雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十八回 卯之吉今生の別れ?

2014-12-21 | 長編小説
 お定が放免された数日後、木綿問屋三河屋の主人善右衛門が女中お定を連れて三太の元へやってきた。
   「申し訳おまへん、主人の亥之吉は生憎故郷へ帰る友達を送って行き、留守でおますのや」
 女房のお絹と小僧の三太が頭を下げた。
   「いやいや、この際亥之吉さんはどうでも宜しい、三太さんにお礼をしたくて参りました」
   「お定ちゃん、えらいめに遭いましたなァ」
 三太が大人の口調で慰めた。
   「有難う御座います、三太ちゃんのお陰で命が助かりました」
   「うん、ええよ、困ったことが有ったらいつでもおいで」
 お絹が笑って言った。
   「まあ、偉そうに、一端(いっぱし)の大人になったつもりや」
   「三太さんは、他の大人より頼りになります」
 お定は言って、はっと気づいた。善右衛門をみて軽く頭を下げた。

   「お礼の気持ちに添えて、これは些少ですが縁日に飴でも買ってください」
 善右衛門から三太へ紙に包んだ小判らしきものが渡された。
   「だれが縁日で飴買うのや、わいはそんなガキやあらへんで」
 お絹が「ぷっ」と、噴出し笑いをした。
   「こんな子供にお駄賃をやって頂けるのなら、五文か十文で宜しおます」
   「まあまあ、そう仰らずに受け取らせてやってください」
   「そうだすか、それでは無理にお断りするのも失礼だす、三太、頂いときなはれ」
   「へえ、旦那さん有難う御座います」
 善右衛門は笑っていたが、ふと真顔になった。
   「ところで、亥之吉の帰りが遅いようですが、どこまで送って行ったのでしょうね」
   「それが、友達の実家までらしいのだす」
   「お近くですか?」
   「美濃の国は鵜沼だす」
   「・・・」


 亥之吉と卯之吉は、東海道宮宿から脇街道である美濃路に進路をとり、木曽街道の垂井の宿を経て鵜沼宿に着いた。
   「ここから山に向けて一里程歩いたところの集落に、あっしのおふくろと妹が住んでおりやす」
   「ふーん、えらい山の中だすなァ」
   「そうです、親父が亡くなった後、無事に居てくれるといいのですが…」
   「誰が知らせてくれたのだす?」
   「集落の若い衆が百姓を嫌い、あっしを頼って大江戸一家に草鞋を脱ぎやした」
   「その人が出てくるときには、母子は達者やったのだすな?」
   「それが、業突く張りな集落の村役人に、あっしの親父が借金をしていたとかで、酷い取立てに遭っていたそうです」
   「それは心配だす、早く行ってやりましょう」

 卯之吉の実家に戻ってみると、母親が独りで煎餅布団に包まって寝ていた。食べるものは食べているらしく痩せ衰えてはいたが、卯之吉に気付いたようであった。
   「お宇佐はどうした? 妹のお宇佐は…」
 話す前に、おふくろの目からぽろりと涙が零れた。亥之吉には、悲しくも悔しい涙のように思えた。
   「食べる物は、誰かが持ってきてくれるのか?」
 母親は黙って頷いた。近くに住んでいる者が、毎日持ってきてくれるようであったが、それを最近村役人に知られ、咎めをうけたそうである。村役人は、この母親の死を待っているように思える。

 家中を探してみたが、食べ物はなにも無く、近くの人が食べ物を運んでくれなくなると、母親は餓死せざるを得ない状況で、ここ二・三日は何も食べていない様子であった。
   「事情を訊くのは後回しや、とにかく暖かい粥でも作って食べさせよう、卯之吉、この近くに食べ物を売る店はあるのか?」
   「一里戻って、鵜沼の宿場町に出れば何かあります」
   「一里か、時間がかかるなァ、近くの民家を回って何か分けてもらおう」
   「あっしが行って来やす」
   「いや、やくざ姿で行ったら警戒しよる、わいが行って来る、卯之吉は火を焚いて支度をしていてくれ」
 亥之吉は傍らにあった竹の背篭を背負って駆け出して行った。

 しばらくしてお湯が沸いた頃、亥之吉は戻って来た。
   「わいらの食べるものも、分けて貰ってきたで、早う粥を炊いて食べさせよう」
 亥之吉も甲斐甲斐しく働いて、卵粥を卯之吉の母親に食べさせてやった。
  
 翌朝になって、母親は病の所為で起き上がれないまでも、ようやく元気を取り戻し、事情を話してくれた。
   「お父うはんなァ、何も借金など残して死んでおらん」
   「そうだろうなァ、親父は借金をすることは大嫌いで、真面目に黙々と働いていた」
 亥之吉が、卯之吉の背中を指で突いた。
   「妹のことを訊かんかいな」
 母親のことが心配で、お宇佐のことを忘れていた卯之吉が気付いた。
   「お宇佐はどうした?」
   「借金の形に、村役人に連れて行かれた、女中として扱き使われて、役人の慰み者にもされていることじゃろう、可哀想に…」

   「卯之さんや、ちと懲らしめてやりましょう」
   「へい、真相を確かめて、指の一本も圧し折ってやります」
   「あまり手荒なことはしないで、腕の一本にしておきまひょ」
   「余計手荒じゃないですか」

 村役人の屋敷を訪ねると、用心棒かと思われる腰に長ドスを差した屈強な男が立ちはだかった。
   「誰だ、何の用だ」
   「へえ、江戸の商人(あきんど)でおます」
   「嘘をつけ、言葉は上方訛りじゃないか」
   「生まれも育ちも上方で、いまは江戸へ出て商いをやっております」
   「その商人が、何の用だ」
   「お宇佐さんに会いに来ましたんや」
 男は両手を真横に広げた。
   「会わせる分けにはいかん、帰れ!」
   「こちらに控えるのはお宇佐さんの実の兄貴だす、どうか会わせてやってください」
   「兄だろうが弟だろうが、会わせる分けにはいかん」
   「それは、何でだす?」
   「何でもよい、帰れ、帰れ」
   「ははあん、何かあくどいことをして無理矢理手に入れましたのやな」
 屋敷の内から主とみられる村役人が出てきた。
   「どうした、何を騒いでおる」
   「はい、お宇佐に会わせろと言っております」
   「お前たちは何者だ」
 卯之吉は憮然として言った。
   「お宇佐の兄だ」
   「お宇佐は、貸した金の形にわしが貰ったものだ、わしが断わる、兄とて会わせる訳にはいかん」
   「何でだす? 遠い江戸から会いに来たものを追い返すとは」
   「煩い! 足腰が立てる間に、温和しく帰った方が身の為だぞ」
   「それは脅しだすか? 脅しを恐れるようなわいらと違いまっせ」
 村役人は、屋敷の奥に向かって大声で使用人たちを呼び寄せると、三人の男が飛び出して来た。
   「こいつらを痛い目に遭わせて、外へ放り出せ」
 都合四人の男たちが亥之吉と卯之吉を取り囲んだ。亥之吉は天秤棒を両手に持ち直し、中段で真横に構えた。卯之吉は、落し差しの長ドスの柄に手にかけて亥之吉の後ろで構えた。
   「遠慮いらん、こいつが長ドスを抜いたら、殺してもよいぞ!」
 村役人の命令に、男たちは奮い立った。だが、直ちに一人の男が悲鳴を上げた。その間に、亥之吉と卯之吉がくるりと入れ替わった。
 その瞬間、またしても一人の男が、空に呻き声を残してストンと崩れ落ちた。
   「おのれ!」
 後から出てきた三人の内の最後の男が、短ドスを振り回して亥之吉に突進してきた。亥之吉は天秤棒の先でドスを掃い、天秤棒をくるりと回して反対側の先で男の横っ腹を打った。
 残ったのは、一番強そうな用心棒風の男である。この男には卯之吉が長ドスを抜いて男の攻撃に備えた。男も長ドスを抜いて卯之吉の胸を突き立てようとしたが、男の右横から亥之吉が天秤棒で長ドスを持つ両手をしこたま打ち据えた。
   「わいが相手や、かかってきやがれ」
 一旦、怯みはしたものの長ドスを持ち直すと、上段から亥之吉の肩先を向けて斬り込んできた。
 亥之吉は横にすっ飛んでドスを交わすと、天秤棒の角が男の脳天を打ちつけた。男は真後ろに倒れて頭を土に打ち付け気絶した。
   「わっ、堪忍や、つい本気になってしもうた」
 一方、卯之吉は村役人に長ドスを向けて声を荒げた。
   「お宇佐はどこに居る、隠すとこのドスがお前の腕に食い込むぜ」
   「わかった、今案内する」
 案内されたところは、座敷牢であった。どうしても言うことを聞かないために、お宇佐は牢に入れられていた。
   「お宇佐か? そこに居るのはお宇佐なのか?」
 牢の中の女が振り向いた。
   「あっ、兄ちゃん、卯之吉兄ちゃんが来てくれたのか? これは夢に違いない」
 意識が朦朧としていたのか、お宇佐はうわ言のように呟いた。
   「夢と違う、兄の卯之吉が助けにきたのだ」
 食べる物は与えられていたようで、やせ衰えてはいないが、もういく晩も寝ていないらしくて、頭がふらつき、視線が定まらないお宇佐であった。
   「兄ちゃんが来たからには、安心しろ、もう大丈夫だ」

 まだ使用人が居たらしく、亥之吉は三人の男と闘っていた。やがて静かになり、村役人が亥之吉を諭す声に変わった。
   「まっ、待ってくれ、お宇佐は返すから殺さないでくれ」
   「金は、わいが返してやる、お宇佐の父親が借りた金は幾らだ、証文をこれに出せ!」
   「済まん、あれは嘘だ」
   「嘘をついてお宇佐さんを手に入れたのか」
   「お宇佐に惚れたもので、どうしても手に入れたかった」
   「お宇佐さんを手に入れて、残された母親のことは考えてやれなかったのか?」
   「母親は、どうせ病気で直ぐに死ぬのだから…」
   「それで放ってお置いたのか」
 卯之吉は、村役人のその言葉を聞いて逆上した。
   「殺してやる」
 卯之吉は村役人の左胸に長ドスを向けた。
   「卯之吉、やめろ!」
 亥之吉は止めたが、卯之吉のドスが村役人の左胸を貫く方が早かった。村役人の「うっ」と呻く声を聞いて卯之吉はドスを引き抜くと、血飛沫をあげて村役人は仰向けにどっと倒れた。
   
 卯之吉は呆然と、亥之吉は唖然として佇んでいたが、亥之吉が先に口を開いた。
   「卯之吉、とうとう殺ってしもうたなァ」
   「これが最初で、最後です」
   「卯之吉、最後てどうする気や?」
   「こんなやつに生きていられては、この集落はこやつに何もかも吸い尽くされてしまいます」
   「そやから、どうするねん?」
   「あっしはこの足で自訴します」
   「おっ母さんとお宇佐さんの面倒は誰が見る?」
   「兄ぃ、後生です、どうかお願いします」
   「こら、勝手なことをぬかすな、せっかく息子に会えたのに、それでおふくろさんの気が休まると思うのか」
   「済まんことしました」
   「お宇佐さんも、兄貴に助けてもらったのに、もう今生の別れなんて悲し過ぎるやろ」
   「あっしは、どうすればいいのでしょう」

  第十八回 卯之吉今生の別れ?(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)
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