雑文の旅

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猫爺の連続小説「三太と亥之吉」 第三回 弁天小僧松太郎

2014-10-18 | 長編小説
   「ねえ親分、コン太は今頃どうしているのでしょうね」
 菊菱屋の店先で、二人は黙って客待ちをしていたが、新平が沈黙を破った。コン太は、一年前に山へ帰っていったのだ。
   「夜中にコン吉が迎えに来たので檻を開けてやったら、コン太は喜んでコン吉に付いて行ったから、今頃自分の家族が出来てコン吉のように面倒見のよいお父っちゃんになっていると思う」
   「普通の狐と違っていましたね」
   「うん、コン太もコン吉と同じく人間の言葉が分かるようやった」
   「やっぱり、稲荷神の使いだったのかも知れませんね」

 二人でそんな話をしていると、お客が店に入ってきた。
   「あらっ、若旦那は留守なの?」
   「へえ、ご用が出来て、旅に出ました」新平が答えた。
   「いつ頃お帰りの予定ですか?」
   「半月先だと思いますが、ご用が長引けばもっと先になりましょう」
   「なーんだ、つまんないの、またその頃に来ます」
   「大旦那は居ますよ」
   「若旦那から買いたいのっ」
 客は何も買わず、さっさと帰っていった。

   「若旦那が目的みたいだすな、あのどすけべ女」
 三太が言うと、新平が慌てて三太を咎めた。
   「お客様に、そんな悪たれついてはいけのせん、大旦那に聞こえたら大目玉ですよ」
   「あはは、わりぃわりぃ」

 また、若い女が店に入ってきた。
   「ぽっちゃりとした、男前のお兄さんは居ないの?」
 新平が、応対をした。
   「へえ、若旦那は暫く帰りません」
   「暫くって、どのくらい?」
   「へえ、半月ばかり…」
   「何があったのかしら」
   「若旦那を育てた義理の親が病に倒れたので、京までお見舞いに行きました」
   「京なの、それは大変ですね」
   「お嬢様、今日のお買い物は…」
   「柘植(つげ)の櫛を戴こうと思いまして」
   「お嬢様に柘植の櫛は地味ではありませんか?」
   「お祖母様への贈り物ですの」
   「それでしたら、櫛はお止めになった方がよろしいのではありませんか」
   「そうなの?」
   「櫛は苦死といって、苦しんで死ぬと忌み嫌われますよ」
   「あら、子供なのによく知っているのですね」
   「大旦那が他のお客様に言っていました」
   「では、お祖母様への贈り物、何がいいかしら」
   「柘植の串よりちょっとお高いですが、こちらの鼈甲(べっこう)の簪(かんざし)など如何でしょうか」
   「喜ばれるかしら」
   「お値打ちものですから、きっと」
   「でも、もっと簪を色々見せてくださいな」
   「はい、承知しました」
 新平は奥座敷に引き込んだ。

   「新平も商売が板に付いてきたな」
 店の間の隅で、新平の様子を見ていた三太は、自分よりもテキパキと客に接するのを見て、感心するばかりであった。

 その間、客は鼈甲の簪を弄(いじ)くり回していたが、新平が幾つかの簪を持って店の間に顕れると、客は待ちきれないかのように新平に擦り寄り、「まあ、綺麗」と言った。
   「そうねえ、目移りしますわねえ」
 と、いままで手に持っていた簪を、新平の懐にこっそり差し込んだ。
   「これがとても素敵だわ、これに決めようかしら」

 女は後から新平が持ってきた簪の中から高価そうな一つを選んだ。
   「承知しました、こちらの螺鈿細工がされたものは、三両になります」
   「まあ、高価なのね、生憎持ち合わせがありません、一度帰ってお金を持ってきます」
   「そうですか、ではお待ちしております」
 新平が簪を桐の箱に納め、それ以外の簪を片付けようとして、最初に客にみせたものが無くなっていることに気が付いた。
   「お客様、簪が一本足りないのですが、お足元にでも転がっていませんか?」
 客は立ち上がって着物の裾をはらって見せたが無かった。
   「可怪(おか)しいな、最初にお見せした簪が無いのですが」
   「まあ、私が盗ったとでもいうのですか?」
   「いえ、そうは言いませんが…」
   「私の気が済みません、着物を脱いで見せましょう」

 言うが早いか、女は帯を解きはじめた。
   「さあ、どこに入れたと言うのです、全部脱ぎますが、それで簪が出てこなかったらどうしてくれます? 百両や二百両の詫び金では納得して帰りませんよ」

 大旦那が客の喚く声を聞いて出てきた。新平の説明を聞いた大旦那は、客の女に手をついて詫びた。女は、さも悔しそうに大旦那に告げた。
   「簪はこの小僧さんが懐に仕舞ったではありませんか、それを忘れて私を疑うなんて…」
 新平が自分の懐を調べてみると、簪が入っていた。新平は泣きそうな顔をしてその場にひれ伏した。
   「ご無礼をいたしました、お詫びの金子を用意します、どうぞ暫くお待ちを…」
 大旦那が金子の用意をするために立ち上がったとき、三太が声を掛けた。
   「お客さん、この新平の目は誤魔化せても、わいの目は誤魔化されまへんで」
   「何を言うのですか、私が何時ごまかしました?」

 三太は笑って、お金を用意した大旦那を制した。
   「お嬢さん、いや、あんた女のふりをしているが男だすなぁ」
   「えっ」
   「わいは、他人の心が読めますのや、あんさんの名は松太郎さんですな」
 ずばり名前を言われて「ギクッ」としたが、松太郎は落ち着きはらったふりをした。
   「馬鹿なことを言わないで、私はお松です」 
   「お嬢松太郎という、騙り専門の盗賊やおまへんか」
   「無礼な、証拠もなくそんな出鱈目が言えたものです」
   「証拠か? 証拠はもうすぐここへ来まっせ」

 三太がそう言い終わると直ぐに男が店に入って来た。
   「お松、どうしたのだ」
 男は、帯を解いている松太郎を見て、凄んでみせた。
   「騙りの濡れ衣を着せられたのか?」
 松太郎は何か言いたげであるが、突然声が出なくなった。
   「お松、訳を言ってみろ」
   「--------」
   「そうか、悔しくて声も出せねえのか」
 三太が男に話しかけた。
   「おっちゃん、この松太郎はん、何も言ってないのに、濡れ衣を着せられたとか、悔しいとか分かるのか」
   「なんだお前は」
   「この店の丁稚です」
   「丁稚?」
   「いや、小僧です」
   「その小僧が何を言いたいのだ」
   「わい、この女に化けた松太郎はんが、簪を新平の懐へ入れるところをしっかり見ていたのや」
   「それがどうした」
   「新平は、簪を自分の懐へ突っ込まれたのを知らずに、その女に化けた松太郎はんに簪の行方を尋ねたら、いきなり怒り出して、百両だの二百両だのと脅しはじめたのや」
   「馬鹿を言え、この女はわしの女房だ、それを男だとは何という侮辱だ、女房に謝れ」
   「女房か何だか知らんが、男やないか」

 松太郎は、黙ったまま着物を脱いだ。仲間の男は慌てて制したが、松太郎は夢遊病者のように腰巻きまで外して褌(ふんどし)姿になった。
   「これの何処が女や、何やったら褌もとってもらいましょか?」
 松太郎は、褌に手をかけた。
   「やめろ! ずらかるぞ」
 男は左腕に松太郎が脱いだ帯と着物と腰巻きを、右腕で腑抜けのようになった松太郎を抱えて店の外へ飛び出した。

   「彼奴等は、この手をほうぼうで使っているようだす、塒(ねぐら)は判っとります、役人に訴えて、捕まえてもらいます」

 新平が三太の耳に囁いた。
   「新さん、親分、ありがとう」
 松太郎が着物を脱いだのは、新三郎の仕業だと新平は気付いたのだ。

  第三回 弁天小僧松太郎(終) -次回に続く- (原稿用紙11枚)

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