雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第三十二回 佐貫三太郎

2014-08-24 | 長編小説
 時は飛んで、信州(信濃の国)は、早くも秋の風情に染まり初めていた。佐貫三太郎は、義父慶次郎存命の折には上田藩候の父である隠居の主治医を兼ねた町医者をしていたが、義父亡きあと、上田藩士となり、士席藩医として、一般武士や、町人である使用人の病を担当する一方、義父の役職であった与力も兼ねていた。

 三太郎が馬に乗って、弟子の佐助に手綱を取らせて帰宅した。
   「母上、三太郎ただ今戻りした」
 佐貫家の役宅である。
   「先生、お帰りなさいまし」
 弟子の三四郎が飛び出してきた。続いて妻の佳代が赤子を抱いて迎えにでた。
   「旦那様、お帰りなさいませ、今日、慶介が伝い歩きをしましたのよ、褒めてやってくださいな」
   「おお、そうか、慶介でかしたぞ」

 奥から義母の小夜が出てきた。
   「三太郎お帰り、江戸の福島屋亥之吉という方からお手紙がきていますよ」
   「何だろう? 何かあったのかな?」
 手紙は、元小諸藩士の件であった。十四年前、上司の不正を被り、詰め腹を切らされた藩士の子息が藩を追放されて浪々の身にある。なんとか救ってやることが出来ないかとの相談である。
   「亥之吉め、わしの性格を見抜いたうえの相談だな」
 弟子が、厩(うまや)に馬を繋ぎに行くのを「ちょっと待て」と、止めて三太郎は再び馬に跨った。
   「ちょっと小諸藩まで行ってくる、後を頼むぞ」
 三太郎が駆け出そうとしたところを、妻の佳代が引き止めた。
   「旦那様、小諸へお出かけでしたら、私の実家に寄って、弟たちの古着を沢山戴いたお礼を言ってきてくださいな」
   「何だ、使い走りか」

 佳代の実家は、小諸藩士で、佳代が長女で下に十歳を頭に三人の弟がいる。彼等が小さい頃の着物を母が丁寧に保存をしていたのを、佳代がお願いして頂いたものだ。佳代の母は、先様に失礼になりませんかと心配していたが、三太郎が行ったときに「喜んで頂戴します」と言ったので、後日、届けてくれたものである。

 小諸城に着くと、丁度義父田崎策衛門が下城するところであった。三太郎は義父を馬に乗せ、自分は手綱をとって歩いた。
   「父上、小諸藩士で、十四年前に切腹なされた山村堅左衛門という勘定方のお侍をご存知ですか?」
   「存ずるも何も、拙者の無二の親友で御座った」
   「それでしたら、話が早う御座います、そのご子息の堅太郎殿が江戸の友人宅にご滞在中です」
   「そうか、堅太郎が無事であったか」
   「はい、お元気の模様です」
   「妻は夫を恥じて、拙者が訪ねる前に早まって自害しおったが、八歳の堅太郎は屋敷を追われて行き方知れずになっておったのだ」
 義父策衛門が当時の勘定奉行の目を盗んで堅太郎を探させたが、行方は知れなかった。
   「婿殿、堅太郎に拙者の屋敷に来るように言ってくださらんか」
   「はい、承知しました」
   「堅太郎が仇と狙うべき当時の勘定奉行は、出世して幕閣に納まり手が届かないが、もし罪でも犯して小諸藩に戻されることでもあれば、拙者は藩侯に申し出て、堅太郎に仇を討たせようと思う」
   「では、山村堅太郎殿を呼び寄せますので、父上、宜しくお願い申し上げます」
 話しながら妻の実家義父田崎策衛門の屋敷に着いた。
   「婿殿、ちょっと寄って行かぬか?」
   「慶介を連れずに私だけ寄ったのでは、田崎の母上に叱られてしまいますよ」
   「ははは、さもあらん、またこの次に致すか」
   「はい、父上」
 三太郎は義父田崎策衛門を門前まで送り届けると、馬に跨って帰っていった。
  
   「母上、佳代、ただいま戻りました」
 佳代が出てきた。
   「旦那様、実家の母上にお礼を言ってくださいましたか?」
   「いえ、父上に申しておきました」
   「あら嫌だ、お父様にそんなことを話したのですか?」
   「わしだけが逢いに行ったら、田崎の母上に叱られてしまいますよ、なぜ慶介を連れて来なかったと」
 小夜が笑いながら顔を出した。
   「先様も、初孫ですものね、その点、私は一日中慶介と遊んだり、お風呂に入ったり、おむつを替えたり、有り難いことです」
   「あら、何だか慶介をお母様に押し付けているようじゃありませんか」
   「いいえ、押し付けて貰って、感謝しているのですよ」
   「やっぱり、押し付けられていると思っていらっしゃるのですね」

 三太郎は、弟子達と顔を見合わせた。
   「何処でも、嫁と姑というものは、諍うものなのだよ」
 小夜と佳代の耳に届いたらしい。
   「まあ、私を鬼嫁みたいに言わないで頂けます」
   「そうですよ、私は意地悪の姑ではありませんからね、ね、佳代さん」
   「はい、お母様」

 また三太郎が囁いた。
   「仲が良いのやら悪いのやら、正体が掴めない」
 また、聞こえてしまった。
   「正体だなんて、私はお化けではありません」佳代が言うと、
   「わたしも、首が伸びたりしませんからね」小夜も負けずに言う。
   「あら、そうだ、お母様の首が伸びるので思い出しましたが…」
   「伸びません!」
   「首を長くして待っているのですが、鷹之助さんはまだお帰りにはなれませんか?」
   「あと一年はダメでしょう」三太郎が答えた。
   「早くお逢いしたいわ、さぞかし初々しくて、お父様に似たいい男振りにおなりでしょうね」
   「いいえ、鷹之助は私に似ております」
   「あらま、そうですか?」
   「何です、そのがっかりしたような返事は…」
   「また、始まった」

 そこで奥から「大奥様、お食事のご用意ができました」と、女中の声。
   「あの大奥様っていうの、何とかしたいわね」
   「と、仰いますと」
   「例えば、私が奥様で、佳代さんのことは若奥様と呼ばせるとか…」
   「いいえ、慶介もそろそろ物心がつきます、ちゃんとお婆様と呼ばせるので、使用人にもそう呼ばせましょう」
   「もうお止しなさい、味噌汁が冷めてしまいます」
 三太郎はそう言って止めたが、本心は面白いので、もっとやらせたいのであるが…


 更に時は飛んで、ここは江戸京橋銀座の雑貨商福島屋亥之吉のお店(たな)である。亥之吉の女房お絹が、店で働いていた亥之吉に声をかけた。
   「あなた、信州の佐貫三太郎さんからお手紙がつきましたよ」
   「さよか、待ってましたんや」
 亥之吉は手紙を読んで、小躍りをして自分のことのように喜んだ。荷運びの手伝いをしていた山村堅太郎を呼び寄せ、手紙を見せた。堅太郎は、涙を流して手紙を読んでいたが、いきなり土下座をして亥之吉に礼を述べた。いや、チビ三太と亥之吉と見知らぬ佐貫三太郎に礼を言ったのだ。
   「堅太郎さん、お前さんは武士だす、無闇に町人に土下座などしてはいけまへん」
 父上の仇討ちこそ出来ないが、お家を再興して父を慰めることが出来る。読み書きは父に学び人並みにできるが、勘定方の仕事は何も出来ない。他人より二倍も三倍も努力して、早く父に追いつきたい。涙と土下座の意味は、その決意の表れであったのだ。
 翌日、支度をして信州の小諸を向けて旅たった。別れ際に、餞別と店を手伝って貰ったお給金と、五両の小判を懐紙に包んで亥之吉から貰った。明日は晴れて中山道追分宿を経て北国街道へ入り、懐かしい浅間山の麓、小諸へ直行である。

  -小諸馬子唄-

   ◎浅間根越しの 焼野の中で あやめ咲くとは しおらしや

   ◎小諸出てみろ 浅間の山に 今朝も煙が 三筋立つ

   ◎浅間山さん なぜ焼けしゃんす 裾に三宿(追分宿、沓掛宿、軽井沢宿) 持ちながら


 時はもどる。三太と新平は、まだ岡部宿あたりでうろちょろ。
   「ほれ、コン太、叢で遊んでこい」
 地面に下ろしてやったが、コソコソっと木影に入ってコテンと寝てしまった。
   「こらっ、寝たらあかん」
 コン太は三太を逃れて叢に飛び込むと、姿が見えなくなってしまった。
   「あいつ、やけくそになっとる、野犬に食べられても知らんぞ」
 コン太を放って行くふりをしても反応がない。「コン太出て来い」と三太が叫んでも知らぬふり。
   「コン太、そんなところで寝とったら、野犬に食われてしまうぞ」
 言葉の意味が解ったのか、コン太は叢から飛び出して来て、三太に追いつくと前に行儀よく座った。
   「コン太、山に帰っても、お前のおっ母ちゃんは、お前を自分の子供だと迎えてくれへんで」
 三太のお説教が続く。
   「コン太がもっと大きくなって、鼠くらい捕れるようになったら山へ放してやるから、今はまだわいの言うことをよく聞いて、わいから離れないようにしいや」
 コン太は大人しく聞いているようだ。
   「な、コン太わかったな」
 コン太は少し頷いたように見えた。
   「ほんまに分かったのか?」
 コン太は、反省しているように見えた。
   「わかったらそれでええ、ほな、行こうか」
 反応がない。
   「何や、座ったまま寝とる」

  第三十二回 佐貫三太郎(終)-次回に続く- (原稿用紙13枚)

「チビ三太、ふざけ旅」リンク
「第一回 縞の合羽に三度笠」へ
「第二回 夢の通い路」へ
「第三回 追い剥ぎオネエ」へ
「第四回 三太、母恋し」へ
「第五回 ピンカラ三太」へ
「第六回 人買い三太」へ
「第七回 髑髏占い」へ
「第八回 切腹」へ
「第九回 ろくろ首のお花」へ
「第十回 若様誘拐事件」へ
「第十一回 幽霊の名誉」へ
「第十二回 自害を決意した鳶」へ
「第十三回 強姦未遂」へ
「第十四回 舟の上の奇遇」へ
「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
「第四十二回 卯之吉、お出迎え」へ
「最終回 花のお江戸」へ

次シリーズ「第一回 小僧と太刀持ち」へ




最新の画像もっと見る