雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第四十回 箱根馬子唄

2014-09-29 | 長編小説

   ◇箱根八里は馬でも越すが
   ◇越すに越されぬ 大井川

   ◇雲か山かと 眺めた峰も
   ◇今じゃわしらの 眠り床

 三島の宿から四里と八丁のところ、標高七丁(750m)弱の高所に、幕府の都合で急遽造られた箱根の宿がある。その箱根の宿から小田原の宿までが四里、合計八里と八丁を「箱根八里」と言ったのだ。

 鈴鹿峠は、雨の中を馬で越えたが、箱根は日本晴である。とは言え、木立の間や山間を越える箱根街道は、「昼なお暗き」と歌われたように、薄暗く険しい、そして長い道のりであった。亥之吉は歩き、三太と新平は馬の背である。

   「なんか、昼間からお化けが出そうや」
 三太は、木々の間から、「ぶらん」と、お化けが下がってきそうな気配を感じて亥之吉を見ると、亥之吉もまた、{キョト、キョト」と上を見て不安げである。
   『あっ、旦那様もお化けが恐いのやな』
 三太は心の中で思った。亥之吉は悪人には強いが、お化けには弱いのだ。以前、女房のお絹に言われたことを亥之吉は思い出していた。
   『一人旅で江戸に向かっても、箱根で怖くなって引き返してくるのやろ』
 あの時は、鵜沼の卯之吉という男と、政吉という少年の連れができた。

   「旦那様、ここでお化けがでたらどうします?」
 三太は亥之吉に尋ねた。
   「そんなわかりきったことを訊くな」
   「わかりきったことだすか?」
   「そうや」
   「わいらを連れて逃げてくれるのですか?」
   「いいや、お前らがお化けに喰われている間に、わい一人で逃げる」
   「この卑怯もん」

 亥之吉が馬方に尋ねた。
   「なあ、馬子さん、この辺でお化けがでたという話はないやろうな」
   「それが、ちょくちょくあるのです」
   「へー、どんな具合に出るのです?」
   「十人連れの旅人さんが、この辺りに差し掛かると、どう数えても九人しかいないのです」
   「えーっ、お化けに連れ去られたのですか?」
   「それが、居なくなった一人の名を、どうしても思い出せないのです」
   「うわぁ、それはまた恐い話ですなあ」
   「どう数えても、一人足りない、どう思い出そうとしても、全部揃っているように思える」
   「へえへえ、一人喰われたのですな」
   「そこで、はっと気がついたのです」
   「何を…」
   「人数を数えている自分を数えるのを忘れていた」
   「そんなもん、どこがお化けの話や、恐がって損をした」

 馬子にからかわれながら、険しい坂を登ったり下ったりの連続で箱根の宿に着いた。事件が起きたのは翌朝のことであった。
   「無い、おいらの財布が消えた」
 三太たちの隣部屋で、若い男が騒いでいる。
   「邯鄲師(かんたんし)だ、この旅籠に邯鄲師がいる、掴まえてくれ!」
 男は今にも泣きそうな顔で、狂ったように叫んでいる。宿の番頭が手代に言いつけて、こっそり役人を呼びに行かせた。
   「今、役人を呼びに行きました、申し訳ありませんが、役人が来る迄、どうぞお立ちになりませんように」
 番頭は泊まり客の足止めをした。泊客とても、疑われたままで出立するわけにはいかない。ぶつぶつ文句を言いながら、それでも役人が来るのを待った。

   「かんたんして、何だす?」
 三太が亥之吉に訊いた。
   「枕探しや、泊客が寝ている部屋に夜中に忍び込んで、布団の下に隠している財布を盗むのや」
   「ああ、あれか、あの人、貴重品は帳場に預けておけばええのに…」
   「それも不安やったのやろ」
 財布を盗られた男の声を聞いていると、財布の中に五両と二分入っていたのだという。男はお店の手代で、実家の母が病に倒れ、せめて薬代を持って帰ってやろうと、自分が貯めていた二両二分と、お店の旦那様に借りた三両を持って帰る途中だそうである。
   「気の毒やなあ、見つかったらええのやけれど、見つからなかったらわいの持っている一両をあげて路銀にしてもらお」
   「三太は、優しいなあ」
   「へえ」

 やがて二人の役人が来て、泊客の衣服改が始まった。一人一人呼びつけて、裸にして調べていた。
   「えっ、女の私も裸になるのですか?」
   「これはお役目である、我慢せい」
   「腰巻まで抑えるのですか?」
   「いや、抑えるだけでは分からぬ、中へ手を入れる」
   「嘘っ、冗談ですよね」
   「お役目である、決して喜んでやるわけではない」
   「お役人さん、涎が垂れているではありませんか」
   「これは涎ではない、涙である」
   「腰巻きの中に手を入れて、何故泣くことがあるのです」
   「辛いお役目であるからのう」
 
 亥之吉も調べられた。
   「そこのお前、いやに褌が膨らんでおる、怪しいやつ」
   「あほなこと言いなさんな、こんな形の財布がありますかいな」
   「それにしても膨らみ過ぎである」
   「そやかて、朝早から叩き起こされて、まだ小便もしていまへんがな」
   「だから何だというのだ」
   「朝勃ちですがな、子供の前でへんなこと言わしなさんな」
   「左様か、ではちょっと触ってみる」
   「あんさん、さっきは女のお腰に手を突っ込んで、今度は男の褌を触るのですか」
   「辛いお役目であるからのう」
   「いいや、両刀使いでっしゃろ」
   「無礼なことをぬかすと、容赦はしないぞ」

 結局、誰からも、どの部屋からも、男の財布は見つからなかった。役人も、何かの間違いであろうと、さっさと引き上げて行った。泊客たちはそれぞれ怒って立っていった。残された男は、項垂(うなだ)れている。
   「おいら、宿賃も払えない、どうすればいいのだ」
 番頭が男の背に手を乗せて、慰めるように言った。
   「余程、手練(てだれ)の枕探しだったようですね、主(あるじ)とも相談しましたが、うちの宿で起きたこと、その五両二分は私どもの方で弁償しましょう」
   「ありがとうございます、助かります」
 男は番頭に何度も頭を下げて、宿を出て行った。三太達も男の後を追うように出立した。

   「おーい、お兄さん」
 男が振り返った。
   「おいらのことでしょうか?」
   「お前さん、上手くやりましたなあ」
   「何が?」
   「あはは、あんさんの芝居だすがな」
 男は恐い形相で、亥之吉に殴りかかってきた。
   「おっと、野暮はよしましょう、他人は騙せても、この亥之吉はだませはしままへんで」
   「くそっ」
 商人のような身形の男が、懐から匕首を出した。
   「やはりそうか、騙(かた)りやったのですな」
 男が斬りつけてきた。亥之吉は「ぱっ」と体を交わすと、天秤棒で匕首を叩き落とした。
   「これ、待ちなはれ、何も掴まえて番屋に突き出すとはいうてまへんやろ」
 男はその場に胡座(あぐら)をかいて、開き直った。
   「さあ、斬るなり突くなり、好きなようにしてくんな」
   「あほ、誰がそんなことしますかいな、あんさんも、大袈裟過ぎます」
   「見逃してくれるというのか?」
   「見逃すも何も、あんなに簡単に騙せるのなら、わいもやってみようかと思いますのや」
 三太が亥之吉の袖を、「クイクイッ」と引いた。
   「止めなせえ、その身形(みなり)、その恰幅(かっぷく)では誰も同情くれませんぜ」
   「さよか、あきまへんかな」
   「わいは三州無宿の勝五郎と申します」
   「おや、三河のお人でしたか」
   「へい、喧嘩はからっきしですので、半かぶちにもなれずに、こんなことをやっとります」
   「わたいは、江戸京橋銀座で雑貨商を営んでいます福島屋亥之吉だす、どうぞお見知り置きを」
   「これは、堅気の衆でしたか、失礼をしました」
   「いやいや、わたいも元は旅鴉でおましてな、方々の貸元さんの世話になっていましたのや」
   「へー、それが今はお店の旦那ですか」
   「勝五郎さんもその気になれば堅気になれます、江戸へ来たら寄っておくなはれ、身の立つようにしてあげましょ」
   「へい、ありがとう存じやす」

 
 勝五郎と別れて、暫く行くと、頼んではいなかったが昨日の馬子が煙草を燻(くゆ)らせながら待っていた。それではと、三太と新平だけ馬に乗り、小田原の宿まで行くことにした。
   「ねえ、旦那様、なんであんな盗賊を逃してやったのです?」
   「捕まれば、刺青もんになり、五年は娑婆に戻れまへんのや、手口を見破られたら、ちと反省するのとちがうか」
   「旦那様、甘い、あんなやつ反省なんかしますかいな」
   「そうやろか、わいはきっとわいを尋ねて江戸へ来ると思いまっせ」
   「旅籠でせしめた五両二分を持って、今頃、盆茣蓙(ぼんござ)を囲んでいると思います」
   「あの男、あんがい真面目と違うやろか」
 亥之吉は、勝五郎の肩を持つ。
   「真面目な男が、あんな騙りをしますかいな」と、三太。


   ◇箱根御番所に 矢倉沢なけりゃ
   ◇連れて逃げましょ お江戸まで

   ◇箱根番所と 新井がなけりゃ
   ◇連れて行きましょ 上方へ
 
 遊女に惚れた男の唄だろう。馬子の歌う『箱根馬子唄』が、箱根山に木霊する。

   「新平、寝たらあかん、馬から転げ墜ちるで」
 
  第四十回 箱根馬子唄(終) -次回に続く- (原稿用紙14枚) 

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ「第一回 小僧と太刀持ち」へ




最新の画像もっと見る