遊び、親分にバレそうになると、「男から誘惑してきた」と、告げ口をして指を詰めさせたり、時には殺させたりしていた。
 
 又五郎の場合は、どんなに言い寄られても誘惑に乗ることはなかった。可愛さ余って憎さ百倍と、無いことを作り上げて親分に言いつけたが、親分は「又五郎に限って」と、一笑に付した。

 だが、言いつけられたことを知った又五郎は、自分が弁解しても親分は絶対に信じてくれないと早合点をし、蔵の中で頸を括って自害した。暗黙の抗議であったのだ。

 子分から、又五郎の死を最初に知らされたのは、出かけていた親分に代わって女房であった。何の落ち度も見当たらない又五郎の自害を親分が知ったら、過去に遡って自分に言い付けられて死んでいった子分達のことまで問い質されると思い、事故死に見せかけようと一旦死体を隠し、夜中に女房に忠実な子分達に死体を川に捨てさせた。

   「罪が無い又五郎さんが気の毒や」
   「事実を知って、このまま通り過ぎるのも気が重いですね」
 三太は、この親分に逢いに行くことにした。又五郎の屍は、すでに棺桶に納められていた。
   「子供だすが、又五郎さんに焼香をさせて貰えませんか」
   「子供さん、あんた又五郎を知っていなさるのか?」
   「へえ、よく知っています」
   「それなら遠慮せずに焼香してやっとくれ」

 宗旨別のしきたりなどは知らない三太だが、側にあった抹香を指で摘み、火のついた炭が入った香皿にくべて腹を踏んだ侘びをした。親分らしき人の前に進み、一礼して「親分さんにお話があります」と告げた。
   「子供衆がわしに?」
   「へえ」
   「そうか、では奥の座敷で聞こうか」
   「いいえ、皆さんにも聞いて欲しおますので、ここでお願いします」
   「わかった、話してみなさい」
   「わいは子供だすが、霊媒師でもあります」
   「ほう、又五郎の霊を呼び出してやろうとでも言うのか?」
   「へえ、その通りだす」
 周りの者は驚いているが、流石親分である。
   「何を言い出すのかと思えば、あいにくわしは幽霊など信じないので帰っておくれ」
   「では、直接又五郎さんの話を聞いてください」
   「なに直接?」
   「へえ、そうだす、それから信じようと信じまいと、親分が判断してください」
   「わかった、又五郎に逢わせておくれ」
 親分には目を閉じて貰い、三太は外へと出て行った。何が起こるのかと固唾を飲んで見守る子分達のまえで、突然親分が叫んだ。
   「おおっ、お前は又五郎か」
 あとは静かに又五郎の話を聞いているようであった。女房の顔色が変わり、親分が黙っている間中、そわそわ落ち着きがなかった。 
   「それは、本当なのか?」
 暫くの沈黙を破って、親分が叫んだ。
   「あっしは幽霊です、死んで何故に嘘をつきましょうか」新三郎の演技である。
 親分が急に又五郎の棺桶に向かって頭を下げた。
   「又五郎、許してくれ、みんなわしの所為だ、わしが馬鹿だったばかりに、あたら若い命を無駄に奪ってしまった」
 親分は、女房に言い寄ったと聞かされて指を詰めさせた男たちを奥の座敷に連れていった。
   「何故、本当の事を言わずに指を詰めた」
   「それは、姐さんの立場が悪くなると思いやして」
   「そうか、庇ってやってくれたのだな」
   「へい」
   「だが、女房の性悪さを思い知らされた」
 親分は子分達に詫び、女房に離縁状を書く決意をした。  

   「親分さん、わいらはこれで失礼します」
   「ちょっと待ちなさい、礼金をまだ払っていないぞ」
   「礼金など要りません」

 この日から十日目の早朝、この親分と里に戻っていた元女房が、何者かに殺害された。又五郎の二歳違いの弟半五郎が、兄の仇を討ったのだと噂されたが、定かではない。
    
  第三十四回 又五郎の死(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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