雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第二回 小諸馬子唄

2015-02-18 | 長編小説
 今夜は旅籠のふわふわ布団でゆっくり眠れるぞ、世の中どうにかなるものだと辰吉(たつきち)の足取りは軽かった。 
   「真吉兄ぃどうしているかな、親父は今頃何をしているのかな」
 考えながら歩いていると、道の傍(かたわ)らにいた十二・三の女の子が辰吉の前に出てきて立ち塞がった。
   「兄さん、あたいを買っておくれよ」
 まだ年端もいかない小娘が、何をやっているのだと辰吉は驚いた。
   「明るいうちから、ガキが何のつもりだ」
   「だからー、あたいは体を売っているのだ」
   「お前、自分の言っていることが分かっているのか?」
   「あたいはもう子供じゃない、近所のガキに押さえつけられてやられた時は痛くて大泣きしたけど、もう大丈夫さ」
   「どう大丈夫なのだ」
   「相当でかいものでも、するりと入る」
   「お前、いやらし過ぎ」
   「だからさあ、あたいを今夜一晩抱いてお金をおくれよ、おっ母の医者代が無くて困っているのだ」
   「おっ母が病気なのか、幾らいるのだ」
   「二両さ」
 娘は、俯(うつむ)いて呟いた。
   「二両か、それでおっ母は医者にかかれるのか?」
   「うん」
   「その後は」
   「また、辻に立って客を探すさ」
   「よし、二両出そう」
   「出会茶屋かい?」
   「お前の家に行こう」   
 辰吉はまだ女知らずである。この娘を抱く意志はない。病気の母を見舞ってやるつもりだったのだ。
   「やめとくれ、おっ母は病気なのだ」
   「おっ母の前で何もするものか、お見舞いするだけだ」
   「お見舞いなんか要らないよ、体を売っていることをおっ母に勘ぐられるじゃないか」
 娘は、先に金をくれないかと言った。医者に金を払って、今夜自分が留守の間に母を医者に診てもらうのだそうである。辰吉は、娘に二両渡してやった。
   「ありがとうね、この路地の奥に薮井宗竹先生の診療所があるの、ちょっと行って頼んでくるから待っていてね」
   「うん、わかった」
 辰吉は、返事をしたものの、到底娘が戻って来るとは思えなかった。どうせこの路地は抜け道があって、娘はそこからとんずらする積りであろう。

 案の定、待っても娘は戻って来なかった。辰吉は路地に入ってみると、薮井なんたらと言う診療所なぞ無かった。奥で老婆が溝掃除をしていたので、「今娘がここへ来たと思うが」と、尋ねてみた。
   「あはは、あんたあの娘に金を払ったのかね」
   「二両はらった」
   「おっ母が病気で、医者に払う金が要るといわれたのじゃろう」
   「言われた」
   「嘘じゃよ、あの娘に親兄弟は居ない、スケベの旅人を掴まえては嘘を言って金をせびり、贅沢三昧をしているのさ」
   「そうか、よかった、不幸せじゃなかったのだ」
   「あんたも金持ちの爺さんみたいに、お人好しでスケベじゃな」
   「放っといてください」
 江戸生まれの江戸育ち、江戸っ子辰吉、うっかりすると親の影響を受けていて、ベタベタの上方言葉が出るのである。

 向こうから、花売りの女が来る。まさか自分に声が掛かるとは思っていなかったが、意に反して辰吉の傍に寄ってきた。
   「お兄さん、花いりませんか?」
   「なんでやねん、旅の男が花を買ってどうするのだ」
   「女の子にあげたら喜ばれますよ」
   「アホかと思われるわい」
   「そんなことおへん、粋なお兄さんに花貰ったら、私やったらお腰の一枚でも脱いであげようかと思います」
   「やらしー、お腰の一枚やなんて、お姉さんお腰何枚はいていますのや」
   「五枚どすえ」
   「あほらし、ところで姉さん京の人だすか?」
   「いいえーな、京の大原女の真似どす、兄さんは上方どすのか?」
   「いいえーな、江戸でおます」
 こんなところで、花が売れるのかと聞けば、主に旅籠が買うらしい。
   「床の間に、花が活けておますやろ」
   「ほんなら、旅籠へ行かんかい」
   「ここらで売れたら、はよ帰れますがな」
 横着な花売りである。

   「金魚ーぇ、金魚」
 人通りも疎らな田舎道で、金魚売りとは…
   「おっさん、売れますか?」
   「ときたまな」
   「そやろなぁ、そこら辺の川を網で掬ったら金魚くらい子供でもとれるやろ」
   「それは、鮒だ」
   「おっさん、金魚一匹何ぼや」
   「へい、大坂(おおざか)の兄ちゃん、一匹十文からです」
   「ほんなら一匹、尾頭(おかしら)外して、三枚におろしてもらうのやが」
   「へーい、毎度ありー」
   「その黒いのと赤いの、どっちが旨い?」
   「それは黒い方ですが、黒はちょっと高いですよ」
   「黒いのはなんぼや?」
   「黒いのは、出目金ですから一両です」
   「たかっ、ほんなら赤い十文の方でええわ」
   「へーい、赤いのを一匹、三枚おろし」
   「ほんまにおろす気かいな」  
   「へい、何でもさせて頂きますぜ、おいら、元は大坂商人ですから」
   「わさびも付けてや」
   「へい、お付けします」
   「持っとるのかいな、わさび」
   「醤油かけときます」
 辰吉、金魚屋をからかったつもりが、一匹買う羽目になった。それで、辰吉その金魚どうしたかと言えば、小川の土手に埋めて、お墓を立ててやったりして。

峠の茶屋で休憩をとった。お茶と安倍川を頼むと、婆さんが持って出てきて辰吉の六尺棒をジロジロみている。
   「当世の旅人は棍棒を持ち歩くのがはやっているかい」
   「他の人も持っていたかい?」
   「大坂の商人風の人が、天秤棒を担いで持っていたよ」
   「ここで一服したのかい?」
   「そうだよ、六人のやくざに絡まれてどうなるかとハラハラしていたら、あっと言う間にその天秤棒でやっつけてしまった、強かったねえ」
   「それ、多分俺の知り合いだよ」
   「そうかい、顔が似ている、兄弟だろう」
   「えっ、そんなに若かったのかい」
   「年の頃なら、二十四・五ってところだったねぇ」
   「親父、喜ぶよ」
   「なんだ、お父っつぁんかい、すると、あんた親不孝者だろう」
   「どうして?」
   「どうしてはないだろ、そんなやくざの形(なり)をして」
   「うん」
 辰吉は、胸にズンときた。

 茶店から離れると、悪そうなガキに囲まれた。
   「おい旅鴉、長ドスも持ってねぇのかよ」
   「これが俺の長ドスだ」
 辰吉は、六尺棒を振って見せた。
   「ただの棍棒じゃねえか、それとも杖か?」
   「馬鹿にするな、それにしてもこの辺は何なのだ、次々と変なやつが現れて…」
   「弱そうな男が独り旅では、狙われるのはあたりめえじゃねぇか」
   「お前らも、俺の懐が目当てか?」
   「そうさ、たんまりもっているのだろう、怪我をしないうちに渡しな」
   「それはこっちの言うセリフだ、江戸の辰吉、ガキどもに怪我を負わされるほど軟(やわ)じゃねぇぜ」
   「よし、やってやろうじゃねぇか」
   「この俺をやるのは、とてもお前らには無理だぜ」
   「何を言いやがる、やっちまえ!」
 一見、軟弱そうな辰吉だが、動きが素早くて、まるで鋼(はがね)がブンブン暴れまわるようである。三太譲りの強さで、忽ちガキどもを捩じ伏せてしまった。
   「どうだ、まだやるか?」
   「やらねえ、勘弁してくれ、おいら辰吉兄ぃの子分にしてくだせぇ」
   「鬼ヶ島へ鬼退治に行くのだが、付いてくるか?」
   「えっ?」
   「嘘だよ」

 初めて通る道なのに、やけに懐かしい。
   「そっかー、親父と真吉兄がここで休んだのか」

 辰吉の草鞋は、小諸に向いた。

  ◇小諸出てみろ浅間の山に 今朝も煙が三筋立つ

  第二回 小諸馬子唄(終)-次回に続く- (原稿用紙11枚)

「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」


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