雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太ふざけ旅」 第三十六回 新平、行方不明

2014-09-19 | 長編小説
 蒲原宿で一泊して、吉原宿に向かっていたら、身形(みなり)の良い武士が三太と新平に近づいてきた。三太たちが通りかかるのを待ち伏せしていたようである。
   「これ町人の子供、お前達は三太と新平であるな」
 見知らぬ人が三太たちの名を知っているのは慣れているから、二人は驚きもしなかった。
   「へえ、そうだす」
   「お前達に折り入って頼みがある」
 ものを頼むのに、この横柄な態度はなんだと、三太は些か腹を立てた。
   「わいらは、先を急ぎますので、他の人にあたってください」
   「それが、そうは参らぬのだ」
   「と、申しますと?」
 子供で、強くて泳ぎの達者な者でないとならないのだという。
   「何だす、それは?」
   「実は、ある止事(やんごと)なき若君が、狙撃されようとしているのだ」
   「わいが身代わりになって撃たれろと言いはるのですか」
   「いや、絶対に撃たせない、拙者たちが命を賭けて護る」
   「それが護りきれないかも知れないから、わいを身代わりにするのやろ」
   「済まぬ、若君は江戸上屋敷のお殿様を見舞い、上様にお目通りをせねばならぬ身だ」
   「お大名の若君の命を護る為には、虫けら同然の町人の命など捧げよと言うのですか」
 某お大名が、江戸城に詰めておられるが、もともと体が丈夫ではなかったので、御城勤めの無理がたたって心の臓が弱り、明日をも知れぬ病の床に就いている。父君の息のある間にお目にかかり、若君の元気な姿を見て貰ったうえに、上様にお目通りをして「世継ぎこれにあり」と、意思表示をするのが目的である。
 ところが、城代家老の一派がこれを好機と考え、若君を亡き者にして家老の次男を大名の養子に据え、自らが実権を握る陰謀を巡らしているのだ。

   「お断りします、どこの何方か知りませんが、名も知らない人の身代わりは御免だす」
 三太は、まったく応じる気持ちはない。
   「時は迫っておる、もし聞けないと申すなら、刀にかけても連れて参る」
   「そうは問屋が許しません」
 三太は武士の前からするりと抜けて、叢に飛び込んだ。武士は、にんまり笑って新平を抱え込んだ。
   「三太がきかぬなら、新平を連れて行く」
 三太は、叢から飛び出した。
   「この卑怯者、そんなことさせるものか」
 三太は腰の木刀をとって、武士に向けた。この時、三太の後ろで声がした。
   「三太、このお侍さんのことを聞いてあげなはれ」
   「わいの命が無くなるかも知れんのに、だれや、そんな無責任なことを言うのは」
   「わいだす、福島屋亥之吉だす」
 そこに、天秤棒を立てて持った商人風の若い男が立っていた。
   「あっ、旦那様や」
 亥之吉は、武士に言った。
   「あんさんも、何だんねん、辺りに人が居るのも確かめんと、そんな大事なことを喋りはって」
   「迂闊であった、そなたは何者でござる」
   「何者やと、人のことを曲者みたいに言いなさんな、わいは江戸京橋銀座の商人、福島屋亥之吉で、三太の父親みたいな者だす」
   「お父つあん、逢いたかった」
   「こら、お調子者、どれだけのろのろと歩いとったのや、遊びながら旅をしていて、逢いたかったが聞いてあきれるわ」
   「すんまへん」
   「それに、懐でもこもこしているのは何や」
   「狐の仔だす」
   「あほ、狐の仔なんか捕えて、お稲荷さんの罰があたりまっせ」
   「これは、お稲荷さんに頼まれて育てていますのや」
   「嘘つきなはれ」
   「ほんまだす、大人になったら、きっと山からお迎えがきますのや」
   「誰が迎えにくるのや?」
   「コン吉という狐だす」

 傍で聞いていた武士が焦れだした。
   「狐の話はさておいて、若君の身代わりをするのか、しないのか、はっきりしてくれ」
   「他人に命がけの仕事をさせるのに、その横柄な態度はどういうものだすか」
 亥之吉も腹を立てた。
   「すまん、気が急いているもので失敬した」
   「話は聞かせてもらいました、力になりましょ」
   「忝ない、三太を貸してくれるか」
   「三太だけやない、わいも新平も参りまっせ」

 武士は樫原伊織と名乗った。樫原について蒲原の本陣まで歩いた。本陣では、若君が足止めを食っていた。「富士川の渡しで家老派の刺客たちに襲われる」と、家老派にもぐらせた間者からの繋ぎがあったのだ。
   「では、三太に若君の着物を着せて、若君は三太の着物を着て頂く」
 若君は、三太の着物を着て、「犬臭い」と、文句を言った。
   「若君の命が狙われており申す、何とか我慢をなさりませ」
 三太も不服である。
   「臭くて悪かったなぁ、気に入らんなら腰元の着物でも着いや」
 三太は感情を露わにした。

 家老派の刺客は、恐らく船が対岸に着く直前の最も無防備なときを狙ってくるだろうと亥之吉は考えた。対岸には葦原があり身を隠せるところもある。亥之吉は新平と共に、一足先に出立して対岸で待つことにした。それから四半刻(30分)の間をおいて、三太が乗った駕籠が発った。若君と数人の家来は、本陣にて待機している。
   「新平、わいが亥之吉だす、三太と一緒にわたいのお店で働いて貰いまっせ、よろしいか?」
   「はい、よろしくお願いいたします」
   「おや、しっかり挨拶が出来ますのやなあ」
   「新平は、三太のことを何と呼んでいますのや」
   「はい、親分です」
   「うちは、気質のお店(たな)だす、親分はあきまへんで」
   「歳は同じだし、何と呼べば良いのですか?」
   「三太で宜しい」
   「親分は、おいらの命の恩人だす、それを呼び捨てなど出来ません」
   「ええのだす、店に入れば小僧同士やろ」

 亥之吉は、三太が言っていた通り、天秤棒を持っている。渡し船を降りると、亥之吉は周りを見渡している。狙撃者が隠れそうな場所を特定しているのだ。
   「新平は、わいが護るから心配せんでもええで」
   「はい、旦那さま」

 亥之吉は、葦原を気にしている。
   「あ、居るな、あの中や」
 葦原を指さした。
   「新平、わいはあの葦原に入って行くので、お前さん向こうの小屋で待っておりなはれ」
   「はい、わかりました」
   「まだやで、わいがうんこするというて、葦原にはいりかけたら、新平は走るのや」
 一呼吸於いて、亥之吉が声高に言った。
   「わい、この中でうんこしてくるさかい、向こうで待っていてや、覗きに来るのやないで」
   「へい」
 新平は走った。亥之吉は葦原に踏み込んだ。少し奥に人の気配を感じる。そこへ向けて入っていくと、武士風の二人の男が立ちはだかった。
   「こらっ町人、あっちへ行け」
   「何でだす、わいは、うんこがしたいのです」
   「煩い、とっとと立ち去れ、行かぬと斬るぞ」
 ひとりの武士が長刀をぎらりと抜いた。鉄砲の準備は、まだしていないようである。
   「そんな殺生な、うんこぐらいさせておくなはれ」
   「黙れ」
 長刀を上段に構えて、亥之吉に迫ってきた。亥之吉は杖にしていた天秤棒で男の小手を打った。男は長刀をその場に落とし、腕を抑えて蹲(うずくま)った。代わって、もうひとりの男が長刀を抜こうとしたが、亥之吉が男の左に跳んで、男の左上腕をビシッと打ち付けた。

 敵が怯んだ隙に、亥之吉は足元にあった二丁の猟銃を拾いあげると、川面に向かって投げ捨てた。
   「こやつ、なにをしやがる」
   「あんな物騒なもので撃たれたら敵(かな)いまへん」
 今度は、芦原から出て、二人がかりで亥之吉に迫った。その時、三太の乗った船が岸に近づいてきた。それと共に五人の刺客仲間達が駆けつけてきて、亥之吉を取り囲んだ。
   「ほう、町人一人を、侍が七人がかりで殺そうと言うのですか」
 亥之吉は怯(ひる)みもせずに、天秤棒を頭上に両手で構えたとき、船が着いて一人の武士が走ってきた。
   「待ちやがれ、この卑怯者供!」
 味方の武士が、亥之吉を取り囲んだ刺客たちの後ろから、武士らしからぬ言葉をかけてきた。
   「おぬしは…」
 刺客がそう言い掛けたとき、味方の武士は長刀を抜き、峰を返すと、あっと言う間に三人の刺客を倒した。
   「亥之吉さん、お怪我は?」
   「わいは大丈夫だす」
 そう言っている間に、亥之吉の天秤棒がブーンと風を切り、二人の刺客が倒れた。
   「三太と、新平がお世話になります」
   「ん? あんたさんは?」
   「へい、あっしは新三郎と言いやす、三太の守護霊です」
   「へえへえ、佐貫さんの兄弟から聞いております」
 逃げようとする二人の刺客を、亥之吉が追いかけて、天秤棒で足を打った。倒れている刺客七人は、船から降りてきた若君の護衛たちに縛り上げられた。

   「わいは、半信半疑だしたが、本当に強い守護霊さんが三太を護ってくれはったのだすなぁ」
   「いやあ、お恥ずかしい」
 この一人と一柱、たった今七人の刺客を倒したことなど、もうすっかり忘れているようであった。
 新三郎が憑いていた武士は、力が抜けてへたり込んでいる。
   「おい佐々木、おぬし強かったなあ、見直したぞ」
 若君の護衛の武士が感心している。佐々木はただキョトンとしているだけだった。

   「新平、もう出てきてもええで」
 亥之吉が大声で叫んだが、新平は聞こえないらしい。亥之吉が小屋を覗きに行った。
   「新平、何処に隠れとるのや」
 やはり、小屋の中には誰も居ない。
   「勝手に何処へ行ってしもうたのか」
 小屋の周りを探して見たが、やはり見つからない。
   「しもた、連れ去られたかも知れへん、小屋の中にも刺客の仲間が居たのか」
 亥之吉は、三太たちの居るところへ戻った。 
   「三太、大変や、新平がおらん」
   「えっ、連れ去られたのですか?」
   「そうかも知れへん、ああ、えらいことした、わいが迂闊やった」
 亥之吉は意気阻喪(いきそそう)であった。


 若君派の武士達が応援に来て、七人の刺客を連れていった。若君は、とって返した駕籠に乗って無事富士川を超え、三太と着物を取り替え、江戸へ向けて立った。その際、三太と亥之吉に「是非、同行して若君を護って欲しい」と頼まれたが、新平が行方知れずになっていることを話して断った。
 まだ遠くには行っていないだろうと周辺一帯を探したが、何の手懸りも掴めない。
   「新平、生きているのか、何処に居るのや」
 三太は泣きそうであった。

  第三十六回 新平、行方不明(終) ―次回に続く- (原稿用紙15枚)

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