■ 9月7日(日)は、「2014佐渡国際トライアスロン大会」が開催される!!
この日を目標にしてトレーニングを重ねてきた知人が、Aタイプ、Bタイプ に出場する。
今日、佐渡に向かった。
ネットLIVE中継がなされる。
日曜日は、日中他用で外出するが、家に戻り次第ネット中継で応援をしよう!!
■ 9月7日(日)は、「2014佐渡国際トライアスロン大会」が開催される!!
この日を目標にしてトレーニングを重ねてきた知人が、Aタイプ、Bタイプ に出場する。
今日、佐渡に向かった。
ネットLIVE中継がなされる。
日曜日は、日中他用で外出するが、家に戻り次第ネット中継で応援をしよう!!
■
今年の参加者は約2400人。スポドリ、水、梅干しのみのガス欠で途中からエンジンがかからず、結果は疲れなし、筋肉痛無しでした。同宿で新潟県のTさん(41歳)と出逢い(今年の佐渡Aタイプ出場)一緒に食事、彼は初100kmで10時間代でした。写真は、帰りのバス停で見たシャクヤク、前夜祭風景です。
岩手県の北上~花巻~豊沢ダム~雫石に向かう山野のコースです。雨上がりの新緑の途中、コース沿いの湿地帯に「森の青ガエル」の卵を見つけました!!(コブシを2個あわせたぐらいの大きさで真っ白!!綿菓子のようで、さいしょ濃い緑の木の葉に大きな白い花が咲いているかと思いました) 雨あがりのシャクヤクですね!(千葉の方ではとっくに散ってしまっています)
最近は、スロージョギングはもとより、ウォーキングに意識がシフトしてきた。
ウルトラなど長い距離を走ることに対して、ソフトランディングの時が近づいてきたのかもしれない。
ウルトラについては、高山とか白山とか、まだ参加したい大会があるが、
100kmは70歳までにし、あとは徐々に距離を減らしていく。
まだまだやりたいことがあるので、
健康・元気で長生きするためには、多少ゆとりを残して軟着陸したほうがよい。
65歳ぐらいまでは記録にこだわっていましたが、
65歳以降は、心身のリフレッシュ、ジョグ自身を楽しむことや、ランニング障害を回避しながら元気で長生きするために、走りの目的が変わってきた。
90歳以上まで元気で長生きし、その時には10kmぐらいの大会をゆっくり走れるぐらいでいたいもの。
食事など生活全体と、歩き・走り・泳ぎについても、健康長寿を目標に技を磨いていきたい。
美浜公園周回 10k
当月累計 10k
■ 4月20日(日)開催「第24回かすみがうらマラソン」の完走記です。
17年ぶりの出場でした。
出発:
最寄駅発6:24(すぐにスタートできるようウェアーを着ていけば、次の7:00でもよさそうです)~土浦駅着8:00(7:00出発だと8:40土浦着)
スタートまで:
駅~徒歩15分~手荷物預かり所100円、着替え25分、ストレッチ・ウォーミングアップ20分ぐらい、15分前にスタート位置につく
スタート~フィニッシュ:
前半は、1km過ぎに上りがあり2回ほど小さな起伏を通過して23kmあたりで下る。
23km過ぎからは平坦。
しかし、前半は最近になく脚が軽く呼吸も楽で、抑えようと思っていたわりにはペースが上がってしまった。
ハーフ地点過ぎ霞ヶ浦に出る頃から、毎回エイドで給水・給食タイム。
前半のツケが後半にまわった結果になった。
フィニッシュまで、ほぼそんな具合。
フィニッシュ
30kmあたりだろうか、筑波山が見えた。
今年出場の4大会結果を比較すると、以下のとおり。
2,3年前から、すっかり5時間ランナーですね~!
館山 (1/26) 北九州 (2/9) 佐倉 (3/26) かすみがうら (4/20)
スタート地点 5:04 7:37 2:17 6:29
5km 37:19(44:56) 33:58(40:27)
10km 1:09(1:14) 35:04(1:20:00) 1:08:04(1:10:21) 32:31(1:12:58)
1:12 1:10 1:06
…
ハーフ通過 2:38:16 2:28:38 2:31:11
…
30km 1:22:45(3:48:36) 1:16:39(3:46:50) 1:18:57(3:39:32) 1:22:51(3:45:27)
40km 1:23:53(5:12:29) 1:24:20(5:11:10) 1:25:56(5:05:28) 1:28:47(5:13:52)
FINISH 17:43(5:30:12) 16::45(5:27:55) 19:16(5:24:44) 17:39(4:31:00)
ネットタイム 5:25:08 5:20:19 5:22:27 5:25:14
総合順位 4998/5724 6288/7424 4114/4562 11273/16281
年代別順位 368/421 190/230 412/484 1004/1537
天候 曇り 雨のち曇り 雨 曇り
いつもながらイーブンペースにすることができない、ペース配分が難しいですね。
私の場合ですが、
まずはスタート後の5km、
次に10kmまでのペースを
抑えられるかどうかがポイントのようです。
どこまでやれるかですね~?
フィニッシュ~帰宅:
久しぶりの参加でしたが、全種目参加者が3万人弱の多人数のわりに運営もスムーズだったし、沿道の応援もよかった。
参加賞も手ごろでちょうどよい、なにより走る気象条件が私にはちょうど良かった。(雨だったら、キャンセル)
ゴール後着替えて16時。
帰りの電車は土浦駅発16:26だったが、荒川沖の信号トラブルで30分ほど遅れ、帰宅は18:40ごろになった。
■ 昨日開催の佐倉マラソンの結果です。
佐倉マラソンは初めてフルマラソンに出場した大会ですが、今回5年ぶり通算9回目の参加でした(※)。
スタートごろから雨が降り出し、中盤から強い降りになり田園コースでは風もあって体が冷える感じでした。
睡眠は6時間ちょっと、体調はふつう。
<スタート前>
最寄駅発7:07、佐倉着は7:45ごろ。
駅前のシャトルバス待ちのランナーが長蛇の列。
参加賞をもらいランウェアーに着替え手荷物を預ける。
ストレッチとウォーミングアップをちょい行うとスタート時間になっていた。
最寄駅出発がはやいかと思っていましたが、結果的にちょうどよい時間でした。
気象条件(8時現在)は、天候 雨/気温 13℃/湿度 65%
<スタート後>
長そでTシャツの上に防寒暴雨対策のポリ袋をかぶってスタート。
街中を抜ける5kmぐらいまでは、体が温まりややあつい感じでしたが、脱がずに走る。
田園に出れば、風もあるし雨も強くなることが予測されていた。
竜神橋(約28km)まではと思い、ペースを整えていたつもりですが、船戸大橋あたり(約25km)からいつもの佐倉とはちがって徐々にペースダウンが始まる。
というか、今の年齢の体力なのでしょう。
印旛沼の畔を過ぎ、延々と続く田園の中、コの字コースを走るころは雨も強くなり、ピッチがさっぱり上がらない。
38km付近に差し掛かると、後ろから声、
「美浜さ~ん、いや~ばてちゃったですよ!」
料理教室のTさんだった。
彼は私より年上ですが、1時間ぐらい速いランナーなので、いつもとは違っていた。
1kmほど並走していましたが、先に走っていった。
途中であわよくば、5:20を切りたいと欲が出ましたが、
目標が5:30前後でしたので、予測どおりになりました。
今回の記録、およびスプリットおよびラップタイムは、
Net 5:22:27
2:11/S~7:20(9:31)/1k~13:54(23:25)/3k~13:32(36:58)/6k~33:22(1:10:20)/10k~42:01(1:52:27)/16k~28:07(2:20:35)/20k~8:03(2:28:38)/ハーフ~30:52(2:59:31)/25k~39:58(3:39:29)/30k~43:19(4:22:49)/35k~42:36(5:05;26)/40k~19:18(5:24:44)/フル
でした。
2月9日の北九州マラソンの記録を併記してみますと、
7:37/S~37:19(44:56)/5k~35:04(1:20:00)/10k~35:20(1:55:20)/15k~34:50(2:30:11)/20k~8:05(2:28:16)/ハーフ~28:53(3:07:09)/25k~39:41(3:46:50)/30k~42:27(4:29:17)/35k~41:53(5:11:10)/40k~16:45(5:27:55)/フル
ということで、
前半ペースがちょっと速かったために、後半バテたのかもしれません。
<ゴール後>
手荷物預かりのテントの横でウェアーを着替え、シャトルバス乗り場まで歩く。
双方で意外と時間がかかり、佐倉駅発の電車に乗ったのは、16:30ごろ。
帰宅は、17:30。
<※ 過去の佐倉マラソン記録>
①1991.3.3(46) 第10回 3:56:36 初フルマラソン
②1992.3.1(47) 第11回 4:31:31
③1994.3.6(49) 第13回 4:08:41
④1996.3.3(51) 第15回 4:05:43
⑤1998.3.2(53) 第17回 3:59:49
⑥2007.3.25(62)第26回 4:32:32
⑦2008.3.30(63)第27回 4:02:40
⑧2009.3.29(64)第28回 4:11:38
■ 週末ごとに雪降りですね~!
2月9日(日)開催の「北九州マラソン2014」前後のお天気も同じでした!!
千葉から北九州を無事往復、そして大会参加ができたのは奇跡みたいです
遅れましたが、北九州マラソン完走記をアップします。
美浜の結果は、現時点では非公式ですが、
5:20:19(ネット)
です。
以下に前後の模様をご紹介します。
< 前日 2月8日(土)> 受付、下見
起床4:10、雪が降っていた、芝生にうっすら積っている。
・交通便往路
最寄駅発5:25(リムジンバス)~羽田空港発7:10~福岡空港着9:10
出発便の飛行機の翼に積もった雪を熱い噴霧ジェット流で飛ばしているところ
雪の影響で飛行機の出発が遅れ、また福岡空港から予定していた小倉行きの高速バスが不通。
やむを得ず、空港から電車、JR博多駅経由でJR小倉駅着が11:30となった。
・受付、下見
小倉駅から徒歩5分、受付会場の西日本国際展示場新館に到着。
会場でゼッケン、プログラム、参加賞をもらう。
手荷物預かり・更衣室、ゴール地点を下見。
昼になったので、隣の芝生広場の出店ブースで昼食をとる
昼過ぎは、小倉駅を横断し、スタート会場の勝山公園・小倉城などを巡った。
小倉城
終了後、会場に最も近いJR西小倉駅に向かう。(徒歩で10分もかからない)
紫川(小倉)
宿は八幡東地区の皿倉山(標高622m)中腹、八幡駅から10分ほどのところだった。
ちょうど帆柱ケーブルの送迎バスが来ていたので、無料で載せてもらい宿に到着。
帆柱ケーブル駅
雨が降ってきた。
結果的に、いろいろなところを見学できたが、小倉、西小倉付近に宿をとったほうがよい。
飛行機も、もし席がとれれば北九州空港がよい。
翌日の準備後、9時ごろに就寝。
<当日 2月9日(日)> 大会、河内温泉
・スタート前
5:30起床。
朝食後、宿の車で八幡駅着。
八幡駅発7:10~JR西小倉駅7:26で降車。
降りると、どしゃ降りの大雨だった。
コウモリをさし、徒歩10分ほどで会場着。
NHKの横のソフトバンクにちょうどよい雨宿りスペースがあり、時間まで着替えやストレッチなどを行った。
8:30手荷物を預ける。
20分前スタート位置に移動。
私はHブロックだったので、紫川にかかる橋の上に整列した。
このころは小降りの雨に変わった。
長そで・長タイツ、ポリ袋の防雨・防寒、帽子、手袋でスタートを待つ。
ヘリコプターや 飛行船が飛んでいた
長蛇の列だった。
北九州生まれの金 哲彦さん、有森 裕子さん、安川電機の中本 健太郎さんなどがゲストで参加されていた。
・スタート後
また、雨が強くなってきた。
9:00スタートの号砲が聞こえない。
時計を見てストップウォッチを押す。
だらだらと歩き出す。
スタートラインまで9分ぐらいかかる。(実際は、7分37秒だった)
小倉城の前から約5km過ぎあたりまでは、標高差約40m余りのゆるい上りを進む。
けっこう混みあっていましたが、ゆっくり走りの私にはちょうどよい。
雨が冷たく土砂ぶりに感じたが、ポリ袋を羽織っていたのと、走りで体が温まってきたので気にならなくなった。
雨にもかかわらず、沿道の応援・声援が絶えない!!
20km過ぎ、小倉駅付近に来た時、「美浜さ~ん!!、大丈夫~!?無理しないでがんばって!!」
相棒と、北九州在住の知り合いYN夫妻の応援だった。
まだ、このあたりはイーブンペースの走りができている。
あいかわらず雨が降りしきる。
ハーフ地点を過ぎ、10kmほどは海沿いを走り、折り返しの門司港駅に近づくころ、ピッチが思うように運ばなくなってきた。
応援の人だかりだ!!
門司港折り返し直後
折返して間もなく雨が止んだ。
沖の方から「がんばって~!!
私は落選しましたが、「関門海峡ファミリークルーズ」に当選した「親子やカップル」のみなさん、船の上から声援を送ってくれていました。
航路は、小倉~下関の関門橋を超えたところまでで、その折返し後のクルーズに出逢ったわけだ。
33kmあたり
応援、声援が盛大で嬉しいけれど、30km過ぎあたりから、ときどき立ち止まり屈伸・ストレッチが入るようになった。
ちょっと屈伸をしていると、併走していたランナーは100mぐらい先に行ってしまう。
立ち止まり以外は歩かないようにしたが、このころは約8分/kmとペースが落ちた。
終盤ふたたびび相棒とYH夫妻の応援・声援があった
「大丈夫~!」
手をあげて応えた。
無理はしていないけれどピッチが上がらない、若干エネルギーの枯渇みたいだ。
フォームが崩れて走っていたのかもしれない。
残り2,3kmあたりで、後ろからにぎやかな集団が近づいてきた。
5時間30分のペースランナーを囲んだ集団だった。
「8分ペースで間に合いますよ!!」
風船が目印の2人の女性ペースランナー、離れないように併走する。
めいっぱいではあったが、ゴールまで付いていくことができた。
フィニッシュゲートが見えるラスト200mぐらい手前で、無理のない範囲でスパートをかけ追い抜いた。
フィニッシュ
門司港折り返し後は、時折の屈伸のため8:00~8:20/kmペースだったが、ラスト2,3kmは停まらずに7:37/kmで走れた。(後半の全範囲がこれぐらいのペースで走りきれればよいのだが)
フィニッシュ直後
フィニッシュは、5:28:18だった。
完走メタル
完走メダルをもらい、展示場新館の手荷物預かり・更衣室に向かう。
・ゴール後
着替え終わったのは、午後2時50分ごろ。
新館2階で待っていた相棒、YN夫妻と合流。
写真は最後尾の関係車両
近くの駐車場から、車で山間の河内温泉「あじさいの湯」に向かう。
河内温泉「あじさいの湯」
3時30分ごろから約1時間、お風呂に浸かり畳の大広間でゆっくりと休憩、疲れが抜けた。
風呂は広くて、数種類ある。
その足で小倉市内のお寿司屋さん「お江戸」で夕食・懇親、YN夫妻に案内していただいた。
更に、車で八幡東皿倉山の宿まで送っていただく。
100億ドルの夜景(新日本三大夜景の一つ)-皿倉山の中腹から
暗く、夜景がきれいだった。
宿のテレビは、関東の大雪のもようを放映していた。
<翌日 2月10日(月)> 観光めぐり
翌日も雨だった。
宿の車で八幡駅まで。
八幡駅から門司までは電車。
下車後門司港レトロ地区を見学しながら、出光美術館裏手、海沿いの遊歩道を歩く。
約3kmほどだったが、めかり公園をまわり関門橋の下を抜けた。
関門橋(全長1068m)
抜けるとすぐの所に、九州最北端の「和布刈神社」があった。
ちょっと寄って参拝、神社裏手の「関門トンネル人道」に入った。
関門トンネル人道は、海面下約51m、全長780mのトンネル、
中に入ると観光客の他に、ウォーキングやジョギングに利用している人が大勢いた。
関門トンネル人道
トンネル人道出口からバスに乗り、2駅ほど(?)で唐戸市場に着いた。
雨が止んだ。
「唐戸市場」と市場から眺めた対岸の「門司港レトロ地区」
市場内を見学。
八幡の宿の主人から、新鮮で美味しいと教えていただいた「握りとフク汁」を昼食した。
フグは、あまり食べた記憶がないが、最高に美味しい!!
唐戸の周辺の有名な史跡他、赤間神宮、日清講和記念館、海響館(水族館)金子みすず顕彰碑などまわりたかったが省略。
唐戸桟橋から、唐戸~門司港の連絡船に乗った。
連絡船からの関門海峡の眺め(向こうにみえるのが関門橋)
門司港駅から小倉駅に戻る。
北九州空港行きのバスが発車するまでの時間、近くのサイゼリアで見送りに来たYN夫妻と昼食。
北九州空港行きの高速バスに乗る。
空港発16:55の飛行機で、若干遅れて羽田空港着。
家の近く(帰宅時)
リムジンバスで、帰宅は午後の8時になった。
<関連データ>
① 当日の9~15時のお天気 4.3℃~7.5℃ 60~70% 1~2m/s
② 美浜の記録(スプリットおよびラップタイム) Net 5:20:19
7:37/S~1:12:27/10k~1:10:11/20k~1:16:39/30k~1:24:20/40k~16:45(5:27:55)/フィニッシュ
計測ポイント | スプリット | ラップ |
---|---|---|
Start | 00:07:37 | |
5k | 00:44:56 | 0:37:19 |
10k | 01:20:00 | 0:35:04 |
15k | 01:55:20 | 0:35:20 |
20k | 02:30:11 | 0:34:51 |
21.0975k | 02:38:16 | 0:08:05 |
25k | 03:07:09 | 0:28:53 |
30k | 03:46:50 | 0:39:41 |
35k | 04:29:17 | 0:42:27 |
40k | 05:11:10 | 0:41:53 |
Finish | 05:27:55 | 0:16:45 |
5:04/S~1:09:02/10k~1:11:45/20k~1:22:45/30k~1:23:53/40k~17:43(5:30: )/フィニッシュ ネットタイム 5:25:08
③ コースマップ
■ 昨日の館山若潮マラソン、4回めの参戦結果です。
お天気は、スタート時はやや暖かかった。
フルマラソンのエントリーは約7600人、10時スタート。
3,4km付近から、ようやく数珠つなぎが解け、マイペースに入る。
折り返しのハーフ過ぎからペースダウン、30km付近のアップダウンあたりからフィニッシュまで、8分/kmを越え歩いたり走ったりでした。
記録は、
・グロス(ネットタイム) 5:30:12(5:25:08)
・フルマラソン(60~69才男子)部門 368位/421人 総合 4998位/5724人
フィニッシュまでの模様ですが、
フラワーラインの20km過ぎで、後ろからKさんから呼び止められる、しばらく話しながら併走、やがて追い越していく。
追いついてゆきたかったのですが、既に減速しギヤチェンジがきかない。
折返しのハーフ過ぎあたりに、応援団長のHさん・同じくWさん・そしてワンちゃん1匹 が待っていた。
彼らのビデオ・カメラの前で立ち止まり、ポーズを撮る!
このあとは、山越えを過ぎるまで歩いたり走ったりで、ゴール手前2kmあたりから腕振りノンストップでフィニッシュ(スピードはありません へ へ)。
32km過ぎ、山が終わり右折して平坦部に出たところで、走り方と外見に見覚えのある女性ランナーに気づきましたが名前が想い出せない、声掛け出来ず、しばらく抜きつぬかれつしながら、途中で見失う。
あとで思い出しましたが、たしかOさんではないかしらん。(Oさん、失礼しました!!)
残り5kmあたり海岸沿いを走るころは、寒さが身に沁みてきた。
ポケットに入れておいたモンベルの軽量ウィンドブレーカーを着用する。
フィニッシュの700mぐらい手前で、また応援団2人・1匹組が待ち構えていたので、再びポーズをとる。
フィニッシュ!
フィニッシュの後は、トン汁で体を温め着替え、シャトルバスで館山駅へ急いだ。
17:15館山発に乗車、帰宅は19:30ごろでした。
帰りの電車では、10k女子50~59才部門(?)で3位に入ったという女性ランナーが隣りの座席に座りました。
昨年は4位、今年は3位に順位アップして嬉しそう!!
買い込んだハイボールで入賞を祝杯し、
五井駅で降りられるまで、その方の話を聞いていた。
同じ大会で先週のハーフが昨年より16分、今回のフルで 21分、けっこう大幅なタイムダウンです。
いよいよ軟着陸・ソフトランディングが迫ってきましたね~。
とわいえ、同大会に参加したSさん(74才)は、彼独自の練習方法―① スイムは週2回(1.4~2km)、② ランは月に11~15回(10~20km)などで5時間を切り、平坦コースの勝田マラソン前年タイムを30分縮めました。
彼は、トレーニングのやりすぎ(日常的に超長距離を走る)の弊害をとなえ、
練習量や強度ではなく、もっぱら体に負担をかけない柔らかい動き、はやいピッチの脚の筋肉を使わない走りを
追求されています。
参考になります。
そのまま適用できるかどうかわかりませんが、
日頃のトレーニングを見直し、自分なりに工夫を加えながら、もうちょい1、2年粘ってみますか?!
<参考>
③ 第16回館山(2013.1.27、68歳) 5:04:50
② 第17回 館山(1997.1.26、52歳) 4:20:06
① 第16回 館山(1996.1.29、51歳) 4:13
■ フルマラソン記録の推移
ランナーの個体により一人ひとり状況が違うと思いますが、
下記は、私の記録経過!
52歳~62歳まで約10年近い走りのブランク、62歳ごろに復帰した後の大会参加記録(フル)です。
65歳時(2010年)の頸椎椎間板ヘルニア発症後(自然治癒して現在まで再発はありませんが)、ぐんとタイムが落ちています。
2013年(68歳)
1.27 館山若潮マラソン 5:04:50
2012年(67歳)
参加せず
2011年(66歳)
11.27 つくばマラソン 4:49:09
2010年(65歳)
11:28 つくばマラソン 4:53:08
2010年は、正月明け発症した頸椎椎間板ヘルニアのため、年度終わりまで出場せず。
2009年(64歳)
11.22 つくばマラソン 4:08:31
3.29 佐倉マラソン 4:11:38
3.22 東京マラソン 4:22:32(やや体調不良)
1.25 勝田マラソン 4:01:17
2008年(63歳)
11.30 つくばマラソン 4:28:35
4.20 長野マラソン 4:38:51(風邪気味)
3.30 佐倉マラソン 4:02:40
2007年(62歳)
11.25 つくばマラソン 3:59:39
3.25 佐倉マラソン 4:32:32
3.18 荒川マラソン(復帰第1戦) 4:38:02(練習を再開し始めたころ)
館山若潮マラソン 43k(ウォーミングアップを入れて)
当月累計 228k/R 0k/S
■ 今回の結果は、
一般男子ハーフの部 2:19:09 7159/9829人
昨年より、16分遅い。
女子を入れると1万人以上が道路いっぱいにハーフを走った。
お天気は。
往路はやや追い風、復路は冷たく強い向かい風。
5km、残り1kmあたりの2回、Qちゃんとハイタッチ。
ふだんゆっくりの練習だからなのか、そういう年齢・体力になったからなのか、体が重く思うように前に進まない。
10km、17km、18km以降と順調にタイムが落ちていった。
ラップタイムは、
2:54(Nブロックは浜田橋の上)/S~6:01~6:08~6:01~6:12~6:17(33:36)/5kmグロス~6:36(手袋を脱ぐ時に路面に落し引き返して拾った)~6:16~6:12~6:21~6:16(1:05)/10kmグロス~6:22~6:36~6:30~6:49(給水)~6:31(1:38:09)/15kmグロス~13:40/17km(制限時間を過ぎ、ヨットハーバーから歩道を走らされる)~7:19/18k~7:37/19k~7:35/20k~7:43/21.0975k(フィニッシュ、2:22:38)
平均ペースは、6:35/km。
その他、
・マリンスタジアムのAゲート、3F33階段最上階のスタンドへ戻った時は、手足が冷えていたがなんとか着替えられた。
・走っている最中、腰がやや重かったぐらいで、他は無事終えることができた。
・受付は、前日午後3時、当日8:12最寄駅出発、ゴール後着替えて午後1:33海浜幕張駅発で帰宅。
■ 大会の制限時間の選択は、ハーフが3時間、フルは6時間になりましたね!!
このあとは、1/26の館山マラソン フルを練習を兼ねそれなりに走って、目標であり記念の大会の「2/9北九州マラソン」に出場です(いずれも制限時間は、6時間)
追記(14.1.20): 今朝のNHK・TV「あさいち」で100歳のおばあさんのスイムが放映されていた。
今年を限りに、スロージョグの練習量を減らし、走りの大会は10km以下で出場頻度も少なくし、おばあさんのようにゆっくり泳ぐスイムへ転じた方が、膝やその他に負担がかからず、息長く楽しめるような気がしてきた。
ソフトランディングして、どこかで切り替えることになるのでしょう。
<参考> 千葉マリンマラソンは、今回で14回めの出場です
⑭14.1.19(68) 2:19:09 (③より40分遅くなっています)
⑬13.1:20(67) 2:03:16
⑫12.1.24(66) 2:00:33
⑪11.1.23(65) 1:59:53
⑩09.1.23(63) 1:55:06
⑨08.1.20(62) 1:48:37
走りから遠ざかり、ブランク
⑧99.1.21((53)1:51:52
⑦97.1.15(51) 1:48:05
⑥96.1.14(50) 1:43:36
⑤95.1.16(49) 2:00:52
④94.1.16(48) 1:57:23
③93.1.17(47) 1:39:32
②92.1.19(46) 1:40:16
①91.1.20(45) 1:42:29
千葉マリンマラソン 22k
当月累計 161k/R 0k/S
■ 北九州マラソンの案内とNOカードが届いた。
開催日は、2月9日(日)。
同日、急きょ都知事選が入ってきた。
通常の都知事選ならそうは言えないですが、
今回は歴史を変える決断の瞬間というか、国の命運を左右する日といってもよい「東京都知事選」の投開票日と重なった。
北九州市制50周年記念にあわせ開催される 「北九州マラソン 2014」。
サブタイトルが、~未来へ、かける~ とある。
私は東京都民ではないですが、都知事選の結果が、国民にとって、また、日本の国にとって良い方向・結果になるよう願いながら(未来へ、かける)、完走をめざします!!
コースが平坦ですので、アクシデントがないかぎり制限時間内には完走できるでしょう。
同封の資料には、いろいろなイベント企画が案内されていました。
今回は、相棒も同行。(ナント、私がマラソンをはじめて2回めです!!)
北九州にいるN.Y夫妻にも会える。
ということで、
“ 海の上から北九州マラソンランナーにエールを 「関門海峡ファミリークルーズ」 ”に申し込むことにしました。
メモリアルグッズがいっぱいあります
1組4名までのカップル、合計180名招待、応募抽選で当選すれば、無料で乗船、船上から応援を楽しめます。
シーサイドコース 10k
当月累計 131k/R 0k/S
追記(1.15)
昨年11月26日にスピーチされた、福島県の千葉親子さんの発言全文の転載紹介です。
『
3.11原発事故から2年8ヶ月が過ぎました。この間多くの方々からご支援や励ましを頂きました。本当にありがとうございます。
私は、第一原発から約100キロの会津に住んでいます。比較的被害の少なかった会津は、被災地からたくさんの方が避難されてこられました。しかし、3.11の放射能は間違いなくこの地にも降り注いでいます。自然と共に命をはぐくんできたこの地は、今年も、山菜やきのこは規制がかかっています。清らかな沢水は飲めず。川や湖で捕れる魚も、釣ってもたべるなとの規制で、捕っても食べることが出来ないのです。
この間、原発を取り巻く状況は、何一つ変わらず、汚染水の問題や、今も毎時1000万ベクレル(日/2億4千万ベクレル)の放射能の垂れ流しが続く状態のなか、事故現場では、燃料棒の取り出しがはじまりました。
200万県民は、長期化する放射能汚染の中で、さらなる緊張を強いられているのです。
地震が起こる度に、台風が来る度に、「原発は大丈夫か!!」と声かけ合い、いつも、車にはガソリンを満タンに、水は汲み置き、風はどっちから吹いているか・・・と、放射能の影響を心配しながら、心身ともにストレスを抱えた生活を余儀なくされ続けているのです。
日常生活を根底から覆す放射能ほど、不条理で、差別的で、理不尽で、世代間不公平は、ないのです。
私たちは、3.11以降「子どもたちの命を守れ!」「暮らしを返せ!」「子どもの避難・保養を保障しろ!」「原発はいらない!」「再稼働許すな!」と「1000万署名」を取組み、あらゆる活動を通して、脱原発の意志を確固たるものとしました。
しかし、政府は原発の再稼働、国外輸出、など過酷な福島の惨状を忘れたかのように原発推進の動きが進み、避難指示解除準備区域では、実効性と成果のない除染作業が進められ、帰村宣言や、移住が進められてきています。生活を置き去りにしたまま、放射能汚染に故郷を奪われ、いまなお、県内外に避難されている県民は15万5千人を越えています。
長引く避難生活に新たな不安と悲しみが、心の中に澱のように積もり続け、忘れ去られてしまうのではないかという孤独と不安に幾度となく襲われました。
そんな中、IAEAは「除染目標は1ミリシーベルトにこだわらない」との認識を示しました。石原環境大臣は「助言を生かし除染を加速させる」といわれました。「助言を生かす」とはどういうことでしょうか!「原子力基本法」の「文部科学省令」で定められている、一般公衆が1年間にさらされてよい人口放射線の限度は、1ミリシーベルトと規定されているのに、「こだわらない」と言うことは、違法行為になりませんか!!
また、今月13日の新聞に、福島県は甲状腺検査を受けた18歳以下の22万6千人の内、甲状腺がんや疑いを含め人は、59人と発表しました。8月よりも15人も増えているのです。「県民健康管理検討委員会」は原発との因果関係はないと、即否定をしています。子を持つ親は、ひとつの事柄にも、子どもを被爆させてしまったのではないかと、自分を責め苦しんでいるのです。これから育つ子供たちに、県民に、すべての国民に、これ以上の被爆を強いることは許されません。
こんなことが許されるのなら、安倍総理大臣!東京オリンピック、250キロ離れているから、大丈夫などといわずに、20ミリシーベルト以下の「避難指示解除準備区域」での競技も可能になるのではありませんか。できますか!!1ミリシーベルトに不安を抱きながら、子育てをし、農林魚事業に苦慮している県民と寄り添い命を守ることを大事にして下さい。
生活を置き去りにしたまま、故郷を離れ、避難生活をされている方々は、故郷に帰りたい、もとの暮らしに戻りたい、募る思いと、戻れない、戻りたくない・・・この先の希望も持てず、心に大きな不安を持ちながらも、多くの人は、そして、子どもたちは、日々の暮らしを明るく頑張っているのです。「わたしたち将来結婚できるかなぁ~」「赤ちゃん産めるのかな~」あどけない少女たちの会話を聞いたときは、私は、涙が止まりませんでした。未来ある子どもたちの夢や希望を奪うようなこの事件の、責任をいまだに、誰もとろうとしていないのです。避難した子どもも、避難できないでいる子どもも、将来の健康に格差が生まれないように、保養・避難・移住の仕組を作り、制度化し子どもを守って下さい。
原発は収束していません。事故そのものです。生活権を奪い、基本的人権を脅かしている事件なのです。きょうも過酷な原発事故現場では、1日に何千人もの労働者が被爆を余儀なくされているのです。私たちはその方たちの犠牲の上に、かろうじて今の暮らしが保たれているということを忘れてはならないと思います。
原発関連死で亡くなった人は11月14日現在1557人。自死された人や、収束作業で被爆し人知れず亡くなっている人、不慮の事故で亡くなった人の痛みを、政府も東電もどれだけわかっているのですか!!子どもたちの健康や未来に不安を抱えて暮らす生活がわかりますか!!故郷を奪われ、年老いた親を失い、子どもや孫の健康をきづかう福島の暮らしをほんとうにわかっていますか!!
今でも福島は汚染の中で病み苦しんでいます。原発事故で死んだ人はいないと言われました。甲状腺がんが発生しても原発事故による影響ではないと言いました。1ミリシーベルト以下は目標だと言われました。事故はコントロール、汚染水は完全にブロックしてある、と言いました。直ちに健康に影響はない・・・と、繰り返し言いました。誰が信じていますか!!冗談もやすみやすみ言え!! 叫びたい気持ちです。
嘘をつかれるのはもうたくさんです。
子どもたちさえ守れない政府が「秘密保護法」でなにを守ろうとするのでしょうか。県民は本当に怒っているのです。
「原発事故さえなかったら!!」「元の暮らしに戻せ!!」「原発はもういらない!!」の被災者の叫びは、原発再稼働反対、原発を即ゼロに、放射能汚染被害者への償い、救済を求める声です。責任を果たさない東京電力、国に対し償いを求めるいのちの叫びです。
福島はあきらめません。この苦しみを決してわすれません。過去・現在、そして、未来の補償と安心安全を勝ち取るまでは絶対にあきらめません。』
■ 11回目の関東ロードレースに参加してきた。
気温が低く寒さが懸念されましたが、快晴で日射しが暖かく、風も田園地帯でちょこっと追い風・向かい風があったのみ。
大会日和の一日だった。
行き帰りは電車。
朝は、最寄駅7:21発、津田沼で乗り換え、宗吾参道前で下車。今日は、参加ランナーの後をくっついて宗吾霊堂への近道を歩き15分ほど、受付到着は8:30前。
帰りは、ゴール後の着替えストレッチなどを経て、会場を11:30ごろ出発。
駅への近道を歩き、宗吾参道駅発11:45特急上野行きに乗れた。
津田沼駅乗換が12:13、最寄駅を降り、帰宅は12:40だった。
さて大会結果ですが、
57:12/68歳 5:50/km 74位/126人 壮年60歳代 (天候 晴れ、気温 12℃、湿度 40%)
ラップタイムは、
5~5:07~5:21~5:23~12:16(28:15)/5km~5:57~11:02~5:11(50:26)/9km~6:45(57:12)/10km最後の急坂 5:43/km・平均
だった。
タイムは年齢とともに順調におちている。
最後の急な上りは、6分を大きく越えた。
記録は、20年前(47歳)から、10分余り遅くなった。
(ハーフは30分、フルは1時間遅くなっている)
ま~、しかし事故・故障を起こさないように、無理をせず年齢相応、走中・走後の心身に心地良さが残り、大会参加を楽しめれば了としたい。
高齢者のランは記録にとらわれずゴールを楽しむ、健康の維持・体力の維持が目的ですかね。
ということですが
参考までに、
60歳代の1位タイムは、36:52(エントリー126人)、
70歳代の1位タイムは39分台(?)(エントリー96人)、
80歳代は14人のエントリー
でした。
<参考>
計時はランダムですが、過去6,7年の値を比較してみました。
○ ラップタイム
2012.12/16 11.12/18 10.12/22 09.12/13 07.12/16 6.12/16
S 0.3 0.12 0.12 0.6 0.9 0.4
1k 4:47(4:51) 4:20(4:26)
2k 5:05(9:57) 10:04(10:16)
3k 5:17(15:14) 4:56(15:13) 9:35(14:01) (13:32)
4k 5:42(20:56) 5:23(20:36)
5k
6k 11:22(32:07) 14:02(27:51) (28:55)
7k 4:47(37:07) 15:25(36:02) 19:30(33:32) 4:33(32:25) 4:58(33:53)
8k 5:07(42:15) 5:08(41:11) 4:42(38:14) 4:23(36:48) 4:50(38:43)
9k 5:09(47:25) 5:08(46:19) 4:40(42:55) 4:32(41:21) 4:54(43:38)
10k 5:59(53:25) (53:04) 5:39(52:00) 5:12(48:08) 5:11(46:29) 5:30(49:08)
○ 記録
⑩ 2012.12.16 53:22/67歳 5:20/km 60位/122人
⑨ 2011.12.18 52:52/66歳 5:17/km 78位/132人
⑧ 2010.12.12 51:47/65歳 5:08/km 57位/100人
⑦ 2009.12.13 48:02/64歳 4:48/km 45位/120人
⑥ 2007.12.16 46:20/62歳 4:38/km 28位/136人
⑤ 2006.12.17 49:04/61歳 4:54/km 71位/141人
④ 2001.12. 47:57/56歳
③ 1994.12. 49:32/49歳
② 1993.12. 44:40/48歳
① 1992.12. 44:09/47歳 4:25/km