しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

浅間山荘 昭和47年2月19日

2022年02月23日 | 昭和41年~50年
広島県呉市の中通りに会社の事務所があり、そこへ勤務していた。
一階の事務所の壁にテレビ台があった。
勤務時間にもテレビが付いたままで、浅間山荘を中継していた。
役職の人はテレビ画面にくぎ付けで、仕事をする素振りもなかった。
ヒラの人は仕事をはんぶん、テレビをはんぶんの感じだった。

その年は未曽有の好景気で、日本中が沸いていた。
勤務先も絶好調で、社の内外の人が次々に商談や報告や打ち合わせで来ていた。
年度末で、迫った工期の打合せに来た担当者が、
微動だにせずテレビに食い入る上司に啞然・呆然の姿が今も強い記憶になっている。

結局その日は、役職者はテレビでまる一日終わった。
テレビ画面は雪深かったが、呉の街も小雪が舞っていた。


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(Wikipedia)

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リアルタイムの浅間山荘事件

昭和47年2月19日、雪深い浅間山荘で、管理人女性を人質にして赤軍派5人が立てこもった。
テレビは終始リアルタイムで放映していた。
人々はテレビに釘づけとなり、かたずを飲んで現場の動静を見守った。
視聴率89%。
巨大鉄球で山荘を破壊し、警官が突入して事件は終わった。
二人の警官と一人の一般人の尊い命が犠牲になった。

「昭和で失われたもの」 伊藤嘉一 創森社 2015年発行


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