雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第十一回 山村堅太郎と再会

2014-11-05 | 長編小説
 京橋銀座の雑貨商福島屋亥之吉のもとに、若い武士が訪れた。
   「ご主人はおいでになりますか?」
   「はい、居ります、何方様でございましょうか」
 真吉が応対した。
   「拙者は信州小諸藩士、山村堅太郎と申します」
   「山村様ですね、主人を呼んで参ります、暫くお待ちを」
 真吉は亥之吉を呼びに行った。ちょっと長めの暫くである。亥之吉は裏の空き地で、三太に棒術の指南の最中であった。

   「いやあ、山村さま、お久しぶりだす、立派なお武家様になられましたなぁ」
   「その節は、一方ならぬお世話を賜りました、私が藩士に戻れましたのは、亥之吉さんと三太さんのお陰でございます」
   「いやいや、わたいはただ手紙を一通書いて差し上げただけのこと、店まで手伝って頂き、有難うございました」
   「三太さんはいらっしゃいますか?」
   「はい、只今奥で汗を拭っております、山村さんがお見えだと聞いて、喜んでおりました、間もなく出てくるでしょう」

 三太が上気して、真っ赤な顔で現れた。
   「山村様さま、お久しぶりです、いつ江戸へ来られたのですか?」
   「今日です、まっしぐらにここへ参りました」
   「藩命ですか?」
   「いいえ、三太さんにご助力を賜りたく、藩の許可をとり罷り参りました」
   「わいにだすか? どのようなことだす?」

 山村堅太郎は、ぽつりぽつりと話し出した。自分は両親を亡くし、親類もなく天涯孤独だと思っていたが、もと山村家の使用人の老婆が訪れて、山村堅太郎には腹違いの弟が居ることを知らされた。弟の母親は、子供が出来て半年もすると、堅太郎の父山村堅左衛門の奥様に知れるのを恐れて、子供を連れて行方知れずになってしまった。
   「その、たった一人の肉親である弟の行方を占ってほしいのです」
   「わいも、堅太郎さんも会ったことがない人を探すなんて、雲を掴むようなものだす」
   「たった一つ手懸りがあります」
   「それは何です?」
   「はい、婆さんの言いますには、弟は善光寺のお守りを持っており、弟の名前を書いた紙切れが入っているそうです」
   「その名は?」
   「斗真(とうま)です」
 三太は「何のこっちゃ」と、あまりの偶然に笑うしかなかった。
   「それなら、占いも何もいりません」
   「えっ、どう言うことですか?」
   「斗真さんなら、このお店(たな)で働いていますがな、さっき会われましたやろ」
   「ご主人を呼んでくれたのが斗真ですか?」
   「そうです、そう言えばどこか似てはります」
 今度は、三太が真吉(斗真)を呼びに店の奥に入った。

   「真吉さんに、お客さんだす」
 斗真は商(あきない)の品を陳列していた。
   「へい、おいらもお客さんに指名されるようになったのですか?」
   「店のお客やない」
   「奉行所のお役人ですか?」
   「それも違う」
   「おいらを訪ねてくる人なんか居ませんよ、人違いでしょ」
   「帳場まで行ったら判ります」

 そこには、堅太郎が待っていて、斗真を見つめていた。
   「本当です、どこか拙者に似ています」
 斗真が堅太郎の前に立ち、ペコッと頭を下げた。
   「おいらの元の名は斗真といいます、何方様でいらっしゃいますか?」
   「拙者は、信州小諸藩士山村堅太郎と申す」
   「はあ」
   「そなたの兄だよ、そなたの父の名は山村堅左衛門、そなたと拙者は母親の違う血の繋がった兄弟なのだ」
   「お兄さんですか?」
   「そうだ、善光寺のお守りを持っておろう、そのなかに「斗真」書いた紙が入っいる筈だ」
   「はい」
   「その名をお前に付けたのは、今は亡き父上、山村堅左衛門なのだ」

 父に内緒で、お前の母親はお前を連れて姿を消してしまった。父堅左衛門は、必死にそなた達を探したが見つからないまま、父は濡れ衣を着せられて無実の罪で無念の詰腹を切らせられたのだ。

 母は父の無実を信じてやれず、自害して果てた。自分も小諸を追われて天涯孤独だと思っていたが、亥之吉さんと三太に助けられ小諸藩に返り咲いた。そこへ元の使用人が訪れて腹違いの弟が居ることを知らされ、三太の占いに縋(すが)ろうと思い江戸へ来たのだと話した。
   「斗真の母は、お達者なのか?」
   「いえ、母はおいらが幼い頃に亡くなりました」
   「そうだったのか、斗真どうだろう、兄と小諸へ戻ってくれないか?」
   「おいらに兄が居ただけで嬉しいです」
   「跡継ぎの居ない小諸藩士が居るのだが、そこの養子になり兄と共に小諸藩にお仕えしてみないか?」
   「わたしは、根っからの町人です、このお店で商いを学び、立派な商人になります」
   「そうか、武士は嫌いか」
   「はい、性に合いません」
   「無理強いはすまい、だが、浅間山の麓には、実の兄が居ることを忘れないでくれ」
   「もちろんです」
   「何か困ったことがあれば、この兄を頼ってくれ」
   「心強く思います、兄さんも…」

 山村堅太郎は、こんなに早く弟に会えるとは思っていなかったので、この偶然に感謝した。弟と二人旅でないことは残念ではあるが、弟に会えただけで足取りは軽く小諸へ戻っていった。

 帰り道、足を延ばして上田藩の緒方診療所に立ち寄り、緒方三太郎に会って礼を言った。堅太郎が小諸藩へ返り咲いたのは三太郎の骨折りがあったからである。また江戸の福島屋へ行き、三太という少年霊能者の導きで、行く方知れずであった弟に会えたことを報告した。
   「三太はわたしの幼いころの名前と同じで、一度会いたいと思っています」
 三太郎は三太にまだ会ったことがないのに、懐かしそうに言った。三太の守護霊木曽の新三郎に会いたいのだ。
   「おーい、新さん、経念寺のお墓でまた会おうな」
 三太郎は心の中で叫んだ。


 弟子の佐助が三太郎を呼びに来た。
   「先生、患者さんがお待ちです」
   「お邪魔をしました、わたしはこれにて…」
 堅太郎が帰っていった。

   「チャンバラ先生、お腹が痛い」と、若い男が腹を抑えてしかめ面をしている。
 暇があれば弟子の佐助や三四郎を相手に木刀を振り回しているので、患者にそんな渾名が付けられてしまった。
   「また、腐りかかったものを食ったな」
   「お婆が、まだ食えると言ったもので」
   「何を食った?」
   「川魚の煮付け」
   「それで、お婆はどうもないのか?」
   「お婆、食わなかった」
   「お婆に毒見させられたな」

 三太郎は聴診器で腹の音を聴いていたが、すぐに調合した薬を紙包みにして二包渡してやった。
   「下痢をしているか?」
   「はい」
   「この薬を飲んだら、腹の中の悪い物が全部出るから、今一包、翌朝に一包飲みなさい」
   「そしたら治りますか?」
   「その前にすることがある」
   「それは?」
   「川魚の煮付けを捨てることだ」


 ここは江戸の福島屋の店頭。朝早く三太は店のまえで掃除をしている。
   「三太、旦那様がお出かけだす、あんたお伴をしなはれ」
 お絹が指図した。
   「へーい、旦那さん今日はどちらへお出かけだす?」
   「ちょっと遠いが。赤坂や」
   「今度は赤坂に道場作りなさったのか?」
   「そうや、そこでおもいっきり棒を振り回すのや」
   「お盛んな五寸棒でおますなぁ」
   「ほっとけ」

  第十一回 山村堅太郎と再会(終) -次回に続く- (原稿用紙11枚)


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