雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第六回 政吉、義父の死

2014-10-26 | 長編小説
 所は京の都。開け放たれた侠客一家の表て戸を入った正面の天井のすぐ下には白木の神棚があり、それを挟んで榊が活けられている。左右の壁には提灯がずらりとぶら下がり、政吉にとっては、幼、少年期を送った懐かしい第二の実家である。

   「軒先三寸借り受けやして、ご挨拶申し上げます、どうぞお控えなすって…」
 京極一家の若い衆が出てきて、玄関のたたきに控える。
   「早速のお控え、有難うござんす、当方生まれはお江戸です」
 中年の代貸し格の男が覗いた。
   「お江戸と申しましても、些か広う御座んす、江戸は神田の生まれ、育ちは京の都に御座んす」
   「何や、豚松(政吉)やないかいな、そんな仁義は要らへん、早う上がってお父はんに顔を見せてやりなはれ」

   「てめえ生国と発しますは、摂津の国は池田です」
   「はあ、知っとります、池田の亥之吉どんでっしゃろ、そんな処で遊んどらんと、早く貸元のところへ行きなはれ」
   「誰も遊んでいますかいな」
   「亥之吉どん、あんさんも豚松も、堅気の商人(あきんど)どすやろ、堅気なら堅気らしくしなはれ」
   「へえ、すみまへん」

 京極一家の貸元は、思ったよりも元気そうであった。
   「親父さん、豚松ただいま帰って参りました」
   「ああ、豚松か、お帰り、いっぱしの商人になったなぁ、遠いところご苦労やった」
   「親分、池田の亥之吉さんも参りました」
   「おぉ、亥之吉か、懐かしいなぁ、その節は豚松が世話になった」
 布団をめくって半身を起こそうとしたが、代貸が止めた。
   「起きたらあきまへん、無理をせんといてください」
   「豚松も亥之吉も、ゆっくり出来るのか」
   「へぇ、しばらく厄介になるつもりで参りました」
   「そうか、嬉しいなぁ、これで酒を一献汲み交わせたらええのやが、医者が飲んだらあかんと硬いこと言うのや」
   「親父さん、顔色もよろしいし、この分やったら半月もしたら元気になりますやろ」
 政吉は、心からそう思えた。
   「そうか、これで豚松が京極一家のあとを継いでくれたら、思い残すことが無いのやが」
   「すみまへん、親不孝を堪忍しとくなはれ」
   「いや、構へん構へん、わいの愚痴や、聞き流してか」

 その日は、夜半まで政吉と亥之吉は貸元の寝所で思い出話などをして笑っていたが、貸元の身体に障ってはいけないと二人は別の座敷で眠り、翌朝貸元に朝の挨拶に行くと、貸元はまだ眠っているような穏やかな顔で亡くなっていた。
 政吉は、貸元に縋って大泣きをした。その声を聞きつけて、代貸以下、子分達が貸元の寝所に集まり、貰い泣きをした。

 通夜を済ませ、政吉が喪主となり、立派な葬儀を出した。京極一家の後継は、最年長代貸に任せて、政吉と亥之吉は、新貸元と、子分ではなく舎弟となった人たちに見送られ、帰途の旅に就いた。


 神田明神前の菊菱屋では、三太が首を傾げていた。以前、お店の使いにでた時に、悪ガキに囲まれ、舌先三寸で難を逃れたことがあったが、その折は京橋銀座の福島屋の小僧としか知れていなかった筈なのに、名前は知れているうえ、そのガキ大将が神田の菊菱屋にまで尋ねて来るとはどうなっているのだろうと考えていたのだ。
 
 今なら、武具を携えている。ガキの四人や五人に囲まれても、打ち負かす自信はある。さりとて、相手は三太より年上と言えども子供たちである。怪我をさせでもしたら、亥之吉旦那に叱られる。悪くもないのに黙って殴られるのもつまらない。どうしたものかと三太は思い巡らせていた。
   「福島屋の三太さんは居ますか?」
 それ来たと三太は思った。
   「わいが三太です、どなた?」」
   「俺です、何日か前にお使い帰りの三太さんに難癖をつけた…」
   「あぁ、あの時の兄ちゃんか」
   「ごめん、堪忍してください」
   「なんとも思ってないよ、どうしたんや、改まって」
   「あれから、俺に悪いことばかり降りかかるのです」
 話を聞いてみると、母親は包丁で手を切るし、父親は商売に失敗してやけ酒に浸りっぱなしで家にも帰らなくなった。腹が減って町を彷徨っていたら、泥棒に間違われてしょっ引かれ、お奉行から大目玉を喰った。それもこれも、三太さんを虐めた神罰が下ったのだと思っていると言うものだった。
   「兄ちゃん、名前は何て言うのや」
   「俺は為吉」
   「わいがここに居ることを、誰に訊いたのや」
   「福島屋の番頭さんが名前と居場所を教えてくれた」
   「思慮のない番頭はんや、わいに仕返しする為に訊いたかも知れんのに、簡単に教えるなんて」
   「ごめん、俺が友達だと言ったもので…」
   「そうか、ほんならついでに、本物の友達になろう」
   「いいのかい?」
   「ここの新平も友達やで」
   「うん」
   「為吉兄ちゃん、腹減っとるのやろ」
   「うん」
   「新平、なにか喰うものあるか?」
   「冷や飯でよかったら、おいらが塩むすびを作ってやる」
   「新平、頼むわ」
   「うん」

 新平が、大きな握り飯を八つも作って厨から出てきた。
   「残ったら、持って帰って兄弟にも食べさせてやって」
   「ありがとう」
 三太が為吉に言った。
   「ここの若旦那が戻ってきたら、わいがお父さんを占いで探してやる、ほんで商売の失敗の原因を探って、立派に立ち直らせて見せる」
   「本当ですか?」
   「こんな嘘をついてどうするのや、友達の為に全力を尽くすのが友達や、虐めるよりも友達になる方が自分の為になるのやで」
   「もう、決して誰も虐めたりはしません」
   「そうか、それなら今日はこのおにぎりを持って帰りなはれ、若旦那が帰ってきたら為吉兄ちゃんのところへ行くから、場所を教えといてや」
   「うん」
 為吉は喜んで帰って行った。

 
 それから十日後、若旦那の政吉が帰って来た。
   「えらい、ゆっくりだしたなぁ、仰山寄り道なさったのやろ?」
   「あほなこと、寄り道なんかするものか、京のお父はんが亡くなったのや」
   「あの親分が亡くなったのだすか、わいも一宿一飯の恩義があります」
   「親分は、わいを育ててくれたお父はんや」
 政吉は黙祷をした。三太も、京の方を向いて手を合わせた。
   「うちの旦那さんは、お店に戻りはりましたか?」
   「いいや、三太を迎えに行く言うて、ここまで来ておいでどす」
   「外で、何をしてるのだす?」
   「路地に入って、立ちションベンしてはります」
   「何をみっともないことをしてはるのや、店に入れば厠もあると言うのに」
   「我慢が出来んようになったのやろ」
 亥之吉が店に入って来た。
   「三太、ご苦労やった、何事も無かったか?」
   「弁天小僧とかいうオカマさんの盗人が来ました」
   「何か盗られたのか?」
   「いいえ、追い払って何も盗られていまへん」
   「そうか、そら良かった」
   「それから、わいを襲ったガキ大将が来ました」
   「泣かしたのか?」
   「友達になりました、それで一つ約束をしました」
   「どんな?」
   「お父さんが商売に失敗して、家出をしたらしいのです」   
   「それで?」
   「わいの占いで、お父さんを探してやると約束しました」
   「探せるのか?」
   「多分文無しになって、寄り場へでも行ったのだと思います」
   「では、明日一日暇をやるから、約束を果たしてきなはれ」
   「有難うございます」
 三太は為吉の住処を書いた紙を亥之吉に見せて、「為吉」と言う子だと知らせておいた。
   「あぁ、この為吉なら、植木屋の手伝いをしている嘉蔵の息子や、何を失敗したのやら」
   「なんや、旦那さんの知っている人ですか」
   「家の前栽(せんざい)も見て貰っとります」
   「なんや、さよか」
   「失敗と言うのは、どうせ客の大事な木の枝を、切ってしもうたのやろ、嘉蔵を見つけたら、まずわしの処へ連れておいで、わしが親方とその客に謝ってやるさかいに」
   「旦那さん、おおきに」
   「任しておきなはれ」

  第六回 政吉、義父の死(終) -次回に続く- (原稿用紙12枚)

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「第三回 弁天小僧松太郎」へ
「第四回 与力殺人事件」へ
「第五回 奉行の秘密」へ
「第六回 政吉、義父の死」へ
「第七回 植木屋嘉蔵」へ
「第八回 棒術の受け達人」へ
「第九回 卯之吉の災難」へ
「第十回 兄、定吉の仇討ち」へ
「第十一回 山村堅太郎と再会」へ
「第十二回 小僧が斬られた」へ
「第十三回 さよなら友達よ」へ
「第十四回 奉行の頼み」へ
「第十五回 立てば芍薬」へ
「第十六回 土足裾どり旅鴉」へ
「第十七回 三太の捕物帳」へ
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「第二十二回 三太の分岐路」へ
「第二十三回 遠い昔」へ
「第二十四回 亥之吉の不倫の子」へ
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「第二十六回 三太郎、父となる」へ
「第二十七回 敵もさるもの」へ
「第二十八回 三太がついた嘘」へ
「第二十九回 三太の家出」へ
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「第三十二回 信濃の再会」へ
「最終回 江戸十里四方所払い」へ

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