月命日は、月違いの命日で年に11回ある。妻の4回目の月命日が近づいてきた。せめて毎月供花でもと、スーパーの花売り場に出かけることにしている。とはいえ、仏花としてセットされたは、樒(しきみ)に花々が縛られたているみたいで気に入らない。菊、竜胆、カーネーション、カスミ草などバラ売りのものを買ってきて、およそ仏壇に供えるには相応しくないものを供えている。妻の遺影がそれを見て、「プッ」と笑っているようだ。
今日のテレビのニュースで取り上げられていたが、パソコンをやり始めた高齢の男性が詐欺に遭ったそうである。出会い系か何かで知り合った女性が、「私は一人暮らしです。遺産を分け与える家族がいないので、私のお金500万円をもらってください」そして、手続きだの何だのといって、ずるずると700万円も送らせて、結局その男性は何ももらわずにドロンされたらしい。テレビ音声の聞き流しだったので、詳しいところは聞き逃がしているが、だいたいはそんなところだったと思う。騙したヤツは許せないが、騙された男性もお気の毒だけれど同情しがたい。歳をとったら何事も自分一人で判断しないで、若い人に相談すべきだと思う。「老いては子に従え」という言葉がある。自分の判断は絶対正しいと思っても、強情張らずに若い者の意見を聞こう。
Ryu の歌う「冬のソナタ」のテーマソング「最初から終わりまで」と、「マイ・メモリー」が好きになって、楽譜を買ってきたのが最初。ドラマは、再放送で全部見た。妻は韓流ドラマを一切見なかったが、、私は、妻が好きだったキムタク主演のドラマを一切見なかった。私と妻の辞書には、「夫唱婦随」も、「婦唱夫随」という言葉も抜け落ちていた。
今、私は「イ・サン」にはまっている。レンタルショップでDVDを借りてくれば、どんどん先を見ることが出来るのに、のんびりと週一の放送を見ているのは、「あっ」と終わってしまうのがつまらないからである。決してレンタル料の100円が惜しいからではない。日曜日の深夜が楽しみなのである。
久しぶりに本屋に入ったら、コレクション・マガジンのコーナーに懐かしいテレビドラマがあった。エリザベス・モンゴメリーの「奥様は魔女」。丁度、サマンサとダーリンの娘タバサが活躍する 4Season だったので、「高いなぁ」と思いながら1冊だけ買ってきた。昨夜一気に6話見終えて思ったのは、雑い特撮ドラマでも、「こんなに面白く作られていたのだなぁ」と感銘を受けるとともに、懐かしく思った。
他に、「大草原の小さな家」と、「名探偵ポアロ」のマガジンがあった。もちろん、どれも全巻揃える気はないが、どれもよく見ていたので、懐かしかった。
「有ったら全巻見たいなぁ」と思うのは、デビット・ジャンセン主演の「逃亡者」、レイモンド・バー主演の「鬼警部アイアン・サイド」、ヴィンセント・エドワーズ主演の「ベン・ケーシー」どれも、当時夢中になって見ていた。
コメディーでは、「ペチコート・大作戦」、「じゃじゃ馬億万長者」、喋る馬「ミスター・エド」。どれも、ドラマの中に観客の笑い声が入っていたような記憶がある。そして、全巻モノクロだったと思う。
以前に買ったプリンタのインクが詰まったので、そのうちプリントヘッドを交換しようと、倉庫に放り込こんでおいた。妻が医療機器の消毒に使っていた「イソプロピルアルコール70%」がたくさん残っていたので、プリントヘッドを洗浄してみようかと思い立った。ヘッドが辛うじて入る程度のポリ容器に浸けておき、翌日容器ごと軽く振って洗浄した。後は日陰で乾燥させて恐る恐る印刷してみたら、新品時ほどではないと思うが、みごとに回復していた。イソプロの「使用上の注意」に、大量の蒸気を吸うと、粘膜への刺激または、頭痛を起こすことがあるそうなので、作業は屋外で、マスクをして行った。一応「老後整理」の対象に上がっていたインクジェット・プリンタだが、再び私の机に戻ってきた。
前回に書いた「クジコロ」は、。鯨の油脂を絞ったあとの皮のぶつ切り。多少油が残っていて、関東煮(おでん)に入れたり、粕汁の具のひとつにしたり、はりはり鍋で食べると美味い。昔は捨てていたらしいが、一部只のような値段で売られて、主に関西で人気の食材になった。
「オバケ」はクジラの皮をスライスしたもので、すっかり油を抜き去り水に晒したもの。「サラシクジラ」とも言う。これは、このまま甘酢味噌で食べるのが一番。
はりはり鍋は、鹿の子クジラと水菜の鍋でとても美味い。ネット通販で手に入るが、我が家にとっては結構高価。私の誕生日祝いに子供たちが買ってくれたが、実は油っこくて年寄りの胃には負担が大きく一度に多くは食べられなかった。昔、我が家では歯をはね返してなかなか噛めないような固い鯨肉を使っていたので、飲み込むまでに時間をかけたものだ。その頃を思い出して、感慨深く味わった。
先ほど、食事の後片づけをしながら「キクラゲの正体は何?」と、大阪の街頭で道行く人に訊いているテレビ番組を見た。70%以上の人が間違った認識をしているのだそうである。「海藻」、「ワカメの芯」、中には、おじいちゃんが「細長ーいクラゲ」と、得意げに答えていた。答えは「キノコ」。「キクラゲ」は「木耳」と書くのだと知っている人には判ることだ。
では、私から問題 ●関西には「クジコロ」と、「オバケ」と言う食べ物があるが、この正体は何? 関西独特の食べ物かも知れないが、どちらも私の大好物。最近スーパーで、「オバケ」をよく見かけるようになったが、値段はバカ高い。「いくら好きでも、こんなものをこの値段で買うくらいなら、ネット通販で「〇〇鍋セット」を買って食べるよ」とは、私の感想。次回の記事で明かそう。
この、落書きっぽいCGは、娘が母親のホームページのために描いてくれたもの。その娘の漫画は、いくつかの猫雑誌に連載されているが、プロとして描いたものは、勝手に使ったりしていない。娘のペンネームは、「たあぽん」猫漫画ファンの方がいらっしたら、もしかしたらお目にかかっているかも知れない。「ぶとう」と、「らいち」が活躍する漫画だ。「ぶとう」と、「らいち」は、実存する猫であり、どちらもオス。「ぶどう」は、阪神大震災のあと、仮設住宅で生まれた子猫であったが、飼い主が転居する折に置き去りにした捨て猫である。それを私が拾ってきて、娘夫婦に押し付けたもの。そのずっと後に、娘婿が土管の中で鳴いていた子猫を苦労して助け、拾ってきたのが「らいち」。年上の「ぶどう」が、「らいち」を、親のように面倒見ている動画が残っているが、なかなかの感動ものである。この2匹のオスは仲が良くて、「おっさん猫」になった今も、喧嘩をすることなく、娘の漫画の「ネタ」になっている。
私は、毎朝青汁を飲んでいる。今から青汁のコマーシャルをやらかすつもりではない。私の愛飲している青汁は、テレビで宣伝している高価なものでなく、1杯分約20円の安物である。薬のスーパーで月一安売りしているノーブランドもの。これに低カロリー甘味料少々と、牛乳を少々入れて朝食のコーヒー替りに、毎朝欠かさず一杯飲んでいる。これを飲むきっかけになったのは、10年ほど前に、背中と腰に痛みが走り、病院の整形外科で診察してもらったら、「多発性硬化症」の疑いがあるとのこと。これは難病である。覚悟して検査入院した。培養検査、造影剤MRI、CT、肝臓のエコー、髄液の採取など、バラエティ検査の明け暮れ。治療は湿布薬と、このとき便秘になったので、カマグ(酸化マグネシウム)を飲んだだけ。妻の介護を娘に頼んでいたが、心配なので早々に退院させてもらった。検査結果は陰性。何の痛みだったのか判らずに、いつの間にか治ってしまった。このあと、しばらくカマグを飲んでいたが、処方を断って青汁を飲むように努めた。青汁で野菜の摂取不足を補おうとは思っていないが、あれからまったく便秘になっていない。毎朝青汁を飲むのが、すっかり習慣になってしまった。
何日か前、テレビのトークバラエティー番組で面白いテーマのトークしていた。洋式トイレで、男は立って小便をするか、座ってするかと言うもの。これは何年か前にも、どこかの「掲示板」でも論戦していたので、妻と興味深く見ていた。私は「座る」派である。それを妻に明かすと、妻は「おかまかっ!」と突っ込みを入れてきた。「お前なぁ、トイレを掃除するのは誰だと思っている」と、やり返した。公衆トイレの大きな便器なら兎も角、家庭用の小さな便器では小便が横に飛び散って、自分のことながら臭くて汚くて掃除に困る。そのことを妻に説明したら、とりあえず妻は納得した。
私は、手の甲に長い毛がある。妻のクリームを借りて、シコシコ剃っていたら、やはり「おかまかっ!」の突っ込み。これは、我が家の台所はIHコンロではないので、火の上に瞬間にでも手がかかると、チリチリと毛が焦げ、臭いにおいが立ち込める。このにおい、子供のころに嗅いだ火葬場の黒い煙の臭いだ。今は完全に処理をしていて、においが飛散することはないが、当時は臭いにおいををまき散らしていた。このにおいを思い出して毛の処理をしているのであって、手を美しく見せるためではない。だれがこんな爺のしわしわの手を見たりするものか。
「あのなぁ、儂がおかまか、おかまでないか、お前が一番よくしっているだろ」
老後整理
要は、「死仕度」であるが、こんな言葉を使うと若い人に不快感を与えるようで、世間で使われている「老前整理」を自分用にアレンジした「老後整理」とした。妻の突然死で、社会保険庁、銀行、郵便局、警察、区役所、税務署と随分動きまわったが、もうすぐ4回目の月命日が来ると言うのに、まだ片付いていないことだらけ。そこで、こんな苦労を少しでも子供たちにさせまいと、私の余生は「老後整理」に費やそうと考えた。ガラクタ整理、書類の整理、不要な物を捨てることからボチボチ初めているが、結構大変なことだ。始めるなら妻が元気な頃から始めるべきだったと、後悔しながら…
さっき、テレビを点けて夕食の準備をしていたら、世界のゴミ分別事情の取材番組が放送されていた。ゴミの分別は、外国ではあまりやらされていないようだった。一方、日本では24種類に分類しているところがあるそうだ。聞き逃したが水俣市だったかな?「わーたいへんだなぁ」と感服したが、ちゃんと分類アドバイザーが一人居て、手伝ってくれるのだそうである。「うーん、環境局も立派だ」と、また感服。それに引きかえ、我々のところはどうだろう。パンフレットを配るだけで分類を納税者である我々に押し付け、分類を間違えて出そうものならペナルティとして、ゴミを置き去りにする。あとは自治会役員の「犯人捜し」や、回覧板での広報が始まる。悪気があってやったことではなくとも、犯人扱いだ。
たしかに、ゴミの分類は大切なことだ。しかし、我々に「押し付けられている」と感じさせるやりかたは、どんなものだろう。上から目線でペナルティを振りかざすよりも、我々に「協力している」と感じさせるように、もっとソフトなやり方があるのではないだろうか。
私は無花果(いちじく)が好きだ。妻が「大嫌い」だったので、買ってくるのは年1回あるかないか。特に美味しいからと言うのではなく、ノスタルジア。子供のころ、友達の家に遊びに行った帰り、よその家のよく熟れた無花果を1つもぎ取って食べたものだ。きっちり、窃盗である。しかし、一度も叱られたことはない。どこの家でも、無花果が実のっても収穫しないようだった。そのまま放置されて、野鳥の餌かそのまま腐るだけ。中には、いちごジャムの代用品になっていたようだけど。
高級な果物は食べられなかったが、芝栗、山桃、アケビ、木苺、野苺、茱萸(ぐみ)、桑の実、渋柿、それから私たちは「ちょろむけ」と呼んでいた甘酸っぱい小さな灌木の実、たしか正式名は「ヤマナス」だったと記憶しているのだが、ネットで調べても大きな「茄子」しか出てこない。そんなものを山を駆けずりまわって採取した。山が残っていれば、私たち悪童が食い散らかした木の実の種が芽を吹いて、山を装っていたかも知れないが、山は削られて宅地になったり、海の埋め立てに使われたりして、すっかり消えてしまった。しかし、当時の悪童の天敵、まむし、百足(むかで)は、どごかでしたたかに生き残っているだろう。
私は酒が飲めない。注射のとき、アルコール綿で皮膚をコシコシッと擦られただけでも、しばらくすると赤くなってくる。若い頃、宴会の席でよく言われたものだ。「男のくせになさけない」、「酒ぐらい飲めないと一人前の男じゃない」と。今でこそ、「下戸は障害者」と広く理解され、無理矢理に酒をすすめられたり、馬鹿にされることも少なくなったようだが、昔は酷かった。こんなときは、なるべく目立たないように隅に隠れているか、開き直って大食いに走るかだった。下手に酒を注いでまわったりすると、注ぐ度に「返盃!」と強引に飲まされて目を回すだけだ。今はこういうのを「アルコール・ハラスメント」と言うのだそうな。車の運転を控えている者に対して無理に酒をすすめるのでないかぎり、罪にはならないのだろうが。