マラナ・タ  …  私たちの負い目を唯一人、背負われて父の元へ帰られたのは。神があなたを愛されているからです。   

ただ父なる神の愛とイエス・キリストの愛を多くの皆様にお知らせしたいのです。帰れやと、父はあなたを慕い待っておられます。

真実の豊かさとは。

2022年08月12日 | キリスト教

主に従う人が持っている物は僅かでも/主に逆らう者、権力ある者の富にまさる。

                    詩篇 37扁 16節

「 ひとりの正しい者の持つわずかなもの 」 とはいったい何なのでしょうか。

豊かないのち、豊かな心ではないでしょうか。自分を正しいとし、人にも正しいとされていたパリサイ人と、

自分を罪人だと自覚し、人からも罪人と思われていた取税人は、神殿から遠くで祈った。

方やパリサイ人は神殿の前で、祈りました。

このパリサイ人の祈りは「 後ろの取税人のような罪人ではないことを感謝します。……」 でした。

この取税人の祈りは、「神よ。こんな罪人のわたしをあわれんでください」 でした。

主イエス・キリストの軍配は取税人のほうにはっきりと示されました。

罪を悔い改めて神を畏れ、神に新しい心をいただいた正しい心こそ、豊かなのです。

 

見えるところは僅かでも、それは宝石のように貴重なものです。

御言葉と心の関係を主が土のたとえで話されていたとき、

良い土地に落ちる種は三十倍、六十倍、百倍の実を結ばせると約束されましたが、

それはただ、良い土地に一つの種が落ちるという僅かな出来事によってです。

大事な格言です。私たちが持っているものは少なく見えるかもしれません。

しかし、そのわずかに見えるものをもって、主は支えてくださいます。

福音こそが人の問題を根本的に解決する力を持っているのです。

罪から救う力を持っています。したがって、わずかなのですが全てを持っています。

 

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