まつたけ秘帖

徒然なるままmy daily & cinema,TV drama,カープ日記

母は見た!“息子が男と…”

2024-06-30 | フランス、ベルギー映画
 「Le fil」
 チュニジアの首都チュニス。裕福な未亡人サラは、フランスで暮らしていた息子マリクの帰国を喜ぶ。同性愛者であるマリクは、使用人の青年ビラルと恋に落ちる。それを知ったサラは…
 MY 老母や職場のおばさまたちに、もしも愛する息子がゲイだったらどうするか、もし息子が男の恋人を連れて来たらどうするか、と訊いたことがあります。彼女たちのほぼ全員が、別に構わない、本人の自由、と理解ある姿勢を示していましたが、果たして本当なのでしょうか。真に受けることができなかったのはなぜでしょうか。

 昔に比べると、LGBTには寛容な世の中にはなってるみたいですが、まだ多くの人たちにとって、特に広島のような保守的な地方では、同性愛者なんて映画やドラマの中だけの作り物、実際に関わることはない宇宙人みたいな存在なのではないでしょうか。もしほんとに目の当たりにしたら、ぜったい困惑や拒絶反応があると思います。親が傷つくから、悲しむから、そして自分を拒絶するかもしれないから隠し通すしかない、そんなゲイの心理が痛ましくて苦しいです。子どもがゲイだから拒否、嫌悪するような親なんてこっちから願い下げ、私なら恩も愛も涸れ果てると思うけど、そんな簡単に冷徹に割り切ることができない親子の情、しがらみに苦しんでいる人も多いんだろうな~…

 この映画のマリクも、老いた母を気づかってゲイであることを隠し、母を安心させるために女性と偽装結婚までするのですが。そこまでしなくちゃいけないの、しんどいな~と、異性愛者ならしなくていいような苦労が気の毒になったけど。マリクの場合は、ママへの配慮以上に家族も恋人も社会的ステイタスも保つためには、これぐらいは喜んでするみたいな気軽な計算高さがあったので、何かを犠牲にしてるという重苦しさはなし。おそらく70年代ぐらいの話だとは思いますが、隠れキリシタンのような旧来のゲイとは違う、したたかな新世代のゲイっぽかったです。マリクがブルジョアということも、庶民のゲイよりも生きやすくなった恩恵のように思われました。

 ママバレすると開き直って、ビラルを堂々と恋人扱いし始めるなど、清々しいほど我が道を行くマリクでした。この映画はBLよりも、息子がゲイと知った時の母親の反応、対処について考えさせる内容かも。ベッドで眠っている裸のマリクとビラルを見ているサラの顔、まさに鬼の形相で怖かったです。悲しみよりも怒り。同じ立場に置かれたら、世の中のママのほとんどがそうなるのでは。女性と結婚して子どもに恵まれる健全な幸せを、自分の息子も当然…と信じていたのに裏切られた、という怒り。女性特有の独善的で支配的な愛が、はからずも膿のように出てしまったサラのリアクションでした。
 イライラしたり罵倒したり、急に体調を崩して息子を困らせるなど、これまた女性的なイヤガラセっぽい反抗をひと通り実践しつつも、結局は白旗をあげちゃうママ。はじめっから勝負はついてた感じ。母親の愛、特に息子への愛はやはり海よりも深いんですね。愛される者が勝者で、愛する者は敗者。負けて勝ての言葉通り、BLを受け入れてからのママは、どことなく距離を感じていたマリクに対する苛立ちや不安も消えて、優しく安らいだ境地にたどり着いたかのようでした。自分らしく正直に生きるためには、大きな代償を支払うことになるかもしれないけど…それでももいい、と思えるような愛に出会えることは幸せなことですね。

 サラ役は、イタリア映画界のレジェンド女優クラウディア・カルディナーレ。この映画の時は御年71歳ぐらい。老女だけど、老いさらばえた媼って感じは全然ない。華やかで艶やかな雰囲気は健在。彼女のブルジョアファッションも、貴婦人気どりな堅苦しさがなく、かつ高級感があって素敵でした。フランス語が流暢だな~と思ったら、サラと同じくフランス領だったチュニジアのチュニスで生まれ育ったため、母国語はフランス語なんだとか。現在は御年89歳ぐらいのカルディナーレさん、ご健勝ならいいのだけど。マリク役のアントナン・スターリ・ヴィシュワナダンは、パイレーツ・オブ・カリビアンのバルボッサ船長似?もうちょっと私好みのイケメンだったらよかったのだけど。ビラル役のサリム・ケシゥシュは、なかなかイケメンでした。いいカラダしてたし。アラブ系の若者の浅黒い肌が、艶っぽくてエロい。男同士のラブシーンは大したことなし。あまり馴染みのない遠い国、チュニジアの風景が珍しくて興味深かったです。
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害vs悪 必殺アンチヒーロー

2024-06-23 | 中国・台湾・香港映画
 「我、邪で邪を制す」
 悪名高き殺し屋の陳桂林は、暴力団の組長を射殺し逃亡するが、潜伏中に自分が末期がんで余命いくばくもないことを知る。死ぬ前に自分より重大扱いされている凶悪指名手配犯二人を殺すことを決意し、彼らの行方を追う陳だったが…
 韓流に押され気味だった華流ですが、ここのところ新作映画やドラマの公開や配信が盛んで、復調の兆しを見せているようです。ジャッキーやウォン・カーウァイ監督が人気だった80・90年代、最盛期の香港映画が大好きだったので、華流の再興は喜ばしいかぎりです。現在は香港ではなく台湾が華流の主流になってるみたい?「君の心に刻んだ名前」や「恋の病」「青春弑恋」など、最近の台湾映画はイケメンが出てる良作が多い、というイメージが。この台湾映画は、なかなかクレイジーな怪作でした。

 エグいヴァイオレンスといえば韓流ですが、この台湾映画も負けてませんでした。容赦なき凄絶な暴力と殺戮、人間も社会も狂ってるハチャメチャさは、韓流も真っ青でした。いったいいつの時代の話なの?!やくざのドンパチ抗争、反社会の人々の風貌や言動など、邦画の「孤狼の血」以上の昭和臭が。街並みの風景や雰囲気が昔の日本っぽいところも、何だか懐かしい感じ。東南アジアっぽい暖かい湿り気を含んだ空気感が、日本との違いでしょうか。

 とにかく主人公の陳桂林がイカレてます。一見、寡黙でスマートな二枚目風なのですが、中身は危険な狂犬。暴力も殺人も呼吸と一緒、みたいな躊躇も罪悪感もなきサイコパスが、おとなしく病死すればいいものを(彼の病気については、ラスト近くに意外な事実が)、自分が最悪の犯罪者と見なされていなかったことに反発、俺こそが最凶!死ぬ前に自分がナンバーワンの悪であることを世間に認めさせる!と悪人抹殺を計画、という理解不可能な思考回路とプライド、そしてブレない行動力と凄腕ヒットマンの能力を発揮して、まるでダークヒーローのように屍を重ね続けるんですよ。その狂った展開と場面は、見方によってはコメディでもあります。

 映画の中盤、陳桂林が新興宗教団体の施設にたどり着き、教祖に洗脳されて罪を悔い改め信者になる、という意外な展開に驚かされます。その新興宗教がオ〇ムや統〇教会を彷彿とさせるヤバさと悪辣さ。そんな悪を倒せるのは愛や善ではなく、やはり悪…という皮肉なカタルシスが待ち受けている終盤も、目がテンになる地獄絵図でした。殺すのは悪人だけ、悪に虐げられていた人たちを救うダークヒーローなんかではなく、正体はやはり妄執に憑かれた冷血な狂人だったと判明する救いのない虐殺シーンには、陳桂林をほんとはいい人、可哀想な人として描かない苛烈な潔さがあり、ヌルいユルい凡庸な内容にならずにすんだと思います。

 台湾の死刑執行シーンも、衝撃的かつ興味深かったです。数年前に台北の地下鉄で起きた、通り魔による無差別殺人事件の犯人の死刑執行ニュースで私は初めて知ったのですが、台湾は銃殺刑。日本の絞首刑とどっちが怖い、どっちが人道的なんだろう。どっちもイヤですが…この映画の陳桂林は、捕まって処刑された実在の殺し屋の男をモデルにしてるとか。「青春弑殺」の通り魔も、地下鉄事件の犯人がモデルっぽい。許しがたい凶悪き〇がい犯罪者を、イケメン俳優に狂演させる台湾映画が好きです陳桂林の悪人駆逐と重なる中国の故事、仏教の教えが奥深い。

 陳桂林役は、台湾の人気俳優イーサン・ルアン。初めて演技するところを見ましたが、涼しげで優しそうなイケメンですね。イカレてるのに澄んだ目がきれい。顔はちょっとチョ・インソン+伊原剛志、みたいな?髭があるほうが好きかも。スラっとした長身で、スタイルがいいな~。ほんとはとんでもない狂人、害悪男なのに、カッコよく見えなきゃいけない役である陳桂林は、演技がうまいだけの俳優やイケメン大根俳優が演じてはいけない役。非道い!頭おかしい!けど応援してしまう、いい男マジックと演技力を具えたイーサン・ルアン、いい役者ですね。他の出演作も観たいと思います。
 
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鳩に愛をあげないでください

2024-06-19 | フランス、ベルギー映画
 「Les ailes de la colombe」
 高級娼婦のカトリーヌは、ヴェネツィアで音楽ライターの青年サンドロと出会い恋人関係になる。裕福だが孤独な娘マリーとも親しくなったカトリーヌは、マリーが不治の病で余命いくばくもないと知り…
 ずっと前から観たかった1981年のフランス映画を、ようやく!文豪ヘンリー・ジェームズの小説「鳩の翼」を、現代のイタリアに設定を置き換えての映画化。本家イギリス版の「鳩の翼」は、主演のヘレナ・ボナム・カーターがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされるなど、高く評価された時代劇の佳作です。このフランス版は何といっても、若かりし日のイザベル・ユペールとドミニク・サンダの競演!大女優の競演って、その美と個性と演技での火花散る対決だけでなく、撮影の裏話も気になりますよね~。和気あいあいよりも、お互いにガン無視あるいは大ゲンカ!のほうが面白いし、演技にも磨きがかかりそう。ユペールもサンダも若い頃から一流の映像作家たちから愛されてきた、数々の傑作や問題作のヒロインとして映画史に名を刻む女優。凡百な女優とはレベチな美しさと才能とキャリア、そしてプライドの持ち主である大女優が二人同じ画面とか、平穏無事であるわけがない、あってはいけない(笑)なんて、勝手な想像でわくわくさせてくれるのも、大女優の魅力です。

 ただもうそこにいるだけで、妖しいカオス。その美しさも佇まいも、不穏で不吉な予感しかさせない。ユペールもサンダも、そんな女優。どっちか一人だけでも危険なのに、二人とかヤバすぎ。この二人で生ぬるいヒューマンドラマなど生まれるはずがない。猛毒入りのよく冷えた高級ワインのような映画に違いない!と、長年期待してた作品。どうだったかというと…うう~ん、火花バチバチ感は全然なかったです。お二人とも他の出演作同様、冷ややかでミステリアス。それが彼女たちの魅力ではあるのですが、役まで二人の持ち味に飲まれてしまった感じでした。どんな作品、どんな役でも、その個性と魅力を堅守するところがスゴい、けど、この映画のヒロインたちには適していなかったように思われます。

 カトリーヌ役のドミニク・サンダは、親しみやすさなど微塵もない、近寄りがたい氷の美女。コールガールというより高貴な佳人。あんな娼婦、恐れ多くて私なら勃たんわおんな心の複雑さ、愚かさが生々しくも悲しかったヘレナ・ボナム・カーターがすごくチャーミングだったので、常に冷静沈着、喜怒哀楽のない無感情なドミニク・サンダは、まるでアンドロイドみたいで味気なかったです。でも、その冷たい気高い美貌は、もはや絶滅種の尊さ。マニッシュなファッションが似合ってて、着こなしには一般人には絶対出せない気品と高級感が。サラっと無駄脱ぎしてるところも、さすがフランス女優。

 マリー役のイザベル・ユペールは、少女みたいで可愛い。純真無垢で可憐なお嬢様ファッションも可愛かった。でも、何を考えているのか読めない底の知れなさ、不可解さが何となく不気味でもあるところが、これぞイザベル・ユペールでした。命と引き換えに愛を得ようとする悲しみのヒロイン、という感じも全然しなかった。もうどうでもいいわ、みたいなクールなアンニュイ自暴自棄っぽかったというか。不治の病というより、低血圧でしんどそうな感じでもあった。とにかくカトリーヌにもマリーにも人間臭さ、おんなの情念がなさすぎ。もうちょっとメロドラマティックなヒロインにしてほしかったけど、そういうのはドミニク・サンダとイザベル・ユペールには似合わない。もし二人にわかりやすいヒロインを演じさせたら、すごい違和感を覚えることでしょう。わかりにくい女、わかりにくい物語でこそ魅力が発揮できる女優たちだと、この映画を観てあらためて思いました。

 サンドロ役のミケーレ・プラシド、現在はシブい名優ですが、当時の彼はフランスの大女優二人の相手役にしては、かなり地味というか、位負けしてる感じ。まあ、イザベル・ユペール&ドミニク・サンダと対等になれる俳優なんて、当時イタリアにもフランスにもそうそういなかったでしょうから仕方ありません。サンドロ役は少々演技がヘタでも、すごいイケメン俳優を起用したほうがよかったのでは。ちなみにプラシド氏の息子、ブレンノ・プラシドはイケメン!ユペりんとは「眠れる美女」や、パパが監督したカラヴァッジョを描いた映画でも共演してますね。
 ドラマじたいは味気なかったけど、舞台となったヴェネツィアは情緒たっぷりに撮られています。有名な広場や聖堂、教会、そして運河etc.ヴェネツィアといえばの風景が、素晴らしいカメラワークで。フィリップ・サルドの音楽も、流麗で美しかったです。女優映画の名手ブノワ・ジャコー監督は、この作品の後もドミニク・サンダ、イザベル・ユペールと何度も仕事してますね。
 「鳩の翼」邦画でリメイクしてほしいかも。「異人たち」みたいに、BLアレンジで!舞台は京都、BLカップルが財産を狙って病弱な金持ちの娘に近づくが…みたいな設定で!妄想キャストを真剣に考えてるアホな私です
 
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俺は不死身のイケメンだ!

2024-06-16 | 日本映画
 「ゴールデンカムイ」
 日露戦争の帰還兵である杉元は、大金を稼ごうと北海道で砂金を採っていた。そんな中、アイヌが秘蔵していた金塊の情報を得た杉元は、ヒグマに襲われたところをアイヌの少女アシリパに救われる。利害が一致した杉元とアシリパは、共に金塊の行方を追うが…
 日本にも大好きなイケメン俳優はいっぱいいるのですが。残念ながら、そのほとんどが観たい!と思える映画やドラマには出てくれません。山﨑賢人もその一人です。賢人くんの出演作って、よく考えたら映画は「羊と鋼の森」とTVで観た「キングダム」、ドラマは「トドメの接吻」と「グッドドクター」ぐらいだわ。賢人くん、ほんとカッコカワイイですよね~。昔から好き。女よりきれいで可愛い顔!けど全然キャマっぽくない涼しげで凛とした男らしさ!汚れない透明感!メイク感のないナチュラルさ!無駄な肉なんか一片もなさそうなほっそりした長身!抱かれたい男というより、こんな男の子に生まれ変わりたいと思わせるイケメンです。あの容姿だけでもう人生勝ち組ですよ。そんな賢人くんですが、今やすっかり漫画俳優になってしまってるようです。彼のファンなら、それでも問題なし、不満なしなのでしょうか?彼の映画を観に行くことは、私のようなおっさんにはハードルが高い。若くてきれいな時にしかできない役や演技に挑戦してほしい!まあ漫画映画の主役も、若くてきれいなうちにしかできないとは思うけど、それにしても漫画実写に偏り過ぎてるような気もします。本人の意向なのか事務所の戦略なのかは知るよしもありませんが、もったいないなとは思います。彼の最新作であるこの作品も、人気漫画の実写でした。

 原作漫画についてはほぼ無知なのですが、うう~ん…やっぱ内容が漫画すぎるというか…わしのようなおっさんが楽しめる映画ではないですね~。まあ、それは想定内。いろいろツッコミどころの多いところは楽しめました。すごい低予算映画なのかな?と思うほど、CGと合成だらけなのが返って新鮮でした。戦場シーンやヒグマとか狼とか、もうちょっとリアルにできなかったのでしょうか。明らかにセットな雪山と小樽の町にも失笑。雪や水の中など、極寒さが全然伝わってこなかった。巨額の制作費をかけた洋画と比較はしたくないけど、最近は「オッペンハイマー」や「哀れなるものたち」「関心領域」など、映像もセットも圧巻の作品を観続けてるので、そのショボさ雑さに邦画の貧しさと限界を思い知らされ、ちょっと悲しくなってしまいました。

 まあ、内容も映像も私には二の次三の次。目当てはオンリー山﨑賢人なのだから賢人くん、やっぱキレイカワイイですね~ルックスだけなら、わし的には今の日本の芸能界ナンバーワンかも。顔がキレイカワイすぎて、「キングダム」もそうでしたが、戦場の猛者には1ミリも見えませんでしたタイマン張ったら吉田沙保里や伊調馨のほうが勝ちそうです。ワイルド&タフなキャラも、野郎っぽい言葉づかいも男臭さがなく、ただもう可愛い。凄んでみてもちっとも怖くも迫力もなく、ただもう可愛い。たまに語尾が『~だよ』とか『~だね』だったり、年下の少女を呼び捨てにせず『アシリパさん』と呼んだりする賢人くんの口調には、野卑にも粗野にもなれない地の優しさ、品のよさが出てしまっていて可愛かったです。

 この映画最大の見どころは、山﨑賢人の肉体美でしょう。ガリガリに近いほど細いイメージの賢人くんなので、彼主演で映画化が発表された時はかなり批判や失望の声があがったみたいですね。否定派に挑むかのように、役作りでかなり鍛えたみたいな賢人くん。序盤の銭湯シーンで、上半身裸に。ハリウッドや韓流俳優みたいなムキムキバキバキじゃないけど、しなやかに引き締まった美しい裸体でした。あれぐらいが理想的

 賢人くん、アクションや格闘などは正直かなり稚拙なので、すごいことやってます!みたいな宣伝はやめたほうがいいのでは、と思いました。でも、コメディ演技はチャーミングでした。カワウソやリスを食べる時の様子とか、ほっぺに串をブスっと刺されるシーンとか、おバカワイくてキュンキュンしました原作漫画もギャグ寄りなのかな?おバカなシーンが多かった。

 賢人くんas杉元、ほんとんど野良生活、闘いまくってるのに、まったく汚れないし破れもしない軍服やマフラーや、無精ひげひとつ生えないキレイな顔なども、微笑ましいツッコミどころでした。それにしても。どんな傷もすぐに治る杉元、なぜあんな不思議な体質になったの?戦争に行く前の、明治の書生っぽい賢人くんも可愛かったです。三島由紀夫の「春の雪」は、ブッキーじゃなくて10年前ぐらいの賢人くんにやってほしかったかも。

 若い出演者はみんな学芸会でした。脱獄囚の白石役の俳優、「Gメン」にも出てたけど、ああいう俺うまいでしょアピールが強い悪目立ち演技は苦手。中堅の玉木宏、ベテランの舘ひろしは、楽しそうにコスプレコント。キングダムみたいに、こっちもシリーズ化するみたいですが。金塊の行方とかまったく気にならないので、私はもういいです賢人の全裸とか濡れ場があれば観ます
 
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初恋の放火魔

2024-06-13 | 北米映画 80s~90s
 皆さまには今、推しの子はいますか?わしは最近、この男子にハマってます(^^♪

 竹村祐樹くん。NHK手話ニュースのキャスターです。すごい可愛いですよ~スポーツマンっぽい長身のベビーフェイス小顔イケメン

 手話ニュースの時のスーツ姿もイケてますが、もうひとつ担当しているNHKこども手話ウィークリーの時の彼は、ニュースのトピックに合わせて被り物してたり、表情が豊かでウルトラキュート食い入るように見てしまうので、注意散漫なせいか手話の読み取りがなかなか上達しない私には最高の先生でもあります。ろう者だということ以外、詳しいプロフィールは不明ですが、NHK手話キャスターになる前に、いくつか映画にも出てるらしいので、いつか観てみたいものです。

 「エンドレス・ラブ」
 高校生のデヴィッドとジェイドは、深く愛し合い求め合うあまりジェイドの父の不興を買い、会うことを禁じられてしまう。ジェイドへの恋に焦がれるあまり、デヴィッドは彼女の家に火をつけて…
 80年代、皇太子さま(現・天皇陛下)もファンであることを公言するなど、日本でも絶大な人気を誇ったブルック・シールズ主演の悲恋映画。公開当時は評価されずヒットもしなかったらしいけど、私はこの映画すごく好きなんですよね~。何でかというと、すごく狂ってるから甘美な青春のロマンス、という糖衣を被った戦慄のメンヘラ映画なんですよ。子どもの時テレビで初めて観た時は、何なのこいつら?!頭おかしいだろ!と、好きで好きでどうしようもないあまりイカレてしまうデヴィッドと、そんな彼氏の狂態は真実の愛の証!と思い込んでいるジェイドの姿は、13日の金曜日以上のホラーでした。

 恋に狂い破滅する男女の映画を観るたびに痛感しますが…何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し、ほどほどが身のためなんですね。デヴィッドもジェイドも恋に夢中なあまり、自分たちのこと以外は何も目に入らない、文字通りLove is blind状態。本人たちは幸せで楽しいんだろうけど、そのあまりにも周囲への配慮に欠けた行為や言動は、まだ若いから、子どもだから、と笑って許すことができない無謀さ、無神経さがありました。私がジェイドのパパでも、あんなことされたら不快だし怒りますよ。可愛いひとり娘が男の子と交際している、それはまあいいとして、その彼氏が結婚もしてないのに家族ヅラして家に入り浸り、夜中に家族が寝静まったらi家に侵入して娘とエッチしまくり、明け方に帰る。もうちょっとこっそりやればいいのにバレバレ、ていうか堂々とやってるところが厚かましい、人をバカにしてる。

 非難されたり拒絶されたりすると、それがなぜなのか理解できず相手に対して病的なまでにネガティブで攻撃的になるデヴィッド、ピュアすぎるというよりちょっと発達障害があるのかな、と心配になる思考回路と言動がヤバすぎ。ジェイドと引き離され、彼女に会いたい一心でとった行動が、なぜか放火おいおい~。八百屋お七じゃあるまいし。精神病院にブチこまれても、クールダウンどころかますます狂おしくジェイドへの想いを募らせ、退院後も暴走してさらなる悲劇を起こすデヴィッド、まさにジェイド一家にとっては疫病神。周囲に迷惑かける恋愛は、やっぱしないほうがいいですよね~。

 迷惑なガキどもだなと眉をひそめつつ、あんなにも誰かを深く強く愛せる、求められるっていいな~と羨ましくもなりました。身も心も陶酔して蕩けるような恋の多幸感とか、破壊的になる絶望感とか、いったいどんな感じなんだろうと、経験したことない私は想像もつかない。若い頃も年老いた今も用心深く生きてる私のほうが、ひょっとしたらデヴィッドとジェイドよりも愚かなのかもしれません。花を踏んでは同じく惜しむ少年の春…若き日の美しい愚かさを、甘い痛みと共に振り返ってみたかった…

 ジェイド役のブルック・シールズは、当時15歳!すでに完成形の美女。ちょっと可愛い、ちょっと美人とはレベルが違うゴージャスな美しさで、フツーの女子高生には見えません。大柄で頑強そうな見た目なので、悲恋に嘆く美少女って感じはあまりしません。ラブシーンが多かったけど(ヌードは吹き替え?)今だと10代の女優にあそこまではさせられません。デヴィッド役のマーティン・ヒューイットが、マーク・ラファロを可愛くした感じのイケメン。彼も脱ぎっぷりがよかったです。もう引退してるみたいですね。ジェイドのイケズな兄役のジェームズ・スペイダーが美青年。そして何と!若き日のトム・クルーズが!出てきてすぐ裸になるアホそうな脳筋少年役。チョイ役ですが、デヴィッドに余計なことを吹き込む重要な役でもありました。
 内容といい雰囲気といい、イタリアの名匠フランコ・ゼフィレッリ監督の「ロミオとジュリエット」を彷彿とさせるのですが、それもそのはず、この作品もゼフィレッリ監督でした。ライオネル・リッチーとダイアナ・ロスがデュエットした主題歌は、誰もが耳にしたことがある有名な曲ですね。




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幸せの隣は地獄

2024-06-09 | イギリス、アイルランド映画
 「関心領域」
 アウシュビッツ強制収容所の隣で、所長のルドルフ・ヘスとその妻ヘートヴィヒは子どもたちと幸せに暮らしていた。壁の向こうにある収容所からは悲鳴や銃声が聞こえ、煙が立ち上っていたが…
 カンヌ映画祭グランプリ、そしてアカデミー賞国際長編映画賞(外国語映画賞)受賞など、昨年度の賞レースを席捲した話題作を、やっと観ることができました。評判通り、なかなかのディープインパクト作でした。人類最大の汚点のひとつである、ナチスドイツのユダヤ人虐殺。その象徴といえるアウシュビッツ強制収容所と、そのすぐ近くで楽しそうに幸せに暮らしている家族、まさに天国と地獄が壁ひとつ隔てての隣り合わせ、という異様で異常なシチュエーション。この映画の特異で怖いところは、収容所で行われているであろう非道で残忍な虐殺や人体実験の描写がいっさいなく、壁の向こうから昼夜問わず聞こえてくる絶叫や悲鳴、銃声や機械音、そしてもくもくと煙突から出ている煙を観客に見聞きさせ続け、おぞましいシーンを想像させるという斬新な手法。オスカーの音響賞も受賞したのも納得。すごい不気味で神経に障るんですよ~メンタルが弱い人は耳に残ってトラウマになるかもしれないので、観ないほうがいいかも。あんな家、私なら絶対住めません。一日で精神病みそう。

 声や音も怖かったけど、それらを気にせず暮らしているヘス一家の、楽しそう幸せそうな様子もまたおぞましい。大人も子どもも、壁の向こうで何が起こっているか知ってるのに、そんなの知ったこっちゃないとばかりに平然としてるんですよ。声にも音にも煙にも無頓着。ユダヤ人からの押収物をみんなで分け合ったり、収容所に入れられた知り合いのユダヤ人の噂話も、まるで当たり前な日常の些事。言いたいけど言えない、助けたいけどでできない、罪悪感や抑圧に苦しみながら厳しい時代を生きている、そんなありきたりなヒューマンさが微塵もなく、ひたすら自分たちのことだけ、自分たちの平和と幸福が保たれるのなら他人の犠牲も気にならない。そんな風に生きることができる怖さ、醜さを見せつけられて戦慄、愕然となる映画でした。

 人間って、ここまで無関心になれるの!?ここまで慣れてしまえるの!?ありえない!と言いたいところですが。私はヘス一家のようには絶対ならない!と、自信を持って言うことはできません。そこが怖い。この映画ほど極端ではないけど、現代社会に生きる私たちもまた、いろんなことに無関心を決め込んでます。遠い国の戦争や災害よりも、新車こすっちゃった~!とか、庭の花に害虫が!とかいった、私の小さな世界の小さなことのほうが一大事。それに罪悪感を抱いたりもしません。恐怖や理不尽も多すぎて、慣れて麻痺しちゃう。生きるため、精神安定のため無関心、慣れて平気、にならざるをえないのも事実。ナチスドイツ時代の非ユダヤ人ドイツ人たちも、そんな風だったのでしょうか。いつの世も最強なのはやはり、無知無関心な凡人…

 え?何?と驚かされたり、考察を求められる演出やシーンも独創的でした。特に印象的だったのは、リンゴを土に埋めて歩く少女のサーモグラフィ。実際に当時ユダヤ人のための食べ物を隠し配っていたポーランド人の少女と、ヘンゼルとグレーテルの物語とが重なるダークメルヘン的な演出が強烈。ヘートヴィヒのママが突然いなくなった謎も気になる。ラスト近く、ヘスが一瞬見る幻覚?が博物館になった現代のアウシュビッツ収容所、というシーンも非凡でした。ジョナサン・グレイザー監督の才気が凝縮された映画です。収容所やヘス家のセットも、芸術の域な素晴らしさ。
 ヘス役のクリスティアン・フリーデル、ヘートヴィヒ役のザンドラ・ヒュラーも、狂った異常事態の中でフツーに仲睦まじい夫婦、優しいパパママとして生活しているのが気持ち悪い男女を好演。ヘートヴィヒが丹精こめてる庭が楽園的に美しく、それもまた彼らの異様さを際立たせていました。ヘスが他所に転任が決まると、ここ(アウシュビッツ)は夢がかなった幸せな場所、ここを離れたくない!と夫に単身赴任させるヘートヴィヒ。やっぱ何かが狂ってる!とゾッとしました。
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