雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十六回 袋井のコン太

2014-07-31 | 長編小説
 袋井で待ち伏せしていたらしい狐のコン吉に別れを告げようとすると、コン吉が呼び止めた。
   「三太さん、待ってください、お願いがあります」
   「何や、お願いて」
   「仔狐を助けてやって欲しいのです」
   「どないしたんや」
 訳を尋ねると、まだヨチヨチ歩きの仔狐が穴に落ちたらしい。母親狐が一生懸命に助けようとしたが叶わず、諦めて何処かへ行ってしまったと言うのだ。
   「えらい諦めが早いおっ母さんやなあ」
   「狐は一度にたくさんの仔を生みますので、一匹にかかりきりになると、ほかの仔たちが飢え死にします」
   「そうか、わかった、その穴はここから遠いのか?」
   「いえ、近いです」
   「ほんなら行ってやろうか」

 新平は恐くなってきた。三太の周りを野犬がうろつき、吼えているのか、食べ物を強請っているのか、ギャウギャウと啼いている。三太もまた、なにやらグニュグニュと独り言を呟いている。
   「親分、しっかりしてくださいよ」
 そうかと思うと、今度は山犬について山道に入っていった。
   「もー、何ですか、山犬の餌にされてしまいますよ」
 新平は山犬だと思い込んでいるが、実は狐である。新平は残されるのが嫌なので、仕方なく三太の後に続いた。
   「まだかいな」
   「もう少しです」
   「さっきは、すぐ近くだと言ったやないか、もう一里近くは歩くで」
   「あと、ちょっとです」
   「わいを騙したんとちがうか?」
   「そんな、騙したりしませんよ」
   「なにしろ、狐やさかいに、化かしたのか?」
   「もうそろそろです」
   「お前は四本足やからもうすぐでも、わい等は二本足やで」
 もうそろそろだと言ってからでも、三丁(330m)ほど歩いた。

   「ほら。キャンキャン鳴いているのが聞こえるでしょ」
   「うん、聞こえた」
   「親を呼んでいるのですよ」
 こんな山の中に、何の為にこんな深い穴を掘ったのだろうと思うくらいの穴だが、穴の口径は小さく動物を捕獲する落とし穴とも思えない。
   「多分、山犬が兎を捉えた穴でしょう」
   「わあ、可哀想に、小さい狐の仔が落ちとる」
   「親が尻尾を垂らしたのですが、銜える力が無くて」
 三太の腕では届かず、穴の入り口を広げて三太の上半身が入るほどにして、ようやく仔狐に手が届いたが、仔狐は怯えて三太の指に噛み付いた。
   「痛てっ、あかん、掴ましよらん」
   「済みません、俺が言って聞かせます」
 コン吉が何やらゴニョゴニョと呼びかけると、牙を剥いていた子狐がおとなしくなった。
   「もう、噛みません、お願いします」
 三太はそっと手を入れたが、こんどは大人しく弛んだ首の皮を掴ませた。
   「何と言って大人しくさせたのや?」
   「はい、この人は、お前のお父っあんだよと…」
 今度は、懐きすぎて、抱き上げると三太の口を舐めようとする。餌をねだっているのだ。
   「何を食べさせたらええのやろか?」
   「はい、この時の用意に、カラスの卵を盗っておきました」
 コン吉は近くの木の根元を掘って、カラスの卵を三つ取り出してきた。一個割って掌に載せると、腹が空いていたのであろう、息つく暇もなく舐めてしまった。
   「ほら、もう一個や」
 これも、あっと言う間に舐め尽くした。
   「これが最後やで」
 舐めてしまうと、もっと食べたい様子で行儀よく座り、三太を見上げている。
   「早く、おっ母ちゃんのところへ行き」
 仔狐は、ただただ三太に付き纏うばかりである。
   「コン吉、お前がこの仔のおっ母ちゃんの処へ連れて行ってやり」
   「それが、他の仔たちを連れて、何処かへ行ってしまったのですよ」
   「ほんなら、お前が育ててやり」
   「俺の群れに、こんな他所のチビ助連れていったら、仲間にかみ殺されてしまいます」
   「もう、難儀やなあ、どうしたらええのや」
   「三太さん、育ててやってください」
   「あほ、わいは旅の途中やで、こんなん連れて旅が出来るかいな」
   「そこを何とか」
 言いつつ、コン吉は草叢に姿を消してしまった。仕方なく仔狐を置き去りにしようとすると、仔狐は一生懸命に「はぁはぁ」と荒い息をしながら追っかけてくる。三太が見えなくなったら、「クゥン、クゥン」と呼びながらそれでも追いかけてくる。後戻りをして抱いてやると、全身で喜びを表現して、三太の腕を舐め回す。
   「親分、そんな山犬の仔を捕まえて、どうするのです?」
   「親に見捨てられたのや、新平、お前と同じやで」
 三太にそう言われて、新平の仔狐を見る目が変わった。頭を撫でてやろうとしたが、仔狐は「ウー」と牙を剥いて噛み付こうとした。三太は仔狐に言って聞かせた。
   「この子は、お前の兄ちゃんやで、噛んだらあかん」
 言った三太自信が驚いた。話が通じたのである。仔狐はおとなしくなって、次に新平が手を出すと、ペロペロと舐めた。

 仔狐を連れてどこまで行けるかわからないが、無下にするわけにはいかない。かくして、仔狐を懐に入れての旅が始まったのである。
   「餌はカラスの卵ですか?」
   「あれは偶々そこに有ったから食べさせたのや、鶏肉や鶏卵が旅籠に頼めば買えるやろ」
 だが、鶏卵は高級食材である。一個十文位は取られるだろう。
   「その分、わい等の買い食いを節約せんとあかん」
   「辛いですね」
 そんな話をしながら歩いていると、子狐は安心したのか懐で丸くなって寝てしまった。


 掛川宿に入った辺りだ、見知らぬ男に声をかけられた。
   「子供さん、それ狐と違うのか?」
   「へえ、そうだす」
   「そんなのを持っていたら、お稲荷さんに祟られますぜ」
   「親に見捨てられた仔狐だす、助けてやったのに祟られるなら、お稲荷さんに文句の一つも言ってやります」

 また少し進むと、別の女が声をかけてきた。
   「そんな狐の仔は、三文の値打ちもない、山に捨てて山犬の餌にでもしなさい」
 これには、新平が怒った。
   「山犬の餌なんて、この仔の身になってみな、あんたが山犬の餌になれ」
   「おお恐い」

 暫く歩くと、鶏を飼っている農家があった。丁度老婆が鶏に餌を与えているところだった。
   「おばさん、鶏の卵を分けて貰えませんやろうか」
   「へえ、ありますよ、何個要るのですか?」
   「二個も有ればええのですが」
   「おや? 懐から狐が頭をだしていますね」
   「そうだす、この仔のご飯だす」
   「そしたら、良い物があります、今夜食べようと潰した鶏の皮を猫の為に残してあります、あれを差し上げます」
   「まだ小さい子供ですので、食べられるやろか」
   「今、お湯が煮えたぎっていますから、茹でてあげます」
   「おばちゃん、優しいね、動物好きか?」
   「へえ、家には猫と兎が居ます」
   「それと、鶏もですやろ」
   「あれは、食用ですから」

 言っている間に、茹で上がった。それを細かく刻んで竹の皮で包んでくれた。
   「それから、鶏の卵が二個でしたな、これもあげます」
 くれぐれも、卵を孵化させようと暖めたらいけないと教えてくれた。雄鶏と交尾をしてできた卵ではないので、暖めると腐るだけだそうである。
 
 ちなみに、鶏の皮をコン太に与えると、「ハグハグハグ」と唸りながら、あっと言う間に食べてしまい、反り返って三太の顔を見ながら舌なめずりをしている。帰りに水路の近くの地面に下ろしてやると、自分で水を飲んだ。
   「残りは明日のご飯や」
 コン太は三太の懐に戻ると、諦めてまた寝てしまった。
 
 日坂宿に向けて歩いていると、茶店があった。
   「新平,コン太のご飯は貰ったので、わい等何か食べよか」
   「牡丹餅が食べたい」
   「よっしゃ」
 床机に腰掛けて、二人前注文していると、女がチロチロ三太の膨れた懐を見ている。女は、三太達のすぐ後ろに腰を下ろした。
 お茶と牡丹餅が出くると、コン太が目を覚まして皿の中を覗き込んだ。匂いを嗅がせると、クンクンと嗅いでいたが、興味なさそうに首を引っ込めてしまった。
   「お兄さん達、どちらまで」  
 後ろの女が声をかけてきた。
   「へえ、ちょっと江戸まで」
   「あらそう、そんなに遠くまで…」と、言いながら馴れ馴れしく肩に手をかけてきた。三太は無視して牡丹餅に舌鼓を打っていると、女がいきなり叫んだ。
   「痛い」
 懐を見ると、コン太が牙を剥いて「ウー」と、唸っている。どうやら、女は三太の懐の膨らみを巾着だと思ったらしい。振り返って女をと見ると、もうそこには居なかった。
   「あははは」
   「親分、思い出し笑いなんかして、どうしたのです?」
   「さっき後ろに居た女、掏摸やった、わいの懐へ手を入れて、コン太に噛まれよった」」
   「コン太の初仕事ですね」
   「そうや、コン後とも、お頼もうします」
   「駄洒落かいな」 

  第二十六回 袋井のコン太(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚)

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「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
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「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
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「第二十六回 袋井のコン吉」へ
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「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
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「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十五回 小諸の素浪人

2014-07-29 | 長編小説
 二回目の賽が振られた。三太からの指示は「丁」
   「丁だ」
 ツボ振りがツボを開こうとしたとき、一瞬だが眩暈(めまい)がしたようである。だが、相手に気付かれまいとしてか、何事も無かったように怪しげな手つきでツボを開いた。
   「にぞうの丁」
 ツボ振りが少し首を傾げた。これで一対一である。

 三回目の賽が振られた。勝負はこれで決まる。三太からの指示は「半」
   「半だ」
 山村堅太郎は、一声大きく半の目に賭けた。ツボを開こうとしたツボ振りは、またしても眩暈に襲われた。
   「ゴケの半」
 
 ツボ振りは慌てた。こんな筈はないと思ったのだ。
   「いかさまだ!」
   「おかしな事を言うではないか、拙者は賽にもツボにも手を触れておらん」
   「わしに術をかけただろ」
   「術でお前のいかさまを封じたとでも言うのか」
 ツボ振りは、黙り込んだ。
   「三十二両分のコマだ、ショバ代二両差っ引いて三十両貰って行くぜ」
 
 他の客が見ている場所で、いちゃもんをつけるのはまずいと思ったのか、三十両は渡してくれた。山村と三太が外へ出て間もなく、六人の子分達がばらばらっと飛び出して追ってきた。
   「おい、何かイカサマをやっただろ、勝ち止めはさせねえぜ」
   「どうする気かね」
   「決まっている、ここで腕の一つもぶった切ってやる」
 長ドスを抜いて、山村堅太郎に向けた。
   「山村さん、ここからはわいの出番や、そっちへ退いていてや」
 三太が山村の前に飛び出し、両手を広げた。
   「ガキは、引っ込んでおれ」
   「へん、ガキはガキでも、そんじょ其処らのガキと違うのや」
 一人の子分が三太を追い遣ろうとドスの切っ先を下げて三太を掴まえようとした時、三太はスルッとしゃがんで身を交わし、木刀で男の足を払った。
   「痛てェ、この糞ガキめ」
 だが、その後、男はクルっと後ろを向くと、仲間にドスを向けた。新三郎が男の生魂を追い出して自分が男の魂として収まったのだ。
   「こら、何をするのだ、喧嘩の相手が分からなくなったのか」
   「喧しい、わしは悪者を退治するのじゃい」言ったのは新三郎である。
   「馬鹿、わし等はお前の仲間だ」
 男は聞く耳を持たず、仲間に斬りつけた。返り討ちに遭い、チョコッと肩口を切り付けられると、気を失って倒れた。斬りつけた男もまたおかしくなって、ドスを仲間に向けた。
   「こらっ、ちょっと待て、あのガキを見てみろ、仲間内で遣りあっているわしらを見て、ゲラゲラ腹を抱えて嗤っているではないか」
 仲間にドスを向けた二人目の男も聞く耳を持たず、仲間にチョンと切っ先で腕を突かれて気を失った。
   「こらっ、そこのガキ、お前は狐か?」
 三太が「コン」と鳴き真似をすると、三人目の男はその場に崩れて気を失った。
 
   「なんでい、だらしねえ兄貴たちだなあ」
 残りの三人が、一斉にドスを翳して三太に向って走ってきたが、真ん中の一人は一瞬足を止めると、ドスの峰で前を行く二人の頭を次々と叩いた。
   「痛てえ、何をしやがる」
 どうやら新三郎、二人を相手に暴れたくなったようである。これまた仲間である筈の男が、ドスを構えて真剣な顔付きで向って来る。
   「待ってくれ、お前は狐に操られているのだ、頼む、正気に戻ってくれ」
 二人は堪らず、賭場の親分の元へ駆け込んだ。   
   「親分、てえへんです、あの父子は狐ですぜ」
   「馬鹿野郎! 何を寝呆けたことを言ってやがる」
   「あの小僧の強いこと、人間業とは思えねぇ」
   「だから狐だと言うのか」
   「ツボ振りのいかさまを封じたことと言い…」
   「何をぬかしやがる、客の前だぞ」
 親分は平手打ちをこの子分に一発かました。
   「いかさまだと、この賭場はいかさまをしていたのか」
 客が騒ぎ出した。
   「いかさまだ、いかさまだ、金返せ」
 そこへ三太が一人で入ってきた。
   「われは、御饌津神(みけつしん)が遣わしたる狐である」
   「このガキ、子分どもを誑かしよって」
   「ガキとは何事、神をも恐れぬ戯け者め、天罰じゃ」
 突然、親分が阿波踊りのように踊りだした。これには、子分達ばかりか客達も驚いた。
   「祟りじゃ、お狐さまの祟りじゃ」
 そこで三太は厳かに、
   「負けたものは、取られた分を返してもらいなさい、勝ったものは戻さなくてもよろしい」
 
   「新さん、引き上げようや」
 三太は踊っている親分に囁いた。途端に親分はグニャリとなって崩れ落ちた。


 その夜、旅籠の部屋で三太達は遅くまで話をしていた。山村堅太郎の先々のことが三太の気になったのだ。三太というよりも、新三郎が同郷のよしみで気に掛けていたのである。
   「結局、三十両手に入りました」
   「わいが出した元手一両を引かなあかんがな」
   「あ、これは失敬、二十九両でした。
   「わいは、一両返してくれたらそれでええ、二十九両は、山村さんにやる」
   「そんな、せめて折半で…」
   「かまへん、かまへん、銭儲けはわい等でまた考える」
   「忝い」
   「そやけど、博打でもっと増やしたろと思ったらあかん、博打は一度きりにしいや」
   「はい」
   「女郎買いも、はまってしまったらあかん、二十九両なんかすぐに無くなる」
 新平が突っ込んだ。
   「親分も」
   「アホ、わいに女郎買いが出来るのか」

 三太は思いついて山村に声を掛けた。
   「上田藩と小諸藩は近くですやろ」
   「そうだ、隣の藩だ」
   「上田藩に、佐貫三太郎と言うお侍が居ますのや」
   「どのような御仁でしょう」
   「上田藩士で、わいの先生の兄上や、他人が難儀しているのを放っておけないお人よしだす」
   「善い人のようですね、だが見ず知らずのお方を頼って行く訳にはいかないが」
   「わいがこれから棒術と商いを教えて貰う師匠の親友でもあるのや、師匠に紹介して貰おう」
   「父上の切腹は十四年も前のことだし、お狐さんでさえも今更どうにもならないよ」
 お狐三太は考えたのだ。三太の師となるべく京橋銀座の福島屋亥之吉に会い、信州上田藩の佐貫三太郎に一筆認(したた)めてもらおうと言う魂胆である。自分のことであれば、他人の褌で相撲をとるようなものだが、ことは自分の手が届かない侍の世界のことである。佐貫鷹之助先生の自慢の兄上であるから、必ず引き受けてくれて、悪い様にはしない筈である。これは三太の一存ではなく、以前は佐貫三太郎の守護霊であった新三郎の入れ知恵であることは言うまでもない。
   「山村さん、わい等を連れて旅をしていては路銀も時間もかかりますやろ」
 おとなの早い足で一足先に江戸へ行き、自分の思いを三太郎に手紙で伝えてもらい、返事を待ってから上田に向わせるか、紹介状を持たせて即刻上田に向って貰うか、師匠の亥之吉にお願いしてみようと思ったのだ。
   「師匠にわい等のことを訊かれたら、後半月はかかりそうだと答えてください」
   「何故、連れてきてはくれなかったと咎められたら…」
   「わい等の足でゆっくりと歩き、見聞を広げて江戸に着きたいと言っていたとか何とか言っといてください」
   「そうか、最後の自由を楽しみたいのだな」
   「へへへ」
 
 翌朝、一足先に江戸へ向う山村堅太郎に別れを告げた。



 話は飛ぶが、山村堅太郎は京橋銀座の雑貨商福島屋に着いた。京橋銀座で通りがかりの人に尋ねると、「ああ、それなら…」と即、答えてくれた。
   「立派なお店だなあ」
 堅太郎の気持ちは、萎縮気味であった。自分は痩せても枯れても武士なのだと自分を奮い立たせて店に飛び込んだ。
   「いらっしゃいませー」
   「済まぬ、客ではないのだ、ご主人の亥之吉さんにお逢いしたい」
   「へーい、ただ今お呼びします」
 暫くして、前垂れ姿の若い男が、暖簾を掻き分けて出てきた。
   「へい、お待たせしました、わたいが亥之吉でおます」
 三太と同じ、べたべたの上方訛りである。
   「旅の途中で、三太さんという子供さんに出会いまして…」
   「ああ、三太だすか、ここへ来るはずだすのに、遅いから何かあったのではないかと心配しておりました」
   「三太さん達は、お元気でした」
   「さよか、それは良かった、それでどこに来ていますのかな?」
   「それが浜松宿で、わい等はゆっくりと歩き、見聞を広げて江戸に行くから先に行ってくれと言われまして」
   「あいつ、物見遊山の旅やと思っているらしい、先が思い遣られますわ」
   「でも、しっかりした強い子供さんです」
   「さよか? ところでさっき、三太さん達と言いはりましたが、連れがいましたか?」
   「はい、新平という同い年の男の子が」
   「へー、どこの子やろ、鷹之助さんからは、何も伺っとりませんが、さて?」
 山村堅太郎は、事情をすべて話し、佐貫三太郎さんを紹介してもらうように頼んだ。
   「あのお節介焼きの三太、三太郎さんにそっくりだすわ、いえ、三太と三太郎さんは他人でっせ」
 そのお人好しの、お節介焼きが、亥之吉には気に入っているらしい。

   「宜ろしおます、すぐに佐貫三太郎さんに手紙を認(したた)めます、返事が来るまで、我が家でゆっくりしておくれやすや」
 この亥之吉さんも、お人好しのお節介焼きに相違ないと思う山村堅太郎であった。

 自分は不幸を背負って生まれて来て、四面楚歌で天涯孤独な自分だと諦めていたが、世の中、善い人も居るものだと、前途に少し灯りが射した思いがした。もし、佐貫三太郎からの返事が、たとえダメであっても、決して恨まずに生きていこうと心に決めた山村堅太郎であった。


 時は戻って、三太と新平は、袋井宿辺りでうろちょろしていると、何処からか三太を呼ぶ声が聞こえた。 
   「三太さん、三太さん、俺、狐です」
 草叢からキツネ色の狐が飛び出した。
   「へ? 狐? 名前は?」
   「まだ無い」
   「どこで生まれたの?」
   「頓と見當がつきません」
   「この辺の山の中やろけど」
   「薄暗い、じめじめした所でクウンクウンと啼いて居た事丈は記憶して居るのですが」  
   「わい等、この一節どこからかパクってないか?」
   「気の所為ですよ」  
   「わいが名前をつけたる、コン吉はどうや?」
   「三太さん、そんな在り来りの名前は嫌ですよ」
   「何でわいの名前を知っているのや」
   「餌を求めて里をうろついていたとき、三太さんの昨夜の活躍を見たのですよ」
   「あはは、見られていたのか」
   「コンと一声啼いて、大の男を気絶させた」
   「コン吉も、人間に化けられるやろ」
   「まだ出来ません」
   「油揚げが大好物か?」
   「三太さんは油揚げ好きですか? 食べないでしょ、それは嘘ですよね」
 狐とお喋りしていると、新平が突然怒ったように大声を上げた。
   「親分、新さんと話すときは口に出さないでくれます?」
   「新さんと話していないよ」
   「じゃあ、独りごとですか? 気持ちが悪いなあ」
   「ん? 新平には見えなかったのか?」
   「何を?」

  第二十五回 小諸の素浪人(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十四回 遠州灘の海盗

2014-07-26 | 長編小説
 新居宿から舞坂宿までの二里は、帆船(ほふね)で渡る「今切の渡し」である。船に乗り込んだ三太と新平は、景色を見ていると船酔いをするので、仰向(あおむ)に寝そべっても人に踏まれない船首に陣取った。陽が当たるので尻に敷く菰(こも)をそれぞれ頭から掛けた。
 気持ちよくなって、まどろんでいると「がつん」と、船が何かに突き当たった。船客の悲鳴が起り、女の泣き声が混じった。
 どうやら、船と船が衝突したらしい。相手の船から、男が二人三太たちの乗った船に飛び移り、一人がいき成り抜刀した。もう一人は、笊(ざる)を船客たちの前に置いた。
   「有り金をここへ入れろ、後で調べて隠していると分かれば斬る」
   「どうか、命は助けてください」
 船客は、財布、巾着などを笊に放り込む。
   「私は泳げません、どうか船を沈めないでください」
   「どうか、命ばかりは…」
 どうやらこの海盗、持ち金を吐き出させると、最後に船を横倒しにして悠々と遠州灘に引き上げていくらしい。それを人から聞いて知っている船客が幾人か居て、ヒソヒソ話している。
 
 三太が起き上がり、財布や巾着が入れられた笊に近寄ると、海盗の一人が怒鳴りつけた。
   「子供は退いていろ、邪魔だ」

 それでも三太が近付くと、男が三太の首根っこを掴んで、船首に追い遣ろうとした。
   「こら、悪党! わいを甘く見るな」
   「煩せえ、これは海賊ごっこをしているのではないぞ、おとなしくしていろ」
 三太は、頭を拳骨で「こつん」と、殴られた。
   「痛っ、やりやがったな」  
 言うが早いか、三太は男の股間を後ろ蹴りにしようとしたが、男の足が長くて届かなかった。仕方が無いので足の甲を踏みつけると、男は気を失ってしまった。明らかに新三郎の仕業である。
   「このガキ、仲間に何をしてくれた?」
 今度は前向きだったので、見事男の金的を蹴り上げた。
   「痛え!」
 この男も気を失って倒れた。いくら金的に命中したからと言って、三太ごときの力で気を失うわけが無い。やはり新三郎が倒したのである。
 それを見ていた三人目の男が乗り込んできた。
   「このガキ、大人二人を倒しやがって、お前は化け物か?」
 三太は、舌をべろべろと出して見せた・
   「バーカ」
 男は怒って、三太を掴まえ、湖に投げ込もうと迫ってきた。その時、男は平衡を崩し、よろけたところを三太が尻を蹴飛ばすと、倒れる体を船縁で支えようとしたが、手が滑って頭から湖水に落ちてしまった。
 三太は、笊に入れられた財布などを甲板にバラ撒くと、笊を海盗船に投げ入れた。
   「心配せんでもええ、自分の財布を早く仕舞って」
 船客達は、三太の働きを見ていたから、恐怖心は薄らいだようである。夫々の自分の持ち物を探して懐に収めた。
 
 三太は、やおら着物を脱ぎ、胴巻き、巾着ともに新平に託すと、海盗船が近寄るのを待って飛び移った。
   「わいが、退治してやる、かかって来い!」
   「何を小癪な」
 海盗は後二人である。強がっているが、明らかに動揺している。
   「どうしたんや、わいが恐ろしいか」
 怖気付いてはいるが、刀を持っていることが勇気の後押しをしたのか、三太に斬りかかってきた。だが、剣の先が三太に届く前に、気を失ってぶっ倒れた。残りの一人が、先程海に落ちた男を船上に引き上げようとしている。三太はその後ろに回って、背中を蹴って湖面に落とした。二人が水に浮いているうちに、三太は櫓(ろ)を流し、倒れている海盗の剣を奪い、船の帆綱を切り、落ちてきた穂を切り取って湖面に捨てた。

 三太は水に飛び込むと、抜き手を切ってと言いたいが、可愛く蛙泳ぎでスイスイと渡し船を追った。もし、上空から三太の泳ぎを見たら、ほんとうの蛙に見えたであろう。
 海盗の船は、暫く同じ場所で漂っていたが、やがてゆっくりと海を目指して動き始めた。その動きを不審に思った関所の役人が目を付けた。どうやら、手配中の海盗であったような…。


 三太は船に着いた。船客の二人の男が三太の腕を持って船に引き上げてくれた。一瞬の静寂があって、一人が三太に拍手を送ると、それに釣られて皆が手を叩いた。
   「小さいのに、強かった」
   「すごい子供だ」
   「わしは泳げないから、もうだめだと思った」
   「わたいもだす」
 船客たちが喜びの声を立てている傍で、面目なさげに座り込んでいる浪人がいる。誰もが当たらず障らずそれとなく蔑視している。三太が浪人の傍へ進み出た。
   「兄ちゃん、腹が減って元気がないのか?」
   「面目ない」
   「ほな、今朝旅籠で用意してもろた握り飯やる」
   「お前の昼飯が無くなるだろう」
   「わいは連れの分を半分こして食べる」
   「そうか、すまんのう」
 昨日の朝から、水しか口にしていないそうである。
   「この船賃払ったら、文無しじゃ」
   「これからどうする積りだす?」
   「そうだなあ、どこかの旅籠で、風呂焚きにでも使ってもらおうかと思っている」
   「お国はどこだす?」
   「信州じゃ」
 新三郎がピクリと反応した。
   「父は小諸藩の勘定方で、糞真面目だけが取り柄の男だったが、上司の悪事を一身に被って切腹して果てた」
 母は、夫の無実を信じてやることが出来ずに、「世間に顔向けが出来ない」と、八歳の自分を残して自害したのだという。その後は、父の友人の屋敷に使用人として住み込み、真面目に懸命に働いたが、十五歳の時に主人の金をくすねたと濡れ衣を着せられ、たった二朱を与えられて放り出された。
 今日、二十二歳になるまでは、山家の爺に拾われて薪売りをしていたが、その爺も昨年の暮れに死んだ。
   「自分一人くらいは、何をしても食っていけると思ったのだが…」   
 浪人は、急に黙ってしまった。
   「お兄ちゃん、わいは三太、この子は新平だす、江戸へ行って棒術を習い、強い男になります」
   「俺は素浪人山村堅太郎だ、希望のあるお前たちが羨ましいよ」
   「どこかの藩に仕官しないのですか?」
   「小諸藩を追放された身で、忠臣、二君に仕えずの風潮のなか、その望みは浜の真砂から一粒の砂金を見つけるに等しい」
   「では、父上の無実の罪を晴らして、小諸藩に返り咲けばええと思う」
   「そんなにあっさり言わないでくれよ、十四年も前のことだぜ、藩主も上司も代替わりしている」
   「きっと事実を知っている者が居ると思うが」
   「小諸のことは、夢のまた夢だ、目を閉じると優しかった父と母の面影が浮かぶ」

 話をしていると、船が対岸の舞阪宿に着いた。船客全員が集まって、三太に礼を言った。
   「わいは三太だす、またどこかで逢ったら、宜しくおたのみ申します」
   「親分、何を名前売っているの」
   「そやけど、何処で逢うかわからへん」
   「出会ったら只で泊めて貰って、娘と一緒の布団で寝かせて貰うのだろ」
   「新平、よく分かるようになったなあ」
   「すけぺ」

 山村堅太郎は、このまま別れる訳にはいかない。なにしろ無一文なのだから何とかしてやらねばならないと三太は思っている。

   「山村さん、博打はするのか?」
   「いや、一度もやったことはない」
   「ほな、一度だけやってみようや」
   「元手が無い」
   「わいの一両が元手や」
 どうやら、博打好きの新三郎の入れ知恵らしい。とにかく三人で腹ごしらえをして、四里の道を歩き浜松宿まで来た。三太と新平もしっかり歩いたので、浜松で旅籠をとったときは、まだ陽が射していた。
   「女将さん、この辺りに賭場はあるかい?」
 山村に尋ねさせた。
   「はい、少し離れていますが、ございます」
   「そうか、では泊めて貰おう」
   「へーい、三人さまお泊りー」
   「父子なので、部屋は一つで宜しい」
   「承知しました」

 草鞋を脱ぎ、脚盥で土を落としてもらうと、明るい部屋に通された。食事が来るまでに一風呂浴びて綿密に打ち合わせをした。
   「わいを膝に座らせて勝負が出来るとええのやが、引き離されたら山村さんの心に呼びかける」
 試しに、新三郎が山村に移り話しかけた。
   「どうや、分かるやろ」
 山村は驚いた。三太が山村から離れても意思が伝わって来る。やはりこの子は、只者ではないと恐怖さえ感じた。
   「勝って帰ろうとしたら、差しで勝負しようと言ってくる、これは必ずいかさまなので、わいが言う通りにしてや」
 山村は神妙な顔付きで頷いた。
   「飯食ったら出かける、新平は旅籠で待っていてや」
   「おいらも行く、親分と新さんがやられて帰らなかったら、おいらどうすればいいのか分からない」
   「新平、考えてみいや、わいは殺されるかも知れんが、新さんは殺されることはない」
   「あ、本当だ、おいらのところへ戻ってくれるのか?」
   「そうや」
   「それなら、行っていらしゃい」
   「現金なやつ」

 賭場は、荒れ寺の本堂であった。一畳程の盆布のど真ん中に壷振りが片膝ついて座り、その真向かいに中盆がどっかと胡坐をかいている。客はもう詰まっていて、盆布の周りを取り囲んでいた。
   「遊ばせて貰うぜ」
 子供を連れた浪人が入って来た。
   「へい、いらっしゃい」
 三下がコマ札の交換係を案内した。暫く待っていると、場所が開いたので山村がそこに座り、三太を膝に座らせた。
 
 賽コロが振られ、中盆の「はった、はった」の掛け声に、客が丁半に別れてコマをはる。三太は山村の指を二本掴んだので、「丁」にはった。
   「グッピンの丁」
 山村の前にコマが寄せられた。一両を全部賭けたので、二両になった。
   「かぶります」
 賽が振られて、三太が指を一本握ったので、「半」にはると、
   「しぞうの半」
 あっと言う間に、山村に十六が両転がり込んできた。
   「そろそろ、止めさせてもらおうか」
 金に換えようとすると、中堅が寄ってきた。
   「お侍さん、ついていますなあ、最後にわしとそれ全部賭けて差しでやりませんかい?」
   「そうか、よしやろう」
 差しで勝負は、賽一個を三回振って、丁か半かを先に二度当てると勝ちになる。ただ、ツボを開くときのツボ振りの手つきが怪しい、ツボを被せた時には、賽はツボ振りの手の中に納まっており、ツボの中は空っぽだ。賽はツボを開くときに押し込まれるので、出目はツボ振りの思うが侭になる。
   「気が散るので、子供さんは離れて貰えますか」
 案の定、ツボ振りは三太を離しにかかった。
   「三太、父ちゃん勝負するからそっちに座っておとなしく待っていなさい」
   「うん」
 三太は山村から離れた。
 一回目の賽が振られた。三太(実は新三郎)から「半」と意思が届いたので、「半」に張った。ツボを開くと六の目で、丁であった。ツボ振りはにんまり笑った。

  第二十四回 遠州灘の海盗(終) -次回に続く-  (原稿用紙15枚)

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「第十五回 七里の渡し」へ
「第十六回 熱田で逢ったお庭番」へ
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「第十八回 一件落着?」へ
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「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
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「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
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「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
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猫爺のミリ・フィクション「義理堅い蛸」

2014-07-22 | ミリ・フィクション
 茂九兵衛は、神戸(こうべ)は須磨の松原に掘っ立て小屋を建てて住む独身の猟師。働き者で今朝も暗いうちから漁に出かけてきた。
   「今日は不漁や、雑魚ばかりしか網にかかっておらん」
 諦めかかったとき、網の最後で大きな蛸が逃げようともがいていた。
   「これは立派な蛸や、たこ焼きにしたら百人分はある」
 茂九兵衛は、ほくほく顔で蛸を網から離すと、船底の生簀に放り込んだ。今日の漁はこれまでと、岸に向って櫓を漕いでいると、船底から女の声が聞こえた。
   「もしもし猟師さん、お願いがあります」
   「お願いて、誰やいな」
   「私です、先程網に掛かった蛸です」
   「その蛸が、何のお願いや?」
 蛸は涙ながらに事情を打ち明ける。
   「お腹が空いて、雑魚を食べようと追いかけまわしていて、猟師さんの網にかかってしまいました」
   「それが漁やから、普段通りことやけど?」
   「実は、私は巣に三百個の卵を残して来ました、私が護ってやらなくては、全部魚に食べられてしまいます」
   「それが自然の生業、食物連鎖やないか」
   「それはそうですけど、子供達が哀れで、死んでも死に切れなません」
   「逃がせと言うのか?」
   「はい、せめて子供達が巣立っていくまで、私を巣のもとへ帰していただけませんか?」
   「そう言われても、はいどうぞと逃がしていたのでは、わいの生業が立ち行きまへん」
   「子供達が巣立ちましたら、必ずあなたの元へ行きます、それまでの間、どうぞご慈悲を」
   「そう言われたら、情が湧くちゅうもんや、よし分かった逃がしてやろ」
 蛸の母親は海に戻されて、うれしそうに波間に消えていった。
 
 それから十日後の夜、茂九兵衛が眠ろうとしていると、表の戸を叩く者がいる。
   「もしもし茂九兵衛さん、ここをお開けください」
   「誰やいな、こんな夜更けに…」
   「私でございます、蛸のお墨ともうします」
   「えーっ、よく此処がわかったな」
   「砂浜に、見慣れた船がありました」
   「よくわいの名前がわかったな」
   「夕方、近所の人が来て、名前を呼んでいました」
   「早くから来て、時間待ちをしとったのかいな」
   「はい」
   「あんた、お墨さんと言うのか、何や義理堅く漁られに来てくれたのか?」
   「はい、お約束でございますから」
   「あんた殺されると分かっているのに、なにも正直に来んでもよかったのに」
   「それでは、義理が立ちません」
   「義理はかまへんから、海へ戻り」
   「それなら、今夜一晩夜伽なと…」
   「蛸の夜伽やなんて、扱いに困るわ」
   「いいえ、そんなことはありません、私のは蛸壺と言いまして、ぎゅっと吸い付きます」
   「そらまあ、蛸やからなあ」
   「蛸壺の内側は、ゴカイ千匹」
   「わあ、気持ち悪ぅ」
   「それに私、潮を吹きます」
   「へー」
   「時々、潮と間違えて墨を吹きますけど」
   「わあ、朝起きたら、腰の周り真っ黒や」
 折角の好意だが、夫婦になっても産まれてくる子供のことを思うと、ふん切りがつかないと、丁重に断って波打ち際まで送っていった。


 それから何年か経ったある日、茂九兵衛は漁に出て時化に遭ってしまった。船が傾き沈みそうになり、流石海の男の茂九兵衛も、これまでと観念をしたとき、船は真っ直ぐに起き上がり、茂九兵衛の住む松原を目指し、嵐の中をすいすいと突き進んで行った。
   「茂九兵衛さん、蛸のお墨です、子供達がこんなにたくさん大きくなって戻ってきてくれました」
 みると、船の周りに蛸だらけ。船尾には大蛸が後押しをしている。
   「あの大蛸は?」
   「わたしの父親です」
   「父親だとどうして識別できるのや?」
   「父親は、この辺りで子種を撒き散らしていますので、この辺の蛸はたいてい、この大蛸の子供です」
 船は蛸たちに護られて、無事松原へ到着した。
   「この子たち、みんな茂九兵衛さんに命を助けられたようなものです」

 困ったことに、この日から茂九兵衛は蛸が食べられなくなった。そればかりか、蛸が網にかかると、全部逃がしてしまう。その為、蛸嫌いの茂九さんと、猟師仲間から侮蔑ぎみに呼ばれるようになった。

 ある夜、
   「もしもし、茂九兵衛さん、此処をお開け」
   「誰やいな、こんな夜更けに」
   「あなたに助けられた蛸の墨太郎です、夜伽なと…」

   「逃がす度に、こんなヤツが来よったらかなわん」
 茂九兵衛、猟師をやめて、夜逃げしてしまった 。

(修正)  (原稿用紙7枚)

猫爺のミリ・フィクション「汚名返上」

2014-07-20 | ミリ・フィクション
 山から兎が下りてきて、亀の棲む池のほとりに立った。
   「もしもし、亀さん」
   「何や、揚げおかきでも売りに来たのか?」
   「それ、何です」
   「いえ、スーパーで売っているそんな名前のおかきがありますねん」
   「もしもし、亀さんと言うのですか?」
   「教えてあげましょうか、あのおかきの袋に浦島太郎の絵が描いてあるけど、浦島太郎の物語にはそんなセリフはない」
   「そんなこと、どうでも良いのです」
 この兎の先祖、亀の先祖と駆けっこをして兎が敗れたので汚名返上のために再挑戦にきたのである。
   「そんな面倒くさいこと、嫌や」
   「そうは言わずに、もう一度挑戦させてください」
   「ほんなら、鼈(すっぽん)に頼みなはれ、兎と鼈やなんて、男性用の強壮ドリンクみたいやないか、夜行性で夜はピンピン」
   「私は、ピョンピョンです」
   「ちょっとの違いぐらい、負けとけ」
 兎は土下座をして亀に頼み込んだ。
   「お願いします、この通りです」
   「しゃあないなあ、どうするのや?」
   「向こうの山の麓まで、どちらが先に駆け着くか、駆けっこです」
   「ほんなら、やってやる、スタート位置まで行こう」

 よーい、どん(太鼓の音)で走者スタートする。兎リード、兎どんどん引き離し、あっと言う間にゴールに到達する。
   「どうせ亀が来るのは晩だろう、ゴールに達しているから抜かれることもない」
 兎は寝てしまう。一眠りして目が覚めたが、亀は未だ来ない。
   「ちっ、こんな遅い亀に、私の先祖は負けたのか」
 あきれて、兎は眠り込んでしまう。

 
 一方亀はと言うと、えっちら、おっちら、歩いていたが、「こんなことをしていては、干からびてしまう」と気付き池へ戻ってしまう。
   「面倒臭いし」


 二度寝した兎は、日暮れになって目が覚めた。周りを見ると、狼の子供達に囲まれ、自分を覗き込んでいる。

   「父ちゃん、この兎生きとる」
   「そうか、ほんなら食べなさい、落ちていた兎は、よう確かめて食べないと病気になるからな」
 

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十三回 二川宿の女

2014-07-19 | 長編小説
 恋とは、仄々としたものと、情念を燃やすものがある。通常「初恋」と言えば、前者を指すことが多いが、三太の場合は瞬時一過性ではあったが後者であった。自分の命を溝にすてることになろうと、寿々を護ってやりたいと思う情念であったのだ。
 叶わぬ夢と悟り、一瞬にして自分の独占欲を拭い去り、寿々の憧れの人であった長者の若様に寿々を託した離れ業は、子供とは言い難い情念の自己処理法であった。
 三太が抱いたものが愛情であれば、寿々が幸せになれたかどうか気になる筈であるが、三太はただただ寿々の住む村から遠ざかりたかった。

 吉田の宿場で旅籠をとる積りで来たが、もう一足延ばして、二川宿(ふたがわしゅく)まで歩いた。旅籠をとったときには、日はとっぷりと暮れ、もう旅籠の提灯に火が入っていた。
   「おや、めずらしい、子供さんの二人旅ですか」
 三太と新平の世話をしてくれる若い女中が声をかけた。 
   「そうですねん、お江戸まで行きます」
   「あらまあ、折角の可愛い三度笠が弾けていますね」
   「ああ、それ踏んでしまったもので、折れたんだす」
   「お父っつあんが、近くで笊籬屋(いかきや)をしています、持っていって修理して貰いましょう」
   「お願いします、お代金は如何ほど…」
   「要りませんよ、お父っつあんは、わたしの言うことなら、何でも聞いてくれます」
   「修理にお金がかかるようやったら、言うてください」
   「はい、わかりました、それとお二人さん、着物が汚れていますので洗っときます」
   「明日朝までに乾きますやろか」
   「はい、お任せください、もし朝になっても生渇きでしたら鏝で乾かします」
   「おおきに、お姉さんは優しおますなあ」
   「弟みたいで、世話を焼きたくなるのです」
   「なんや、弟か」
   「それから、下帯も脱いでくださいな、一緒に洗濯します」」
   「いやです、スッポンポンやないですか」
   「そこの浴衣箱をご覧なさいな、寝間着の間に下帯を挟んでおきました」
   「うわぁ、気が利くぅ」
   「ほんとだ、おいらの分もある」
   「大人用だからちょっと大きいかも知れないけど、大は小を兼ねるでしょ」
   「兼ねる、兼ねる」
 三太は平気で褌をとったが、新平は恥ずかしそうにしている。
   「親分、下帯くらい自分で洗いましょうよ」
   「かまへん、かまへん、お姉さんが洗ってやろうと言ってくれるのやからお願いしよ」
   「恥ずかしいし」
   「そうか、新平はよくおしっこちびるからなあ」
 新平は膨れっ面である。
   「なにも、人前で言わなくても」
 新平の復讐である。
   「親分、お寿々ちゃんに惚れて涙ぐんで別れてきたと思ったら、また別の人に惚れたな」
   「ほっとけ」

 だが、新平の突っ込みは間違いであった。三太はこの女中にお寿々の面影を見ているのだ。その日、寝床の前に座り込み、行灯の灯りで、道中合羽の綻びが綺麗に繕われているのを、一頻り眺めていた。三太は寝言でたった一度だけ、「お寿々ちゃん」と、呟いた。後にも先にも、それっきりである。
  
 
 翌朝、着物と下帯は乾き、三度笠はきれいに修理されていた。
   「お姉さんおおきに有難う」
   「いいえ、どう致しまして」
   「あとで、宿の主人に叱られることはおまへんか?」
   「この旅籠の女将は、私の一番上の姉です、私は嫁入り修行を兼ねて手伝っているだけです」
   「それで安心しました、ほな、発たせてもらいます」
   「お姉さん、ありがとう」
 新平もピョコンと頭を下げた。
   「いいえ、どう致しまして、また二川を通ったら、お泊まりくださいね」
   「うん」



 二川宿(ふたがわしゅく)を発って暫く行くと、池の縁に腰をかけ、しょんぼりと水面に小石を投げている三太たちと年の変わらない男の子がいた。
   「どうしたのや? 悲しいことがあったのか?」
   「なんでもない」
   「お前、池に身投げするつもりか?」
   「この池の水汚いから飲んだら病気になる」
   「崖から飛び降りるつもりか?」
   「おれ、高いところ恐くて立たれない」
   「首でも括るつもりか?」
   「俺、木登り下手やから、縄をかけられない」
   「わいは、からかわれているのか?」
   「そんな積りはない」
   「わいらも子供や、子供同士やないか、何か胸に痞えることがあったら、話してみいや」
   「俺の姉ちゃんが男にさらわれてしまった」
   「えーっ、拐かし?」
   「それららしいことをされた」
   「らしいことって、何や?」
   「嫁に行った」
   「何や、あほらし、それやったら目出度いやないか」
   「目出度くない、あんな男と夫婦になるなんて」
   「そんな悪いヤツか?」
   「悪いことはしない」
 三太は次第に焦れてくる。
   「ほんなら、お姉ちゃん、幸せになったのやないか」
   「そんなことない、苛められているに決まっている」
 新平が口を出す。
   「嫁に行ったら辛いこともあるけど、嬉しいこともあるのだ」
   「嬉しいことって?」
   「夜に男に抱かれて、嬉し泣きするのだ」
   「新平、ちょっと待て、その嬉し泣きって何や?」
   「布団の中で、男に裸にされて…」
   「そやから、それ何はやねん」
   「両足を広げられて、その間に男が入る」
 男の子が怒り出した。
   「お姉ちゃんは、そんなことしない」
   「いいや、みんなするのだ」
   「お姉ちゃんにそんなことをする男は、俺が退治してやる」
   「おいらは、男と女のことはよく見て知っている」
   「嘘だ、嘘だ、そんなこと嘘だ」
   「それから。男は褌を外すと…」
   「こら新平、やめろ、子供が衝撃を受けるやないか」
   「今から家に帰って、匕首を持ってくる」
 男の子は本気である。走って帰ろうとするのを三太が止めた。
   「新平、今のは嘘やろ、この子のお姉ちゃんは、そんなことせえへん」
   「それがするのだ、それをされたくて嫁に行くのだから」
   「新平、しまいにはどつくで」
 三太は男の子を宥めた。
   「こいつ、嘘つきやねん、こんなやつの言うことを真に受けたらあかん」
 だが、新平は続ける。 
   「その後、男と女は…」
   「新平、もうええと言っているやないか」

 男の子は、三太が宥めすかして、ようやく興奮から醒めた。お姉ちゃんはきっと大切にされて、幸せにしていると思うから、今から覗きに行こうと、三太は提案した。
   「遠いのか、お姉ちゃんのところ」
   「隣村だ」

 この村では、大きい部類に入る農家であろう。母屋の入り口の横が牛小屋で、三頭の牛が藁を食っていた。その内の一頭が三太たちに気付き、「もーぅ」と鳴いた。
 家の周りには垣根がなくて、大きな柿木が青い実を付けていた。三太たちは横に回ると、縁側に歳を取った猫が寝そべっていた。障子は開け放たれていて、奥から男の子の姉が出てきた。
   「みいちゃん、ご飯ですよ」
 猫は顔を上げて姉を見上げて「みゃー」と鳴いたが、興味なさげにまた寝てしまった。
   「あなた、みいちゃん、元気が無いのですよ」
 奥から、姉の亭主が、その大柄で精悍な姿を見せた。
   「みいは、もう年寄りだからなぁ」
   「何歳くらいなの?」
   「みいは、わしが生まれた年に、わしの鼠番に親父が貰って来たのだ」
   「そうね、赤ん坊は乳の匂いがするから、鼠に指を齧られると聞いたことがあります」
   「わしと同い年だから、かれこれ二十歳になる」
   「二十歳で年寄りなんて、何だか可哀想」
 と、言いながら姉は奥に入っていったが、直ぐに亭主を呼ぶ声がした。
   「あなたも、ご飯よ」
   「あなたもって、わしはみいちゃんのついでか?」
 夫婦の笑い声が聞こえた。
   「お母さん、里芋の煮転がしの味、見てくださいな」
 奥から、カチャンと音がして、姑の声がした。
   「うちの嫁は、憶えが早いのう、もうわしの腕前の上を行っておるわ」
   「まあ、嬉しい、合格ですのね」
   「お爺さんも、嫁が煮た里芋を食べてみなされ」
   「お爺さんと呼ぶのは、孫が生まれてからにしておくれ」
 また笑いが起こった。

   「お姉ちゃん、幸せそうだすな」
   「うん」
   「もう、お姉ちゃんの亭主を退治しまへんか?」
   「うん」
   「ほんなら、突然顔を出したら心配するから、姉ちゃんに逢わずに帰ろうな」
   「うん」
 弟としてお姉ちゃんを祝ってあげようよと三太が言うと、男の子は納得した。三太と新平は男の子を家まで送って、また旅の続きが始まった。

   「新平は、おっ母さんのことがあるから、それが心の傷になっているのや」
   「ごめん、ついむきになって言ってしまった」
   「かまへん、かまへん、ところで新平」
   「ん?」
   「あの後、男と女はどんなことをするのや? 続き言い」


 二川宿から白須賀宿(しらすかしゅく)までは一里ちょい、白須賀宿から新居宿までも一里ちょっとである。難なく歩いてきたが、この新居宿から舞坂宿までは、浜名湖を帆船で渡る「今切の渡し」である。

   「親分、七里の渡しでは、海に落ちた子供を格好よく助けたね」
   「あれなあ、新さんが居たからできたことなんや、わいみたいな小さいのが、溺れている子供に近付いたら、しがみ付かれて、わいも命を落とすとこやった」
   「新さんが子供に移って、大人しく親分の肩を持ってくれたのか」
   「そうや、わい一人では、まだ何も出来へん」

 新三郎は思い出していた。新三郎の遺骨を探しに鵜沼まで旅をしてくれた能見数馬は、江戸の経念寺に新三郎の墓を建ててくれた少年である。
 新三郎は、それまで守護霊として数馬に憑いて行動を共にしていたが、阿弥陀如来の許しが下りて、浄土へ戻って行ったその日に、数馬は強盗に刺されて死んだ。
 もし、自分が護っていたならば、そんなことはさせなかっただろうにと、悔やんでならなかったのだ。
   「三太は、決して途中で放り出して成仏したりはしないからな」
 密かに誓う新三郎であった。

  第二十三回 二川宿の女(終) -次回に続く- (原稿用紙15枚)
 
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「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
「第二十一回 弱い者苛め」へ
「第二十二回 三太の初恋」へ
「第二十三回 二川宿の女」へ
「第二十四回 遠州灘の海盗」へ
「第二十五回 小諸の素浪人」へ
「第二十六回 袋井のコン吉」へ
「第二十七回 ここ掘れコンコン」へ
「第二十八回 怪談・夜泣き石」へ
「第二十九回 神社立て籠もり事件」へ
「第三十回 お嬢さんは狐憑き」へ
「第三十一回 吉良の仁吉」へ
「第三十二回 佐貫三太郎」へ
「第三十三回 お玉の怪猫」へ
「第三十四回 又五郎の死」へ
「第三十五回 青い顔をした男」へ
「第三十六回 新平、行方不明」へ
「第三十七回 亥之吉の棒術」へ
「第三十八回 貸し三太、四十文」へ
「第三十九回 荒れ寺の幽霊」へ
「第四十回 箱根馬子唄」へ
「第四十一回 寺小姓桔梗之助」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十二回 三太の初恋

2014-07-17 | 長編小説
 赤坂の宿と御油の宿は目と鼻の先である。御油まで歩いた三太と新平は、草鞋屋を見付けたので子供用を二足買って、一足ずつ腰に下げた。土産菓子屋に入り、金平糖も見付けたので、新平と約束して通り買ってやったが、新平はポリポリっと、一度に全部食べてしまった。
   「一日一個ずつたべるのやないのか?」   
   「何処にでも売っているのなら、大事に食べなくてもいい」
  
 御油から、吉田の宿まで約二里の道程、何事もなければ夕暮れまでには着ける筈である。   
   「また何かおこりそうやな」
 三太は、そんな予感がした。

   「もしもし、旅人さん」
 若い女の声が三太達を呼び止めた。
   「そら来た、今度は何だす」
 女の顔を見て、三太は驚いた。
   「わっ、天女さまや、武佐やんの使いか?」
   「天女であろう筈がありません、ただの村娘です」
   「綺麗や、鄙にはまれな別嬪でござるな」
   「まあ、鄙にも美人が沢山居ますよ、だいたい、鄙には美人が居ないと思うのが間違いです」
   「ごめん」
   「あらま、素直な旅人さん」
   「わいらに、何か御用だすか?」
   「はい、ここから吉田にかけて、人里をはなれますので…」
   「田圃ばかりだすね」
   「こわいので、お兄さんがたに付いて歩いてもよろしいでしょうか?」
   「かまへんけど、わいらは子供やから頼りないで」
   「いいえ、見ていて何だか強そうで、なまじ大人よりも頼り甲斐がありますわ」
   「そうか、お姉さん、目が高いわ」
 新平が口出しする。
   「親分、言い過ぎです」

 女は、吉田藩ご領地の吉田村の娘で、御油まで使いに来た帰り道だそうである。この辺は物騒で、娘は信頼できそうな旅人を見つけては、付いて歩かせてもらうのだと語った。
   「お寿々と申します、旅人さんは、お二人だけ旅ですか?」
   「へえ、わいが三太、この子は新平、江戸に向っとります」
   「まあ、遠くまで偉いのですね」
 三太は、こんな物騒な道を、娘一人で使いに出す両親の気が知れないと思った。
   「両親は、早くに亡くなって、叔父に引き取られたのです」
   「そうやろなあ、本当の親やったら、心配で一人で使いになんか出さへん」
   「使いなら、まだ良いのですが、私はもう十二歳です、そろそろ旅籠に奉公に出され、飯盛り女にさせられます」
   「年期奉公だすか?」
   「いいえ、期限のない女郎勤めで、叔父夫婦は旅籠からお金を受け取り、わたしの借金として生涯付きまといます、私が自由になれるのは、死ぬときでしょう」
 それを聞いた三太は、口数が少なくなってしまった。

 御油の宿から、一里半も歩いただろうか、寿々が「もう直ぐ叔父の家の近くです」と、名残惜しそうに口を開いた。村へ入ると、金持ちらしい大きなお屋敷に出入りする人々が、なにかしら暗い表情をしていた。
   「何かあったのでしょうか?」
 新平が尋ねた。
   「長者さまの若様が、ご病気になられたのです、江戸の名医を呼んで診てもらったところ、朝鮮人参さえも効かず、後一ヶ月の命だと宣告されて、旦那様と奥様が泣いてお暮らしなのです」
   「それで、皆さんがお慰めに来ているのですね」
   「そうなの、若様がお気の毒で仕方がありません」
   「お寿々ちゃん、若様が好きだったのでしょ」
   「あら、恥ずかしい、身分違いですわ」

 三太は、相変わらず黙っている。
   「三太さん、新平さん、さっきから気掛かりでしたが、お二人とも縞の道中合羽が綻んでいます」
   「知っています」
   「私が縫って差し上げますから、家にお寄りくださいませんか?」
   「男を引っ張り込んだら、叔父さん夫婦に叱られるでしょう」
   「大丈夫です、叔父夫婦と子供二人は親戚にお呼ばれで、多分帰ってくるのは夕方です」  
 寿々の運針は手馴れたもので、二つの合羽をチクチクと見事に縫いあげてくれた。
   「いま、お茶を入れますからね」
 寿々は、女房のように甲斐甲斐しく釜戸に火を熾すと、湯を沸かして茶をいれてくれた。
   「ごめんなさいね、お茶菓子が何も無くて」
   「いいえ、どうぞお構いなく」
 二人黙って熱いお茶を飲んでいたら、叔父夫婦と子供二人が帰ってきた。叔母は三太達をみるなり、声を荒げた。
   「何だ、この子たちは? 拾ってきたのか?」
   「違いますよ、お世話になったので、お礼にお茶差し上げようと思って…」
   「ふん、お茶代五文ずつ、ちゃんと貰っときなさいよ」
   「そんな、お礼なのですから…」
   「お茶の葉は、ただではない」
 お寿々は、泣き出した。
   「そんな酷いことを言わなくても…」
 
 今まで無口だった三太が、突然怒ったように大声を出した。
   「十文くらい払いまっさ、あんた、お寿々ちゃんを、飯盛り女になんぼで売るのや」
   「売るやなんて、人聞きの悪いことを言うな」
   「ほんならお寿々ちゃんを、わいの嫁にほしいと言うたら、なんぼ取るのや」
   「子供が何を言いだかと思ったら嫁だと」
   「そうや、なんぼだしたらくれるのや」
   「そこらの並の子だったら相場の二十両だろうが、この子は特別器量よしだ、三十両だ」
   「人聞きが悪いと言いながら、やつぱり三十両で売るつもりやないか」
   「ほっときやがれ、ガキにとやかく言われる筋合いはない」
   「よし、三十両作ってきてやる、それまで売るなよ」
   「お前、何者じゃい、三十両の金が直ぐに出来るわけが無い」
 三太は、新平を促して、お寿々のもとから飛び出した。

 向ったのは、長者の屋敷であった。自分は子供であるが、霊能者である。霊力で若様の命を助けたら、三十両くれと掛け合った。最初は馬鹿にして、追い払らわれたが、新三郎が若様に憑き、「その子に逢いたい」と、言わせた。

 この屋敷の主人も、死にかけている息子の頼みを聞かないわけにはいかず、三太は若さまの寝所に案内された。今まで、寝返りさえ儘ならぬ病人が、ひょっこりと半身を起こしたものだから、主人は驚いた。
   「よく分かりました、どうか息子隆一郎の命を救ってやってください」
 主人は、頭を畳みに擦り付けて三太に頼み込んだ。

 三太は、一旦長者の屋敷を辞すと、人の居ない場所に行き、死に神を呼び寄せた。もし、死に神が無視するようであれば、武佐能海尊を呼ぶ積りであった。
   「なんじゃ、死に神、死に神と、気安く呼びやがって、またお前か」
   「へえ、三太でおます」
   「どうした」
   「お願いがあります」
   「何だ、殊勝にお願いだと?」
   「わいの蝋燭と、この村の死にかかっている男の蝋燭を交換して欲しいのです」
   「アホか、そんな物と交換したら、三太が死ぬことになるのだぞ」
   「へえ、わかっています」
   「その男の命が、自分の命より大切なのか?」
   「いいや、違います、この村のお寿々ちゃんを助けたいのです」
   「三太、お前の命と交換してもかい?」
   「へえ」
   「ははーん、三太そのお寿々に惚れたな」
   「へえ、出来たら将来、わいの嫁にしたいのです」
 取り敢えず死にかかった男の蝋燭を見に行くことにした。それが三太の寿命になる訳だ。
   「長者の倅と言ったな?」
   「へえ、たしか隆一郎と言いました」
   「隆一郎の蝋燭はこれじゃが、別に消えかかってはいないぞ」
 三太は驚いた。今にも死にそうで、寝返りさえも打てなかった男の蝋燭が、三太の蝋燭と同じように太くて赤々と炎を上げていたのだ。
   「何や、江戸の名医が聞いて呆れるわ、やぶ医者やないか」

 三太は、死に神に詫びを入れた。
   「三太め、ようやくわしを神様らしく扱いよった」
 死に神は、満足気であった。

 三太は新平を連れて長者の屋敷に戻ってきた。若様の寝所に入ると、厳かに口を開いた。
   「若様、死に神は退散しましたぞ、もう安心だす」
   「本当か、わたしは助かったのか?」
   「へえ、でも、一つ条件がおます」
   「それをしないと、助からないのかい?」
   「へえ、また元へ戻るでしょう」
   「それは?」
   「この村の、お寿々という娘を嫁に貰うことです」
   「ありがとう、お父っつあん、聞きましたか、お寿々ちゃんを嫁にとれば、私は死ななくても良いのです」
 主人夫婦は、「うんうん」と、頷きながら喜びの涙を流していた。
   「ただし、お寿々ちゃんを苛めて泣かせたりすると、若様の病気はぶり返します」

 三太と新平は、お寿々のところへ寄って、ことの次第を話した。
   「えっ、三太さんのお嫁じゃなくて、若様のお嫁になるのですか?」
   「へえ、わいはまだ子供です、大人まではまだまだ遠すぎます」
 その日のうちに、長者の屋敷からお寿々の叔父のもとへ使いがきた。三十両は、結納金として叔父に渡された。叔母の態度も一変して、「お寿々、お寿々」と、お寿々が長者の若奥様になったときに仕返しをされない為の予防線を張っていた。

 三太と新平はお寿々に別れを告げて旅にたとうとしたとき、お寿々が駆け寄ってきた。
   「三太さん、新平さん、ありがとう、あなたがたのことは一生忘れません」
 お寿々は、三太たちがお膳立てをしてくれたことはよく分かっていたのだ。
   「お嫁にいったら、どんな苦労が待っているかも知れませんが、そんなときはお二人を思い出して頑張ります」
 お寿々の目は、涙ぐんでいた。三太もまた涙ぐんだが、これは嬉し泣きではなかった。

 吉田の宿まで、あと一里足らずの道程を、三太は黙って歩き続けた。新平も子供ながらにも三太の気持ちがわかるようで、二人の間に気まずい沈黙が続いた。

 吉田の宿場町に入ったとき、三太が大きな声で言った。
   「もう、わーすれた」

  第二十二回 三太の初恋(終) -次回に続く-  (原稿用紙14枚)

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猫爺のエッセイ「学校で習っていない」

2014-07-16 | エッセイ
 テレビのクイズ番組が好きで、よく観ている。クイズ番組は回答者の性格がよく見えるもので、回答を間違えた自分を正当化しようと我侭な論法を展開させるものが居る。
 
 なかでも気になるのが、「学校で習っていない」「間違えた自分が悪い訳ではない」と、主張しする某漫画家や、某イケメン?お笑いタレントなど。それなら、こちらから訊いてみたい。「あんたの頭の中は学校で習ったことしかないのか」と。

 人生、学校で習ったことより、人間関係の中や、新聞、テレビ、本、Webで学ぶことの方が余程多い。ことにWebでは、多くの情報の中から正しいと思われるものを自分で選択しなければならいので勉強になる。

 クイズ回答者に大物タレントが加わると、面白さが半減する。大物が答えを間違えると「今のはカットしてもう一度やりなおそう」と言い出すからだ。
   「なんだ、大物タレントの機嫌取りのために、そんなことをやっているのか」と、見ていて興ざめだからである。
 

猫爺のエッセイ「コラーゲンの匠」

2014-07-15 | エッセイ
 コラーゲン作りの匠、この棟梁、脂ぎった働き盛り。今日もご主人様の体の中でせっせ、せっせとコラーゲンを作り、紫外線でやられた分を修復している。
   「棟梁、精が出ますね」
   「へい、ご主人さまが若々しいのは。あっしの働きです」
 お陰で、このご主人、五十才半ばというのに、お肌つるつる、水も滴らんばかりの潤いである。
 
 江戸時代のお百姓のように、野菜と穀物ばかりの食生活であれば、コラーゲンの材料蛋白質不足と紫外線のダメージのために五十才半ばで皺だらけのお爺さん、お婆さんである。
 だが、現代人の食生活は、余程の偏食家でない限りは、材料不足ではない。

 
 しかしながら、棟梁、ここへ来て仕事の量が落ちてきた。
   「棟梁、どうしたい、精彩がなくなってきたじゃないか」
   「おう、それよ、わしもご主人様も、年をとって衰えてきたのよ」

 ところが、このご主人、馬鹿なCMに踊らされて、材料不足だと思っているらしい。棟梁の仕事場に、すっぽんコラーゲンだの、サプリだのと、山積みにしてくる。
   「材料さえ送り込めば、コラーゲンを作り出してくれると思わされているのだ」
   「毎日、毎日、コラーゲン三昧らしいね」
   「そうよ、お前、そこの積み上げた材料を捨ててくれないか」
   「捨てるのはお安い御用だが、腎臓親分が頑張っていて、中々捨てることができないのだ」
 その結果、腎臓親分自信も過労でぶっ倒れることもあるし、血中のプリン質が増えて、通風になる。

   「それでも、ご主人は、せっせ、せっせとコラーゲン三昧で明け暮れる」
 
   ◇70歳で、お肌つるつる30代の若さ◇

 テレビCMで、誇らしげに若さ見せびらかしているおばあさん。顔や体に塗り込んだものを全部洗い落とし、肌を乾かして4~5倍のルーペで肌を見れば年相応の肌であることがわかる筈だ。

   「棟梁、ご主人様に一言」
   「わしのご主人さま、あんたアホやろ」

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十一回 弱い者苛め

2014-07-14 | 長編小説
 間もなく藤川の宿場町に入らんとしたとき、子供の人だかりがあり、怒号が聞こえる。少し街道をそれた民家の外れだったが、野次馬根性に負けて三太と新平は覗きにいった。十歳前後の大勢の子供に囲まれて、三太たちと変わらない年齢の子供がしゃがみ込んで泣いている。
   「何だ、ただの苛めか」
   「親分、ただの苛めは無いでしょう、あの子、泣いて謝っているのに小突きまわされています」
   「うん、助けてやらんといかんな」
 三太が子供の人垣を分けて入った。
   「訳は知らんが、大勢で一人を泣かすなんて、感心できん」
 ガキ大将みたいなのが、三太の襟を掴まえた。
   「なんだ、このチビ、生意気な格好しやがって、訳も知らずに出しゃばってくるな」
   「正当な訳があるのなら、言ってみなはれ、納得したら、黙って立ち去る」
   「チビの癖に、偉そうな口をたたきやがって、お前から先にとっちめてやる」
 ガキ大将が、三太に平手打ちをした。
   「やりやがったな、訳は言わんでも、わいをどついたことでお前らが悪いのが分かった」
   「やれ!}
 ガキ大将が他のものに指図した。ガキどもは腰に差した竹や棒切れを抜き、一斉に三太に向けた。
   「わいをただのチビやと甘く見るなよ、わいには神通力があるのや」
 ガキどもの中から、嗤いが起こった。
   「神通力だと、ばかばかしい」
 三太は、あれを見ろと指さした。そこには、今まで威張っていたガキ大将が、ベソをかいている。
   「どうしたのだ」
   「手と足が動かない」と、ガキ大将。ガキ共も怯んだ。
   「本当だ、このチビ神通力を使うようだ」
 手足が動かない演技をしているのは新三郎だということは、三太には分かっていた。
   「さあ、次は誰を懲らしめてやろうか」
   「待ってください」
 三太に待ったをかけたのは、苛められていた子だった。
   「おいらが悪いのです」
   「ほう、どんな悪さをしたのや?」
   「はい、寺子屋の前で立ち聞きをしました」
   「勉強しているところをか?」
   「そうです、先生達の話を聞いて、勉強していました」
   「勉強がしたかったのやな」
   「はい、でもおいらの家は貧しいので、束脩(入学金)や謝儀(月謝)などとても払えません」
   「そうだったのか、それでお前達、先生が苛めて来いと指図したのか?」
 一人の生徒が答えた。
   「苛めて来いとは言いませんが、ふてえガキだと罵りました」
   「ケツの穴の小さい先生や、わいが通っていた塾藩の先生はなぁ、金が払えない家の子供にも、やさしく声をかけて、金を取らずに勉強を教えていたぞ」
 鷹之助先生は、お金が払えない子の親が、大根一本でも持ってきてくれたら、大喜びして礼をいっていた。それに引き換え、立ち聞きしたからと生徒達に虐めを教唆するなど、とんでもない先生だ。三太は、佐貫鷹之助先生の人柄が恋しくなった。
 
   「よし、先生に会ってやる、案内してくれ」
   「やめてください、またおいらが泣かされるだけです、もう立ち聞きしませんから、勘弁してください」
   「わいは三太です、お前は?」
   「弥助です」
   「弥助おいで、先生がどんなヤツか見るだけや、行こう」
   「話を荒立てないでくださいよ、おいらもおっ母さんに叱られます」
   「よっしゃ、わかった」

 弥助に案内させて、寺子屋にやって来た。
   「あそこに座っているのが先生です」
   「浪人のようだすな」
   「そうです」
 話している間に、新三郎が浪人にのり移った。ほんの暫くして戻って来た新三郎は怒っていた。
   「あいつ、とんでもない男ですぜ」
 聞けば、盗賊の仲間だそうである。二ヶ月前にこの藩領にやって来て、寺子屋を開いた。教え方が上手いと評判になり、主に商家の子供を優先に入れて、親達にも好評判の指導者であった。
 読み書き算盤だけに収まらず、社会勉強と称して、建築や商売の仕組みなども学ばせて、家の間取り図などを生徒に描かせ、上手く描いた生徒には、成績の上位を与えた。
 
   「その間取り図を見て、大きなお店だけを残して。他は捨てたのですぜ」
   「そんな物、どうするのです?」 
   「主人や使用人の寝所まで描かせて、これを仲間の盗賊に渡すのです」
   「悪いやつやなあ、もうどこか襲われたのですか?」
   「この藩領では、まだのようですが、今夜にもお勤めをするらしいです」
   「的は?」
   「あのガキ大将の店で、造り酒屋の加賀屋です」
   「よっしゃ、代官所に訴えて、岡崎城の与力にも伝えて貰う」
 
 ことは秘密裏に進められた。代官所に訴えると、「三太」の活躍をよく知っている人がいて、疑うことなく手筈を進めてくれた。
   「近隣の藩の商家で、盗賊に襲われて一家皆殺しに遭っている、この集団であろう」
 このことは岡崎城にも知らされ、奉行職を代行する与力も加わって、夕暮れを待ち加賀屋に結集した。お店の主人や、使用人たちは物置蔵に非難させ、役人たちがそれぞれの寝所で待機した。

 深夜過ぎ、盗賊はお店(たな)の前に集まると、難なく潜り戸の付いた戸板ごと外し、盗賊が雪崩れ込んだ。
 盗賊どもは抜刀し、迷うことなく主人の寝所に踏み込んだ。
   「待っていたぞ、盗賊ども、神妙にお縄を頂戴しろ」
   「誰か漏らしやがったな」
 盗賊の頭が叫んだ。
   「馬鹿め、うぬらが間抜けなのだ」
   「糞っ」
 盗賊どもは、一人残らず捕縛された。その中には、寺子屋の先生も混じっていた。

 
   「三太、よく知らせてくれた、礼を言うぞ、それにしてもよく分かったものだ」
 与力が三太に礼をいった。加賀屋の店主も出てきて頭を下げた。
   「命拾いをしました、ありがとう御座いました、お礼を用意しました、どうぞお受け取りを」
   「お礼なんて要りません、それよりお侍さんと旦那さん、この弥助は頭が良い子のようだす、この子に勉強させてやってくれませんか、きっと大人になったら、藩の役に立つ識者になると思います」
 三太はそれだけ言うと、新平を促して、とっとと戻っていった。弥助は、いつまでも三太達を見送り、頭を深く下げていた。
 
 その後の弥助のことは、某武家の養子になり、藩学の師範として活躍したが、三太たちにはそれを知る由もなかった。

  
 藤川の宿に入ったが、まだ日は高い。三太と新平は次の赤坂の宿まで行くことにした。もちろん、赤坂が娼婦の町であるから、心が逸ったと言う訳ではない。多分。
 
 都都逸(どどいつ)の文句がある。「御油や赤坂、吉田が無けりゃ、なんのよしみで江戸通い」然(さ)したる楽しみもない道中で、飯盛り女との一夜が、男達の楽しみであったのだ。

 何故か足取りも軽く歩いている三太を呼び止めた人がいた、ボロ布を纏い、木根の杖を持った痩せ細った老人である。
   「三太、こっちへ来なさい」
   「えっ、何でわいの名前を知っとるのや」
   「わしは死に神じゃ、三太は寿命が尽きかかっておる」
   「あほらし、こんなに元気で、ピチピチしとるのに、何で寿命が尽きかかっとるのや」
   「知らない、わしは天上の偉い神様に命じられてきたのじゃ」
   「おかしいなあ、あっ、もしかしたら命じたのは武佐能海尊のおっさん違うか?」
   「それは言えない」
   「武佐やん、わいにボロカスに言われたから、その腹いせやろ」
   「神が、腹いせなどしない」
   「ほんまかいな、あの武佐やんならやりかねない」

 天上界から、武佐能海尊が降りてきた。
   「何だ、武佐、武佐とわしの名前を出しやがって」
   「わあ、口の悪い神様やなあ」
   「何だ、死に神、どうしたと言うのだ」
   「はい、この三太の寿命が尽きかかりましたので、迎えに来ましたところ、文句たらたら」
   「三太、寿命が尽きたものは仕方が無い、大人しく死に神に従いなされ」
   「何かの間違いですやろ、わいは大きな夢を持って江戸へ向っているのや、それにだいたいおかしいやろ、死に神が昼間にでてくるやなんて」
   「わしも忙しくて、夜だけでは仕事を熟(こな)せんのじゃよ」
   「けったいな死に神やなあ」

 武佐能海尊は、三太が納得するように、天上界で人の命を管理している寿命蝋燭を見せてやろうという。
   「わしに付いて来い、死に神、お前もじゃ」
   「武佐やん、ちょっと待って、新平一人置いて行かれません、一緒に連れて行く」
   
 死に神が我慢できずに三太に言った。
   「この武佐能海尊様はなあ、天上界に身を置く神様ながら、地上に降りて長い間苦行をされた偉い神様じゃぞ」
   「嘘や、天女の水浴びを覗き見しとって、海に落ちて戻り道がわからんようになっただけや」
   「こら三太、ばらすな」

 夥(おびただ)しい数の寿命蝋燭が燃えている管理場に来た。死に神に案内させて三太の蝋燭を見ると、太いながら途中で齧られて折れそうになっている。
   「なんじゃい、わいの蝋燭だけ齧られているやないか、ここに鼠がおるのか?」
   「そうらしい」
   「こら死に神、お前の管理が悪いからやろ、新品の太い蝋燭を持って来い」
   「へい、ただいま…、こんなヤツに命令されるとは…」
 三太が新しい蝋燭に火を移そうとしたら、「ジュジュジュ」と、消えかかる。
   「何や、この蝋燭、濡れとるやないか」
   「鼠が小便をかけたようじゃのう」
   「わいの命、何やと思っているのや」
   「へい、済みません、ではこちらの濡れていない蝋燭を」
   「おいこら死に神、知っていて態(わざ)とやったのやろ」
   「どうして、こんなチビにぽんぽん言われなきゃならんのだ、わしは神様じゃぞ」
   「お前がしっかり管理してないからやないか」
 武佐やんも死に神に注意をした。   
   「鼠は駆除しておけよ」
   「わかりました、どうもすみません」
 三太は自分の太い新品の蝋燭が燃えるのを見て満足した。
   「ついでに、新平の蝋燭も新品に替えてくれ」
   「へいへい、特別にそうさせてもらいます」
   「それから、わいのお父っつあんとおっ母はんと、二番目と三番目のお兄ちゃんの蝋燭と…」
   「こら三太、調子に乗るな!」
 武佐やんが止めた。

  第二十一回 弱い者苛め(終) ―次回に続く―  (原稿用紙14枚)

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「第三十二回 佐貫三太郎」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第二十回 雲助と宿場人足

2014-07-13 | 長編小説
 岡崎の宿を離れて、藤川の宿に向けて歩いていると、新平が「あっ」と、素っ頓狂な声を上げた。
   「おいら、狸塚で金平糖を落として来た」
   「えーっ、金平糖まだ持っとったのか?」
   「うん、一日一個しか食べなかったから、まだだいぶん残っていた」
   「狸塚のところやと分かっているのか?」
   「うん、それまでは有ったから」
   「もう、諦め、また買ってやるから」
   「もったいない、おいら走って行って探してくる」
   「そうか、ほんならここで待っているわ、狸塚のところに無かっても、遠くに行ったらあかんで」
   「うん、わかった」
 新平は、ペタペタペタと走って行った。
   「新平の草鞋、もう取替える時期や、ペタペタと鳴っている」

 新平の戻りが遅い。
   「あいつ、狸塚に無かったから、お地蔵さんのところまで戻ったのとちがうやろか」
 三太も新三郎も、少し心配になってきた。三太が待っていると、駕籠が三太の前を十間(18メートル)ほど通り過ぎて止まった。
   「おい、ぼうず、乗って行かんか?」
   「いらん、わいには元気な足がある」
   「戻り駕籠だ、安くしてやる」
   「要らんと言っているやないか」
   「小僧、ぐずぐず言わないで乗れ」
 駕籠を置いて、一人の男が三太を掴まえようと戻ってきた。
   「おっさん、悪雲助やな、子供一人やと思い付け込んで、その手に乗らへんで」
   「生意気なガキだ、縛って無理にでも乗せてやる」
   「へん、掴まえてみやがれ、バーカ」
 三太が素早く逃げたので、駕籠舁は諦めて行ってしまった。

   「新さん、うっかりしとった、新平、あの駕籠に乗せられているのと違うやろか?」
   「そうか、あり得るな」
 三太が道に一粒落ちている金平糖を見つけた。
   「やはりそうや、この金平糖、新平が落としたらしい」
   「よし、追いかけよう」

 街道から逸れて「上藤川村へ」と記された道標があった。三太は金平糖を探してみたが、見つからなかった。
   「新さん、金平糖が無くなったのやろか?」
   「いや、まだ沢山残っているような口振りだった」
   「この道に入ったのと違うようやけど、もうちょっと奥まで探そう」
 三太が村への道を少し入って金平糖を探したが見当たらなかった。
 
 街道に戻って暫く進むと、「鎮守の社へ」と記された道標があった。街道から見渡してみると、二~三間入ったところに青い小さな粒がキラリと光っている。
   「あれ、新平の金平糖や」
 うかうかしていると、新平は胴に巻いた晒しに挟んだ一両を奪われてしまう。それを奪うと、新平を池に捨ててしまうかも知れない。

 ひとけのない森の道に、金平糖がバラ撒かれていた。三太は焦った。この奥に新平は連れて行かれたに違いない。
   「今、新平の声が聞こえた」
 三太は、耳を澄ました。
   「親ぶーん、新さーん」  
 男の怒鳴る声も聞こえてきた。
   「煩せえ、ガキを黙らせろ」
   「殺るのですかい」
   「そうだ、静かにしないと、殺っちまえ」
 その場に落ちていた荒縄が新平を捉えている男の手に渡された。
   「親ぶーん、新さーん」
   「うるせえ、早く殺れ!」

 駆けてきた三太が間に合った。
   「新平、助けに来たで、安心しろや」
   「あっ、親分」
 新平の首を絞めようとした男は、三太を見て驚き、新平を掴んでいた手を離した。三太は、この男に駆け寄ると、木刀で「弁慶の泣き処」を、力任せに殴打した。
 男は悲鳴を上げてぶっ倒れ、足を抱えてのた打ち回っている。それを横目に、もう一人の男は薄ら嗤いを浮かべている。 
   「このガキもきやがったぜ、飛んで火に入る夏の虫とは、このことだ」
   「誰が虫や、わいのことをブイブイ(こがねむし)みたいに言うな」
   「お前も金を持っておるのか?」
   「おう、ここにたっぷりな」 
 三太は懐を叩いてみせた。
   「痛い目に遭いたくなかったら、全部ここへ出せ」
   「あほ臭い、痛い目に遭うのはおっさんの方や」
 三太は木刀を男の脹脛に打ち付けたが、男は笑って跳ねのけた。
   「お前の力なんてその程度のものか、こそばゆくもないわ」
 三太は男に首根っこを掴まれて、手足をバタバタさせた。男は三太を抱え込むと、着物を剥ぎ取ろうとした。
   「こら、悪雲助、わいを子供や思って侮ったらあかん、天罰や」
 三太が男の下腹を狙い定めて蹴った。男は「うっ」と呻いて、その場に蹲った。
   「新さん、やっつけてくれて有難う」
   「いいや、あっしは何もしていやせんぜ」
 三太は、どんどん度胸がつき、相手をやっつける腕も少しずつ上げてきた。
   「新さん、こいつらをどうしてやろか?」
   「これで、ちっとは懲りただろう、人殺しはしていないようだ」
   「そやけど新平が殺されそうになった」
   「やつ等の心を探ってみたら、あれは新平を大人しくさせる為の脅かしだった」
   「そうか、ではこのまま放っときます、そやけど…」
   「そやけど何だ?」
   「悔しいから、こいつ等の駕籠を壊してやる」
 三太は、木刀で駕籠をボカスカ殴って、ボロボロにしてしまった。

   「新平、何しとるのや」
   「落とした金平糖を拾っています」
   「そんなもん、馬糞だらけやないか」
   「綺麗に拭いたら、まだ食べられます」
   「やめとけ、わいが買ってやる」
   「金平糖なんか、京まで行かないと売っていません」
   「そんなことあるかいな、熱田みたいな賑わった町のお菓子屋に売ってはる」
   「そうかなあ」
   「ところで新平、駕籠に閉じ込められて金平糖を落としてわいらに教えること、よく思いついたなあ」
   「思いついていません、金平糖を握ったまま手を縛られて、指の間から落としてしまっただけです」
   「鎮守の森の入り口で、金平糖を撒き散らしたのは?」
   「金平糖を握り締めているのを駕籠舁に見つかって、叩き落とされた」
   「なんや、新平は頭ええと感心しとったのに」
 新平が拾い集めた金平糖を、今度は三太が叩き落とした。
   「腹壊すから、やめとけ」
 

 街道を藤川の宿に向って歩いていると、三太は新平の足音が気になった。
   「新平、そこの石に腰掛けて足を出せ」
   「足がどうかしたのですか?」
   「紐が切れ掛かっている」
   「まだ履ける」
   「走っとるときに切れたら扱ける」
 三太は、腰にぶら下げていた草鞋を新平の足に履かせ、紐を結んでやった。
  
   「あそこでも、お姉さんが草鞋を替えている」
   「ほんまや、綺麗なお姉さんか?」
 新平がサササとお姉さんに歩み寄って顔を覗き込んで帰って来た」
   「あほ、正直に覗きに行くな」
   「それなら聞かないでください」
   「それで、綺麗やったのか?」
   「いいえ」
   「えらいはっきり言いよるな、ほんなら黙って行き過ぎよか」
 無視した積りが、三太と女の目が合ってしまった。
   「草鞋の紐が切れたのですか?」
   「いいえ、足の裏に出来ていた肉刺(まめ)が、潰れてしまいまして」
 覗きこむと、本当に肉刺がパカンと開いて、痛そうであった。
   「よっしゃ、わいが手当てしてあげる」
 三太は、竹筒に入れて持っていた水で潰れた肉刺を洗い、田圃に行って綺麗な藁を取ってくると扱いて葉を落とし、茎で指輪大の輪を作った。
 三太の腹から晒しを解き、縦に裂いて包帯を作った。肉刺に藁の輪で囲うようにあてがうと、包帯をしっかりと巻きつけた。三太の晒しが、だんだん細くなっていったが。
   「どや、次の宿まで歩けるか?」
 女は、歩いて見せて
   「大丈夫です、有難う御座いました」
   「どちらまで行かれるのですか?」
   「伊勢の国です」
   「残念だす、わいらは江戸に向っております」
   「私は伊勢の国は菰野藩士、桂川一角の妻、美代と申します」
   「えーっ、あの桂川様の奥方だすか、わいは三太、この子は新平と言います」
   「三太さんたち、桂川をご存知なのですか?」
   「へえ、亀山藩の山中鉄之進様とお知り合いだすね」
   「そう、桂川とはどこでお逢いになられました?」
   「菰野藩の若様の乳母萩島さんの命をお助けしたのですが、そのお礼にと焼きもろこしを二本届けてくださったのが桂川さまだす」
   「まあ、人ひとりのお命をお助け戴いて、もろこし二本のお礼ですか」
   「それでも馬で追いかけてくれたのです」
   「桂川も、何を考えているのでしょうね、本当に御免なさいね」
 しかし、この人も何を考えているのだろう、武家の奥方が伴も連れずに一人旅とは、三太は事情を尋ねてみた。
   「いえね、一太という若い使用人が伴をしてくれていたのですが、突然、江戸へ行って一旗上げたいと言い出しまして、暇を取られてしまいましたの」
   「酷いヤツですね、せめてお屋敷まで奥様を送り届けてから暇をとれば良いのに」
   「まあ、仕方がありません、貧乏侍の使用人なんて、生涯卯建があがりませんものね」
   「そんな無責任野郎が江戸に出て、成功するとは思えません」
   「そうでしょうか」
   「わいらも江戸へ向っていますけど、もし一太と言う人に出逢ったら、文句のひとつも言ってやります」
   「まあ、それは有難うございます、そんなことより、貴方がたの江戸へ行かれる目的は?」
   「商家に奉公することと、棒術を教わることだす」
   「おいらは奉公して、親分みたいに強くなりたい」
   「あら、親分って、三太さんのことですか?」
   「へえ、さいだす」
   「もう既に御強いようですね、それはそうね、わが藩の萩島さまの命を救ってくれたのですから」

 そこへ、雲助駕籠らしいのが通りかかった。
   「私が足を引き摺っているものだから、目を付けられたらしいの」   
   「わいらも先程、わるい雲助駕籠に引っ掛かって、脅されたところだす」

 新三郎が偵察に行ったが、すぐに戻って来た。
   「悪いやつ等じゃないようです」

   「わいの霊能力で占ったところ、こいつらは善い雲助のようだす」
   「あら、ほんとう、では次の宿まで乗せてもらおうかしら」
 美代は、三太の言葉を完全に信用したらしい。
   「ちょいと駕籠屋さん、岡崎の宿までお願いします」
   「へい、有難う御座います、それから坊ちゃん、わしら雲助じゃありません、わしらは、れっきとした宿場人足で、阿漕なことはしません」
   「あれっ、聞かれていたのかいな」
 
 桂川の奥方と別れてすぐに新平が言った。
   「親分は、黙って行き過ぎよかと言うた」
   「新平がブスやと言うたやないか」
   「綺麗やったのかと聞かれて、いいやと答えただけです」
   「わっ、酷いことを言うたな、桂川一角さんに追っかけられるわ」
   「別に知れてないじゃないですか」   
 
  第二十回 雲助と宿場人足(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十九回 神と仏とスケベ三太

2014-07-09 | 長編小説
 三太と新平は、岡崎の宿に入った。ここに矢作川(やはぎがわ)という大川が横たわり、日本一の長い矢作橋が架かっている。
   「わあ、長い橋や、ここ渡ったら只やろか?」
 三太と新平は駆け出してしまった。その時、三太は自分を呼んでいるような声を感じた。
   「新さん、何?」
   「何も呼びかけていないぜ」 
 また、感じた
   「三太、わしじゃよ」
   「守護霊が二柱になった」
   「守護霊じゃない、わしを忘れたのか」
   「お父っちゃんは未だ生きているし、おっ母ちゃんはわしとは言わないし…」
   「こいつ、とぼけよって」
   「誰も、とぼけとらん」
   「神じゃよ、天上界から海に落ちた…」
   「はいはい、あの覗きの武佐やんか」
   「誰が覗きの武佐やんだ、たこ焼屋のおっさんみたいにいうな」
   「それで、天女はどこに居るのや」
   「天上界にも混浴の岩風呂が出来て、誰も下界に降りて水浴びする者が居なくなったのじゃ」
   「ああそうか、ほんなら用はない、武佐やんもう帰り」
   「わしは客引きかっ」
   「何しに来たん?」
   「新三郎に逢いに来たのじゃ、礼も言いたいし」
   「教えたのは新さんやと知っていたのか」
   「それはそうじゃ、わしは神であるぞ」
   「全然らしくないけど…」
 武佐能海尊(むさのわだつみのみこと)は三太に移り、新三郎に話しかけた。
   「なんやいな、わいを井戸端と間違えとるのか」
 三太の憤懣を無視して、会談が始まった。
   「これ新三郎、天上界へ来て神にならぬか?」
   「あっしが神ですかい」
   「偶々、殖活の神の席が空いてのう」
   「何です? 殖活とは」 
   「生殖活動の神じゃよ」
   「生殖とは?」
   「子作りじゃ」
   「やらしー」三太の口出し。
   「これ、三太は黙っていなさい」
   「そやかて、新さんは幽霊やで、子供を作る道具も無いし、種もない」
   「新三郎に子作りを手伝えといっているのではない、子作り神社に納まって祈願を聞いてやるのだ」
   「新さんは独り身のときに死んで、子作りの経験なんかないのやで」
   「三太は黙っておれというに」
   「あっしには、三太と新平を護るという使命が残っておりますし、守護霊と呼ばれるのが気に入っております」
   「こんな煩いボーズ放っときなさい、天上界に昇る好機であるぞ」
   「こら、おっさん、誰が煩いボーズや、しまいにどつくで」
   「神をどついたりしたら、天罰が下るぞ」
   「天罰が何や、そんなもん酢醤油で食ってやるわい」
   「お前は、天罰とトコロテンの区別もつかないのか」
 新三郎が神妙に断った。
   「この度は、縁がなかったといことで、このお話、他を当たって戴きますように」
   「縁談では無いわ」
   「わーい、断られた、天女連れて出直して来い」
   「煩い三太め、そんなに天女の舞が見たいのか?」
   「舞なんかどうでもええのだす、空中で舞っているところを下から見たいだけだす」
   「やらしー」


 暫く行くと、三体のお地蔵さんが並んで立っている。その向かいには茶店があって、小さな茶店のわりには客が多かった。折よくみんな引き上げて行ったので、二人は床机に腰をかけて、足をぶらぶらさせながら待っていると、お茶を二杯お盆に載せておやじが出てきた。
   「おっちゃん、大福二つ」
   「へい、ただいまお持ちします」
 すぐに大福を持って出てきた。
   「向かいのお地蔵さん、何かいわくがあるのですか?」
   「へい、一番左のお地蔵さんは、夜泣き地蔵さんです」
   「子供の夜泣きを鎮めてくれるのか?」
   「いいえ、ここでヨチヨチ歩きの子供が、お侍さんの乗った馬に跳ねられて死んだのです、その子が夜中になると母親を求めて泣くのか、地蔵さんが夜中に涙を流してヒューヒューと…」
   「恐わっ、けど可哀想やなあ」
   「真ん中は?」
   「あれは、ちんちん地蔵で、お賽銭は二文入れます」
   「三つめは?」
   「あれは、助兵衛地蔵と申します、お賽銭は幾らでも構いません」
   「へー、行きがけにお参りして行こ」
 大福を食べ終えると、夜泣き地蔵の賽銭箱に一文供えて手を合わせた。
   「おっ母ちゃんが恋しいのやろなあ、泣かんと成仏しいや」
 三太が手を合わせていると、新平がお地蔵さんの横で首を傾げている。
   「親分、この地蔵さん、横腹に穴が開いていますよ」
   「あ、ほんまや、こっち側にも開いている」
   「頭のてっぺんがお皿になって、ここにも小さな穴が開いています」
   「なんのこっちゃ、これはからくりや、中に笛が仕込んであって、風が通り抜けるとヒューヒューと音がするのや」
   「頭の皿は?」
   「水を入れる穴や」
 頭から水を入れておくと、風が押し上げ、目の隙間から水が滲み出る仕掛けになっているのだ。
   
   「親分、何だかいやらしい手つきで地蔵さんの前を擦って、どうかしたのですか?」
   「うん、このちんちん地蔵やが、二文入れるとその重みでこの辺から何か飛び出す仕掛けになっているのやないかと…」
   「飛び出しそうなところはありませんね」
   「うん、試しに二文入れてみるか」
 三太が二文入れると、「チンチーン」と、音が鳴った。
   「あほらし、ちんちんは、かねの音かいな」
 さて、三番目は、助兵衛地蔵である。この助兵衛地蔵に限って、着物を着ている。
   「ははーん、わかった、銭を入れると、この着物がパラリと脱げる仕掛けなんや」
 どうせつまらない仕掛けだと思っても、「助兵衛」という名が気になる。
   「よっしゃ、騙され序(ついで)や、一文、二文ときたのやから、三文入れてやる」
 三文供えて待ったが、何も起らない。
   「何や、この仕掛け壊れているのや、茶店のおっさんに訊いてみよ」
 三太と新平はパタパタっと茶店に戻って来た。
   「おっさん、あの助兵衛地蔵、壊れているみたいや」
   「あれは、仕掛けでも何でもありません、参った人のすけべの度合いが分かる地蔵さんです」
   「どう分かるのや?」
   「子供さん、あんたお賽銭を幾ら供えました?」
   「三文だす」
   「あんたは、三文すけべです、しかし、三文言うたら、そうとうのすけべですよ」   
   「ほっといてくれ、辻占以来、また騙された」


 また進むと、今度は道端に「狸塚」と刻まれた木の塚があった。近くの村人らしい男が通ったので、謂れを尋ねてみた。
   「この塚はなあ…」
 男が丁寧に語ってくれた。
   「昔、この場所に…」
   「昔って、どの位昔や?」
   「お前がまだ生まれてない程昔だ」
   「めちゃくちゃ昔だすなあ」
   「この獣道を通って、雌の狸が餌を求めて里へくるようになったのだ」
   「その狸、何か悪さをしたのですか?」
   「いいや、何もせん、ただ田圃で蛙や、ミミズを捕まえて食べるだけだ」
 その狸を罠で掴まえ、狸鍋にして食ってしまった村人が居た。その夜から、五匹の仔狸が山から下りてきて、母親の臭いがするのか、この場所で「クウーン、クウーンと鳴いて親を探すのだった。
 其処へ、村人の権兵衛さんが飼っていた雌の柴犬が通りかかり、五匹の仔狸を権兵衛さんの家に連れて帰った。この柴犬は丁度子育てを終えて、仔犬たちは夫々の家に貰われて行った後で、乳も出なくなっていた。それがどうだろう、仔狸がきてから、また乳がでるようになって、五匹の仔狸を育て上げ、仔狸と共に姿を消してしまった。

 それから、半年ほどして、ひょっこりと柴犬が権兵衛さんの家に帰って来た。どうやら、柴犬は仔狸たちに餌の捕り方を教えていたのだろうと、村中の明るい噂になった。

 仔狸たちの親を狸鍋にして食った男は、「犬でさえもこんなに情があるのに、親狸を食ったヤツの気が知れないと村八分にされ、熱に魘されながら死んでしまった。これは、狸の祟りに違いないと噂が広まって、村人達が少しずつ金を出し合って狸塚を立てたのだった。
   「それから、どうなったのですか?」
   「これで、おしまいです」
   「何か、ほろりとさせるようで、しょうもない話だすな」
   「しょうもないって、それならどうなれば良いというのだ?」
   「その後、月に一度は五匹の仔狸が、権兵衛さんの柴犬のもとへ、木の実や鳥や蛙を銜えてお礼にやってくるようになる」
 三太は話を作る。柴犬も、権兵衛さんも、そんな木の実や蛙に興味がないので放っておくと、仔狸たちはそれを悟ったのか、ある日小判を一枚ずつ銜えてやって来た。次の月も、また次の月も。そこで村人達は考えた。これは、山の何処かに埋蔵金が眠っているに相違ない。今度仔狸が来たら、後を付けて行ってみよう。

 その日から、村人は田畑のことなど忘れて、埋蔵金探しに没頭した。やがて田畑は荒れ放題になり、村人達は、埋蔵金は村の誰かが見つけて、独り占めをしているのではないかと疑心暗鬼に囚われることになった。  
 
 ところが、意外な事実が露見した。村の長者の金蔵の下に穴を掘って、仔狸たちが小判を盗みだしていたのだった。
   「そんな話、ただの村の恥じゃないか」
   「面白いけどあきまへんか?」

  第十九回 神と仏とスケベ三太(終) -続く- (原稿用紙13枚)

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次シリーズ三太と亥之吉「第一回 小僧と太刀持ち」へ

猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十八回 一件落着?

2014-07-08 | 長編小説

    山中鉄之進は亀山藩の武士である。役職は与力で、与力と言えば江戸と大坂に限られた役職のように思われがちであるが、与力職が置かれている諸藩も多々ある。山中は乗馬を得意とする与力であり、騎馬与力と呼ばれることもある。
 一方、三太達を牢に入れた役人は、江戸や大坂の同心(どうしん)に当たる下っ端役人である。同心は苗字帯刀が許された武士ではあるが、武士と町人の間のような扱いで、重罪を犯せば評定所の達しにより切腹が申し渡される与力に対して、同心は町人と同じく奉行所で裁かれて処刑される。与力と同心は、見た目でもすぐ分かる。与力は袴(はかま)を履いており、同心は着流し(袴なし)である。

 山中鉄之進は、三太達を牢に入れた役人に尋ねた。
   「燃えた旅籠の主人は、店の金は全て持ち出したのか?」
   「いえ、それが盗まれたのか燃えて無くなったのか、三百両程有った小判が全て消えているそうです」
   「この三太達に火付けの疑いを持ったのは何故で御座る」
   「所持していた金子が多いのと、あと、証人が名乗り出たので御座います」
   「子供達は小判を所持していたのか?」
   「一枚ずつですが…」
   「証言を聞かせて戴こうか」
 役人が、まだ三太達の疑いが晴れたとは思っていない根拠となるものであった。
   「この二人が筋向いの旅籠から出てきて火を付け、もとの旅籠に逃げ込んだと証言した男がおります」
   「顔は見ておるのか?」
   「はい、密かに面通しをしたところ、この二人に間違いないと…」
   「それは、どの時点で顔が見えたので御座るか」
   「付け火をして、炎が上がったときだそうです」
   「なるほど、筋は通っている、そのあと、その証人はなんとした」
   「燃えている旅籠のものに知らせようとしたら、中のものが気付き、みんなで大騒ぎして飛び出してきたとか」
   「そうか、ではその証人を此処へ呼んでは貰えぬか」
   「はい、畏まりました、この一件が決着するまでは、遠くに行かないように申し付けております」
 山中は、一人の若い役人が飛び出したあと、もう二人の役人に何やら耳打ちをし、二人も飛び出して行った。
 その間に、山中と三太と新平は、火事の現場を見て回ることにした。
   「山中様、火をつけた表口で、油の臭いがします」
   「犯人は、戸口に油をかけて火を放ったようだな」
 付け火は周到に準備をして行われたようである。こんなことを、宿の一元客、それも子供にできることであろうか。山中は、役人の思慮の無さに呆れた。
   「三太、裏へ回ろう」
 驚いたことに、裏口にも油を撒いて火を付けた形跡があった。
   「これは…、この旅籠の者と泊り客を皆殺しにする計画だったのかも知れない」
 ただ、宿の者の気付くのが早くて、宿の使用人が逸早く泊り客を起こして外へ導いたので、怪我人すら出さずに済んだ。少し遅れていたら全員とまではいかないまでも、多数の犠牲者を出していただろう。
   「恨みによる火付けだすか?」
   「まだ、断定は出来ないが」
 焼け跡を一周見て戻ると、証人の男が呼ばれて来ていた。
   「足労をかけて済まぬ、ちと検証をしてみようと思うのだが」
   「ご苦労様です、何なりとお申し付けください」
   「この二人が向かいの宿を抜け出て来たときであるが、手に何かを持っていなかったか?」
   「さあ、火打ち鉄は持っていたようです」
   「左様か、他に大きな物は持っていなかったのだな」
   「はい、なにも持ってはいませんでした」
   「火打ち鉄を持って、旅籠の表口に立った二人はどうした?」
   「チッチッチッと火打ちを始めました」
   「さようか、音もしっかり聞こえたのだな」
   「はい確かに、その後、戸板に火が点くと、二人は向かいの旅籠に逃げ込みました」
   「では、ここに拙者の火打ち鉄がある、これで其処の板に火をつけてみてはくれぬか」
 男は、はっと気がついたようである。
   「他に、藁の束を持っていたような気がします」
   「そうか、近くの農家で藁の束を二つ貰って来てはくれぬか」
 証人を呼びに行った若い役人が、再び駆け出して行った。

 刻を待たせず、若い役人は藁の束を持って戻って来た。
   「これで宜しゅうございますか?」
   「忝い、足労をかけた」」
 藁の束の一つを証人に渡し、立てかけた板に火を点けてみてくれと命令した。
   「それでは、始めて貰おうか」
 証人の男は、火打ち鉄を「チッチッチッ」と打ち、程なくモグサから煙が上がった。それに息をふっかけ、炎が上がると、藁に移した。
 大人は慣れたもので、藁に火が点くまで今の時間で約二分、藁の火が板に燃え移るまでは三分、計五分の時間で成し得た。
   「では、三太もやってみてくれ」
   「山中様、わいは火を点けたことがないのです」
   「でも、今見ていただろ、あの通りやってみよう」
 左手に火打石とモグサを持ち、右手に火打ち鉄を持って打ち付けたが、子供は大人ほども力がないので、なかなかモグサに火が点かない。
   「熱いっ!」
   「火の粉を掌で受けてどうする」
   「手が小さいから、大人みたいに上手くできない」
 それでもどうにかして、モグサに煙が上がったが、フーフー吹いても炎が上がらない。それでも難儀して藁に火を移せたが板は燃えず、藁だけが燃え尽きた。
   「アチチチ」
   「はやく、藁を手から離しなさい」
 三太は、指の先を少し火傷してしまった。
   「手際よく火を点けても、戸の板が燃え上るまで刻がかかる」
 子供がモタモタ火を点けていたのでは、その三倍も四倍もの刻がかかってしまう。山中は、証言者に向って言った。
   「この子達が付け火をしたとして、その間、その方は火が点くまで、黙って見ておったのか?」
   「何をしているのかなと思って見ていました」
   「おかしいではないか、先程は子供が火打ち鉄をチッチッチッと 打つ音まで聞いたと言ったであろう」
 子供が火を点けるところを目撃して、注意もしないで見ていたことになる。それも、火打ち鉄を打つ小さな音さえも聞こえたのならば、極近くで見ていたことになる。戸板が燃えるまでには、藁が燃え上がっている。その時点で全てを判断出来た筈なのに、咎めもしなかったのは何故なのか。山中鉄之進は、証言者に詰め寄った。
   「すみません、気が動転していたもので…」
   「その気が動転していた者が、付け火をした子供の顔をしっかり覚えていたり、旅籠に逃げ込むところを冷静に見ていたのは何故だ」
 山中の語調が少し荒らげてきた。
   「それに、お前の証言には致命的な嘘がある」
 付け火の真犯人は、火付ける場所に油を撒いている。証言では、筋向いの旅籠から藁を持って出てきた子供が、表口に放火をしたと証言している。
   「何の為に嘘をついた」
   「お役人様の推理に、つい合わせた証言をしてしまいました」
   「その嘘によって、罪の無い子供が処刑されたかも知れないのだぞ」
   「申し訳ありません」
   「まだ有るぞ、表口に火を点けた後、直ぐ向かいの旅籠に逃げ帰ったと証言しておるが、真犯人は裏口にも油を撒き、火をつけている」

   「この三太はなあ、霊能力を持った子供なのじゃ」
   「霊能力と申しますと」
   「人の生魂を感じ取り、その人の思いを知ることが出来る。その霊力で以って神戸藩の若君が拐かされ、大枚の身代金を盗られようとしたのを、若君の命を救い、身代金も取り返したのじゃ」
 役人達が驚いている。
   「菰野藩でも、乳母の萩島が救われたと聞いた、三太、萩島は我が妹なのだ、よく助けてやってくれた」
 これには、三太も驚いた。
   「萩島は、三太殿に礼もせずに別れたと、嘆いておったぞ」
   「いえ、焼き玉蜀黍(とうもろこし)を二本頂戴しました」
   「命を助けて、もろこし二本か、我が妹ながらやすい命だなあ」
   「いいえ、もろこし二本でも、お侍さんが馬で買ってきてくれたのが嬉しかったです」
   「妹に頼みごとが出来る者は、桂川一角であろう、拙者とは一緒に馬術を学んだ仲で、好敵手なのだ」
   「へー、世間は広いようで狭いものだすな」
   「大人の口振りを真似よって」

 証人を呼びに行った役人の後を追った二人が帰って来た。山中の無駄話は、どうやら時間稼ぎのようであった。
   「どうだった?」
   「天井裏に隠しておりました」
   「ざっと、小判で三百両はありそうだな」
   「はい、その通りです」
   「例のものは有ったか?」
   「はい、御座いました、手桶が二つ、何れにも油が染み込んでおりました」
 山中鉄之進と役人二人の会話を聞いていた証人の顔色が変わった。隙を見て逃げ出そうとしたが、二人の役人に両腕を掴まれてしまった。
   「ところで、そなたの名をまだ聞いてはいなかったが…」
 山中は、三太達を牢に入れた役人を見据えた。
   「はい、坂田伝蔵と申します」
   「そうか、坂田氏、金(きん)と言う物は燃えて無くなりはしないものだ」
   「左様でしたか」
   「この証人の家の天井裏から、三百両が見つかったぞ」
 証人の男が、慌てて弁解した。
   「それは、私が火事場から盗んだものではありません」
   「そうか、他の者が盗んだのだな」
   「だ、だと思います」
   「では、あの物はどうじゃ、お前の住処に有った、油桶じゃ」
   「あれは…」
 山中は、三太を呼んだ。
   「ここからは、三太に任せよう、この者の心を読んでみせなさい」
   「へえ、分かりました」
 
 実は、守護霊の新三郎は既に証人の記憶を読んでいて、三太に教えていたのだ。この男、余所者ではあるが、飾り職人と偽り空き家を借り、一ヶ月前からここで一人生活をしている。三人の仲間が泊り客として旅籠に泊まり込み、この証言男が未明に付け火をして騒ぎを起こした。騒ぎに乗じて旅籠内の仲間が盗みを働き、着物を抱えて外へのがれた振りをして証言男の住処に盗んだものを隠したのだ。
 人を焼き殺す意思はないので、最初に火事を発見して騒ぎ立てたのは、泊り客役の三人であった。段取りでは、表口と裏口の戸板を焼く程度の小火(ぼや)で済む筈のところ、消防団として借り出された青年たちがモタモタしたために、全焼してしまったのだった。
 三太は、新三郎の言葉のままに、心霊占いらしく、ほぼ正確に披露した。
   「仲間の名前と、待機先の旅籠がわかりました」
   「おお、流石は三太だ、言ってみなさい」
   「この人の名は嘉兵衛、仲間は、弥太、鬼助、平蔵の三人で、池鯉鮒の東外れの旅籠に逗留して、もう一度この池鯉鮒の宿場で盗みを働く計画を立てています」
   「坂田氏、聞かれたか? 拙者は余所者だ、後は其処許(そこもと)の腕に任せ申す」
   「承知しました」
   「どう決着したかは、後日岡崎のお奉行に伺い致そう」
   「はい、有難う御座いました」
   「手柄を立ててくだされ」
 
 放火は重罪である。江戸の町ではなくとも、死罪は免れない。場合によれば、火刑(かけい)すなわち、火焙りの刑にされるかも知れない。

   「三太、よくやった、せめて岡崎の宿まで、送って進ぜよう?」
   「急ぎの旅ではありまへん、のんびり膝栗毛で旅を続けます」
   「左様か、また何かあれば、拙者の名を出しなさい、知る人ぞ知る山中鉄之進でござる」
   「知らない人は、知らないです」
   「だが、少なくとも、師匠になる亥之吉は知っておるぞ」
   「そうでした」

  第十八回 一件落着?(終) -次回に続く- (原稿用紙16枚)

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「第十七回 三太と新平の受牢」へ
「第十八回 一件落着?」へ
「第十九回 神と仏とスケベ 三太」へ
「第二十回 雲助と宿場人足」へ
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「第二十三回 二川宿の女」へ
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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十七回 三太と新平の受牢

2014-07-05 | 長編小説
 三太と新平は鳴海の宿場を通り抜けた。鳴海は桶狭間の古戦場があることでも知られる。また、寺の多いところで、その中の長福寺には、織田信長に敗れた今川義元の首塚がある。

   「お寺なんか見て回っても面白くない」
   「まだ元気がある。あと三里(12km)歩こう」
 それでも、子供の足で三里は過酷である。愚図ぐず歩いて、日が暮れないかと新三郎の心配を他所(よそ)に、二人は熱田(あつた)で食べた櫃まぶしや外郎を思い出して話し合っている。
   「平たいうどんも食べたかったなあ」
   「邪魔されなかったら、まだ食っているね」

 暫く歩くと、道端に座り込んでいる白髪の老婆が手招きをした。
   「婆ちゃん、わいらに何の用や」
 老婆は三太を指さした。
   「お前には、霊が憑いている」
   「へえ、知っています」
   「お前にはしそうが顕れておる」
   「しそうって、しそうの半のことか?」
 三太、知っていてとぼける。
   「それは賽子(サイコロ)博打じゃろう、そうじゃなくて死ぬ相じゃ」
   「へー」
   「へーて、それだけか?」
   「何で死ぬのや、殺されるのか?」
   「そうじゃ、お前に憑いた霊にとり殺されるのじゃ」
   「嘘つくな、わいに憑いた霊は、強いし格好いいし、お父はんみたいに優しいのや」
   「それは見かけだけで、やがて黄泉の国へ連れていかれるのじゃ」
   「ふーん」
   「ふーんて、それだけか、恐くないのか」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「それよか、お婆ちゃん、女難の相が出ている」
   「何で、女のわしに女難の相なのじゃ」
 パタパタパタと、雪駄を鳴らして、中年の女が駆けてくる。
   「お母さん、またこんな所で旅人さん相手に死相が出ていると言うているのですか」
 女は、三太と新平に「御免ね」と、頭を下げた。
   「そんなことばかりしているから、近所の人から死相の婆さんと呼ばれるのですよ」

 道草を食いながらも、尾張と三河の国境を越えた。日は落ちかかっているものの、明るいうちに池鯉鮒(ちりゅう)の宿場に辿り着けた。

 宿を取り、一風呂浴びて三太と新平が開け広げた部屋で寛いでいると、隣の客が覗き込んだ。
   「子供さん、二人で旅をしているのかい?」
   「へえ、二人きりだす」
   「ほう、偉いなあ」
   「別に偉くはないです」
 どうせ子供を騙して、持ち金をまき上げるのだろうと、持ち金は全て旅籠の帳場に預けてあるので、警戒もせずに気の無い返事をする。
   「わし、子供好きだから、ちょっと声をかけただけです、警戒しなくてもよろしい」
 もう、新三郎が偵察してきた。
   「この男善人ですぜ」
 新さんの助言に、打ち解けた。
   「おっちゃんは、何処へ行くん?」
   「三島からの帰りだ」
   「お女郎の三島か?」
   「そうだ、その三島でわしの幼馴染の女が料理茶屋で働いているので、戻ってわしの嫁になってくれと頼みに行ったのだが、振られた」
   「おっちゃん、遠い所まで行ったのに可哀想やなあ」
   「わしは正業に就くのが遅すぎたのだ、女には既に言い交わした男が居た」

 食事が来たので、話は中断した。食後、また男がやって来た。
   「退屈だろう、わしが幽霊の出る恐い話でもしてやろうか」
   「幽霊が恐いのか?」
   「そうや、幽霊に惚れられた男の話だ」
 
 旗本の娘お露は、浪人の萩原新三郎に惚れて、恋焦がれるが思いが遂げられずに食べ物も喉を通らなくなり、痩せ細って死んでしまう。お露を死なせたのは、想いを遂げさせてやれなかった自分の所為だと自分を責めて、下女のお米もお露の後を追って自害して果てる。
   「わっ、新三郎やて、新さんと同じ名や」
   「黙って話を聞け」
 やがて、下女と共に墓を抜け出し、長屋暮らしの萩原新三郎の住まいにやってくるようになった。萩原新三郎とて、お露のことを憎からず思っていたが、浪人の身で旗本の娘お露に近づくことは出来なかった。
 そんなお露が自分の処へ夜な夜な通ってきてくれる。新三郎もお露にぞっこん惚れてしまう。夜が更けると、カラン、コロンとぽっくり下駄の音をさせて、下女のお米が下げた牡丹灯篭の灯りを頼りにやってくる。新三郎は、それを楽しみにするようになっていた。
   「わっ、やらし」
   「黙って」
 毎夜、深夜になると新三郎の部屋から女の声が聞こえるので、隣に住む伴蔵夫婦が気になって戸の隙間が覗いてみると。
   「わっ、覗きや、すけべ」
   「黙って聞けと言うのに」
 覗き見て驚いた。新三郎は髑髏を抱いていたのだ。
   「どうや、恐いだろ」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「髑髏だぞ、骨ばかりの」
   「萩原はん、どうやって髑髏の乳揉んだのやろ」
   「他は皆骨になったが、乳だけ残っていたのと違いますか」
   「けったいな髑髏やなあ」
 男はあほらしくなって、話をやめてしまった。
   「お前等、幽霊恐くないのか?」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「恐い物は無いのか」
   「お化けが恐い」

 寂しい山のゴミ置き場に捨てられた唐傘が、年月を経てゴミの中からもりもりと這い出てきた。
   「わしを使うだけ使って、供養もせずにゴミと一緒に捨てやがって」
 一本足の唐傘お化けは、大きな口を開くと、長い舌をぺろりと出した。
   「恐いー」
   「おしっこちびる」
 幽霊の話は茶化すばかりだったのに、唐傘お化けの話では、二人抱きついて震えている。
   「お前等、馬鹿だろ」
 男は呆れて、自分の部屋に戻ってしまった。


 翌朝早く、大人達の騒がしい叫び声で三太と新平は目が覚めた。
   「火事だ、火事だ、朝火事だ!」
 三太達が泊まった旅籠の筋向いの旅籠が燃えているらしい。泊り客は、寝巻きのままに外へ飛び出し、町の青年団の防火活動を見に行ったが、三太達は子供がうろうろしてはいけないと、帳場に清算を頼み、早立ちに決めた。この気遣いが裏目に出たようだ。

   「これ、其処の二人、何故コソコソ逃げる」
 意地の悪そうな役人が追ってきた。
   「逃げるのと違います、大人の邪魔にならないように出立するのです」
   「今朝の火事は、付け火の疑いがある、お前達どうも怪しいので取り調べるから番屋まで来なさい」
   「わいら、疑われているのですか?」
   「火事騒ぎが見たくて、火を付けたのであろう」
 三太は憤慨した。
   「第一、わいらは火打ち鉄なんか持っていまへん」
   「そんなもの、何処かへ捨てたのであろう、これから調べれば分かることだ」
   「あほらし、子供がそんなことをする訳がないやないか」
   「旅籠が燃えているのに、あほらしとは何事か」
   「火事があほらしいのやおまへん、疑われることがあほらしいのです」
   「子供の癖に、口達者なヤツだ」
   「普段は無口なわいだすが、これが黙っていれますかいな」
   「二人とも、代官所のお牢に入れてやる、黙って歩け」

 番屋へは行かずに、いきなり縄を打たれ、二人は代官所に連れて行かれた。持ち物検査をされて、三太の胴巻きや巾着に、子供にしては大金を所持していることを咎められた。
   「これはどうした、火事場から盗んだのか」
   「違いますよ、上方から江戸への路銀だす」
   「親が持たせてくれたのか?」
   「わいの先生だす、信州上田藩の佐貫鷹之助という塾の先生だす」
 新平の通行手形と、お大名の添え状を見て、役人たちは驚いているようであった。
   「これはどうした」
   「亀山城のお殿様に持たせて戴いた通行手形と添え状だす」
   「盗んだ物ではないのか?」
   「わいは三太で、手形にある新平とは、この子だす」
   「町人の通行手形を、どうして亀山の藩主が発行しておるのだ」
   「そう言われない為の添え状だす」
   「嘘をついても、直ぐに分かることだぞ」
   「添え状まで無視してお疑いなら、亀山藩士山中鉄之進様が身元引受人だす、使いを出してお尋ねください」
   「よし、問い合わせてみよう」
   「その間は、わいらはお牢の中だすか?」
   「そうだ、夜っぴて馬で駆けても、往復一昼夜はかかるだろう」
   「その間、火付けの真犯人は捜さないのですか?」
   「その必要はないだろう、お前達が真犯人に違いないからな」
   「亀山のお殿様は、何の為の添え状だと、さぞお怒りになられるでしょう」
   「そんな姑息な脅しが、わしに通じると思うか」
 役人は、憎々しげに言い放った。まあ、然程(さほど)急ぎの旅ではない、飯もでるだろう。ここでのんびりと休息を取るのも悪くは無い。だが、火付けの真犯人が逃げてしまうではないか。三太はそちらの心配をしていた。

 真夜中に、一人の武士が息堰きって牢の前に来た。
   「三太、拙者だ、山中鉄之進だ」  
 三太は眠い目を擦って、牢の外に立つ鉄之芯之進を見た。
   「あっ、山中様や、わいらの為に遠くから駆けつけてくれたのですか?」
   「そうだ、三太が牢に入れられたと聞いては、駆けつけずにはいられないからな」
   「おおきに、有難うございます」
   「ございます」新平も起きてきた。
   「良い、良い、それより亀山の殿が、余の添え状が信用ならんのかとご立腹でなぁ」
   「すんまへん、わいらの申し開きは通じませんのや」
   「さも有ろう、拙者の思慮が浅かったかも知れん」

   「その手形にもあろう、拙者は上田藩与力、山中鉄之進である」と
 鉄之進が名乗ると、役人たちは畏まっている。
   「この者達は、拙者の知り合いである。すぐに牢から出しなさい」

 三太と新平は、即刻牢から出された。
   「どうして、こんなことになった?」
   「わいらが泊まる筋向いの旅籠が火事になり、大人の邪魔をしてはいけないと、直ぐに旅籠を出立した為に火付けの犯人だと疑われました」
   「そうか、三太どうだ、真の下手人を見つけてみないか」
   「はい、身の証のために是非…」

  第十七回 三太と新平の受牢(終) -続く- (原稿用紙14枚)

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十六回 熱田で逢ったお庭番

2014-07-03 | 長編小説
 七里の渡しの帆船(ほふね)が宮の宿場に着いた。三太と新平は商人(あきんど)風の旅人のところへ駆け寄り、褒美と言って二両戴いた礼をした。
   「わいは三太、この子は新平だす、江戸京橋銀座の福島屋のお店(たな)に奉公します」
   「そうかい、私は熱田(あつた)神宮さんの近くで、米問屋を営んでおります尾張屋正衛門と言います、またお逢いすることも有るでしょう、気をつけて行きなさい、京橋銀座の福島屋さんですな、覚えておきましょう」
   「おおきに、有難う御座いました」
 
 溺れるところを救った子供と、その母親は、三太と新平のところへ挨拶に来た。
   「子供を助けて貰ったうえに、小判まで頂戴しまして本当に有難う御座いました」
   「三太さん、新平さん、俺寛吉です、もっと大きくなったら逢いに行きます」
   「ほんならちょっと待っていてや、鷹之助先生が持たせてくれた矢立があるから、お店の名前を書いてあげる」
   「今は字が読めませんが、勉強します」
   「わいも、漢字は書かれしまへんのや」


 宮宿は、尾張の国であり、東海道一の大きな宿場町である。三太と新平は、熱田(あつた)の町見物と食べ物の匂いに釣られて出かけた。「わっいい匂い」、「わっ旨そう」と叫びながら歩いていると、両替商が目についた。船上で尾張屋正衛門に戴いた一両を二分と八朱に両替して貰い、懐の巾着から手数料を払った。  
   「鰻(うなぎ)という魚を食べてみたい」
   「みたい、みたい」
 腹が空いていたので、二人前百六十文払って「ひつまぶし」を食べることにした。
   「正衛門さん、いただきます」
   「いただきます」
 二人は小さい手を合わせて、頭を下げた。二人とも初めて食べる味であった。ご飯が見えないくらいに鰻の蒲焼が並べられていた。
   「すごく旨い、世の中にこんな旨いものがあったのやなあ」
 新平は、食べながら涙ぐんでいる。
   「正衛門さんみたいな金持ちなったら、こんなのを毎日食べられるのかなあ」
   「あたりまえや」
 櫃まぶしで、お腹いっぱいになった筈なのに、外郎(ういろう)を売っている店をみつけると二本買った。道から逸れた路地の床机に腰をかけて外郎を食べていると、二十四、五の女が路地に飛び込んで来た。
   「男に命を狙われています、匿ってください」
 女は手を合わせて懇願し、積まれた防火桶の後ろに身を隠した。間、髪を入れずに、侍が追ってきた。  
   「おい、坊主、いま女が此処へ逃げて来なかったか?」
   「へえ、誰も」
   「きません」
   「そうか、やつはくノ一らしい、屋根の上に跳び上がって逃げたかも知れぬ」
 侍は、慌てて走り去った。

   「お姉さん、くノ一か?」
   「坊たち御免な、私は掏摸や盗人ではありません、訳あって何も言えませんが信じてください」
   「宜しおます、姉ちゃんは悪人やなさそうだすから」
   「へえ、おおきに、坊たちは旅人姿だすけど、どちらへ?」
   「あれっ、お姉ちゃん、上方弁になった」
   「上方言葉と、江戸言葉の両方使えるのどすえ」
   「あ、今度は京言葉や」
   「あっちは、尾張言葉も使えるのや、外郎は美味しいやか?」
   「あのねえ、命を狙われているのに、ここで遊んでいてええのか?」
   「あっ、忘れとった、坊たち、これからどちらへ?」
   「江戸だす」
   「丁度良かった、お願いですから、三河の国へ行くまで、私の子供になってくれませんか?」
   「丁度良かったって、わいらも命を狙われるやないか」
   「ばれた時は、私が脅迫してやらせたと言ってください、私は命を捨てて二人を護ります」
   「池鯉鮒(ちりゅう)の宿までやな?」
   「そこには、私の仲間がまっています」
   「わかった、おっ母ちゃん、抱っこ」
   「親分、いやらし」
   「いやらしいものか、おっ母ちゃんやで」

 熱田の町には未練が残る三太と新平だったが、女の命に関わることなので我慢をして池鯉鮒まで付き合うことにした。
   「あ、待って、おっ母ちゃん足が速すぎや、子供放っといて先先行ってしまうやないか」
   「堪忍や、勝手に足が動きよりますねん」
   「やっぱりなあ」

 熱田の町なかを東海道に向けて歩いていると、三太たちの前の方をシャナリシャナリと様子を作って歩く商家の奥様風の女が行く。
   「おっ母ちゃん、あの人綺麗やなあ、匂い袋の香りが歩いた後に残っとります」
   「ほんまや、良家のご新造さんのようだすなあ」
   「お伴を二人連れとる」
   「あのような美しい女のことを花に例えて、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花と言いますのやで」
 話ながら歩いていると、町人の男が一人近寄ってきた。
   「おめえたち、あの御仁を知っていなさるのか?」
   「いえ、知りません」三太が相手をする。
   「あの御仁は、このへんでは有名な川上の後家さんや」
   「綺麗なお姉さんやなあ」
   「そう思うやろが、ところが前に回って顔を見てきなさい」

 三太と新平は。パタパタっと走って川上の後家さんの前に回って「わっ」と、驚いている。
   「まあ、なんや、このお子たちは?」
 後家さんの伴の者が答える。
   「近所の子共たちや、坊や達どうしたのです?」
   「ん? あの…、綺麗なお姉さんやなぁと思うて、見惚れていました」
 後家さんが「綺麗」に反応した。
   「まあ、綺麗やなんて、子供は正直やね」
   「お姉さんのように綺麗な人のことを、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というのです」
   「有難う、これは御茶の席で出たお菓子や、おたべなさい」
   「綺麗なお姉さん、有難う」
   「どういたしまして」
 三太と新平が、元のところへ戻って来た。先程の男も待っていた。
   「どうや、美しかったか?」
   「赤い顔して、山で獲れた猿みたいやった」
   「おいら、おしっこちびった」と、新平。
   「わあ、ろくろ首以来やなあ」
 男は笑って言った。
   「後家さんの前で、猿やと言わなかったか?」
   「うん、言うてない」
   「そら良かった、あの後家さんの前で、猿なんて言ったら、呪い殺されるところや」
 
 宮宿を離れ、鳴海の宿に向う途中で、五人の武士が追ってきた。「キッ」と身構えようとする女を手で制して三太が言った。
   「刃向ったら負けです、母子を通しましょ」

 あっと言う間に追いつかれた。
   「おい女、どこへ行く?」
   「へえ、池鯉鮒の親戚の家に、この子等を預けに行きます」
 答えるが早いか、武士の一人が剣を抜くといきなり女に斬りかかった。だが刀の峰は返って女の腰で止っていた。
   「あ痛っ、御無体な、わたいが何をしたと言うのです」 
   「おっ母ちゃん、恐い」
 三太と新平が女に抱きついた。
   「恐いことあらしません、そやかて、わたいらは何も悪いことをしていません」
   「うん」

 五人の武士達は、繁々と女を見ていたが、
   「違ったようだ、許せ」
 と、言葉を残して立ち去った。斬りつけたのは、くノ一かどうか確かめたようだ。

   「お姉ちゃん、よう刀をかわさなかったなぁ、かわしていたらバレとったで」
   「子供さん、あなたは何でも良く分かっていますね」
   「わいなァ、人の心が読めるのや、お姉ちゃん、お庭番(公儀隠密)やろ」
 ずばり当てられて、女は戸惑った。正体がばれると、この子たちの口を封じねばならない。女は懐の短刀に手をかけた。
   「お姉ちゃん、止めとき、わいらには強い守護霊が憑いていますねん」
   「正体を知られたら、相手を殺すのが私達の掟です、私もここで自害しますから許して…」
   「わいら、誰にも喋らへんと言っても殺すのか」
   「仕方が無いのです」
   「そうか、ほんなら殺し、守護霊の新さんが黙って見てないで」
 女は短刀の鞘を抜き捨てた。目を見開いて三太に斬りかかったが、その目には涙が光っていた。
   
 暫くの間、女は気を失っていた。気がつくと「ああ、夢でよかった」と、安堵したが、自分の手には短刀が握られ、辺りを見回すと、子供が二人座っていた。
   「お姉ちゃん、気がついたらしいな」
 夢ではなかったが、子供は傷ついていなかった。しかし、何がどうなったのか分からない。
   「お姉ちゃん、わいら先に行くわ、もうお姉ちゃんは信用できへん」
 臥して泣いている女を残し、三太と新平は、さっさと行ってしまった。女は起き上がって子供達の後を追いかけようとしたが、思い直して宮宿の方へ早足に戻って行った。このまま、子供を連れて池鯉鮒の仲間のところへ行けば、仲間に子供達が殺されてしまうと思ったからだろう。

   「お姉ちゃん、自害したらあかんで、生きろ、生きてお江戸でまた逢おうな」

 鳴海の宿場町を歩いていて考えた。日暮れまではまだまだ時間があるので池鯉鮒の宿まで行こうか、それともここで旅籠を取ろうかと迷っていたら、先程の武士が池鯉鮒方面から引き返してきた。
   「お前達、母親はどうした」
   「あれ買え、これ買えと愚図ったら、怒って先に行ってしましましたんや」
   「出逢わなかったぞ」
   「怒った振りをしても子供のことが心配で、どこかそこらに隠れてわいらのことを見ていると思います」
   「さようか、逸れないようにしっかり付いて行くのだぞ」
   「おっ母ちゃんは気が短いから、怒らすと何時もこうだす」

 結局二人は鳴海の宿を素通りして、池鯉鮒の宿まで歩くことにした。

  第十六回 熱田で逢ったお庭番(終)-続く- (原稿用紙14枚)

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