第二次世界大戦では一般市民約80万人が「空襲や原子爆弾投下等で死亡した」とされている。しかし、その実態は定かではない。当時の戦況では死者の具体的な調査などは行われなかったであろう。
これに対して、今回のロシアのウクライナ侵攻では非戦闘員の犠牲者数は不完全ながら連日のごとく報道されている。
国連の諸機関や人権NGOが文民被害のデータを定期的に調査・公表し、一人ひとりの市民もロシア軍の戦争犯罪をスマホに収めている。
人権監視団はウクライナ戦争の開始から500日間で9千人以上の文民が殺害されたと発表した。実際の犠牲者ははるかに多いだろうと付け加えた。文民とは職業軍人でないものを指す。文民被害の正確な把握は容易でない。
危険な戦場で正確なデータを収集することはそもそも困難だが、加えて戦争当事国は、都合が悪いデータを改竄したり、文民を戦闘員だと偽ったりする。それでも、数々の制約を乗り越え、文民被害の正確な把握への試みは着実に発展してきた。
その推進力は、人権NGOや国際組織、専門家が形成するグローバルな人道ネットワークだ、という。
文民被害が記録され、告発されるようになったのはここ数十年のことだ。
第2次世界大戦後のジュネーブ諸条約(1949年)でようやく戦時の文民保護が明文化されたが、その履行を監視する制度は設けられなかった。
人道法違反を調査・告発するNGOが登場し、グローバルな人権監視のネットワークを形成し始めたのは、1970年代以降のこと。
戦死者についての事実を解明しても命は戻らない。
それでも、記録からも記憶からも知らず知らずのうちに抹消されるという最悪の暴力からその人を救える。
一人の人間の死は悲劇だが、100万人の死はもはや統計である。
戦争は人間の死の重みを変える。 かけがえのない命を数えるのに「約」がつき十把一絡げに扱われる。
戦死者ことに文民の被害はどのようにして数値に置き換えられてきたか。
「戦死者保護」つまり遺体を保護する国際規範が明文化されたのは1906年。 国や赤十字、戦後は国連などが戦場の遺体、兵士の身元情報を記すタグ、遺留品、埋葬場所の記録などを分析し、死者数を推定してきた。
内戦やゲリラ戦で国家が軍隊を管理する前提が崩れると、 死者数の推定はより困難になる。国際NGOや人権団体のネットワーク、統計学と人道問題が有意に結びついた。
彼らは生存者の証言を丹念に収集、失踪者の膨大なデータベースと、紛争後の生存者リストを照らし合わせて生存確認を行う。 DNA検査など法医学の手法でバラバラの遺体を再構成、虚殺や拷問などの死因まで特定する。 科学的耐久性の高いデータは裁判で法的証拠になり、世論も動かすことになる。
これを歓迎しない軍事勢力は遺体を何度も埋め直すなどで調査を妨害。 フェイクニュースで事態を攪乱し、時に調査員の命まで狙う。
新聞各社は最近、ウクライナの民間犠牲者を「約1万人」と伝えた。データの向こう側には、見えない犠牲者の存在を明らかにしようとする者たちのもうひとつの努力がある。
戦争の非人道性を明らかにするには、文民の犠牲者の把握を欠かすことはできない。貴重な努力と思う。
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