梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

居酒屋の2

2011-10-23 10:11:18 | 雑記
結婚して転居した近くにそのまま「居酒屋」と言う看板の居酒屋が有った、自分と同年輩の親父と言うよりサラリーマンが前掛けをした様な雰囲気の男性が1人で切り盛りしていた、
対向2車線の少し曲がりくねった狭い道路に面していて踏込みは無くいきなり車道と言う店構えだが、狭い割に環7から第二京浜への抜け道のせいで交通量はそこそこ有る、しかし7時を過ぎると通りは閑散とする、
入ると右側が店一杯のカウンターで左は畳の小上がり、二人並んで座るのはちょっと狭いと言う位の幅で座卓が3つある、此の小上がりの一番奥が我々夫婦の指定席で共稼ぎなので金曜が定日だった、焼トンと煮込みは前の店と同じだが此処の煮込みは上品でモツの入った味噌汁風と言った所か、蒟蒻と短冊の油揚げが入って居た、
此処の客筋はやはり職人、運転手と言った人達で中には定年後とも見える男性や夫婦も顔なじみになった、オリジナルの抓みが有ったりまるで定食の様な物もある下町に多い店で馴染み客で忘年会や新年会を毎年やって居た、
今ではクックパットなぞのネット情報が有るが30年位前なのでローカルのメニューだった、
手羽餃子とか上げ下ろしとか面白い物が有り、新しいオリジナルを考えると馴染みに無料で試食して貰ったりしているアットホームの店だった、
モツは大抵揃っていてハツ、レバ、タン、カシラとほぼ何でも有る、その頃私はボストンの会社から有る自動機を輸入している会社に勤めていてアメリカから二人のエンジニアが来た事があり何度か来ていたので夫婦で鎌倉を案内した事が有った、
紫陽花寺の脇にある懐石料理の店に連れて行ったのだがどう考えても彼らには物足らないだろうと言う事で、「自分が普段言っている飲み屋にどうだ?」と行ったら「是非連れて行け」と言うので「狭くて綺麗ではないし食い物は変な物しか無いぞ」と言っても「そう言う経験は中々出来ないから是非行きたい」と言うのでこの居酒屋に連れて行く事になった、
指定席の小上がりに押し込んだがソフトエンジニアのネド(通称で本名はウッドマンと言ったが樵と言う苗字の様だ)は身長が2mを越していて初めは胡坐をまねしていたが結局板により掛って足を投げ出して座る事になる、もう一人は黒人でクレッグと言う小柄の男でその当時巨人で活躍していたクロマティ選手に良く似ていた、
飲み物は「皆が飲んでいる奴が良い」と言うのでホッピーをジョッキで、抓みは親父が面白がってお任せにしたら次々ともつ焼きを出す、その度に「これは何だ?」と聞くがこちらは解らないので辞書で調べて答えるのだがどうしても全て内臓の直訳になる、つまり、「此れは小腸、これは肝臓、これは心臓」と言った具合で説明しているこちらの食欲が落ちそうな説明になったが二人とも「これは行ける」とか言いながらどんどん片づけて行く、
クレッグは刺身に付いていた山葵が始めてだったらしい、口に入れた途端鼻を押さえて上を向いて涙を流すと「これはホットでは無くシャープと言う味だ」と言ったが気に入ったらしい、
「女房がメキシコ料理が得意でやたらに辛い料理を俺に出すから此れで敵を打ってやるから」とチューブ山葵を何本かもって帰った、
翌日彼らは直接成田に行って会わなかったのだが送って行った通訳に聞いたら「面白かったし美味かったが本当は必死で飲み込んだ物が2つあった」と言っていたそうだが、名前を忘れたので何だかわからなかった、次に行った時に親父と話したのだがおそらく一つは「烏賊腑のホイル焼き」ではないかと言う結論になったのだがあとひとつは謎のままである
あれから30年近くが過ぎた、中途半端な距離だから全く行っていないのだが店はまだある様だ