雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第八回 棒術の受け達人

2014-10-28 | 長編小説
 開店までには少し刻がある。雑貨店福島屋の主(あるじ)亥之吉は前栽(せんざい)を眺めながら手水(ちょうず)を使っている。三太が前栽の掃除をしながら何かを拾い首を傾げていた。
   「旦那さん、これ何だすやろ」
 亥之吉に差し出した。
   「それは、足袋の鞐(こはぜ)や」
   「昨日来た植木屋さんが落としたのやろか?」
 
 そんな話をしていると、女中がとんできた。
   「旦那様、昨夜雨戸を抉じ開けようとした跡があります」
   「どこだす?」」
   「こちらです」
 女中が指したところを見ると成る程、戸に傷が付いている。だが開いた様子はない。
   「何か盗られてないか、番頭さんに言って調べて貰いなはれ」

 三太が前栽を見回したところ、亥之吉が大切にしていた盆栽が無くなっているのに気付いた。
   「旦那さん、備前屋の旦那さんに貰った盆栽が消えています」
   「あ、ほんまや、どないしょう」
   「旦那さん、まだ盆栽なんか育てる歳やおまへんのやろ」
   「そやかて、備前屋さんに顔向けでけへんやないか」
   「正直に、盗られたといえばよろしいがな」
   「そんなこと言えば、枯らしたんやと思われるやないか」

 その盆栽は五葉の松で、値段を付ければ五両は下回らないものである。盆栽を育てるのが趣味の備前屋の旦那さんに勧められて「柄やない」と断ったところ、試しに一鉢あげるから、育ててみなさいと頂いたものである。
   「盆栽も育ててみると可愛いものや、どこぞの憎たらしい丁稚(小僧)より、よっぽど可愛いいで」
   「それ、誰のことです?」
   「いや、余所(よそ)の丁稚やけどな」
   「嘘言いなはれ、わいのことやろ」
   「そうかも知れんなぁ」
   「そんなこと言うてええのんですか?」
   「なんや?」
   「この前、得意さん周りや言うて、新橋へ行きましたなぁ」
   「ああ、わしがお伴なんか要らんと言うたのに、お絹が三太連れていきなはれと押し付けられた」
   「あの時、紅白粉(べにおしろい)をつけた綺麗なお姉さんの家に行きましたやろ」
   「はぁ、店の上得意さんや」
   「あのお姉さん、旦那さまに、お帰りなさいと言いましたな」   
   「あぁ、あれか、あれはあの人の口癖だす、誰にでもお帰りなさいと言いよるのや」
   「その後、蕎麦でも食べて来なはれと二十文くれましたわな」
   「そうやったか?」
   「半刻(一時間)程たったら戻っておいでと言わはったが、半刻の間、二人で何していはったのですか?」
   「そら、ご挨拶やないかい」
   「嘘つきなはれ、半刻経って行ったら、旦那さん褌を付けている最中やったやないですか」
   「あれはわしがお茶を零して、かわりの褌をお客様に頂いて履き替えとったのや」
   「独り暮らしの若い女が、何で褌なんか用意していますのや」
   「そんなこと知らんがな、あの人の趣味ですやろ」
   「へー、けったいな趣味だすなぁ」
   「三太、お前わしとあの女の仲を疑っとりますが、わしとあの人は、深い仲やおまへん」
   「浅いのだすか?」
   「うん、浅い、浅い、ほんの五寸(15センチ)くらいの付き合いや」
   「旦那様の持ち物、大きくなったら五寸だすか?」
   「たかだかそんなものやろ」
   「そうか、ほんなら奥様に尋ねてみる」
   「これ、待ちなはれ、それでのうてもお絹は恐いのに、誤解して暴れますやないか」
   「なにが誤解やねん」
   「わかった、わかった、三太は盆栽より可愛いがな」
   「やけくそで盆栽と比べられるのも、けったいな気分や」
   「えらいことした、白い方を引き受けとけばよかった」
   「白い方て、新平のことか?」
   「いや、何でもあらへん」

 一応、盗人に盆栽を盗られたと番所に届けておくことにした。
 
 盗人は次の日にお縄になった。ドジなことに盗んだ盆栽を福島屋の前栽を見てもらっている植木屋へ持ち込んだらしい。盆栽を見た嘉蔵が、福島屋の前栽にあったものだと気付き、その場で嘉蔵に取り押さえられたのだそうである。

   「まさか」

 亥之吉は、コソ泥が箱根の宿で会った三州無宿の勝五郎ではないかと訝(いぶか)った。自分を尋ねてきたものの、盗人から足が洗えず、ついつい盆栽を盗んでしまったのではないか。そう思えてならなかった。

   「今月は北の月番やから、北町奉行所へ行ってくるわ」
 
 北町奉行所で、盆栽を盗んだ男は、もしかしたら知り合いかも知れないと申し出たら、難なく牢内の盗人に会わせて貰えた。
   「何や、まだ子供やないかいな」
 見れば、まだ十五・六の少年であった。
   「盆栽を盗んだぐらいなら、身元引受人が申し出たらお解き放ちになりますやろに」
   「俺の身元引受人になってくれる人なんか居ない」
   「親はどうした」
   「居ない、俺は孤児だ」
 亥之吉は、信州上田藩の三太、今の緒方三太郎を思い浮かべた。
   「そうか、よっしゃ、わいが身元引受人になってやろうやないか」
   「俺が押し込んだお店の旦那さまが身元引受人に?」
   「そうや」
   「嫌だ、俺はお牢の中がいい」
   「何でや?」
   「飯を食わして貰えるからだ」
   「盗人の足を洗ったら、飯ぐらいうんと食べさせてやる」
   「本当か?」
   「ほんまや、知っとるやろが、わいは福島屋の主や、真当に働く気があるのなら、わいの店で働いてもええ」
   「俺、なにも好きで盗みに入ったのやない、腹が空いて堪らなかったからだ」
   「そうか、よし信じよう」
 これが三州無宿の勝五郎であっても、亥之吉は同じことをいっただろう。早速役人に申し出て、少年を預かることになった。
   「ところで、あんさん名前は何だす、まさか三太ではおまへんのやろな」
   「三太違います、斗真(とうま)と言います」
   「とうま? その名は誰が付けたのです」
   「捨てられた時に身につけていたお守りの中に、紙切れに書かれて入っていました」
   「そうか、もしかしたら、お前さんは武士の子かもしれへんで」
   「武士でも百姓でも、捨てられたら同じことです」

 亥之吉は、斗真は武士の子で、双子の兄弟が居るに違いないと思った。武家や商家では、双子は跡目相続でモメることから忌み嫌われていた。産んだ母親は「畜生腹」と蔑まれるので、双子の片方をこっそり捨てるのだ。
 捨てられた片方は、斗真のように不幸な目に遭い、武家に残された片方は大切に育てられて、恵まれた生涯を送ることになる。
 従って、この不公平が妬み、恨みを引き起こさないように、捨て子に決して姓名は伝えることはなかったのだ。

   「ウチには、三太と言う小僧が一人おりますのや、斗真は小僧という歳ではおまへんが、一年間は小僧で居ておくれ」
   「はい」
   「一年たったら手代になります、よろしいな」
   「はい、小僧さんに見習います」
   「そうや、その謙虚さを失わず、立派な商人になっておくれ」

 
 斗真は、真吉と名を改め、福島屋のお店にやって来た。
   「お店の衆、ちょっと集まっとくなはれ、今日から小僧として働いてもらう真吉だす」
   「わっ、大きな小僧やなぁ」
 三太は驚いた。
   「本当の名は、斗真と言うのやけど、商家の小僧さんらしく無ないので、真吉と呼んでやっておくれ」
 三太が勘を働かせた。
   「真吉さん、旦那さんの盆栽を盗んだ兄ちゃんやろ?」
   「すみませんでした、その通りです」   
   「わい、三太だす、仲良くしてください」
   「こちらこそ」
 真吉は、お店の衆一人一人に挨拶をした。
   「三太、小僧さんが二人になったさかい、暇が出来るので、棒術の修練に励みましょな」
 亥之吉が三太に告げた。
   「場所は、やっぱり新橋の道場だすか?」三太は皮肉のつもり。
 亥之吉の女房お絹が聞きつけた。
   「なんで棒術の修練を新橋の道場でしますのや、今まで通り家の前栽か、裏の空き地でやりなはれ」
   「それが、棒術の受け達人が新橋に居ますのや」
 亥之吉しどろもどろ。
   「へー、その受け達人、紅白粉(べにおしろい)付けていますのやろ」と、お絹がずばり。
   「ん?」

 「第八回 棒術の受け達人(終)-次回に続く- (原稿用紙12枚)

「シリーズ三太と亥之吉」リンク
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「第三回 弁天小僧松太郎」へ
「第四回 与力殺人事件」へ
「第五回 奉行の秘密」へ
「第六回 政吉、義父の死」へ
「第七回 植木屋嘉蔵」へ
「第八回 棒術の受け達人」へ
「第九回 卯之吉の災難」へ
「第十回 兄、定吉の仇討ち」へ
「第十一回 山村堅太郎と再会」へ
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