雑文の旅

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猫爺の連続小説「チビ三太、ふざけ旅」 第十七回 三太と新平の受牢

2014-07-05 | 長編小説
 三太と新平は鳴海の宿場を通り抜けた。鳴海は桶狭間の古戦場があることでも知られる。また、寺の多いところで、その中の長福寺には、織田信長に敗れた今川義元の首塚がある。

   「お寺なんか見て回っても面白くない」
   「まだ元気がある。あと三里(12km)歩こう」
 それでも、子供の足で三里は過酷である。愚図ぐず歩いて、日が暮れないかと新三郎の心配を他所(よそ)に、二人は熱田(あつた)で食べた櫃まぶしや外郎を思い出して話し合っている。
   「平たいうどんも食べたかったなあ」
   「邪魔されなかったら、まだ食っているね」

 暫く歩くと、道端に座り込んでいる白髪の老婆が手招きをした。
   「婆ちゃん、わいらに何の用や」
 老婆は三太を指さした。
   「お前には、霊が憑いている」
   「へえ、知っています」
   「お前にはしそうが顕れておる」
   「しそうって、しそうの半のことか?」
 三太、知っていてとぼける。
   「それは賽子(サイコロ)博打じゃろう、そうじゃなくて死ぬ相じゃ」
   「へー」
   「へーて、それだけか?」
   「何で死ぬのや、殺されるのか?」
   「そうじゃ、お前に憑いた霊にとり殺されるのじゃ」
   「嘘つくな、わいに憑いた霊は、強いし格好いいし、お父はんみたいに優しいのや」
   「それは見かけだけで、やがて黄泉の国へ連れていかれるのじゃ」
   「ふーん」
   「ふーんて、それだけか、恐くないのか」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「それよか、お婆ちゃん、女難の相が出ている」
   「何で、女のわしに女難の相なのじゃ」
 パタパタパタと、雪駄を鳴らして、中年の女が駆けてくる。
   「お母さん、またこんな所で旅人さん相手に死相が出ていると言うているのですか」
 女は、三太と新平に「御免ね」と、頭を下げた。
   「そんなことばかりしているから、近所の人から死相の婆さんと呼ばれるのですよ」

 道草を食いながらも、尾張と三河の国境を越えた。日は落ちかかっているものの、明るいうちに池鯉鮒(ちりゅう)の宿場に辿り着けた。

 宿を取り、一風呂浴びて三太と新平が開け広げた部屋で寛いでいると、隣の客が覗き込んだ。
   「子供さん、二人で旅をしているのかい?」
   「へえ、二人きりだす」
   「ほう、偉いなあ」
   「別に偉くはないです」
 どうせ子供を騙して、持ち金をまき上げるのだろうと、持ち金は全て旅籠の帳場に預けてあるので、警戒もせずに気の無い返事をする。
   「わし、子供好きだから、ちょっと声をかけただけです、警戒しなくてもよろしい」
 もう、新三郎が偵察してきた。
   「この男善人ですぜ」
 新さんの助言に、打ち解けた。
   「おっちゃんは、何処へ行くん?」
   「三島からの帰りだ」
   「お女郎の三島か?」
   「そうだ、その三島でわしの幼馴染の女が料理茶屋で働いているので、戻ってわしの嫁になってくれと頼みに行ったのだが、振られた」
   「おっちゃん、遠い所まで行ったのに可哀想やなあ」
   「わしは正業に就くのが遅すぎたのだ、女には既に言い交わした男が居た」

 食事が来たので、話は中断した。食後、また男がやって来た。
   「退屈だろう、わしが幽霊の出る恐い話でもしてやろうか」
   「幽霊が恐いのか?」
   「そうや、幽霊に惚れられた男の話だ」
 
 旗本の娘お露は、浪人の萩原新三郎に惚れて、恋焦がれるが思いが遂げられずに食べ物も喉を通らなくなり、痩せ細って死んでしまう。お露を死なせたのは、想いを遂げさせてやれなかった自分の所為だと自分を責めて、下女のお米もお露の後を追って自害して果てる。
   「わっ、新三郎やて、新さんと同じ名や」
   「黙って話を聞け」
 やがて、下女と共に墓を抜け出し、長屋暮らしの萩原新三郎の住まいにやってくるようになった。萩原新三郎とて、お露のことを憎からず思っていたが、浪人の身で旗本の娘お露に近づくことは出来なかった。
 そんなお露が自分の処へ夜な夜な通ってきてくれる。新三郎もお露にぞっこん惚れてしまう。夜が更けると、カラン、コロンとぽっくり下駄の音をさせて、下女のお米が下げた牡丹灯篭の灯りを頼りにやってくる。新三郎は、それを楽しみにするようになっていた。
   「わっ、やらし」
   「黙って」
 毎夜、深夜になると新三郎の部屋から女の声が聞こえるので、隣に住む伴蔵夫婦が気になって戸の隙間が覗いてみると。
   「わっ、覗きや、すけべ」
   「黙って聞けと言うのに」
 覗き見て驚いた。新三郎は髑髏を抱いていたのだ。
   「どうや、恐いだろ」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「髑髏だぞ、骨ばかりの」
   「萩原はん、どうやって髑髏の乳揉んだのやろ」
   「他は皆骨になったが、乳だけ残っていたのと違いますか」
   「けったいな髑髏やなあ」
 男はあほらしくなって、話をやめてしまった。
   「お前等、幽霊恐くないのか?」
   「恐くない」
   「恐くない」
   「恐い物は無いのか」
   「お化けが恐い」

 寂しい山のゴミ置き場に捨てられた唐傘が、年月を経てゴミの中からもりもりと這い出てきた。
   「わしを使うだけ使って、供養もせずにゴミと一緒に捨てやがって」
 一本足の唐傘お化けは、大きな口を開くと、長い舌をぺろりと出した。
   「恐いー」
   「おしっこちびる」
 幽霊の話は茶化すばかりだったのに、唐傘お化けの話では、二人抱きついて震えている。
   「お前等、馬鹿だろ」
 男は呆れて、自分の部屋に戻ってしまった。


 翌朝早く、大人達の騒がしい叫び声で三太と新平は目が覚めた。
   「火事だ、火事だ、朝火事だ!」
 三太達が泊まった旅籠の筋向いの旅籠が燃えているらしい。泊り客は、寝巻きのままに外へ飛び出し、町の青年団の防火活動を見に行ったが、三太達は子供がうろうろしてはいけないと、帳場に清算を頼み、早立ちに決めた。この気遣いが裏目に出たようだ。

   「これ、其処の二人、何故コソコソ逃げる」
 意地の悪そうな役人が追ってきた。
   「逃げるのと違います、大人の邪魔にならないように出立するのです」
   「今朝の火事は、付け火の疑いがある、お前達どうも怪しいので取り調べるから番屋まで来なさい」
   「わいら、疑われているのですか?」
   「火事騒ぎが見たくて、火を付けたのであろう」
 三太は憤慨した。
   「第一、わいらは火打ち鉄なんか持っていまへん」
   「そんなもの、何処かへ捨てたのであろう、これから調べれば分かることだ」
   「あほらし、子供がそんなことをする訳がないやないか」
   「旅籠が燃えているのに、あほらしとは何事か」
   「火事があほらしいのやおまへん、疑われることがあほらしいのです」
   「子供の癖に、口達者なヤツだ」
   「普段は無口なわいだすが、これが黙っていれますかいな」
   「二人とも、代官所のお牢に入れてやる、黙って歩け」

 番屋へは行かずに、いきなり縄を打たれ、二人は代官所に連れて行かれた。持ち物検査をされて、三太の胴巻きや巾着に、子供にしては大金を所持していることを咎められた。
   「これはどうした、火事場から盗んだのか」
   「違いますよ、上方から江戸への路銀だす」
   「親が持たせてくれたのか?」
   「わいの先生だす、信州上田藩の佐貫鷹之助という塾の先生だす」
 新平の通行手形と、お大名の添え状を見て、役人たちは驚いているようであった。
   「これはどうした」
   「亀山城のお殿様に持たせて戴いた通行手形と添え状だす」
   「盗んだ物ではないのか?」
   「わいは三太で、手形にある新平とは、この子だす」
   「町人の通行手形を、どうして亀山の藩主が発行しておるのだ」
   「そう言われない為の添え状だす」
   「嘘をついても、直ぐに分かることだぞ」
   「添え状まで無視してお疑いなら、亀山藩士山中鉄之進様が身元引受人だす、使いを出してお尋ねください」
   「よし、問い合わせてみよう」
   「その間は、わいらはお牢の中だすか?」
   「そうだ、夜っぴて馬で駆けても、往復一昼夜はかかるだろう」
   「その間、火付けの真犯人は捜さないのですか?」
   「その必要はないだろう、お前達が真犯人に違いないからな」
   「亀山のお殿様は、何の為の添え状だと、さぞお怒りになられるでしょう」
   「そんな姑息な脅しが、わしに通じると思うか」
 役人は、憎々しげに言い放った。まあ、然程(さほど)急ぎの旅ではない、飯もでるだろう。ここでのんびりと休息を取るのも悪くは無い。だが、火付けの真犯人が逃げてしまうではないか。三太はそちらの心配をしていた。

 真夜中に、一人の武士が息堰きって牢の前に来た。
   「三太、拙者だ、山中鉄之進だ」  
 三太は眠い目を擦って、牢の外に立つ鉄之芯之進を見た。
   「あっ、山中様や、わいらの為に遠くから駆けつけてくれたのですか?」
   「そうだ、三太が牢に入れられたと聞いては、駆けつけずにはいられないからな」
   「おおきに、有難うございます」
   「ございます」新平も起きてきた。
   「良い、良い、それより亀山の殿が、余の添え状が信用ならんのかとご立腹でなぁ」
   「すんまへん、わいらの申し開きは通じませんのや」
   「さも有ろう、拙者の思慮が浅かったかも知れん」

   「その手形にもあろう、拙者は上田藩与力、山中鉄之進である」と
 鉄之進が名乗ると、役人たちは畏まっている。
   「この者達は、拙者の知り合いである。すぐに牢から出しなさい」

 三太と新平は、即刻牢から出された。
   「どうして、こんなことになった?」
   「わいらが泊まる筋向いの旅籠が火事になり、大人の邪魔をしてはいけないと、直ぐに旅籠を出立した為に火付けの犯人だと疑われました」
   「そうか、三太どうだ、真の下手人を見つけてみないか」
   「はい、身の証のために是非…」

  第十七回 三太と新平の受牢(終) -続く- (原稿用紙14枚)

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