雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺のエッセイ「糞じじい」

2014-11-27 | エッセイ
 若い人は、年寄りを揶揄してそう呼ぶが、これは、自分も若いときには、年寄りにそんな憎まれ口を叩いていたのだから仕方のないことで、順に送りである。

 今、糞じじいだの、糞ハゲだのと言っている若者も、やがては言われる側にまわるのだ。「光陰矢の如し」と言うが、過ぎ去ってみると、なんと速いことか。「俺はまだまだ若い」と、うかうかしていたら、周りの連れが一人消え、一人旅立ちして、気がつけば自分の頭髪は真っ白になっていて、次は自分が去る番に来ている。

 年寄りは、若者を羨むことはない。若者は年寄りの経験はないが、年寄りは若い時代を通りすぎて来たのだから経験済である。


 とは言え、一つ「歳を取るんじゃなかった」と、後悔していることがある。もっとバイクを乗り回したいと思いながら歳を取ってしまったことだ。(群れて暴走はしなかった)

 開通したばかりの神戸(こうべ)の自動車道は周りに人家がなく、深夜、車も殆ど通らなかった。パトカーも白バイも、ましてや鼠捕りにもお目にかからず、走りは快適であった。そんな道路で、一体時速何キロで走っていたのやら、ここでは年の所為で忘れたことにしておこう。

 二輪の免許は、高校生のときに取った「軽自動車」と言うものだった。これが最終的には、免許制度の改訂により勝手に「大型自動二輪」になった。二輪なら容積に関わりなく全て乗れる免許証である。

 最初に乗ったのは、シルバービジョン(250cc)という三菱のスクーターで、明石の運転免許試験場での実地試験に使ったのがそれと同じであった。試験は一日で学科試験から実地試験、適正検査もして合否もその日の内に知らされた。免許証は、一週間ほど後に受取りに行かされたように記憶する。友達と二人で、明石駅から出ているバス代を倹約して、山陽電鉄の大蔵谷駅から、エッチラエッチラと坂道を歩いた記憶がある。

 今は、楽しそうなライダーブログの写真を見て、若き楽しかった古を偲ぶばかりである。

猫爺のエッセイ「臨死体験・体外離脱」

2014-11-26 | エッセイ
 臨死体験は、

  ◇気が付くと、雲の上に居た。または花畑に立っていた。(死の世界}

  ◇先に死んだ家族が迎えに来た。(お迎え現象)

  ◇全盲者が視力を取り戻し、自分が(手術台に)仰臥している姿が見えた。(体外離脱)
 
    …など。


 臨死とは、(この時点では、まだ死んでは居ない)

 辞書の説明  
  死の瀬戸際での体験のことである。

 脳内現象説   
  脳に生理学的・化学的な変化が起きて、これが誘発する幻覚である。

 エンドルフィン説 
  鎮痛作用と快感作用をもつ脳内麻薬物質であるエンドルフィンの分泌により起こる。

 酸素欠乏説   
  脳に供給される酸素の濃度が低下すると、低酸素に陥った脳の働きにより幻覚が生まれる。

 Gロック説  
  パイロットは、飛行中に大きな重力がかかる事により、脳への血流が低下して酸欠状態になり失神する事がある。この現象において、網膜が反応してパイロットの周辺の視野が徐々に失われ、視覚が狭まって闇に落ちるような「管状視野」と呼ばれる視覚障害。

 高炭酸症説 
  血流中の二酸化炭素の濃度が高まるのが原因で幻覚が起こる。

 薬物説・脳内幻覚物質説 
  使用した幻覚剤などの物質が脳に作用して幻覚を引き起こす。例えばケタミンを使用した際には体外離脱的な感覚が得られるとされる。

 宗教によるイメージ説 
  宗教による脳内イメージによるものとする解釈がある。

 レム睡眠侵入説 
  瀕死の脳が危機状態になった時に起こる「レム睡眠侵入」という睡眠障害が臨死体験の原因。

 心停止時の脳波活性化説 
  マウスを人工的に心停止させて観察した脳電図は、心臓が停止後30秒間、脳の活動が通常より急増し、精神状態が非常に高揚していることが判明。

 脳の再起動説 (虚偽記憶説) 
  意識不明により一時的に機能停止していた脳が、意識を回復する際に、古い記憶を放出する事がある。この記憶が臨死体験であり、意識が回復する際の記憶を、無意識中の記憶と取り違えたものとする一種の虚偽記憶説。

 出生時記憶説 
  臨死体験は体験者が赤ん坊であった時代に産道(トンネル)を通り、この世に生まれ出た時の記憶が原因ではないかとする。

 側頭葉てんかん説 
  死にゆく者の右側頭葉にてんかん性の異常な放電が生じ、これが神秘体験に似た幻覚を生み出すという説。

 霊魂・霊体説 
  人体から何らかの「実体」が離脱するという説。

 死後世界説 
  臨死体験者が体験したことは、死後の世界でのことである。

 何れも、「説」は「説」でしかなく、説にはそれぞれ批判もある。要するに、どれが原因だと分かっていないと言うことだ。

  以上、出典は (Wikipedia) 


 この中から、一点霊魂・霊体の体外離脱を考えてみた。猫爺がネットで得た情報を総合すると、体外離脱は訓練次第で誰にでもでき、体外離脱したそれは目が見えており、天使に逢ったり、全盲の人が、自分に手術を施してくれている医師の履物の特徴まで当てたそうである。
 
 これは、全盲者にとって大変な喜び(聖書的には福音)になるかも知れない。産まれついての全盲者であっても、訓練次第で体外離脱をして、物を見ることが出来るかも知れないのだ。

 国は、早急に研究と福祉予算を投じて、「体外離脱研究訓練所」を建るべきではないか。

 Wikipedia を引用して、猫爺が言いたかったのはこれだけ。

猫爺のエッセイ「爺の三つの失敗」

2014-11-24 | エッセイ
 S・JapanのCMが頭に残っていて、別社のセラミックたまご焼き用フライパンを買ってきた。

 自分のイメージは、焼けた卵は、フライパンを傾けると、スルリと滑り皿に落とせると思っていたが、みごとにしがみついて皿へ行きたがらなかった。
 テコで離してみると、見事にくっ付いていた。
   「なんや、くっつくやないか」
 S・Japan社の高級なものではないからだろうと諦めた。それでも、フッ素コートや、ダイヤモンドコートのものが三、四個買える値段だったのに。
 
 買う前に、ネット上の注意事項や評判を読んで勉強しておけばよかった。


 
 鮮魚が美味しい「神戸電鉄エンタープライズ社」の「食彩館」に寄って、みかけた「いかなご新子のくぎ煮」が美味そうに見えたので買って帰った。食べてみた感想は「不味い」「臭い」「パサパサ」。いかなご新子には間違いがないのだが、猫爺の推理では、これは乾燥した、あの黒っぽい「乾燥いかなご」を煮た物に違いない。鰯やサンマの食べ残しを冷蔵庫に入れて置き、後日、電子レンジで温めると、腐臭ではなくて酸化臭(ではないが…)のような臭いがする。あの臭いである。(どの?)

 もう、二度と買わないぞと心にきめたが、年寄りのことだ、忘れてまた買って来るかも


 ある神社の若い宮司さんのブログで、宮司さんがレストランで柿のサラダを召し上がっておられる写真を見た。何でも真似したがる猫爺のこと、さっそく真似てみた。以前に買っておいた柿だったので、甘くなりすぎていてドレッシングに合わなかった。

 サラダの皿からコソコソっと取り出して水で洗い、食後のデザートにした。

 

 



 
 

猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十四回 奉行の頼み

2014-11-23 | 長編小説
 暫くは雨の日が続いていたが、その日は朝からカラリと晴れ渡った。小僧の真吉が表を掃いていると、侍がやって来た。
   「亥之吉どのはご在宅かな?」
 すっかり顔見知りになった北の与力、長坂清三郎であった。
   「あ、長坂さま、主人は居ります、只今お呼びしてきます」
 真吉が店の奥に入ると、時を置かずに亥之吉が顔を出した。
   「これは、これは長坂さま、使いを寄越してくだされば、此方から参りましたものを…」
   「亥之吉どの、そなた程揉み手が似合わぬ商人(あきんど)は居ないのう」
   「なんと、これはご挨拶だすなァ」
   「いやあ、済まぬ、別に喧嘩を売りに来たのではない」
   「安ければ、お買い申します」
   「いやいや、喧嘩では、そちに敵わぬわ」
   「何を仰せられますやら」
 長坂は真顔になって、やや声を落として言った。
   「本音はその位にして…」
   「これからが冗談だすか?」
   「北のお奉行が、三太を連れて参れと申されておられる」
   「三太が、何か悪さをしたのだすか?」
   「そうではないと思うが、拙者にも分からぬ」
 亥之吉は、真吉に目で合図をして、三太を呼びに行かせた。

   「嫌だす、定吉兄ちゃんみたいに、罪を着せられて首を刎ねられるのは御免だす」
 三太は長坂の前に出てくると、長坂に付いて奉行所へ行くのを拒んだ。
   「三太、何か心当たりがあるのか?」
 あるとしたら、猟師が罠で捕まえた狐を逃したことか、ご領主が管理する里山に、狐の死骸を埋めたこと位だろう。
   「無いけど、お奉行やったら勝手に罪を作って着せるのにきまっている」
   「兄の定吉の恨みが三太から離れまへんのや、堪忍してやってください」
 亥之吉が弁解して謝った。
   「存じておる、無理からぬことじゃ、だがのう、拙者はお奉行から、三太を召し捕って来いとは言われていないぞ」
 三太は不服だったが、長坂に言い包(くる)められて仕方なく従った。

 
 三太は、お白州ではなく、控えの間に通された。どうせ意地の悪そうな奉行が出てくるのだろうと、ブツブツ文句を言いながら暫く待つと、襖が開いて若くて柔和そうな奉行が入ってきた。三太は長坂に無理やり頭を押さえつけられて、お辞儀をさせられた。
   「長坂、手を放して面(おもて)を上げさせなさい、お白州ではないのだぞ」
   「ははあ」
 長坂は畏まって、三太の頭から手を離した。 
   「そなたが三太か、年端もいかぬのに、中々の面構えじゃのう、なるほど強そうじゃ」
 三太は少し気を良くして、奉行の目を見た。
   「福島屋の丁稚(小僧)、三太でおます」
   「よく来てくれた、奉行の井川対馬守じゃ」
   「長坂さまに、無理矢理連れてこられました」
   「そうか、それは済まぬことをした、この奉行が是非にと言い付けた所為じゃ、許してくれ」
   「まあ、ええけど」
 長坂が、慌てて注意をした。
   「これ三太、口を慎みなされ」
 奉行は、二人をもっと近付かせ、急に声を潜めて言った。
   「まだ、長坂にも明かしていないのだが、末の六歳の倅(せがれ)が何者かに拐われて、儂の屋敷に矢文が射込まれた」
 三太は、冗談で自分を試しているのではないかと疑ったが、奉行の表情は真剣だった。
   「その矢文の内容は、最近捕えて殺しの罪で極刑を言い渡した男と、倅との交換なのだ」
 長坂は、驚いて奉行に詰め寄った。
   「何故それを、もっと早く言ってくださらなかった」
   「それをそなた達に言えば、倅の命が大事と、罪人を解き放そうと言うであろう」
   「当たり前です」
   「だがのう、奉行の倅を拐かして、殺さずに返すと思うか?」
   「それは…」
   「同じ殺されるのであれば、罪人を解き放すこともなかろう」
 長坂が、返事に窮していると、奉行は話を続けた。
   「そこで、はたと気付いたのじゃが、三太の不思議な力に頼ろうと思うてな」
 三太は、奉行の「頼ろう」と言う控えめな言葉に、すっかり感服していた。
   「わかりました、やりましょ、必ずお奉行の倅の命を助けてみせます」
 長坂が焦った。
   「これ三太、お奉行のご子息に、倅呼ばわりはご無礼でござろう」
   「そやかて、お奉行さんが倅と言うてたやないか」
   「それは、ご自分のお子様だからで、他の者が言ってはならぬ」
   「そうだすか、それは済まんことだした」
 長坂が、額の冷汗を手拭いで拭っていた。


 三太は、罪人の解き放ちを薦めた。その罪人に守護霊の新三郎に憑てい貰い、隠れ家を突き止めるのだ。罪人には、奉行のお子が解き放たれたら、奉行所へのお伴と称して、子供である三太を付けることを解き放ちの条件に付けた。
 罪人は、それが子供であることに警戒心を和らげた。
   「何のために天秤棒を持って歩く?」 
解き放された罪人が不審がった。
   「ああ、これだすか? わい、虐めっ子によく虐められますので、こんな物でも持っていたら、少しは恐がってくれるのやないかと持ち歩いています」
   「そんな物を持たぬと、喧嘩が出来ないのか?」
   「そやかて相手は大勢だすから、すぐに泣かされてしまう」   
   「何だ、この弱虫めが」

 男は、とあるお屋敷に着いた。付けて来た者はおらぬかと、いま来た道を振り返り、誰も居ないとわかると潜戸を開けさせて三太と共に中へ入った。門の内に立っていた仲間に三太を指差し、「始末しておけ」と命令すると、一人屋敷の中へ入っていった。
 仲間の男が右手にドスを持って、三太を殺そうと駆け寄ってくるのを、三太は天秤棒で足を払った。男がフラ付いて前のめりになったところを、思い切り天秤棒の横の鋭い方で背中を打った。
   「アホたれ、お前なんかに殺られてたまるか」
 男は「うーっ」と、背中に左手を回し、座り込んだ。

 罪人は、笑いながら集まってきた仲間に「ご苦労だった」と労い、縛られてぐったりしている奉行の子息を見て、一言「殺ってしまえ!」と命令した。仲間の一人がドスを出し、子供の首に押し当てようとしたとき、罪人は「待て!」と叫んだ。
   「屋敷内を血で汚してはならん、奉行への仕返しだ、俺が殺る」と仲間に命令して縄を解かせた。罪人は、子供を脇に抱えると庭に出た。そこには三太が待っていた。
   「三太、新三郎だ、この子を連れて外に隠れていてくれ」
   「ホイ来た」
 奉行の子供は、恐怖と一晩縛られて泣いていたのとで、すっかり力が抜けてフラフラである。三太が肩を貸し、なんとか表に出た。

 屋敷の中では、男たちが何やら喚いている。罪人である親分が、仲間の子分達を次々と剣の峰で打ち据えているのだ。
   「親分、わしらが何をしました?」
   「黙れ、儂を裏切って盗んだ金を山分けしようとしていただろう」
   「していません、千両箱は手付かずで秘密の場所に隠してあります」
   「では、儂が確かめる、案内せい」
   「へい、承知しました」
 
 またしても、男たちは喚き散らしている。
   「何やいな、煩いおっさん達やなァ、今度は裏の方で騒いどる」
 暫くすると、シーンとした。三太が「どうしたのかな?」と思っていると、罪人である親分が一人で戻ってきた。
   「三太、終わったぞ、坊っちゃんは無事か?」
   「へえ、少し元気を取り戻して、お腹が空いたと言っとります」
   「そうか、では早く戻ろう、坊っちゃんはあっしが背負って行きやしょう」

 罪人が奉行の子供を背負って帰ったのでは、役人達が狼狽えるだろう。そればかりではなく、罪人を捕らえようとして子供に怪我をさせてはいけない。子供は奉行所のすぐ近くで罪人の肩から下ろし、歩かせることにした。罪人はお縄で縛り、三太が率いている体にした。

 奉行所では、奉行が門の外まで出て三太を待っていた。
   「三太忝ない、よくやってくれた」
   「坊っちゃんはお腹が空いています、何か食べさせてあげてください」
   「わかった、罪人は牢へ、子供には菓子でも与えてやってくれ」
 父親の前に来ると、子供は大泣きをするだろうと思っていた三太であったが、菓子に気を取られて喜んで大騒ぎをしていた。
   「流石、奉行の子や」

 三太は、罪人の仲間達の隠れ家を役人に教え、全部縛って転がしてあると伝えると、驚くと言うよりも三太のことを気味悪がっているようであった。千両箱の在処も、忘れずに伝えておいた。
 
   第十四回 奉行の頼み(終) -次回に続く- (原稿用紙1)

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猫爺のエッセイ「死んだら我が身はどうなる?」

2014-11-22 | エッセイ
 何も身体を動かしたくない時に、録り溜めた医療サスペンス・ドラマ「チーム・バチスタ4、螺鈿迷宮」を全話見た。看取りの病院で、寺院、火葬場まで敷地内にあり、院長が内科医、監察医、僧侶、葬祭ディレクター、火葬技術管理者まで兼ねているとは、「また何と合理的な!」と、感心させられた。(猫爺の推測を含む)

 死を「暗闇」と捉まえて、五感からの情報の無い意識が、暗闇のなかで彷徨っているようなイメージ持ち、恐怖に慄いている老人を描いていた。

 死を完全な閉じ込め症候群のように考えると、恐怖には違いない。しかもそれが永遠に続くとは、なんとか地獄で責められるよりも恐ろしいことだ。

 猫爺は、特に楽天家でもないと思うが、死を恐れる気持ちは六十代になったとともに薄らいでしまった。天国だ、極楽だ、神だ、仏だのを信じれる人は、それはそれで良いじゃないかと思うが、死は暗闇などではなく、無だと考えた方が余程恐くない。

 生き物は、「無」から生じて「無」へ戻るものだ。生じるとは、受精の瞬間である。生じたものは、成長して老化し、再び「無」へ帰って行く。愛しき自然のなりわいではないか。

 猫爺が死を語るとき、よく引き合いに出すのは「生前」である。「死んだことが無いので、死んだらどうなるのか解らない」と言う人に、「それは生前と同じだ」と、話す。過去に向かって永遠だろうが、未来に向かって永遠だろうが、「永遠の無」は「永遠の無」なのだと。

 「無」は「安らか」でも無ければ「楽」でもない、「苦」でも無いし「痛く」も「退屈」でも無い。「苦しいから」または「辛いから早く楽にさせてくれ」なんて言うドラマのセリフがあるが、死ねば苦しみはなくなる代わりに、楽にもならない。

 それで十分ではないか。焼かれようが、灰を砕かれようが、海に撒かれようが、死んだ本人には無関係である。全ては残された者の心の持ちようだ。

猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十三回 さよなら友達よ

2014-11-20 | 長編小説
 三太が奉公する京橋銀座の福島屋からさして遠くない場所で、早朝、番所に「小僧が辻斬りに斬られた」との訴えがあった。目明しの仙一が見に行くと、その場所に血痕はあったが斬られた小僧の姿も死体もなかった。仙一は、もしや見知りの三太ではないかと福島屋を訪ねたが、三太は元気に朝食の最中であった。
 三太は仙一に同行し、顔見知りの小僧が居るお店を尋ね歩いたが、該当する小僧は見つからなかった。諦めて斬られた現場に戻ってみると、訴え出た男が独り佇んで、三太を見て首を傾げていた。
 男は、思い出したように大声で目明しの仙一に言った。
   「親分、斬られたのはこの小僧さんです」
 目明しは、男の顔をまじまじと見つめた。
   「お前さん、自分の言っていることが分かっているのか?」
   「はぁ?」
   「この子は、どこも斬られていないじゃないか」
   「でも、確かにこの小僧さんでした、ほら、手に持っているこの棒が何よりの証拠です」
 そう言って、男は「はっ」と気付いたようだ。
   「そうだ、福島屋の文字が入った提灯を持っていました」
 仙一は、三太に聞き質した。
   「三太、早朝に福島屋の提灯を持ってここを通ったのか?」
   「へえ、確かに通りました」
   「では聞くが、斬られたか?」
 三太は自分の身体を方々叩いてみせた。
   「どうにも憶えがおまへん」
 男が、ようやく気付いたように、目を擦りながら言った。
   「わし、寝ぼけていたのでしょうか?」
   「そんなことはないだろう、血が落ちていることだ」
 
 三太は考えてみた。斬られたのは、もしかしたらコン太ではなかったのだろうか。コン太が人間に化けることはない。だが、新三郎のように人の心に幻覚として伝えることは出来るのかも知れない。コン太が罠にかかって三太を呼び寄せたように。

 目撃した男には、コン太が三太に見えるよう伝達したように思える。コン太は、三太に会って、また一緒に居たいと三太を追いかけてきたのではないだろうか。さすればコン太の死骸を持ち去ったのは一体誰だろうか。
   『三太、この男が見たのはやはり狐ですぜ』
 新三郎が探ってきたようだ。
   『コン太かも知れない』
 三太は、このことを仙一親分に話した。
   「なんだ、狐だったのか、よかった、よかった」
 仙一は事件にならなかったことで胸を撫で下ろした。三太はそれが気にいらなかった。
   「なんだ、狐たったのかはおまへんやろ、コン太は、わいの弟みたいなものやったのに」
   「そうか、済まん、済まん」
 仙一は謝っているわりには笑っていた。その笑い声を聞いていると、三太は涙が溢れてきた。

   「新さん、コン太は何処へ連れて行かれたのやろか」
 探して、葬ってやりたいのだ。
   『三太、良く見て見なさい、小さな血の雫が落ちていますぜ』
 よく気を付けて見なければ見過ごすほどの血痕が点々と続いている。三太はこの血痕を追って行くことにした。一刻(2時間)ほど追い続けて町外れまできた。血痕はとある農家の前まで続いていた。
   「ここの人がコン太を連れて来たらしい」
   『そのようですね』
 農家に近付いてみると、筵に挟んだ狐の死骸が置かれていた。
   「コン太や」
 三太が駆け寄ってみると、罠にかかった時に手当をしてやったあの傷跡も膏薬も無い。どうやらコン太では無いらしい。三太は「はっ」と、気が付いた。コン太がヨチヨチ歩きの頃に穴に落ちたとき、通りかかった三太に助けを求めてきたのはコン吉だった。コン吉は特別な能力を持ち、三太に話しかけることが出来た。
   「そうだったのか」 
 この度、コン太が罠にかかったのを、三太の心に伝達してきたのもコン吉だったのだ。コン太を助けて貰ったことで、お礼のために三太を追って来たのであろう。三太はコン吉を連れて来た農家の住人に会うことにした。
   「ごめんやす、誰かいますか?」
 暫くして男が出てきた。
   「はいはい、何方じゃな?」
   「表の狐の知り合いのものだす」
   「ほお、あんたも狐かね」
   「違いますけど」
   「そうだろうねぇ、狐には見えねえ」
   「あの狐の友達なんだす」
   「それで、要件は?」
   「あの狐を、山に葬りたいのだす」
   「おお、そうかそうか、ではそうしてやりなさい、わしも川原へでも埋けてやろうと思っていたところじゃ」
   「おじさん、ありがとうございます」
   「今、筵で包んでやるから、担いで行きなさい、ちょっと重いぞ」
   「頑張って担いで行きます」
   「気を付けて行きなされ」
   「わい、京橋銀座の福島屋というお店(たな)の小僧で三太と言います、また日を改めてお礼に来ます」
   「おや、あの亥之吉さんのところの小僧さんか」
   「亥之吉をご存知だしたか」
   「知っていますぜ、何時ぞや肥桶を担ぐ天秤棒の古いのをわけてくれと言って来ましたよ」
   「ははは、間違いなくうちの旦那だす」
   「何も古いのでなくて、新品を誂えてはどうですかと言ったところ、汗と肥やしが染み付いたのやないとあかんと仰いました」
 話していて、男は気が付いた。
   「おや、小僧さんも小さい天秤棒を持って居なさるな」
   「これ、自分の身を護るための武具だす」
   「ああ、そうですか、それで手に馴染むのが良かった訳ですね」
   「そうらしいだす、わいのは、新品で誂えたものだすけど」
   「亥之吉旦那さんに、農家の久作がその節は高い値段で古い天秤棒を買っていただき、お礼を言っていたと宜しく伝えてください」
   「へえ、わかりました」

 三太は店には帰らず、そのまま山へ向かった。コン吉の死骸を山に葬り、店に戻って来たのは暮れ六つ刻(午後五時過ぎ)であった。
   「旦那様、三太ただ今戻りました」
   「ただ今戻りましたやないで、お前なァ、今、何刻(どき)やと思うているのや」
   「多分、六つだす」
   「朝の御膳が済んだとたんに出て行ったかと思うたら、昼刻にも帰らず、一日中どこをほっつき歩いとったのや」
   「えらいすんまへん、友達が殺されたので、山へ葬りに行っていました」
   「友達って誰や?」
   「へえ、コン吉だす」
   「それ何処かの小僧さんか? それとも山に放したコン太のことか?」
   「いいえ、別の狐だす」
   「アホ、この忙しい時に、別の狐の為に一日も費やしていたのか」
   「えらいすんまへん、そやかて命がけで、わいに会いに来てくれた友達だす」
 言い訳をしていて、次第に悲しくなって来た。江戸へ出てくるとき、兄の定吉が命を絶たれた大坂千日の刑場で三太は長い時間大泣きをして、もう泣かないと兄の霊に誓ったのに、今日はコン太とコン吉のために二度も泣いてしまった。旦那様に叱られたことより、泣いた自分が情けなくて悔しかった。
 
 店の奥から、亥之吉の女房お絹が出てきた。
   「三太、何をそんなに叱られていますのや、お前が泣いているなんて、わては初めて見ましたえ」
   「ほんまや、三太も泣くことがあるのかいな」
 自分がきつく叱っておいて、他人ごとのように言っていると、お絹は呆れている。
   「あんさんは何をそんなに怒っていますのや」
   「お前、気が付かなかったのか? 三太は今日一日中、店の仕事を怠けておりましたのや」
   「三太は怠けたりする子やあらしまへん、あんさんが一番よく知っていなさるやろ」
   「それが、狐が殺された言うて、遠い山まで埋めに行っていたそうや」
   「あのコン太が死んだのか?」
   「別の狐やそうな」
   「アホ、三太お前は狐か、コン太ならまだしも、別の狐のために山へ行っていたのか?」
   「二年前に友達になった、コン吉という狐だす」
   「ほんなら、今朝目明しの親分さんが、斬られたと言うてたのは狐のことか?」
   「そうだす」
   「けったいな親分さんやなぁ」

 三太は、急に突拍子もない声を張り上げた。
   「忘れるとこやった、農家の久作おじさんが、旦那様によろしくと言うていはりました」
   「何やいな、今泣いた烏が、もう笑うている」
   「照れ笑いだす」

  第十三回 さよなら友達よ(終) -次回に続く- (原稿用紙11枚)
「シリーズ三太と亥之吉」リンク
「第一回 小僧と太刀持ち」へ
「第二回 政吉の育ての親」へ
「第三回 弁天小僧松太郎」へ
「第四回 与力殺人事件」へ
「第五回 奉行の秘密」へ
「第六回 政吉、義父の死」へ
「第七回 植木屋嘉蔵」へ
「第八回 棒術の受け達人」へ
「第九回 卯之吉の災難」へ
「第十回 兄、定吉の仇討ち」へ
「第十一回 山村堅太郎と再会」へ
「第十二回 小僧が斬られた」へ
「第十三回 さよなら友達よ」へ
「第十四回 奉行の頼み」へ
「第十五回 立てば芍薬」へ
「第十六回 土足裾どり旅鴉」へ
「第十七回 三太の捕物帳」へ
「第十八回 卯之吉今生の別れ?」へ
「第十九回 美濃と江戸の師弟」へ
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猫爺の短編小説「畜生道」

2014-11-18 | 短編小説
 日が暮れかかった晩秋の山道を、何処へ向かうのか一人の旅の僧が足早に歩いていた。色あせて赤茶けた墨染めの衣、ところどころ折れて弾けた網代笠(あみじろがさ)、擦り切れた脚絆が旅の長さを思わせるが、歳は若くて二十代であろう。

 空はどんよりと雨模様。僧は雨を凌(しの)げる荒れたお堂でも有ればと心焦るが、歩いても歩いても建物らしきものは見当たらない。

 日はとっぷりと落ちて、足元が闇に包まれて見えなくなり、とうとう雨がぽつりと指先に落ちた。せめて、樵(きこり)の雨宿り洞でも無いだろうかと目を凝らしてみるが、それも見当たらない。
 
 雨は本降りになってきた。修行中の身であろうその若き僧は、法句経(ほっくぎょう)をお経のように唱えながら足早に進もうとするが、足元が暗いために走ることは出来なかった。かくなる上は、雨に打たれて夜を明かすのも修行の内と覚悟を決めたとき、目前の闇の中に瞬間ではあるが一点の明かりが見えて、そして消えた。

 今、見えたのは幻覚ではなく人家であろう。明かりが人家のものではなくとも、近くに山村があるに違いない。若き僧は仏の慈愛と信じ、心に深く感謝の意を留めて突き進んだ。

 二度目の明かりが見えた。やはり幻覚では無かった。明かりは僧の目に、どんどん大きくなり、もう再び消えることはなかった。

 やはり、人家であった。
   「お願い申す」
 戸の前にたち、大きな弾む声で僧は声を掛けた。戸を叩いてみようと思ったが、その必要はなく、直ぐに応えがあった。
   「何方(どなた)さまでございましょうか?」
 若き女性(にょしょう)の声である。
   「旅の修行僧でございますが、雨に降られて難儀をしております、一晩軒をお借りしとうございます」
 女は、警戒をするでもなく、戸を開けた。
   「これはお坊さま、むさ苦しいところでございますが、どうぞお入りになってください」
 僧は敷居を一歩またいで、はっと気が付き、踏み入れた足を引っ込めた。
   「見れば、女性の独り暮らしのご様子、拙僧は納屋をお借りすることが出来ますれば幸せでございます」
 若い僧は、自らの手で戸を閉めようとしたが、この家の主は僧の手を遮った。
   「日が落ちると、寒くなって参りました、囲炉裏に明かりを灯しておりますほどに、どうぞご遠慮なさらずにお入りになってくださいませ」
 山家の住人とは思えない品格があり、頗(すこぶ)る容姿端麗であった。
   「拙僧は修行僧の身でございます、女性独りの家に入ることは叶いませぬ」
   「では、お坊さまがお入りになられましたら、わたくしが納屋で休みましょう」
   「そのような無情なことが出来ましょうか」
 旅の僧は、尚も戸を閉めようと力を込めた。
   「とにかく中にお入りになり、濡れた衣を乾かしてくださいませ」
 僧は些か戸惑ったが、それだけならと入らせて貰うことにした。
   「何もありませぬが、粥が煮えております、どうぞ囲炉裏の傍へお座りください」
 女性の名を尾花と告げられ、問われるままに名を宗清(そうしん)と告げ、修行僧になった経緯などを話しながら粥を馳走になっていると、尾花は押入れを開け、粗末な着物と帯を取り出した。
   「父が生前使っていた着物で失礼かと存じますが、これに着替えていただけませぬか?」
 どうやら宗清が纏(まと)っている衣が、方々解(ほ)つれたり破れたりしているので、縫ってやろうと言うのだ。
   「いえいえ、そんなことまでして頂いては罰があたります」
   「これは、わたくしの仏様への帰依のつもりで、どうしてお坊さまに罰があたりましょう」
 それではと、宗清は尾花の好意に甘えることにして、隅で着替えをした。尾花は着物を広げて宗清の背にまわった。

 尾花は、着物に着替えた宗清に、父親の面影が見え、思わず知らず宗清の背に寄り添ってしまった。宗清は「あっ」と、大袈裟に叫んで尾花から離れた。
   「済みません、ついお坊さまの背に亡き父の面影を見て、寄り添ってしまいました」
 宗清は、思春期以前に落飾(らくしょく)したので、大人になって以来女性に触れたことはなかった。
   「いえ、拙僧こそ、大きな声を上げて失礼致しました」
 尾花は着物の繕いを始めたので、宗清は母屋から出ていこうとすると、尾花が止めた。
   「お坊さま、尾花はお坊さまにお願いがございます」
   「拙僧に出来ることでしたら、何なりと」
   「今宵、わたくしを抱いて頂きとうございます」
 宗清は大仰に驚いた。
   「それは叶いません、僧侶の身で、それも修行中でございます」
   「お坊さまだからこそ、わたくしの魂を救って頂きたいのでございます」
 
 尾花は自分の身の上を宗清に打ち明けた。この家で暮らすのも今宵限りで、明日は意に添わない村長(むらおさ)の嫁にされるのだと言う。村長は、今までも女を引き入れては嫁にして、馬車馬のように働かせながら飽きるまで弄び、一年経っても子が生まれないと家から放り出てしまうのだそうである。その所為か、村長は四十路半ばというのに、子宝に恵まれていない。
 
 明日からは無感情な(ぬひ)となり、身も心もぼろぼろになるほどまで働かされて、やがて追放されるのだ。
   「わたくしを女にして頂きたいのでございます」
 宗清は戸惑った。願いを叶えてやれば、自分は僧侶の戒めを破り畜生道へ墜ちる。それに、宗清は男女の営みを知らない。
   「わたくしがこの村を追放されて自由の身になりましたら、比丘尼(びくに)となり、生涯仏様にお仕えして許しを乞いましょう」
   「わかりました、それで貴方さまが救われるのであれば、拙僧は畜生道へ堕ちましょう」
 宗清は、決して投げやりになったのではない。女の色香に迷った訳でもない。尾花が哀れに思えてならないのだ。
 
 その夜、宗清は尾花の成すがままになり、目を閉じて心で法句経を諳んじていた。一度目は、尾花に男の一物を触られていると思っただけで、自分の身体から熱いものが迸るのを感じた。
 二度目は、もう何も考える余裕がなかった。ただ身体の根幹を突き上げる異様なまでの快感に酔い痴れる自分が、そこに横たわっていた。

 夜が明けると、宗清は尾花に別れを告げ、山家を後にした。山道を更に奥へ歩き続けると、水が落ちる音を聞いた。宗清は、その音に誘われるように突き進んだ。
 細くて長い滝であった。宗清はここで頭陀袋を外し衣を脱ぎ下帯だけになると、心身を清める為に滝に打たれた。自分は仏の戒律を破った破戒僧である。許されないまでも、せめて身を清めてどこぞの寺で寺男として働きたいと考えたのである。
 晩秋の水は冷たかったが、宗清は自らを無にして、三日三晩滝に打たれ続け、やがて岩の上で身を横たえて気を失った。


 宗清は、薄暗いあばら家で目を開けた。額には濡れ手拭いが乗せられ、枕元には水の入った手桶が置かれていた。宗清ははっとした。自分は知らず知らずのうちに尾花の住み家へ戻ったらしいと思ったのだ。
   「お坊さま、お気が付かれましたか?」
 尾花ではなかった。物静かな尾花とは違って、明るく溌溂とした娘であった。
   「お熱は下がりましたか?」
 臆面もなく、宗清の額に手を当てた。
   「ああ良かった、一時はこのままお亡くなりになるのでは無いかと思ったのですよ」
 宗清は自分がどんな格好をしているのか気になって、そっと布団の中で身体を触ってみた。着物も下帯も、さらっとした感触であった。
   「あなた様が着替えをさせて下さったのですか?」
   「そうですよ」
 娘は平然としていたが、宗清は赤面した。
   「滝からここまで連れてきてくださったのも?」
   「はい、苦労をしたのですから…」
 娘は悪戯っぽく言った。
   「ここには、あなた様お独りでお暮らしですか?」
   「はい、父と二人暮らしでしたが、二ヶ月前に父は亡くなりました」
   「そうでしたか、ご愁傷でございます」
 娘の名は萩女と名乗った。萩女は寂しそうな素振りもなく、すこし微笑みさえ浮かべて頭を下げた。
   「町へ出ようかとも思うのですが、ここに居ると父と一緒に居るようで寂しくないものですから」

 命を救って貰ったお礼にと、宗清は丸太を削って墓標を建てたり、板切れで戒名を作り、仏壇を作ったりしていたが、娘が食料に窮しているのを知り、町まで出かけて寺男の仕事を見つけてきた。葬儀が入ったときは、穴掘りなど力仕事を引き受け、境内や墓掃除とよく働いた。

 山家を出た二人は、寺の敷地を借りて小屋を建て、二人は世帯を持った。やがて夫婦は子宝に恵まれて女児を出産し、名を清水(きよみ)と付けた。


 歳月は流れ、清水は十七歳になっていた。読み書きは父の宗清に習い、聡明で美しい娘であった。弟も生まれ、十五歳の屈強な若者であった。

 ある日、清水は一里ほど行った母親の元住み家である山家の近くにある祖父の墓参りに出かけて、近くの村の若者に声を掛けられた。
   「お一人で何処へ行かれるのですか?」
   「この先に、祖父の墓がありますので、お参りに…」
   「わたしもこの道を行きますので、ご一緒しましょう」
 恐る恐る始めた会話であったが、次第に打ち解けて笑い声まで出るようになった。男は宗春と名乗った。
   「お坊さまですか?」
   「いえ、僧侶のような名前ですが、わたしはこの先の村の者です」
   「お百姓ではないようですが…」
   「いえ、百姓です、父は村長(むらおさ)ですが」
   「そうでしたか、宗春さまは何れ村長さまですのね」
   「はい、父は歳をとりましたので、私が村長の仕事を任されています」
   「お若いのに、大変ですね、お幾つですの?」
   「十七歳です」
   「あら、奇遇ですね、わたくしも十七歳ですのよ」
   「気が合う筈です」

 やがて、二人は逢瀬を重ね、将来の共通の夢を持つようになった。夫婦になることである。ある日、宗春は意を決して清水の両親に会い、夫婦になる許しを乞うことにした。清水の家を訪ねると、母の萩女が暖かく迎えてくれた。
   「夫は仕事に出かけて留守ですの」
 萩女は、済まなさそうに言った。
   「いえ、突然押しかけた私が悪いのです」
 近くの村の村長の嫡男だと聞いて、萩女は躊躇した。
   「身分が違います、宗春さまのご両親が、お許しにはならないでしょう」
   「いえ、前もって話してあります、父はともかく、母は大乗り気です」
   「お父様は、反対なさったのですか?」
   「いいえ、歳の所為で弱ってしまい、何もかも母任せなのです」
   「まあ、そうでしたか、清水は優しい娘です、きっと手厚くお世話をすることでしょう」
 清水の父には、日を改めて会うことにして、次は清水を宗春の両親に会わせるのだと、宗春は喜々として戻って行った。

 宗春の母も、清水を暖かく迎えてくれた。
   「それで、お父様は何のお仕事をなさっておられるのですか?」
   「町のお寺で、寺男として働かせて頂いております」
   「わたくしも、お会いしとうございます、お名前は?」
   「はい、宗清と申します」
 母親の顔色が変わった。
   「もしや、元お坊様ではありませぬか?」
   「はい、自分は破戒僧だと父は申しております」
 母親尾花の表情が固くなった。
   「この縁談、母は反対です」
 今までの暖かく優しい態度から一変して、頑なに拒む物分かりの悪い母親になった。
   「お母さん、どうしたのです?」
   「どうもしません、清水さん、どうぞお帰りください」
   「お母さん、訳を言ってください」
 宗春が幾ら尋ねても、尾花はその後一言も口を利かなくなった。

 清水は家に戻り、泣いて母に訴えた。
   「お父さんが元は僧侶だったことがいけないようですね」
 萩女は、どうにも納得がいかない様子で、その夜宗清が戻ると全てを話して聞かせた。
   「その母親の名は、尾花と言ったか?」
   「はい、そうです」
 清水は、宗春から聞かされた宗春の父の話をした。次々と幾人もの妻を娶ったが子宝に恵まれず、四十路を半ばにして娶った尾花が男の子を産んだ。それが宗春である。村長の父は、やっと願いが叶ったと、尾花を大切にした。
 
 宗清は、畳に額を擦りつけて謝った。
   「私は、尾花と言う女に利用されたようだ」
 宗清は、何もかも包み隠さず尾花との経緯を話した。子供が出来ない村長に嫁ぎ、子供を産んで追放されぬばかりか、あわよくば我が子に後を継がせるために、たまたま雨に降られて立ち寄った宗清を誑かしたのだ。
   「では、清水と宗春は…」
   「そうに違いない、二人共わたしの子供だ」
 宗清は思った。若い二人に罪はない。自分が尾花を説得して、清水と宗春を添わせてやろうと。まだ近親結婚が禁止されていない時代の話である。
   
 
 
        -終わり-

猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十二回 小僧が斬られた

2014-11-11 | 長編小説
 三太は夢を見た。コン太が罠にかかり、もがきながら自分に助けを求めている夢だ。まだ夜明けには間がある。今宵は月も出ていず足元は暗く、コン太を戻した山は遠い。

 三太は旦那さまに訳を話すと、「ただの夢やろ」と出かけるのを止めたが、三太の特殊能力を度々見せつけられていたので、提灯を持たせ独りで山まで行くことを許した。夜明けまでには戻れないかも知れぬが、コン太が気がかりでならないからと、天秤棒と提灯をもって出かけた。きっとコン太は罠にかかって怪我をしているだろうと、晒と膏薬を持って行くのを忘れなかった。

 早足で山に向かっていると、猟師に捕獲されたコン太が逆さ吊りにされて、生きたまま皮を剥がされている様を想像してしまった。
   「コン太、いま助けるからな、暴れずに待っていろよ」

 今まで激しく暴れていたコン太が、急におとなしくなったような気がした。これはどうしたことだろうと三太は思った。ただの夢であろうに、こうも生々しくコン太の叫びがわかる。三太は何者かに導かれるように、つい駈け出していた。

 一年前にコン太と別れた辺りにきた。周りを見回し、耳を澄ませても、水路を流れる水の音しかしない。
   「コン太、何処に居るのや」
 此の頃には空は白み始め、遠方の山々の稜線がくっきりと見えてきた。
   「何や、やっぱりただの夢か」
 三太が諦めて戻ろうとしたとき、「クゥーン」と、紛れも無いコン太の声が聞こえた。
   「コン太やな、何処に居るのや」
 今度は一際大きく「ケーン」と鳴いた。警戒心の強い野生のコン太にとって、これが精一杯の鳴き声なのだ。三太は少し山に踏み入ってみた。
   「コン太、三太が助けに来たぞ」
 林の下草の中から、葉擦れの音がした。見ればコン太は罠に足を挟まれ、蹲(うずくま)っていた。
   「コン太、二年前は穴に落ち、今度は罠にかかったのか」
 三太は不思議でならなかった。コン太の助けを呼ぶ声が、江戸の町中(まちなか)まで届くとは、コン太はやはり稲荷神の使いなのかと思った。コン太の足に食い込んだ罠をこじ開け、持ってきた膏薬を傷口に貼り、晒で巻いてやった。

   「痛みがなくなったら、膏薬を外しや、引っ張ったら直ぐに外せるからな」
 コン太は、山に戻ろうとせずに、三太に擦り寄ってきた。
   「コン太、山で仲間が待っているのやろ、早く帰り」
 コン太は、三太の前にきちんと座り、三太の顔を見上げている。
   「夜が明けないうちに帰らんと、罠を仕掛けた猟師がやってくるで」
 三太が手の甲で「山へ帰れ」と合図すると、仕方がなさそうに振り返り振り返り、怪我をした足を引きずりながら仲間が居る山へと消えていった。

   「新さん、コン太は本当に稲荷神の使いかも知れないなぁ」
   『三太、稲荷神と狐は何の関わりもないのだよ、コン太の叫びが聞こえるのは、三太の方に能力が備わっているのかも知れねえ』

 新三郎の薀蓄を聞きながら、帰路を急いだ。
   『稲荷神は、御食津神(みけつのかみ)と言って、農業や食物の神様なのです』
 狐は昔「けつ」と読み表わされていて、何者かがふざけたのか、それとも間違えたのか御食津(みけつ)を三狐(みけつ)と当て字をしたことから、三狐神と呼ばれるようになった。稲荷神社には狐が神を護るごとくに鎮座しているが、本当は稲荷神と狐は何の関係もない。
   「新さんは、誰に教わったのですか?」
   「あっしは元旅鴉で、方方(ほうぼう)の稲荷神社を塒(ねぐら)にしましたから神社の立て札を読んだのです」

 その時、後ろから人が追ってくる気配を感じた。
   「こら、待ちやがれ」
 男は、かなり怒っている。
   「わしが仕掛けた罠にかかった狐を盗むとは太てぇガキだ」
   「何も盗んでない」
   「それじゃあ、逃がしたのか?」
   「うん」
   「折角捕まえた獲物を逃がすとは、どういう了見だ」
   「あの狐はコン太と言うて、わいの友達や、稲荷神の使いやで」
   「馬鹿言え、お前は何処のガキだ、親に弁償させてやるから、名前と家を教えろ」
   「わいは三太や、家は上方や」
   「今住んでいるところを言え」
   「京橋銀座の雑貨商、福島屋亥之吉のお店や」
   「そこの小僧か?」
   「そやそや、小僧や」
   「よし、このまま付いて行って、福島屋に弁償させてやる」
   「ふーん、おっちゃん、その前にお稲荷さんの使いを怪我させたのや、祟があるで」
   「何が稲荷神の使いだ、何が祟だ、狐は二分で売れる獲物だ」
 そう言い終わらない内に、男は路肩の石ころを踏んで、側溝に落ち尻餅をついた。
   「ほれ、罰があたったやろ」
   「痛い、足を挫いて歩けない」
   「わいは知らんで、帰り道で町駕籠を見たら、ここへ来るように伝えてやる」
 男が「待ってくれ」と言うのを無視して、三太はさっさとお店に帰っていった。町に入ったところで駕籠舁が客待ちをしていたので、男が足を挫いた場所を教えて駕籠待ちをしていると伝えると、駕籠舁は喜んで駆けて行った。恐らく足元を見られて、駕籠賃をぼったくられるだろうと三太は想像した。

 お店(たな)に戻ってきたころは、夜は白々と明け、やがて茜がさしてきた。お店の戸は閉まっていたが、戸を叩き「三太だす」と叫ぶと、女中が開けてくれた。
   「本当にコン太が罠にかかっていたの?」
   「うん」
   「怪我をしていたでしょう」
   「うん」
   「治療をしてやったの?」
   「うん」
 女中は「うん」としか言わない三太の心境を察していた。一年前の別れを思い出しているのだろうと思ったのだ。
   「寂しいね」
   「それよかもうすぐ、罠を仕掛けたおっちゃんがここへ来る」
   「何の為に?」
   「罠にかかった獲物を、わいが逃したから弁償しろと…」

 開店まで時間がある。みんなと一緒に朝食を摂っていると、開いている潜戸から目明しの仙一が跳び込んできた。
   「三太は、無事ですか?」
 真吉が応対に出て行った。
   「いま、食事中ですが?」
   「そうか、良かった」
   「何がどうしたのですか?」
   「昨夜、どこかのお店の小僧が辻斬に遭ったと聞いて、夜中に外にでる小僧なんて三太しか居ないだろうと思って跳んで来たのだ」
   「へい、うちの三太は昨夜外へ出ていたが、今し方戻って来ました」
   「足はあるのか? 怪我はしていないのか?」
   「別に何も…、それで親分は子供の死体は見ていないのですか?」
   「子供が斬られるところを目撃した男が示した辺りに血が落ちていたのだが、死体は無かった」
 真吉は首を傾げた。
   「死んではいなくて、医者に駆け込んだのではありませんか?」
   「そうかも知れんな」
 食事を済ませて、三太が店先に出てきた。
   「親分、お早うございます」
   「おお三太か、成る程怪我などしていないようだな」
   「へい、この通り」
 三太は自分の身体中を叩いて見せた。仙一親分が、「他のお店を当たってみる」と戻ろうとしたのを三太が止めた。
   「わいの知っている小僧さんかも知れないので、連れて行ってください」
   「旦那様の許しが出たら、是非来て欲しい」
 亥之吉旦那が出てきて、「行っておいで」と言ってくれた。

 
 現場に行ってみると、血糊はまだ残されていて、三太の見知らぬ同心と年をとった目明しが検分していた。目明しは仙一を見るなり立ち上がって、被害者が判明したのか訊いてきた。
   「この三太かと思ったのですが、そうでは無かった」
   「あっし等は、近くのお店を訊いて回ったが、該当する者は居なかった」
   「そうか、残るは医者だな」
 仙一親分は、付近の医者を当たってみると、駈け出していった。三太は、心当たりの店を覗き、顔見知りの小僧の無事を確かめて回った。
   「さっき、目明しの親分が来て同じことを訊かれたが、うちの小僧ではない」
 お店をまわり、小僧が行方知れずになっているところは無いかと尋ねて回ったが、どこも同じ応えだった。
 
   「新さん、目撃した人の話が間違っているように思えてきました」
   『道に落ちていた血糊の形も可怪しいですぜ』
   「うん、丸く固まって落ちていた」
   『刀で斬られたのなら、血は飛び散るだろうし、生きていて歩いたか運ばれたりすれば行った方向に点々と血を落とすだろう』
   「うん、ここは一先ず引き上げて、お店に戻りますわ」
   『あの猟師のことも気掛かりです』
   「ああ、あの足を挫いたおっちゃんは、駕籠にのって帰ったか、旦那様を強請りに行ったかだすなぁ」

 斬られた小僧を探すのを諦めて、仙一に報告がてら血糊のあった場所へ戻ってくると、仙一も他の役人も居ず、男が独り佇んでいた。
   「何だか怪しい、本当に見たのかな」
   『行ってくる』
 新さんが男を探りに行った。

  第十二回 小僧が斬られた(終) -次回に続く- (原稿用紙12枚)

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十一回 山村堅太郎と再会

2014-11-05 | 長編小説
 京橋銀座の雑貨商福島屋亥之吉のもとに、若い武士が訪れた。
   「ご主人はおいでになりますか?」
   「はい、居ります、何方様でございましょうか」
 真吉が応対した。
   「拙者は信州小諸藩士、山村堅太郎と申します」
   「山村様ですね、主人を呼んで参ります、暫くお待ちを」
 真吉は亥之吉を呼びに行った。ちょっと長めの暫くである。亥之吉は裏の空き地で、三太に棒術の指南の最中であった。

   「いやあ、山村さま、お久しぶりだす、立派なお武家様になられましたなぁ」
   「その節は、一方ならぬお世話を賜りました、私が藩士に戻れましたのは、亥之吉さんと三太さんのお陰でございます」
   「いやいや、わたいはただ手紙を一通書いて差し上げただけのこと、店まで手伝って頂き、有難うございました」
   「三太さんはいらっしゃいますか?」
   「はい、只今奥で汗を拭っております、山村さんがお見えだと聞いて、喜んでおりました、間もなく出てくるでしょう」

 三太が上気して、真っ赤な顔で現れた。
   「山村様さま、お久しぶりです、いつ江戸へ来られたのですか?」
   「今日です、まっしぐらにここへ参りました」
   「藩命ですか?」
   「いいえ、三太さんにご助力を賜りたく、藩の許可をとり罷り参りました」
   「わいにだすか? どのようなことだす?」

 山村堅太郎は、ぽつりぽつりと話し出した。自分は両親を亡くし、親類もなく天涯孤独だと思っていたが、もと山村家の使用人の老婆が訪れて、山村堅太郎には腹違いの弟が居ることを知らされた。弟の母親は、子供が出来て半年もすると、堅太郎の父山村堅左衛門の奥様に知れるのを恐れて、子供を連れて行方知れずになってしまった。
   「その、たった一人の肉親である弟の行方を占ってほしいのです」
   「わいも、堅太郎さんも会ったことがない人を探すなんて、雲を掴むようなものだす」
   「たった一つ手懸りがあります」
   「それは何です?」
   「はい、婆さんの言いますには、弟は善光寺のお守りを持っており、弟の名前を書いた紙切れが入っているそうです」
   「その名は?」
   「斗真(とうま)です」
 三太は「何のこっちゃ」と、あまりの偶然に笑うしかなかった。
   「それなら、占いも何もいりません」
   「えっ、どう言うことですか?」
   「斗真さんなら、このお店(たな)で働いていますがな、さっき会われましたやろ」
   「ご主人を呼んでくれたのが斗真ですか?」
   「そうです、そう言えばどこか似てはります」
 今度は、三太が真吉(斗真)を呼びに店の奥に入った。

   「真吉さんに、お客さんだす」
 斗真は商(あきない)の品を陳列していた。
   「へい、おいらもお客さんに指名されるようになったのですか?」
   「店のお客やない」
   「奉行所のお役人ですか?」
   「それも違う」
   「おいらを訪ねてくる人なんか居ませんよ、人違いでしょ」
   「帳場まで行ったら判ります」

 そこには、堅太郎が待っていて、斗真を見つめていた。
   「本当です、どこか拙者に似ています」
 斗真が堅太郎の前に立ち、ペコッと頭を下げた。
   「おいらの元の名は斗真といいます、何方様でいらっしゃいますか?」
   「拙者は、信州小諸藩士山村堅太郎と申す」
   「はあ」
   「そなたの兄だよ、そなたの父の名は山村堅左衛門、そなたと拙者は母親の違う血の繋がった兄弟なのだ」
   「お兄さんですか?」
   「そうだ、善光寺のお守りを持っておろう、そのなかに「斗真」書いた紙が入っいる筈だ」
   「はい」
   「その名をお前に付けたのは、今は亡き父上、山村堅左衛門なのだ」

 父に内緒で、お前の母親はお前を連れて姿を消してしまった。父堅左衛門は、必死にそなた達を探したが見つからないまま、父は濡れ衣を着せられて無実の罪で無念の詰腹を切らせられたのだ。

 母は父の無実を信じてやれず、自害して果てた。自分も小諸を追われて天涯孤独だと思っていたが、亥之吉さんと三太に助けられ小諸藩に返り咲いた。そこへ元の使用人が訪れて腹違いの弟が居ることを知らされ、三太の占いに縋(すが)ろうと思い江戸へ来たのだと話した。
   「斗真の母は、お達者なのか?」
   「いえ、母はおいらが幼い頃に亡くなりました」
   「そうだったのか、斗真どうだろう、兄と小諸へ戻ってくれないか?」
   「おいらに兄が居ただけで嬉しいです」
   「跡継ぎの居ない小諸藩士が居るのだが、そこの養子になり兄と共に小諸藩にお仕えしてみないか?」
   「わたしは、根っからの町人です、このお店で商いを学び、立派な商人になります」
   「そうか、武士は嫌いか」
   「はい、性に合いません」
   「無理強いはすまい、だが、浅間山の麓には、実の兄が居ることを忘れないでくれ」
   「もちろんです」
   「何か困ったことがあれば、この兄を頼ってくれ」
   「心強く思います、兄さんも…」

 山村堅太郎は、こんなに早く弟に会えるとは思っていなかったので、この偶然に感謝した。弟と二人旅でないことは残念ではあるが、弟に会えただけで足取りは軽く小諸へ戻っていった。

 帰り道、足を延ばして上田藩の緒方診療所に立ち寄り、緒方三太郎に会って礼を言った。堅太郎が小諸藩へ返り咲いたのは三太郎の骨折りがあったからである。また江戸の福島屋へ行き、三太という少年霊能者の導きで、行く方知れずであった弟に会えたことを報告した。
   「三太はわたしの幼いころの名前と同じで、一度会いたいと思っています」
 三太郎は三太にまだ会ったことがないのに、懐かしそうに言った。三太の守護霊木曽の新三郎に会いたいのだ。
   「おーい、新さん、経念寺のお墓でまた会おうな」
 三太郎は心の中で叫んだ。


 弟子の佐助が三太郎を呼びに来た。
   「先生、患者さんがお待ちです」
   「お邪魔をしました、わたしはこれにて…」
 堅太郎が帰っていった。

   「チャンバラ先生、お腹が痛い」と、若い男が腹を抑えてしかめ面をしている。
 暇があれば弟子の佐助や三四郎を相手に木刀を振り回しているので、患者にそんな渾名が付けられてしまった。
   「また、腐りかかったものを食ったな」
   「お婆が、まだ食えると言ったもので」
   「何を食った?」
   「川魚の煮付け」
   「それで、お婆はどうもないのか?」
   「お婆、食わなかった」
   「お婆に毒見させられたな」

 三太郎は聴診器で腹の音を聴いていたが、すぐに調合した薬を紙包みにして二包渡してやった。
   「下痢をしているか?」
   「はい」
   「この薬を飲んだら、腹の中の悪い物が全部出るから、今一包、翌朝に一包飲みなさい」
   「そしたら治りますか?」
   「その前にすることがある」
   「それは?」
   「川魚の煮付けを捨てることだ」


 ここは江戸の福島屋の店頭。朝早く三太は店のまえで掃除をしている。
   「三太、旦那様がお出かけだす、あんたお伴をしなはれ」
 お絹が指図した。
   「へーい、旦那さん今日はどちらへお出かけだす?」
   「ちょっと遠いが。赤坂や」
   「今度は赤坂に道場作りなさったのか?」
   「そうや、そこでおもいっきり棒を振り回すのや」
   「お盛んな五寸棒でおますなぁ」
   「ほっとけ」

  第十一回 山村堅太郎と再会(終) -次回に続く- (原稿用紙11枚)


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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十回 兄、定吉の仇討ち

2014-11-02 | 長編小説
 長坂清三郎が、目明しの仙一を連れて京橋銀座の福島屋にやってきた。普通、目明しは同心に雇われて働く間者であるが、仙一は長坂が廻り同心の時代から雇われていて、長坂が与力になっても雇っているのは異例のことである。それは、長坂が同心から与力に異例の出丗をしたからである。
 長坂からの手札(てふだ)は、小遣い程度の微々たるものであるが、目明しは犯罪者から商家や町人を護る役目を担っており、商家からの心づけが主たる収入と言えそうである。

   「これは長坂さまと仙一親分、いらっしゃいませ」
 亥之吉が出迎えた。
   「今日、拙者が参ったのは他でもない、三太を借り受けに来た」
   「へえ、三太でございますか、犯人でも追跡させるのでございますか?」
   「そうだ、如何程で貸して貰えるかな?」
   「そうですなぁ、一刻二分(ぶ)で、その後は半刻過ぎる毎に一分ではどうでっしゃろ」
   「それは高い、一日につき一分ではどうかな?」
   「えらいえげつない値切り方でおますなぁ」
   「お上からは一文も貰えないので、拙者の自腹なのじゃ」    

 三太に聞こえている。
   「新さん、あいつ等わいのことを、犬みたいに言いよる」
   『まあいいじゃないですか、聞いてやりましょう』

 亥之吉が最初に笑った。
   「嘘ですよ、どうぞお連れになってください」
   「そうか、拙者も冗談でござった」
   「あほらし」

 三太は不機嫌になった。
   「そんな馬鹿言っていてええのだすか、何か急ぐのやおまへんのか」
   「あぁそうだ、今、江戸の町を震撼させている非道働(ひどうばたら)きの盗賊だが、昨夜も大店が襲われたのじゃ」
 
 押し込んだお店では、女、子供さえもとどめを刺して、決して尻尾を掴ませないのだ。しかも、奉行所の動きは逐一把握している。長坂が推理をして多分次はこの店だろうと張っているところには決して現れず、常に奉行所の裏をかく。どうしても正体が掴めないのは、恐らく奉行所の中に盗賊の間者が居るのだろうと役人たちが噂している。

   「北町奉行所の中で、元、大坂東町奉行所でお奉行だった人はいはりますか?」
 三太が変な質問をした。
   「筆頭与力の矢野浅右衛門殿がそうである」
   「いつ頃こちらへ?」
   「二年ちょっと前だ」
   「ふーん」
   「それがどうした?」
   「いえ、何でもおまへん」
 
 何でもないことはない。三太は、よく調べたら簡単に濡れ衣だとわかる兄定吉を、よく調べようともせずに刑場へ送り込んだのが矢野浅右衛門なのだ。
 その後、真犯人の玄五郎が名乗り出て、殺人を教唆した相模屋の番頭平太郎が処刑になったが、手を下した玄五郎は自訴したために罪一等が減じられ、永の遠島となったのだ。

   『三太、兄の仇をとるつもりらしいな?』
 守護霊新三郎が問うた。
   「いいや、それは許されまへん」
   『あっしに嘘をついても無駄ですぜ』
   「うん、わかっている」

 三太は、長坂清三郎の後を付いて被害にあったお店に寄ってみた。亡骸は片付けられているものの、店の中は荒らされたままであった。柱、壁、天井に飛び散った血の跡が黒ずみ、悪臭が鼻を突いた。三太はこのような事件は初めてではなかった。
   「金は幾ら有ったのかわからぬが、全て持ち去られたようだ」

 幾許(いくばく)かの金の為に、人の命を虫けらのように奪った盗賊を三太は許せなかった。店の中を見回していた三太は、何かの物音に気付いた。押し入れの襖を「さっ」と開けたが、人影はなく、座布団ばかりが積み上げられていた。押入れの一箇所に埃が落ちていた。その上に天井への出入孔がある筈だと見ると、三太は持っていた天秤棒で突いてみた。ガタンと音がして、天井板が少しずれた。長坂は目明しの仙一に「覗いてみろ」と、指示した。
   「何かあります… あっ、赤ん坊です」
 母親か父親が咄嗟に我が子を隠したのであろう、赤ん坊は、衰弱して泣く元気も失っていた。仙一は、赤ん坊を抱いて、養生所に連れていった。
   「助かりますやろか?」
   「あの赤ん坊の生きる力次第だ」

 長坂と三太は、北町奉行所へ向かった。盗賊を動かせて甘い汁を吸っているのは矢野浅右衛門ではないのか、いや、矢野浅右衛門であって欲しい。三太はそう思っている。
   「長坂さま、わいを、矢野浅右衛門に会わせてください」
   「要件は何だ?」
   「いえ、ただちょっと」
   「そんな理由では、会ってくださらぬだろう」
   「では、ちらっと見るだけでも」
   「わしには喋られぬ訳があるのだろう、何とかしよう」
 長坂は、非道働きをする盗賊捕縛の為に協力して貰う心霊占い師だとして、三太を矢野浅右衛門に紹介してくれた。
 矢野浅右衛門は、それが子供だと見て、鼻で嘲笑っているようだ。
   「この者は三太と申します、三太は奉行所の内部に盗賊と通じて居る者が必ず居ると言っております」
   「さようか、それは早く突き止めねばならぬのう」
   「はい、それも直ぐに判ることでしょう、三太の占いには今まで幾度となく助けられております」
 
 そんな話をしている間に、新三郎は矢野浅右衛門に探りを入れた。三太は、間諜新三郎が得た情報を長坂に耳打ちした。
   「矢野さま、この三太は浪花の相模屋元番頭定吉の弟でございます」
   「相模屋の番頭?」
 矢野浅右衛門は、何かを思い出したようである。
   「知らんなぁ、番頭などいちいち覚えておらぬわ」
   「そうでしょうなぁ」
 長坂はそう矢野に相槌を打って、三太に向かって言った。
   「矢野様にお伝えすることがある、三太は下がって庭で待て」
   「へえ」

 長坂は、矢野の耳に今宵の張り込み先を告げた。
   「わたしの推理では、恵比寿屋あたりが襲われると思います」
   「左様か、抜かりのないように手配頼むぞ」
   「はい、今宵こそは盗賊共を一網打尽にして見せます」

 長坂は矢野浅右衛門に一礼すると、部屋を出た。
   「三太、どうであった?」
   「もうちょっと待ってください」
 新三郎がまだ戻っていないのだ。やがて新三郎は戻り、三太に告げた。
   「長坂さま、やはり盗賊と繋がっているのは矢野浅右衛門で、今宵盗賊どもは、恵比寿屋を襲う計画を三河屋に変更するようです」
 盗賊への繋ぎであろう、矢野浅右衛門は中間(ちゅうげん)を走らせた。中間は同心が付けているとも気付かず、一目散に盗賊の隠れ家へと向かった。

   「わかった、作戦通り恵比寿屋を張ろう」
   「えっ、何でだす?」
   「中間は盗賊の隠れ家へ着く寸前に取り押さえるのだ、繋(つな)ぎはとれなかろう」

 八人の盗賊と矢野の中間は捕まった。隠れ家を家探しすると、千両箱が三つ見つかった。新三郎が矢野浅右衛門の余罪を突き止めていたので、長坂を通し奉行に進言して証拠固めをした上、評定所で裁かれた。矢野浅右衛門には切腹の沙汰が下った。
 三太は矢野浅右衛門が無実の兄定吉に処刑を言い渡したことも、兄の仇を討ったとも他人には一切口に出さなかった。ただ夜更けの河川敷で上方の方向に向かって兄定吉に「兄ちゃん、仇は討ったでー」と、晴れやかに叫んだ。

 江戸の庶民を震撼させた盗賊がお縄になったことは江戸の町に伝わったが、その盗賊を動かしていたのが筆頭与力の矢野浅右衛門であったことは、幕閣が意識的に隠蔽して終結した。お上のご威光に関わることだからである。

   「三太、ご苦労さんやった、お陰で江戸の商人は枕を高くして眠れますわ」
 亥之吉旦那が、三太を労った その後、長坂清三郎が来て、亥之吉に礼を言って帰った。
   「何や、三太の貸賃も、礼金も無しや、せめて羊羹の一本でも持って来んかい」
   「せこいなー、旦那さんも」

  第十回 兄、定吉の仇討ち(終)-次回に続く- (原稿用紙11枚)

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