マラナ・タ  …  私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   

ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。

人はみな草のようだ

2024年02月23日 | キリスト教

「声が聞こえる、『呼ばわれ』。わたしは言った、『なんと呼ばわりましょうか』。

          『人はみな草だ。その麗しさは、すべて野の花のようだ』。」

                                  イザヤ 40章 6節 

人の世に生きていると、物質文明の絶頂期にあるため、人の力とわざが際立ってみえます。

しかし、神の目からご覧になると、まことに「人は草」のように弱く、小さな存在です。

大地がチョット揺れると、一瞬にして瓦礫となって、命を失います。まことに脆い、はかないものです。

それを忘れて、人が何者かであるように思うなら、必ず報いをうけるでしょう。

 

詩篇 40:7

「主のいぶきがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ」

 

主の時が来れば、ここでは「主のいぶきがその上に吹く」とありますが、

主がご自分の意思一つで、これら人間の栄光をしぼませることがおできになる、ということです。

 

あなたの高ぶりは神は喜ばれていません  神のみ前に遜ることを 覚えたい

平安があなたの内に注がれ喜びに満ち力一杯歩めるように  シャローム

 

 

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